敵の領都と神社は外壁一枚で隣り合わせ、完全に一体化していた。
共用の、外周の水堀は幅5メートル、水深5メートル。
外壁の高さも5メートル。
思いも寄らぬ堅固な鎧を纏っていた。
アレックス斎藤伯爵は忸怩たる思いであった。
国軍駐屯地を落して、幸先良し。
それが躓いてしまった。
原因は分っていた。
水堀の完成を事前に知らなかった、それに尽きた。
分っていれば攻城戦用の兵器を牽いて来たものを・・・。
主因は別にして、もう一つも彼を苛立たせた。
使番が次々に戻ってきて報告をした。
どの使番もが同様の言葉。
「拒否されました。
正面よりの攻撃に尽力するの一点張りです」
領都も神社も、街道に面する西側に表門がある。
それを破るには橋を渡るしかない。
簡単だが、それが難しい。
敵が殆どの兵力を集め、的確に交替しながら、
外壁の上から強烈な反撃をして来るからだ。
それで伯爵はもう一つの門を探らせた。
反対側の東に裏門がある。
橋も架けられている。
探らせると、そこが手薄であると判明した。
外壁上の兵が少ないのだ。
そこで寄子貴族を裏門に回そうとした。
が、命じた貴族達は拒否の回答。
頑として頷かない。
拒否の理由は分っていた。
東門は大樹海に面していた。
つまり魔物との遭遇率が高い。
だから東門が一般人に開放されるとは思えない。
どう考えても、魔物の討伐に従事する冒険者専用だろう。
そこへの移動を命じられた貴族の拒否は正しい。
門を攻略するより先に、魔物によって背後を脅かされる。
下手すれば全滅の憂き目に遭う。
さりとて手を拱いていられない。
公言していないが、今回の軍事行動の眼目は、
その大樹海の魔物にあった。
前の様な魔物の大移動などという生易しいものではなく、
魔物を狂暴化させて暴走させる事にあった。
要するに、スタンピード。
人の争いと血の臭いで誘い出し、西へ走らせる。
美濃から近江、そして山城へと絵図は描いた。
誘導する人員も配した。
その為の生贄が領都であり、神社であり、寄子貴族であるのだ。
既に自分の妻子は反対方向の紀伊地方の保養地へ送った。
後顧の憂いはない。
☆
木曽の領都・ブルンムーンの街中は明かりで煌々としていた。
全ての建物が明かりを絶やさないのだ。
魔道具の灯りの消耗を恐れないどころか、
数を増やそうとして店に買いに走る者まで現れる始末。
外壁上で戦う者達の背中を支えようとする気概が見て取れた。
火矢が飛んで来てもそうで、街の者達が駆け寄って消すか、
小火の内に鎮火させた。
敵の攻撃が止んだ頃合い、代官のカールは外壁に上がった。
連れは副官のイライザ一人。
二人で星明りを頼りに歩道部分を歩いた。
各所に防御用の兵の溜り場が設置してあり、
仮設の屋根も架けられていた。
寝床も用意されていた。
仮眠している兵は起こさず、張り番の兵に敵の様子を聞いて歩いた。
当方は小勢ではあるが、五分以上に渡り合っていた。
もっとも、これが長期戦になると、分が悪い。
こちらに兵の補充はない。
カールは敵の様子を窺った。
街道沿いの各所に陣屋が見て取れた。
それらが何やら慌ただしい様子。
走り回っている者も散見された。
各所で火が焚かれ、その周りに大勢が集まっていた。
カールは目を凝らして観察した。
先に副官のイライザが報告した。
「敵は夜食の様ですが・・・、それともこの時刻になって夕食ですかね」
炊事する者達と、出来上がりを待つ者達だ。
こちらの出撃を想定していない様で、皆が皆、武器を手放していた。
どうやら夕食の気配がぷんぷん。
夕食前にこの街を攻略するつもりだったのだろう。
それが遅れに遅れた。
今もって落していない。
橋すら奪っていない。
ついに諦めて夕食の配膳になったと。
二人だけなのでイライザが気楽に言う。
「私が国都へ飛ぼうか」
テイムした魔物・チョンボが長距離の飛行に慣れてきた。
国都までなら一回か二回の休憩を挟めば、問題なく飛べる筈だ。
「それでどうする。
子爵家の兵は少ない。
屋敷に残っているのは一個小隊だ」
「なのよねえ。
そこが問題なのよ。
どこかに加勢は頼めないの。
例えば王家とか」
「今の王妃様は殊の外、ダン様を優遇している。
それでも兵は割けないだろう。
ダン様も遠慮する。
王妃様は西にも東にも面倒を抱えているからな。
・・・。
うちの兄も子爵家だが、ここよりも兵が少ない。
養う地がないからな。
・・・。
とにかくダン様には知らせない。
知らせれば直ぐに飛んで来る気性だからな」
「普段は大人しいのに、そんな所があるわよね」
「だから代官を引き受けたんだ。
ここは我々だけで守り抜く」
領都や神社に配備された正規兵は少ない。
領都の領軍は二個中隊、五百名。
これは大隊長のアドルフ宇佐美騎士爵が率いている。
神社の国軍は一個中隊二百五十名。
これでは籠城以外に選択肢はない。
対する敵兵は万を超えていた。
欲目に見ても一万二千名から三千名。
これが前の伯爵であったなら優に二万を超えていたはず。
幸いだったのは人望のない現伯爵であったからだ。
纏まりも悪そう。
予想外の急襲であったが、そこまでだった。
運を使い果たしたのだろう。
そうカールは現状を弾いた。
イライザが尋ねた。
「赤鬼やウォリアーを呼び寄せないの」
傭兵団『赤鬼』。
冒険者クラン『ウォリアー』。
この二つには公表していない開拓村の警護を委ねていた。
ここと同じ様に水堀と外壁で守られた開拓村だ。
念を入れて魔物忌避の術式も施させた。
領都も大事だが、その開拓村も大事なのだ。
その付近でしか自生しない薬草があるのだ。
見逃すのが勿体ないので開拓村の運びになった。
だから守りから外せない。
「呼ばない」
「ではどうするの」
「各ギルドに依頼を出す。
戦闘の後方支援だ。
兵力を全て全面に出して、その後方で動いてもらう。
武器や防具の交換や修理、負傷した兵の搬送と治療、食事の用意。
とにかく思い付く限りの仕事を割り振る」
「お金が掛かるわよ」
「イライザ、お前だったら命か、お金か、どちらを選ぶ」
「どちらも選ばない。
貴方の隣だけよ」
イライザの手がカールの背中に回された。
その時、咳が聞こえた。
「申し訳ありません」
使番の兵が控えていた。
火急の用件らしい。
☆
共用の、外周の水堀は幅5メートル、水深5メートル。
外壁の高さも5メートル。
思いも寄らぬ堅固な鎧を纏っていた。
アレックス斎藤伯爵は忸怩たる思いであった。
国軍駐屯地を落して、幸先良し。
それが躓いてしまった。
原因は分っていた。
水堀の完成を事前に知らなかった、それに尽きた。
分っていれば攻城戦用の兵器を牽いて来たものを・・・。
主因は別にして、もう一つも彼を苛立たせた。
使番が次々に戻ってきて報告をした。
どの使番もが同様の言葉。
「拒否されました。
正面よりの攻撃に尽力するの一点張りです」
領都も神社も、街道に面する西側に表門がある。
それを破るには橋を渡るしかない。
簡単だが、それが難しい。
敵が殆どの兵力を集め、的確に交替しながら、
外壁の上から強烈な反撃をして来るからだ。
それで伯爵はもう一つの門を探らせた。
反対側の東に裏門がある。
橋も架けられている。
探らせると、そこが手薄であると判明した。
外壁上の兵が少ないのだ。
そこで寄子貴族を裏門に回そうとした。
が、命じた貴族達は拒否の回答。
頑として頷かない。
拒否の理由は分っていた。
東門は大樹海に面していた。
つまり魔物との遭遇率が高い。
だから東門が一般人に開放されるとは思えない。
どう考えても、魔物の討伐に従事する冒険者専用だろう。
そこへの移動を命じられた貴族の拒否は正しい。
門を攻略するより先に、魔物によって背後を脅かされる。
下手すれば全滅の憂き目に遭う。
さりとて手を拱いていられない。
公言していないが、今回の軍事行動の眼目は、
その大樹海の魔物にあった。
前の様な魔物の大移動などという生易しいものではなく、
魔物を狂暴化させて暴走させる事にあった。
要するに、スタンピード。
人の争いと血の臭いで誘い出し、西へ走らせる。
美濃から近江、そして山城へと絵図は描いた。
誘導する人員も配した。
その為の生贄が領都であり、神社であり、寄子貴族であるのだ。
既に自分の妻子は反対方向の紀伊地方の保養地へ送った。
後顧の憂いはない。
☆
木曽の領都・ブルンムーンの街中は明かりで煌々としていた。
全ての建物が明かりを絶やさないのだ。
魔道具の灯りの消耗を恐れないどころか、
数を増やそうとして店に買いに走る者まで現れる始末。
外壁上で戦う者達の背中を支えようとする気概が見て取れた。
火矢が飛んで来てもそうで、街の者達が駆け寄って消すか、
小火の内に鎮火させた。
敵の攻撃が止んだ頃合い、代官のカールは外壁に上がった。
連れは副官のイライザ一人。
二人で星明りを頼りに歩道部分を歩いた。
各所に防御用の兵の溜り場が設置してあり、
仮設の屋根も架けられていた。
寝床も用意されていた。
仮眠している兵は起こさず、張り番の兵に敵の様子を聞いて歩いた。
当方は小勢ではあるが、五分以上に渡り合っていた。
もっとも、これが長期戦になると、分が悪い。
こちらに兵の補充はない。
カールは敵の様子を窺った。
街道沿いの各所に陣屋が見て取れた。
それらが何やら慌ただしい様子。
走り回っている者も散見された。
各所で火が焚かれ、その周りに大勢が集まっていた。
カールは目を凝らして観察した。
先に副官のイライザが報告した。
「敵は夜食の様ですが・・・、それともこの時刻になって夕食ですかね」
炊事する者達と、出来上がりを待つ者達だ。
こちらの出撃を想定していない様で、皆が皆、武器を手放していた。
どうやら夕食の気配がぷんぷん。
夕食前にこの街を攻略するつもりだったのだろう。
それが遅れに遅れた。
今もって落していない。
橋すら奪っていない。
ついに諦めて夕食の配膳になったと。
二人だけなのでイライザが気楽に言う。
「私が国都へ飛ぼうか」
テイムした魔物・チョンボが長距離の飛行に慣れてきた。
国都までなら一回か二回の休憩を挟めば、問題なく飛べる筈だ。
「それでどうする。
子爵家の兵は少ない。
屋敷に残っているのは一個小隊だ」
「なのよねえ。
そこが問題なのよ。
どこかに加勢は頼めないの。
例えば王家とか」
「今の王妃様は殊の外、ダン様を優遇している。
それでも兵は割けないだろう。
ダン様も遠慮する。
王妃様は西にも東にも面倒を抱えているからな。
・・・。
うちの兄も子爵家だが、ここよりも兵が少ない。
養う地がないからな。
・・・。
とにかくダン様には知らせない。
知らせれば直ぐに飛んで来る気性だからな」
「普段は大人しいのに、そんな所があるわよね」
「だから代官を引き受けたんだ。
ここは我々だけで守り抜く」
領都や神社に配備された正規兵は少ない。
領都の領軍は二個中隊、五百名。
これは大隊長のアドルフ宇佐美騎士爵が率いている。
神社の国軍は一個中隊二百五十名。
これでは籠城以外に選択肢はない。
対する敵兵は万を超えていた。
欲目に見ても一万二千名から三千名。
これが前の伯爵であったなら優に二万を超えていたはず。
幸いだったのは人望のない現伯爵であったからだ。
纏まりも悪そう。
予想外の急襲であったが、そこまでだった。
運を使い果たしたのだろう。
そうカールは現状を弾いた。
イライザが尋ねた。
「赤鬼やウォリアーを呼び寄せないの」
傭兵団『赤鬼』。
冒険者クラン『ウォリアー』。
この二つには公表していない開拓村の警護を委ねていた。
ここと同じ様に水堀と外壁で守られた開拓村だ。
念を入れて魔物忌避の術式も施させた。
領都も大事だが、その開拓村も大事なのだ。
その付近でしか自生しない薬草があるのだ。
見逃すのが勿体ないので開拓村の運びになった。
だから守りから外せない。
「呼ばない」
「ではどうするの」
「各ギルドに依頼を出す。
戦闘の後方支援だ。
兵力を全て全面に出して、その後方で動いてもらう。
武器や防具の交換や修理、負傷した兵の搬送と治療、食事の用意。
とにかく思い付く限りの仕事を割り振る」
「お金が掛かるわよ」
「イライザ、お前だったら命か、お金か、どちらを選ぶ」
「どちらも選ばない。
貴方の隣だけよ」
イライザの手がカールの背中に回された。
その時、咳が聞こえた。
「申し訳ありません」
使番の兵が控えていた。
火急の用件らしい。
☆