『俺』の無駄話が続いた。
いつもに比べて饒舌だ。
何だか満月に思い入れがあるらしい。
そこで毬子は直球勝負。
「好きな人と満月を見上げていた事でもあるみたいね」
途端に『俺』の気配が変わった。
どぎまぎ感が伝わってきた。
毬子は攻め手を緩めない。
「さあ、どうなの」
『俺』が一呼吸置いて答えた。
「毬子が恋をするような年頃になったら話そう」
「もうお年頃よ」
すると『俺』が、
「周りにいるのはジャリみたいなお子さんばかりじゃないか。
本物の男が一人もいない。全くいない」と強調した。
毬子は毎年、何人かに告白されてはいた。
しかし、
「今のところボーイフレンドに興味はないの」とそれらを悉く断ってきた。
気安い男友達が大勢おり、特定のボーイフレンドが特に欲しいとは思わない。
「居候しているわりには私の気持が分からないのね」
「読もうと思えば読める。が、それには危険性が伴う」
「どういう・・・」
「読むという事は毬子の領域に入るという事だ。
この身体は毬子のものだから、
『俺』は領域に入った途端に毬子に吸収されるのじゃないかと心配なんだ」
「少しは試したの」
「いや、そんな気がするんだ」
「すると勘で物を言ってるのね」
「直感は大事だ」
毬子のうちに意地悪な心が頭を擡げた。
「私に吸収されるのは嫌なの」
「そうは言ってない」
「言ってるのと同じ」
『俺』の気配が変わった。
「逆に、『俺』が毬子を乗っ取るかもしれない」
毬子は一瞬、ギクッとした。
「それは嫌。この身体は私の物よ」
『俺』が愉快そうに笑う。
連打される太鼓に応えるように項羽軍が二度、三度と鬨の声を上げた。
そして月明かりの下、反項羽連合軍へ向かって進撃を開始した。
敵陣の随所で焚かれている篝火が道標。
それは、まるで飛んで火に入る夏の虫。
岩から飛び降りた項羽が全軍の先頭に立った。
遅れる事なく虞姫が続いた。
岩陰に待機していた彼女の配下の女兵士達が次々と姿を現わした。
項羽の側近達も配下を率いて後に従う。
項羽軍の軍太鼓と鬨の声に反項羽連合軍の夜営地がざわめいた。
各陣所で怒鳴り声が飛び交い、右往左往する気配。
項羽軍十万のうち、夜討ちに出撃したのは僅か三万余。
月明かりがあるとはいえ、こう暗くては同士討ちする危険性がある。
なので少数精鋭とした。
この地で夜討ちをかけるのは、
一帯の地形に精通しているからに他ならない。
機会が必ず訪れる思い、この地に陣を構えて敵を呼び込んだのだ。
不満なのは夜なので騎馬が使えない事だけ。
月明かりを浴びているとはいえ、木陰は闇になっていた。
項羽の目がその闇に順応始めた。
従う楚兵達も同じであろう。
地の凹凸に足を取られる事もなく力強い前進を続けた。
この戦いは項羽軍十万対反項羽連合軍五十万というだけではなかった。
様子見している軍勢も多数いた。
彼等は行軍を遅くして、勝ち馬に乗ろうとしていた。
この夜討ちで敵勢を打ち破れば、彼等が味方に加わる筈だ。
なかには反項羽連合軍から寝返る者も出るかもしれない。
もっとも劉邦も含めてだが、全ては項羽の配下だった者ばかりなのだが。
ついに敵の最前列が見えてきた。
篝火に軍旗が浮き上がっていた。
元は項羽の一番の配下であった英布の軍ではないか。
英布は揚州の人で、
罪を犯して刺青を入れられた事から「鯨布」とも呼ばれた人物。
その彼は秦末期には盗賊同然の活動で秦軍を悩ませながら、
じわじわと活動領域を広げていた。
それを叔父の項梁が見出し、男気に惚れて反秦の自軍に誘い、
当陽君の称号までも与えた。
項梁の死後は、項梁の縁から項羽の配下となり、
反秦戦争で陰日向のない働きをした。
とにかく戦に強かった。
自ら先頭に立ち、力攻めをするのだ。
項羽は秦が滅亡するや、それまでの彼の功績に報いる為に九江王とし、
広大な土地を与えた。
それが今や、敵の謀略で離反し、反項羽の一角を担う存在となった。
英布軍がこちらの接近に気付いたらしい。
怒号が飛び交い迎撃の矢が放たれた。
混乱しているようで無闇矢鱈な方向に飛んでゆく。
項羽の合図で軍勢が鬨の声を上げ、一斉に駆け出した。
一万が左翼に、別の一万が右翼に、そして項羽率いる一万が中央に。
項羽方は政治的には劣勢だが、項羽自ら率いる軍は負け知らず。
それを知っているので従う将兵に迷いはない。
敵陣に正面から突入した。
盾を蹴散らし、馬止めの柵を薙ぎ倒す。
呼応して、先に侵入していた味方が立ち上がった。
各所に火を放って敵陣を掻き乱す。
加えて、反項羽連合軍五十万というが、左右に広く展開しているので、
一直線に突き進めば、思いの外遭遇する部隊は少ない。
敵の築いた盛り土の堤に項羽が立ち上がった。
「覇王の項羽である。英布はおらぬか」と大音量で叫んだ。
英布軍で項羽の顔を知らぬ者はいない。
「あっ、大王様だ」「項羽様だ」と声が上がった。
大将首を取ろうとする気持よりも、恐れ、怯えが先走った。
一人が後退りすると、それが全体に波及した。
軍勢が四散するのに時間はかからない。
残ったのは英布と僅かな手回りの者だけ。
項羽が一睨みすると英布は苦しそうな顔をした。
おそらく離反した事を恥じているのだろう。
項羽は、「くるか」と剣を振りかざして挑発した。
しかし、英布は応じない。
深く頭を下げると踵を返して背中を見せた。
★
東京マラソンですか。
今年は・・・。
ニュージーランドに生き埋めの人達がいるというのに・・・。
騒げないですね。
活き梅を
横目に走る
桜ンナー
マスメデア
稼げるならと
マッチポンプ
恥もなければ
外聞もなし
いつもに比べて饒舌だ。
何だか満月に思い入れがあるらしい。
そこで毬子は直球勝負。
「好きな人と満月を見上げていた事でもあるみたいね」
途端に『俺』の気配が変わった。
どぎまぎ感が伝わってきた。
毬子は攻め手を緩めない。
「さあ、どうなの」
『俺』が一呼吸置いて答えた。
「毬子が恋をするような年頃になったら話そう」
「もうお年頃よ」
すると『俺』が、
「周りにいるのはジャリみたいなお子さんばかりじゃないか。
本物の男が一人もいない。全くいない」と強調した。
毬子は毎年、何人かに告白されてはいた。
しかし、
「今のところボーイフレンドに興味はないの」とそれらを悉く断ってきた。
気安い男友達が大勢おり、特定のボーイフレンドが特に欲しいとは思わない。
「居候しているわりには私の気持が分からないのね」
「読もうと思えば読める。が、それには危険性が伴う」
「どういう・・・」
「読むという事は毬子の領域に入るという事だ。
この身体は毬子のものだから、
『俺』は領域に入った途端に毬子に吸収されるのじゃないかと心配なんだ」
「少しは試したの」
「いや、そんな気がするんだ」
「すると勘で物を言ってるのね」
「直感は大事だ」
毬子のうちに意地悪な心が頭を擡げた。
「私に吸収されるのは嫌なの」
「そうは言ってない」
「言ってるのと同じ」
『俺』の気配が変わった。
「逆に、『俺』が毬子を乗っ取るかもしれない」
毬子は一瞬、ギクッとした。
「それは嫌。この身体は私の物よ」
『俺』が愉快そうに笑う。
連打される太鼓に応えるように項羽軍が二度、三度と鬨の声を上げた。
そして月明かりの下、反項羽連合軍へ向かって進撃を開始した。
敵陣の随所で焚かれている篝火が道標。
それは、まるで飛んで火に入る夏の虫。
岩から飛び降りた項羽が全軍の先頭に立った。
遅れる事なく虞姫が続いた。
岩陰に待機していた彼女の配下の女兵士達が次々と姿を現わした。
項羽の側近達も配下を率いて後に従う。
項羽軍の軍太鼓と鬨の声に反項羽連合軍の夜営地がざわめいた。
各陣所で怒鳴り声が飛び交い、右往左往する気配。
項羽軍十万のうち、夜討ちに出撃したのは僅か三万余。
月明かりがあるとはいえ、こう暗くては同士討ちする危険性がある。
なので少数精鋭とした。
この地で夜討ちをかけるのは、
一帯の地形に精通しているからに他ならない。
機会が必ず訪れる思い、この地に陣を構えて敵を呼び込んだのだ。
不満なのは夜なので騎馬が使えない事だけ。
月明かりを浴びているとはいえ、木陰は闇になっていた。
項羽の目がその闇に順応始めた。
従う楚兵達も同じであろう。
地の凹凸に足を取られる事もなく力強い前進を続けた。
この戦いは項羽軍十万対反項羽連合軍五十万というだけではなかった。
様子見している軍勢も多数いた。
彼等は行軍を遅くして、勝ち馬に乗ろうとしていた。
この夜討ちで敵勢を打ち破れば、彼等が味方に加わる筈だ。
なかには反項羽連合軍から寝返る者も出るかもしれない。
もっとも劉邦も含めてだが、全ては項羽の配下だった者ばかりなのだが。
ついに敵の最前列が見えてきた。
篝火に軍旗が浮き上がっていた。
元は項羽の一番の配下であった英布の軍ではないか。
英布は揚州の人で、
罪を犯して刺青を入れられた事から「鯨布」とも呼ばれた人物。
その彼は秦末期には盗賊同然の活動で秦軍を悩ませながら、
じわじわと活動領域を広げていた。
それを叔父の項梁が見出し、男気に惚れて反秦の自軍に誘い、
当陽君の称号までも与えた。
項梁の死後は、項梁の縁から項羽の配下となり、
反秦戦争で陰日向のない働きをした。
とにかく戦に強かった。
自ら先頭に立ち、力攻めをするのだ。
項羽は秦が滅亡するや、それまでの彼の功績に報いる為に九江王とし、
広大な土地を与えた。
それが今や、敵の謀略で離反し、反項羽の一角を担う存在となった。
英布軍がこちらの接近に気付いたらしい。
怒号が飛び交い迎撃の矢が放たれた。
混乱しているようで無闇矢鱈な方向に飛んでゆく。
項羽の合図で軍勢が鬨の声を上げ、一斉に駆け出した。
一万が左翼に、別の一万が右翼に、そして項羽率いる一万が中央に。
項羽方は政治的には劣勢だが、項羽自ら率いる軍は負け知らず。
それを知っているので従う将兵に迷いはない。
敵陣に正面から突入した。
盾を蹴散らし、馬止めの柵を薙ぎ倒す。
呼応して、先に侵入していた味方が立ち上がった。
各所に火を放って敵陣を掻き乱す。
加えて、反項羽連合軍五十万というが、左右に広く展開しているので、
一直線に突き進めば、思いの外遭遇する部隊は少ない。
敵の築いた盛り土の堤に項羽が立ち上がった。
「覇王の項羽である。英布はおらぬか」と大音量で叫んだ。
英布軍で項羽の顔を知らぬ者はいない。
「あっ、大王様だ」「項羽様だ」と声が上がった。
大将首を取ろうとする気持よりも、恐れ、怯えが先走った。
一人が後退りすると、それが全体に波及した。
軍勢が四散するのに時間はかからない。
残ったのは英布と僅かな手回りの者だけ。
項羽が一睨みすると英布は苦しそうな顔をした。
おそらく離反した事を恥じているのだろう。
項羽は、「くるか」と剣を振りかざして挑発した。
しかし、英布は応じない。
深く頭を下げると踵を返して背中を見せた。
★
東京マラソンですか。
今年は・・・。
ニュージーランドに生き埋めの人達がいるというのに・・・。
騒げないですね。
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マッチポンプ
恥もなければ
外聞もなし