夜中、奇妙な気配に目覚めた。
これは、・・・。
何者かの侵入、・・・。
違った。
どうやらヒイラギとサクラ。
毬子の睡眠を妨げないように気遣い、
脳内の最下層でもって会話しているではないか。
盗み聞きしようにも、よく聞き取れない。
それとは別に、空気の揺らぎをも感じた。
天井付近。
何かが動いている気配がした。
そっと薄目を開けた。
室内の灯りは消してあるが、小さな頃から夜目が利いた。
その目に映ったのは宙を泳ぐ物体。
フリーマーケットで買った「耳長のピンク猫」であった。
縫いぐるみが天井付近を鳥のように飛んでいるのだ。
驚きが走った瞬間、ヒイラギとサクラも毬子の目覚めに気付いた。
「起こしたわね、ゴメンね」とサクラ。
「アレはどうしたの、飛んでいるようだけど」
「見たまんま。飛ばしているのよ」
「それは分かるわ。なんで縫いぐるみが飛ぶのよ」
「だから、アタシが飛ばしているの。分かった」
「・・・、超能力。念力とか言う奴なの」
小馬鹿にしたようにサクラが答えた。
「超能力。念力。
ふん、馬鹿にしないでよ。
アタシが誰だか忘れたの。
言霊から生じた精霊よ。これでも神様の端くれなのよ。
その気になれば何だって」と嘲笑い、
縫いぐるみを毬子の顔の上に落下させた。
そして、掴もうとする毬子の手より早く、飛び跳ねる魚の如く宙に浮かせた。
「もしかして、それがアンタが言う触手という力なの」
「そうよ。アタシ達はリアルな身体を持たないでしょう。
手も足も出ない存在なんだけど、
代わりに“見えざる手”というモノを持つのよ。
神の見えざる手、分かるよね。
それでリアルな物を掴んで持ち上げたり、殴ったり叩いたりとかをする分けよ」
「触手は何本持っているの」
「失礼な娘ね。蛸とか烏賊とか同列に扱っているわね、絶対に。
そんな娘よね、アンタは。
まあいいわ。教えてあげる。
個々の持つ力によるけど、アタシの場合だとラッキーセブンかな」
「七本か。
それで、どこまで伸ばせるの」
「それも個々の力によるわよ。
アタシだと江戸の内に限られるけどね。
あっ、手を伸ばすとは考えないでよ。
お化けじゃないんだからね。
あくまでも“神の見えざる手”よ。
遠くまで力を及ぼす場合は、触手を分離して飛ばすのよ」
「分かったわ。
で、暇潰しに夜中に遊んでいるの」
「それは違う」とヒイラギ。「俺が頼んだ」
珍しい。ヒイラギがサクラに頼み事とは。
弁解するようにヒイラギが続けた。
「いざという時に何も出来ない自分が嫌なんだよ。
マリの目を通して見ているだけ。
そんな事がこれまでも何度もあった」
否定は出来ない。
「まあ、あったわね」
「なかでも辻斬り。そして今日の喧嘩。
辻斬りは日本刀。
今日の喧嘩はナイフ。
普通の女子高生では滅多に遭遇しないだろう。
・・・。
毬子は厄介事に巻き込まれる運命なのかも知れない。
そして俺の存在は、それを見越しての天の配剤。
マリを助ける為に時空を越えたとしか考えられない。
だから触手を直に感じさせてもらった。
マスターできれば何時でもマリを助けられる」
「気持は嬉しいけど、触手は“神の見えざる手”でしょう。
サクラは精霊なのに対し、アンタは怨霊とは言わないけど、
成仏出来ない彷徨う亡霊なんでしょう。
亡霊に“神の見えざる手”がマスター出来るというの」
「今は彷徨う亡霊かも知れない。
しかし生前は、生ける武神と呼ばれていた。
武の神だ。戦う神だ。
戦いとなると全身が沸騰するんだ。
自分でも信じられぬ力が身内から湧き上がってきた。
・・・。
だからというわけじゃないんだが、触手も何とかなると思ってる」
ヒイラギの気持を壊したくはない。
サクラに願う。
「何とかしてくれる」
「ふっふ、アンタの願い事なんて初めてだね」と軽やかなサクラの声。
毬子達の喧嘩現場に駆け付けた地元署の連中は、
逃げ出した者達を直ぐに逮捕できると踏んだ。
一人残った被害者の証言で高校生らしき男女四人の逃げた方角と、
外人少年の逃げた方角が分かったので、それぞれの交番に連絡すると同時に、
巡邏の警官を増員した。
四人の被害者は救急車で病院に運ばれた。
死亡するほどではないが、軽傷でもないという。
手酷く痛め付けられたらしい。
加害者が女子二人を含む年少者とはいえ、喧嘩慣れしていることは確かだ。
ところが、
事件から間もない手配だというのに、一人として逮捕できなかった。
発見にすら至っていない。
日曜日で人出が多いせいかも知れない。
そこで目撃者達にモンタージュ作成を頼んだのだが、意外な事が判明した。
逃走したのが被害者で、救急車で運ばれた側が加害者であるとか。
年上の男五人が喧嘩を売り、それを年下の男女四人が買ったのだそうだ。
外人少年は喧嘩を見かねて介入したらしい。
目撃者達は口々にモンタージュ作成への協力を拒否した。
「悪いのは五人組の方だ」
「女の子達を逮捕するのなら協力はできません」
加えて五人組のうちの三人の前歴が判明した。
いずれも補導歴、逮捕歴のある者ばかり。
現在も素行不良で各署にリストアップされていた。
事件から三日目には地元署の熱が冷めた。
「加害者側が病院送りになったのは自業自得」とばかりに。
実際、書類だけが残されようとした。
埃を被る予定の書類に目を付けた者達がいた。
「辻斬り事件」の捜査本部だ。
警察内部では辻斬りが鳴りを潜めたので事件はお宮入りと見ていた。
のみではない。
成り行きからバンパイアの一件にも関わることになったのだが、
そちらでも何らの成果も挙げられなかった。
逆に蘇ったバイパイアによって死傷者が出る始末。
それらのことから捜査本部は近々解散させられると噂されていた。
ところが「辻斬り事件」捜査本部は焼け太りした。
大分から姿を消したバンパイアが関わったと覚しき死体が、
広島や大阪、名古屋付近で何体か発見され、
その足跡から東に向かっているではと推測された。
つまりは、理由は不明だが東京へ。
だからといって事実や推測を公表すれば、都民が混乱し生活に支障をきたすだけ。
密かに対処することになった。
新たに本部を立ち上げれば憶測を呼ぶおそれがあったので、
選ばれた部署は今や日陰者扱いの「辻斬り事件」の捜査本部。
人員が拡充され、不審事件の洗い直しが開始された。
勿論、新しくて珍しい事件ばかりが選ばれた。
★
クリスマスでしたか。
それは、それは・・・。
離婚して一人となった今の私には、完全に別世界の話しです。
今では、「クリスマスって悪魔の風習」とでも思うしかありません。
クリスマスケーキもここ暫く買ってはいません。
味も忘れました。
そう言えば、
顔馴染みの某ドラッグ店の店長に声掛けられました。
「クリスマスケーキはいらんかね」と。
即答で断ると次には、
「ビール詰め合わせのギフトはいらんかね」
これも即答で断りました。
すると第三弾で、
「正月のお節セットはどうだろうね」
申し訳ない事に立て続けに三つとも断りました。
「すまない。家族が無いから何も必要ないんだよ」と。
店長が愚痴るんです。
「今年はノルマがきつい。この調子だと、自分でお買い上げだな」と。
金額として四、五万の出費を覚悟しているそうです。
そんなこんなですが、
家族があった頃のクリスマスは楽しいものでした。
特に二人の息子のプレゼント選び。
男三人で相談したものです。
どんなゲームソフトにするのか。
そんな息子達も今ではすっかり大きくなりました。
スクスクと三メートルにも、四メートルにも。
TVのCMで山本五十六が流されています。
日米開戦に反対した男として。
その絡みの話しです。
時の政権が日米開戦に備え、シミュレーションを密かに行なったのです。
招集されたのは各省庁の若手、中堅官僚達。
いずれも選りすぐられたエリートばかり。
日本最高の働き盛りの頭脳が集結しました。
討議される土台となる資料も一級品。
そこから導き出された答えは、「日本の敗戦」。
・・・。
いつの時代も威勢がいいだけの空っぽな連中がのさばるのです。
カラカラの
空っぽ頭は
悩まない
これは、・・・。
何者かの侵入、・・・。
違った。
どうやらヒイラギとサクラ。
毬子の睡眠を妨げないように気遣い、
脳内の最下層でもって会話しているではないか。
盗み聞きしようにも、よく聞き取れない。
それとは別に、空気の揺らぎをも感じた。
天井付近。
何かが動いている気配がした。
そっと薄目を開けた。
室内の灯りは消してあるが、小さな頃から夜目が利いた。
その目に映ったのは宙を泳ぐ物体。
フリーマーケットで買った「耳長のピンク猫」であった。
縫いぐるみが天井付近を鳥のように飛んでいるのだ。
驚きが走った瞬間、ヒイラギとサクラも毬子の目覚めに気付いた。
「起こしたわね、ゴメンね」とサクラ。
「アレはどうしたの、飛んでいるようだけど」
「見たまんま。飛ばしているのよ」
「それは分かるわ。なんで縫いぐるみが飛ぶのよ」
「だから、アタシが飛ばしているの。分かった」
「・・・、超能力。念力とか言う奴なの」
小馬鹿にしたようにサクラが答えた。
「超能力。念力。
ふん、馬鹿にしないでよ。
アタシが誰だか忘れたの。
言霊から生じた精霊よ。これでも神様の端くれなのよ。
その気になれば何だって」と嘲笑い、
縫いぐるみを毬子の顔の上に落下させた。
そして、掴もうとする毬子の手より早く、飛び跳ねる魚の如く宙に浮かせた。
「もしかして、それがアンタが言う触手という力なの」
「そうよ。アタシ達はリアルな身体を持たないでしょう。
手も足も出ない存在なんだけど、
代わりに“見えざる手”というモノを持つのよ。
神の見えざる手、分かるよね。
それでリアルな物を掴んで持ち上げたり、殴ったり叩いたりとかをする分けよ」
「触手は何本持っているの」
「失礼な娘ね。蛸とか烏賊とか同列に扱っているわね、絶対に。
そんな娘よね、アンタは。
まあいいわ。教えてあげる。
個々の持つ力によるけど、アタシの場合だとラッキーセブンかな」
「七本か。
それで、どこまで伸ばせるの」
「それも個々の力によるわよ。
アタシだと江戸の内に限られるけどね。
あっ、手を伸ばすとは考えないでよ。
お化けじゃないんだからね。
あくまでも“神の見えざる手”よ。
遠くまで力を及ぼす場合は、触手を分離して飛ばすのよ」
「分かったわ。
で、暇潰しに夜中に遊んでいるの」
「それは違う」とヒイラギ。「俺が頼んだ」
珍しい。ヒイラギがサクラに頼み事とは。
弁解するようにヒイラギが続けた。
「いざという時に何も出来ない自分が嫌なんだよ。
マリの目を通して見ているだけ。
そんな事がこれまでも何度もあった」
否定は出来ない。
「まあ、あったわね」
「なかでも辻斬り。そして今日の喧嘩。
辻斬りは日本刀。
今日の喧嘩はナイフ。
普通の女子高生では滅多に遭遇しないだろう。
・・・。
毬子は厄介事に巻き込まれる運命なのかも知れない。
そして俺の存在は、それを見越しての天の配剤。
マリを助ける為に時空を越えたとしか考えられない。
だから触手を直に感じさせてもらった。
マスターできれば何時でもマリを助けられる」
「気持は嬉しいけど、触手は“神の見えざる手”でしょう。
サクラは精霊なのに対し、アンタは怨霊とは言わないけど、
成仏出来ない彷徨う亡霊なんでしょう。
亡霊に“神の見えざる手”がマスター出来るというの」
「今は彷徨う亡霊かも知れない。
しかし生前は、生ける武神と呼ばれていた。
武の神だ。戦う神だ。
戦いとなると全身が沸騰するんだ。
自分でも信じられぬ力が身内から湧き上がってきた。
・・・。
だからというわけじゃないんだが、触手も何とかなると思ってる」
ヒイラギの気持を壊したくはない。
サクラに願う。
「何とかしてくれる」
「ふっふ、アンタの願い事なんて初めてだね」と軽やかなサクラの声。
毬子達の喧嘩現場に駆け付けた地元署の連中は、
逃げ出した者達を直ぐに逮捕できると踏んだ。
一人残った被害者の証言で高校生らしき男女四人の逃げた方角と、
外人少年の逃げた方角が分かったので、それぞれの交番に連絡すると同時に、
巡邏の警官を増員した。
四人の被害者は救急車で病院に運ばれた。
死亡するほどではないが、軽傷でもないという。
手酷く痛め付けられたらしい。
加害者が女子二人を含む年少者とはいえ、喧嘩慣れしていることは確かだ。
ところが、
事件から間もない手配だというのに、一人として逮捕できなかった。
発見にすら至っていない。
日曜日で人出が多いせいかも知れない。
そこで目撃者達にモンタージュ作成を頼んだのだが、意外な事が判明した。
逃走したのが被害者で、救急車で運ばれた側が加害者であるとか。
年上の男五人が喧嘩を売り、それを年下の男女四人が買ったのだそうだ。
外人少年は喧嘩を見かねて介入したらしい。
目撃者達は口々にモンタージュ作成への協力を拒否した。
「悪いのは五人組の方だ」
「女の子達を逮捕するのなら協力はできません」
加えて五人組のうちの三人の前歴が判明した。
いずれも補導歴、逮捕歴のある者ばかり。
現在も素行不良で各署にリストアップされていた。
事件から三日目には地元署の熱が冷めた。
「加害者側が病院送りになったのは自業自得」とばかりに。
実際、書類だけが残されようとした。
埃を被る予定の書類に目を付けた者達がいた。
「辻斬り事件」の捜査本部だ。
警察内部では辻斬りが鳴りを潜めたので事件はお宮入りと見ていた。
のみではない。
成り行きからバンパイアの一件にも関わることになったのだが、
そちらでも何らの成果も挙げられなかった。
逆に蘇ったバイパイアによって死傷者が出る始末。
それらのことから捜査本部は近々解散させられると噂されていた。
ところが「辻斬り事件」捜査本部は焼け太りした。
大分から姿を消したバンパイアが関わったと覚しき死体が、
広島や大阪、名古屋付近で何体か発見され、
その足跡から東に向かっているではと推測された。
つまりは、理由は不明だが東京へ。
だからといって事実や推測を公表すれば、都民が混乱し生活に支障をきたすだけ。
密かに対処することになった。
新たに本部を立ち上げれば憶測を呼ぶおそれがあったので、
選ばれた部署は今や日陰者扱いの「辻斬り事件」の捜査本部。
人員が拡充され、不審事件の洗い直しが開始された。
勿論、新しくて珍しい事件ばかりが選ばれた。
★
クリスマスでしたか。
それは、それは・・・。
離婚して一人となった今の私には、完全に別世界の話しです。
今では、「クリスマスって悪魔の風習」とでも思うしかありません。
クリスマスケーキもここ暫く買ってはいません。
味も忘れました。
そう言えば、
顔馴染みの某ドラッグ店の店長に声掛けられました。
「クリスマスケーキはいらんかね」と。
即答で断ると次には、
「ビール詰め合わせのギフトはいらんかね」
これも即答で断りました。
すると第三弾で、
「正月のお節セットはどうだろうね」
申し訳ない事に立て続けに三つとも断りました。
「すまない。家族が無いから何も必要ないんだよ」と。
店長が愚痴るんです。
「今年はノルマがきつい。この調子だと、自分でお買い上げだな」と。
金額として四、五万の出費を覚悟しているそうです。
そんなこんなですが、
家族があった頃のクリスマスは楽しいものでした。
特に二人の息子のプレゼント選び。
男三人で相談したものです。
どんなゲームソフトにするのか。
そんな息子達も今ではすっかり大きくなりました。
スクスクと三メートルにも、四メートルにも。
TVのCMで山本五十六が流されています。
日米開戦に反対した男として。
その絡みの話しです。
時の政権が日米開戦に備え、シミュレーションを密かに行なったのです。
招集されたのは各省庁の若手、中堅官僚達。
いずれも選りすぐられたエリートばかり。
日本最高の働き盛りの頭脳が集結しました。
討議される土台となる資料も一級品。
そこから導き出された答えは、「日本の敗戦」。
・・・。
いつの時代も威勢がいいだけの空っぽな連中がのさばるのです。
カラカラの
空っぽ頭は
悩まない