金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)6

2023-12-31 11:00:24 | Weblog
 王妃様が顔を上げられた。
気持ちを切り替えられたのだろう。
俺は立ち上がって弔意を表そうとした。
俺が口を開くより早く、王妃様に手で制された。
「気持ちは受け取るわ。
それよりも本題に入るわよ。
・・・。
問題は因幡の葬儀に誰を送るかよ。
私は宮廷を留守に出来ない。
政務から目を離すのが不安なのよ。
だから代理を送るしかないの。
ところが生憎、人がいないの。
それなりの人物がね。
王兄も王弟も反乱の真っ最中。
それに近い王族の者達もそう。
人材が払拭しているの。
・・・。
それで結局、私が向かうしかないのよ。
そこでダンタルニャンには、留守の間イヴを頼みたいの。
早くて十日、遅くても一ㇳ月で戻るつもりよ。
お願い、受けてくれるわよね」
 一ㇳ月なんて今更だ。
その予定で皆が動いていた。
近衛も、うちの者達も。

「子守は引き受けますが、政務は無理ですよ」
 王妃様が笑顔を浮かべられた。
「心配しないで、それは分かっているわ。
佐々木侯爵と細川子爵が表の仕事を代行してくれるわ。
だからダンタルニャンにはイヴに専念して欲しいの」
「承知はしますが、私は後宮に入れません。
その辺りはどうします」
「そこは大丈夫。
イヴを貴方達と同じ北館に移すわ。
既に部屋は用意したの、そうよねエリス」
 エリスが一歩前に出た。
「はい、同じ階に用意済みです。
お付きの侍女の方々や、メイドの方々が両隣になります」
「そういう事よ、ダンタルニャン」
「それであればお任せください。
しっかりお守りします」

 王妃様は俺からエリス中尉に視線を転じられた。
「ダンタルニャンには了承して貰えたわ。
エリス、分かっているわよね
貴女は北館の警備に専念するのよ。
その人員の手配は出来たの」
「はい、当初予定通りの騎士八十名を確保しました」
 王妃様はエリスに頷き、佐々木侯爵と細川子爵を交互に見遣られた。
「イヴの方はこれで万全です。
後は表の仕事です。
侯爵殿には評定衆と国軍の押さえをお頼みします。
子爵殿には政務の代理と近衛の押さえをお頼みします。
この振り分けに問題はないですわよね」
 二人は示し合わせたかの様に首を縦にした。
「「承知しました」」
 事前に深い所まで打ち合わせていたようだ。
どうやら、この場は俺の了承と、顔合わせが目的であったらしい。

 俺はカトリーヌを見遣った、
彼女の役目を聞いていない。
俺の目色からそれを読み取ったのだろう。
カトリーヌが俺を見返した。
「伯爵様、私は王妃様と共に因幡へ向かいます。
ですから留守をお願いしますね」
「承知しました」

 因幡へ向かうのは翌早朝と聞いた。
その夜は早く寝た。
そして朝早く起きた。
ところが俺より先に動いている者達がいた。
エリスと彼女の指揮下の騎士達だ。
何やら忙しく動き回っていた。
イヴ様を迎え入れる準備か。
 それを他所に俺は身支度を終え、王宮本館へ向かった。
勿論、うちの者達を引き連れてだ。
執事のスチュアート、メイド長のドリスとメイドのジューン。
護衛のユアン、ジュード、オーランド。

 王妃様の出立なので各所に立哨が置かれ、巡回がいた。
それより多いのは見送りの者達だ。
王宮勤めの文武官ばかりでなく、官庁勤めの者達も早起きして、
見送りに来ていた。
お陰で近衛は忙しい。
人出で混乱せぬ様に規制を行っていた。
事前の許可を受けていない者は、玄関や馬車寄せに近付けさせない。
 俺は身分をひけらかすのは好みではない。
黙って規制外から見送る事にした。
それにジューンが疑問を持ったらしい。
「伯爵様、前へ出ないのですか」
「僕は控え目なんだけど、知らなかったの」
「ええ、知りませんでした。
これまで嫌になるくらい目立ってましたから」
 隣のドリスとスチュアートが笑いを漏らした。

 王宮本館の玄関辺りが騒がしくなった。
警備の近衛兵がきびきびと走り回り、玄関前に馬車一輌を迎え入れた。
王妃専用車だ。
同時に馬車寄せにも四輌を止めた。
これらが因幡行きの車輌なのだろう。
 玄関前が騒がしくなった。
近衛兵の先導で大勢が出て来た。
中に佐々木侯爵や細川子爵の顔もあった。
二人は衣服が目立つので直ぐに分かった。
 ところで、王妃様はどこ、カトリーヌ殿はどこ、どこだと探した。
ああ、少し遅れて出て来た黒山の人だかりの中か。
それは近衛兵の隊列だった。
馬車に近付くと隊列が二つに割れ、中から女性騎士二人が進み出た。
昨日、王妃様御一行様は行軍隊列で因幡へ向かうと聞いた。
遠目にだがその女性騎士二人が王妃様とカトリーヌなのだろう。
佐々木侯爵と細川子爵が二人に歩み寄った。
丁寧に話し掛けた。

 玄関前を発した王妃専用車に、馬車寄せの四輌が続いた。
それを見送る俺の勘が・・・、勘が俄か騒いだ。
違和感が・・・。
それは・・・、どこに違和感を覚えたのだろう。
あっ、あれか。
王妃様は馬車に乗り込む際、通常は細川子爵にエスコートをさせる。
次点はカトリーヌ殿だ。
ところが今回はエスコートがなかった。
・・・。
導き出された答えは・・・。

 俺は鑑定を起動した。
エリアを広げて王妃専用車を追跡した。
間に合った。
エリアから外れる前に全員を鑑定できた。
馭者も含め、全員女性騎士だった。
肝心の王妃様もカトリーヌ殿も乗車していない。
 イリュージョンか。
乗ったと見せかけて反対側から抜け出た、あるいは床から。
しかしあんなに大勢が見守る中でのイリュージョン、成立しない。
それにだ、そもそも意味はあるのか。
 消えた二人はどこに、どんな手段で、してその理由は。
・・・。
侯爵、子爵、近衛の三者はグルだと推測できる。
となると当初から、出立段階からの影武者起用。
それ相応の理由があるのだろう。
それは・・・。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)5

2023-12-24 07:13:01 | Weblog
 俺は迎車の一輌目に、ドリスとジューンに連行される形で乗せられた。
広い座席なのだが、二人に挟まれた俺は肩身が狭い。
その代償なのか、左右から良い香りが漂って来た。
案外これも悪くない。
そんな俺を、向かい席に腰を下ろしたエリスと副官がニコリ。
副官は口にはしないが、エリスは遠慮がない。
「伯爵様、両手に花ですわね」
「だねえ、花だよね」
 ドリスに尋ねられた。
「伯爵様、その花の名前は」
 急な事で名前が出てこない。
幾つか知ってる筈なのに。
困った。
ジューンにも尋ねられた。
「伯爵様、花の名前を幾つ知ってますか」
 仕方がないので自分の鼻を指した。
「一つだけ、伯爵様の小さな鼻」
 受けなかった。

 二輌目にはスチュアートと護衛の三名。
三輌目には俺や家臣達の荷物。
車列の前後には近衛の騎士達が護衛として付いた。
傍目には近衛の車列としか見られないだろう。
 車列は何の妨害もなく、内郭の門を通過した。
官庁街を抜け、王宮本館の玄関ではなく、裏の通用門へ向かった。
エリスが釈明した。
「賓客としてではなく、通いの近衛として入ります」
「無理はないの」
「誰何された場合は私が対応します。
皆様方御一行は無言で願います」

 屋根付きの通路に沿って走った。
着けられたのは同じ敷地内の王宮別館、北館。
玄関前には若い兵士達が待機していた。
およそ十名。
エリスが説明してくれた。
「近衛の見習いです。
彼等が荷物を持ってくれます」

 俺達はエリスに中へ導かれた。
人と鉢合わせする事はなかった。
「期間中、口の固い者達に管理させております。
安心ではありますが、それでも慎重な行動をお願いします」
 それにしてもやけに人が少ない。
見掛けるのは近衛か、侍女かメイドばかり。
王宮勤めの貴族らしき者は一人として見掛けない。
徹底していた。
三階に上がるとエリスが男女別に部屋を分けた。
「真ん中の部屋が伯爵様で、その左がメイドのお二方の部屋、
右が執事と護衛の方々の部屋となります。
皆様の荷物は若い者達が運んできます。
暫しお待ちを。
私は王妃様へ報告しに参ります」

 荷物の整理が終えた頃合いを見計らかったかの様に、
エリスが戻って来た。
「伯爵様のみをご案内します」
 従者は不要という事だ。
王宮ならそれも無理からぬこと。
俺もうちの者達も従った。
俺はエリスに言葉をかけた。
「お願いします」
 進む隊列はエリスが先導、俺、近衛の兵が二名。

 本館二階の部屋に案内された。
待ち受ける人数が少ない。
真ん中のソファーに四人が腰を下ろし、お茶を飲んでいた。
一斉に視線を向けられた。
王妃様、カトリーヌ明石中佐、ポール細川子爵、何時もの三人に、
珍しい事に管領のボルビン佐々木侯爵を加えての計四名。
それぞれが供回りを引き連れる身分なのだが、他に人影なし。
お茶入れ要員の侍女三名は別にしてだが。
 エリスは己の身分を知っているようで、俺をソファーに導くや、
素早くドアの方へ下がった。
待機の姿勢。
入室しなかった近衛二名はドアの外で番をしているのだろう。

 王妃様が口を開かれた。
「伯爵、呼び慣れないわね。
ダンタルニャン、腰を下ろして頂戴」
 俺は腰を下ろした。
直ぐにお茶が運ばれて来た。
珈琲だ。
まず礼儀として一口。
あっ、砂糖とミルクで調整だ。

 忘れていた。
「カトリーヌ殿、この場で言っていいのかどうか分かりませんが、
昇進お祝い申し上げます」
 分からなければ黙っていれば良いものを、言ってしまった。
でないと、忙しい職責のカトリーヌには次どこで会えるか分からない。
だから言った者勝ちだ。
カトリーヌが嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。
そう言えば、ダイタルニャン様にお会いしてからですね。
この様に忙しくなったのは」
「すみません、疫病神の様で」
 これに皆がウンウン頷いた。
ええっ、そんな認識・・・。

 王妃様が手を合わせて軽くパンと叩いた。
「ダンタルニャン、この度の呼び出しに快く応じてくれて有難う。
感謝しているわ」
「いいえ、臣下の役目です」
「今回はちょっと難題になるのだけど、それでも頼りにしてるわよ」
 カトリーヌとポール殿はウンウン頷いていた。
ボルビン殿は小難しそうな顔。
俺は王妃様に応じた。
「何なりとお申し付けを」
 これ以外の言葉を思い付かない。
「簡略して言えば、イヴを守っていて欲しいの」
 簡略し過ぎだろう。
何が起きている、いや、起ころうとしているのか。

 王妃様が俺の疑問を読み解いてくれた。
「最初から説明するわね。
そもそもは、実家からの使番よ。
私の実家は因幡にあるの。
子爵家よ。
それを継いだ兄から封書が届けられたの。
・・・。
父が亡くなった、そう報せて来たの。
・・・。
別に悲しくはないわ。
人は必ず死ぬ定めにあるのだから。
父の場合は十分に生きたと思う。
酒々々、酒の収集と称していたわね。
志の途上にて亡くなった人に比べると幸せだったと・・・」
 言葉が途切れた。
おそらく弑された夫、国王陛下を思い出されたのだろう。
彼の方は実兄と実弟に裏切られた。
有力な血縁の者達がそれに続いた。
 俺は王妃様に、急いて先を促さない。
目も逸らさない。
ただ、待った。
それは同席していたカトリーヌ、ポール殿、ボルビン殿も同じ。
身動き一つしない。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)4

2023-12-17 11:37:47 | Weblog
 俺は屋敷へ急ぎ戻った。
まだ迎車の姿はない。
執務室で仕事をしながら待つ事にした。
自慢ではないが、暇潰しの仕事には事欠かない。
 それほど待たされなかった。
一山片付けた頃合い、門衛が迎車の到着を告げに上がって来た。
「王宮からの迎車が到着しました」
 遅れて、玄関で待機していたスチュアートが戻って来た。
「近衛のエリス野田中尉がお迎えに参られました。
迎車が三輌、護衛が二十騎です。
ダンカン執事長が中尉を一階の応接室に案内されました」

 屋敷警備責任者のウィリアム佐々木と、侍女長のバーバラをお供に、
俺は一階の応接室に向かった。
ウィリアムが階下へ下りながら疑問を呈した。
「私共の同席が必要なのですか」
 バーバラも同意した。
「ええ、そうですわよね」
「二人の立ち合いが必要、と予感が告げたんだ」
「「予感ですか」」
 羊羹ほど美味しくはない予感だが、時として兼ね備えている時もあった。

 俺達の入室に合わせてエリス野田中尉がソファーから立ち上がった。
俺を見て、何時もの様に淡々と述べた。
「王妃様のご指示でお迎えに参上いたしました」
「ご苦労さん。
お茶を飲む暇はあるかい」
「はい、問題ありません」
 エリスの相手をしていたダンカンが書状を俺に手渡した。
「野田大尉殿から預かりました。
王妃様からだそうです」
 俺はそこでエリスの階級章に気付いた。
「おお、昇進なさったんですね。
大尉昇進お祝い申し上げます」
 エリスが真顔で返礼した。
「それもこれも伯爵様のお陰です」謙遜するエリス。
「いいえいいえ、エリス殿の実力ですよ」
「今回の昇進に伴い、
私が正式にイヴ様の供回りの責任者になりましたので、
今後とも宜しくお願い申し上げます」
 これまではカトリーヌ明石大尉、今は少佐、が任じられていた役目だ。
俺はエリスに尋ねた。
「だとするとカトリーヌ明石少佐も昇進ですか」
「ええ、中佐になられました。
正式に近衛軍調整局長です」
 ほほう、着実に将官への階段を上がっているではないか。
知らぬ人ではないだけに色々な意味で嬉しい。

 俺はエリスにソファーに腰を下ろす様に促した。
エリスの連れは三名、副官と護衛だ。
その三名がソファーの後ろに控えた。
俺の方は、ダンカン、スチュアート、ウィリアム、バーバラ、
そして護衛が二名の大所帯。
こちらもソファーの後ろに控えた。
 メイドが腰を下ろした俺とエリスの前にお茶を置いた。
急ぎだと分かっているので飲み物だけ。
俺は軽く口を付けた。
これはっ、俺様用に調整された甘口の珈琲だ、美味い。

 王妃様からの書状を改めた。
手跡は見慣れた王妃様付の書記のもの。
本文もそう。
末尾のサインのみが王妃様の手になるもの。
何時もの仕様だ。
そこに一点の曇りもない。
俺はエリスに尋ねた。
「大尉殿、今回のお招きの主旨を聞いていますか」
「いいえ」
 エリスの顔色から、立ち入りたくない雰囲気が伝わって来た。
彼女は厄介事と察しているのだろう。

 書状にも主旨は書かれていない。
書かれているのは、これからの手筈のみ。
文脈から推測し、家臣達に説明した。
「僕は一ㇳ月ほど、王宮に詰める事になった。
その間は連絡が遮断される」
 ダンカンが尋ねた。
「いやに急ですね」
「それだけの事態という事だ」
「・・・承知しました。
して、当家としては」
「対外的には、何事も起きていない様に装って欲しい。
勿論、学校には休学届を提出のこと、これは執事長に頼む。
伯爵様は急用で領地の視察に出た、それで誤魔化せると思う。
一ㇳ月で済むわけだからね。
・・・。
国都の統括はダンカンに委ねる。
ウィリアムとバーバラはそれを助けてくれ」
 三人が素直に頷いた。

 俺は続けた。
「美濃はカールに委ねる。
そのカールへの連絡は兄のポール殿が行うそうだ。
一応宮殿から、僕も書状を送っておく」
 ウィリアムに不安気な表情で尋ねられた。
「伯爵様はお一人ですか」
「すまん、それを今説明する。
人員は限られている。
執事一名、メイド二人、護衛三名。
足りないところは王宮から人を出してくれるそうだ」

 急な事で当家は大騒ぎになった。
人員の選定に、一ㇳ月分の荷造り。
俺以外が走り回った。

 俺はエリスと四方山話に興じた。
年齢差はあるが、そこはエリスが切り開いてくれた。
アルファ商会とオメガ会館に興味があるようで、詳細に質問を重ねた。
いやいや、興味を越えた質問が多いのだが。
俺は思い切って尋ねた。
「大尉殿、もしかして商売に興味がおありで」
 エリスが胸を張って答えた。
「当然でしょう。
退官後に備えるのは軍人の常識です」
「尉官ですと男爵の爵位が得られる訳ですが、
大尉殿の場合は年齢的に佐官に進まれると思います。
勤続年数をクリアすれば年金がありますよね。
子爵位に年金、鬼に金棒ではないですか」
「それだけでは詰まらないでしょう」
 そこでエリスは背後に控える者達の存在に気付いたらしい。
軽く咳払いして、誰にともなく言い訳した。
「とにかく、営舎暮らしの私共にとって生の情報は貴重なのよ。
そうよね、みんな」
 副官と護衛の三名が深く頷いた。
四方山話と思っていたのだが、驚いた。
軍人の営舎暮らしが察せられた。

 うちの大人達は仕事が早い。
ダンカンが報告に来た。
「人員の選定と積み込みを終了しました。
何時にても発てます」

 エリス達と玄関に出た。
俺に付く人員が待機していた。
執事はスチュアート、メイドはジューンとメイド長のドリス。
護衛はウィリアムが薦めたユアン、ジュード、オーランドの三名。
「騎乗の必要があった場合に備えて騎士団から選出しました」
 今回は迎車での移動だから、騎乗する機会は来ないかも知れない。
でも、万一に備えるのは軍人の務めだ。
異論はない。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)3

2023-12-10 10:57:20 | Weblog
 俺は書類の確認を終えた。
帳簿等には問題はない。
「トランス、仕事は完璧だよ。
ここの仕事量だと暇だろう。
もう少し増やしてみようか」
 するとルースに阻まれた。
「駄目ですよ。
それはオメガ会館の事でしょう。
ダン様、それには賛成できません。
それに、ここもこれから増々忙しくなります。
トランスは手放しませんよ」
 オメガ商会は俺が岐阜に、個人的に設立した商会だ。
あちらとの人材交流を考えてのトランスなのだが、時期尚早だったかな。
俺は苦笑いで収め、珈琲に手を伸ばした。
うっ、苦い。
大人の味が増々か。
でも飲み込む。
誰かの失笑が漏れ聞こえた。
敢えて追及はしない。

 俺は会計関係以外の書類から、それを取り上げた。
「忙しくなるのは、これかな」
「ええ、それです」
 テニスの次に流行らすのはバドミントン、と考えていた。
テニスに類似しているので、用具開発からすると安易に進められるのだ。
それを下請け工房の親父たちに大まかに伝えたの一ヶ月前。
なのにどういう訳か、それなりのタイムスケジュールが組み上がっていた。
まあ、テニスでの成功体験が大きいのかも知れないが、
それにしても早過ぎないか。
商売への熱意か、ただ単にお金儲けへの執着か。

 利益が出るのは嬉しいが、それに伴う弊害も噴出する。
多いのは特に外からのもの。
その中でも一番避けたいのはお貴族様絡み。
俺はクレーム処理の書類を指で指し示した。
「ねえルース、よそ様からの手出しは減ってるかい」
 これにはルースが顔を顰めた。
「表だっての行動は減りましたが、それでも色々と仕掛けて来ています」
「例えば」
「工房の技術を盗もうとする方々が一向に減りません」
「職人に直接的な被害は」
「伯爵様がオーナーという事が知られて来たので、
そちらは無くなりました。
この所の問題はコピー商品ですね。
後追い参入の商会の製品が脆いのです。
一ㇳ月と持ちません。
その尻拭いがこちらに来ます。
どうしてくれる、そちらで買ったんだ、何としても無償で修理しろ、
交換しろと。
それを宥めて説明するのが手間ですね」
「クレーム処理には誰が」
「相手によりけりです。
強面には元冒険者、理屈を申し立てる者には商人ギルドの元窓口嬢、
幸い利益が出ているので人材には事欠きません」

 うちの下請け工房には粗製濫造を禁じているので、
品質には自信があった。
二年や三年で壊れる物は製造していない。
その下請けへの原材料は全てうちから支給する形にしていた。
うちが関係各所から原材料を大量購入して保管、適時に支給する。
必要な時に必要な量を、である。
無駄を省くのは正しいが、それにも限度がある。
適正な余裕が必要なのだ。
所謂、ハンドルの遊びだ。
車を製造しているメーカーなら常識だ。
 下請けから製品を仕入れる際は、三方良し、とした。
売り手よし、買い手よし、世間よし。
皆が笑顔になれば嬉しい。

 トランスが挙手した。
「宜しいですか」
「いいよ」
「保管倉庫の拡張は如何でしょうか」
「目的は」
「事業拡大です。
取り敢えずは業務用の原材料の販売です」
「所謂、卸業で間違いないかな」
「そうです。
下地は出来ています。
原材料を入手する川上に伝手が出来ました。
これを活かさないのは勿体ないです」
 川中では下請け工房が機能している。
そして川下にはアルファ商会がある。
この短い期間にうちの商会だけでなく、
この元冒険者も一皮剥けたみたいだ。

 保管倉庫は国都の外に構えていた。
隣には当家の騎士団の宿舎と馬場があり、
警備の観点からも申し分ない立地だ。
さらには敷地を広げる余地も残っていた。
俺はトランスに指示した。
「トランス、目の付け所が良い。
稟議書を取締役会に提出してくれ」

 俺は飲み物をジュースに替えた。
えっ、おう、炭酸入りか。
飲み易い。
ついでに話題も変えた。
「ねえルース、ポーションも売れてるけど、先行きはどう」
 うちの取締役三人、ルース、シンシア、シビルは元々は国軍士官。
それが、ポーションショップ開設を目指して退官、転職した。
冒険者に。
なのに今は俺の誘いで商会取締役。
ポーション工房とショップを併設したのが効いたみたいだ。
「売り上げが平時に戻ると見込んで、減らしています」
 反乱特需の終わりか。
「元国軍士官として、近々反乱が収まるとの判断かい」
「そうです、特に関東は虫の息ですね」
「籠城したけど、あれは」
「知人の多くは、悪足掻きと貶しています。
ただ、一部は、西の反乱との連携を疑っています」

「その西の様子は」
「九州の反乱軍は旗色が悪いそうです」
 当初、反乱した島津伯爵軍が官軍を押していた。
それが、官軍の主体が三好侯爵派閥になってからから変わった。
押し合いへし合いから、遂には官軍が押し始めた。
「一時は官軍を破る勢いだっそうだね」
「ええ、ですがそこは流石、三好侯爵家ですね。
ここ最近は戦線を押し上げているそうです」

 駐車場で待機中の警護の兵が、商会のスタッフに案内されて、
この個室に入って来た。
「お屋敷から使いの者が来ました」
 俺に薄い封書を差し出した。
裏書きは執事長の手跡。
封を切り、中を読んだ。
「宮廷より先触れが参りました。
迎車を遣わすので、直ちに、密かに参内するように、との事です」
 ふむふむ、急ぎ且つ、内密の事が生じた訳か。
で、俺、・・・か。
相談でないのは確かだ。
手駒として動けだろう。
人使いが荒い。
前世なら労基に訴えてる案件だ。
まあ、文句言っても今更か。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)2

2023-12-03 13:27:07 | Weblog
 俺がカブリオレに乗り込むと同時に供回りの者達が騎乗した。
騎士達は職業ながら慣れているので、すんなり騎乗した。
従者のスチュアートも。
俺はそのスチュアートを呼び寄せて指示した。
「先触れとしてアルファ商会に向かってくれ。
取締役への伝言は、私人なので出迎えは不要。
伝えたら、そのまま事務所で待機、分かったな」
「私人なので出迎えは不要ですね。
承知しました。
伝言後はあちらで待機します」

 カブリオレがスムーズに発進した。
驚いた事にジューンの手綱捌きに問題はない。
「ジューン、慣れてるね」
「はい、馭者は本来は専門職ですが、当家では今回の様に、
一頭立てカブリオレは私達メイドが馭者を務めます。
特に遠出の買い物や雨の日に利用します。
これを機に、ダン様も私人の時には、この様にご利用くださいませ」
 俺は初耳だった。
ん、待てよ、・・・。
厚生福祉の観点から当家の代官、執事長、侍女長、各将校等々には、
俺から通達をしていた。
当家に仕える者達全員が働き易い環境にして欲しい、と。
一つ、年に一度は、職場別に話し合いの場を設けること。
二つ、どんな意見にでも耳を傾けること。
三つ、職場段階で判断できる事は、現場の長の差配に委ねる。
四つ、現場で判断に困る案件は、代官か執事長に上げ、
その判断に従うこと。
五つ、出来れば当主の前段階で解決して欲しい。

 特に大事なのは最後の五つ目。
面倒事は当主に上げないで欲しい、そう希望した。
へへっ、やったね。
だから俺の耳に届いていないのだ。
良かった、確立していた。

「女子達の遠出の買い物はこのカブリオレか」
 ジューンが余裕の笑顔。
「はい、執事長を説得するのに大変でしたが、そこは何とか、
私達女子総出で認めさせました」
 ああ、ダンカンを押し切ったのね。
ご苦労様。
それで遠出の買い物は女子達のレクレーションの一つになった訳か。
まあ、厚生福祉の観点から良しとしよう。
でもダンカン、女子達に押し切られたので、言い難いのか。
「馬車に何か注文は」
「今のところはないですね。
特にあるとしたら、お尻が痛い、そこですね」

 故郷の村に馬車製造工房があるので、このところの発注は、
カスタマイズが多い。
六頭立てや四頭立ての兵員輸送車輌がその代表例だ。
二頭立てや一頭立てのカブリオレなんてのは可愛いもの。
けど、お尻が痛い、ね。
その内に改良されると思う。
工房から馬車を納品しに来た者に、
四輪独立懸架方式を研究してると聞いた。
 そうそう、工房のエンブレムは始祖を彷彿させる、ジョナサン佐藤様、
弓馬の神を象ったもの。
前世なら、ジョナサン佐藤からJ、戸倉村からT、だったな。
ああっ、「J」も「T」も拙いか。
グローバルメーカーじゃもんね。
「J」はイギリスの老舗メーカー、「T」はアメリカのお電気自動車メーカー。

 先導が二騎、カブリオレと並走が一騎、後ろに二騎。
たぶん、陰供も付けられている。
今回の様な私人としての移動でも堅苦しい。
前の騒ぎがあるだけに、皆が慎重なのだ。
文句は言えない。
それを癒してくれるのが馭者のジューン。
隣で囁いてくれた。
「ダン様、このところお休みの日がないですよね」
 そうなんだよな。
身体は一つしかないのに、忙しい忙しい。
寄親伯爵、生徒、冒険者、商会長。
内緒のダンマスで手を抜いていられるから、ちょっとは楽かも知れないが、
でも、纏まった休みが取れない。
児童虐待案件発生です。
「ジューン、少し仕事を増やしてあげようか」
「それは御免被ります、勘弁して下さい」
 馬に軽く鞭が入った。
馬の足がちょっとだけ早まった。

 アルファ商会の所在地は外郭南区にあった。
繁華街の外れに大型店舗を構えていた。
商会事務所、テニスショップ、ポーションショップ、駐車場、
そして二面のコートがあるテニス室内練習場。
更につい最近、個室のあるレストランとフードコートを増設したばかり。
 相変わらず繁盛していた。
駐車場がほぼ埋まるだけでなく、往き来する人も多い。
貴族や平民富裕層の来店だけでなく、中間層も増えたということだ。

 俺が商会長で、キャロル、マーリン、モニカ、シェリル、ボニー、
シンシア、ルース、シビルを含めた九人が株主だ。
もっとも、未成年が多いので、成人していたシンシア、ルース、シビル、
この三人に取締役に就いてもらった。
そのルースが馬車寄せで出迎え、エスコートしてくれた。
「ようこそ、ダン様」
「お邪魔でなかったかい」
「いいえ、このところご無沙汰ではないですか。
皆が首を長くして待ってましたよ」

 ルースが案内してくれたのはレストランの個室。
必ず一つは身内用に確保してるとのこと。
俺とスチュアート、ジューン、警護二名でそこに入った。
 個室で一人が待っていた。
トランス・アリだ。
元冒険者で現在は商会の会計チーフ。
テーブルには書類の山。
トランスが立ち上がった俺を出迎えた。
「お待ちしてました」
 俺は彼と書類を交互に見て、苦笑いするしかなかった。
「ああ、待ってたのは書類の山だったか」
 付いて来た者達が苦笑するが、一人だけ、ジューンは声を上げて笑う。
良いな、軽い役目の者は。

 ルースが言う。
「トランスは演算スキル持ちですので、計算に間違いはありません。
ですが、最終的にはダン様のサインが必要になります。
よくお改め下さい。
・・・。
お食事も運ばせます。
新メニューの確認もお願いします」
 目と舌に仕事させろと、無慈悲な。
それでも俺は表情には出さない。
「みんな、座って楽にしてくれ。
警護も試食に強制参加だ」

 ます飲み物が運ばれて来た。
「珈琲の種類を増やしました」
 ルースの言葉が終わると、真っ先にジューンが口をつけた。
「うん、大人の味が増し増しね。
私はこれも好き」
 時刻柄か、ランチも運ばれて来た。
警護の一人が感心した様に言う。
「これ野営にも持って行けませんか」
 魔物の肉を調理したホットドッグ。
それを横目に俺は書類と格闘していた。
当のトランスは余裕なのか、ホットドックを頬張っていた。
いいなあ。
するとジューンがホットドッグを俺の前に差し出した。
「はい、あ~ん」
コメント
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