金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

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白銀の翼(動乱)437

2015-04-26 08:09:05 | Weblog
 亡き袁術は外郭南門近くに広大な屋敷を構えていた。
三公九卿を輩出するに相応しい門構えで、
同族の袁紹よりも家格は一段上に見られていた。
屋敷の奥まった一室に三人の女人が集まっていた。
袁術の正室、高夢春。
亡き先代の正室、賀璃茉。
亡き先々代の正室、姜雀。
屋敷は静まり返っていた。
物音一つしない。
みんなが三人の話し合いを邪魔せぬように振る舞っていた。
 屋敷の外は祭りのような騒ぎであった。
都人は、「鮮卑の騎馬隊を撃退した」ことを喜んでいた。
その証に宮殿正面の広場では凱旋した部隊が、
太后皇后臨席で報奨を授けられている頃合いだろう。
この屋敷の主人、袁術の戦死は暫くは公にされることはない。
凱旋に水を差したくなかったからである。
朝廷より葬儀が許されれば、朝廷よりの勅使が遣わされ、
盛大に催される手筈になっていた。
それでも戦死の知らせは、縁戚から噂として流れるに違いない。
それだけは止めようがない。
 袁術は男子を残したが、今だ幼く、成人するかどうかは分からない。
それ以前に、成人するまでの後見を必要としていた。
袁術に兄弟がないので、叔父甥関係の血の濃い者の内から、
誰かを後見に選任すべく三人の女人が額を寄せ合っていた。
ところが、これといった人物が見当たらない。
何れもが器量と人格が噛み合わない。
器量があっても人格は不安、人格が優れていても器量に乏しい、そんな人物ばかり。
話し疲れから、三人揃って深い溜め息をついた。
 部屋の壁際の椅子に三人の女中が控えていた。
いずれも正室三人、それぞれの侍女である。
その一人の表情が揺れ動くのを姜雀は見逃さない。
姜雀の侍女であった。
彼女は姜雀が袁家に嫁いでよりの侍女であり、気心が知れていた。
この屋敷だけでなく、領地にも血縁の者達がいるので、
その人脈により、嫁いだ当初は大いに助けられた。
 姜雀は侍女の名を呼び、
「何か言いたいようね。
私達は困っているの。
何か策があるのなら、言いなさい」と問うた。
 侍女は姜雀よりも十才も年上。
高齢で隠居しても、おかしくはない。
ただ姜雀が許さない。
思慮深いので、傍から手放したくないのだ。
老侍女はやおら立ち上がり、姜雀ではなく、高夢春と賀璃茉二人の顔を交互に見た。
年の功を活かしてか物怖じしない。
「聞きたくない昔話かも知れませんよ」前もって注意した。
 高夢春と賀璃茉は互いに顔を見合わせ、 姜雀の顔色を読み、同時に了承の頷き。
 老侍女の口から名が一つ飛び出した。
「袁燕お嬢様をお忘れですか」
 三人は虚を突かれた。
姜雀と賀璃茉にとっては久しく聞く名前だが、忘れたい名前。
高夢春にとっては会ったことはないが、聞いた覚えのある名前。
この袁家では禁句になっている名前。
三人とも押し黙り、暗い表情で先を促した。
「袁燕お嬢様のご懐妊をお忘れですか。
許されないご懐妊。
隠れてお産みなされましたが、死産であったそうです。
ご存じですよね」と念を押し、姜雀と賀璃茉を見た。
 二人が頷くのを見て続けた。
「お嬢様は屋敷から領地に移られ、そちらでお産みになられました。
あの当時は賀璃茉様も領地にいらっしゃいましたよね。
死産した乳児のご確認をなさいました、とか」
 賀璃茉は誰とも目を合わせない。
黙って浅く頷くだけ。
 満足そうな老侍女。
「ずいぶん後になってから流れた噂が一つ有りました。
あの当時、誰かが乳児を密かに買い取ったそうです。
その真偽はハッキリしませんが、
乳児を売ったと噂された家の懐具合が良くなったことから考えて、
たぶん事実なんでしょう」
 三人の正室が顔を上げて老侍女を見た。
それでも誰も口を開かない。
それぞれの心中に疑問が芽生えたようだか、一切口にしない。
「口にすると自分も汚れる」と思っているのかも知れない。
 残りの侍女二人の表情が強張っていた。
このまま同席して良いものかどうか、迷っているらしい。
 老侍女は天井を見上げた。
「袁燕お嬢様のご出産から暫くして、
武人であった左志丹が禄を離れ、領地から姿を消しました」
と疑問には構わず、次の言葉を発し、
「左家は我が袁家を古くから支えた家柄、大事な支柱の一つです。
その頭領が妻や子供を置き去りにし、黙って姿を消したのです」と続けた。
 ようやく姜雀が口を開いた。
「左家はそれでも存続しているわよね」
「はい。
当初は禄を半分に削られましたが、息子が成人するや元に戻されました。
どこかのどなたかが密かに左家を擁護していたようです」




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