お城でグルメ!

ドイツの古城ホテルでグルメな食事を。

フラウエンマルク城館

2021年11月14日 | 旅行

ハンブルクから旧東ドイツに向かうアウトバーンに乗り換えると、だんだんと人家もまばらな牧歌的な風景になってくる。東西ドイツ統合から20年を過ぎた今も小さな村々は道路の状態が悪いし、煤けたようなみすぼらしい家が散見できる。

フラウエンマルク城は13世紀までその歴史を辿れる、現在人口120人を数えるフラウエンマルク村のはずれにある。城というより典型的な大農園の邸みたいなのだが、実際1860年に大農園の地主の „城” として建てられたらしい。建造から30年後に一度焼失したが1893年に再建され、1945年まで大農園の城として使われた。その後何度も所有者が替わり、戦後は長い間老人ホームとして機能していたそうだ。1996年にベルリンで室内装飾品を扱う会社を経営するローテンベルクという人が手に入れたときは荒れ果てて惨めな状態だったが、数年にわたって改築と修復を行い、2001年にホテルとして開業した。ピンク色の瀟洒な建物だ。建物の後ろはそれ程広くない芝生の庭になっていて、その先に水路と見紛う細長い池があり、その向こうは林である。林の周りは広い耕地に開拓されており、この全ての耕地の所有者がフラウエンマルク城に住んでいたのであろう。

  

入城門 ・ 正面

 

お城の一部

建物の中に入ると砂岩の暖炉があり、骨董家具が並べられ、隅にアップライトのピアノが置かれたホールで、レセプションがない。ソファーの上に真っ白な猫がいる。少しの間ウロウロしていると従業員らしき人が通りかかったので案内を請うと、支配人と思われるおばさんが出て来た。まず „城内” を案内してくれて、 „フロレンツ“ という名前のバーの一角で宿泊手続きをした。勿論意識してそうしているのだが、スタイルと雰囲気がイギリスのマナーハウスに似ているし、少し退廃的なムードが漂う。

 

ロビーのホール1&2

 

階段 ・ バーの一角

3室のスイート、ダブルの客室が7つ、そしてシングルが1つあり、それぞれが違うタイプの部屋で、セシリエとかマリア・スチュアート、ソフィエ、シャーロッテ、ルイーゼ、ローラなどの名前が付いている。私の部屋はサー・ジョーンという名の付いたダブルルームだ。緑と赤茶色の部屋で、立派な家具と室内装飾品を置いている。本当に骨董価値があるものなのか、骨董に似せてあるだけの家具調度なのか、私には判らない。サーヴィスの水とリキューがある。なんだか場違いな感じを受けるのは、小さくて全時代的なテレビである。部屋に電話がないのは最近携帯を持つ客が多いからか。

 

私の部屋1&2

窓のある比較的広いバスルームで、使い勝手は悪いが面白い古式洗面台がある。バスタブの下の部分は普通タイルで蓋っているのであるが、ここのはギザの付いたカーテンをたらしている。スカートをはいた浴槽は初めてである。床が不安定な板張りなので仕方がないのであろう。普通の部屋を無理やりバスルームにしたと思われる。

 

バスルーム1&2

部屋に案内してくれた支配人らしきおばさんが言う。

「夜、電気を点けている時は窓を開けないでください。窓を開けるなら電気を消してください。蚊が入ってきますので。刺す蚊ではありませんが、、、、。」

私はフーンと思っただけだったが、外が薄暗くなってくると来る来る。数十匹の蚊が窓にへばりついて、入れてくれ入れてくれと騒いでいる。次の日に散歩をして分かったのだが、周辺には大小の沼と池が沢山ある。なるほど、、、、。

このホテルで面白いのは、室内、フロアを問わず、この建物にある家具やアクセサリーを購買出来ることである。箪笥、鏡、イタリア製のツボ、蝋燭立て、郷愁をそそる脚付き浴槽、インドの椅子など。陶器中心の装飾品を並べた部屋もある。まるで、城の所有者であるローテンベルク氏の会社の展示即売場みたいだ。

夕食と朝食を摂る „クラウド・モネ” という名のレストランは、フランスはGiverny にあるこの画家の家に刺激を受けて内装されたそうで、黄色と青色の華やかな部屋である。イタリアの陶器類とガラス製品を陳列している。BGMはワルツだ。しかし、食事をする雰囲気としては一考の余地があると思う。というのは、テーブルクロスは紙で一部を蓋うだけ。ナプキンも安っぽい紙。この村の人であろうか、普通のおばさん二人がごく普通にサーヴィスする、というか、食事を運んでくる。少し欠けている食器が2、3ある。デザートの代わりにエスプレッソを頼んだつもりなのに間違えてすぐに持って来たが、謝って持って行こうとするのを差し止めた。食前コーヒーでも、まぁいいや。

レストラン „クラウド・モネ” 

一応突き出しとして、棒状の固パンと棒状に切ったピーマンが出た。コッテージチーズを付けて食べるらしい。

前菜に日替わりスープを頼むと、カボチャスープであった。今が旬なので当然だ。カプチーノ風にクリームの泡で蓋い、炒った種を少しのせてカボチャ種オイルを一筋流してある。味に何かが足りないけれども何だか判らない。塩を入れてもダメ。思いついたのは、これがドイツのカボチャの味、ということだ。ここのカボチャはそれ自体が水っぽくて味が薄い。コクがあってホクホク感がある日本のカボチャとは大違いである。

主菜として、焼いた鶏の胸肉をクリームソースで食した。茹でた緑と白のカリフラワーとニンジンが付き、傍らにマヨネーズ味のニンジンサラダが少しある。炭水化物は粒の大きいワイルド・ライスである。この料理の良い点は、肉が柔らかいこととサラダのサッパリ感が良いことだ。悪い点は、ライスを炊いているのではなくて大量の湯で茹でているので、水分を多く含んでグジャグジャになっていること。野菜も茹で過ぎでグジャグジャになっている。野菜の茹で方までイギリス風とは流石である。 (皮肉です。) はっきり言ってここの食事はまずい。ちゃんとしたシェフは居なくて、おばさんのうちの一人が自分で料理して持ってくる。 

デザート代わりのエスプレッソはもう食前に飲んだので、すぐに部屋に戻った。

少なからず宿泊客がいるはずなのに非常に静かな夜である。皆おとなしい人達なんだろうか。

朝食時間の設定は遅めで、9時から11時となっている。忙しいビジネスマンなどはこういうホテルには泊まらないのであろう。„クラウド・モネ” が満席だったので、向かいの „ミス・マープル“ (アガサ・クリスティの作品の探偵おばあちゃん) の部屋で摂った。宿泊費相応の、特筆すべき事は何もない朝食である。今日は東西ドイツ統合記念日であるからか、発砲ワインをサーヴィスしてくれた。

  

朝食部屋 „ミス・マープル“

このホテルの特異性はお茶。「お茶飲み文化」 に力を入れていて、インド産や中国産を含め約20種類のお茶をティー・サロンで飲めるし、買うことも出来る。イギリスの 「お茶飲み文化」 で良く知られたスコーンを焼いて、完璧なイギリス風ティー・タイムを供する、、、、と、ホームページに書いてある。

2日目の午後、そのティー・タイムを経験してみた。

2階のティー・サロンで期待して待っていると、言っておいた時間通りに持って来てくれた。一目見て、、、、、ガックリ。この夏に本場でイングリッシュ・ティー・タイムを楽しんだ者としては、少なからずショックであった。まず、本来は3層の皿で真ん中に取っ手のある食器に、スコーンと2、3種類のケーキ、そしてサンドイッチを乗せて来るのだが、ここでは1層である。大したことではないと思われるかもしれないが、3層と1層では立体感が違う。華やかさが違う。さらに、昼食の代わりにしようと思っていたのに、サンドイッチがない。あるのはスコーン1個とドイツのバウンドケーキ1つ。どちらもシットリ感が少なくてパサパサだし、何よりも旨くない。決定的に良くないのはスコーンにつけるクリームである。普通のクリームだ。スコーン用の本場のクリームはドイツでも手に入るのに、何故わざわざまがい物を使うのか。残念でならない。その上給仕のおばさんは、お茶に入れるミルクとバウンドケーキを食べるフォークを持って来ていない。呆れてしまってそれを指示する気力もなく、ダージリン茶にはクリームを入れ、ケーキはティースプーンで食べた。他には 「お茶をする」 客は居ないらしく、一人で静かな時間を過ごせたのは良かった。

ティー・サロンのバルコニーから入城門の方を見る

ティー・サロン1&2

 

アフタヌーン・ティー

夕食は、あまり食欲もないし、また美味しくない料理を食べるのも嫌なので、最近気に入っていて家から持って来た „CANTUCCINI“ というイタリアのお菓子とミネラルウォーターで済ますことにした。

2日目の朝は宿泊客が少なく、 „クラウド・モネ” で朝食を。面白いというか、残念というか、ビュッフェに並べている物が昨日と全く同じである。選択幅がそれほどあるわけではないので同じものを食べることになる。違うのは、発砲ワインのサーヴィスが今朝はないことだ。

部屋に帰る途中にティー・サロンの前を通るので中を覗いてみると、なんと、昨日の午後私が 「お茶した」 後を片付けていない。せっかく綺麗に設えているサロンなのに、、、、。今日新しい客が到着してティー・サロンに入るまでに片付けることを望む。(このホテルの為に!)

北東ドイツの素朴な風景の中に点在する、東ドイツの影をいまだに引きずっている小さな村々のうちの1つにある、イギリスのマナーハウスを思わせるフラウエンマルク城ホテル。その歴史を感じさせる建物と立派な骨董風家具調度で、なかなか面白いホテルである。しかし、旧東ドイツにはよくあるように、その従業員のプロ意識の欠如が目立っていると思う。ホームページを見ると画一的なホテル業務との間に一線を引いているらしいが、何か勘違いをしているのではないだろうか。殊に飲食に関しては完全にアウトである。

 

〔2011年10月〕〔2021年11月 加筆・修正〕

 

 

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