金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

金色の涙(白拍子)210

2010-02-28 10:04:27 | Weblog
 昨日の騒ぎが嘘のような爽やかな日射しであった。
砦の左隣の草地に幾つもの穴が掘られ、敵味方関係なく、
引き取る者のいない戦死者が次々と埋葬された。
 こういう時に陣頭指揮を執る大久保長安は自信に満ちていた。
埋葬が普請に似た作業だからだ。
穴の広さ、深さ、隣の穴との間隔、一つの穴に何人入れるのか、等々。
呼び集めた近在の者達に的確に指示を飛ばしていた。
 その一角で豪姫達が立ち働いていた。
一行から出た戦死者達を運び集め、ここに埋葬しようというのだ。
 ことに豪姫の働きは痛々しいものであった。
「自分の盾となって死んだ者達」という意識が強いのだろう。
秀家の、「交替しないか」と言う声を無視して、両手に血豆をこしらえながら、
憑かれたかのように穴を掘り続けていた。
流す汗が血涙に見えてしまう。
 佐助が、「邪魔だ」と力尽くで交替した。
彼には猿飛の老忍者三人の死が堪えているのだろう。
余計な事は言わず必死で穴を掘る。
 息絶え絶えの豪姫は穴の脇に盛られた土山に腰を落とした。
懐から布切れを取り出して額の汗を拭い、大きな息を吐いた。
衣服も顔も土で汚れていて、とても大名の正室とは思えない姿をしていた。
 豪姫の視線が、近くに並べられた亡骸に向けられた。
全部で九体。手足のみならず首を落とされた者もいた。
何れも血と土で汚れていた。
 不意に、唇を噛み締めて立ち上がった。
そして並べられた亡骸の方へ歩み寄った。
手前の一体の傍で膝を折り、手に持った布切れで亡骸の顔を拭い始める。
涙はすでに涸れてしまった。もはや一滴も流れない。
 秀家が穴堀の手を止め、「気持は分かる。だが身体は大事にしろ」と労る。
それに豪姫は黙って頷くしかなかった。
 若菜が桶の水を柄杓で汲んで差し出した。
「このままでは倒れるわよ」
「わかってる。でもね、ジッとしていられないの」
 柄杓を受け取ると、水を一気に飲み干した。
 隣で穴を掘っていた真田昌幸が幸村と交替し、豪姫の傍に来た。
「姫様の汗を見た者達は喜んで盾となるでしょうな」
 皮肉にしか聞えないが、そうで無い事は豪姫も分かっていた。
「・・・人の上に立つというのは難しいものね」
「言葉一つどころか、表情一つにも意味を汲み取ろうとする者がいますからな」
「確かに。昌幸殿はどうすれば良いと」
「武田の頃、その事を信玄様に尋ねたことがあります」
「信玄公は何と」
「家来の死の意味に値する者になるしかない、と」

 その様子をヤマト達は離れたところから見ていた。
「人は大変だな」
 ぴょん吉が、「何が」と首を傾げた。
「仲間が死んだら穴堀しなければならんとは、・・・なんて暇な連中なんだ」
 ぴょん吉は呆れてしまう。
「お前は人の飼い猫なので理解していると思っていたがな」
「んっ、飼い猫、なのか俺」
「立派な飼い猫だ。石川五右衛門に飼われているではないか。
その五右衛門の家の一番良い場所に仏壇か神棚があるだろう」
「そういえば、・・・有るな。夜働きに出る前に拝んでいた」
「五右衛門らしいな。
それは宗教というものだ。簡単に言えば掟のようなものかな。
それが人を縛りつけ、身内や仲間が死ねば穴を掘り、埋葬しろと教えている」
「穴を掘るのが宗教というものなのか」
 ぴょん吉が得意げに頷いた。
「そうだ。お前が死ねば、五右衛門が穴を掘ってくれる。良かったな」
 ヤマトは笑ってしまう。
「俺の為に五右衛門が穴を掘る、想像できんな」
 哲也が割り込んできた。
「ヤマトは長生きする。逆に五右衛門の墓穴を掘らされそうだ」
「馬鹿言え、か弱い猫に穴堀させるのか」
 ポン太に、「騒ぎすぎだ」と窘められて三匹は苦笑い。
 そこへ、豪姫に従っていた伏見の狐、ちん平と、まん作が姿を現わし、
ぴょん吉に、「私らはどうしますか」と尋ねた。
 戦場では二匹の姿を見ていない。
おそらく足が竦んで動けなかったのだろう。
技も体術も未熟だが、それ以上に伏見の狐としての気概が不足しているようだ。
それでも、ぴょん吉は見捨てない。
「豪姫が上方に戻るまで付き従え」
 答えに喜び、二匹は豪姫の方へ駆けて行く。
 その後ろ姿を見送りながら哲也が言う。
「あの二匹に甘過ぎないか」
「そう言うな、気長に育てるしかないだろう」
「お前は優しいな」
 ポン太が哲也に、「お前が厳しいだけだろう」と突っ込む。
「人聞きの悪い」と哲也がぼやく。
 ポン太と哲也は江戸の狐狸神社の頭として、狸狐達を率いる立場にあるだけに、
育てる難しさは理解していた。
だから、それ以上は口にしない。
 ぴょん吉が誰にともなく問う。
「それよりもだ、これからどうする」
「決まってるだろう。天魔を探して討つ」と哲也が断言した。
 ポン太も同意の頷き。
ヤマトにも否はない。

 霧が立ちこめる廊下を駆けてくる小さな足音。誰だろう。
部屋に見知らぬ幼子が、「お父様」と飛び込んで来た。
 寝ていた布団の上に激しい衝撃。木村弘之は思わず飛び起きた。
部屋を見回すが誰もいない。
夢だったらしい。
 寝ている間に、封じ込めた筈の木村弘之の意識が剥き出しになったのだろう。
これでは油断出来ない。
が、面白くもある。逆らう者がいるから楽しいのだ。
今の彼に何が出来るだろう。
 隣の部屋に控えていた者が彼の起きた気配に気付いた。
「道庵様、そろそろ夕刻でございます」
 彼は今は北条道庵と名乗っていた。
「分かった。何か食わせてくれ」
「はい。ただちに運ばせます。
それから、八王子に向かった者達からの報せがありました」
 その抑揚のない言葉からは何も読み取れないが、気配から察する事は出来る。
「悪い報せのようだな」




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雨中の東京マラソンですか、寒そう。
臍出しもいるし・・・。
夢中だから気にならないか。なるよなあ。
とにかく、風邪引かないように頑張って欲しいものです。

同時進行で津波警報。
太平洋側の磯釣りは禁止でしょう。

金色の涙(白拍子)209

2010-02-24 21:00:02 | Weblog
 新免無二斎は相手の刀を受けようとして、強烈な一撃を喰らった。
刀が折れ、具足が弾け飛ぶほどの威力であった。
斬られた痛みではなく、打撃を受けた痛みで意識が朦朧としていた。
 吉岡藤次の叫びが届いた。
それで、ハッと我に返った。
目の前で敵が刀を大上段に振りかぶっていた。
再び袈裟斬りで襲ってくるらしい。
 前の攻撃で刀を折られ、左肩を斬られていた。
激しい痛みと同時に流れる生暖かい血を感じた。
しかし今はそんな事に構ってはいられない。
 相手と視線が絡んだ。
獲物を仕留めようとする鋭い目。何事も見逃すまいという気構えが感じ取れた。
 そんな相手に素手で立ち向かえるわけがない。といって逃れる術もない。
無二斎に残されたのは右手のみ。
半身になって、右手を刀に見立て、手刀で構えた。
何の手立てもない。死を覚悟した。
 相手に油断はない。
素手の無二斎を目掛けて慎重かつ大胆に跳んで来た。
 無二斎の身体が自然に前に動いた。
呼吸を止め、左足が前に出る。合せて左手が痛みを忘れ、スイッと上がった。
 どうした事か、相手の動作が緩慢に見えてしまう。
振り下ろされる刀身を、左右の掌で迎え入れるかのように挟み込む。
真剣白刃取り。
相手の目が驚きで大きく見開かれた。
 刀身を左右の掌で挟み込んだまま、振り下ろされる勢いを殺さぬように、
腰を落としながら左足を後方へ引き、素早く身体全体を左に捻った。
同時に息を吐き出しながら、「えいっ」と気合いをかけた。
 相手が体勢を崩し、柄を握ったまま宙を舞う。
そして、ドッと背中から落ちた。柄から手が離れた。
普通なら打ち身で呻るのだろうが相手は魔物。
平気な顔で起き上がってきた。
 そこに藤次が跳び込んで来た。
慌てて後退しようとする相手を逃さない。
鬼斬りを一閃。相手の首を斬り離した。
 窮地を脱した喜びも束の間、無二斎は背中に新たな衝撃を感じた。
槍が深々と突き刺さった感触だ。

 敵を斃して振り向いた藤次の目に無二斎の惨状が映った。
無二斎の鳩尾辺りからから穂先が顔を覗かせているではないか。
血が穂先を伝わって流れ落ちる。
 天狗の娘・若菜が駆け付けて来て、無二斎の背後の敵の首を斬り捨てた。
 血相を変えた典膳が、「無二斎殿」と叫び、周りの魔物達に斬りかかった。
 藤次も鬼斬りを振り回して駆け寄り、倒れそうな無二斎の身体を片手で支えた。
「無二斎はん、大丈夫でっか」
 刺さった槍を抜くのは無理と判断した典膳が、目顔で藤次に知らせ、
邪魔にならぬように途中から半分に斬り捨てた。
 藤次は鬼斬りを足下に置き、無二斎の身体を両手で抱きかかえた。
「無二斎はん、目を開けなはれ」

 星空に馬の蹄が響き渡った。
空馬で、およそ二十数頭。こちらに駆け上がって来る。
 真っ先に姿を現わした馬の肌が、星明かりに黒光りした。
両の目がランランと輝き、鼻息が荒い。
前田慶次郎の愛馬・鈴風であった。
 麓に残して置いたのに、代官所の馬達を引き連れて加勢に参じたらしい。
慶次郎が鈴風に、「こっちだ」と声をかけた。
しかし、鈴風は足を止めない。
フフンとばかりに無視をして、魔物達に突っ込んで行く。
突き出された槍を前足で蹴飛ばし、相手に体当たり。勢いで弾き飛ばした。
他の馬達も同様だ。魔物相手でも全く気後れしない。
 予期せぬ乱入に魔物達は戸惑う。
そこを真田昌幸は見逃さない。
防戦から一転、反撃を指示した。
慶次郎を先頭に残り少ない徳川方が攻めに転じた。
 ヤマト達に掻き回されている事もあり、魔物達の気配が変わった。
平常心を取り戻したのだろう。不利と悟るや、一斉に背を見せて逃走を開始した。
道から外れて山林に次々と駆け込む。夜目が利くので誰一人として躓かない。
あっと言う間に姿を消した。

 無二斎が目を開けて藤次を見た。
「すまんな、かくなる仕儀と相成った」
「手当てすれば大丈夫ですわ」
 背中に刺さった槍を抜けば大量の血が流れ出す。
これでは手の施しようがない。
そのことを顔色に出すまいと藤次は無理して笑顔を作った。
 無二斎は目を閉じた。
「お主に刀法を教える約束であったが、これでは果たせそうにない。許せ」
「さっきの技は見事でした。あれに勝るものはありまへん」
 無二斎の頬が微かに揺れた。
笑っているのかもしれない。
「あれか、・・・無我夢中であった」
 藤次は目尻が濡れるのを感じ、次の言葉に詰まった。
何と言っていいものか。
 星空が無二斎の顔を照らしていた。
表情がしだいに平板になってゆくのだが、それに抵抗するかのように、
最後の力を振り絞り、再びグッと目を見開いた。
「・・・旅の剣術家が我が道場によく立ち寄ったものだ。
その折りに歌を詠んだ者がいた。
たしか・・・、
 降り掛かる
 刃の下が
 地獄なら
 踏み込んでみよ
 極楽があり
・・・だった」
 そして、首を傾げるようにして目と口を閉じた。
身体から力が失われてゆく。
 藤次が無二斎を呼び起そうと、その身体を大きく揺すった。
「無二斎はん、起きてえなあ」
 傍にいた若菜が奥歯を噛み締めた。 
 典膳が大きく頷いて、無二斎の詠んだ歌を繰り返した。
「降り掛かる
 刃の下が
 地獄なら
 踏み込んでみよ
 極楽があり」




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 降り掛かる
 刃の下が
 地獄なら
 踏み込んでみよ
 極楽があり

小さい頃読んだ武道の本に、このような歌がありました。
何万光年も昔の記憶なので、正確ではないかもしれませんが、
大筋では合ってると思います。

金色の涙(白拍子)208

2010-02-21 10:26:41 | Weblog
 ヤマトは驚きをもって魔物の部隊の動きを見ていた。
彼等は砦の攻防戦では部隊として感情を入れずに黙々と仕事をこなしていた。
個々ではなく、集団で全てを押し切ろうとしていた。
その前提に隊列の維持があったのかもしれない。
ところが今は違う。隊列は組まずに個々で戦っていた。
どこからどうやって生れた感情かは知らないが、どす黒い殺意を迸らせ、
力任せに刀槍を振るっていた。
 哲也が、「どうした」とヤマトに声をかけた。
「連中の暴れ振りに驚いているんだよ」
 徳川方の隊列を崩す戦いではなく、殺戮のみを楽しんでいるらしい。
刀で全身を切り刻む。槍で串刺しにして持ち上げる。
なんと無惨で無駄な行為が多いことか。
「負け戦で自棄になったか」
「あるいは頭に血が上り、人を殺める事しか考えられないのか。
操られているだけだと思っていたが、それがこうも感情を表に出すとはな」
 ぴょん吉が、「見ているだけじゃ拙いだろう」と注意を喚起した。
最近、ヤマトのみならず哲也やポン太にも対等な口を利くようになった。
それに、狐拳や狐火も威力が増してきていた。
どうやら伏見の狐として成熟しつつあるのかもしれない。
 普通の兵で魔物と対等に渡り合えるわけがない。
あちこちから悲鳴が上がり、徳川方は甚大な被害を出していた。
 辛うじて隊列が崩れないのは前田慶次郎達の存在だろう。
真田昌幸の指示で慶次郎や幸村、無二斎、藤次、典膳、善鬼、孔雀、若菜、
佐助、才蔵、小太郎の十一人が隊列に空いた穴を塞ぎに走り回っていた。
 下り道に押し戻されたら地の利が圧倒的に不利になる。
それが分かるだけに、この道幅の広い平らな場所を死守しようと必死であった。
 魔物の部隊に備えて潜んでいた木立から、「行くか」とヤマトは飛び出した。
ぴょん吉と哲也が左右に肩を並べた。
乱戦では狐火は使えない。味方を爆発に巻き込む恐れがあるからだ。
二匹に残されたのは狐拳のみ。
危機感を抱いたのか、ポン太が加わった。
 麓からのポンポコリンの拍子が四匹の後押しをするかのように鳴り響く。
 魔物の部隊の者達がヤマト達の接近に気付かぬわけがない。
迎え撃つために十数人が身体の向きを変えた。
 四匹は足を止めない。躊躇すらしない。
相手は修行で魔物になったわけではない。
天魔に操られているだけの急造の魔物。恐るるに足りない。
ただ気になるのは数の多さのみ。
 低く突っ込むとみせかけて、不意に高く跳躍した。
事前に撃ち合わせたわけではないが、四匹同時にだ。
長い距離を飛び、背中を見せていた者達を襲う。
 ヤマトは相手の肩に跳び乗ると、四本足で相手の首に絡みつき、
回転をつけて強引に首を捩った。
たまらずに相手は体勢を崩して倒れた。
倒れて無防備になったところを狙い、目に猫拳を突き入れた。
頭蓋の奥まで深々と。再び脳漿に濡れる嫌な感触。
それを掻き切るようにして、猫拳を抜いた。
これ以外に斃す手立てが無いのだからしょうがない。

 二人、三人と斃して、その者が一足跳びに襲って来た。
あまりの速さに吉岡藤次は受けるので精一杯。
その大上段からの斬り込みは激しい衝撃を伴っていた。
普通の刀で受けていたなら真っ二つに折れていただろう。
長巻き「鬼斬り」で耐えながらも、藤次はジリジリと押されてゆく。
 これまでの魔物とは違い馬鹿力だけでは無い。
相手の目配りに剣術家の臭いを感じた。
これでは迂闊に嵌め技に持ち込めない。
 そこに横合いから飛び込んで来る影。
新免無二斎が相手の脇腹を突いて来た。
 相手の動きは素早かった。
待ってたとばかりに跳んで後退し、伸びてくる剣先を躱し、
逆に半歩前に出ながら無二斎の胴を狙う。
横殴りの一閃。その進退の美事さ。
 無二斎は無理なく受け流し、藤次に並んだ。
「これでは手こずるわけだ」
「でしょう、助かりましたわ」
「任せてもらおう」
「相手が人でしたら譲りまへんけど、魔物でっさかい、お任せしますわ」
 二人の会話を聞いたのか、相手が無二斎を襲う。
青眼の構えから跳び込んで来た。肩口が狙いらしい。
 無二斎はこれまた巧みに受け流し、斬り返した。
退き際の小手を狙う。
 相手は承知していたとばかりに、小手を器用に反転させ、刃先を躱し、
再び青眼に構えた。
 そこに他の魔物達がドヤドヤと加わってきた。
仲間の勝負とは無関係に襲ってくるではないか。
 二人が無二斎を目掛け左右から槍で突っ込んできた。
無二斎は無理なく捌き、次々と槍ごと相手の手首を断ち斬った。
だが、三人目の槍。
前の二人とは比べものにならぬ勢いがあった。
弾くので精一杯。その際に体勢を崩した。
 それを先の相手が見逃すわけがない。
得たりとばかりに容赦なく跳び込んで来た。
大上段に振りかぶってからの袈裟斬り。
 無二斎の受けに遅れはないが、止められない。
相手の刀が無二斎の刀を二つに折り、深々と具足に食い込んだ。
 どうやら肩口に達したらしい。
無二斎は声にならぬ声を漏らし、中ほどで折れた刀を落とした。
 別の者の相手をしていた藤次だが、目の端で無二斎の様子を捉えていた。
とたんに、「無二斎はん」と声を荒げ、刀を交えていた相手を遮二無二蹴倒し、
無二斎の方へ駆け寄ろうとした。
 その目の前で、先の相手が再び大上段に構えた。
袈裟斬りで具足もろとも無二斎を断ち斬るつもりらしい。
 左肩を斬られた衝撃か、無二斎は朦朧とした様子で突っ立っていた。
駆けながら藤次が、「無二斎」と大声で怒鳴った。何としても助けねばならない。




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金色の涙(白拍子)207

2010-02-17 21:24:15 | Weblog
 徳川方の追撃の先頭には、ここでも典膳と善鬼が立っていた。
事前にヤマトに、「半数は逃がせ」と言われていた。
言葉に従い、程よい間隔を保って追って行く。
 曲がり角を抜けると前方が明るかった。
上の方で篝火が焚かれ、一揆勢が待ち構えていた。
鉄砲の筒先を揃え、こちらを狙っていた。
そこへ蹴散らされた物見の敗残兵達が我先に駆け込んで行く。
鉄砲隊の隊列が左右に割れて、彼等を向かえ入れた。
全てを吸収すると隊列は再び一つになり、筒先を揃えた。
 組頭らしい者の、「放て」の号令。
一斉に筒先が火を噴き、轟音が鳴り響いた。
 典膳と善鬼は慌てて地に伏せた。
頭上を銃弾が飛び交い、一部が岩肌に当たり土煙が上がった。
二人は腹這いのまま、肘を使って後退り。必死で曲がり角から姿を消した。
 後に続いていた徒士のうちの三人が、足を止める事が出来ずに餌食となった。
全身に纏う具足に鈍い音と同時に次々と穴が空き、血を流しながら倒れた。

 細い獣道を駆け抜けたヤマトと哲也、ポン太、ぴょん吉の四匹が、
一揆勢が陣取る脇の木立に姿を現わした。
木陰に身を潜めているので誰にも気付かれない。
 哲也が、「やるか」と飛び出す体勢をとった。
 それを無視してポン太が、「連中は」と左右に視線を走らせた。
 どうやら魔物の部隊の事らしい。
確かに彼等の気配がない。
迎撃陣からも、負傷者の控えている場所からも、それらしい気配が感じ取れない。
彼等が逃げたとは考えられない。必ず近くに居る筈だ。
 哲也もそれに気付いて辺りを見回した。
「どうする」
 ヤマトは、「手筈通りにやるしかない」と答えるしかなかった。
ここまで順調にきている。今さら味方の行動を止められるわけがない。
「しかし、連中を見つけないと」
 ぴょん吉が、「佐助の話しでは、連中は気配を消せるそうだ」と意外な話し。
 哲也の細い目が鋭くなった。
「奴等、気配を消す芸当が出来るのか」
「それで佐助は岩槻の城にいた連中に手を焼いたそうだ」
 呆れたのか、哲也の目が丸くなった。
「馬鹿力があるだけの木偶の坊だとばかり思ってた」
 ポン太も目を丸くした。
「それは予想していなかったな。どうするヤマト」
「捜すのに時間はかけられない。モタモタしていると佐助達が見つかる」

 佐助と小太郎、これに強引に加わった才蔵。三人の顔が一揆勢の中にあった。
待ち伏せ攻撃で敗走した物見の部隊に紛れたのだ。
あまりに堂々としていたのと、夜が利して露見する事はなかった。
 三人は疲れた振りをして路肩の岩場に腰を下ろしていた。
佐助は鉄砲隊の後ろに目を遣り、「五人いる」と小太郎と才蔵に囁いた。
三人は一揆勢を率いている者を捜していた。
それは直ぐに見つかった。それらしい者達が鉄砲隊の後方に肩を並べていた。
五人が合議で進退を決めている様子だ。
 攻撃の合図。近くからヤマトの雄叫びが上がった。
とても猫の出す声とは思えない。まるで獰猛な野獣だ。
血を凍らせる雄叫びが、一瞬だが、全ての動きを止めた。
 次の瞬間、狐火が連続して鉄砲隊を襲う。
ぴょん吉と哲也に違いない。
六発ほどが鉄砲隊に当たり爆発。具足が千切れ、鉄砲が宙を舞う。
悲鳴と怒号で辺りが騒然。みんなが棒立ちになった。
 ポン太の腹鼓、ポンポコリンが始まった。
麓の狐狸達がこれに拍子を合わせ、立木を叩く。
酔っているので時折、拍子を外すが、それも御愛敬。
ポンポコリンが再び星空に響き渡る。
 一番に飛び出したのは小太郎。脇目も振らず、手早く刀を抜いた。
佐助達三人は目星をつけた五人の方へ駆け寄った。
目の前に徳川方が迫っているので、刀を抜いても誰も不審に思わない。
辺りが混乱しているので容易に接近できた。
 佐助は「李淵の剣」を構え、具足の隙間を狙って体当たり。
脇腹に深々と突き刺さった。
思わぬ事態に相手は唖然とするしかなかった。

 狐火の連続する爆発音を聞いた徳川方が動いた。
勝ち鬨を上げて前進を開始した。
 筒先を揃えていた一揆勢の鉄砲隊はすでに崩れていた。
ヤマトの長く続く雄叫びとポンポコリン、連続する狐火で恐慌をきたしたらしい。
それに佐助達が敵の主立った者達を討ったのも大きい。
纏める者がいないので一揆勢は再び敗走を始めた。
 最前線の鉄砲隊が逃げ出せば、他は推して知るべし。
ことに、手傷を負って後方に陣取っていた者達の逃げ足の何と早いこと。
峠の下り道を転がるように逃げて行くではないか。
 気勢を上げて徳川方が坂道を駆け登った。
組織だって抵抗する者はいない。
逃げ遅れた者達を容赦なく斬り捨てて行く。

 強烈な殺意が押し寄せて来た。
道を見下ろす崖の斜面からだ
山肌の岩陰に張り付くように魔物の部隊が潜んでいた。
さらに、その上の森からも姿を現わした。
その数、およそ二百人余。
彼等は無言で飄々と駆け下りて来た。
対して徳川方は弓隊、鉄砲隊に慶次郎達を加えても百人余。
不意を突かれ、次々と倒される。




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金色の涙(白拍子)206

2010-02-14 10:51:18 | Weblog
 狐狸達の酒盛りは砦を囲むように分散して行なわれていた。
樹木の上だろうが、草深い所だろうが、お構いなしに陣取り、
仲の良い物同士が集まり、酔って騒ぐので煩い事この上なし。
 黒猫・ヤマトの目の前の小鉢に新免無二斎が酒を注ぎ足してくれた。 
あまりに癖の強い酒だが、慣れると旨い。
 周りに腰を下ろしているのは人間ばかり。
無二斎の他は吉岡藤次、神子上典膳、善鬼、孔雀。
誰一人として酒は飲まず、刀捌きを論じていた。
ことに藤次と典膳が熱い。手刀を太刀に見立て 互いの刀法を比べていた。
 ヤマトは焚き火を見ながら、みんなの話しを聞いていた。
揃いもそろって剣術談義が好みらしい。
 ヤマトの「何が楽しいのやら」という気持を察したのか、
「呆れているみたいだな」と善鬼が話しかけてきた。
 この僧体の男は妙に斜に構えていた。
ヤマトだけでなく、みんなに対してもだ。
「少し」
「剣術の話しが通じる者は、そうは多くないから嬉しいんだ。
酒も旨いが、剣はそれ以上、何よりのものだ」
「そうは言うが、お主は坊主、それに孔雀は尼僧、人を斬る技を修練してどうする」
 聞えたのか、孔雀が屹度ばかりに睨み付けてきた。
「人を斬るのではない。お前のような魔を退治する為に、刀法を学んでいるのだ」
 その勢いにヤマトはタジタジ。きつい女には敵わない。
横で見ていた善鬼と無二斎は顔を見合わせ、戯けて笑う。
 そこに若菜が駆けて来た。
「物見が下りて来た。その数、およそ五十」
 一揆勢の物見が峠から下りてくるかもしれないので、
若菜と佐助、小太郎の三人が麓で見張りをしていた。
 待っていた報せに無二斎達が立ち上がった。
五人は物見に備えて待機していた。
気負うことなく、若菜に案内を乞う。
 隣で焚き火していた前田慶次郎と真田親子がこれに加わった。
幸村が、「五十では少ないな」と言えば、
慶次郎が、「十や二十よりは良かった」と応じ、
昌幸が、「それでも手加減せねば」と意味深な言葉。

 さらに途中で、幾つかの焚き火を囲んでいた者達が合流する。
代官所の鉄砲隊二十五人。弓隊三十人、徒士隊四十人。
勿論、率いるのは代官の大久保長安。
ヤマトに頼ってばかりでは徳川家の沽券に関わるので自ら先頭に立つことにした。
 ただの一揆なら、緒戦で勝利を得れば破竹の勢いで燎原の火の如く広がるが、 
一旦敗走すれば雲霧の如く消散し、加わった多くの者達はいつもの日常に戻る。
 だが、こうも早く物見を出したとすれば、ただの一揆ではない。
事情は知らないが、ヤマトの言う「天魔」という者が影響を与えているのか。
それとも「天魔」とは別に、何らかの目的があるのか。
何れにしても戦慣れした者が率いているのは確かなので、
ここで、だめ押しをする必要がある。
 悔しい事に全てはヤマトの助言通りになっていた。
ただ、気になるのは真田親子。
なにしろ二人は豊臣方で、徳川家の天敵といった存在なのだ。
前田慶次郎の丁寧な説明で、ここに居る理由は分かったが、それでも不安である。
同じ武田家の釜の飯をくった仲だが、幸か不幸か面識がなく、
なんだか自分の力量を観察されているという気がしてきてならない。
 唯一の気休めは、昌幸の長男の信幸が徳川家の同僚であるという事。
真田信幸は家康のお気に入りの一人に数えられ、
その証拠に、本多忠勝の娘を養女とし、正室として娶らされていた。
今は家康に付き従って上方にいる。
 
 一揆勢の物見は五十人近い人数であった。
 危険な敵地に赴かせる場合、誰かしらが無事報告に戻れるように、
五十から百の人数の部隊を物見で送り込む。
その場合、敵と遭遇しても正面切って戦わず、可能な限りは戦を避ける。
しかし待ち伏せに遭った場合は、身を挺して報告に戻る者の帰路を守る。
 彼等は物音を立てぬように軽装で、道の端の木陰から木陰を選びながら、
慎重に峠道から下りてきた。
 麓に近づくにしたがい、獣達の騒ぐ声が聞えてきた。
「あれは」
「獣達が喧嘩してるのだろう」
「あれのお蔭で多少の物音を立てても気付かれまい」
「そうだな、助かる」
「油断するな、この先に徳川方の見張りが居るものとして行動するんだ」
 彼等は麓で酔い騒ぐ獣達を目にした。
「何だ、これは」
 砦への道筋ばかりではなく、森といわず、草地といわず、
獣達がお構いなしに陣取り、宴席を設けていた。
そして酒癖が悪いのか、走り回っている物。喧嘩する物、歌う物、演説する物、
斃れている兵の具足を剥ぎ取る物。乱暴狼藉を働いていた。
「これでは砦に近づけない」
 彼等はそこで足止めされた。
 不意に右の森陰から、「放て」の声。
一斉に鉄砲が放たれ、矢が弧を描いて襲って来る。
 さらに、「駆けよ」の声。
徒士の者達が刀槍を振りかざして攻めて来た。
 徳川方の待ち伏せに気付いた時には、側面の十数人が倒されていた。
押し寄せて来る徒士の前に、隊列を立て直す暇が無い。

 徒士の先頭には神子上典膳と善鬼がいた。
その駆ける足の速い事。
他を引き離して崩れた敵隊列に斬り込んだ。
 善鬼が剛力で敵の槍を斬り放てば、典膳は流れるような身体捌き、
槍を躱して相手の腕を斬り落とした。
その手応えから敵は魔物の部隊ではなく、普通の一揆勢と知り落胆するが、
手を弛めるような事はしない。
戦場は剣術修行の大事な一環。色々な刀法を試さねばならない。
 若い二人とは対照的に無二斎は臨機応変に対応する。
相手の出方に応じた太刀捌き。
 藤次はというと、「鬼斬り」を嬉しそうに振り回していた。
軽い足捌きで相手を翻弄しながら、次々に斬って捨てた。
 敵隊列の奥に斬り進んだのは孔雀。
小柄で華奢な体躯ではあるが、巧みに太刀捌きで並み居る敵を葬ってみせた。
 慶次郎や真田親子が斬り込むより先に敵が敗走した。
ここでも殿を守る者がいない。敵はてんでに逃げて行く。
三人は顔を見合わせて苦笑い。
慶次郎が、「これで良いのか」と問えば、
昌幸が、「上々」と答えた。
 徳川方は敗走する敵を追撃するが、無理して追い縋る様子はみせない。
疲れぬように峠道を駆け登る。
慶次郎や典膳達も徒士隊に歩調を合わせた。
 後から続く鉄砲隊が、まるで景気付けのように、時折立ち止まっては鉄砲を放つ。
それも上空にだ。けっして敵を狙わない。

 峠道の上にいた一揆勢は下から聞える鉄砲と悲鳴に狼狽した。
物見に行った者達が待ち伏せ攻撃に遭ったとしか考えられない。
みんな浮き足立つ。
 それを主立った者達が必死で押さえた。
「こちらが上にいるから有利だ、迎え撃つ」
 下り坂に向かって陣を組む。
鉄砲隊が最前列に五段構えの隊列を敷き、
いつでも飛び出せるように槍隊が後ろに控える。
 こういう場面でも魔物の部隊は独自に動く。
迎撃陣の崩れに備えて、後ろの山肌に張り付くように登る。




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金色の涙(白拍子)205

2010-02-10 21:05:44 | Weblog
 ヤマトは、声を潜めた白拍子と老婆の会話は残らず聞いていた。
白拍子が空に飛び立つ時に流した数滴の涙も見逃してはいない。
二人の関係は分からないが、大筋は推測できた。
 白拍子の姿が星空に消えると真っ先に動いたのは九郎と名付けられた赤ん坊。
近くで伏せている黒太郎に駆け寄った。
 黒太郎は白拍子に噛みつこうとして、逆に片手を突っ込まれ、口内を痛めていた。
傍に嘔吐した物で小山を築き、疲弊もしていた。
最前までの威勢の良さが嘘のよう。
 九郎が脇に腰を下ろし、「大丈夫だよ」と背中を優しく撫でた。
黒太郎は甘えるように小さく啼いた。
 仕様が無さそうに老婆が黒太郎の様子を見る為に歩み寄った。
すると黒太郎は精一杯の唸り声で威嚇。喉が潰れるのではないかと思えた。
老婆は忌々しそうな顔で後退りするしかなかった。
 そこに大久保長安が僅かな供を率いて現れた。
ヤマトを見つけると馬から飛び降りた。
「ヤマト殿、大いに助かりました」と声に喜びが溢れていた。
率直な人柄らしい。顔が綻んでいる。
 ヤマトは釣られて微笑んでしまう。
「それは何より。ついては褒美が欲しいのだが」
「いかようにも」
「狐狸達に酒を振る舞いたい。集めてくれるか」
「それは構いませんが、今ですか」
「今しかない」
 いつ現れたのか、孔雀が、「みんな疲れているのよ」と割り込んで来た。
戦いの余韻か、言葉に迫力があった。
「こんな夜中に、どうやって集めろというの」と続ける。
 ヤマトは孔雀に視線を向けた。
「一揆勢は途中で徳川方の追撃が無いのに気付き、余力が無いと判断する。
となれば、引き返して朝駆けをしようかと考えるのは必定。
今の状態で迎え撃つのは可能かな」
 話しが変わって困った孔雀は、長安に目顔で助けを乞う。
 長安が、「怪我人が多すぎて、これ以上は戦えない」と答えた。
「そうだろうな。無勢でよく戦った、感心する」
 孔雀が癇癪を起こした。
「酒と朝駆けに何の関係があるのよ」
「砦の前で狐狸達が酒盛りを始めれば、一揆勢も迂闊には攻めて来ない」
「酔っぱらいの狐や狸達が何の役に立つの」
「朝駆けは不意打ちが定石。
砦の前の狐狸達を先に追い払わねばならぬとなれば連中も二の足を踏む」
「攻めて来ないというの。そう上手く行くかしら」
「賭けだ。他に手はない」
 孔雀が疑い深い目をした。
「何のかんのと言って、本当は酒が飲みたいだけじゃないの」
 ヤマトは孔雀を無視して長安に尋ねた。
「連中が逃げた道は、あの山の麓を迂回してるのかな、それとも山を越えるのかな」
「山越えですね、それが」
「峠道から、こちら側が見えるのかい」
「見えます。昼間なら八王子の町が隅々まで見通せますね」
「それは利用できる。ところで、砦に荷車は何台ある」
「八台だったかな」

 峠道を登りきると道幅の広い場所に出る。
佐助や才蔵、小太郎等が一息入れていた所だ。
そこは今、一揆勢で溢れていた。
徳川方の追撃が無いので彼等もここで一息入れていた。
 手傷を負った者が多いが、それでも五千近くは無傷であった。
際だって被害が多いのは、別行動を許されている精鋭の千人余だ。
それが二百人近くしか残っていない。
彼等が魔物の部隊だとは一揆勢は知らない。
無愛想だが、異常に手強い連中という認識しかない。
 一揆勢を率いる主立った者達が顔を揃え、砦を見下ろしながら、
引き返して反撃するべきかどうかを議論していた。
 彼等の見ている前で砦から五本の松明が町の方へ出て行く。
「あれは」
 星空で明るいとはいえ、遠すぎるので判然としない。
「少数だな。たぶん、兵を集めに町に戻ったのだろう」
 彼等の議論は長く続いた。
決着がついた頃、町から松明の行列が砦を目指して動く。
蛇のように長い行列だ。松明は、どう少なく見ても百数十本はあった。
「あれは」
 状況的に増援の軍勢しか考えられない。
先頭から最後尾まで、控え目に見ても二千人余はいるのではなかろうか。
「新手が現れたのか。どうする」
「弱ったな」
 議論は、「朝駆けを決行する」で決着した。
徳川方の弱体化は火を見るより明らかであった。
無勢でよくぞ善戦したものだ。だが、もう限界であろう。
それに、味方した狐狸達もいつまでも居ないだろう。
朝方までつきあう義理があるとは思えない。
そういう事から、一押しすれば砦を落とせると踏んだのだ。
「物見を出せ」

 町から出た行列は代官所の普請に携わっている職人達だ。
およそ三百人。全員が松明を掲げ、間隔を大きく空けて砦に向かっていた。
 一人が離れて前を行く仲間に大きな声で尋ねた。
「これだけで手間賃が貰えるのか」
 仲間が振り返った。
「そういう話しだ。あの御代官様は嘘はつかない」
「これだけで一日分か。まさか戦には巻き込まれないよな」
「臆病だな。前もって言われてるだろう、戦になったら逃げても構わぬと」
 砦への増援と見せかける策であった。
 先頭には荷車が八台。いずれにも酒と肴を満載していた。
町の造り酒屋から酒を掻き集め、小料理屋や商家から肴を提供して貰った。
 三台が砦の坂道を登って行く。
残った五台はそのまま進む。
 砦前の道では既に酒盛りが始められていた。
負傷兵の傷口を洗い流すために用意してあった砦の酒を、
ヤマトが、「狐狸達を引き止めて置けば何かの役に立つ」と長安を説き、
強引に近い形で狐狸達に分け与えさせたのだ。
そこに新たな酒と肴が届けられたものだから狐狸達の歓声があがった。




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金色の涙(白拍子)204

2010-02-07 09:57:00 | Weblog
 白拍子と老婆、二人の遣り取りは、居合わせた者達の関心を引いていた。
二人の関係は分からないものの、興味を抱かずにはおられないようで、
みんなは口を開くのを控えていた。
 ただ、犬の黒太郎だけが違っていた。
異様なまでに唸って白拍子を威嚇していた。
お蔭で赤ん坊はそれを宥めるのに必死。
困惑しながら耳元で、「落ち着け、落ち着け」と囁きながら、両頬を撫でていた。
 赤ん坊を正視できないでいた白拍子だか、幸いと言うべきか、
今の赤ん坊の注意は黒太郎に向けられていた。
鼓動の速まりを感じながら、それとなく赤ん坊に視線を巡らせた。
誰それに似ているという事はない。
それでも何かを感じた。何だろう・・・これは。
 赤ん坊が気付いたのか、視線を上げ、白拍子の方を向いた。
二人の視線が絡み合った。とたんに白拍子は激しい衝撃を受けた。
赤ん坊の目の色。そこに愛しい人の面影を見た。
まるで、あの人と同じ人生を歩むと主張するかのように、
瞳の奥に優しさと激しさが同居していた。
 心の動揺を必死で押し隠し、目を逸らした。
自分は夜目が利くが、赤ん坊はどうなのだろう。
今の自分の表情を読まれてはいないだろうか。
 視界の片隅で老婆が立ち上がっるのを見た。
白拍子は老婆に歩み寄り、小声で尋ねた。
「鎌倉から来た方術師達の話しでは、貴女達、まるで海中から生れたように、
由比ヶ浜の海上に姿を現わしたそうね」
「はい」
「もしかすると、海中に封じられていたの」
「はい。世を騒がせたので、法力の強い者達に長い事、封じられていました」
 白拍子は、「あの子は、もしや・・・」と少しだけ踏み込んだ。
 老婆は余計な事は言わず、「はい、そうです」と頷いた。
 充分過ぎる答えを得た白拍子は、予想していた事とはいえ、
どういう顔をしたらよいか、どういう言葉をかければよいか、分からない。
自分の沈黙に耐えかね、別の事柄を尋ねた。
「人の子供の為に己の命を散らし、後悔していないの」
「後悔はしておりません。良い死に場所を与えて頂き、感謝しています」
「分からないわ」
「気にしないで下さい。あの頃の私は人を危めるのに飽いておりました。
ですから丁度良い潮時だったのです」
 白拍子は老婆の言葉の意味を咀嚼した。
女武者として多くの血を流し、耐えきれなくなったという事なのか。
それとも他に・・・。
 白拍子は肝心の事を忘れていた。
「あの子の名前は」
 聞かれた老婆は、「それは・・・」と首を横に振った。
 老婆は名付けを遠慮していたらしい。
そうと察した白拍子は、命令口調になった。
「そう。これも何かの縁、貴女が名付け親になりなさい」
 老婆は、「宜しいのですか」と戸惑い顔。
「宜しいも何も、あの子の育ての親でしょう」
 老婆の顔が喜びにクシャクシャになった。
あまりの嬉しさに言葉に詰まる。
 同時に黒太郎が跳んだ。
両の前足を伸ばし、大きく口を開けて白拍子に襲いかかった。
背中の赤ん坊が振り落とされまいと必死でしがみつく。
 不意を突かれて誰も動けなかった。
周囲から、「アッ」とだけが声が漏れた。
 白拍子は驚きながらも、老婆を庇うように前に出た。
両の前足が目前に迫ってくる。その爪の鋭いこと。
内心、「引っ掻かれると痛いわね」と思いながらも、素早く片手を上げた。
手刀でもって、相手の両の前足を内側から外に、左右に払い除けた。
目にも留まらない流れるような一連動作。
そして、その手刀を黒太郎の口に無造作に突っ込んだ。
殺すつもりは無いので手加減はした。
 喉の奥にまで手を突っ込まれ、黒太郎の目が点になった。
慌てて、宙で噛み切ろうとした。
しかし、牙が刺さらない。
 白拍子は鬼譲りの強靱な肉体。
まるで鋼でもあるかのように矢弾ですらも弾き返すのだ。
獣の牙ごときが刺さるわけが無い。
 黒太郎は、その姿勢のまま地面に落ちてゆく。
背中の赤ん坊が宙に投げ出される。
 片手を抜きながら白拍子の目は赤ん坊を捉えていた。
宙に投げ出された瞬間、両手を差し出して掬い上げようとした。
 と、赤ん坊は落ちてこない。
宙に静止。落下せずに空中に留まっているではないか。
 白拍子は思わぬ事態に狼狽した。
どうすれば良いのか・・・。
 背後から老婆が、「この子は宙に浮くのです」と。
「どうして」
「さあ、・・・」
「飛べるの」
「その場に留まるだけです。でも自分で下りるのは苦痛みたいです。
・・・於雪様、その子を抱いて下ろしてください」
 予期せぬ展開だが、老婆の意図する事は理解できた。
赤ん坊に歩み寄り、ソッと片手を差し出した。
何も知らぬ赤ん坊は応えるように、その手を握り返してきた。
赤ん坊の肉体は死んでいるので体温は無い筈だが、気のせいか温もりを感じた。
堪らない感情が心の奥底から押し寄せてきた。
熱い血潮の滾り。出産時以来の忘れていた感情だ。
思わず両手で抱き上げ、頬摺りをした。
乳房が赤ん坊に反応。乳首が濡れる。
 何も知らぬ赤ん坊は無邪気に、「キャッキャツ」と喜ぶ。
 白拍子は、「名前は」と老婆に促した。
 即座に、「九郎」と老婆。
 思わぬ答えに白拍子は苦笑い。
「少しは考えたのですか」
「いいえ、咄嗟に出ました。拙いですか」
「いいわ。その名は昔から好きよ」
 納得した白拍子は、「貴男の名は九郎」と赤ん坊を正視した。
 赤ん坊が、「九郎」と鸚鵡返し。
心配なのか、老婆を振り向き、目顔で尋ねた。
老婆が笑顔で頷くのを確かめると、赤ん坊も白拍子に強く頷いた。
「僕は九郎。お姉さんは」
 子供らしい声。その声が白拍子の全身に染み入る。
叶わぬと思っていた願いが・・・。迸りそうな涙を堪える。
「於雪」
「どこから来たの」
「鞍馬から」
「鞍馬、どこにあるの」
「西の方。遠いわよ」
 九郎の子供らしい質問が続いた。
「いいところなの」
 白拍子は、「いいところよ」と答えながら、涙を堪えきれなくなる。
「それじゃ、お姉さんは仲間達に戦の勝利を報せなくてはならないの」
 九郎を老婆に手渡した。
その時、涙が数滴、老婆の手に落ちた。
白拍子の気持を察したのか、老婆は黙って頷いた。
 白拍子は、「仲間達は、あの灯りのある湯治場にいるの」と甲斐との国境の、
大掛かりな篝火が焚かれている所を指差した。
そして、「暫く、あそこに居るわ。よかったら後で来て」と言い残し、
返事も待たずに星空に跳び上がった。
高い場所で背中から翼が姿を現わす。
上空の向かい風など物ともせずに、篝火のある場所に滑空してゆく。




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金色の涙(白拍子)203

2010-02-03 20:44:32 | Weblog
 一部の敗走は、それだけでは終わらない。
たちまち周りに波及。てんでに我先にと逃げだし始めた。
それが、雪崩を打ったかのような大きな流れとなって行く。
 一揆勢総崩れ。彼等は高麗方向へと逃げて行く。
指揮系統が崩壊しているので、殿を努める部隊がない。
 魔物の軍勢も例外ではない。
味方の敗走を知るや、無表情で淡々と退却を開始した。
 徳川方は敗走する敵勢に巻き込まれぬように逃走経路から離れた。
窮鼠猫を噛むかも知れぬので無用な手出しは控えた。

 ヤマトが木から下りたところに黒犬が現れた。
佐助達と行動を共にしていた黒犬で、背中に赤ん坊を乗せていた。
それが、低く唸りながらヤマトを威嚇。飛び掛かれるように身構えるではないか。
 なりゆきに赤ん坊は驚いた。
黒犬の耳に、「止めろ、黒太郎」と叫ぶ。
 どうやら犬の名は黒太郎というらしい。
ヤマトは黒太郎を見据えた。
今まで一緒に魔物の軍勢と戦っていたというのに、黒太郎に仲間意識は無いらしい。
敵愾心の籠もった目でヤマトを睨んでいた。
 そこに老婆が駆けて来た。
仲裁のために両者の間に割って入った。
「何してる」
「それは黒太郎に聞いてくれ。喧嘩を売ってきたのは彼奴だからな」
 老婆は訝しげな目でヤマトを見た。
「人の言葉を喋れるのか」
「少しだけなら」
 老婆はヤマトを警戒しながら、黒太郎の傍に歩み寄った。
「どうした、戦は終わったぞ」
 黒太郎は老婆をも威嚇した。本気らしい。
老婆は呆れたような顔をヤマトに向けた。
「これはどうもならん。下手に止めれば、ワシも噛みつかれる。困った」
 言葉とは裏腹に面白がっている口調だ。
「婆さんの犬ではないのか」
「違う、なりゆきで一緒にいるだけだ」
「それでは飛びかかって来たら殺す。よいな」
「好きにしてくれ。ただし、赤ん坊は傷つけてはならん」
 老婆の無茶な言い分にヤマトは苦笑い。
「では、どうやって戦う」
「分からん」
 剣呑な空気を察したのか、若菜や佐助等が集まって来た。
 真っ先に現れた哲也が、「その犬の恨みでも買ったのか」と尋ねてきた。
どうやら面白がっているらしい。
「いや、なにも」
「何も無い事はないだろう」
「だから、何も無い」
 老婆が、「猫又にしては気配が変だ」とヤマトを繁々と見回した。
鋭い勘をしている。
「俺は猫又であると言った覚えはないが」
「それではなんなのだ。ただの魔物には見えん」
「ただの魔物とは何なのだ」
「我等のような者だ」
 ヤマトは老婆と赤ん坊を観察。「金色の涙」が解析を始めた。
答えが出るのに手間はかからない。
二人とも死んでいるのに己の身体に留まっているではないか。
肉体が腐らないとは不思議。じつに珍しい魔物だ。
「お主等も充分に変な魔物だよ」
 黒太郎は集まって来た狐狸達には関心が無いらしい。
ヤマトから目を逸らさない。
睨み合いが続く。
 と、不意に黒太郎が動いた。
素早く後退して上を見上げ、激しく唸る。
 夜空から白拍子が舞い降りて来た。
黒太郎の殺気など歯牙にもかけずに若菜に声をかけた。
「若菜、無事ね。よかった。ところで、お豪が居ないわ。一体どこなの」
「豪姫様なら砦で休んでるわ」
「怪我でもしたの」
「いいえ。鬼斬りに憑依している魔物に操られて疲れてしまったの」
「それでなのね、安心したわ」
 湯治場で仲良くなった豪姫や若菜が心配だったらしい。
鞍馬の頃から比べると雲泥の差がある。
そんな白拍子にヤマトは、「人間臭くなったな」と笑う。
 白拍子は言い返さない。
唸り声で、ようやく黒太郎の存在を認めた。
不思議そうに背中の赤ん坊に目を遣りながら、ヤマトに問う。
「なんなの、この煩い犬は」
 ヤマトは素っ気なく、「殴り殺せば」と悪戯心で勧めた。
そんな言葉とは裏腹に、黒太郎を見直した。
魔物でも無い普通の犬だが、ヤマトや白拍子に激しく反応するところを見ると、
外来の魔物を識別する能力が備わっているのだろう。
この犬なら天魔を探すのに使えるかもしれない。
 そうとは知らぬ白拍子が呆れたように、「アンタがやれば」と言い返す。

 白拍子は自分を見詰める老婆に気付いた。
何やら様子が変だ。目を大きく見開き、愕然としている。
そんなに何を驚いているのだろう。
 頭の中が弾けた。思い出した。
孔雀や、彼女の仲間達から聞いた話だ。
由比ヶ浜に現れた魔物。それは老婆と赤ん坊だった。
今、目の前に老婆が居て、黒犬の背中に赤ん坊が跨っている。
その二人から、隠しようのない魔物の気が発散されている。
 そこで老婆に、「あの犬は貴女の飼い犬なの」と尋ねた。
 老婆は慌てて首を横に振った。
「・・・いいえ。途中で傷付いているのを拾いました」
「そう。・・・赤ん坊は仲間なの」
「あれは、・・・」
 老婆が言葉に詰まった。何やら躊躇っていた。
 そんな老婆の顔に、昔の知り人が重なった。
彼女が鎌倉に囚われていた頃、危険を顧みず身辺に近づいて来た者がいた。
その者は毎回、身形を替えては現れた。
たしか、朝廷の陰働きをしていた女武者だった。
 遠い昔の事なので名前までは思い出せないが、
「富士の麓で生れたのだったわね」と老婆に話しかけた。
 とたんに老婆の顔が歪む。
嬉しいのか、悲しいのか分からぬ表情で、「於福です」と叫び、
片膝ついて頭を下げた。
 そうだった。於福だった。
あの時代に生きた者に会えて身内が打ち震えた。
互いに魔物となっていたが、今さら嘆いても詮無きこと。
「今の私は魔物。・・・名は於雪。だから立ちなさい」




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