金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

金色の涙(白拍子)227

2010-04-28 21:35:37 | Weblog
 松平広重は大久保長安が使い番に持たせた書状を読んだ。
仕事振りを現わすような簡潔明瞭な書き方であった。
 この時期に三千余もの兵を集められるとは、たいしたものだ。
普請だけが得意の文官と思っていたが、人心掌握にも優れているらしい。
それ以上に喜ばしいのは矢弾、糧食を大量に搬送して来ること。
おそらく、八王子代官所の倉を空にしただけでなく、ありったけの金子を遣い、
近在から買い集めたのではなかろうか。
その量は、広重が差配する鎌倉代官所で保有している量を軽く超えていた。
 同行している者達として豪姫一行の他に鎌倉代官所の手の者達の名があった。
筆頭に神子上典膳の名が挙げられていた。
善鬼に続いて孔雀の名も。
忘れられぬ美しい尼僧の姿を思い浮かべた。
 典膳から暫く連絡が無かったので心配していた。
それが、こんな所で名前が出るとは。
どうやら彼女達は八王子に腰を据え、由比ヶ浜の魔物退治を続けていたのだろう。
 広重が気になっていたのは、八王子を襲った一揆勢との一件。
他の武将達は一揆勢との戦いでを苦戦していた。
岩槻では空となった岩槻城に入城したのだが直ぐに奪い返され、
武州松山城では赤備えを率いる井伊直政が城を攻め倦ね、
ここ江戸城でも打つ手に事欠いていた。
一揆勢との戦いで勝ちを収めたのは八王子のみ。
ただ一人、文官の長安のみが一揆勢を撃退していた。
 広重は大久保忠世に、「一揆勢を追い払った戦いには触れてないが」と問うた。
 忠世はニコッと笑い返した。
「あの男は自分の手柄は吹聴しない」
「どうして」
「さあ、・・・」
 広重は、「手柄を主張せぬ奴は安心して傍には置けない」と決め付けた。
命を張って戦っているのだ。
戦った家来達の為にも手柄を主張すべきではなかろうか。
でないと、奮戦した家来や、戦死した家来の遺族を養えない。
 忠世は首を軽く振った。
「人それぞれですからな」
「そうですか。噂では何万匹もの狐狸達を味方にして一揆勢を追い払ったとか」
「それはワシも聞いた。まあ、後で本人に確かめれば分かる」
 出世頭の一人に数えられる長安だが意外にも欲深くはないらしい。
こういう手合いが大久保党に加わったのでは他の党派に勝ち目はないだろう。
 最近まで石川数正という武将が徳川家にいた。
文武に優れ、家康の側近中の側近で信頼厚く、家中の動員力も随一。
ために石川党が家臣の筆頭を務めていた。
 天正十年。織田信長が本能寺で横死を遂げ、織田家で内紛が起こった。
織田家の後継を巡る争いが勃発したのだ。
台頭してきた今の豊臣秀吉と信長の息子や柴田勝家達が対立した。
それに信長とは同盟していた家康も巻き込まれてしまった。
この時に秀吉との交渉を任されたのが石川教正。
 秀吉と交渉を重ねるにつれて教正の言動が変化した。
「愛想と要領が良いだけの猿」と言っていたのが、
「たいしたものだ。秀吉様は器が大きい」とべた褒めするようになった。
ついには家康に、「今の我等では勝ち目がありません。臣従すべきです」と。
 これには多くの武将が、「どうして猿ごときに使えねばならん」と猛反発した。
純粋な反対だけでなく、石川党への嫉妬心も混じり、
「石川党」対「反石川党」の争いに発展しそうになった。
 血が流れるのを恐れた家康は広重に、「なんとか上手く収めろ」と命じた。
そこで広重が取った手段は石川党の出奔であった。
教正を呼び出して、「徳川家の為に出奔してくれ」と頼んだ。
 こうして第一の門閥であった石川党は豊臣家を頼って出奔する事になった。
その石川党の空席を埋めたのが大久保党であった。
最近、その大久保党に変化が現れた。
武功一点張りであったのが治世にも関心を持つようになったのだ。
熱心に文官肌の者達を家来に加え、家政を切り盛りさせていた。
それらを差配しているのが大久保長安。
徳川家の代官の職にあるのみならず、大久保党の為に人材を集めていた。
 加えて大久保党は秀吉との仲も親密で、かつての石川党を思い起こさせる。
第二の石川党にならなければ良いのだが。
 今回の一揆は面妖な事が多い。
なかでも奥羽から豊臣軍が戻る時期に一揆が勃発した事だ。
ただの偶然だろうか。
広重は秀吉の関与を疑った。
「一揆を理由に徳川家を取り潰す腹積もりではなかろうか」と。
 ただ、分からぬのは魔物の部隊の存在。
彼等はどこで生まれたのか。あの強さはどこから出てくるのか。
 忠世が思い出したように、「豪姫様のことはどうする」と尋ねてきた。
困り倦ねているらしい。
さっきまで口論していた大久保忠隣と榊原康政の二人も関心を寄せてきた。
 広重が、「来るという者を追い返しはできない」と答えれば、
忠世は満足そうに頷いた。
「豊臣軍に知らせは」と忠隣。
 広重は、「そこまでは」と首を横に振った。




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さあ、GWです。
渋滞フェチが大挙して渋滞する高速道路に出撃するとか。
目的は渋滞を満喫する事だそうです。
彼等の嗜好に、思考に、ついてゆけません。

金色の涙(白拍子)226

2010-04-25 10:03:33 | Weblog
 江戸城を拡張する為の普請は一揆勢の襲来で一時棚上げ棚上げにされていた。
三の丸の石垣や外堀を掘る土工が中途であって、防備としては甚だ心許ないが、
職人達の安全を考えれば仕方がなかった。
家康の留守を預かる大久保忠世は彼等を相模の地へ避難させた。
これに、城下に住む家臣達の家族も同行させた。
みんなを江戸城に受け入れれば糧食の心配をせねばならぬからだ。
 城外の北の高台に徳川方の砦が急拵えで建てられていた。
これは松平広重が、「物見の為に砦を置く」と強引に押し通したものだ。
周囲を木の柵で囲っただけの簡素な砦であるが、敵の様子を窺うには充分であった。
 砦の主将も広重が買って出た。
副将は、これまた買って出た榊原康政であった。
 広重と康政は最上階、三階から敵情を見ていた。
ここからだと一揆勢の様子がよく分かる。
 小さな谷を挟んだ向こう正面に敵が布陣していた。
上野の山を本陣とし、左右に翼を広げるようにして鶴翼の陣形を敷いていた。
彼等は北の方角から示威するのみで包囲する気振は見せない。
包囲して兵力が分散するのを嫌っているのだろうか。
 彼等は余裕のある動きをしていた。
前線に砦を建て、馬止めの木の柵を組み立てている。
おまけに宿営する為の長屋らしき建物も垣間見える。
長期戦に備えているとしか思えない。
 敵の陣中には滅びた北条や武田の軍旗や隊旗が多い。
戦慣れした者達が多いという事だろう。迂闊には攻められない。
 広重は憤慨したように言葉を吐いた。
「奴等は何を考えているんだ。攻める気がないのなら、帰れ」
 隣に康政が肩を並べていた。
「こちらの戦意が衰えるのを待っているのでしょう」
 一揆勢は八万近くに増えて意気揚々。
対して徳川方は増えるよりも逃亡する兵の方が多かった。
新参の足軽、雑兵の類が隙を見て普請中の石垣を下りて逃げるのだ。
今や兵数は一万七千余。
領内からの増援が見込めないので、戦意が目に見えて衰えていた。
 奥羽から戻る豊臣軍が救援に来る事は一般の城兵には知らせていない。
どこに一揆勢の耳が有るか分からないからだ。
「生意気な。野戦であれば叩き潰してやるものを」
「広重様は血の気が多いですな」
「お前にだけは言われたくない」
康政が、「それは酷い言いようですな」と苦笑して首を横に振った。
 広重は康政の本性を見抜いていた。
普段は温厚で、三河武士には珍しく知的であるが、一旦戦となれば人が変わった。
たとえ家康の命令といえども間違いと思えば平気で聞えぬ振りをするのだ。
抜け駆けだけはせぬが、戦況次第で機転を利かせて敵陣に横入れをする事が多く、
しばしば家康を悩ませた。
ただ、功名争いではなかったので叱責だけですんでいた。
 そこへ大久保忠世、忠隣の親子が姿を現わした。
忠隣が、「人払いを」と。
 そこには広重と康政だけが残された。
 忠世が、「八王子から使い番が来た」と二人を見回し、
「大久保長安が三千を率いて来るそうだ」と続けた。
 籠城してから初めての増援だ。
もっとも三千では逃亡した兵の補充にしかならない。
「ただ、・・・」と忠世は言い渋った。
老いた顔が曇る。
 代わって忠隣が口を開いた。
「長安隊に思わぬ者達が加わっている。
宇喜多秀家様、豪姫様、真田昌幸殿、幸村殿、前田慶次郎殿だ」
 広重は聞き間違いかと思った。
「もう一度」
「宇喜多秀家様、豪姫様、真田昌幸殿、幸村殿、前田慶次郎殿」
 信じられぬ名を聞くものだ。
真田親子はまだしも、宇喜多夫妻が来ているとは。
「どうして」
「通りすがりらしい」
 巫山戯た理由があったものだ。
前触れもなく宇喜多夫妻が東国に現れるだろうか。
 康政が、「本物ですか」と疑う。
「豪姫様や秀家様の顔は東国では知られていないが、
昌幸殿や慶次郎殿の顔なら知られている。
八王子の者達の中にも見知りの者がいる筈だ。
その二人が本物なら、同行の宇喜多夫妻も本物と見て良いだろう。
そこのところは長安にも抜かりは無い筈だ」
 自信満々の忠隣の口振り。
いかに長安を信頼しきっているかが分かる。
大久保党にあっては長安が忠世、忠隣の親子を補佐する地位にいるのだろう。
「すると本物か。しかし、・・・どういう事なんだろう」
 そこで忠世が再び二人を見回した。
「問題はその者達までも城に迎え入れるかどうかだ」
 広重は、「困りましたな」と忠世の胸の内を察した。
今の状況で宇喜多夫妻を城に迎え入れれば、一揆勢との戦いに巻き込んでしまう。
もし、二人が戦闘に巻き込まれて戦死でもすれば徳川家の立場はない。
二人を猫可愛がりする太閤殿下、秀吉の怒りを買うは必至だ。
 康政も、「たしかに」と相槌を打った。
 忠世は眉間に皺を寄せた。
「途中まで来ているものを、どうやって断る」
 ところが忠隣は違った。
「私は受け入れても良いと思う」
 親子で考えが違うらしい。
忠世は苦虫を潰したような顔をした。
 広重は、「聞かせてもらおう」と忠隣に先を促した。
「奥羽から戻る豊臣軍が死に物狂いで働いてくれる保証はない。
そこで二人を受け入れて、その事を大将の羽柴秀次に知らせる」
 康政がムッとした顔をした。
「二人を人質にするのか」
 忠隣が口元を歪ませた。
「人聞きの悪い」
 康政が、「だが、実質はそういう事だろう」と睨み付ければ、
忠隣は、「城に来たい者を受け入れるだけだ」と睨み返した。
「そういう小細工は好かん」
「兵数で劣ってる今、好き嫌いを言ってる場合か」
「お主、三河武士の魂を三河の山谷に置いてきたか」
 これには忠隣の顔色が変わった。
血走った目で、「何を抜かす」と康政に詰め寄った。
 康政も負けてはいない。声を大きくした。
「豊臣軍の事は秀康様に任せれば良い。
あの方なら我等のために骨を折ってくださる」
「それは知ってる。万一に備えて手を打つだけだ。それのどこが悪い」
 慌てて広重が二人の間に割って入った。
「味方同士、穏やかに話そうではないか」
 二人は気まずそうにソッポを向いた。
 忠世が困ったような顔で二人を見比べながら、懐から書状を取り出し、
広重に、「長安からだ。目を通してくれ」と手渡した。




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昨日、江東区北砂の車道を走る鶏を見ました。
自分の速度を知っているのか低速車線を走っていました。
名古屋コーチンのような羽の色で、高さは5、60センチ。
鶏冠が際立って赤かったですね。
たぶん、追ってくる人間もいなかったので、ホームレス ? な鶏なんでしょう。
あのあたりは公園が多いので、そこを塒にしているのかも知れません。
捕まって鍋にされませんように。

金色の涙(白拍子)225

2010-04-21 21:25:58 | Weblog
 ヤマトの言葉に白拍子はムッときた。
「小さな事で悪かったわね」
「そう言うな」
「聞えなかった事にするわ。続けて」
 ヤマトが顔を覗き込むようにして問う。
「みんなが集まった先には何が待っていると思う」
「一揆勢、魔物の群れ、そして、まだ会ってはいないけど天魔」
 ヤマトが、「天魔には会えたよ」とサラリと口にした。
「会えた、・・・。倒したわけじゃないのね。それで、どうだった」
「楽しめる相手だな」
「倒せなかったから負け惜しみというわけね。
でも、ヤマトが手こずるというからには、かなり強いのね。
其奴を倒すのが私達に与えられた天意という事になるのか」
 ヤマトは一呼吸置いて、「かも知れない」。
 惚けた答えに白拍子は白けた顔。
「かも知れない、とは随分よね。天意を教えてくれる筈じゃなかったの」
「天意を知っているのは天のみ。俺達に出来るのは、それは何かと推し量る事だけ。
俺は、俺に与えられた天意は天魔を倒す事だと思っている。
だからと言って、他の者達が自分と同じ天意が与えられているかどうかは知らない」
 白拍子は於福と顔を見合わせた。
「どこまでも惚けた猫ね」
「於雪様、私達も天魔を倒す事が天意なのではないでしょうか」
「でもね、何だか納得出来ない。私達に与えられる天意は猫並みなの」
 於福は、「それは・・・」と答えに詰まると同時に、苦笑い。
 白拍子は自分を追って来た者達の顔を思い浮かべた。
豪姫を筆頭に前田慶次郎、吉岡藤次や中山才蔵、その他、何れも手練れ者ばかり。
それは於福と九郎を追って来た者達にも言えた。
孔雀に神子上典膳、善鬼、風魔小太郎、その他、こちらも手練れ者揃い。
どうやら、天魔退治の為に彼等を引き連れて来たのかもしれない。
 ヤマトが、「あれを」と前方を指し示した。
 慶次郎達が高台に堅陣を敷いた魔物達を攻め倦ね、
方術師数人が倒されたのを機に後方に退いて来た。
 ヤマトに気付いた若菜が、「見てるだけなの」と馬を寄せた。
「小者の相手は若菜達に任せるよ」
 若菜は、「何、その態度、偉そうに」と言葉はきついが怒ってはいない。
馬から下りてヤマトを抱き上げた。
抱き上げられたヤマトも嫌そうではない。
 佐助が、「手助けしろよ」と声をかけてきた。
慶次郎も視線を飛ばしてきた。
 しようがなさそうにヤマトが若菜の腕の中で頭を擡げた。
「そろそろ潮時かな。慶次郎、ここは任せた」と言うや、白拍子の方に顔を向けた。
「於雪、手伝ってくれ。行くぞ」
ヤマトは若菜の腕から下りると、返事も聞かずに反対方向に駆け出した。
長安隊が調練している場所を目指した。
 白拍子も直ぐに理解した。
目の前の魔物達は陽動部隊なのだろう。
ヤマトの後を追う。
その方向から魔物の気配は感じ取れないが、ヤマトを信じる事にした。
於福と若菜、黒太郎に乗った九郎が左右に並ぶ。

 ヤマトは長安隊を探す途中で魔物の部隊に遭遇した。
彼等の兵力は五百余。
それが長安隊の目前で二手に分かれた事から、この戦法を見抜いた。
片方が気配を露わにして相手を誘い、残りが気配を消して密かに接近する。
実に単純な策で、引っかかる者がいるとは思わなかった。
 長安隊は広い草地で調練を行なっていた。
呆れるくらいに無警戒だ。
白拍子や慶次郎達の働きを信用しているのだろう。
 真田昌幸の号令が響き渡る。
「攻め方、前へ、前へ、突っ込め」
「守り方、踏ん張って受け止めよ」
二手に分かれて槍合せを繰り返していた。
 その向こうの雑木林から、微かにだが魔物の気配。
三百余もいれば気配を完璧に消し続ける事は難しい。
 ヤマトは己の気配を露わにした。
前方の長安隊に向けて殺気を放つ。
その凄まじい気が波動となり、空気を振るわせた。
長安隊の者達が身動きを止め、不安そうに左右を見回した。
 ヤマトに白拍子、若菜、於福の四人が隊列の隙間を駆け抜けた。
雑木林では魔物の部隊が、まさに飛び出そうとしているところであった。
そこへヤマト達が飛び込んだ。
 槍を構えた相手の肩口に軽々と跳び乗って、猫拳を振り回して目に突き入れた。
返り血を浴びぬように素早く抜いて、次の相手に躍り掛かる。
 ヤマトの機動力に白拍子の舞うような刀捌き。
そして黒太郎に跨った九郎の「気の矢」。
三つが組み合わさって敵隊列を突き崩す。
 背後を守るのは若菜と於福の仕事。
付け込まれぬように巧みに隊形を維持する。

 昌幸の対応は素早い、
全員を集め、四方からの攻めを想定して円陣を組ませた。
そして幸村に、「お前は背後を警戒しろ」と指示した。
 草地で調練に付き合っていた豪姫が夫、秀家に声をかけた。
「貴方、参りましょう」と馬に鞭を入れ、円陣から出た。
 秀家が、「待て、私が前だ」と強引に先頭に立つ。
豪姫が暴走せぬように目を光らせるつもりなのだろう。
 豪姫の警護を任されている吉岡藤次は、二人の背後を守る位置についた。
 昌幸の怒鳴り声。
「待て、出るな」と届くが、三人は聞えぬ振りで馬を駆けさせた。
 雑木林の手前で三人は下馬した。
敵はヤマト達に先頭を乱され右往左往していた。
そこに三人が斬り込む。
若菜や於福と肩を並べ、隊形を厚くした。




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金色の涙(白拍子)224

2010-04-18 10:17:16 | Weblog
 八王子を出立した長安隊、三千余が多摩川の浅瀬を渡った。
長安隊の指揮を委ねられた真田昌幸は、寄せ集めの者達を部隊に慣れさせようと、
調練を重ねながら部隊を行軍させた。
「江戸入りしてから部隊の動きが悪くては長安殿に恥をかかせる」と懸念したのだ。
その為、渡河も伏兵を想定して行動したので時間がかかった。
 府中の郊外に野営し、次の日はそこで調練に一日を費やした。
付け焼き刃ではあるが部隊としての動きが円滑に行なわれるように努めた。
最大の欠点は、寄せ集めであるので初顔合わせの者達が多い事。
互いを馴染ませる事に力点を置いた。
 そんな様子を白拍子達は呆れて見ていた。
再会してからは片時も傍を離れぬ於福が、「この調子では先行きが暗い」と嘆き、
それに九郎が、「頭数だけだな」と深く同意。
 そんな二人に白拍子は説明した。
「もともと長安隊には戦慣れした者達が少ないのよ。
その数少ない戦慣れした者達は岩槻城の救援に向かったまま。
戻って来る気配がないわ」
 そんな遣り取りを離れた所から黒太郎が寝そべって見ていた。
いつまで経っても白拍子や於福には馴染もうとしない。
その片耳が不意にピンと立った。
素早く四肢で立ち上がり警戒の目を北に向けた。
 於福が片眉を吊り上げた。
「於雪様、嫌な気配が近付いて来ます」
「そのようね」
 九郎の傍に黒太郎が駆け寄った。
言うより速く九郎は黒太郎の背中に飛び乗った。
黒太郎は人よりも大きな犬なので赤ん坊の九郎を乗せても苦にしない。
一足跳びに北へ駆けた。
 後を追うように白拍子と於福も駆けた。
於福が脇に並びながら、「空を飛ばないのですか」と尋ねた。
「一緒に走りたいのよ、良いでしょう。
それより、調練している者達の邪魔をさせぬように私達で片付けましょう」
 北の雑木林を抜けた所で明らかに魔物と分かる一群と遭遇した。
およそ二百余。戦仕度をしていた。
どうやら長安隊を急襲する腹積もりであったらしい。
 先頭の黒太郎が九郎を乗せたまま、敵に躍りかかった。
繰り出される槍を強引に前足で払い除けて、首筋に噛み付く。
相手の陣笠が落ち、血飛沫が舞う。
首筋を半分食い千切り、四肢で具足を引き剥がした。
 九郎が溜めていた気を、「気の矢」として練り上げ、別の相手の目に放った。
凄まじい衝撃で、それが相手の後頭部から突き抜けた。
 於福が腰の刀を抜いて斬り込む。
次々と、手慣れた刀捌きで槍を受け流し、相手の片腕、ないしは手首を斬り落とし、
魔物の剛力を技で凌いでみせた。
 魔物よりも大柄な白拍子は素手で相手の槍をはね除けた。
そして肩で当たって弾き飛ばし、足で踏みつけて相手の腰の刀を強奪した。
刀を手にするや、まるで舞うかのような刀捌き。
魔物達の手足を切り離し、首を容赦なく斬り落としてゆく。
 三人と一匹で敵の進軍を足止めした。
先頭を崩された敵は立て直しに必死となった。
 そこへ慶次郎と佐助、若菜の三人が騎馬で現れた。
慶次郎を乗せた鈴風が闘争心丸出しで敵の右翼に突入。
強引に前足で敵を蹴り飛ばす。
佐助を乗せた坂東も負けてはいない。
頭から敵中に突っ込んで行く。
若菜を乗せた馬も釣られたように後を追う。
 彼等だけではなかった。孔雀達も現れた。
同じく騎馬で、左翼に斬り込んで行く。
先頭に立つ孔雀の目は血走っていた。
尼僧という立場を捨てて刀を振り回す様は、まるで阿修羅の如し。
右に左に、繰り出される槍を敵の腕諸共に斬り捨てて行く。
善鬼や典膳、小太郎達も負けじと敵中に躍り込む。
 普通の兵の集まりである長安隊を急襲しようとしていた魔物達だったが、
その前に立ち塞がったのは魔物慣れした強者達。
彼等に先頭のみならず隊列までも崩されてしまった。
慌てて隊列を組み直そうと図る。
 白拍子の目の前から敵が退いてゆく。
どうやら少し高台になった所に布陣するらしい。
そうはさせじと左右から慶次郎、孔雀等が食い下がる。
 白拍子は、「聞きたいのだけど」と於福の足を止めさせた。
訝しげに於福が、「どうしたのです」と振り向く。
「私は貴女達に再会する為に実体化したのかしら。どう思う」
「これは、また唐突ですわね」
「魔物達を見たら、そういう疑問が湧いてきたの。
貴女達に再会する為なのか、それとも魔物達を退治する為なのか。
何かしら意味があると思うの」
「そうですわね。
たしかに私達を閉じ込めていた結界が解けたのも、偶然にして片付けるには、
時期的にも、あまりにも偶然過ぎますものね。
何かしらの天意が動いたのでしょうか」
「天意・・・あるものなのかしら。
私が、ここ武蔵の国まで来たのは鞍馬で才蔵に偶然に出会ったから。
でなければ、ここまで来なかったわ。
それが天意というものなの。ただ、再会するだけのためのもの」
「そういえば私達も追われて逃げて来ただけ。
御陰で貴方様に再会出来たし、才蔵殿の事も分かった。
これだけの為に、随分と偶然が重なったものですわね」
「あからさまに積み重なった偶然よね」
「だとすると何がしかの意味がある筈ですわね」
 すると、足下から不意を突く声。
「人のように悩むのかい。似合わないよ、迷う魔物なんて」
 何時の間にか黒猫ヤマトが来ていた。
周囲の戦の騒がしさに、その接近には全く気付かなかった。
それでも二人は驚いた様子は微塵も感じさせない。
 於福が、「どうしてここに」と尋ねた。
「東国の狐狸達が非常態勢を敷いていてね、その連絡網から届いたのさ。
豪姫達が江戸に向かっているってね」
 白拍子は、「豪姫を怒らないでね」と頼む。
「分かっている。ここまできたら怒らないよ」
「それでこそヤマトよ」
「どうした、口が上手くなったじゃないか」
「そうかしら」
 ヤマトが真面目な顔で、「天意を知りたいか」と尋ねてきた。
「分かるの」
「おおよそは」
「説明して」
「考えてみなよ。お前の後を誰が追ってきたのか」
 白拍子は、「えっ、・・・」と目を見開き、「もしかして、豪姫」。
「もしかしなくても豪姫。その豪姫に大勢が連れられて来た」
「ヤマトもそうだったわね」
「そう。だから、お前達の再会なんていうのは小さい事なんだ」




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金色の涙(白拍子)223

2010-04-14 21:34:12 | Weblog
 八王子に、「一揆勢が江戸へ向かった」という知らせをもたらしたのは、
大久保長安と親しい旅商人であった。
 その知らせに豪姫達は、「徳川家の問題」と無関心を装った。
徳川家の面子を考え、内政に立ち入らぬようにしたのだ。
 ところが、一つの名前が彼等を巻き込む事になった。
別の旅商人が、「そうそう、岩槻には結城秀康様が駆け付けられたそうです」と。
 結城秀康は豪姫や宇喜多秀家と共に同じ秀吉の膝下で育ち、
二人にとっては弟同然の者であった。
真田幸村にとっては年も近く、親しい遊び仲間。
そして前田慶次郎には門下生のような存在であった。
 秀康は慶次郎を見つけると所構わず、「御指南を」と槍で突っかかった。
容赦なく弾き飛ばされても退くことはなかった。
泥だらけになっても、傷だらけになっても、涙を流して幾度も突っかかった。
その様は、心に鬱積したものを吐き出すかのようであった。
 そういう秀康が彼等には可愛くてならなかった。
秀家が、「秀康を見捨てるわけにはいかん」と言えば、
豪姫が、「そうです、秀康の元へ参りましょう」と賛同した。
他の者達にも異存はなかった。
そういうところに白拍子が戻って来たのだ。
 豪姫は白拍子に告げた。
「私達は長安殿に同行して江戸に向かうわ」
「一揆勢と戦うのね」
「そうよ。於雪も一緒なら心強いわ。力を貸してくれない」
 於雪は答える前に於福と九郎を振り返った。
二人は無駄な口は開かない。揃って力強く頷いた。

 孔雀達も仮陣屋の奥屋敷で世話になっていた。
彼女は割り当てられた部屋の一つに主立った者達を集めた。
鎌倉代官所の神子上典膳と善鬼、方術師達を主導する二人、
そして風間の者達を率いる風魔小太郎。
 彼女達は由比ヶ浜から現れた魔物二人を退治すべく八王子まで追ってきたが、
今では周囲の状況がそれを許さなくなっていた。
宙を飛ばされた彼女を助けた白拍子が、魔物と旧知の仲であったからだ。
赤ん坊の九郎との関係は分からないが、老婆の於福とは親しく口を利いたらしい。
加えて、魔物二人は一揆勢との戦いで代官方に助勢し、勝利に貢献した。
これでは迂闊に手出しができない。
 もし、魔物二人に手出ししようものなら、白拍子のみならず、
代官方や豪姫一行を敵に回すだろう。
 善鬼が、「どうする。鎌倉に戻るか」と、みんなを見回した。
 孔雀は、「逃げるつもり」と善鬼を睨む。
「ほう、逃げるときたか」
「違うの」
「於福婆さんや九郎には手出しできない。なら、戻るしかないだろう」
「一揆勢の魔物達はどうするの」
「数が多すぎる。徳川家にお任せしようではないか」
 孔雀は身を前に乗り出した。
「魔物退治が私達の仕事でしょう」
 善鬼が肩を大げさに竦めた。
「どこまでも生真面目だな」
「いけない」
 善鬼は鼻をフンと鳴らして笑う。
「わかった。で、どうするつもりだ」
 孔雀はゆっくりと、みんなを見回した。
「黒猫ヤマトの話しでは天魔が魔物達を操っているとか。
私達はその天魔を探しましょう」
「黒猫ヤマトか。彼奴は変な猫又だったな」
「あれは猫又じゃないわ」
 猫の化物は猫又と呼ばれていた。
「というと」
「何かは分からないけど、猫又以上の物よ」
「何だ、それ」
「ヤマトの発する気が猫又にしては大きすぎるのよ」
 方術師の一人が口を開いた。
「天魔の話し、俺は賛同する。探そうではないか」
 もう一人の方術師も頷いた。

 長安が三千余の軍を率いて出立したのは二日後のこと。
その指揮は長安ではなく、客将の真田昌幸が執っていた。
長安が、「誰にも得手、不得手はあります」と行軍の指揮を委ねたからだ。
 どうも長安は考え方が武人達とは一風変わっていた。
見送りの奥方、小峯が「私が命に懸けて守り抜きます」と留守を預かれば、
長安は、「八王子の町の者達を巻き添えにしてはいけない。
守り切れない時は逃げなさい。命さえあれば何とかなる」と説いた。
 昌幸の後ろで長安は宇喜多夫妻と馬を並べて会話を楽しんでいた。
話し好きの長安は、「上方の賑わいはどういうものですか」と。
今から戦に向かうとは思えない。
 さらに後ろには吉岡藤次と白拍子、於福、九郎。そして孔雀達。
味方の兵に四方を守られているが、周囲に油断無く目配りしていた。
 先鋒の指揮は前田慶次郎。
両脇に佐助と若菜を従え、先頭に立っていた。
 若菜が、「寄せ集めでも戦で役に立つのかしら」と疑問を口にした。
確かに半数近くは寄せ集めの足軽、雑兵の類であった。
 佐助は、「野戦は無理」と断言。
 しかし慶次郎が、「俺達三人で敵陣を断ち割れば済む話しだ」と笑い飛ばした。




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金色の涙(白拍子)222

2010-04-11 08:50:54 | Weblog
 ヤマト達は騎馬隊に守られて葦原の中の一本道を駆けていた。
踏み固められた道なので馬の重みで崩れる事はない。
 ヤマトは駆けながら後方を窺った。
魔物達の姿は無い。追跡して来る気配も無い。
 広い草地に出ると騎馬隊が馬足を緩めた。
そして左右に分かれるようにして、ヤマト達を囲い込む陣形を組もうと図った。
 ヤマトは騎馬武者達の微妙な気の変化に気付いていた。
何を企んでいるのか知れないが、警戒だけは怠らなかった。
 騎馬隊が行動に出ると同時にヤマトは狐狸達に、「跳べ」と指示をした。
騎馬武者達は馬の足下から逃さぬようにしていたので、頭上はガラ空き。
その頭上をヤマト達は軽々と跳び越した。
 着地点の先は丈の高い草原になっていた。そこに逃げ込めば姿を隠せる。
しかしヤマト達は草原に駆け込まない。騎馬隊から殺気が感じ取れないからだ。
足を止めて彼等を振り返った。
 騎馬隊の統率者らしい武将が、「よい、止まれ」と騎馬隊の動きを制した。
大柄で愛嬌のある若い武将だ。
ヤマト達にニコリと笑いかけ、「お前達は何者なんだ。
怪しげな動きをするから、魔物だとは思うが、・・・。
それに、『跳べ』と聞えた。人の言葉が喋れるのか」と興味津々。
 ヤマトが、「確かに魔物だよ。助けてもらった。礼を言おう」と胸を反らす。
 秀康は、「助けられた割りには態度がデカイな」と苦笑。
従う武者達も驚き、呆れながらヤマト達を見回した。
「名はヤマト」
「ほう、ヤマトというのか。俺は結城秀康。
それでヤマト、お前達は一揆勢の魔物達とは敵対しているのか」
「そうだ」
「何か因縁でも」
「因縁、・・・だろうな。一揆を操っている天魔を我等で討たねばならない」
「天魔、・・・」
「天から落ちて来た魔物の事だ」
 秀康には理解出来ないらしい。
振り返って、従えている者達の中に理解できる者がいないかどうか探した。
誰もが首を傾げるばかり。
 秀康はヤマトに視線を戻し、「天からと言われても」と首を捻った。
「いるんだ、信じろ。
親しい僧侶か神主にでも確かめてみれば良い。彼等なら、この手の話しに詳しい」
「城に戻ってから確かめる。その前に、お前からも話しを聞きたい」
「いいだろう、話そう。
天魔というのは幾つかの悪霊が寄り集まって塊となった物だ。
それが天の歪みから落ちて来るのだが、そのままの姿では生きられないから、
人に憑依して魂を乗っ取る。
今回の北条道庵を名乗ってる奴がそれだ」
 秀康は視線をヤマトから他の狐狸達に移し、探るように見回した。
納得したのか、せぬのか、再び視線をヤマトに戻した。
「わかった、取り敢えずは信じよう。その天魔の目的は何なのだ」
「ただ一つ、世を騒がせる。
もし、この一揆が天下を取れば、新たな一揆を起こす。それだけの事」
「一揆の繰り返し、それに何の意味が」
「意味など無い。騒乱を起こす事が楽しいだけなのだ。
おそらく、人の悪霊が天の歪みに迷い込み、幾つもの悪霊と結びつき、
このような性情の魔の塊に転成するのではないかと思う」
「お騒がせ者か。始末に困るな。
で、そ奴はどこに居る。まさか、さっきまで戦っていた中に」
「いた。そ奴は手強い。
が、乗っ取った人間の身体には限界があるから、必ず倒せる。
まあ、お主等、人間には無理だと思う。だからこそ我等が働くのだ」

 八王子と甲斐の国境の湯治場で温泉を楽しんでいた白拍子、於雪が、
於福と九郎を連れて八王子の町に戻って来た。
勿論、黒犬の黒太郎も一緒だ。
黒太郎は今でも白拍子を恐れて、近くには寄りつかない。
前を白拍子と於福が歩き、遅れて黒太郎が九郎を乗せて付いて来る。
 八王子の町は一揆勢を撃退したので安堵の空気に包まれていた。
あちらこちらから普請から出る物音と、職人達の賑やかな声が聞えてきた。
 白拍子に気付くと、みんなが道を譲った。
武士達も例外ではない。目礼して脇を通り過ぎた。
 暇な町人達や騒がしい子供達が白拍子一行の後を付いて来た。
陽気な行列となって表通りを進んで行く。
 代官の住まう仮陣屋は人の出入りが激しかった。
 「白拍子戻る」の報を聞いて代官の奥方、小峯が表門で出迎えた。
小柄な婦人で愛想が良い。
「どうだった、よく休めたの」
 白拍子は彼女に接すると心が和らぐ。
「小峯のお蔭げで、よく休めたわ」
 彼女が白拍子の為に、宿の離れを貸し切りにするように手配してくれた。
「お二人が昔の知り人なのね」
 二人が魔物であることは事前に告げてあった。
 白拍子は、「そうよ」と彼女と二人を引き合わせた。
ついでに黒犬も、「私に慣れないようなの」と。
 於福は昔の女武者に戻ったように礼儀正しい。
九郎が子供らしく愛想良いのは当然として、黒太郎までが小峯には一目で懐いた。
 白拍子は思わず、「こいつは」と舌打ちした。
 理解したのか、黒太郎がフンとばかりにソッポを向いた。
「於雪は嫌われてるのね」
「そうみたい。まあ、犬の一匹や二匹。
それより、陣屋の様子が慌ただしいわね。何かあったの。一揆勢」
 仮陣屋の表屋敷には使い番と思わしき者達が血相を変えて出入りしていた。
「そうなの、一揆勢が江戸に進撃を開始したの」
「江戸とは」
「私達、徳川方の領主様が居られる城下町よ。
大層な軍勢で、途中の役所や砦に火を放ち、悠々と向かってるそうなの」
 そう語る小峯の表情が曇ってゆく。
「となると、長安も駆け付けねばならないわね」
「ええ、物見を放つと同時に兵も集めてるわ」
 そこへ天狗族の娘、若菜が駆けて来た。
「於雪、待ってたわ」
 豪姫達も現れた。
宇喜多秀家に前田慶次郎、真田昌幸と幸村の親子、吉岡藤次。
そして猿飛佐助。
みんなが親しげに白拍子に目礼を送ってきた。
 一行は身分が知れたのと、一揆勢との戦いでの助勢が感謝され、
奥屋敷で大切に持て成されていた。
「良いところに戻って来たわね。於雪が居れば千人力よ」と豪姫。
人伝にだが、「一行の者達の傷が癒え次第、上方に戻る」と聞いていた。
しかし、今の言葉からすると、そうではない気配が濃厚だ。




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金色の涙(白拍子)221

2010-04-07 21:31:47 | Weblog
 魔物達の気配が急激に増えてゆく。
やはり罠を張っていたようで、気配を露わにし、あちらこちらから姿を現わす。
総数で三百余。
ヤマト等を包囲し直そうと図っていた。
ヤマト一匹であれば、いかようにも逃げられるのだが、
生憎な事に仲間思いの狐狸達が一緒。
逃げるには手遅れとなった。
 ヤマトは天魔の相手をしながら逃走方法を考えた。
ぴょん吉達には狐火があるが、今の天魔の動きからすると楽に躱されそうだ。
それに、天魔に狐火を見せたくはなかった。ここぞという時に使いたいからだ。
例えば、天魔の動きが悪くなった時に一発で仕留める為に隠しておきたかった。
だが、そうもいかない状況になってきた。
魔物達が再び遠巻きに包囲し直し、網を狭めてきたからだ。
 ヤマトの内なる龍は、これ以上の速い動きを躊躇った。
天魔の攻撃は理に適った刀捌きなので全く反撃出来ない。
躱すので手一杯。
もし倒すのだとすれば、今以上の速い動きをしなければならない。
しかし、ここで龍が全力を出せば、ヤマトの肉体が耐えきれずに壊れるだろう。
 そして、それは天魔にも言えた。
乗っ取った肉体を危険に晒さぬように、控え気味にしている節が見受けられるのだ。
たぶん、ヤマトと同じ理由だろう。乗り移った肉体が弱いと苦労する。
 その天魔が片手を上げて魔物達の動きを制し、「名は」とヤマトに尋ねた。
 ヤマトは警戒しながら足を止めた。
魔物達も足を止め、次の指示を待つ態勢をとる。
成り行きが分からぬ狐狸達は戸惑い顔でヤマトを振り返った。
幸いにも一頭も傷付いてはいない。流石は狐狸稲荷の狐狸達だ。
 ヤマトは、「名はヤマト。お主は」と天魔を睨む。
「北条道庵」
「どうせ騙りだろう」
 天魔は笑って答えない。
 ヤマトは、「正体は天魔、違うか」と、ずばり聞く。
「天魔、・・・なるほど、この地の者達はそう呼ぶのか。
ヤマト、八王子で一揆勢を潰した魔物とはお主達のことだろう」
「そうだ」
「何故、人の味方をする」
「何故とは、いけないのか」
「お主もただの猫ではなかろう。我と同じ匂いがする。違うか。
それなのに人の味方をするとは理解できん」
「迷惑だな、一緒にされると」
 天魔が、「そう嫌うな。どうだ、我と共に戦わぬか」と不敵な笑い。
 ヤマトは、「お断りだ」と即答。
「こんなに楽しいものを」
 天魔は残念そうに言い、ヤマトの背後を守っている狐狸達を見遣る。
そして、「いつまで防げるか」と面白がる顔。
一歩下がって、片手を上げて攻撃の合図をした。
待ち兼ねた魔物達が攻撃を再開した。
 ヤマトは狐狸達に円陣を敷かせた。
とりあえずは守りを固めるしかない。
 天魔は余裕の笑みを浮かべて後退した。
ヤマト達の体力が尽きるのを待つつもりらしい。
 囲みを突破するには狐火を使うしかない。
そう思った時だった。
表通りに蹄の音が響き渡った。

 結城秀康は騎馬隊を率いて迂回した。
気付かれぬように浅草寺裏に回った。
そして魔物達を見つけた。
彼等の大半は屋根の上にいて、何者かを包囲しようと躍起になっていた。
 物音を立てぬように慎重に接近した。
魔物達は包囲することに集中していて、背後の警戒を怠っていた。
 なんと、包囲されているのは狐や狸の類。
獣達が魔物達を相手に奮戦していた。
固い陣形を敷き、見事な体術を駆使し、渡り合っていた。
ことに黒猫の動きには目を見張らされた。
縦横無尽に動き回って味方の陣の穴を塞いでいた。
 狐狸達に傷付いた物はいない。
対して魔物達は十数人が屋根から叩き落とされていた。
 だが、このままでは多勢の魔物達の前に、狐狸達は力尽きてしまうに違い無い。
両者の戦いの経緯はしらないが、狐狸達に肩入れしたくなった。
従う家臣達に突撃の合図。
屋根の上にまでは行けないが、下の道なら駆け抜けられる。
 自ら先頭を切って、路上にいる魔物達を馬捌きと槍捌きで蹴散らした。
そして勢いに任せて駆ける。後は運任せ。

 ヤマトは騎馬隊の接近に気付いた。
魔物達を蹴散らして来る事から徳川方らしい。
五十数騎ではあるが、勢いに任せて敵中を駆け抜けようとしていた。
後続の気配はない。何が目的なのか。
 包囲する魔物達の攻撃が鈍った。
予期せぬ騎馬隊の出現に戸惑いが広がった。
目の前の騎馬隊は囮で、他に本隊が控えているのではないかと疑い、
四方を警戒するように見回した。
 ヤマトは騎馬隊に賭ける事にした。
狐狸達に、「騎馬隊に紛れ込め」と指示をした。
自ら敵陣に敢然と挑み、包囲網の一角に穴を開け、そこから狐狸達を脱出させた。
ぴょん吉と哲也が先頭を駆け、ヤマトとポン太が殿を努めた。
 足の速さでは狐狸達に一日の長。
魔物達の混乱に乗じて、その足下を駆け抜けた。
 騎馬隊は心得たとばかりに狐狸達に隊列を開けた。
そして吸収すると直ぐに隊列を引き締めて加速した。
魔物達が慌てて追うのだが、騎馬隊は瞬く間に遠ざかる。
 ヤマトが後ろを振り返ると天魔と視線が合った。
奴は悔しそうな顔も、怒っているような顔もしていない。
ただ、笑っていた。それも取って付けたような作り笑い。




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金色の涙(白拍子)220

2010-04-04 10:22:24 | Weblog
 北条道庵は魔物達を江戸城下に放っていた。
その物見から、「奇妙な狐狸達を見つけました」と報告があった。
動きが尋常でないらしい。
しかも、狐達と狸達が共同で行動しているとか。
 道庵は、八王子からの報告を思い出した。
「土地の獣達が魔物と化して、大久保長安に味方した」という事を。
気になるので浅草に足を運んだ。
 配下の魔物は気付かれぬ事なく尾行して、狐狸達の行く先を突き止めていた。
狐狸稲荷の隣の商家に入って行ったそうだ。
戦火を恐れて辺りには人影一つとして無い。
 道庵は相手の正体を確かめる為に魔物達を呼び寄せ、遠巻きに包囲した。
商家からは何の怪しい気配は感じ取れない。
気になるのは隣の狐狸稲荷。人とは別物の怪しげな気配がする。
おそらく稲荷を守護する狐狸達がいるのだろう。
商家と稲荷、双方に踏み込み、捕らえて調べる事にした。
 慎重に運んだ筈だったが、相手方に気付かれてしまった。
商家の内で異様な気配が発生したのだ。
どうやら今まで寝ていたのだろう。
それは急激に膨れ上がった。
稲荷から漂う気配に比べると尋常ではない。
 気配が塊となって動いた。
そして、屋根の上に姿を現わした。
赤狐に緑狸、普通の狐、そして大柄な黒い猫。四匹が辺りを見回す。
彼等は異様な気配を露骨なまでに発散していた。
 ことに黒猫は只者ではない。離れていても、潜在能力がはっきりと分かる。
並ぶ狐狸達とは明らかに違う。
彼は屋根の上に駆上がるや、即座に自分の存在に気付いた。
秘めた力も洞察力も侮れない。
 道庵は屋根陰から出て、相手の視線を受け止めた。

 ヤマトは離れた相手と視線を絡ませた。
摩訶不思議な気配を発する奴だ。冷たくもあり、熱くもある。
根底にあるものが全く見抜け無い。
 奴が天魔に違い無い。
生身の人間に寄生し、乗っ取ったらしい。
こ奴も目を狙う以外に退治する手はないのだろうか。
 肩を並べる三匹も天魔の存在に気付いた。
哲也が、「現れたか」と呟けば、ポン太が、「気色の悪い奴だな」と応じた。
 陽気なポン太からすれば天魔は気色の悪い奴に違いない。
なにしろ気配に確とした色がないのだ。
その天魔がヤマトを射抜くような目で見ていた。
自分を第一の獲物として捉えたのだろう。
 逼迫する事態に気付き、狐狸稲荷に詰めていた狐狸達が合流して来た。
狐が五匹に、狸が三匹。
彼等は色を成していた。
包囲されるまで気付かなかったので、その失態に慌てているのだろう。
 敵は動き易いように軽装備であった。
身に着けるのは腹部を守るために胴具足のみ。武器は短槍と脇差し。
路地裏や屋根陰からジリジリと接近して来る。
 天魔は槍ではなく大小を腰に差し、屋根の上にドッシリと構えていた。
 哲也が、「こうなれば迎え撃つか」と強気な発言をすれば、
ポン太が、「数は、こちら側が不利だ」と冷静に反対した。
 ぴょん吉が、「敵に策があるのだろうか」と疑問を口にした。
 囲まれたと気付いた時点で圧倒的に不利な立場に立たされた。
おそらく敵は、あらゆる策を講じているに違いない。
罠も一つや二つではないだろう。
 ヤマトは、「脱出する」と決断した。
「どうやる」と哲也。
「囲みが手薄なのは後方だ」とポン太。
 ヤマトは、みんなを見回した。
「正面突破する」
ヤマトらしい決断に、みんなは呆れ顔。
だが反対はしない。
ヤマトは、「俺が天魔に挨拶する。みんなは構わず逃げろ」と続けた。
 そして返事も待たずに屋根から跳んだ。
屋根から屋根に跳び移り、真正面から天魔へ向かった。
まさに飛ぶが如く。
想像を超えるヤマトの速さに敵の包囲網が硬直した。
 ヤマトは一呼吸遅れて後に続く狐狸達の気配を感じた。
みんなヤマトを信頼していた。
彼等の為にも包囲網に風穴を開けねばならない。
 神速のようなヤマトの動きに対応できた敵兵は八人だけ。
天魔を守ろうと屋根の上に駆上がり、正面に立ち塞がった。
 ヤマトは突き出される槍を難無く躱し、相手せずに脇を擦り抜けた。
次々と空振りする八本の槍。
後続の狐狸達が、その八人に体当たりする音が響いた。
何人かが、屋根から追い落とされた。
 ヤマトは天魔目掛けて大きく跳躍した。
右の前足を槍の如く伸ばして顔面を襲う。
 天魔は余裕の表情を浮かべていた。
接近を待って腰を落とし、腰の刀を一閃。抜く手もみせぬ素早い迎え撃ち。
一刀両断にしようとした。
 ヤマトは空中で身体を捻って躱し、頭上を飛び越して背後に着地した。
斬り払われた体毛が宙に舞っているが、幸い皮膚は傷付いていない。
 天魔の刀が容赦なくヤマトを襲う。
右に左に、遅れる事無く執拗に振り下ろされる。
力任せではなく合理的に、確実にヤマトの身体の中心を狙っていた。
これではヤマトも反撃の隙を見出せない。
 そうこうするうちに魔物達が、平気で屋根を踏み抜きながら駆け寄って来た。
ドタバタ、ドタバタと。
下の表道や路地裏にも集まって来る。
 狐狸達は打ち合わせ通りには逃げない。
ヤマトの手助けをしようと防御線を築き、狐拳、狸拳で応戦している。
困った奴等だ。足手纏いになるだけなのに。




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さて花見の本番です。
堤の桜並木が満開で、河川敷には屋台が軒を連ねています。
こういう日には、
 
寒空に
熱いラーメンに
生ジョッキ

でしょう。

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