2021年も間もなく終わる.。全国紙地方紙あるいは様々なメディアで、今年の10大ニュースというのが発表されている。やはりトップ1、2はオリンピック・パラリンピックとコロナ禍が占めるようだ。さてオリンピック・パラリンピックはどうだったのか。
◆ 招致とその後のてんやわんやの見苦しさ。
1年延期された東京オリンピック・パラリンピックについては当ブログでも何度も取り上げてきた。2013年の招致委員会において日本は、「コンパクトなオリンピック・パラリンピックを目指す。」とのキャッチフレーズで予算約7500億円を計上して取り組む旨立候補した。そこにはただ単にコンパクトだけではなく、2011年の東北大震災からの復興五輪というもう一つのキャッチフレーズも加えられていた。そして海外からの選手や関係者に対しては「おもてなし」などと言って、日本文化の良さをアピールする機会にもするとのことで最終的に招致に成功する。わざわざ現地まで大勢の招致団が行って飛び上がって喜ぶ様を見ていると、誰の金であんなに大勢派遣する必要があるのか、と思うくらい呆れたもんだと思った。
招致に成功して当然一般庶民の立場からは、1964年のオリンピックで建築された国立競技場が改修して使われるものとばかり思っていたが、なんとさっさと取り壊し工事が始まり、あっという間に更地になり、その間世界中からコンペ方式で新国立競技場のデザイン案が公募された。しかし示された案には莫大な建設費用がかかり、様々な問題点が指摘され結局誰しもが納得いくようなものではないような形で決められることになる。同時にポスター問題やその他様々な問題が発覚し、いわば因縁付きのオリンピック・パラリンピックになってしまった。
◆ 闇金問題と IOC の実態。
その中でも最も疑惑にまみれたものは招致にあたって使われた闇金のことだ。2億数千万円が素性の怪しい人物に渡り、これが招致工作に使われたと言われている。当寺はメディアでも少し話題になっていたが、その後全く報道されなくなってしまった。フランス警察当局が地道に追求を続けていたと言うが、それもどうなったのかわからない。
元々が国際オリンピック委員会 IOC という組織そのものに問題があるというのは、ずいぶん昔から指摘されていることだ。アメリカのメディアは IOC 会長のことを「ぼったくり男爵」と呼ぶのも根拠あってのことだろう。オリンピック・パラリンピックでは莫大なお金が色んな方向に動いていく。そのお金の一部が IOC の組織の中、そして個人の中に入っていく仕組みになっている。そういった点からはオリンピック・パラリンピックそのものが汚い金にまみれた分捕り合戦の場となっているのだ。私自身はずっと以前からオリンピック・パラリンピックのたびに、このようなことが行われていることをメディアの報道で知って完全に嫌気がさしてしまっている。だからこそオリンピック・パラリンピック不要論者になってしまったのだ。
◆ なんでオリンピック・パラリンピックと言う一堂に会する場が必要なのか?
東京に招致されたオリンピック・パラリンピックは当然のことながら「招致した都市」が責任を持って大会を実施することになる。従って東京都民の税金を使って行うということになる。様々な分野のをスポーツ選手が参加することからして、各競技ごとの連盟や委員会などもお金を出さなければならない状態になる。それは当然だろう。そしてどうしても足らない部分が出てくるので、国のお金が一定部分入ることになる。この辺りから話が違うのではないかということになるのだ。
陸上や水泳や柔道、バレーボール、卓球等々、また新しい種目も含めてその他様々な多くの競技がある。それぞれが日本国内において連盟や委員会が存在し、同時にほとんどの種目で国際連盟や国際委員会が存在する。そして国内大会また世界大会が開かれている。本来ならばそれぞれの大会において競えばいいのであり、そこで日本一なり世界一なりが決められていけばそれでいいのではないか。それぞれの目標に向かって各地域の大会があって、さらにその下に国内大会があって、といった具合に階層的に対戦が組まれていく。そしてトップに立ってそこで金メダルや銀メダル、銅メダル。これは実際にオリンピック・パラリンピックとは別に実際に行われていることだ。なぜオリンピック・パラリンピックと言う「一堂に介した戦いの場」が必要なのか。
◆ 当初予算額は全くの嘘。 IOC や JOC は金儲けのためのオリンピック・パラリンピックをしたいのだ。
最初に日本の招致委員会が示したように、本当にコンパクトで東京都民の税金だけでやりきれるようなものであればまだ納得しやすい。7500億円程度ならば巨大な先進国や経済大国だけではなく中堅国でも決して不可能ではないようになるのではないか。国立競技場の収容人員が10万人必要な理由というのは分からない。別に2万人でもいいのではないか。しかし実際には観客の収容人員が少なければ IOC のを許可が出ないという仕組みになっている。そんなバカなと思うかもしれないが実際はそうだ。
例えば水泳競技にしても、今回新たに水泳会場が莫大なお金を使って建設された。しかも場所は旧東京オリンピックの会場のすぐ近くだ。なぜそんなことになったかと言うと以前の古い会場では収容観客数が IOC の求める基準に達しないので、仕方なく改めて新会場を建設したと言う。 IOC は一体何様のつもりなのか。そしてそれにペコペコしている JOC とは一体何者なのか。 IOC が全額出して建設すると言うならば話がわかる。でも実際には日本国内での税金が使われる。東京都民の税金だけで間に合うならばまだしも、総額7500億円と言った手前、それをオーバーする事は本来なら許されないはずだ。
しかしそんなこんな様々な「事情」で、当初の7500億円の予算は諸経費を付け加えていつのまにか1兆6500億円になってしまった。私など「ハァー?」と思わず唖然としてしまった。なんとまぁ当初予算の倍以上。その理由として周辺設備のインフラ整備に巨額の金がかかることになってしまったなどといった、さもありなんと言う最初から本来はわかっていたはずの事を言い訳としてあげた。つまり最初の7500億円という予算は「嘘八百」だったのだ。招致委員会に対する嘘だけではなく、日本国民に対しても嘘をついたことになる。そして倍にふくらんだお金の出るところはとても東京都では負担できず、東京都と日本オリンピック委員会、そして「国民の血税」が投入されることになる。なんとその額役2000億円。馬鹿にするなと言いたい。関東圏に住んでる者はどう思ってるのか知らないが、地方に住んでいる者にとってみれば、なんで我々の税金を東京で行われる大会に出さなければならないのか。当然納得できる理由を説明する責任が日本国政府と JOC にはあるはずだが、そんなの聞いた覚えがない。
オリンピック・パラリンピックは国として取り組むのだ、とか言ったお偉いさんがいるようだが、100%間違っている。近代オリンピック創設以降あくまでも該当国の中のひとつの「都市」が契約し取り組んできたのだ。実際大国であっても都市だけではお金が足らず、国税を使っているだろうが、このような自己矛盾的なやり方で行われる大会などというものは、国民を騙しているだけであってすべきではないのだ。
◆ メダルの数を競う事のバカバカしさ。大切なのは選手たち個々人の努力の結果だ。
しかし日本の極めて暑い気候の中でのオリンピック・パラリンピックは行われた。ここに出場するために必死に努力して出場権を勝ち得た選手たちにとってみれば、待ちに待った大舞台であり、自分自身の最高のパフォーマンスを発揮する場でもあって、事実力を出し切って結果を残した選手は多い。メダル数は過去の大会中最高だと言う。私などその最高といわれるメダルの数さえ知らない。理由は簡単。メダルの数などはどうでもいいと思ってるからだ。メダルの数などというのは、周りとメディアがこだわって騒いでるだけの話であって、大切なのはその個人がメダルに届いたか優勝で終わったか、あるいは惨敗したか、そういった結果であるはずだ。従ってある選手が金メダルを取れば、それはそれで努力が報われたことになるんだろう。それ以上の話ではない。また期待されながらも一回戦敗退の選手もいた。それもその時の結果に過ぎない。それ以上どうのこうの言う必要のないことだ。だから金メダルがいくつであって総メダル数はいくつだった、なんてことははっきり言ってどうでもいいことなのだ。
ただ大会を目指して長期間にわたり、懸命な努力を続けてきた個々の選手やチームには敬意を表する。彼ら個人はあるいはチームは、オリンピック・パラリンピックの主催者でも何でもない。選出されて出場した選手なのだからだ。
◆ 嘘つき大会は結局、お手盛り大会で終わる。
大会前には組織委員会の誰かがジェンダー平等に反する発言をして事実上クビ。新たに別人物が委員長になった。大臣もその委員長もともに女性になった。そこだけはちょっと評価できるかもしれない。ただしそれぞれの選出過程には不透明さがあり、いわばお手盛りで決めてしまったことに対するいい加減さの問題は残る。つまり民主主義的な手続きを踏まずにどこかでいつのまにか決まってしまうということの無責任さが問われる問題だ。
しかし終わってみれば決算は年度末と言うから、なんでそんなに遅いんだと思うが、とにかくまだ出ていない。しかし概算では1兆5000億円前後になると言われている。その額に対して関係者は、予算額よりもよく抑えることができた!等と変に評価していると言う。そのような感覚そのものが理解不能だ。招致段階の7500億円がなんだかんだで1兆6500億円になり、それが1兆5000億円程度で済んだのでよかったよかった何ていうのは、完全なごまかしに過ぎない。そして結局国民の税金は2000億円使われた。誰がこんなものに納得できるというのか。そしてさらに一部の学者たちはあるいはジャーナリストたちは、関連経費全体を含めるとおそらく3兆円に達するだろうと言っている。そこまでの根拠はまだ記事としては読んでいないので不明な点が多いが、少なくとも言えることは、「コンパクト・オリンピック・パラリンピック」は完全な嘘だったということ。そして「復興五輪」もどこかで吹っ飛んで、実質上嘘に等しい状態になっていたこと。 IOC も JOC も組織委員会もみんながみんな「終わりよければすべてよし」というお手盛り大会で幕を閉じるということにするんだろう。
◆ 終わってからも続く「負の遺産。」誰が責任取るのか?
そしてさらに加えてほとんど間違いなく嘘つきになるだろうという話がもう一つある。いわゆるオリンピック・パラリンピックの「レガシィ」と呼ばれる、インフラ整備を中心とした社会的経済的効果としての施設等の問題だ。国立競技場を維持するのに毎年24億円かかると言う。果たして様々な競技を誘致してその分を稼げるのかどうか疑問が出ている。他の専門競技の会場もそれに見合っただけの使用頻度があるのかどうかも全く見通しは立っていない。
漫画みたいな話なのはカヌー・スラローム会場だ。実はカヌーの練習場として使える施設はすでに内陸部にあった。ところが IOC が観客動員数が得られないということでその施設の使用を認めず、結果東京湾近くに新たに建設することになった。総建設費用300億円カヌー及びスラローム競技の使用しかできないところだ。こんな莫大な費用をかけて利用頻度が極めて少ないことが分かっているようなものを作る。おまけにメディアでも最近報道されていたが、海の近くに建設したためになんと競技に使うロープなどに牡蠣が付着してその除去費用が莫大な金額になると言う。海運や漁業などに携わる人ならば誰もが知っている当たり前のことが、大会関係者は誰も知らなかったのだ。ちょっと調べれば牡蠣の付着が当たり前でその除去費用は時間と労力とお金がかかると言うことなど、わかりきっている話だと言う。
他にも多々の問題があるだろう。まさかそれを今後も「国民の血税」で賄うなんてことはないとは思うが、東京都民の税金でそれらが賄われる。かわいそうな話だ。オリンピック・パラリンピックの代償の大きさが今後もずっしりとのしかかってくるわけだ。次は3年後のパリ・オリンピック・パラリンピック。まぁとにかく同じ都市が2回目も3回目もやるなんて状態が最近はよく続いている。つまり経済的な大国にしかできないのがわかりきっているのだ。さっさと止めればいいのに。 IOC の連中は金づるがなくなるのを1番恐れてるんだろう。
にもかかわらず、なんとなんとなんとこの日本という国は次に、「冬季札幌オリンピック」の招致に乗り出すと言う!まぁこれも呆れると言うか何と言うか。なんでこういうものに多額の税金が使われなければならないのか。ついでの話。2025年の大阪万国博覧会。これはいつのまにか大阪及び関西万国博覧会という名前になってしまっている。いつ誰がこんな名前にしたのか。何のために巨額のマネーを投入してやる必要があるのか。日本の経済は今現在決して順調とは言えない状態のところにある。ここ10年間国民所得は横ばい状態。ほとんど上昇していないのだ。国民一人当たりの所得ではもはや主要国に抜かれて順位をどんどん下げている。国債を際限なく発行して借金まみれの経済状態。尤も万国博覧会にはその後に、賭博場を作ると言う計画があって、それで人々の射幸心を煽り金をむしり取ると言う浅はかな邪な思いというものが透けて見える。ほんと何という国なのか、この国は。
◆ 招致とその後のてんやわんやの見苦しさ。
1年延期された東京オリンピック・パラリンピックについては当ブログでも何度も取り上げてきた。2013年の招致委員会において日本は、「コンパクトなオリンピック・パラリンピックを目指す。」とのキャッチフレーズで予算約7500億円を計上して取り組む旨立候補した。そこにはただ単にコンパクトだけではなく、2011年の東北大震災からの復興五輪というもう一つのキャッチフレーズも加えられていた。そして海外からの選手や関係者に対しては「おもてなし」などと言って、日本文化の良さをアピールする機会にもするとのことで最終的に招致に成功する。わざわざ現地まで大勢の招致団が行って飛び上がって喜ぶ様を見ていると、誰の金であんなに大勢派遣する必要があるのか、と思うくらい呆れたもんだと思った。
招致に成功して当然一般庶民の立場からは、1964年のオリンピックで建築された国立競技場が改修して使われるものとばかり思っていたが、なんとさっさと取り壊し工事が始まり、あっという間に更地になり、その間世界中からコンペ方式で新国立競技場のデザイン案が公募された。しかし示された案には莫大な建設費用がかかり、様々な問題点が指摘され結局誰しもが納得いくようなものではないような形で決められることになる。同時にポスター問題やその他様々な問題が発覚し、いわば因縁付きのオリンピック・パラリンピックになってしまった。
◆ 闇金問題と IOC の実態。
その中でも最も疑惑にまみれたものは招致にあたって使われた闇金のことだ。2億数千万円が素性の怪しい人物に渡り、これが招致工作に使われたと言われている。当寺はメディアでも少し話題になっていたが、その後全く報道されなくなってしまった。フランス警察当局が地道に追求を続けていたと言うが、それもどうなったのかわからない。
元々が国際オリンピック委員会 IOC という組織そのものに問題があるというのは、ずいぶん昔から指摘されていることだ。アメリカのメディアは IOC 会長のことを「ぼったくり男爵」と呼ぶのも根拠あってのことだろう。オリンピック・パラリンピックでは莫大なお金が色んな方向に動いていく。そのお金の一部が IOC の組織の中、そして個人の中に入っていく仕組みになっている。そういった点からはオリンピック・パラリンピックそのものが汚い金にまみれた分捕り合戦の場となっているのだ。私自身はずっと以前からオリンピック・パラリンピックのたびに、このようなことが行われていることをメディアの報道で知って完全に嫌気がさしてしまっている。だからこそオリンピック・パラリンピック不要論者になってしまったのだ。
◆ なんでオリンピック・パラリンピックと言う一堂に会する場が必要なのか?
東京に招致されたオリンピック・パラリンピックは当然のことながら「招致した都市」が責任を持って大会を実施することになる。従って東京都民の税金を使って行うということになる。様々な分野のをスポーツ選手が参加することからして、各競技ごとの連盟や委員会などもお金を出さなければならない状態になる。それは当然だろう。そしてどうしても足らない部分が出てくるので、国のお金が一定部分入ることになる。この辺りから話が違うのではないかということになるのだ。
陸上や水泳や柔道、バレーボール、卓球等々、また新しい種目も含めてその他様々な多くの競技がある。それぞれが日本国内において連盟や委員会が存在し、同時にほとんどの種目で国際連盟や国際委員会が存在する。そして国内大会また世界大会が開かれている。本来ならばそれぞれの大会において競えばいいのであり、そこで日本一なり世界一なりが決められていけばそれでいいのではないか。それぞれの目標に向かって各地域の大会があって、さらにその下に国内大会があって、といった具合に階層的に対戦が組まれていく。そしてトップに立ってそこで金メダルや銀メダル、銅メダル。これは実際にオリンピック・パラリンピックとは別に実際に行われていることだ。なぜオリンピック・パラリンピックと言う「一堂に介した戦いの場」が必要なのか。
◆ 当初予算額は全くの嘘。 IOC や JOC は金儲けのためのオリンピック・パラリンピックをしたいのだ。
最初に日本の招致委員会が示したように、本当にコンパクトで東京都民の税金だけでやりきれるようなものであればまだ納得しやすい。7500億円程度ならば巨大な先進国や経済大国だけではなく中堅国でも決して不可能ではないようになるのではないか。国立競技場の収容人員が10万人必要な理由というのは分からない。別に2万人でもいいのではないか。しかし実際には観客の収容人員が少なければ IOC のを許可が出ないという仕組みになっている。そんなバカなと思うかもしれないが実際はそうだ。
例えば水泳競技にしても、今回新たに水泳会場が莫大なお金を使って建設された。しかも場所は旧東京オリンピックの会場のすぐ近くだ。なぜそんなことになったかと言うと以前の古い会場では収容観客数が IOC の求める基準に達しないので、仕方なく改めて新会場を建設したと言う。 IOC は一体何様のつもりなのか。そしてそれにペコペコしている JOC とは一体何者なのか。 IOC が全額出して建設すると言うならば話がわかる。でも実際には日本国内での税金が使われる。東京都民の税金だけで間に合うならばまだしも、総額7500億円と言った手前、それをオーバーする事は本来なら許されないはずだ。
しかしそんなこんな様々な「事情」で、当初の7500億円の予算は諸経費を付け加えていつのまにか1兆6500億円になってしまった。私など「ハァー?」と思わず唖然としてしまった。なんとまぁ当初予算の倍以上。その理由として周辺設備のインフラ整備に巨額の金がかかることになってしまったなどといった、さもありなんと言う最初から本来はわかっていたはずの事を言い訳としてあげた。つまり最初の7500億円という予算は「嘘八百」だったのだ。招致委員会に対する嘘だけではなく、日本国民に対しても嘘をついたことになる。そして倍にふくらんだお金の出るところはとても東京都では負担できず、東京都と日本オリンピック委員会、そして「国民の血税」が投入されることになる。なんとその額役2000億円。馬鹿にするなと言いたい。関東圏に住んでる者はどう思ってるのか知らないが、地方に住んでいる者にとってみれば、なんで我々の税金を東京で行われる大会に出さなければならないのか。当然納得できる理由を説明する責任が日本国政府と JOC にはあるはずだが、そんなの聞いた覚えがない。
オリンピック・パラリンピックは国として取り組むのだ、とか言ったお偉いさんがいるようだが、100%間違っている。近代オリンピック創設以降あくまでも該当国の中のひとつの「都市」が契約し取り組んできたのだ。実際大国であっても都市だけではお金が足らず、国税を使っているだろうが、このような自己矛盾的なやり方で行われる大会などというものは、国民を騙しているだけであってすべきではないのだ。
◆ メダルの数を競う事のバカバカしさ。大切なのは選手たち個々人の努力の結果だ。
しかし日本の極めて暑い気候の中でのオリンピック・パラリンピックは行われた。ここに出場するために必死に努力して出場権を勝ち得た選手たちにとってみれば、待ちに待った大舞台であり、自分自身の最高のパフォーマンスを発揮する場でもあって、事実力を出し切って結果を残した選手は多い。メダル数は過去の大会中最高だと言う。私などその最高といわれるメダルの数さえ知らない。理由は簡単。メダルの数などはどうでもいいと思ってるからだ。メダルの数などというのは、周りとメディアがこだわって騒いでるだけの話であって、大切なのはその個人がメダルに届いたか優勝で終わったか、あるいは惨敗したか、そういった結果であるはずだ。従ってある選手が金メダルを取れば、それはそれで努力が報われたことになるんだろう。それ以上の話ではない。また期待されながらも一回戦敗退の選手もいた。それもその時の結果に過ぎない。それ以上どうのこうの言う必要のないことだ。だから金メダルがいくつであって総メダル数はいくつだった、なんてことははっきり言ってどうでもいいことなのだ。
ただ大会を目指して長期間にわたり、懸命な努力を続けてきた個々の選手やチームには敬意を表する。彼ら個人はあるいはチームは、オリンピック・パラリンピックの主催者でも何でもない。選出されて出場した選手なのだからだ。
◆ 嘘つき大会は結局、お手盛り大会で終わる。
大会前には組織委員会の誰かがジェンダー平等に反する発言をして事実上クビ。新たに別人物が委員長になった。大臣もその委員長もともに女性になった。そこだけはちょっと評価できるかもしれない。ただしそれぞれの選出過程には不透明さがあり、いわばお手盛りで決めてしまったことに対するいい加減さの問題は残る。つまり民主主義的な手続きを踏まずにどこかでいつのまにか決まってしまうということの無責任さが問われる問題だ。
しかし終わってみれば決算は年度末と言うから、なんでそんなに遅いんだと思うが、とにかくまだ出ていない。しかし概算では1兆5000億円前後になると言われている。その額に対して関係者は、予算額よりもよく抑えることができた!等と変に評価していると言う。そのような感覚そのものが理解不能だ。招致段階の7500億円がなんだかんだで1兆6500億円になり、それが1兆5000億円程度で済んだのでよかったよかった何ていうのは、完全なごまかしに過ぎない。そして結局国民の税金は2000億円使われた。誰がこんなものに納得できるというのか。そしてさらに一部の学者たちはあるいはジャーナリストたちは、関連経費全体を含めるとおそらく3兆円に達するだろうと言っている。そこまでの根拠はまだ記事としては読んでいないので不明な点が多いが、少なくとも言えることは、「コンパクト・オリンピック・パラリンピック」は完全な嘘だったということ。そして「復興五輪」もどこかで吹っ飛んで、実質上嘘に等しい状態になっていたこと。 IOC も JOC も組織委員会もみんながみんな「終わりよければすべてよし」というお手盛り大会で幕を閉じるということにするんだろう。
◆ 終わってからも続く「負の遺産。」誰が責任取るのか?
そしてさらに加えてほとんど間違いなく嘘つきになるだろうという話がもう一つある。いわゆるオリンピック・パラリンピックの「レガシィ」と呼ばれる、インフラ整備を中心とした社会的経済的効果としての施設等の問題だ。国立競技場を維持するのに毎年24億円かかると言う。果たして様々な競技を誘致してその分を稼げるのかどうか疑問が出ている。他の専門競技の会場もそれに見合っただけの使用頻度があるのかどうかも全く見通しは立っていない。
漫画みたいな話なのはカヌー・スラローム会場だ。実はカヌーの練習場として使える施設はすでに内陸部にあった。ところが IOC が観客動員数が得られないということでその施設の使用を認めず、結果東京湾近くに新たに建設することになった。総建設費用300億円カヌー及びスラローム競技の使用しかできないところだ。こんな莫大な費用をかけて利用頻度が極めて少ないことが分かっているようなものを作る。おまけにメディアでも最近報道されていたが、海の近くに建設したためになんと競技に使うロープなどに牡蠣が付着してその除去費用が莫大な金額になると言う。海運や漁業などに携わる人ならば誰もが知っている当たり前のことが、大会関係者は誰も知らなかったのだ。ちょっと調べれば牡蠣の付着が当たり前でその除去費用は時間と労力とお金がかかると言うことなど、わかりきっている話だと言う。
他にも多々の問題があるだろう。まさかそれを今後も「国民の血税」で賄うなんてことはないとは思うが、東京都民の税金でそれらが賄われる。かわいそうな話だ。オリンピック・パラリンピックの代償の大きさが今後もずっしりとのしかかってくるわけだ。次は3年後のパリ・オリンピック・パラリンピック。まぁとにかく同じ都市が2回目も3回目もやるなんて状態が最近はよく続いている。つまり経済的な大国にしかできないのがわかりきっているのだ。さっさと止めればいいのに。 IOC の連中は金づるがなくなるのを1番恐れてるんだろう。
にもかかわらず、なんとなんとなんとこの日本という国は次に、「冬季札幌オリンピック」の招致に乗り出すと言う!まぁこれも呆れると言うか何と言うか。なんでこういうものに多額の税金が使われなければならないのか。ついでの話。2025年の大阪万国博覧会。これはいつのまにか大阪及び関西万国博覧会という名前になってしまっている。いつ誰がこんな名前にしたのか。何のために巨額のマネーを投入してやる必要があるのか。日本の経済は今現在決して順調とは言えない状態のところにある。ここ10年間国民所得は横ばい状態。ほとんど上昇していないのだ。国民一人当たりの所得ではもはや主要国に抜かれて順位をどんどん下げている。国債を際限なく発行して借金まみれの経済状態。尤も万国博覧会にはその後に、賭博場を作ると言う計画があって、それで人々の射幸心を煽り金をむしり取ると言う浅はかな邪な思いというものが透けて見える。ほんと何という国なのか、この国は。