脳内モニターのアラームが鳴った。
警報ではなくて起床のアラームが。
モニター画像は水平線の向こうから昇る朝日。
手前の砂浜の様子から、察するに九十九里か。
ウェブで見つけて収集した逸品だ。
このところ眠い。眠い。
睡眠不足が半端ない。
我慢して上半身を起こした。
灯りが点いてないので室内は暗い。
問題はない。
夜目が利くからだ。
眠い目で部屋の片隅を見た。
天井から垂れ下がる大きな繭。
これは脳筋妖精アリスが持ち運びするベッド兼家だ。
彼女は必要な物は全て、繭も含めて別空間の収納庫に入れ、
持ち運んでいた。
妖精はキッチンもトイレも不要なのでこれはこれで・・・、
充分なのかも知れないが、果たして文化的なのだろうか・・・。
睡眠不足の一端はアリスにあった。
彼女が勝手に外出するのは構わない。
変身スキルを活用すれば余計な騒ぎは引き起こさない。
唯一問題なのは夜中に帰宅して俺を叩き起こすことだ。
無理矢理起こして、何のかのと喋る。
真夜中でも喋り続ける。
眠い、と告げても完無視。
念話なので耳は塞げない。
大都会に驚いているだけだと思うので、
暫くは俺が我慢するしかないのだろう。
でも眠い。
掛け布団を除けてベッドから下りた。
調度品が少ないので何かに躓く心配はない。
窓に歩み寄った。
カーテンを開けた。
窓ガラスは前世のような洗練された物ではなく、
不純物満載の分厚いガラス。
救いは丈夫なので割れ難いこと。
アリスが出入りする際、風の魔法で強引に開け閉めしても壊れない。
窓を開けた。
心地好い風が俺の脇を通り過ぎた。
向こうの東の空が燃えるように明るい。
着替え終えると階段を駆け下りて寮から飛び出した。
朝のトレーニング。
最初はゆっくり散歩。
歩きながら体操らしき動きで身体を慣らして行く。
服装は子供らしい短パンに丸首の半袖ティーシャツ。靴に靴下。
街で買い求めた物だ。
高かったが値段相応に肌触りが良い。
ちょっと暖まったところで足を止めてストレッチ。
念入りに準備運動。
さらに暖まったので本格的な走り込みを開始した。
学校の敷地は緑地が多く、起伏にも富んでいるので飽きない。
池を迂回し、こんもりした芝地を駆け上がり、林を抜けた。
途中で同じ様に走り込みしている生徒達に出会うと、
片手を上げて挨拶。
仲間同士集まって武芸の稽古を積んでいる者達を見掛けると、
邪魔にならぬように迂回。
昇る朝日を背景に鳥の声と生徒達の息吹が辺りを支配していた。
今日も気分の良い朝だ。
そんな俺の方に近付いて来る者がいた。
大柄な奴だ。
片手に二本の長い棒を無造作に掴んでいた。
棒術授業の際に用いられている生徒用の棒、と見受けた。
不審な歩み。
明らかに俺を目指しているような・・・、まさかね。
話したことのない人だし・・・。
顔は見知っていた。
上級生の有名人。
シェリル京極。
評定衆に席を持つ京極侯爵家の長女だ。
縦にも横にも大きな女子で、腕っ節が強く、武芸好きときた。
気に食わぬ男子は上級生でも殴り飛ばす、類のとかくの噂がある。
その所為か、陰では、「鬼シェリル」呼ばわりが定着していた。
そんなシェリルが俺の前で足を止めた。
少し上からジッと見下ろしてくる。
まん丸な顔、丸く肥えた胴回り、それを下から支える大根足。
年齢の割に豊かな胸なんだが、バストと表現していいのか、
分厚い大胸筋と表現していいのか・・・、本人には聞けない、よね。
悩む。
シェリルに丁寧な挨拶をされた。
「おはよう、ダンタルニャン君。
私は三年のシェリル京極。よろしくね」軽く頭まで下げられた。
鬼の欠片もない挨拶を俺は受け止め兼ねた。
ただ無難に返した。
「おはようございます」
シェリルが俺の態度に微笑み、丸い顔で言う。
「大丈夫よ。
取って食べたりしないから」
「ごめんなさい。
話し掛けられるとは思わなかったので驚いただけです」
シェリルが俺に棒の一本を差し出した。
「取りなさい」
俺が言われた通り受け取ると、彼女は身軽な動作で後退し、
自分の手元に残された棒を掴んで構えた。
隙がない。
明らかに棒術を嗜んでいる者の構え。
それでも間合いが充分あるので脅威ではない。
俺は狼狽して尋ねた。
「これは・・・」
「朝稽古よ。
貴男の毎朝の走り込みは見させて貰っているわ。
そろそろ身体も学校に慣れてきたでしょう。
さあ、相手なさい」
一方的な・・・。
大貴族のお姫さまらしい我が儘なのか、それとも横暴なのか・・・。
理解に苦しむ。
「どうして僕が・・・」
「貴男が白色発光合格者だからよ」
幼年学校の受験手続きの際、素質を調べる審査の魔水晶が光った。
お陰でその場で合格が確定した。
「あれは素質を見る物で、実力を図る物じゃありませんよ」
「分かってるわ。
でも貴男の実家は佐藤本家、始祖はジョナサン佐藤、違うかしら」
「そうですけど」
「なら問題ないわ。
弓馬の神と呼ばれた武人の血筋なんだから歓迎するわ」
言い終えると表情を変えた。
「行くわよ」告げるなり、真摯な顔で棒を振り上げ、
間合いを一足跳びに踏み込んで来た。
早い。
俺は躱すので精一杯。
だというのに彼女は手加減しない。
二の手、三の手を放って来た。
俺は右に躱し、左に躱し、「意味が分かりません」と抗議した。
するとシェリルが動きを止めた。
「意味なんてないわ。
強いか弱いか、それだけ」
再び、一足跳びに踏み込んで来た。
果敢というか、無謀というか・・・。
その表情の輝きは、古い表現で、漢らしい。
俺は諦めない。
「どうして大貴族のお姫さまが寮住まいなんですか」
「私の勝手でしょう」勢い良く棒を振り下ろした。
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警報ではなくて起床のアラームが。
モニター画像は水平線の向こうから昇る朝日。
手前の砂浜の様子から、察するに九十九里か。
ウェブで見つけて収集した逸品だ。
このところ眠い。眠い。
睡眠不足が半端ない。
我慢して上半身を起こした。
灯りが点いてないので室内は暗い。
問題はない。
夜目が利くからだ。
眠い目で部屋の片隅を見た。
天井から垂れ下がる大きな繭。
これは脳筋妖精アリスが持ち運びするベッド兼家だ。
彼女は必要な物は全て、繭も含めて別空間の収納庫に入れ、
持ち運んでいた。
妖精はキッチンもトイレも不要なのでこれはこれで・・・、
充分なのかも知れないが、果たして文化的なのだろうか・・・。
睡眠不足の一端はアリスにあった。
彼女が勝手に外出するのは構わない。
変身スキルを活用すれば余計な騒ぎは引き起こさない。
唯一問題なのは夜中に帰宅して俺を叩き起こすことだ。
無理矢理起こして、何のかのと喋る。
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大都会に驚いているだけだと思うので、
暫くは俺が我慢するしかないのだろう。
でも眠い。
掛け布団を除けてベッドから下りた。
調度品が少ないので何かに躓く心配はない。
窓に歩み寄った。
カーテンを開けた。
窓ガラスは前世のような洗練された物ではなく、
不純物満載の分厚いガラス。
救いは丈夫なので割れ難いこと。
アリスが出入りする際、風の魔法で強引に開け閉めしても壊れない。
窓を開けた。
心地好い風が俺の脇を通り過ぎた。
向こうの東の空が燃えるように明るい。
着替え終えると階段を駆け下りて寮から飛び出した。
朝のトレーニング。
最初はゆっくり散歩。
歩きながら体操らしき動きで身体を慣らして行く。
服装は子供らしい短パンに丸首の半袖ティーシャツ。靴に靴下。
街で買い求めた物だ。
高かったが値段相応に肌触りが良い。
ちょっと暖まったところで足を止めてストレッチ。
念入りに準備運動。
さらに暖まったので本格的な走り込みを開始した。
学校の敷地は緑地が多く、起伏にも富んでいるので飽きない。
池を迂回し、こんもりした芝地を駆け上がり、林を抜けた。
途中で同じ様に走り込みしている生徒達に出会うと、
片手を上げて挨拶。
仲間同士集まって武芸の稽古を積んでいる者達を見掛けると、
邪魔にならぬように迂回。
昇る朝日を背景に鳥の声と生徒達の息吹が辺りを支配していた。
今日も気分の良い朝だ。
そんな俺の方に近付いて来る者がいた。
大柄な奴だ。
片手に二本の長い棒を無造作に掴んでいた。
棒術授業の際に用いられている生徒用の棒、と見受けた。
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上級生の有名人。
シェリル京極。
評定衆に席を持つ京極侯爵家の長女だ。
縦にも横にも大きな女子で、腕っ節が強く、武芸好きときた。
気に食わぬ男子は上級生でも殴り飛ばす、類のとかくの噂がある。
その所為か、陰では、「鬼シェリル」呼ばわりが定着していた。
そんなシェリルが俺の前で足を止めた。
少し上からジッと見下ろしてくる。
まん丸な顔、丸く肥えた胴回り、それを下から支える大根足。
年齢の割に豊かな胸なんだが、バストと表現していいのか、
分厚い大胸筋と表現していいのか・・・、本人には聞けない、よね。
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シェリルに丁寧な挨拶をされた。
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ただ無難に返した。
「おはようございます」
シェリルが俺の態度に微笑み、丸い顔で言う。
「大丈夫よ。
取って食べたりしないから」
「ごめんなさい。
話し掛けられるとは思わなかったので驚いただけです」
シェリルが俺に棒の一本を差し出した。
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大貴族のお姫さまらしい我が儘なのか、それとも横暴なのか・・・。
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「どうして僕が・・・」
「貴男が白色発光合格者だからよ」
幼年学校の受験手続きの際、素質を調べる審査の魔水晶が光った。
お陰でその場で合格が確定した。
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「分かってるわ。
でも貴男の実家は佐藤本家、始祖はジョナサン佐藤、違うかしら」
「そうですけど」
「なら問題ないわ。
弓馬の神と呼ばれた武人の血筋なんだから歓迎するわ」
言い終えると表情を変えた。
「行くわよ」告げるなり、真摯な顔で棒を振り上げ、
間合いを一足跳びに踏み込んで来た。
早い。
俺は躱すので精一杯。
だというのに彼女は手加減しない。
二の手、三の手を放って来た。
俺は右に躱し、左に躱し、「意味が分かりません」と抗議した。
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「意味なんてないわ。
強いか弱いか、それだけ」
再び、一足跳びに踏み込んで来た。
果敢というか、無謀というか・・・。
その表情の輝きは、古い表現で、漢らしい。
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