金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(伯爵)13

2022-12-25 11:14:16 | Weblog
 カールは私的な事情は話してくれない。
渋い表情をしただけ。
でも、それは一瞬で消えた。
表情を改めて口を開いた。
「私の領地は美濃地方の領都近くが望ましいですね」
 良かった。
現実を受け入れてくれた。
「その辺りの塩梅は寄親伯爵代理に任せます。
カールの方で適当に見繕って下さい」
 苦笑いで頷いた。
「承知しました。
これまで同様に、ダン様に付き合います。
寄親代理はお任せ下さい」

 美濃地方の領都は岐阜、人口20万余の城郭都市であった。
寄親代理としてその岐阜を切り回しながら、美濃地方全体を取り纏める。
気難しい仕事だと思うのだが、カールなら熟せるだろう。
「カールには寄親代理に専念して欲しい。
勿論、僕が新しく拝領する岐阜とその周辺の代官も兼任で。
そうなると当然、木曽代官が欠員になる。
誰か心当たりは」
 従来であれば木曽を取り上げて、岐阜への領地替えになるのだが、
今回は違った。
木曽はそのまま残された。
だから木曽にも代官を置く必要があった。
ちょっと考えてからカールが俺を見た。
「マリオはどうですか」
 カールの下で働いていた文官だ。
勿論、彼とは面識がある。
印象は、若いが目端が利く。
俺はアドルフ宇佐美に視線を転じた。
意を察したのか、彼が深く頷いた。
「若いですが仕事は出来ます」
「分った、カールの後任はマリオにしよう。
もう一人、アドルフの後任となる木曽領軍の指揮官は」

 アドルフもちょっと考えた。
「ハンスを推薦します」
 アドルフの片腕とも言える武官だ。
「良いのか、岐阜に連れて行かなくて」
「木曽の重要性から考えるとハンスしかおりません」
 大樹海に棲むの魔物の監視と間引き。
それを考慮すると、熟知した武官が望ましい。
俺はカールに視線を転じた。
これまた意を察してくれた。
「賛成です」
「決まりだね」

 俺は改めてアドルフ宇佐美を見た。
「君には岐阜の領軍と岐阜地方軍の指揮権を委ねる。
同時に、寄子貴族軍や、駐屯している国軍との連絡調整もだ。
分ってるよね」
 子爵軍の場合、兵力は中隊250名なので中隊長・中尉となる。
当家の場合は特殊事情が考慮された。
表向きは、木曽の大樹海の魔物に備えて。
内実は宮廷貴族の余剰子弟の救済であった。
結果、アドルフは大隊500名を預けられ、
大隊長・大尉として木曽に赴いた。
 今回、彼は伯爵軍、旅団2500名を率いる事になる。
もっとも、それは平時の兵員数。
非常時は倍の5000揃える必要がある。
これとは別に地方軍2500名も指揮下に置かれる。
軍ではあるが主に地方全体の治安を担う。
所謂、警察。
二つだけでも大変なのに、寄子貴族軍や国軍駐屯地との折衝も。
木曽に比べると激務になる、そう言い切れる。

 重責であるが、アドルフは胸を張った。
「承知しています」
 前の伯爵がやらかしたので、美濃全体がグタグタになった。
それを直後に派遣された国軍と近衛が、一先ず落ち着かせた。
行政機能を立て直し、民心を安定させた。
カールが言葉を添えた。
「我々二人にお任せ下さい。
幸いと言うか、反乱のお陰で優秀な者達が在野に解き放たれています。
それらを搔き集め、文官武官として酷使します」
 カールがアドルフと視線を交わしてニヤリと笑った。
目処があるのだろう。
「酷使はどうかと思うけど、宜しく頼む」

 俺は話題を変えた。
「ところでアドルフ、希望する領地は」
「特には・・・、あっ、豊かな土地を」
「カール、任せていいかな」
「はい、お任せを」
「すっかり忘れていた。
二人の実家は貴族だから、
自分の領地に一族を呼んで代官にするんだろう」
 二人が同じ答え。
「呼ばないでも来るでしょうね。
一族やその家来筋のプー太郎が」
 人材には事欠かないと理解する事にした。
百人も来れば一人か二人、才ある者が居れば充分なのだ。
それが上に立ち、他を歯車として機能させれば、大抵は回る、はず。

 俺はイライザに視線をくれた。
テイムしたチョンボが隣にいないと彼女が小さく見えた。
勘付いたのか、イライザが言う。
「あいつはテニスコートよ」
 日中、屋敷内の二面のテニスコートには常に誰かが居る。
非番か休憩中の使用人が球を追い掛けている。
笑い声とボールが弾ける音が絶えない。
コートの外に出たボールを拾うのがチョンボ。
嘴や翼で器用にキャッチしたり、足で蹴り返す。
それも得意顔で。
それはそれとして、俺はイライザに尋ねた。
「男爵になるんだ。
領地があるから家来が必要になる」
 俺の言葉をイライザが遮った。
「私、そんな面倒臭いのは要らない。
駄目かしら」
 カールを含めた皆がギョットした顔になってイライザを振り返った。

 俺は説明の仕方を変えた。
「爵位を得るとお得な事がある」
 途端にイライザの瞳が光を放った。
「聞きたい、聞かせて、お得な情報」
「男爵子爵の爵位は継がせることが出来る。
つまりカールとイライザの子供二人は爵位を受け継ぐことが出来る。
一人が子爵でもう一人が男爵だ。
他の子供達はどちらかの領地で雇用すれば良いし、
子爵領の分割も申請すれば、大抵は通る」
「あっ、そうだった。
平民だったからすっかり忘れていたわ」
 イライザの表情が緩む。
そんなイライザを皆が生暖かい眼差しで見つめる。

 俺は容赦なく追撃した。
「チョンボも大喜びする」
「どうして」
「チョンボはああ見えて雌だ、何れ出産する。
その為にテイマーとして、友達として、
安心して子育て出来る環境を前以って作って置いたらどうだろう」
「友達はどうかな。
でもテイマーとしては是非とも必要ね。
そうなると木曽の近くが良いわよね」
 チョンボはイライザにテイムされてはいるが、
暇を見つけては勝手に里帰りする。
ダッチョウ種の縄張りがある木曽の大樹海にだ。
そこで気儘に種付けを迫る性格と見ても差し支えないだろう。
俺だけでなく、イライザもそう理解しているのか、何度も深く頷いた。
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昨日今日明日あさって。(伯爵)12

2022-12-18 08:02:03 | Weblog
 妖精の仲間から緊急連絡が入った。
『アリス、聞こえるアリス。
下にイドリス北条伯爵がいるわよ』
 アリスはそちらに機首を向けた。
『あの小勢ね』
『小勢でもそれぞれがスキル持ちよ』
 もう一人が近付いて来た。
『精鋭を率いて官軍の不意を突くつもりね』
『だとすると本隊は囮ね』
『ピー、囮っパー』
 探索と鑑定の為に散開飛行していた。
それが功を奏した。
アリスは全機に指示した。
『全員集合、奴等の上空よ』

 アリスが疑問を口にした。
『官軍はゴーレムを周囲に配しているのよ。
奇襲が成功するとは思えないんだけど』
 妖精の一人が応じた。
『スキル持ちに火魔法使いが多いわ。
だぶん、ゴーレム陣の突破じゃなく、
遠間からの火魔法攻撃じゃないの』
 もう一人が応じた。
『あの連中のスキルからすると、精々が中距離の火魔法攻撃ね。
射程が長距離の魔法使いは一人もいないわ』
『つまり、ゴーレム陣を突破せずに、
しょぼいファイアボールを数撃って大火事にするつもりね』
『忘れないで、弓士もいるから火矢攻撃もあるわ』
『本陣は丘の上だから、下に火を点ければ効果覿面かも。
ゴーレムでの消火は無理だものね』
 アリスは結論付けた。
『後腐れなく全員始末しましょう。
私がイドリスをお仕置きしたら、それに続いて。
一人も逃さないでよ』

 アリスが真っ先に急降下した。
イドリス北条伯爵を射程内に捉えた。
危険を察知したのだろう。
風魔党の党首が庇うように立ち塞がった。
 アリスにとっては問題ない。
妖精魔法を起動した。
エビスの口の、両端の牙が魔力を帯びた。
選択したのは火槍・ファイアスピア。
アリスは、人間に本気の火魔法を見せつけてやる、そう思って放った。
その一撃が党首を貫き、イドリスをも葬った。
 仲間達がアリスに続いた。
こうなると狩りでしかない。
強者が弱者を甚振る。

     ☆

 王宮で叙爵と陞爵の儀が執り行われると告示された。
西に反乱二つ、東にも反乱一つ、計三つを抱えているが、
それでも王家の威信を示す為に盛大に催すのであろう。
権力を維持するのが如何に大変か察せられる。

 各地から馬車に乗った人々が国都に続々と集まって来た。
大方はこれから叙爵される者とその関係者か、
陞爵される者とその関係者であった。
 屋敷を持たぬ者はホテルか、旅館へ。
縁戚を頼れる者はその屋敷へ。
国都に屋敷を持つ者は、当然ながら自分の屋敷へ。
門を過ぎると、それぞれが思い思いに散って行く。

 ダンタルニャン佐藤子爵家もそういう客達を受け入れた。
まあ、家臣であるから当然なのだが。
木曽の代官・カール細川男爵一行がそれだ。
彼が連れて来た妻・イザイラ。
領地の領軍を率いるアドルフ宇佐美騎士爵。
この三人は美濃寄親伯爵の反乱を鎮めた功績で、
カールとアドルフは陞爵、イザイラは叙爵との内示を受けて上京した。

 それとは別にこの屋敷からも三人が内示を受けた。
ダンタルニャン本人と執事・ダンカン、小隊長・ウィリアムだ。
ダンタルニャンは陞爵で伯爵、ダンカンとウィリアムは叙爵で男爵。
ダンカンとウィリアムは先ごろの争乱の際、王女・イヴを屋敷に匿い、
反乱軍を退けた功績を賞されたもの。
早い話、屋敷を代表してお貴族様の末席に加わる事になった。

 ダンカンは謙遜した。
「子爵様、あれは皆の働きによるものです。
私が受けるのは違う様に思います」
 だから俺は言った。
「それでも受けるんだ。
それが上に立つ者の役目の一つだ。
皆には職場環境の改善で返せばいい」

 ウィリアムの場合はもっと酷かった。
内示を受けた瞬間から固まった。
「子爵様、こんな田舎者で良いんですかね。
尾張と三河の国境の鄙な田舎ですよ。
そんな田舎から出て来たのは、ついこの間ですよ。
それが爵位持ちになるんですよ」
「忘れちゃいけないよ。
元々、ご先祖様は姓持ちだろう。
その姓を復活させるだけだ」
 俺の記憶に間違いがなければ、彼の実家は、
我が実家・佐藤家の重臣の家柄だった筈だ。
その血筋は誇っても良いものだ。

 その点、イザイラは気楽だった。
ベティ様やイヴ様と面識があるせいか、獣人特有の性格かは知らないが、
比較的のんびりしていた。
「叙爵は良いけど、姓はどうしようかな」
 居合わせたカールが茶化した。
「チョンボをテイムしてるんだから、大チョンボかな」
「酷い酷い、ダン様、うちの人を叱って下さいよ。
どこか遠くへ左遷して下さいよ」
 俺は甘い空気に晒された。
嫌だ嫌だ、こんな空間。
「好きにすれば」

 この異世界、大多数派である平民はそもそも姓がない。
問題は生じない。
貴族の場合も、・・・、大らかと言っても差し支えない。
財産を相続する者のみが、その姓をも受け継ぐ義務が課せられる。
他は、男性側の姓にしても、女性側の姓にしても、
どちらでも一向に構わない
イライザの様に新たに叙爵される者は、新たな姓を起こしても構わない。
売爵の者もだ。
騎士爵を与えられた者、上大夫爵ないしは下大夫爵を購入した者は、
公機関に届け出れば済む。
宮廷か、最寄りの役所に紙切れ一つ提出すれば受理される。

 俺は事前に彼等五名を応接室に招いた。
「今も忙しいと思うが、王宮に参内した後はもっと忙しくなる。
だから今の内に打ち合わせて、二度手間を省こう」
 皆を見回すと、異存はなさそうだ。
まずカールに確認した。
「特にカールが忙しくなる。
僕が成人するまでは僕の領地だけでなく、
美濃全体をも見てもらわなければならない」
 カールがうんざりした顔で頷いた。
「ダン様が幼年学校を卒業するまでですよ。
約束ですよからね」
 この異世界の成人に達する年齢は幅が設けられていた。
それぞれに事情があるだろうからと考慮され、
十三才から十七才までの何れかで、と緩かった。
俺の場合は十一月卒業なので、十四才の冬に成人だ。
「分ってる、約束は守る。
それでねカール、君はこれまで領地持ちになる事を固辞していたけど、
これからはそれが許されない状況になった、分かるよね」
 慣例では、状況が許す限り、寄親の下に付く寄子貴族は領地持ちだ。
俺が寄親になると、重臣となる代官・カールには好き嫌いが許されない。
領地持ちにならざるを得ない。
 子爵家に生まれた彼は実直に国軍へ進んだ。
しかし、何かがあったらしい。
心境の変化で冒険者となった。
そして運が良いのか悪いのかは知らないが、鄙な村で俺と巡り合った。
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昨日今日明日あさって。(伯爵)11

2022-12-11 12:17:49 | Weblog
 アリスは脳筋の上に方向音痴でもあった。
それを補ってくれたのがエビス搭載の【地図、ナビ】。
そして仲間のハッピーと妖精達。
アリスの間違いを仲間達が突っ込みを入れながらも優しく修正した。
対してアリスは脳筋の面目躍如、言い訳はしない。
快く受け入れ、飛行隊の機首を本来の目的地へ向けた。

 前方に雄大な山が見えてきた。
山頂は靄がかかっていて判然としない。
想像するに、中腹から上の山肌が岩石だらけなので、
草木は無いに等しいだろう。
妖精の一人が口にした。
『富士山みたいね』
 もう一人が反応した。
『という事は、麓に富士大樹海があるのね』 
『ドラゴンの仮の棲み処があるって噂だけど』
『一時立ち寄るだけでしょう』
『要するにお休み所ね』
 ハッピーが言う。
『僕達も休もうか』
 アリスが突っ込む。
『素通りするわよ』
 【地図、ナビ】に富士山と表示された。

 ドラゴンに遭遇する事なく、飛行隊は相模上空に達した。
イドリス北条伯爵が寄親として治める地だ。
地形を見下ろしていると、大きな軍気に気付いた。
大軍が存在する。
早速アリスは妖精魔法を起動して探知した。
 見つけた。
遠江からの軍勢が相模に侵攻していた。
その先鋒はゴーレム部隊。
仲間の妖精が見解を述べた。
『大物見と威圧を兼ねてるわね』

 アリスは軍勢の正体を把握した。
尾張の寄親・レオン織田伯爵が率いる軍勢で、官軍でもあった。
木曽の大樹海を抜け、三河と遠江を解放し、
反乱軍首謀者の一人が治める相模に侵攻したのだ。
アリスはその事を仲間達に説明し、告げた。
『私が官軍を探るから、皆はここで暫く待機してて』
 素早くエビスから出ると、そのエビスを収納庫に入れた。
官軍へ向かって、ゆっくり下降した。
ランクAの妖精を看破する者はいないと思うが、
魔力の出力は極力押さえた。

 レオン織田伯爵は騎乗のまま、小高い丘に上がって行く。
付き従うのは供回りの数騎のみ。
すでに丘と周辺は索敵済み。
敵だけでなく魔物も先行させた大物見がついでに排除した。
ここらでは一番安全が保障された地だ。
 少数で丘から小田原方向を望んだ。
遠目にだが小田原城郭都市が見えた。
国都より小振りだが、名古屋城郭都市よりも大きい。
レオンは羨望の眼差しになった。
「あれを攻め落とすのか」
 供回りの一人、ハロルド佐久間男爵が言ってのけた。
「なあに、こちらにはゴーレムがあります」
 ウォルト柴田男爵が同意した。
「そうです、足りなければ某が一番槍で乗り込みましょう」
 レオンの言葉の意味を理解しているサイラス羽柴男爵が口を開いた。
「イドリス北条伯爵を生け捕りにすれば交渉は可能です」

 レオンは小田原を無傷で手に入れようと思った。
見るからに防御に適した地。
山があり、川もある。
何より海が大きい。
反乱軍掃討の後背地に相応しいと算盤を弾いた。
サイラスを振り返った。
「イドリスの現在地は」
「最終確認地は武蔵地方北部です。
アンセル千葉伯爵と共に南下しております」
「慌てて引き返して来たか。
ところで、その最終確認の日付は」
「一昨日です」
「では今日あたりは会敵しても不思議ではないか」
 レオンは一人納得すると、サイラスに指示した。
「この丘に本陣を置く。
周囲をゴーレムで囲み、万全を期せ。
三河勢や遠江勢は丘の後方に控えさせよ。
我の戦の邪魔にならぬ所にな」

 ウォルト柴田が慌てて尋ねた。
「お館様、ここからですと城郭まで遠すぎます。
もっと近くの町や村に陣を置かれて如何ですか。
人家があれば兵達の塒にも困りません」
 レオンは一蹴した。
「無用、ここに本陣を置く」

 情報を得たアリスは丘を離れた。
高度に上がってエビスに乗り込み、高々度の仲間達に合流した。
下の様子を説明し、次の行動を指示した。
「南下中の反乱軍にイドリス北条伯爵がいるみたい。
さあ、お仕置きに行くわよ」
 アリスはレオンの胸中なんて斟酌しない。
思いすらも至らない。
ただ、獲物に向かって一直線にエビスを飛ばした。

 イドリス北条伯爵にとってこの地は地元。
地名を聞けば何があるのか手に取るように分った。
それだけに官軍斥候の行程等は、実に把握し易い。
イドリスは彼等の為に囮の本隊の動きを遅らせた。
その一方で自らは少数精鋭のみを率いて先行した。
 道案内は傭兵団・風魔党。
北条家初代からの付き合いなので気心は知れていた。
その党首は傭兵団のリーダーというよりは商人タイプ。
損得勘定で行動する。
危ない橋は渡らない。
常に生き残る事を選択した。
ただ一つ、北条家だけは勘定の外。
忠誠のみ。

 イドリスの隣を党首が歩いていた。
そこへ前方より、傭兵団の者が駆け寄って来た。
イドリスと党首の手前で片膝着いた。
「斥候が戻りました」
 イドリスは敵陣把握を風魔党に任せていた。
彼等に勝る者などこの地にはいない。
全幅の信頼を置いていたので一行の足を止めた。
少し遅れて、その斥候が現れた。
イドリスと党首に、自分が掴んだ官軍情報を報告した。
 
 報告を聞いた党首がイドリスに告げた。
「あの地であれば夕刻前後には辿り着きます」
 イドリスが頷いた。
「であれば、このまま進むか」
「承知」
 とっ、不意に党首が上を向いた。
目を凝らす。
イドリスはその視線を追った。
雲と鳥しか見えない。
党首が呟いた。
「おかしい」
 視線を戻さない。
「どうした」
「上を過ぎた魔物が戻って来ました」
「魔物」
 指差した。
「はい、あれです。
富士の大樹海のコールビーに比べ、大きい奴です。
初めてです、あの大きさは」
 豆粒大だった物が、次第に大きくなった。
全容が見えた。
イドリスは驚いた。
コールビーにしては速度が早い。
これまでの知識を崩すものだ。
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昨日今日明日あさって。(伯爵)10

2022-12-04 08:40:47 | Weblog
 アリスが仲間達に告げた。
『決着をつけるわよ』 
 全員異議なし。
一斉に急降下した。
途中、ハッピーが主張した。
『プー、ワイバーンは貰ったっぺー』
 言うなり、より速度を上げて機首をワイバーンに向けた。
敵を間近にして話し合う余地はない。
アリス達は黙認するしかなかった。

 ハッピーがダンジョンスライム魔法を起動した。
エビスの口の、両端の牙が魔力を帯びた。
選択したのは氷槍・アイススピア。
続けざまに四連射。
狙った箇所は後頭部。
 ワイバーンは暗殺者達の相手で、手一杯であった。
何しろ奴等は蛙の様に跳び、斧で一撃を入れて来るのだ。
そのせいで上空の敵を放念していた。
後頭部に激しい衝撃を受けて、それと気付いた。
頑丈な外皮を破って何かが突き刺さった。
そのうちの二つの貫通を認識すると同時に、
ワイバーンは意識を手放した。

 アリス達も負けてはいない。
身体強化済みの暗殺者達を強襲した。
巫の女も覡の男も差別せず、平等に、妖精魔法で一撃。
たまに躱す奴もいるが、それはそれで面白い。
手応えのある奴、大歓迎。
弄ぶ様に手足を削ぎ、仕留めた。
一人として逃さない。

 アリスは真っ先に高々度に上がった。
周辺の探索を行う。
騒ぎに気付いた魔物達がいるが、こちらに接近して来る様子はない。
派手に攻撃魔法が放たれているので、慎重を期しているのだろう。
次々に仲間達が合流して来た。
『暗殺者と聞いたけど、あの程度なの』
『だって所詮、人間でしょう』
『幾ら鍛えても人間は人間よ』
 最後にハッピーが来た。
『ポー、ワイバーンの魔卵、獲ったぞー』

 アリスは新たな指示を出した。
『二人一組になって仕上げるわよ。
始末するのは教団の役職者、巫覡の男女。
全て終えたらお宝物を押収して』
 一人の妖精が疑問を呈した。
『皆殺しじゃなかったの』
『予定変更よ。
幾つかの棟に子供達が収容されてるの。
宗教二世と買われて来た奴隷よ。
未成年ばかり。
そんな子供達の生存の為に、悔しいけど、
役職に就いてない下っ端信者を残すわ』

 アリスを残してハッピーを含めた十機が再び急降下した。
二人一組になって散開した。
各建物の上を周回飛行。
鑑定して、獲物を探した。
見つけると躊躇わない。
攻撃魔法で建物に穴を開け、標的を始末した。
 あちこちの建物に穴が開き、悲鳴が上がる。
臆病な者や姑息な者、先が読める者は、
息を潜めて事態をやり過ごそうとしていたようだ。
それらを仕留めた。
 十機がお宝物の押収に取り掛かった。
各建物を鑑定し、見つけると再び攻撃魔法。
壁に穴を開けて飛び込む。
鍵なんて物は存在しないも同然。
それでも生き残りの為に食料品等々には手を付けない。
せめてもの慈悲だ。

 全てを終えて高々度に再度集合した。
『宗教の書籍も押収したけど、良いのよね』
『妄想や思い込みが詰まった本は押収の対象よ』
『そうよね、神は人の物じゃないわ。
創造主では有るけど、有象無象を相手にするほど暇じゃないわ』
『見た事も会った事もない神の言葉なんて紙の無駄遣いよ』
『そうよ神の無駄遣い、紙の無駄遣い、トイレに流すしかないわ』
『そんな不敬な物をトイレに流さないで。
トイレが怒って詰まるわ』
『火口に投げ込んで、お焚き上げするしかないわね』
『近くの肥溜めに投げ込んだ方が早いわよ』
『それ、腐るのが早そう、良い肥料になるかもね』
『じゃあ、それアンタにお願い。
この書籍の山を持ってって』
『嫌よ、面倒、私が腐るわ』
 ハッピーが解決策を述べた。
『ピー、それなら僕が貰うよ』
『あっ、そうか、スライムなら何でも溶かせるのよね』
『ピーンポンだっぺー』

 アリスは肝心な事を尋ねた。
『ところでお酒は』
 妖精は飲食を必要としないが、美味い物には目がない。
ちょっと嗜む。
たぶん、ちょっとだ。
『厨房から持って来たわ』
『私はドワーフの工房からね』
『錬金工房からもね』
『薬師工房からもよ』
 意外とあった。
厨房やドワーフの工房は貯蔵していただけで、
製造は錬金工房や薬師工房だろう。

 ハッピーが自己申告した。
『プー、麻薬や毒薬、麻痺薬なんかは僕が。
欲しい人は言って。
無料で譲って上げるっぺー』
 誰も手を挙げない。

 アリスが話題を変えた。
次の標的だ。
『この教団のお仕置きはここまで、良いわね。
企みの裏にはイドリス北条伯爵の関係者がいたそうよ
そのイドリス北条伯爵のお仕置きに向かうわ、良いわね』
『おう』『おう』『お仕置きよ』血気盛ん。
 応じてから一人が尋ねた。
『ところで、どこの人』
『東で反乱が起きているでしょう。
その首謀者の一人よ』
 別の一人。
『東は木曽までは行った事あるけど、その先は初めてよ。
アリス、アンタ道案内できるの』
 アリスが自信たっぷりに答えた。
『エビスには【地図、ナビ】が搭載されてるから大丈夫。
初めての場所は最初は白紙だけど、行く事によって追加されるの。
だから迷う事なんてないわ』

 アリスの言葉を信じてエビス飛行隊は一路、東に向かった。
その途中、妖精の一人が、領都・ブルンムーンを基点にしない、
と安全策を提案した。
木曽の領都だ。
アリスに否はない。
即採用。
木曽を目指した。
アリスは心が広いのだ。

 上空から見下ろすブルンムーンは賑わっていた。
特に門を出入りするキャラバンの多さには目を瞠った。
それだけ木曽の売り、魔物の部位や加工品が好まれているという証だ。
街中を行く者達の醸し出す空気を軽やか。
先の騒ぎが無かったかのようだ。
満足してアリスは飛行隊に号令を掛けた。
『さあ、行くわよ、全力よ』

 先頭を交代しながら全力で飛ばした。
方位は東北。
動力源である魔水晶が心地よいサウンドを奏で、空気を切り裂いた。
その動力源は二つ。
一つはキングワイバーンの魔卵を錬金して精製した魔水晶。
もう一つはクイーンワイバーンの魔卵を、同じく魔水晶とした物。
片方が高熱を帯びるや、もう片方が交替して主動力となる安全設計。
速度を緩める必要は一切なかった。

 どこまで来たのか分からないが、適当な所から高度を下げた。
見つけた村や町を探知と鑑定で調べる為だ。
それで位置を特定し、修正しながらイドリス伯爵の領地を目指した。
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