松平広重は大久保長安が使い番に持たせた書状を読んだ。
仕事振りを現わすような簡潔明瞭な書き方であった。
この時期に三千余もの兵を集められるとは、たいしたものだ。
普請だけが得意の文官と思っていたが、人心掌握にも優れているらしい。
それ以上に喜ばしいのは矢弾、糧食を大量に搬送して来ること。
おそらく、八王子代官所の倉を空にしただけでなく、ありったけの金子を遣い、
近在から買い集めたのではなかろうか。
その量は、広重が差配する鎌倉代官所で保有している量を軽く超えていた。
同行している者達として豪姫一行の他に鎌倉代官所の手の者達の名があった。
筆頭に神子上典膳の名が挙げられていた。
善鬼に続いて孔雀の名も。
忘れられぬ美しい尼僧の姿を思い浮かべた。
典膳から暫く連絡が無かったので心配していた。
それが、こんな所で名前が出るとは。
どうやら彼女達は八王子に腰を据え、由比ヶ浜の魔物退治を続けていたのだろう。
広重が気になっていたのは、八王子を襲った一揆勢との一件。
他の武将達は一揆勢との戦いでを苦戦していた。
岩槻では空となった岩槻城に入城したのだが直ぐに奪い返され、
武州松山城では赤備えを率いる井伊直政が城を攻め倦ね、
ここ江戸城でも打つ手に事欠いていた。
一揆勢との戦いで勝ちを収めたのは八王子のみ。
ただ一人、文官の長安のみが一揆勢を撃退していた。
広重は大久保忠世に、「一揆勢を追い払った戦いには触れてないが」と問うた。
忠世はニコッと笑い返した。
「あの男は自分の手柄は吹聴しない」
「どうして」
「さあ、・・・」
広重は、「手柄を主張せぬ奴は安心して傍には置けない」と決め付けた。
命を張って戦っているのだ。
戦った家来達の為にも手柄を主張すべきではなかろうか。
でないと、奮戦した家来や、戦死した家来の遺族を養えない。
忠世は首を軽く振った。
「人それぞれですからな」
「そうですか。噂では何万匹もの狐狸達を味方にして一揆勢を追い払ったとか」
「それはワシも聞いた。まあ、後で本人に確かめれば分かる」
出世頭の一人に数えられる長安だが意外にも欲深くはないらしい。
こういう手合いが大久保党に加わったのでは他の党派に勝ち目はないだろう。
最近まで石川数正という武将が徳川家にいた。
文武に優れ、家康の側近中の側近で信頼厚く、家中の動員力も随一。
ために石川党が家臣の筆頭を務めていた。
天正十年。織田信長が本能寺で横死を遂げ、織田家で内紛が起こった。
織田家の後継を巡る争いが勃発したのだ。
台頭してきた今の豊臣秀吉と信長の息子や柴田勝家達が対立した。
それに信長とは同盟していた家康も巻き込まれてしまった。
この時に秀吉との交渉を任されたのが石川教正。
秀吉と交渉を重ねるにつれて教正の言動が変化した。
「愛想と要領が良いだけの猿」と言っていたのが、
「たいしたものだ。秀吉様は器が大きい」とべた褒めするようになった。
ついには家康に、「今の我等では勝ち目がありません。臣従すべきです」と。
これには多くの武将が、「どうして猿ごときに使えねばならん」と猛反発した。
純粋な反対だけでなく、石川党への嫉妬心も混じり、
「石川党」対「反石川党」の争いに発展しそうになった。
血が流れるのを恐れた家康は広重に、「なんとか上手く収めろ」と命じた。
そこで広重が取った手段は石川党の出奔であった。
教正を呼び出して、「徳川家の為に出奔してくれ」と頼んだ。
こうして第一の門閥であった石川党は豊臣家を頼って出奔する事になった。
その石川党の空席を埋めたのが大久保党であった。
最近、その大久保党に変化が現れた。
武功一点張りであったのが治世にも関心を持つようになったのだ。
熱心に文官肌の者達を家来に加え、家政を切り盛りさせていた。
それらを差配しているのが大久保長安。
徳川家の代官の職にあるのみならず、大久保党の為に人材を集めていた。
加えて大久保党は秀吉との仲も親密で、かつての石川党を思い起こさせる。
第二の石川党にならなければ良いのだが。
今回の一揆は面妖な事が多い。
なかでも奥羽から豊臣軍が戻る時期に一揆が勃発した事だ。
ただの偶然だろうか。
広重は秀吉の関与を疑った。
「一揆を理由に徳川家を取り潰す腹積もりではなかろうか」と。
ただ、分からぬのは魔物の部隊の存在。
彼等はどこで生まれたのか。あの強さはどこから出てくるのか。
忠世が思い出したように、「豪姫様のことはどうする」と尋ねてきた。
困り倦ねているらしい。
さっきまで口論していた大久保忠隣と榊原康政の二人も関心を寄せてきた。
広重が、「来るという者を追い返しはできない」と答えれば、
忠世は満足そうに頷いた。
「豊臣軍に知らせは」と忠隣。
広重は、「そこまでは」と首を横に振った。
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さあ、GWです。
渋滞フェチが大挙して渋滞する高速道路に出撃するとか。
目的は渋滞を満喫する事だそうです。
彼等の嗜好に、思考に、ついてゆけません。
仕事振りを現わすような簡潔明瞭な書き方であった。
この時期に三千余もの兵を集められるとは、たいしたものだ。
普請だけが得意の文官と思っていたが、人心掌握にも優れているらしい。
それ以上に喜ばしいのは矢弾、糧食を大量に搬送して来ること。
おそらく、八王子代官所の倉を空にしただけでなく、ありったけの金子を遣い、
近在から買い集めたのではなかろうか。
その量は、広重が差配する鎌倉代官所で保有している量を軽く超えていた。
同行している者達として豪姫一行の他に鎌倉代官所の手の者達の名があった。
筆頭に神子上典膳の名が挙げられていた。
善鬼に続いて孔雀の名も。
忘れられぬ美しい尼僧の姿を思い浮かべた。
典膳から暫く連絡が無かったので心配していた。
それが、こんな所で名前が出るとは。
どうやら彼女達は八王子に腰を据え、由比ヶ浜の魔物退治を続けていたのだろう。
広重が気になっていたのは、八王子を襲った一揆勢との一件。
他の武将達は一揆勢との戦いでを苦戦していた。
岩槻では空となった岩槻城に入城したのだが直ぐに奪い返され、
武州松山城では赤備えを率いる井伊直政が城を攻め倦ね、
ここ江戸城でも打つ手に事欠いていた。
一揆勢との戦いで勝ちを収めたのは八王子のみ。
ただ一人、文官の長安のみが一揆勢を撃退していた。
広重は大久保忠世に、「一揆勢を追い払った戦いには触れてないが」と問うた。
忠世はニコッと笑い返した。
「あの男は自分の手柄は吹聴しない」
「どうして」
「さあ、・・・」
広重は、「手柄を主張せぬ奴は安心して傍には置けない」と決め付けた。
命を張って戦っているのだ。
戦った家来達の為にも手柄を主張すべきではなかろうか。
でないと、奮戦した家来や、戦死した家来の遺族を養えない。
忠世は首を軽く振った。
「人それぞれですからな」
「そうですか。噂では何万匹もの狐狸達を味方にして一揆勢を追い払ったとか」
「それはワシも聞いた。まあ、後で本人に確かめれば分かる」
出世頭の一人に数えられる長安だが意外にも欲深くはないらしい。
こういう手合いが大久保党に加わったのでは他の党派に勝ち目はないだろう。
最近まで石川数正という武将が徳川家にいた。
文武に優れ、家康の側近中の側近で信頼厚く、家中の動員力も随一。
ために石川党が家臣の筆頭を務めていた。
天正十年。織田信長が本能寺で横死を遂げ、織田家で内紛が起こった。
織田家の後継を巡る争いが勃発したのだ。
台頭してきた今の豊臣秀吉と信長の息子や柴田勝家達が対立した。
それに信長とは同盟していた家康も巻き込まれてしまった。
この時に秀吉との交渉を任されたのが石川教正。
秀吉と交渉を重ねるにつれて教正の言動が変化した。
「愛想と要領が良いだけの猿」と言っていたのが、
「たいしたものだ。秀吉様は器が大きい」とべた褒めするようになった。
ついには家康に、「今の我等では勝ち目がありません。臣従すべきです」と。
これには多くの武将が、「どうして猿ごときに使えねばならん」と猛反発した。
純粋な反対だけでなく、石川党への嫉妬心も混じり、
「石川党」対「反石川党」の争いに発展しそうになった。
血が流れるのを恐れた家康は広重に、「なんとか上手く収めろ」と命じた。
そこで広重が取った手段は石川党の出奔であった。
教正を呼び出して、「徳川家の為に出奔してくれ」と頼んだ。
こうして第一の門閥であった石川党は豊臣家を頼って出奔する事になった。
その石川党の空席を埋めたのが大久保党であった。
最近、その大久保党に変化が現れた。
武功一点張りであったのが治世にも関心を持つようになったのだ。
熱心に文官肌の者達を家来に加え、家政を切り盛りさせていた。
それらを差配しているのが大久保長安。
徳川家の代官の職にあるのみならず、大久保党の為に人材を集めていた。
加えて大久保党は秀吉との仲も親密で、かつての石川党を思い起こさせる。
第二の石川党にならなければ良いのだが。
今回の一揆は面妖な事が多い。
なかでも奥羽から豊臣軍が戻る時期に一揆が勃発した事だ。
ただの偶然だろうか。
広重は秀吉の関与を疑った。
「一揆を理由に徳川家を取り潰す腹積もりではなかろうか」と。
ただ、分からぬのは魔物の部隊の存在。
彼等はどこで生まれたのか。あの強さはどこから出てくるのか。
忠世が思い出したように、「豪姫様のことはどうする」と尋ねてきた。
困り倦ねているらしい。
さっきまで口論していた大久保忠隣と榊原康政の二人も関心を寄せてきた。
広重が、「来るという者を追い返しはできない」と答えれば、
忠世は満足そうに頷いた。
「豊臣軍に知らせは」と忠隣。
広重は、「そこまでは」と首を横に振った。
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さあ、GWです。
渋滞フェチが大挙して渋滞する高速道路に出撃するとか。
目的は渋滞を満喫する事だそうです。
彼等の嗜好に、思考に、ついてゆけません。