金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(大乱)209

2021-03-28 07:47:48 | Weblog
 ベティ様はほんの一瞬だけ表情を歪められた。
けれど、それをイヴ様に向けられる事はなかった、
ポール細川子爵から目を離されると、
女性騎士から差し出されたハンカチを受け取り、
作り笑顔でイヴ様の涙にあてられた。
「ねえイヴ、お母さまの仕事はもう少しかかるの。
全部終わらせないと、皆が困るの」
 イヴ様は何の疑問も抱かず、尋ねられた。
「みんながこまるの」
「そうです、皆が困るの。
後ろのポールも、王宮の皆も。
だからもう少し、ダンタルニャン佐藤子爵の屋敷で待っててくださいね。
・・・。
良い子にして待ってるのですよ。
わかりましたか」
 イヴ様のつぶらな瞳が俺に向けられた。
「にゃ~ん、いいですか」
「はい、もちろんですとも」

 ベティ様は愛娘を先の侍女に預けられた。
「頼みますね」
「お任せくださいませ」
 ベティ様は直ちに騎乗なされた。
手綱をとり、俺を見下ろされた。
表情は冷静沈着そのもの。
「ダンタルニャン佐藤子爵、もう少しお願いするわね」
「はい、お任せください」
 ベティ様の視線がカトリーヌ明石大尉に向けられた。
「カトリーヌ、頼りにしてるわよ」
「はい、お任せください」
 ベティ様は改めて愛娘を預ける者達を見渡された。
侍女三人。
女性騎士四人。
そして、その後ろを見て、はてと首を傾げられた。

 俺は説明した。
「後ろの者達は私の仲間です。
幼年学校や元国軍尉官の者達です。
イヴ様の遊び相手と警護をしています」
「そうなの・・・」
「一人は京極公爵家の長女、シェリル。
そしてその守役のボニー。
商家の娘が三人。
キャロル、マーリン、モニカ。
元国軍尉官がシンシア、ルース、シビル」
 何故かベティ様の目色が変わった。
遠くを見る様な・・・。
「国軍のシンシアにルース、そしてシビル・・・。
どこかで聞いた覚えがあるわね」
 カトリーヌ明石大尉が応じた。
「国軍でならしたお三方です」
 何をしでかしたんだろう、あの三人。
公式に爵位を与えられているから、問題はないと思うけど、
初耳、詳しく知りたい。

 ベティ様は深く頷くと、三人に視線を転じた。
「シンシア、ルース、シビル、お顔を見せてくださいな」
 三人が顔を上げた。
ちょっと堅い。
ベティ様がそんな三人を繁々と見た。
納得したかの様な表情。
「退役していたのですね。
イヴを頼みましたよ」
「承知いたしました」三人が声を揃えた。
 ベティ様が尋ねられた。
「京極家の者は」
 即座にシェリルが応じた。
「これに」
「貴方のお名前は」
「シェリル京極です」
「顔をお上げなさい」
「はい」まん丸な顔を強張らせた。
 ベティ様が柔らかい笑みを浮かべられた。
「確かに京極家の血ね。
・・・。
いいわ、イヴをお願いね」
「承知いたしました」
 ベティ様は終わらない。
「守役の者、顔をお上げなさい」
「はい」
「名は」
「ボニーと申します」顔も身体も固い。
「シェリル共々、イヴを頼みますよ」
「お任せ下さい」

 ベティ様は残った三人も見逃さない。
「商家の娘の三人、顔を上げなさい」
 カチンコチンの塊が恐る恐る顔を上げた。
「はっ、はい」
「ひっ、はい」
「ふぇっ、はい」
 ベティ様が頭をかかれた。
「怖がらせましたね。
大丈夫ですよ。
取って食べたりしませんから。
・・・。
名前を聞かせてくださいね」
「商家の娘でキャロルと申します」
「同じく、マーリンと申します」
「同じく、モニカと申します」
 ベティ様は玩具でも見つけたかの様な顔で頷かれた。
「キャロル、マーリン、モニカですね。
分かりました。
それでは三人もイヴをよろしくお願いしますよ」
「はい」
「はっ、はい」
「お任せください」

 ベティ様が俺を見た。
「警護の兵が必要でしょう」
「ご配慮には感謝いたします。
ですが、不要です」
「足りるのですか」
「指揮系統の乱れの元になりかねません。
屋敷内は今のままで」
 ベティ様が呆れた様に言う。
「分かったわ。
でも貴方、本当に子供なの」
「はい」
「ん・・・、いいわ、屋敷の内は任せる。
けれど、外を巡回する兵は必要ね。
不定期で近衛分隊を貴族街に向かわせるわ」
「承知しました」
 ベティ様は即座に馬の首を叩かれた。
「行くわよ」
 馬が返事代わりに嘶いた。
「ヒッヒ~ン」パカパカと足を進めた。
 女性騎士達が押し包む様にして周囲を固めた。

 侍女に抱きかかえられたイヴ様が見送る。
「おかあさま」
 カトリーヌ明石大尉がその脇に立つ。
けれど何も言わない。
気安い言葉はかけられないのだろう。
俺も何も言えない。
片膝ついたままの姿勢で王妃様を見送った。
俺に何ができるのだろう。
・・・。
・・・。
ただ守るしかないのだろう。
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昨日今日明日あさって。(大乱)208

2021-03-21 06:44:43 | Weblog
 勝敗は短時間で決した。
俺は後始末をダンカン達に任せ、王妃軍へ向かった。
途中で見つけたウィリアムに声をかけた。
「ウィリアム、一緒に来て」
「えっ、王妃様のところにですよね」
「当然だろう」
「私如きがいいんですか」
「王妃様のご尊顔を拝める機会を無にするの」
「いきます、いきます」
 遣り取りを聞いていた傭兵団の団長とクランの団長が羨ましそうな顔。
無下にはできない俺。
「二人も一緒に来るかい」
「本当にいいんですかい」顔を緩ませるアーノルド倉木。
「喜んでお供します」駆け寄るピーター渡辺。

 王妃軍の兵士達が俺達を見て困惑の表情をした。
味方とは認識しているが、先頭にはお子様の俺。
どう扱っていいのか分からないらしい。
兵士同士、互いに顔を見合わせた。
 近くにいた近衛兵が兵士達を掻き分けて、前に出て来た。
「ダンタルニャン佐藤子爵様ですね」
「そうです。
王妃様にご挨拶できますか」
「はい」近衛兵は頷き、傍らの従士らしき者を振り向いた。
「私が案内するから、君は先触れで王妃様の下に走ってくれ」
「はい、承知いしました」

 王妃軍の隊列が俺の為に二つに割れた。
そこを通ると皆にジロジロ見られた。
主に上から見下ろされる格好。
それも致し方ないこと。
俺、子供だから。
 王妃様は騎乗していた。
その周りには大勢の護衛の女性騎士の姿。
そこを割って、王妃様が馬を進めて来た。
 俺は片膝ついて顔を伏せた。
後ろの三人も俺に倣う気配がした。
馬の前足が目前で止まった。
俺の髪に馬の荒い鼻息がかかった。
「あっ、これ」王妃様の慌てた声。
 手綱を引かれたのだろう。
馬が二、三歩後退した。
頭上から言葉が下りて来た。
「佐藤子爵、ご苦労かけましたね。
頭を上げなさい」
「はい」
 ベティ様は疲れているにも拘わらず優しい目色。
「無勢にもかかわらず、よく敵の前進を食い止めました。
新たに家を興したばかりで、立派です」
「これも偏に大人達が私を支えてくれるお陰です」
 ベティ様は俺の意を汲んでくれた。
俺の後ろで顔を伏せている三人に声をかけた。
「後ろの三人、遠慮はいりません。
顔を見せなさい」
 戸惑いながらも三人が顔を上げる気配。
俺は後ろも見ずに紹介した。
「一人は屋敷の兵を指揮しているウィリアムです。
一人は傭兵団・赤鬼を率いるアーノルド倉木です。
一人はクラン・ウォリアーを率いるピーター渡辺です」
 それぞれが紹介に応じて元気に応答した。
「ウィリアムです」
「アーノルド倉木です」
「ピーター渡辺です」

 考えてみると倉木と渡辺は爵位持ち。
貴族家の生まれ。
嫡男ではない為、成人したのを機会に生家に爵位を買い与えられ、
独立させられたと聞いた。
比べてウィリアムは俺の実家の村出身の為、当初から爵位も姓もない。
これは拙い。
他家との交渉に支障をきたす。
ウィリアムを含め、主要な使用人には爵位を買って与えよう。

 傭兵団とかクランとかには縁がなかったのだろう。
ベティ様は物珍しそうに三人を眺め渡した。
「それはそれはご苦労様。
よくぞ子爵を助けてくれました。
感謝します」
 代表するかの様にウィリアムが応じた。
「とんでも御座いません。
主を助けるのが我らの仕事です。
これからも主と共に王家を支えてまいります」
 満点の返答だったのだろう。
ベティ様が大いに頷いた。
「頼みましたよ」
 示し合わせた訳でもないのに三人が揃って返事した。
「御意に」

 ベティ様の視線が俺に転じられた。
物問いたげな目色。
未だ戦が終わった訳ではないので、個人的な質問はし難いのだろう。
丁度よかった。
背後から駆け寄る足音がした。
複数の者が手前で足を止めた。
片膝をつく気配。
俺の隣にカトリーヌ明石大尉が並び、片膝ついて顔を伏せた。
 そんな中、一人だけが進み出て来た。
イヴ様を抱きかかえた侍女だ。
真ん前に出ると、イヴ様を下ろして片膝ついた。
 テトテト、テトテト、テトテト。
怪しげな足取りで駆け寄るイヴ様。
「おかあさま、おかあさま」
 ベティ様は娘を認めても最初は動けなかった。
ジッと見て、それから慌てて下馬された。
感情を露わにされた。
笑顔され、両膝を地につけて愛娘を迎え入れられた。
「イヴ、イヴ、元気でしたか」
 激しく抱擁し、抱え上げられた。
「ちゃんと食べましたか」
 イヴ様も感情が爆発した。
返事代わりに声を上げて泣かれた。

 俺達に為す術はない。
ただジッと二人を見守るだけ。
そんなところに騎乗の者が現れた。
遠目にも高位の者と分かる鎧兜。
周囲の兵士達を掻き分け、ベティ様に馬を寄せて来た。
国王陛下の最側近で、王妃様の縁戚であるポール細川子爵だ。
下馬して周囲に、「失礼いたす」と声をかけ、ベティ様の脇に来た。
耳元に短く囁かれた。
ベティ様は声にはされない。
目顔でポール殿に問われた。
残念そうに深く頷かれるポール殿。

 子供の耳は優れもの。
聞き取れた。
ポール殿は、「陛下が見つかりました」と囁かれた。
俺は知らぬ振りをした。
子供が係わる事ではない。
迂闊な言動は諍いの元。
ましてや俺は子供。
疑念や嫉妬を呼ぶ。
 今の俺の手が届く範囲は短い。
王家の内情にまでは関わるべきではない。
イヴ様までが限度だろう。
子供は子供同士とも言うし。
正確には幼女だけど。
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昨日今日明日あさって。(大乱)207

2021-03-14 07:31:37 | Weblog
 俺達の迎え撃つ態勢が整ったところに敵が現れた。
上空から偵察しているアリスから念話。
『そちらに向かってる兵力は五百強ね。
主力の公爵軍は別の通りを直進してるわ。
外郭の南門を突き破って脱出するみたいね』
『パー、攻撃っプー』好戦的な口調。
『前に説明したように、人間の争いに関わっちゃ駄目だよ』
『つまんないわよ』
『ピー、つまんないっプー』
『それでも駄目だよ。
それに、王妃軍の勝利は動かない。
自重しようよ、自重、自重』

 ウィリアムの声が聞こえた。
「弓隊、用意、放て」遠距離攻撃。
 敵の先方は軽騎兵、五十騎ほど。
革防具に槍、速さ重視。
それが弓の射程距離内に入った。
それに向けて矢が斜め上に放たれた。
矢が放物線を描いて敵勢を襲う。
 落馬する敵騎兵が相次ぐが、勢いだけは止められない。
味方弓隊の数が少ないからだ。
子爵軍、傭兵団、クラン、三隊の混成で三十二名。
連射で数を補うつもりでいたが、駆け抜ける軽騎兵が出た。

 ピーター渡辺の声。
「魔法隊、接近する馬の顔に放て」中距離攻撃。
 抜け出て来た軽騎兵、二十騎ほどが距離を詰めて来た。
これを混成の魔法使い十八名が迎え撃つ。
それぞれが得意の攻撃魔法を放つ。
 ここに正規の魔法使いは一人もいない
魔法学園等の出身ではなく、何れも在野で鍛えられた野良の魔法使い。
MPにばらつきはあるが、それは問題ではない。
一撃必殺の力がなくても抑止能力があればいいのだ。

 ただ一騎の接近も許さなかったが、それで終わりではない。
敵の後続が盾持ちを先頭に並ばせて、前進して来た。
残り四百五十強。
こちらの弓や攻撃魔法を搔い潜り、被害を被るのを承知で、
至近距離に盾を並べ置いて陣を敷いた。
その陣から弓や魔法で攻撃して来る。
さらには間隙を突いて、陣の左右から槍隊を交互に繰り出す。
数の暴力で押し切るつもりのようだ、

 迎え撃つのは槍隊、混成の七十二名。
アーノルド倉木が声を上げた。
「槍隊、盾陣内にて迎え撃て。
けっして功を焦って抜け出すことは、まかりならん。
この戦の勝利は決まっている。
死んでは銭は貰えんぞ」平然と大声で指示を下した。
 慣れているのか、傭兵達から笑い声が漏れた。
「はっはっは」
「流石は団長」
「酷いことを言う」

 俺はそれを後方で眺めていた。
ダンカン達三人が監視しているので、自由には動けない。
焦れる。
でも致し方ない。
味方の勲功に褒賞を与えるのは大将の役割。
その大将が討たれては全てが無になる。
味方の死傷者にも申し訳ない。
納得はしている。
でも、味方の被害に焦れる。
当初はこちらに被害はなかった。
それが至近距離の殴り合いになってからは状況が変わった。
相応の被害が出るようになった。
 たまに俺達の方にも敵の矢が降り注ぐ。
それをコリンとスチュワートが二枚の盾を頭上に翳して防ぐ。
幸いなの味方の頭越しに攻撃魔法が飛来しないことだ。
敵にも優れた魔法使いはいないらしい。 

 味方が削られながらも態勢を崩さないのは、
三隊の指揮官の手腕が優れているからだ。
弓隊を率いる小隊長、ウィリアム。
魔法隊を率いる冒険者クラン団長、ピーター渡辺。
槍隊を率いる傭兵団の団長、アーノルド倉木。
 叱咤激励するだけではない。
味方に穴が空いたら直ぐに指摘して補強する。
敵の突出する気配を感じたら、そこへ分厚い攻撃を加え、
未然に敵の前進を阻む。
俺はその三人に支えられていた。
 念の為、探知魔法の範囲を拡大した。
敵が正面だけとは限らない。
常識的には少数でも遊撃部隊を置く。
それで地形によっては迂回させて相手の後方を突かせる。
この場合は縦横に巡らされた都道を活用して、屋敷の裏に出る。
そして屋敷そのものを襲う。
その探知で遊撃部隊は見つけられなかったが、別の物を見つけた。
離れた所から攻撃魔法が放たれていた。

 これは・・・、見慣れた魔波。
アリスとハッピーが密かに参戦していた。
横道の物陰から攻撃魔法を放っていた。
 これに気付く者はいないだろう。
なにせ二人は小さい。
ちょっとした物陰なら余裕で身を潜められる。
そこから器用に微細な攻撃魔法を放っていた。
狙いは突出して来る敵。
地面スレスレに風魔法を飛ばし、出足そのものを挫いていた。
傍目には敵兵が足を滑らせているか、
何かの拍子に足を挫いている様にしか見えない。
殺しはしないが確実に手傷を負わせていた。
お陰で味方の陣を越える敵兵は皆無。
 俺は二人に感謝すべきなんだろうか。
いやいや、参戦そのものを断っているのだから、それはないだろう。
見て見ぬふり・・・、だね。
褒めると二人が増長する。
 
 探知で新たな軍勢を捉えた。
およそ三千ほど。
王妃軍。
王宮の南門方向から、こちらに急行していた。
先行するのは重騎兵、百騎あまり。
プレートアーマー装備なので軽騎兵よりは遅いが、破壊力が桁違い。
 敵も後方への備えはしていたが、その陣に問答無用で突入した。
瞬く間に力尽くで壊滅した。
彼等は後続は待たない。
勢いに乗ったまま敵本体に襲い掛かった。
戦術も連携もない。
ただ馬上から長い重い槍を自由自在に振り回した。 
 前門の虎、後門の狼。
いやいや、俺達は前門の堅陣、ただ堅く守っているだけ。
彼等は後門の狼ならぬ虎。
敵兵を次々に屠っ来る。
その姿が俺の目にも見える様になった。
それだけ敵兵が削られている証。
 だと言うのに敵は頑強に抗戦する。
乱れた隊列を必死で組み直し、
盾を並べて重騎兵を食い止めるべく足掻く。
指揮系統が生きているのだろう。
「右の穴を塞げ」
「こちらの盾を二人で支えろ」
「矢を運べ」等々と大きな声が聞こえた。
 そんな敵の後方で鬨の声が上がった。
「えいえいおー、えいえいおー」
「ゆけゆけー、押して行け」
 王妃軍本体が到着した。
「手向かいする者は撫で斬りせよ。
降りる者は武装解除させよ」
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昨日今日明日あさって。(大乱)206

2021-03-07 08:25:07 | Weblog
 俺は完全武装の者達を見回した。
怯えている者は一人も見当たらない。
逆に目がキラキラしている。
パーティ仲間の女児達もだ。
どうしてなんだろう。
怖くないのだろうか。
 そんな危ない者達を屋敷の手空きの使用人達が遠巻きにしている。
出陣の見送りに来たのだろう。
彼等彼女等も目がキラキラ。
これから命の遣り取りに発展するかも知れないのに、
危機感が全く感じ取れない。
「これが子爵家としての初陣になる。
でも、皆の顔を見ていると負ける気がしない。
実に良い表情をしている。
・・・。
みんな、敵を打倒すぞ。
えいえい、おー」俺は大げさに右の拳を振り上げ、叫んだ。

 最後の鬨の声は前世の時代劇を真似た物。
外すかと危惧したが、思った以上に皆に受け入れられた。
拳を大きく突き上げ、雄叫びまで付き合ってくれた。
良い奴等だ、感謝、感謝。
遣る前はひやひやものだっただけに、よかった、よかった、よかったよー。
 目の端にイヴ様が見えた。
侍女に抱きかかえられた幼女も俺を真似ていた。
小さな小さな拳を突き上げて、口を大きく開けていた。
隣でカトリーヌ明石大尉達が苦笑い。
俺は期間限定雇用の者達に視線を向けた。
「傭兵団『赤鬼』のみんな、冒険者クラン『ウォリアー』のみんな、
そして『プリン・プリン』のみんな、戦う前に謝らせて頂きたい。
我らが真に守るべきは子爵家ではない。
守るべき方は別にいる。
こちらへ」俺はイヴ様御一行様を手招きした。
 
 討ち合わせていないので、当初、カトリーヌ明石大尉は戸惑っていた。
でも直ぐに思い直したようだ。
場の流れを理解し、御一行様を率いて俺の側に来た。
 御一行様を見て、期間限定雇用の三組が目を瞠る。
なにせ御一行様の身に纏う物が、ここらで見掛けない物だった為だ。
明らかに近衛の女性騎士姿、王宮の侍女姿。
そして場にそぐわぬ気品ある幼女。
そのイヴ様が俺に手を伸ばしてきた。
「にゃん、かたぐるま」
 断れない。
侍女からイヴ様を受け取り、さっと肩車。
頭上で零れる笑い声。
「うふっ、うふっ」
 うちのパーティの女児達の目が泳いでいる。
それを無視して俺は説明した。
「時間がないので跪くのは省略です。
こちらは王女殿下のイヴ様です。
事情があって僕が非公式に騎士に任命されました。
我らが真に守るべきなのはこのイヴ様です」
 三組の首がコクコクと激しく動く。
理解してくれた。

 アリスやハッピーの存在は明かせないので、独自の判断として、
これからの推移を説明した。
「敵の手は王妃様の軍の中にも伸びています。
それでイヴ様の所在も掴んでいると僕は思っています。
・・・。
現状、敵は王妃様の軍に押される一方です。
このままでは撤退するしかありません。
そこで敵が選択するのは、如何にして公爵を逃がすか、その一点。
公爵を逃すために行う戦術は二つ。
殿と囮。
南門に殿を置いて死守させ、更には囮で王妃様の軍を引き付ける。
理屈は分かるよね。
その囮になる軍がこちらに向かって来ます。
・・・。
それで王妃軍が公爵と王女様、どちらを選ぶのか。
我等は屋敷では戦わず、南門への道筋に布陣し迎撃、
王妃軍と挟み撃ちにします」
 たぶん、王妃様は王女様を選択するよね。
見捨てるなんて有り得ないよね。
打ち合わせていないけど・・・、齟齬がでませんように。

 『プリン・プリン』は屋敷に残留させた。
カトリーヌ明石大尉の指揮下に置き、イヴ様を守らせる事にした。
多少、不満気味だったが女児組だったが、
イヴ様が「あそびましょう」と言うと、フニャフニャになった。 
 俺は男達を率いて出陣した。
と言っても、屋敷の先の辻が目的地だ。
屋敷への通りを封鎖し、荷馬車に積んできた盾を並べさせた。
裏側に支える脚がついているので、馬の突撃にも耐えられる。
更には盾の後ろに空になった荷馬車五輌を横倒しした。
これで敵五百を撃退できるとは思わないが、時間は稼げる。
結果は神のみぞ知る・・・。
 ウィリアムが『赤鬼』団長・アーノルド倉木と、
『ウォリアー』団長・ピーター渡辺を連れて、俺のところに来た。
「子爵様、これから先は私達に任せてもらえませんか」
 俺の身を案じての提案。
俺から離れないダンカン達三人の思いも同じ様で、
返事をジッと待っていた。
そんなに俺は信用されてないのだろうか。
まあ、子供だし、日頃の接触が少ないから仕方ないかな。
「分かってるよ。
ダンカン達と後ろで見てるよ」

 アーノルドの顔が綻ぶ。
「俺達に任せて下さい。
敵を引き付け、頃合いを見て突撃します。
蹴散らせてご覧に入れましょう。
ついでに公爵二人の首も狩りに参りましょう。
なあ、ピーター、そうだろう」
 傭兵の経験に裏打ちされた自信。
「勿論だよ。
こんな機会は滅多にないからね」
 俺は頭が痛くなった。
「アーノルド、ピーター、この戦は長引くよ。
だから現状の兵力は極力、減らさないようにね」
 周りの六人が顔を見合わせた。
代表してダンカンが言う。
「子爵様、公爵二人は逃げ切れませんよ。
王女様の安全を確保したら、二人の首を狩りに行きましょう」
 俺は真実を告げるのは・・・、推測として話した。
「まず陛下の状況だ。
攻撃魔法を至近距離から受けたそうだ
それで助かる可能性があるかな」経験豊富なアーノルドを見た。
 アーノルドが頭を捻りながら答えた。
「そう言えば、掌中に陛下の身柄があるのなら、
人質として何らかの交渉をしますよね。
でも実際は何もしていない」
「そうだよ。
交渉が出来ない。
単刀直入に言えば、既に亡くなっている」

 六人の顔色が変わった。
俺はそんな彼等に続けた。
「陛下が亡くなれば、王位継承権の第一位の出番だけど、
今回は第一位と第二位が元凶なので、継承権を失った。
その上、国都の掌握にも失敗した。
完全な失敗だ。
・・・。
陛下に他に兄弟はいない。
残りは叔父・甥」
 ダンカンが言う。
「抜きん出た方はいらっしゃいませんね」
「いたとしても簡単には決まらない。
評定衆が権力を握っているからな」
「王妃様が王女様の後見される形で収まりませんか」
「一時的には・・・、しかし、婿取りするまでイヴ様の身を守れるかな」
「暗殺ですか」
「叔父・甥が愚昧でも、周りは違う。
目の前に空席がぶら下がっているから必死になるだろう」
 ウィリアムが頷いた。
「これから先は水面下の戦いが続くが、それにも兵力が物を言うと・・・」
「そう。
だから子爵家の兵は損じたくない。
傭兵団にはこれから仕事が大量に舞い込む。
クランにもだ。
三者にとって兵力が基本だから、ここは我慢しよう」
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