昨日の騒ぎが嘘のような爽やかな日射しであった。
砦の左隣の草地に幾つもの穴が掘られ、敵味方関係なく、
引き取る者のいない戦死者が次々と埋葬された。
こういう時に陣頭指揮を執る大久保長安は自信に満ちていた。
埋葬が普請に似た作業だからだ。
穴の広さ、深さ、隣の穴との間隔、一つの穴に何人入れるのか、等々。
呼び集めた近在の者達に的確に指示を飛ばしていた。
その一角で豪姫達が立ち働いていた。
一行から出た戦死者達を運び集め、ここに埋葬しようというのだ。
ことに豪姫の働きは痛々しいものであった。
「自分の盾となって死んだ者達」という意識が強いのだろう。
秀家の、「交替しないか」と言う声を無視して、両手に血豆をこしらえながら、
憑かれたかのように穴を掘り続けていた。
流す汗が血涙に見えてしまう。
佐助が、「邪魔だ」と力尽くで交替した。
彼には猿飛の老忍者三人の死が堪えているのだろう。
余計な事は言わず必死で穴を掘る。
息絶え絶えの豪姫は穴の脇に盛られた土山に腰を落とした。
懐から布切れを取り出して額の汗を拭い、大きな息を吐いた。
衣服も顔も土で汚れていて、とても大名の正室とは思えない姿をしていた。
豪姫の視線が、近くに並べられた亡骸に向けられた。
全部で九体。手足のみならず首を落とされた者もいた。
何れも血と土で汚れていた。
不意に、唇を噛み締めて立ち上がった。
そして並べられた亡骸の方へ歩み寄った。
手前の一体の傍で膝を折り、手に持った布切れで亡骸の顔を拭い始める。
涙はすでに涸れてしまった。もはや一滴も流れない。
秀家が穴堀の手を止め、「気持は分かる。だが身体は大事にしろ」と労る。
それに豪姫は黙って頷くしかなかった。
若菜が桶の水を柄杓で汲んで差し出した。
「このままでは倒れるわよ」
「わかってる。でもね、ジッとしていられないの」
柄杓を受け取ると、水を一気に飲み干した。
隣で穴を掘っていた真田昌幸が幸村と交替し、豪姫の傍に来た。
「姫様の汗を見た者達は喜んで盾となるでしょうな」
皮肉にしか聞えないが、そうで無い事は豪姫も分かっていた。
「・・・人の上に立つというのは難しいものね」
「言葉一つどころか、表情一つにも意味を汲み取ろうとする者がいますからな」
「確かに。昌幸殿はどうすれば良いと」
「武田の頃、その事を信玄様に尋ねたことがあります」
「信玄公は何と」
「家来の死の意味に値する者になるしかない、と」
その様子をヤマト達は離れたところから見ていた。
「人は大変だな」
ぴょん吉が、「何が」と首を傾げた。
「仲間が死んだら穴堀しなければならんとは、・・・なんて暇な連中なんだ」
ぴょん吉は呆れてしまう。
「お前は人の飼い猫なので理解していると思っていたがな」
「んっ、飼い猫、なのか俺」
「立派な飼い猫だ。石川五右衛門に飼われているではないか。
その五右衛門の家の一番良い場所に仏壇か神棚があるだろう」
「そういえば、・・・有るな。夜働きに出る前に拝んでいた」
「五右衛門らしいな。
それは宗教というものだ。簡単に言えば掟のようなものかな。
それが人を縛りつけ、身内や仲間が死ねば穴を掘り、埋葬しろと教えている」
「穴を掘るのが宗教というものなのか」
ぴょん吉が得意げに頷いた。
「そうだ。お前が死ねば、五右衛門が穴を掘ってくれる。良かったな」
ヤマトは笑ってしまう。
「俺の為に五右衛門が穴を掘る、想像できんな」
哲也が割り込んできた。
「ヤマトは長生きする。逆に五右衛門の墓穴を掘らされそうだ」
「馬鹿言え、か弱い猫に穴堀させるのか」
ポン太に、「騒ぎすぎだ」と窘められて三匹は苦笑い。
そこへ、豪姫に従っていた伏見の狐、ちん平と、まん作が姿を現わし、
ぴょん吉に、「私らはどうしますか」と尋ねた。
戦場では二匹の姿を見ていない。
おそらく足が竦んで動けなかったのだろう。
技も体術も未熟だが、それ以上に伏見の狐としての気概が不足しているようだ。
それでも、ぴょん吉は見捨てない。
「豪姫が上方に戻るまで付き従え」
答えに喜び、二匹は豪姫の方へ駆けて行く。
その後ろ姿を見送りながら哲也が言う。
「あの二匹に甘過ぎないか」
「そう言うな、気長に育てるしかないだろう」
「お前は優しいな」
ポン太が哲也に、「お前が厳しいだけだろう」と突っ込む。
「人聞きの悪い」と哲也がぼやく。
ポン太と哲也は江戸の狐狸神社の頭として、狸狐達を率いる立場にあるだけに、
育てる難しさは理解していた。
だから、それ以上は口にしない。
ぴょん吉が誰にともなく問う。
「それよりもだ、これからどうする」
「決まってるだろう。天魔を探して討つ」と哲也が断言した。
ポン太も同意の頷き。
ヤマトにも否はない。
霧が立ちこめる廊下を駆けてくる小さな足音。誰だろう。
部屋に見知らぬ幼子が、「お父様」と飛び込んで来た。
寝ていた布団の上に激しい衝撃。木村弘之は思わず飛び起きた。
部屋を見回すが誰もいない。
夢だったらしい。
寝ている間に、封じ込めた筈の木村弘之の意識が剥き出しになったのだろう。
これでは油断出来ない。
が、面白くもある。逆らう者がいるから楽しいのだ。
今の彼に何が出来るだろう。
隣の部屋に控えていた者が彼の起きた気配に気付いた。
「道庵様、そろそろ夕刻でございます」
彼は今は北条道庵と名乗っていた。
「分かった。何か食わせてくれ」
「はい。ただちに運ばせます。
それから、八王子に向かった者達からの報せがありました」
その抑揚のない言葉からは何も読み取れないが、気配から察する事は出来る。
「悪い報せのようだな」
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雨中の東京マラソンですか、寒そう。
臍出しもいるし・・・。
夢中だから気にならないか。なるよなあ。
とにかく、風邪引かないように頑張って欲しいものです。
同時進行で津波警報。
太平洋側の磯釣りは禁止でしょう。
砦の左隣の草地に幾つもの穴が掘られ、敵味方関係なく、
引き取る者のいない戦死者が次々と埋葬された。
こういう時に陣頭指揮を執る大久保長安は自信に満ちていた。
埋葬が普請に似た作業だからだ。
穴の広さ、深さ、隣の穴との間隔、一つの穴に何人入れるのか、等々。
呼び集めた近在の者達に的確に指示を飛ばしていた。
その一角で豪姫達が立ち働いていた。
一行から出た戦死者達を運び集め、ここに埋葬しようというのだ。
ことに豪姫の働きは痛々しいものであった。
「自分の盾となって死んだ者達」という意識が強いのだろう。
秀家の、「交替しないか」と言う声を無視して、両手に血豆をこしらえながら、
憑かれたかのように穴を掘り続けていた。
流す汗が血涙に見えてしまう。
佐助が、「邪魔だ」と力尽くで交替した。
彼には猿飛の老忍者三人の死が堪えているのだろう。
余計な事は言わず必死で穴を掘る。
息絶え絶えの豪姫は穴の脇に盛られた土山に腰を落とした。
懐から布切れを取り出して額の汗を拭い、大きな息を吐いた。
衣服も顔も土で汚れていて、とても大名の正室とは思えない姿をしていた。
豪姫の視線が、近くに並べられた亡骸に向けられた。
全部で九体。手足のみならず首を落とされた者もいた。
何れも血と土で汚れていた。
不意に、唇を噛み締めて立ち上がった。
そして並べられた亡骸の方へ歩み寄った。
手前の一体の傍で膝を折り、手に持った布切れで亡骸の顔を拭い始める。
涙はすでに涸れてしまった。もはや一滴も流れない。
秀家が穴堀の手を止め、「気持は分かる。だが身体は大事にしろ」と労る。
それに豪姫は黙って頷くしかなかった。
若菜が桶の水を柄杓で汲んで差し出した。
「このままでは倒れるわよ」
「わかってる。でもね、ジッとしていられないの」
柄杓を受け取ると、水を一気に飲み干した。
隣で穴を掘っていた真田昌幸が幸村と交替し、豪姫の傍に来た。
「姫様の汗を見た者達は喜んで盾となるでしょうな」
皮肉にしか聞えないが、そうで無い事は豪姫も分かっていた。
「・・・人の上に立つというのは難しいものね」
「言葉一つどころか、表情一つにも意味を汲み取ろうとする者がいますからな」
「確かに。昌幸殿はどうすれば良いと」
「武田の頃、その事を信玄様に尋ねたことがあります」
「信玄公は何と」
「家来の死の意味に値する者になるしかない、と」
その様子をヤマト達は離れたところから見ていた。
「人は大変だな」
ぴょん吉が、「何が」と首を傾げた。
「仲間が死んだら穴堀しなければならんとは、・・・なんて暇な連中なんだ」
ぴょん吉は呆れてしまう。
「お前は人の飼い猫なので理解していると思っていたがな」
「んっ、飼い猫、なのか俺」
「立派な飼い猫だ。石川五右衛門に飼われているではないか。
その五右衛門の家の一番良い場所に仏壇か神棚があるだろう」
「そういえば、・・・有るな。夜働きに出る前に拝んでいた」
「五右衛門らしいな。
それは宗教というものだ。簡単に言えば掟のようなものかな。
それが人を縛りつけ、身内や仲間が死ねば穴を掘り、埋葬しろと教えている」
「穴を掘るのが宗教というものなのか」
ぴょん吉が得意げに頷いた。
「そうだ。お前が死ねば、五右衛門が穴を掘ってくれる。良かったな」
ヤマトは笑ってしまう。
「俺の為に五右衛門が穴を掘る、想像できんな」
哲也が割り込んできた。
「ヤマトは長生きする。逆に五右衛門の墓穴を掘らされそうだ」
「馬鹿言え、か弱い猫に穴堀させるのか」
ポン太に、「騒ぎすぎだ」と窘められて三匹は苦笑い。
そこへ、豪姫に従っていた伏見の狐、ちん平と、まん作が姿を現わし、
ぴょん吉に、「私らはどうしますか」と尋ねた。
戦場では二匹の姿を見ていない。
おそらく足が竦んで動けなかったのだろう。
技も体術も未熟だが、それ以上に伏見の狐としての気概が不足しているようだ。
それでも、ぴょん吉は見捨てない。
「豪姫が上方に戻るまで付き従え」
答えに喜び、二匹は豪姫の方へ駆けて行く。
その後ろ姿を見送りながら哲也が言う。
「あの二匹に甘過ぎないか」
「そう言うな、気長に育てるしかないだろう」
「お前は優しいな」
ポン太が哲也に、「お前が厳しいだけだろう」と突っ込む。
「人聞きの悪い」と哲也がぼやく。
ポン太と哲也は江戸の狐狸神社の頭として、狸狐達を率いる立場にあるだけに、
育てる難しさは理解していた。
だから、それ以上は口にしない。
ぴょん吉が誰にともなく問う。
「それよりもだ、これからどうする」
「決まってるだろう。天魔を探して討つ」と哲也が断言した。
ポン太も同意の頷き。
ヤマトにも否はない。
霧が立ちこめる廊下を駆けてくる小さな足音。誰だろう。
部屋に見知らぬ幼子が、「お父様」と飛び込んで来た。
寝ていた布団の上に激しい衝撃。木村弘之は思わず飛び起きた。
部屋を見回すが誰もいない。
夢だったらしい。
寝ている間に、封じ込めた筈の木村弘之の意識が剥き出しになったのだろう。
これでは油断出来ない。
が、面白くもある。逆らう者がいるから楽しいのだ。
今の彼に何が出来るだろう。
隣の部屋に控えていた者が彼の起きた気配に気付いた。
「道庵様、そろそろ夕刻でございます」
彼は今は北条道庵と名乗っていた。
「分かった。何か食わせてくれ」
「はい。ただちに運ばせます。
それから、八王子に向かった者達からの報せがありました」
その抑揚のない言葉からは何も読み取れないが、気配から察する事は出来る。
「悪い報せのようだな」
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臍出しもいるし・・・。
夢中だから気にならないか。なるよなあ。
とにかく、風邪引かないように頑張って欲しいものです。
同時進行で津波警報。
太平洋側の磯釣りは禁止でしょう。