追い出される様に部屋を出た俺は、
出待ちしていた従者・スチュワートと視線がかち合った。
「おはようございます」
当然だが丁寧な所作で挨拶された。
従者とは言え相手は年上、今もって慣れない。
「おはよう。
もう朝食は済ませたかい」
「はい」
使用人達の朝は早い。
特に早番は。
従者であるスチュワートは俺が泊まりの日は必ず早番。
「朝は何だったの」
貴族としては卑しい質問だが、まだ子供、許して貰えるだろう。
「私達は腹持ちのいい物です。
子爵様はご要望通り、トーストと目玉焼き、野菜サラダにスープです」
主人一家の食堂は広い、無駄に広い。
今の俺は独り者だからか、余計に罪悪感に苛まれる。
まあ、たぶん、あるだろう未来に期待しよう。
スチュワートが上座の椅子を引いた。
俺は素直にそれに腰を下ろした。
当番のメイドがワゴンにモーニングを乗せて運んで来た。
トーストの上に目玉焼きが乗せられ、バターと蜂蜜が添えられている。
これに出来立てのポテトサラダ、スパイスを効かせたオニオンスープ。
どう見ても普通のモーニングだが、料理長・ハミルトンに手にかかると、
ちょっと違う。
兎にも角にも美味い。
これは、まるで魔法。
食後の搾りたてのジュースを飲んでいると執事・ダンカンが現れた。
「偵察に出ていた斥候が戻りました。
子爵様にご報告があるそうです」
「ウィリアムへの報告は先に済ませたのかい」
「はい」
「それでは会おう」
まだ若い斥候は急いた表情をしていた。
此度は子爵家として初めての人間相手の実戦になるかも知れない。
それが彼の顔に如実に現れていた。
「南門の偵察より戻りました」声も強張っていた。
「どうなっているんだい」
「早朝より戦闘が再開されました」
「どちらから始めた」
「声からすると王妃様の側からです」
「旗色は」
「これも声からの判断ですが、反乱軍側が押されています」
門内に入れる訳ではないので声や音、
門衛の挙動で判断するしかない。
「小隊長のウィリアムはどうしてる」
「全ての馬車を門前に整列させています」
横で聞いていたダンカンが口を挟んだ。
「盾は全て積みこんで有ります」
俺はダンカンに頷き、斥候に指示した。
「ウィリアムに告げてくれ。
予定より早いけど、前倒しで進める様にと」
「承りました」
俺はダンカンとスチュワートを見た。
「着替えた方がいいみたいだね」
「そうですね」
「僕は着替えて来る。
君たちもそうしな。
先頭には立たせないけど、子爵家初めての戦闘で死なれちゃ困る。
防具でしっかり固めて来るんだよ」
ダンカンが心配顔で言う。
「子爵様が出向く必要がありますか」
「こちらの兵力は少ない。
となれば士気が下がる。
それを当主の僕で補うしかないだろう。
効き目があるかどうかは知らんけど」
俺は階段でパーティ仲間と擦れ違った。
彼女達は用意の良い事に、既に防具を身に纏っていた。
大人組の先読みだろう。
俺を見るキャロルの視線が痛い。
「これからお着替えかしら」
「身嗜みは大切だからね」
「常在戦場よ」
「意味を知ってるのかい」
「なんとなくね」
「はあ・・・。
早くしないとモーニングが冷めちゃうよ」
「それは困るわ。
早く下りて」後ろのマーリンがキャロルを急かした。
幸い自室にはメイドのジューンがまだ残っていた。
床の掃き掃除をしていた。
汚した覚えはない、見えない埃でも落ちているんだろうか。
まあ、それはいい。
ジューンに声をかけた。
「戦だよ、着替えを手伝って」
本当は一人でも出来るんだけど、それだと拙い。
使用人の仕事を取り上げる様なもの。
何につけ、近くに使用人がいたら声をかけるのは貴族の基本。
ジューンの顔色が変わった。
聞き返された。
「本当に子爵様が出られるのですか」
「当然だろう。
世界は僕を待っているんだ」
「何を仰ってるんですか」
「言ってみただけ。
聞き逃してよ」
俺は始めて貴族仕様の防具を身につけた。
ただ、残念な事に子供用。
強度よりも身動きし易さ優先の配慮がしてあった。
つまり走り重視、・・・逃走前提だろう。
まあ、文句を言うのは筋違いだろう。
使用人達の心遣いに感謝だ。
手伝ってくれたジューンが膝を折って、俺を防具の上から抱きしめた。
「死んではいけませんよ」真顔で言う。
当主と使用人の関係だから本来は咎められる行為。
でも実態は姉と弟の様なもの。
この屋敷の者達は俺にとって姉だけではない。
兄もいれば、父も母も、叔父も、叔母もいる。
恵まれている。
俺はジューンを抱き返した。
「ありがとう。
心配かけてゴメンね」
アリスからの念話が届いた。
『王妃側のゴーレムが敵陣を真っ二つにしたわ』
『パー、鉄鋼の大きな、大きなゴーレムップー』
思い当たるのは一つの顔。
『レオン織田子爵が来てるのかい』
『ええ、あいつの家臣が操作してるわ』
『鉄鋼ゴーレムだと無敵だね』
『ふん、私の風魔法なら一発で切り裂けるわ』対抗心丸出し。
『ピー、僕も、僕もっペー』こちらも負けない。
『味方に攻撃するのは止めようね』
着替え終えた俺は一階に駆け下りた。
肘も膝も首元も丁度いい。
特注に応えた者に感謝だ。
階下にはダンカンとスチュワートだけでなく、
執事見習いのコリンまでが待っていた。
三人とも良い防具を身に纏い、武器を腰に下げていた。
「準備はいいですか」ダンカンに聞かれた。
「当然だよ」気負いはない。
ダンカンがコリンとスチュワートに合図した。
応じて二人が玄関を左右に大きく開けた。
全開された先には完全武装の兵達が整列していた。
子爵家の国都における全兵力、五十名の小隊。
加えて期間限定雇用の傭兵三十四名。
冒険者クランの三十八名。
そして、パーティ仲間が八名。
出待ちしていた従者・スチュワートと視線がかち合った。
「おはようございます」
当然だが丁寧な所作で挨拶された。
従者とは言え相手は年上、今もって慣れない。
「おはよう。
もう朝食は済ませたかい」
「はい」
使用人達の朝は早い。
特に早番は。
従者であるスチュワートは俺が泊まりの日は必ず早番。
「朝は何だったの」
貴族としては卑しい質問だが、まだ子供、許して貰えるだろう。
「私達は腹持ちのいい物です。
子爵様はご要望通り、トーストと目玉焼き、野菜サラダにスープです」
主人一家の食堂は広い、無駄に広い。
今の俺は独り者だからか、余計に罪悪感に苛まれる。
まあ、たぶん、あるだろう未来に期待しよう。
スチュワートが上座の椅子を引いた。
俺は素直にそれに腰を下ろした。
当番のメイドがワゴンにモーニングを乗せて運んで来た。
トーストの上に目玉焼きが乗せられ、バターと蜂蜜が添えられている。
これに出来立てのポテトサラダ、スパイスを効かせたオニオンスープ。
どう見ても普通のモーニングだが、料理長・ハミルトンに手にかかると、
ちょっと違う。
兎にも角にも美味い。
これは、まるで魔法。
食後の搾りたてのジュースを飲んでいると執事・ダンカンが現れた。
「偵察に出ていた斥候が戻りました。
子爵様にご報告があるそうです」
「ウィリアムへの報告は先に済ませたのかい」
「はい」
「それでは会おう」
まだ若い斥候は急いた表情をしていた。
此度は子爵家として初めての人間相手の実戦になるかも知れない。
それが彼の顔に如実に現れていた。
「南門の偵察より戻りました」声も強張っていた。
「どうなっているんだい」
「早朝より戦闘が再開されました」
「どちらから始めた」
「声からすると王妃様の側からです」
「旗色は」
「これも声からの判断ですが、反乱軍側が押されています」
門内に入れる訳ではないので声や音、
門衛の挙動で判断するしかない。
「小隊長のウィリアムはどうしてる」
「全ての馬車を門前に整列させています」
横で聞いていたダンカンが口を挟んだ。
「盾は全て積みこんで有ります」
俺はダンカンに頷き、斥候に指示した。
「ウィリアムに告げてくれ。
予定より早いけど、前倒しで進める様にと」
「承りました」
俺はダンカンとスチュワートを見た。
「着替えた方がいいみたいだね」
「そうですね」
「僕は着替えて来る。
君たちもそうしな。
先頭には立たせないけど、子爵家初めての戦闘で死なれちゃ困る。
防具でしっかり固めて来るんだよ」
ダンカンが心配顔で言う。
「子爵様が出向く必要がありますか」
「こちらの兵力は少ない。
となれば士気が下がる。
それを当主の僕で補うしかないだろう。
効き目があるかどうかは知らんけど」
俺は階段でパーティ仲間と擦れ違った。
彼女達は用意の良い事に、既に防具を身に纏っていた。
大人組の先読みだろう。
俺を見るキャロルの視線が痛い。
「これからお着替えかしら」
「身嗜みは大切だからね」
「常在戦場よ」
「意味を知ってるのかい」
「なんとなくね」
「はあ・・・。
早くしないとモーニングが冷めちゃうよ」
「それは困るわ。
早く下りて」後ろのマーリンがキャロルを急かした。
幸い自室にはメイドのジューンがまだ残っていた。
床の掃き掃除をしていた。
汚した覚えはない、見えない埃でも落ちているんだろうか。
まあ、それはいい。
ジューンに声をかけた。
「戦だよ、着替えを手伝って」
本当は一人でも出来るんだけど、それだと拙い。
使用人の仕事を取り上げる様なもの。
何につけ、近くに使用人がいたら声をかけるのは貴族の基本。
ジューンの顔色が変わった。
聞き返された。
「本当に子爵様が出られるのですか」
「当然だろう。
世界は僕を待っているんだ」
「何を仰ってるんですか」
「言ってみただけ。
聞き逃してよ」
俺は始めて貴族仕様の防具を身につけた。
ただ、残念な事に子供用。
強度よりも身動きし易さ優先の配慮がしてあった。
つまり走り重視、・・・逃走前提だろう。
まあ、文句を言うのは筋違いだろう。
使用人達の心遣いに感謝だ。
手伝ってくれたジューンが膝を折って、俺を防具の上から抱きしめた。
「死んではいけませんよ」真顔で言う。
当主と使用人の関係だから本来は咎められる行為。
でも実態は姉と弟の様なもの。
この屋敷の者達は俺にとって姉だけではない。
兄もいれば、父も母も、叔父も、叔母もいる。
恵まれている。
俺はジューンを抱き返した。
「ありがとう。
心配かけてゴメンね」
アリスからの念話が届いた。
『王妃側のゴーレムが敵陣を真っ二つにしたわ』
『パー、鉄鋼の大きな、大きなゴーレムップー』
思い当たるのは一つの顔。
『レオン織田子爵が来てるのかい』
『ええ、あいつの家臣が操作してるわ』
『鉄鋼ゴーレムだと無敵だね』
『ふん、私の風魔法なら一発で切り裂けるわ』対抗心丸出し。
『ピー、僕も、僕もっペー』こちらも負けない。
『味方に攻撃するのは止めようね』
着替え終えた俺は一階に駆け下りた。
肘も膝も首元も丁度いい。
特注に応えた者に感謝だ。
階下にはダンカンとスチュワートだけでなく、
執事見習いのコリンまでが待っていた。
三人とも良い防具を身に纏い、武器を腰に下げていた。
「準備はいいですか」ダンカンに聞かれた。
「当然だよ」気負いはない。
ダンカンがコリンとスチュワートに合図した。
応じて二人が玄関を左右に大きく開けた。
全開された先には完全武装の兵達が整列していた。
子爵家の国都における全兵力、五十名の小隊。
加えて期間限定雇用の傭兵三十四名。
冒険者クランの三十八名。
そして、パーティ仲間が八名。