金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

白銀の翼(動乱)402

2014-12-28 08:36:32 | Weblog
 続けて、「許しません」と響いた。
 マリリンは思わず足を竦ませた。
つわものである呂布、褚許、華雄三人さえも身を強張らせた。
怒りには精一杯の感情が込められていた。
四人揃って足を止め、振り向いた。
彼女の怒りの矛先は四人にではなかった。
劉麗華達に向けられていた。
姫五人は勝手にマリリン達の後に付き、武器庫に向かおうとしていた。
どうやら共に戦場に赴くつもりらしい。
 次期当主の怒りに触れ、姫五人が青ざめた。
五人揃って俯いた。
互いに目を合わせようともしない。
 劉芽衣が五人を睨み付けた。
「貴女達、何を考えているの。
貴女達に武芸を授けているのは戦場で役立てる為ではないのよ。
あくまでも方術修行の一環なのよ。
分かっているの」
 俯いたままの五人。
何も言い返さないのは、後ろめたさの現れであろうか。
 劉芽衣は続けた。
「貴女達は赤劉邑の期待を担っているのよ。
その期待は武芸じゃない。
ご先祖様から伝わる赤劉家方術を受け継ぎ、磨き上げ、次代に繋げる為よ」
 言うだけ言うと劉芽衣の表情から怒りが消えた。
穏やかな目で五人を見回した。
「貴女達の気持ちは分かるわ。
力を貸したかったのでしょう。
マリリン達がたったの四人で向かおうとしているものだから、
それを助けたいと考えたのでしょう。
良い心がけよ。
でもね、よく考えてみて。
貴女達では、何の力にもなれない。
かえって足手纏いになるだけ。
どんな大軍でも弱い箇所があれば、そこが突かれ、そこから崩れる」
 いきなり劉麗華が動いた。
両膝を地につけて頭を垂れた。
遅れて他の姫達も倣う。
 暫くして劉麗華が顔を上げて母、劉芽衣を見上げた。
「申し訳ありません」
「分かれば宜しい」
 場の雰囲気を変えようとしたのかどうか分からないが、韓秀がしゃしゃり出てきた。
マリリンに問う。
「何か忘れてないか。
董卓将軍が布陣している場所を聞き忘れているぞ。失念か」
 失念していた分けではない。
「董卓将軍は戦上手と聞きました。
だとすると、もう移動していて、そこには居ないでしょう」
 韓秀が片頬を歪ませた。
「ほう。
戦上手だから多勢に無勢と判断して逃げたのか」
 マリリン本人は戦とは無縁の者。
ところが脳内にはヒイラギがいた。
当人は言葉を濁すが、武神と尊ばれた男。
その男の記憶がマリリンに影響を与えぬ分けがない。
「いいえ。
たったの四千で敵の正面に立てば、簡単に一蹴されて踏み潰されるだけ。
それでは只の犬死に。
違いますか。
噂通りの戦上手なら、敵の進撃を遅らせることに努める筈です」
「どのように」
「敵は三万の強兵。
対する董卓将軍は四千。
兵の数でも、兵の質でも負けています。
でも、一つだけ。
董卓将軍には地の利があります。
それを利用すれば敵の進撃を何日かは遅らせる事が出来る筈です」
 納得したのか、韓秀が軽く頷く仕草。
「すると転戦して、余計に居場所が分からぬな」
「取り敢えず北へ向かいます。
後は軍気を見定め、臨機応変に動くしかないでしょう」
 敵三万は洛陽攻めの前に董卓将軍四千を追い求めている筈である。
たったの四千といえど、洛陽を攻めている際に背後から衝かれては堪らない。
本隊が攻められては致命傷ともなりかねない。
誰が考えても洛陽を攻める前に排除するのが定石だろう。
 そんな最中に飛び込む分けだから、
敵の動きで董卓将軍の居場所も推測出来るというもの。
どんなに密かに行軍しようが、馬群が巻き上げる砂塵、馬蹄の響き、嘶きは隠せない。
所詮は人間と馬のやること。
どこからか、なにからか、事は露わになる。
 韓秀が目を輝かせた。
「よし、俺は洛陽生まれの洛陽育ち。
あの辺りの地形にも詳しい。
どこなら四千を隠せるか、守れるか、出撃し易いかが分かる。
ここは俺が案内するしかないな」
 独り合点すると近衛の騎兵を見遣った。
「そういうわけだから、赤劉家の兵は董卓将軍の元に駆け付ける。
上には、そう伝えてくれ」
 さらには妻、劉芽衣に目を転じた。
「よいか」と了解を求めた。
 妻は皮肉混じりに応じた。
「誰が指揮を執るのか分からぬ寄せ集めの大軍より、
マリリン達を盾にして戦った方が勝ち残れそうね」




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白銀の翼(動乱)401

2014-12-25 20:47:24 | Weblog
 マリリンは深い溜め息をついた。
呂布の気性は把握しているつもりでいた。
ところが今、目の前にいる呂布は、その把握から大きく逸脱していた。
これまでは猫を被っていたのだろうか。
「その借りは大きいの」
「大きい」
「命を懸けるほどに」
 呂布が強く頷いた。
「そうだ。
命を懸けても返さなくてはならない。
だから止め立ては一切無用」と強く言い、
「それにな、俺は死地に赴くつもりは毛頭ない。
最初から死ぬものと決めつけるな」と皮肉な目付きでマリリンを見た。
 どうやら呂布は猫の皮を脱いで虎になってしまったらしい。
 マリリンは混乱の度合いを深めた。
三国志で知っている呂布と董卓の関係ではない。
二人が知り合うのは後年になってからのはず。
なのにもう知り合っていた。
それも命を懸ける程の関係を持っていた。
 マリリンの脳内でヒイラギが言う。
「お前が愛読していた三国志は歴史書じゃない。
歴史を下敷きにしただけの、ただの面白本だ」
 それはそうなんだが。
さて、どうしたものか。
「下手な考え休むに似たり」とヒイラギが茶化す。
 確かに深謀遠慮している場合ではない。
マリリンは決めた。
「私も付いて行くわ」
 呂布にとっては、意外ではなかったらしい。
「だと思った。
足手纏いになっても面倒は見ないぞ」と苦笑い。
 すると人垣から一人が出て来た。
「それなら俺も付き合おう」と許褚。
 許褚は一党を率いていた。
その配下の者達は洛陽に入るや当初の予定通り、
それぞれが仕官先を見つけて次々と許褚の元を離れた。
今もって残っているのは頭であった許褚一人。
彼も幾つか仕官先を見つけたのだが、何故か話が纏まらなかった。
そのせいで赤劉家に居候を続けていた。
 出て来たのは許褚だけではなかった。
華雄が、「俺も、俺も」と豪快な声を上げ、しゃしゃり出て来た。
 許褚の時は異論がなかった呂布が片目を吊り上げた。
許褚も何か言いたげな表情。
二人は華雄を見てから、その視線をマリリンに向けた。
二人が何を考えているのか容易に察せられた。
華雄には愛娘がいた。
雪梅という六才になっばかりの女児だ。
父一人、娘一人、二人だけの家族。
ここで華雄が戦死しては雪梅が一人になってしまう。
それを危惧しているらしい。
 マリリンは人垣に目を遣った。
雪梅を探した。
いつもなら女武者、朱郁に甘えているはず。
「マリリン様」と雪梅の方から先に声をかけてきた。
 女児は朱郁の手から離れると一歩前に進み出た。
子供ながら、みんなが危惧しているのが分かったのだろう。
「父をお願いします」と丁寧に頭を下げた。
 まるで大人のような言い様。
 思わずマリリンは言ってしまった。
「雪梅、無理してない。
アナタは子供なんだから、もっともっと、親父に甘えていいのよ」
 雪梅がキッと見返してきた。
「マリリン様は父の師匠です。
呂布や許褚は友です。
師匠や友が戦場に赴くのに、それを黙って見ていては武人の名折れ。
武人の娘として、それは見過ごしに出来ません」
 マリリンは子供にそこまで言わせてしまった自分に嫌悪感を抱いた。
どう応じるべきかが分からない。
と、よく見ると雪梅の両目が濡れていた。
身体も震えていた。
場に耐えきれず、今にも膝から崩れそう。
 マリリンが動くよりも先に朱郁が動いた。
雪梅の背後に寄り添い、何事か耳元に囁きながら、片手で抱き寄せるようにして支えた。
そしてマリリンを見て、「大丈夫よ。私に任せて」とばかりに頷いた。
 マリリンは雪梅をしっかり見た。
「四人揃って戻るから何の心配もいらないわ。待ってなさい」
 雪梅は朱郁に支えられながら、馬鹿丁寧に拱手をした。
「お願いします」
 当の華雄は目を白黒させているばかり。
状況も愛娘の心も理解出来ぬらしい。
 マリリンは四人を代表して劉芽衣に言上した。
「我ら四人、これより董卓将軍の元に駆け付けます」
 劉芽衣に否はない。
「いいでしょう。
ついでに武器庫を漁り、好きな物を持って行きなさい」
 マリリン達は劉芽衣の言葉に甘え、装備を整えようと、武器庫へ足を向けた。
 不意に、「待ちなさい」と劉芽衣の甲高い怒りの声が上がった。




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白銀の翼(動乱)400

2014-12-21 07:25:12 | Weblog
 呂布が恵まれた体軀を宙に躍らせた。
棍を振りかざし、間合いを一気に跳んで来た。
長い金髪が風に舞う。
碧眼が獲物を狙う鷹のように鋭い。
着地に合わせて棍を獲物に振り下ろした。
渾身の力を込め、岩をも砕かんばかりの勢い。
 待ち受けていたのはマリリン。
こちらも棍を持っていたが、その棍で受けようとはしない。
真っ正直に受ければ、棍が折られ、額が砕かれるだろう。
そうと読み、呂布の棍の動きを見定め、額が砕かれる寸前で右に躱した。
一拍置いて間合いを詰め、棍で呂布の胴を払う。
 呂布も只者ではない。
動物的な勘が働いたのだろう。
受けない。
マリリンの棍を身を捩って躱しつ、即座に反撃した。
同じ様に棍で相手の胴を払う。
 それをマリリンは棍で受けた。
棍と棍が当たる激しい音。
一方の棍が折れた。
マリリンの棍が折れて、呂布の棍が伸びて来た。
それを後方へ大きく跳んで躱した。
 呂布は逃さない。
棍を投げ捨て、身一つでマリリンに突進した。
 それをマリリンは腰を落として待ち受けた。
ガツンと肉体と肉体が当たる鈍い音が響き渡った。
上半身と上半身が当たっただけではない。
額と額も当たったのだ。
互いの額が割れ、血が流れた。
 周りでは大勢が二人の戦いを見守っていた。
屋敷の者達で、劉芽衣の家族は勿論のこと、
兵士から女中、小者までの手空きの者達が顔を揃えていた。
それまでは、みんなが息を殺して見守っていたのだが、その鈍い物音に顔を顰めた。
流れる血に悲鳴も上がった。
 マリリンは押されながらも歯を食いしばって耐えた。
一歩、二歩後退りを余儀なくされるが、耐えた。
が、体軀の違いは秘めた力の違いでもあった。
呂布の方が一回り大きい。
力比べでは抗しきれない。
今にも後方へ押し倒されようとした。
その瞬間、マリリンの脳内で稲光。
脳内に居候するヒイラギが怒りの声を上げた。
「馬鹿者」
 ヒイラギは親切な言葉は口にはしない。
しかし何を言おうとしているのか理解が出来た。
マリリンは呂布の押す力を利用し、自ら後方へと倒れた。
同時に自分の右足を、相手の左太腿の付け根に当てた。
足裏で相手の身体を掴む。
巴投げ。
後方へ倒れる勢いを利用し、相手を宙に大きく投げ捨てた。
 宙を舞わされた呂布が背中から、ドッと落ちた。
「うっ」と声。
それでも呂布は素早く起き上がった。
背中を痛めた筈なのに、そんな様子は微塵も感じさせない。
不敵な笑みを浮かべてマリリンを睨む。
 そこへ蹄の音。
表から屋敷に騎兵が駆け込んで来た。
ただの一騎。
騎乗で入る場合は常足が常識であることから、
「異変が出来した」と、みんなが瞬時に悟った。
居合わせた者達が顔色を変えて次々に立ち上がった。
マリリンと呂布も動きを止め、振り返って騎兵を迎えた。
 騎兵は当家の者ではなかった。
軽武装だが傍目にも王宮を守る近衛兵と分かった。
その騎兵は劉芽衣の夫、韓秀とは顔馴染みらしい。
距離があるのに互いに片手を上げて挨拶した。
 その騎兵は夫妻の前に馬を寄せると、
身軽に馬から飛び降りて劉芽衣の前に片膝ついた。
「申し上げます。敵が河を渡り、押し寄せて来ました」
 北方の騎馬民族が黄河を押し渡って来たのだろう。
北匈奴、あるいは鮮卑か、烏桓。
 劉芽衣が問う。
「今年の北伐の軍はどうしたのかしら」
「すでに発しておりますが、その矛先を擦り抜けた連中だと思われます」
「敵の兵力は」
「およそ三万」
 劉芽衣は夫を振り向いた。
「騎馬民族の三万は我が国の兵の十万相当だ」と韓秀。
 劉芽衣は再び騎兵に視線を戻した。
「我が方の迎撃の軍は」
「此度の地震の後片付けで近衛も国軍も疲弊しきっておりまして、
編成が大きく遅れて・・・」
「つまりは大軍での迎撃が難しい分けね」
 騎兵が申し訳なさそうに言う。
「迎撃の大軍編成のために、都に屋敷を持つ貴族、豪族の方々から兵力を借り受けよ、
と太后様からのご指示で我らが各屋敷を駆け回っております」
 無位無官の赤劉家にまで兵の借り受けに来るとは、かなり深刻な状況だ。
「時間の余裕はあるのかしら。
緊急時なので一隊くらいは迎撃の軍を発しているのでしょう」
 騎兵が肩を落とした。
「残念なことに・・・」
 韓秀が目を怒らした。
「時間稼ぎの軍も発せられないのか」
「帝が昏睡のままなので、指揮権が不確かなのです。
太后様が三公九卿を説かれ、ようやく、このような仕儀に落ち着きました」
 夫妻が顔を見合わせた。
 屋敷の家宰の息子、篤が会話に割り込んだ。
「都の北には国軍が布陣しているという噂を聞いた覚えがあります」
 騎兵が劉芽衣に視線を向けたままで答えた。
「確かに布陣していますが、昨年の北伐軍で、これまた疲弊しきっております。
兵力も解散後なので国軍のみ、僅か四千。
敵を躓かせる石にもなりません。
これまた残念な事に、直に敵に殲滅させられるでしょう」
 韓秀が問う。
「その国軍の将軍は誰なんだ」
「董卓将軍。
戦上手と言えど、今回は期待出来ません」
 聞いていたマリリンは隣の呂布の肩が揺れたのを感じた。
不審に思い呂布を横目で見ると、顔色が変じただけではない。
気配からしてガラリと変わった。
 呂布が、みんなの輪から抜け出した。
両目を吊り上げて騎兵に歩み寄り、激しく問う。
「どの辺りに董卓将軍が布陣しているのだ」
 突然の事に、みんなは唖然とした。
 呂布が問いを重ねた。
「董卓将軍の居場所はどこだ」
 騎兵は仰け反らんばかりに怯えた。
それはそうだろう。
額から流血した偉丈夫が睨み付けていた。
見た事もない金髪碧眼。
その男に今にも食い付かんばかりの勢いで迫られていた。
 マリリンが慌てて二人の間に割って入った。
「呂布、脅しては駄目よ。
怖がらせては話しにならないでしよう。
まず分けを話しなさい。
董卓将軍の居場所を知って、どうするつもりなの」
 呂布が大きく一息ついた。
「董卓将軍には大きな借りがある。
その将軍が近くに居ると分かったから、その借りを返しに行く」
 実に単純明快な思考に、マリリンは眩暈を覚えた。
「敵が迫っているのよ。
国軍十万に相当する騎馬民族三万よ。
僅か四千では防御もままならないわ」
「分かっている。
それで死なれたら借りが返せない。
だから、急いで返しに行くのだ」と当然のように答え、
「将軍が布陣している場所はどこだ」と騎兵に向きを変えた。
 マリリンは問う。
「もしかして一人で向かうつもりなの」
「当然だろう。
俺は兵を率いる身分ではないからな」




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白銀の翼(動乱)399

2014-12-18 20:31:28 | Weblog
 案内の侍女が言う。
「先方の用意は出来ています」
「乳母はどんな人なの」
「気立てのいい女です。
お屋敷では女中をしていますが、農家の生まれなので身体は頑丈です」
「その者が産んだ子は」
 侍女が嬉しそうに答えた。
「生まれて二十日ほどの女の子なのですが、これが元気も元気。
このままだと牛よりも大きく育ちそうです。
それ以上に乳母も元気です。乳が出過ぎて困っています」
「それは願ってもないわね」
 馭者席から左志丹が問うてきた。
「こちらは準備万端だが、姫の方は大丈夫か。
正室様に睨まれている、と聞いたが」
「乳児の遺体を手に入れたわ。
それで誤魔化すつもりよ」
 左志丹が嫌そうに顔を歪めた。
「都合良く乳児の遺体があったものだ」
 二人の侍女は押し黙った。
 乳児であった趙雲は侍女に抱かれたまま、馬車の心地好い揺れに居眠りを始めた。
それから、どれほどの距離を走ったのかは分からない。
覚めたのは馬車が走りを止めたとき。
侍女の大きな身動きで目覚めた。
当然ながら侍女に抱かれたまま、馬車を降りた。
目の前には雑木林に囲まれた古びた大きな屋敷。
数人が玄関前に立っていた。
事情を表すかのような密やかな出迎え。
言葉少なに室内に招き入れられた。
 乳児を抱いていた侍女が問いを発した。
「乳母はどなたです」
 若い女が進み出た。
乳が張ってるせいではないだろうが、豊満な身体をしていた。
「私です」
「貴女のお名前は」
 身体に似て、態度も堂々としていた。
はきはきと答えた。
「趙雪と申します」
「娘さんを産んだと聞いたけど」
「はい。
今は邪魔にならぬように、同僚が別室で見ています」
「その娘さんのお名前は」
「趙愛珍」
 侍女は、「趙愛珍、良いお名前ね」と笑顔をみせ、
「この子をお願いするわ」と抱いていた乳児を差し出した。
 趙雪が喜んで受け取り、何気なく頬擦りをした。
「いい子、いい子。私が乳母さんよ」と乳児に語り掛けた、
 侍女が間を置いて問う。
「こちらの事情は聞いているのかしら」
「いいえ。私は、ただの乳母です。
知っていた方が良いですか」
「それは・・・。
知らない方が良いわね」
「それでは聞きません。
私は、この子を丈夫に育てるだけ。それで宜しいですね」
 侍女は相手が話の分かる乳母なので満足した。
 趙雪の方から尋ねてきた。
「この子の名前を聞いては駄目ですか」
「あっ、それね」と侍女、
「今から説明しようと思っていたの。
ここでの名前は仮の名前を使うつもりなの。
それでね、貴女に名付け親になって欲しいの」と趙雪を見詰めた。
 突然の話しに趙雪が戸惑う。
「私が、私で良いのですか」
「仮の名よ、軽く考えて頂戴。
自分が名付け親になった方が親しみも湧くというものでしょう」
 頷く趙雪。
少し考え、「趙雲ではどうでしょう。私は雪で、この子は雲」と提案した。
 侍女が、「趙雲、趙雲、趙雲」と名前を反復し、
「良い響きね。これで構わないわ」と了解した。
 趙雪は提案が受け入れられて満面の笑み。
 それを横目に侍女は左志丹を振り向いた。
「貴男も仮の名前を使いなさい。
趙志丹。
これも良い響きよね」
 趙雲と仮の名が与えられた乳児は、豊満な乳母に抱かれて気持ちよくなった。
これまでの疲れもあり、睡魔の誘惑には抗しきれない。
次第に瞼が重くなり、ついには眠りについた。




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白銀の翼(動乱)398

2014-12-14 07:49:25 | Weblog
 趙雲に憑依していたモノは興味に駆られた。
旅から旅を続ける人々は大勢いた。
乱や一揆に巻き込まれ、逃げざるを得なかった者達。
疲弊した農地を捨て、新天地を求める者達。
領主の酷税を嫌い、逃れる者達。
異民族に土地を追われた者達。
 旅を続ける者の多くは、定住の望みを持っている。
追われる犯罪者でさえ、定住の地を求めている。
趙雲の父のように定住を嫌い、旅から旅を続ける者は、それほど多くない。
よほどの変人でしかない。
 モノは趙雲の記憶を辿る。
父の正体を知るには、趙雲の記憶に頼るしかない。
趙雲自身、自覚していないであろう過去へと辿る。
本人に自覚があろうが、なかろうが、記憶の奥底には、何某かが有る。
前世の記憶を持つ者がいれば、母の体内にいた頃の記憶を残している者もいる。
奥へ奥へ、底へ底へと、記憶の奥底へと潜り込む。
 冷淡な声が聞こえた。
「流しなさい」
 女の声音には狂気が秘められていた。
 涙目で抗議する母。
 女は撤回しない。
執拗に攻め立て、母の体内に芽生えた幼い命を、いとも簡単に摘み取ろうとした。
「あくまでも拒否するのなら、貴女共々、流してもよくてよ」
と言いながら、女が母の眼前に迫った。
美しい容貌を歪ませ、鋭い眼力で母を威圧した。
蛙を飲み込もうとする蛇のよう。
 それでも母は頷かない。
唇を噛み締めて女を正視した。
 女が顔を離した。
「男子が産まれたら後々の禍。速やかに流しなさい。いいわね」
 最後の通告を終え、女が立ち去る。
 気丈に立って応対していた母であったが、女が立ち去ると膝から崩れた。
両膝をつき、声を上げて泣いた。
室外に出されていた母の侍女達が雪崩れ込んで来た。
「大丈夫ですか」
「大丈夫ですか」
と口々に叫び、母の身体を心配した。
 みんなの手で寝台に移された。
 やがて月が満ちて、元気な男の子が産まれた。
部屋壁を震わせる泣き声。
その力強さに居合わせた者達が大いに喜ぶ。
 へその緒が切られ産着に包まれた。
侍女が男の子を抱き上げて母に会わせた。
「お母様ですよ」
 母が手を伸ばした。
乳児の頬に優しく触れた。
指先で軽く突っつき、心底からの笑み。
そして両手で幼い手を優しく包み込む。
 母の顔から笑みが消えた。
「力の無い母でゴメンナサイね。
私では貴男を守れないの」
 途端に居合わせた者達が押し黙る。
 母は続けた。
「元気に生きるのですよ。
きっと、いつか、どこかで会えますからね」
と乳児の瞳を見て、力強く言い聞かせた。
まるで自分にも言い聞かせてるかのよう。
 居合わせた者達の、すすり泣きが聞こえた。
肩を震わせて堪えている者も。
 母は握っていた手を離し、侍女に頷いた。
 侍女は、「気は進まないが、これが乳児の為」と割り切っていた。
母に頷き返し、二、三歩後退りした。
後ろ髪引かれる思いで踵を返すと、部屋から退出した。
 部屋の外には別の侍女が待機していた。
乳児を抱いた侍女が問う。
「左志丹を待たせていますね」
「はい。先ほどより」と待機していた侍女が案内に立つ。
 建物の裏に幌付きの馬車が用意されていた。
武人が一人、馬車の傍に所在なげに立っていた。
二人の侍女に気付いて向きを変えた。
こちらを振り向いた。
紛うことなく若い頃の父であった。
 二人の侍女も乳児と一緒に幌付きの馬車に乗り込む。




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白銀の翼(動乱)397

2014-12-11 20:38:53 | Weblog
 趙雲の混乱は、憑依しているモノの混乱であった。
モノは趙雲の記憶から時代の流れを知った。
あまりにも長い間、閉じ込められていた。
その為に憎っくき劉邦は遠い遠い過去の人。
強敵、張良も同様に過去の人。
代わりとなる劉邦直系の血筋も絶えていた。
のみならず傍系が継いだ漢帝国も一時的に途絶えた。
王莽に簒奪されたのだ。
その王莽を倒し再建された漢帝国は、傍系のさらに傍系が創建したもの。
本家と区別するために後漢帝国と呼ばれた。
初代皇帝は血筋的には遠縁の遠縁で、赤の他人も同然。
「正統性を主張するために劉家の姓を名乗っている」としか思われなかった。
しかもだ、今の帝となると更に傍系。大樹から枯れ落ちた枝葉のようなもの。
これでは恨みの晴らしようがない。
 憑依したものの、恨みを晴らす相手を失い途方に暮れたモノを慰めたのは、
趙雲を見舞う娘達の熱い眼差し。
色街で働く女達だけでなく、町娘達も大勢が見舞いに押し掛けた。
臥せたままの状態で彼女達の相手をするうち、
「これもいいかな」と思うようになった。
なにしろ人であった頃は、このように女にモテタことがなかった。
人というより獣に近く、金で女を買うしかなかった。
その当時からすると、今の状況は夢のまた夢。
だけではない。
池の水面に映った額を見て、大いに気に入った。
罪人の印が刻まれておらず、奇麗なままだったからだ。
 迷う趙雲を見兼ねたのか、栄静が優しく言う。
「けっして追い出そうとは思っていないのよ。
貴方が私達の仕事を手伝ってくれれば、それはそれで、とても嬉しいわ。
貴方は私の弟であり、みんなの子供でもあるのだから大歓迎よ。
でも、貴方のお父様との約束があるの。
亡くなった人との約束は破れない。分かってね」
 藍天威が取りなすように言う。
「今すぐ出て行け、というわけじゃない。
身体が万全になってからだ。
それにもうすぐ秋が過ぎ、冬になる。
冬は旅には不向きだ。
だから次の春までに決めてくれ。
どこに行くのか、何者に成りたいのか。
お前が決めたら、俺達は全力で協力する」
 居合わせた者達の表情が歪む。
みんなは、「趙雲を手放したくない」という顔色をしていた。
心配そうに趙雲を見遣る。
 予想だにせぬ展開だが、みんなの期待には応えられない。
亡き父との間で、そんな約束が交わされていたとは思わなかった。
栄静、藍天威二人の気持ちが痛いほど分かる。
死んだ人間との約束は破れない。
不承不承ながら、「分かりました」と返事するしかなかった。
 途端に、みんなの表情が落胆に変わった。
でも誰一人、口にはしない。
栄静、藍天威の二人にしても、けっして嬉しそうではない。
その顔色から、「約束を守ろうとしているだけ」と読み取れた。
 暫くして栄静が口を開いた。
「疑問があるの。
貴方のお父様のことよ」
 示し合わせたかのように藍天威が小さな木箱を卓の上に置いた。
一見しただけで、腕の確かな職人が仕上げた物と分かった。
手間暇たっぷり掛けられた鮮やかな彩り。
中身は知らないが、木箱だけで十分な値が付くだろう。
藍天威の手で蓋が開けられた。
見ると、短剣が納められていた。
木箱同様に柄も鞘も鮮やかな彩り。
 栄静が言う。
「これは砂金の袋と一緒に隠されていたの。
呆れるくらいの値打ち物だわ。
たぶん、誰かから贈られたものね。
太刀が贈られるのは手柄の印。
けど、これは短剣。
短剣が贈られるには二つの意味がある。
手柄の他にもう一つ。
それは自害を促す意味合い。分かるわね」
 趙雲は深く頷いた。
 それを見て栄静が続けた。
「砂金も不思議よね。
小さな袋で二つだったけど、旅の行商で稼いだにしては大金過ぎるわ。
私達はその一つで、この町に色街が造れた。
それからすると二つもあれば、旅の行商をする必要がないの。
親子二人なら贅沢な暮らしが出来る。だけど旅から旅の旅暮らし」
 藍天威が代わった。
「お前の親父さんには謎がある。
おそらく旅の行商は仮の姿。
何があったのかは知らないが、定住だけは避けていた。
これらの事も考慮して先々を考えてくれ」




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白銀の翼(動乱)396

2014-12-07 09:02:28 | Weblog
 趙雲は栄静に軽く会釈した。
「姉上、何用ですか」
 栄静は親代わりなのだが、「私を呼ぶときは姉上と呼んでね」と頼まれた。
以来、ずっと姉上と呼んできた。
栄静が、「調子はどうなの」と腹部に手を伸ばし、衣服越しに傷跡を撫で回した。
「少々、引き攣るくらいで、痛みはありません」
「それは良かった。
・・・。
さて、そろそろ大事な話でもしましょうか」
 栄静に連れられ母屋に戻った。
宴会用の大広間に、みんなが揃って待っていた。
父が亡くなった時に居合わせた一座の者達だ。
みんなが、にこやかな顔で趙雲を迎えた。
 彼等彼女等は趙雲を引き取るや旅芸人生活から足を洗い、
手近の小さな町に土地を買って居着いた。
それがここ。
室。
 冀州のうちにある黄河水系の水運の一角を担う宿場町、
室の町に土地を買って居着いた。
そして小さな色街を造った。
初めての水商売だが、人材には事欠かなかった。
人あしらいは長い旅芸人生活で手慣れたもの。
女達が表に出て、男達が裏で支えた。
役割は旅芸人生活の延長にも似ていた。
色街特有の荒事も、旅芸人生活で遭遇する盗賊や反乱、横暴な官吏に比べれば、
取るに足りぬ些細なこと。
腰を据えて地道に商って信用を重ねた。
小さな色街ながら、「安心して遊べる」と評判を呼び、
近隣の町村からも人が集まるようになった。
それに連れて町自体も人が増え、町域が広がった。
 栄静が大広間の上座の椅子に腰掛けた。
その隣には彼女を支える藍天威。
大柄な男で、屈強な体軀をしているが、人当たりは良い。
旅芸人生活で、「見掛けで人を威圧し、口先一つで懐柔する」技を身に付けていた。
彼は五つほど年下ながら栄静の夫でもある。
 色街の頭領でもある栄静が口を開いた。
「趙雲、貴方が喧嘩を売られる前に言うべきだったわ。
もう貴方もいっぱしの大人。
そろそろ一本立ちすべきよね」
 何を言いたいのか分からない。
 栄静が続けた。
「官位を買う用意をしているの。
ついでに、どこかの役所に文官として潜り込ませても良いわ。
どうかしら」
 ますます分からなくなってきた。
官位に加え、役所、文官ときては、何が何だか。
 藍天威がくだけた物言い。
「いつまでも此処に居ては、お主の為にならない。
だから外に出て、独り立ちしろということだ」
 趙雲は心底から驚いた。
「何を・・・。
私はここで、みんなと同じ仕事がしたいのです」
 居合わせた者達が表情を綻ばせた。
互いに顔を見合わせ、上座に視線を向けた。
 栄静が言う。
「これまで貴方には色々な事を学ばせました。
儒家道家は無論、縦横家から兵家まで。
こんな田舎ですから、通り一遍になったかも知れません。
でも、偉い先生も何人か呼び、ここに長逗留して貰ったこともあります。
それもこれも貴方の為。貴方を世に出す為」
 趙雲の視線がきついものになった。
「私は、みなさんに言葉に尽くせぬ恩を受けました。
旅先で孤児になった私を引き取り、子供同然、弟同然に養っていただきました。
海よりも深く、山よりも高い恩を受けました。
なのに私は、その恩を一分も返していません」
「待ちなさい」と栄静が言葉を遮り、
「貴方は勘違いしています」と強い語気。
 藍天威が言葉を添えた。
「これは、お前の父の願いでもある」
「父の」
「そうだ。
死の間際、お前の父が私達に全ての財産を差し出した。
お前は子供だったから気付かなかったようだが、あの荷馬車には細工がしてあった。
荷台に隠し棚があってな、そこに砂金が二袋隠してあった。
それで息子を養育し、世に出してくれ、と頼まれた」
 栄静が言葉を重ねた。
「私達は貴方のお父さんとの約束を守っただけ。
恩とか、そういうのは関係ないの。
貴方を世に出したら、約束が成るの。
そういう分けだから聞き分けて」
 藍天威が代わった。
「ここの土地も、お前を学ばせる為の金も、全て親父の砂金から出ている。
だから俺達には何の気兼ねもいらない。堂々と出て行け」
 趙雲は混乱した。
突然の話しだったので、どうすべきか分からない。




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白銀の翼(動乱)395

2014-12-04 20:57:37 | Weblog
 趙雲はふらつく足取りで、ゆっくりと歩を進めた。
庭先から池へと向かう。
腹部の傷跡が少々引き攣るので、池の近くの岩に腰をかけた。 
人の気配に驚いたのか、向かいの低木の茂みから鳥が飛び立った。
 腹部を深く刺されて大量の血を失った趙雲であったが、
その回復振りは異常に、いや、恐ろしいくらいに早かった。
若くて健康な身体の持ち主とはいえ、誰もが我が目を疑った。
二十日ほどで傷口が塞がり、それから十日で床上げしたのだ。
 再び歩き、池の縁にまで歩み寄った。
小魚が群れなしていた。
緩慢な動作で両膝をつくと、人影に驚いて小魚の群が逃げ散った。
あいにく魚には興味がない。
水面に映る自分の顔を、そっと覗き見た。
 趙雲に憑依したモノは満足した。
鼻筋が通っていて涼しげな目元。
なかなかの男前ではないか。
これでは女が寄って来すぎて困るだろう。
数人に寄って集って殴る蹴るの暴行を受けながら、
顔だけは必死で守っていた理由が分かった。
確かに守るだけの価値があった。
それ以上に、その額には大満足。
傷一つ付いていない。奇麗そのもの。
モノは、かつて人であった頃、刑罰を受けた印として額に刺青を入れられた。
たいした罪ではなかったのに情け無用とばかり、額に紋様を刻まれた。
それからだ、彼が権力を疑うようになったのは。
丁度その頃、時代は曲がり角にあった。
時の権力者、秦の始皇帝が亡くなったのだ。
後継問題を切っ掛けに秦の朝廷は乱れに乱れ、忠臣達が次々と排斥された。
のみではない。
始皇帝という重しが取れ、各地で反乱が相次いだ。
その反乱の一つにモノも加わった。
そして色々ありながらもモノは時代を駆け上がり、
刑罰としての刺青を入れられながら、大将軍にのし上がった。
 遠くから女の声が聞こえた。
「趙雲」と自分を探す声。
 軽やかな声音は栄静に違いない。
趙雲は我に返った。
笑顔を作り、極めて明るく、「ここにいるよ」と返事した。
予想に反して呆れるくらいの、かすれ声。
寝た切りだったせいで声までが回復していない。
 それでも栄静は聞き取った。
こちらに駆け寄って来た。
女にしては長身で、ちょっと太め。
それでも肌は艶々で、四十代だというのに、三十代にしか見えない。
 趙雲が栄静と出会ったのは十年ほど前のこと。
行商人であった父に連れられ、荷馬車で東から西へ向かっていた。
東で仕入れた塩を西で売り捌くつもりでいた。
その途中で父が病に倒れた。
そこに来合わせたのが旅芸人の一座。
彼等が三日三晩看病してくれたが、その甲斐無く父は息を引き取った。
 趙雲は物心ついた頃より父と二人暮らし。
父は店も自宅も持たぬ旅暮らしの行商人。
持っているのは息子と荷馬車、それに各地のお得意様。
そんな暮らしでも趙雲は何の不満もなかった。
が、ただ一つ。
自分を産んだ母のことが気懸かりであった。
そこである時、母のことを尋ねたのだが、父は曖昧に口を濁すばかり。
果たして生きているのか、それとも既に亡くなったのか、
それすらも教えてくれなかった。
趙雲は子供ながら怒りに駆られ、矢継ぎ早に詰問した。
自分はどこで生まれたのか。
父の生まれはどこなのか。
母の生まれはどこなのか。
他に血縁の者はいないのか。
色々と責めるように聞いたのだが、父は何一つ教えてくれなかった。
それでも、「時期が来たら話す」と約束だけはしてくれた。
 父の急死により趙雲は独りぼっちになった。
血縁を頼ろうにも、故郷に戻ろうにも、父からは何も聞かされていない。
約束の時期の前に父が亡くなってしまい、行き場を失った。途方に暮れた。
すると驚いた事に父の埋葬までしてくれた旅芸人一座の座長が声をかけてきた。
「貴方のお父様と約束したの。
貴方が大人になるまで私が親代わりをすると。
だから私に付いて来なさい、いいわね」
 それが目の前にいる栄静であった。




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