「鎌倉個道」

鎌倉の歴史、草花、食物

小網代のナンバンギセル

2007-10-30 15:56:25 | Weblog
三浦半島は房総半島と一緒に東京湾を抱えこんだ位置にあって、ちょうど蟹が両手を広げているように見える。右手(右脚か)にあたるのが三浦半島で、中央部から走水(はしりみず)を抜けて「古東海道」の【海の道】が通る場所でもある。
★さらに指先の「城ヶ島」あたりからは三浦の中でも「三崎(みさき)」と呼ばれる漁業のめっかである。
★小さな半島を廻るたびに静かな湾が「浜諸磯(はまもろいそ)」「油壺(あぶらつぼ)」「小網代(こあじろ)」と続く。秋の一日、海を眺める旅に出掛けた。
★それぞれの湾の素晴らしさは別の機会に譲ることにして、小網代湾から引橋(ひくはし)に向かって、ゆっくり登っていた時のことを語ろう。肺気腫の辛さに耐えながら黙々と足を運ぶ。急に誰かが叫ぶ「ナンバンギセルです!」。南蛮煙管とでも書くのだろうか、奇妙な生物である。
★ハマウツボ科、1年生の寄生植物だと教えて貰う。自然観察会に参加する醍醐味であろう。
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極楽寺のカボス

2007-10-29 20:26:12 | Weblog
カボスはユズの一種でミカン科の常緑広葉樹である。「広辞苑」によると、果実は酸が強く独特の風味がある。果皮は緑色だが、熟すと黄色になる。大分県特産と記されている。
★俗に桃栗3年柿8年と言うが、ユズ(柚子)は16年しないと実を結ばないらしい。我が家の庭では20年モノの花柚子が今年初めて色付き始めた。
★ミカンに似た果実も様々あるが、ユズに類似の実もたくさんある。カボス、スダチの他に沖縄のシークワーサー等が有名である。
★鎌倉の「極楽寺」の茶店にスダチが飾るように置かれていた。毎月28日は「お不動さまの日」で住職の護摩焚きと副住職と一緒にお経をあげるのが楽しみで時々参加している。日によっては10名に満たない人数だが、何と無く不思議な空気である。スダチは裏庭になっているが、山のカボスは取り手がいないという話になった。
★フリー百科事典Wikipedia によると、カボスの果汁は酸味に富むとともに独特の香りを有しており、刺身や焼魚等の薬味として、あるいは鍋料理のポン酢や酢の物等の調理に用いられる。
★また、10月も央ばを過ぎる頃になると店頭を黄色いミカンが彩る。酒呑みならずとも熱々の鍋が恋しくなる季節である。
★翌日も良い天気で山歩きの先生にムリを言って「極楽寺」の門をくぐる。普段は開いていない忍性の墓への途中に木が折れるのではないかと思うほどタワワに稔ったカボスの木がある。
★木の下にビニールシートをハンモック状に吊り尖端が鋏みになった長い植木剪みで切り取って行く。一緒に作業をした副住職も悲鳴をあげるほどの量である。バケツに5杯ほどの収穫では、ほんの一部にしか過ぎない。50年は疾うに超える年数を生き抜いて来たに違いない存在に感動しながら古刹を後にした。
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安養院のキャラブキ

2007-10-29 00:44:58 | Weblog
鎌倉駅改札口に立って「さて、今日は何処へ行こう」と思うことがある。定点観測のように訪問する場所もあるが、目的なしに歩いた時の方が感激もひとしおということが多いようだ。
★安養院は浄土宗の古刹で、祗園山安養院田代寺が正式名称である。北条政子が夫・源頼朝の菩提を弔うため笹目ガ谷に建てた真言律宗の長楽寺が前身だという。鎌倉文学館入口そばの石碑(鎌倉町青年団)に記されている。
★安養院はツツジの寺として有名だが、彼岸花や水仙そしてツワブキが美しい。
★ツワブキは石蕗で東北地方以南に自生する。若い茎を摘んで皮を剥くと普通のフキと変わらぬ感触である。山野草の一つとしても珍重される。10月も終わろうとする頃に黄金色の花を咲かせる。
★安養院の裏手には大小2基の宝篋印塔があり、小さい方が北条政子の供養塔である。大きい方は国の重文である。
★「日限(ひぎり)地蔵」は寺の入口そばの小さなお堂におられて、政子が頼朝と結ばれたことに因んで恋愛成就のご利益(ごりやく)があるそうな!
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お塔のやぐら

2007-10-25 22:18:21 | Weblog
鎌倉は南は海だが三方を山に囲まれている。鎌倉幕府をスタートさせた源頼朝は鶴が岡八幡宮の裏にあたる「わめき十王」あたりから若宮大路へ一直線に街区を築いたという。幕府が順調に展開すると墓所をどこにするか問題になってきた。法律で規制せざるを得なくなった。「やぐら」の始まりである。
★3千くらいあると言われる「やぐら」だが、山に入ってよじ登る感じで探さなければ見つからない。「明月院やぐら」や「報国寺」にあるものは例外的に近くから見ることができる。一方で「覚園寺」裏山の「百八やぐら」はハイキングコースから外れた急峻な崖の途中にある。
★「鎌倉の分水嶺を歩く」がテーマのウォーキングに出かけた。鎌倉シルバー・ボランティアガイド協会主催の「古都鎌倉史跡めぐり」である。
★「鼬(いたち)川」から「天園」を越えて「滑川(なめりがわ)」の沢を下る健脚向けのコースだが100人を超える人気のようだ。横浜側の整備されたコースも良かったが、圧巻は「お塔のやぐら」であった。
★細い山道を登り丸木橋を渡る。
それだけで十分冒険心を満足させる。「やぐら」は吉祥草と呼ばれる小さな蘭の紅の花の上薮の中に隠れるようにあった。
★北条高時の墓所とも伝えられる「やぐら」は鎌倉で最も古く唯一の「籾塔」形式だという。知的好奇心も十分満足させる申し分のないものだった。
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ホトトギスを描く

2007-10-25 15:13:57 | Weblog
随筆

 「長谷観音」で有名な「長谷寺」の階段脇に黄色いホトトギスが咲いている。黄色の花で形が薬莢か首が少し括れた瓢箪型になっている。さらに厚めの葉が互生して岩から垂れ下がるように咲いている。日ごろよく見るホトトギスは“花びらにある紫色の斑紋がホトトギス(小鳥)の胸の斑紋と似ていることから付けられたとされている”(国立科学博物館のサイト(http://research.kahaku.go.jp/botany/hoto/HOTOTO.HTM)ところが、長谷寺の花は黄花で”蘭(らん)“の一種にも見える。
 国立科学博物館サイトの説明を続けて見よう。“日陰の崖地などに生育すると垂れ下がるが、明るい場所では立つこともある。草丈は1mに達するものが多い。茎や葉に毛が多く、茎の毛は上向きに生えている。花は葉腋に1-3個着き、上向きに開く。花の大きさや斑点の大きさなどに変異がある。斑点のないものがあり、シロホトトギスと呼ばれている。花は4日間咲いている。花期は9月下旬から10月中旬である。”主に関東から西の太平洋側に分布する日常的によく目にする花である。

 ホトトギスの花を最初に認識したのは何冊目かの「詩集」出版記念パーティーのことだ。当時新婚だったNさんの夫人が私たちのために造ってくれた「コサージュ」がホトトギスだった。秋のパーティー会場を華やかでしっとりした雰囲気にしてくれたのでよく覚えている。それまで鳥のホトトギスしか知らず、しかも“泣いて血を吐く不如帰(ホトトギス)”という文句で正岡子規の「子規」も徳富蘆花の「不如帰」が“ホトトギス”と読むことを知ってはいたが、花の名前になっているとは知らなかった。
 実は日本産ホトトギスは大きく4つの属に分類される。①黄色の釣り鐘型の花冠を持つ上臈ホトトギス、②黄色で、上向きに咲く花を着け、茎に開出毛の出る黄花のホトトギス、③白色で、上向きに咲く花を着け、茎に斜上する毛の出るホトトギス、④白又は黄色の花を上向きに咲かせ、茎に斜め下向きの毛の出る山ホトトギスである。一般に関東の山野に咲き我が家の庭にも植えて楽しんでいるのは③だが可憐さにおいて勝るのは「台湾ホトトギス」と呼ばれる方である。

“永遠にあなたのもの”という花言葉が気になるせいだろうか、スケッチ教室でもこの花を画材にする生徒が多い。鳥のホトトギスの喉に似た花びらの模様を詳細に写して色を塗るのに四苦八苦する。指導にあたる園田幸朗先生は黒板にホトトギスの花びらの拡大図を描いて、“めしべ1本6裂、おしべ6本”さらに“外花被3、内花被3、計6枚”と具体的に特徴を示される。花びらが何処を向いているか、付け根はどんな風かといったことを丹念に見て行くことが必要だ。黄色いホトトギスは「上臈ホトトギス」であった。
(平成19年10月18日)
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