金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(伯爵)5

2022-10-30 10:06:56 | Weblog
 事業計画書と聞いて頭を抱えるシンシア達三人。
まあ、そうだろう。
そこまでは国軍も教えていないだろう。
そこで俺は懇切丁寧にその書式を説明した。
聞き終えた三人の感想が凄い。
「まるで軍事演習の工程表ね」
「行軍や陣地構築も参考になるわね」
「そう言われると、糧秣管理や賦役の扱いもね」
 国軍を舐めていた。
類似する書式が存在していた。
考えてみると確かにそうだ。
軍と商い、お題目は違っても、最終的には数字で語るもの。
でないと仕事にならない。

 終了したところ、ベティ様に呼ばれた。
「佐藤子爵、こちらへいらっしゃい」
 公式の名称で呼ばれた。
何か・・・。
ベティ様はイヴ様を膝に抱いて、俺を見て笑みを浮かべておられた。
嫌な予感、でも無視できない。
演技スキル全開で対応した。
「はい、ただ今」
 歩を進めた。
ベティ様はソファーなので、位置が低い。
俺はそれに合わせて両膝を着いた。
イヴ様がソファーから飛び降りられた。
そして俺の首目掛けてダイブ。
俺をムチ打ちにする気か。
 俺は慌てながらも素早く身体強化した。
それでもって両手でイヴ様を受け止めた。
低い姿勢を保ったまま、イヴ様をクルリと回転させて肩車した。
ベティ様が驚かれた。
「器用ね」
 頭上ではイヴ様が喜ばれていた。
「ニャ~ン、いい子」

 俺はベティ様に尋ねた。
「ご用でしょうか」
「株主会とか事業計画書とか、子供の考える事ではないわね。
どこから仕入れた知識なの」
 演技スキル全開なので怖がる必要はない。
「子供ですが、将来を考えて勉強しています。
幼年学校だけでは不足すると思い、街歩きでも学んでいます。
どんな店が繁盛しているのか、潰れそうな店の特徴は、
今の売れ筋は何か、あの商品が廃れたのは何故か、売れっ子の職人は、
これが好まれる理由は、このギルドが存在する意味は、
まあこんな感じで、野次馬気分で街の知識を仕入れています。
・・・。
人の真似だけでは必ず限界が来ます。
ですから、それら仕入れた知識を元に、考察し、新たに組み立てます。
次の時代は如何にあるべきか。
それが今回の株主会であり、事業計画書でもあります」
 ベティ様が満足されたのかどうかは分からない。
ただ、期待とは違っているようだ。
ベティ様は諦めた様に目で俺を見、
それから視線をポール殿に転じられた。
「私に商売は分からないわ。
貴方はどうかしら」
「まあ、・・・何となく。
それより本題に移られては如何ですか」

 ベティ様はポール殿の言葉で本題に入られた。
「子爵、貴方は美濃の現状を分ってますよね。
そして、その問題点も。
それを聞かせてくれませんか」
「大きなのは寄親伯爵の不在ですね。
次は伯爵に従った貴族の多さ、でしょうか。
お陰で統治者不在の領地が美濃の各地に出来ています。
派遣された国軍の文武官が代官代わりを務めてますが、
慣れない仕事で民に不平不満が溜まっている、そう聞いています」
 木曽の代官・カールからの報告書ではそうなっていた。

 美濃の先代寄親伯爵・バート斎藤は陞爵で侯爵に上がり、
現在は国都で評定衆の席にある。
代替わりで伯爵家を継いだのがアレックス斎藤。
これが寄子貴族を騙して挙兵した。
国軍駐屯地を壊滅せしめ、我が木曽領を襲った。
 その危難はアリスとハッピーから聞かされた。
俺は即座に行動した。
伯爵軍を陰から退却に追い込む事にした。
まず、命令系統の最上位である伯爵を拉致した。
これが功を奏した。
夜明けとともに伯爵軍は機能不全に陥った。

 ベティ様が述べられた。
「美濃は代々斎藤家が治めてたの。
でも今回の件で、それが無に帰した。
斎藤家から寄親を出す事は出来ない。
永遠にね。
それは斎藤侯爵も分ってくれた。
仕方ないわね。
大勢の寄子貴族を道連れにしたのだから情状酌量の余地はないわ。
評定衆を前にしての言葉だから覆る事はない。
公式文書にも記した。
そういう事情を頭の片隅に置いて聞いて欲しいの。
・・・。
後任の寄親伯爵を余所から持ってくる事はないわ。
まず美濃の内部で調整するの。
それに相応しい人物をね。
・・・。
困った事に相応しい人物が一人に限られているの。
今美濃に残った貴族はその一人を除いて、男爵や下の者達ばかり」
 ベティ様は言葉を切って、俺をジッと見詰められた。
居合わせた者達も俺に視線をくれた。

 心臓が跳ね上がった。
予想していない事態に俺の心臓は跳ね続けた。
このままでは破裂する。
その前に手を打たなければ。
ポール殿に救いを求めた。
「済まない子爵。
他に居ないのだよ」
 釈然としない。
「陰でお子様子爵と笑われているのに、今度はお子様伯爵ですか。
寄親として相応しくない、そう思いませんか」
「否、君しかいない。
他の男爵等は兵も親族も心許ない。
正直言うと、貴族としての資質すらも疑う。
挙兵した伯爵も彼等には声を掛けなかった程だ。
ところが君は違う。
その気になれば、実家から人を呼び寄せられる。
呼び寄せなくても、全く初対面の者を使い熟す事が出来る」
「使い熟してるのは代官のカールです」

 ポール殿が芝居っ気たっぷりに肩を竦めた。
そして皆を見回してから言う。
「それも含めてだ。
・・・。
分かり易く言おう。
佐藤子爵家は伯爵軍を撃退し、伯爵をも捕えた。
美濃の外へ広がるのをも防いだ。
その功績は大だ。
木曽の家来衆の貢献に褒美が与えられるべきだ。
そうは思わないかね佐藤子爵」
「思います。
執事に、彼等の功績を点数化し、
釣り合う褒賞を見繕う様に指示してあります」
 その褒賞に苦労していた。
金銭にするか、魔道具にするか、買える爵位にするか。
「カールが弟だから言う訳ではないが、
あれは指揮官として陞爵に値する仕事をした。
ところが佐藤子爵殿が子爵位にあったままでは上げられない」
 あっ、忘れていた訳ではないが、カールを後回しにしていた。
これまでの付き合いから甘えが出た。
反省反省。
親しき仲にも陞爵あり。
「理解しました。
カール子爵に伯爵家の代官として美濃全体を委ねます。
ついては、その下に就く文武官の紹介をお願いします。
身分は問いません。
優秀であれば結構です」

 ベティ様が言われた。
「今回の陞爵で王宮が正しく機能している事を内外に示します。
その点を踏まえて宜しくね」
 肩車していたイヴ様に俺は頭を撫で回された。
「ニャ~ン、いい子いい子」
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昨日今日明日あさって。(伯爵)4

2022-10-23 10:04:42 | Weblog
 まず皆の不安を取り除かなければならない。
はあ、まあ、そうだよね。
俺は子爵ではあるが、金銭感覚は村人のまま。
それに子供だし。
為に現状、予算に関する裁量権はない。
 領地については完全に代官・カールに丸投げ。
屋敷は執事・ダンカンやメイド長・バーバラ、ウィリアム小隊長、
この三人を含めた四人での合議制。
出納帳簿等には部外者であるポール細川子爵も目を通す。
今は、大人達が俺を手厚く守ってくれているのは周知の史実。
ありがとう。

 ベティ様や侍従侍女等も居合わせていたので、
誰にも分る様に口にした。
「まず基本は平等です。
均等に頭割りにします。
でもそれだと冒険ができない。
そこで総額の半額を頭割りにします。
それぞれの口座に降り込みます。
残り半額で冒険します。
その冒険とは、商売です」
 答えに、一人を除いた全員が押し黙った。
特に仲間達はそれが著しい。
別の世界に行っているのかも知れない。
イヴ様は事情を把握していないので、笑顔で僕を見ていた。
 最初に我に返ったのは部外者達、親しい相手とひそひそ話を始めた。
ベティ王妃は違った。
プリンプリンのメンバーを面白そうに見回し、カトリーヌに視線を転じた。
何やら言いたげな表情。
そこはカトリーヌ明石少佐、飲み込み、仕方なさそうに頷き、僕に尋ねた。
「商売って言いましたね。
それで何をするのですか」

 俺は答えた。
「投資です。
商売する気はあるが、資金が足りない。
そんな人にお金を投資します。
これは貸付ではなく、出資とも申します。
金利は発生しません。
その代わり利益が出たら、配当を受け取ります」
「利益が出たら配当を受け取るという形ですか。
利益が出なかったら」
「こちらが損するだけです」
「博打みたいね」
「いいえ、誰にでもという訳ではないのです。
相手を選んで出資します。
事業計画を聞いて、出資するかしないかを判断します」
「なるほど、面白いわね。
それでは経営への関与の度合は」
 俺がモデルとしたのは前世の記憶にある株式会社。
株式所有と経営の分離を中心にして、大まかに説明した。
最上位は株主会。
その直下に横並びで、選任された経営にあたる取締役、
それを目付の様に見張る監査役。
今はこれで充分だろう。

 ベティ様から質問が飛んで来た。
「商人ギルドとの関係は」
「当然、経営にあたる取締役がギルドに登録します。
僕達株主は陰の存在なので、登録はしません」
「なる程ね。
面白いけど、国は、税金は」
 流石はベティ様、そこを突いて来るか。
「これは初めてのケースになる訳ですか」
「そうよ、見逃さないわよ。
戦費が膨れ上がっているの、協力して貰いたいわね」
「分りました、そういう事なら。
取締役と監査役は僕達株主が指名します。
監査役の下に会計役を置いて、ここに出向させるのはどうでしょうか」
 ベティ様は頷き、ポール細川子爵に話を振った。
「そういう訳だから、数字に明るい者を任命して」
 ポール殿は快く了承した。
「心当たりがあります。
ついでに佐藤子爵、尋ねたい事があります」

 ポール殿の視線は柔らかい。
質問を楽しんでいるようだ。
「どうぞ」
「すでに出資先を決めていますよね。
そんな感じを受けましたが」
 先読みする人は怖い、怖い。
「ええ、大人組のシンシア達三人がポーションを作っています。
それを冒険者ギルドに卸して商売にしています。
初級の物を二種類。
HP回復ポーションとMP回復ポーションです。
評判は良いですよ。
国軍で鍛えられただけはあります。
ただ、三人は生活費稼ぎの為に忙しいのです。
手を広げる金銭的余裕がありません。
そこでこの出資話です。
初級でも良いので外傷・骨折を治すヒール用ポーションや、
体内の異常を治すキュア用ポーションも作って欲しいのです。
専念すれば、何れ中級や上級も作れるようになると思います」
「つまりポーション工房ですか」

 皆がシンシア達に視線を転じた。
三人は動揺して互いに顔を見合わせた。
それでも立ち直りは早い。
シンシアが俺は見た。
「ありがとう、私達の事を考えてくれたのね」
「とんでもない、これは儲け話です。
シンシア達なら僕達を儲けさせてくれると信じています」
 シンシアは俺以外の仲間を見回した。
「貴女達はそれで良いの」

 即答したのはシェリル
「構わないわよ。
今までダンの判断に間違いはなかった。
偶に小さな穴はあったけど、大きな被害は出していない。
だから今回も間違いないはず。
・・・。
儲けさせてくれるんでしょう、ダン」
「当然だよ。
これを僕のもう一つの財布にするつもりだよ」
「財布・・・」
「そうだよ。
我が子爵家は、領地からの税収の大部分は領地の開発整備に使う、
それが代官の方針なんだ。
だから子爵家自体の財布は小さい。
国都の屋敷を維持するので精一杯。
僕の財布ともなると、雀の涙しか入らない。
そこで今回の出資話という訳だよ」

 シェリルは顎に手を当て、考えた。
そして答えを出した。
「私ももう一つの財布が欲しいわね。
ボニーはどうかしら」
 守役のボニーは素直に頷いた。
「同意します。
嫁入り先で助かります」

 キャロル達女児が騒いだ。
「財布か」
「欲しいわね」
「儲かるのなら有りよね」
 俺は強引に結論付けた。
「シンシア、ルース、シビルの三人が工房起ち上げの当事者になります。
ついては三人には事業計画書を株主会に提出して貰う必要があります。
事業の目的、代表者、社名、拠点とする予定地、当初の従業員数、
そして初期に要望したい出資金額。
あっ、大事な点が一つ。
シンシア達三人も株主会に入ってもらうけど、
今回は当事者なので発言権はなしです」
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昨日今日明日あさって。(伯爵)3

2022-10-16 09:39:58 | Weblog
 終えると大拍手。
さっきより拍手の圧が凄い。
それで気付いた。
慌てて圧の厚い方を振り返った。
フロア入り口に人溜りが出来ていた。
 先頭には笑顔の王妃・ベティ様。
隣には同じく笑顔のポール細川子爵。
供回りの侍従侍女達も笑顔で拍手をしていた。
そしてその背後には隣室に移動した面々。
カトリーヌ明石少佐やシンシア達。
近衛と国軍の魔導師にそれぞれの副官。

 ベティ様が歩み寄って来られた。
「もう一曲お願い」
 これは断れない。
音楽の教科書でお馴染みの曲にした。
デュオ『かぼす』の曲で『栄光への駆け足』。
勿論、直訳の英語で。
スキルの影響か、余裕で弾いて歌えた。
 意味は分からない筈なのに、終えると再びの大拍手。
歌唱もサウンドの一つとして捉えられているのだろう。
絶対にそうだ。
俺も前世では、児童の頃から洋楽一般が好きだった。
英語なので何を歌っているのかは分らなかったのだが、
それでもサウンドに魅せられた。
購入する価値ある物と理解していた。

 俺は弾き終えると立ち上がって、皆に向けて一礼した。
「良かったわ、子爵。
中々のものね。
いいえ、それ以上ね。
そこで質問があるのだけど、良いかしら」
 ベティ様だ。
目がランランと輝いていた。
これは、隙を見せれば喰い付かれる。
それは彼女一人だけではなかった。
殆ど全員がそんな空気を醸し出していた。
中でも要注意はピアノ教師だ。
業界の一員であるので、下手な答えは避けるが吉。
俺は一抹の不安を押し殺して、スキル演技を起動した。
即座に嘘設定を整えた。
「答えられる事なら」

「聞き慣れない言葉で歌っていたけど、それは何語なのかしら」
 我が国は天然の要害で囲まれていた。
西の大砂漠、北の大山岳地帯、東の大樹海、南の大海原。
大が付くのは便宜上だ。
正確を期すなら大々々ではなかろうか。
為に侵攻して来る国はなかった。
けれど、交流がない訳ではない。
西や北、東からは陸地なので、
踏破を試みる者は洋の東西に関わらずいた。
多大な費用と年月、人員で彼等は挑む。
結果、到達し、獣道に近いルートが拓かれた。
「吟遊詩人から覚えました。
ただ、言葉が通じないので身振り手振りです。
それが何語かまでは分かりません」

 外国との交流は貿易に限られていた。
財力のある商会が組してルートを拡張、途中に中継地を置き、
年に何度もキャラバンを送り込んで来た。
そのキャラバンに相乗りする形で、旅人等が我が国に入国した。
当然、吟遊詩人も含まれていた。
「外から来た吟遊詩人が、あの辺りまで流れるの」
 確かにうちの村は僻地だ。
でも昔から特産品があった。
馬車と牛馬、そして三河大湿原で獲れるミカワサイ等の部位。
そう馬鹿にしたものではない。
「何故か来るんです。
正確には流れて来る、ですね。
そういえば、彼等はマジックバッグを所持していた様な気がします。
今から思えば、ミカワワニやミカワサイ等の部位を、
楽器用として確保しに来たのかも知れません」
 完璧だ。
ミカワワニやミカワサイは魔物ではないが、
魔物と互角に戦える力を有しているので、
その部位は優良品としての地位を確立していた。
見ると、ピアノ教師が大いに頷いているではないか。
楽器用でもあるらしい。
俺の設定が通用した。

 ベティ様が納得したのか、納得していないのか、それは知らない。
頭を軽く捻って言われた。
「まあ、良いでしょう。
少佐、後の話を任せるわ」
 カトリーヌ明石少佐に委ね、当人はイヴ様を抱かれると、
ソファーに腰を下ろされた。
侍女に注文をなされた。
「珈琲を頂戴」

 カトリーヌが私の方へ歩み寄って来た。
「意外で驚きました」
「それはこちらもです。
久しぶりで、指が痛いですね」
「また機会がありましたら、お聞かせください」
「承知しました」
 カトリーヌが一枚の紙切れを差し出し、本題に入った。
「これが見積りです」
 俺はそれを見て驚いた。
破損品なのに大した金額だ。
「凄いですね」
「鑑定でドラゴンと分かりました。
破損していた物は鱗、赤い液体は血液でした。
ただ、邪龍であるとも分りました。
それで買い取る前に浄化する必要がある、そういう結論にも達しました。
破損した鱗と血液の浄化は当方の魔導師だけでは足りないので、
神社や教会の術者の手を借りて完全に浄化します。
邪龍である事とその浄化費用とで、金額が大幅に引き下げられました。
了解頂けますか」
 
 俺の後ろに興味津々の子供組が集まって来た。
キャロル、マーリン、モニカ、シェリル。
なので俺は紙切れをシェリルに手渡した。
侯爵家の娘とは思えぬ声が漏れた。
「げっ、ええっ、凄い金額ね」
 残り三人がシェリルに圧し掛かる様に群がった。
「見せて、見せて」
「うわー」
「丸が多過ぎ」

 俺はシンシア達大人組を見た。
シンシアとルース、シビル、ボニー。
視線を合わせると、誰もが頷いた。
なら問題はない。
「了承します」
「そう、良かったわ」
 と、近衛と国軍の魔導師とそれぞれの副官を合わせた四人が動いた。
一斉に踵を合わせ、ベティ様に低頭して一礼。
直ぐに踵を返した。
フロアから出て行く。
それを見送りながら、カトリーヌが説明した。
「シンシア殿に地図を書いて貰っので、早速その現場に向かうそうよ。
何か残り物でもあれば良いけど」
 アリスが掃除済みなので期待は持てない。
「あれば良いですね」
「それでこのお金はどうします」
 大金だ。
さてどうする。
ああ、あれがあった。
俺はまず皆に確認を取った。
「僕達は冒険者だよね」
 皆は顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべながら頷いた。
俺は続けた。
「だから冒険をしよう」

 俺を除いた八人が相談を始めた。
「あのお金で冒険をするのかしら」
「大金よね」
「子供には持たせられない大金ね」
「ダンに任せて大丈夫なの」
「不安しかないわ」
「あの子、こんな大金使った事あるのかしら」
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昨日今日明日あさって。(伯爵)2

2022-10-09 10:12:25 | Weblog
 イヴ様はまだ四才。
低いMPにも関わらず、スキルが生えていた。
土魔法。
それも大地魔法に進化する可能性を秘めたもの。
そのイヴ様が意識してかどうかは知らないが、
ピアノに魔力を染み込ませていた。
 土魔法は土だけでなく、草木とも相性が良い。
木製品のピアノは当然、イヴ様の魔力を受け入れた。
全く反発しない。
運指どうのこうのではなく、弾き手の意志に寄り添う気配が感じ取れた。
そしてそれが音色に表れた。
結果、イヴ様のスキルにピアノが加わった。

 ピアノ教師が言う。
「それですよ、それ。
イヴ様、ピアノと友達になれましたよ」
 やはり運指だけでなく、土魔法によるピアノへの干渉も教えていた。
自分の風魔法の経験を応用したとはいえ大したものだ。
物の見事にスキルに昇華させたのだから。
「ほんとうに友達になれたのね」
「そうですよ。
お疲れ様でした。
お茶にしましょう。
姫様のお友達も来てらっしゃいますから、ご一緒に」

 俺達を見たイヴ様の顔が弾けた。
天使の笑顔。
駆けて来る。
その視線が俺に向けられていた。
意味する事は分る。
俺はソファーから腰を上げた。
二歩ほど前に出て、腰を下ろした。
両手を前に差し出し、身体強化した。
 イヴ様が躊躇いなくダイブした。
それを俺は掬い上げる様に受けた。
姫様にする行為ではないが、会う度の恒例行事なので誰も驚かない。
違った、ピアノ教師から悲鳴が聞こえた。
俺は彼女に軽く頷き、イヴ様を操作した。
立ち上がりながら右手で支え、左手を忙しく働かせた。
クルリ、クルリと二転、三転させた。
頭上から喜ぶ声。

 締めが大事。
今日は新しい形にした。
キモは落す感じ、そして一旦、途中で止めた。
姫様の声が止んだ。
訝しむ感触。
俺は無視して、姫様を両足でスッとソファーに着地させた。
「おおー」とイヴ様。
 喜んで頂けたようだ。
臣としては嬉しい限り。

 姫様付きの侍女が姫様を抱き上げた。
「あちらを」
 別の侍女が姫様専用の椅子を持って来た。
「こちらへ」
 もう一人がハンカチで、椅子に腰掛けた姫様の額を拭いた。
汗汗していないと思うのだが、それが役目なのだろう。
「お疲れ様です」
 もう一人がジュースを運んで来た。
「ご希望通り冷たいですよ」

 ジュースを一口飲んだイヴ様が俺を振り返った。
「ニャ~ン、どうだった」
「上手いですね。
このままピアニストになりますか」
「フッフフ、ところでニャンは何か出来るの」
 ここで退いたら、詰まらない奴だ。
空気を壊す、大災害。
大事なのは、付き合い。
目の前の幼女を満足させるには・・・。
軽く頭を捻って答えた。
「少々」
 
 俺は椅子一つを持ってフロアの真ん中に移動した。
腰を下ろして、失敗に備えて言い訳した。
「久しぶりなので、腕が鈍っているかも知れません」
 手元の楽器は一つだけ。
肩掛けバッグ経由で虚空からギターを取り出した。
手作り逸品のアコースティックギター。 
スティール弦、六弦。
このギターは前のダンジョンマスターの遺品だ。
たぶん、彼も俺と同時代の人間だったのかも知れない。
 手の平の中で、錬金でそっとピックを造った。
フィンガータイプで親指、人指し指、中指。
小さな物なので誰にも気付かれない筈だ。
完成品を右手の指に付けて、左手をネックに添えた。
弦の感触は、ゆるゆる。
チューニングからだ。

 耳を傾け、一弦、一弦を爪弾き、調整した。
六弦なので手間は掛からない。
でも、音程が合ってるかどうかは別。
自分の音感と世間の音感が違う場合は多々にしてある。
覚えているコードを弾いて、まず自分の耳で確認するしかない。
 サムピックで試しにジャラ~ン。
ああ、久しぶり。
自分としてはグッジョブなのだが、他人の耳はどうなんだろう。
それでピアノ教師を見た。
すると彼女は理解したらしい。
「相手が玄人なら詰めが甘いと言うしかありません。
でも貴方は素人でしょう」
「はい、立派な素人です」
「結構です。
素人にしても点数は付けられます。
六十点。
それでやっても構わないでしょう」

 虚空のカポタストを確認した。
すると赤色と黄色、緑色があった。
赤カポを取り出してネックに装着した。
準備は終えた。
そこで場の空気に気付いた。
物音が一つもしない。
こういうのを、静寂に包まれたと言うのだろう。
怖い。
 皆を見回した。
当然だが、全ての視線が俺に集まっていた。
期待する目色ばかり。
ますます怖い。

 イヴ様から声が掛けられた。
「ニャン、聞かせて」

 俺は出だしのコードを押さえた。
指慣らしの曲。
前世のヒット曲だ。
『ウインドウショッピングブギウギ』。
難波から転勤して来た女の子が、ニューヨークを歩き回り、
ボロカスに馬鹿にする歌。
 途中で指の痛みに気付いた。
だよな。
そうなるよな。
そこで身体強化、両手の指先のみをちょいと剛化した。
イメージはゴム的な感じ。
ああ、良い感じ。
ついでだ、歌も付けよう。
直訳の英語で。
付け焼き刃だけど、誰からもクレームはないだろう。

 終わると大拍手。
イヴ様から注文が入った。
「もっと聞かせて」
 そう言われては引き下がれない。
やっちゃえ。
二曲目はギター教本の定番曲。
『サイガー』というデュオの『ボクサーからの卒業』。
勿論、英語で。
音色に干渉しよう。
左手に土魔法を重ね掛けした。
 三曲目は『カーターズ』という兄妹デュェットの曲『カレンの誓い』。
この三曲目にして、脳内モニターに文字が走った。
「新たなスキルを獲得しました。
ギター☆」
 演技もあった。
ここでギターが来た。
はて、俺は何を目指しているんだろう。 
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昨日今日明日あさって。(伯爵)1

2022-10-02 11:24:48 | Weblog
 それぞれがステータスの開示に手間取った。
それでも一人も諦めずに挑む。
まずボニーの表情が変化した。
「取得していますお嬢様」
「よかったわねボニー」
 そしてシェリルにマーリン、モニカ、キャロルと喜びを爆発させた。
あまりの喜び様に周囲の注目を浴びてしまった。
疑問を持ったのか、複数の者達がこちらへ足を延ばす。
なんて欲深い。
まあ、人の事は言えない。
問題はクリアされつつある。
アリスが奮闘し、鱗や血液の回収に走り回っているからだ。
 アリスは本来の透明化に加えて光体をも利用しているで、
魔力の漏れもない。
その姿はランクやレベルの低い者に見る事は叶わない。
この速度なら、直に終了する。
彼等は何も手に出来ない筈だ。

 俺達は待機してる馬車の所へ戻った。
そこで入手した物の処理に付いて話し合った。
「これは冒険者ギルドや商人ギルドでは買い取りは無理だと思う」
 シンシアが応じた。
「これがドラゴンの物だとしたら、高価過ぎるわね」
「鑑定では何と」
「明らかにレベルが違うわね。
だから名前も数値も出ないわ」
 ルースが提案した。
「錬金ギルドか、薬師ギルドは」
 シビルが却下した。
「そこも駄目でしょう。
ねえダン、王宮はどうかしら」

 俺達は一旦、屋敷に戻った。
ライトクリーンで身体は身綺麗にしたが、それだけでは不満と言われた。
主に女子組が。
風呂に入って洗わないと満足しない、そうも言われた。
なんて贅沢な、まあ、目を瞑ろう、女子だから。
王宮に行くのだから着替える必要もあるし。
賑々しく女子組が風呂に向かった。

 着替えてから軽く食事した。
そんな急ぐ必要はない。
イヴ様も昼寝するので、起きる時刻に合わせれば良いのだ。

 俺達は予定通りの刻限に王宮を訪れた。
イヴ様の遊び相手としてだ。
案内は何時もの様にカトリーヌ明石少佐。
昇進しても、この役目は付いて回るらしい。
嫌な顔一つせずに、内郭の南門で待っていてくれた。
「ようこそ」
 手続きは既にカトリーヌが済ませていた。
そのカトリーヌに俺は商取引を持ち掛けた。
商品は今朝の取得物だ。
鱗の破片に血液と説明した。
それにカトリーヌが驚いた。
「なんと、噂は聞いています。
ここからは見えなかったので、声だけの判断になりますが、
誰もがドラゴンだと申しておりました。
私もそれに同意します。
ぜひ、近衛にお売りください。
ただ、物が物ですので、近衛魔導師が鑑定いたします。
それで宜しいですね」

 カトリーヌは配下の近衛兵を走らせた。
一人は近衛の司令部へ。
もう一人は王妃様の元へ。
それを見送りながら、カトリーヌが改まった口調で俺に告げた。
「子爵様、近々、新たな人事が布告されます。
お楽しみに」
「えっ」
 ということは、俺も含まれるのか。
お楽しみというよりも、成人せぬ者に何をさせるのだ。
不安しかない。
俺は率直に尋ねた。
「そこを詳しく」
「そこまでは申せません。
ただ、お楽しみにとしか」

俺達は馬車のまま、イヴ様が持つ場所へ案内された。
そこは意外な所だった。
王宮本館の傍の建物。
庭ではなく、廊下を一階奥のフロアへ。
音が聞こえて来た。
ピアノ。
カトリーヌが説明した。
「イヴ様は新しく音楽の授業を開始されました。
手始めはピアノです」
 ピアノは高価過ぎるのと、運搬と維持管理の問題があるので、
一般にはそう広まっていない。
高位貴族がオーナーの楽団か、大人気楽団くらいのもの。

 フロアの真ん中でイヴ様が一際小振りなピアノ弾いていた。
特注品なのだろう。
音が綺麗だ。
イヴ様の演奏は、所々で乱れがあるが、許容範囲。
というか、指導が良いのか、本人に素養があるのか、判断に迷う。

 俺達は授業中を配慮して、フロア片隅のソファーに腰を下ろした。
イヴ様付きの侍女が俺達に飲み物とお茶菓子を運んで来た。
「姫様は集中されると、他の物が目にも耳にも入らないのです。
もう暫くお待ち下さい」声を潜めて説明した。
 その通り。
イヴ様が俺達には気付いた様子はない。
全身全霊でピアノに向かっていた。
教師の声と、自分の演奏しか、今は関心がないのだろう。

 フロアに新たな魔力が接近して来た。
俺は用心してフロア伝いに鑑定した。
五名。
先頭はカトリーヌ配下の近衛兵。
付いて来るのは近衛魔導師とその副官。
残り二名は意外な者達。
国軍魔導師とその副官。
その組み合わせに驚いていると、案内の近衛兵が説明した。
こちらの話を聞いた魔導師が国軍の魔導師を誘った、と。
カトリーヌが苦虫を嚙み潰した様な声。
「お人好しにも程がある」演奏の邪魔にならぬ声量。
 俺にとっては好都合だった。
近衛と国軍の魔導師が二人揃って俺の鑑定に気付かない。
それを知れたのは好都合だ。

 カトリーヌがシンシアに囁いた。
「商取引は隣の部屋で行いましょう」
「ええ、ここでは邪魔になりますものね」
 シンシアとルース、シビル、ボニーの大人組が頷いた。
こちらの取得物は大人組のマジッバッグに移し替え済み。
商取引は子供組抜きで進めるつもりで、そうした。
音を立てずに関係者が全員、隣の部屋へ移動した。

 シェリルが俺に囁いた。
教えているのは街で人気の楽団のピアニストだと。
魔法学園の出身者で、
風魔法を活用してピアノの音色に干渉しているのだそうだ。
 よく分からないので、鑑定して調べた。
確かに。
ピアノに魔水晶が組み込んで有るとばかり思っていたが、違った。
ほんの微量の魔力を感じ取った。
イヴ様からピアノに染み込んで行く。
身体強化の応用で、弦に何らかの影響を与えているのだが、
その深い所は分からない。
まるで手品師だ。
種がさっぱり分からないのだ。
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