「子爵様のお言葉を受けて私共は奉行所に捜査を命じました。
それが深夜の大捕物に繋がりましたの」
そう述べてカトリーヌが一から説明した。
それはアリスとハッピーの報告を補完するものであった。
俺は素知らぬ顔でフムフムと頷きながら聞いた。
素人演技は大変だ。
何しろ相手は王妃警護一筋の軍人。
人の顔色を読むのは職業柄、慣れている相手。
俺は不自然にならぬように細心の注意を払った。
「奉行所は適切な取り調べを行い、それを詳細な報告書にして、
上に報告いたしました」
奉行所の上とは、もしかして大臣や長官・・・。
カトリーヌはそこの説明は省いた。
「問題が問題ですので、最終的には評定に上げられました」
結果、評定衆はこれまで明らかにされなかった関東の独立を、
周知する事に決した。
ただし、真相を少々歪めて公表する運びになった。
関東の独立先行と言う話ではなく、関東側の独立を望む勢力が、
卑劣にも国都の焼き討ちを企てた。
それを事前に察知した奉行所が一味を一網打尽。
取り調べで関東の独立を画策する勢力の存在が明らかになった、
そういう筋書にされた。
カトリーヌが一息ついた。
副官が素早くお茶を入れ替えた。
それをカトリーヌは一口で飲み干した。
俺を見て微笑む。
「子爵様は関東の一件はご存知でしたよね」
「はい」
「松平伯爵家のセリナ嬢に関わりましたので」
「でしたよね。
政は面倒臭いでしょう。
色々と段取りや根回しをしないと動かせないのです。
関東の一件も公表する時期が問題でしたが、これで決しました。
・・・。
奉行所が一味の逮捕を公表し、
評定衆が関わった貴族全員に出頭を命じます。
弁明したければ三か月後までに出頭するようにと」
アリスとハッピーはそこまで調べていない。
奉行所だけで満足して戻って来た。
だからと言って𠮟れない。
そう指示しなかった俺が悪い。
「もしかして雪解けを考慮して・・・」
「そうよ。
でないと出頭できないでしょう」
「北陸道はそうですが、中仙道を使えば出頭・・・。
勘違いしました。
出頭する時期ではないのですね」
「あら、分かったのかしら」
カトリーヌの微笑みの色が変わった。
大人の企みの色。
「誘導されました。
出頭どうのこうのより、出兵できる時期を目安にしての判断ですね。
すっかり勘違いしてしまいました」
「正解、そうですよ」
関東側は雪解け後に王妃軍が討伐軍を送り出すと計算し、
事前に一味を潜入させたのだろう。
そして、たぶんだが、出兵後の国都を混乱に陥れようとしたのだろう。
それが俺のせいで瓦解した。
だとしても疑問がある。
「彼等も国都に屋敷を抱えているでしょう。
そちらはどうするのですか」
「出頭する気がない、そう評定衆が判断するまでは手をつけないわ。
それまでは無罪扱いよ。
期限切れまで辛抱して待つわ」
「でも期限切れと同時に出兵する。
それも積極的に。
よくそんな戦力がありますね。
西の反乱で手一杯なんじゃないですか」
「戦力は足りないけど、そこはそれ、大人の仕事よ」
カトリーヌが俺を試す目色。
全て説明するつもりはないようだ。
だとしたら、こちらから水を向けなければならない。
全て説明したくなるように。
俺は暫し考えた。
ダンカンが俺のお茶を入れ替えてくれた。
考え続けながら、ゆっくり飲む。
対面のカトリーヌがそんな俺に余裕の微笑みをくれた。
今気付いたが、彼女の訪問は奉行所絡みの説明だけでなく、
それとは別の目的もありそうだ。
思い付きで口を滑らした。
「北陸道から出兵すると勘違いさせる」
微妙にカトリーヌの片頬が緩んだ。
「そう、それで・・・」
「中仙道経由・・・」
カトリーヌが身を乗り出した。
「木曽の御領主ですから、ご存知でしょう。
大軍で木曽の大樹海を無事に通過した例はないですわ。
過去例からすると、大軍の軍気に誘われた魔物の群れにより、
何れも餌に終わっています。
そういう過去例から、集団は百名を超えるな、そう言われていますわ」
そうなんだが絶対に中仙道だ。
何か手立てがある筈だ。
大軍を送り込む方法が。
そうだ。
忘れていた。
戦力イコール兵数とは限らない。
人ではない戦力・・・、それは・・・。
近場にそれを可能とする人物がいた。
尾張の寄親・レオン織田伯爵。
彼は土魔法の使い手でゴーレム造りを得意とする。
「東に回す兵力がない、となればゴーレムですか」
途端、カトリーヌが拍手した。
その背後に控えている副官が首を竦めた。
「よく出来ました」カトリーヌが嬉しそうに言う。
「正解ですか」
「ええ、そうよ。
足りなければ頭で補い、工夫する。
それが大人の仕事」
「ゴーレムで大樹海を抜けて関東に奇襲をかけるつもりですね」
「その前に試す必要があるわね。
それを許可して欲しいの、木曽の領主様」
カトリーヌの目的の一つはゴーレムでの大樹海通過。
成功するかどうかを試し見るつもりなのだろう。
「そのゴーレムは何体いるのですか」
「最初は土木工事用のゴーレムを五体と兵士三十人です。
それを数回続けます。
失敗がなければ、それで決行です。
軍事用ゴーレムを投入します」
「真っ直ぐに信濃に抜けるのは拙くないかな」
信濃地方の寄親伯爵は敵の一味だ。
「途中で往還道から三河に向かいます」
「三河の松平伯爵の許可は・・・」
「当然ですが、得ていません。
話を知る人が少なければ少ないほど、成功の確率が上がりますからね」
せっかく土木工事用ゴーレムを投入したのだから、
その地の山間部に王妃軍の足場となる駐屯地を築くと笑う。