ビギナークリスチャン♪シズコの縁側

クリスチャン歴18年、うつ状態歴27年をむかえたけど未熟or発展途上?悩み満載!生かされて感謝♪クリスチャンブログ。

最後の一筆~イエスさま、ありがとう♪

2011年12月31日 | イエスさま
彼らは聖なる民、主に贖(あがな)われた者、と呼ばれ
あなたは尋ね求められる女
捨てられることのない都と呼ばれる。

旧約聖書:イザヤ書62章12節(新共同訳)


でぃあ 父ちゃん
あたしのイエスさま
今日はもう書かないつもりだったし
あと4時間弱で2011年は終わるんだけれど
どうしても書きたくなったの
そしてね、描いたの!
見て見て!
私が始めてお絵かきしたの!
上手でしょ?
え?変?
そんなこと、父ちゃん言わないよね?
それは、私の中にまだ住んでいるインナーチャイルドのシズコが
まだ自己肯定の道を回復の途中だから聴こえるような声でしょう?
父ちゃんは決してそんなこと言わない
あたしは知ってる
「シズコォ、よく今日もやったなあ。
さすが俺のめんごこいおぼこ(=可愛い子ども)だ。
トイレ掃除は、便器さ手ぇ突っ込んで掃除しったっけし
酢まで使って水垢落として
よーく頑張たぞ。
さすが俺の娘だ!
よぐやった!
最後は買い物まで行ったもな?(笑)
ほして、一時間早くご飯になって
パニクりそうになったげど
ちゃんとこうして自分のしたいごど
やってる
昨日は『今日でブログ終わり』って言ったけど
今日は今日だ
お前はちゃんと『自分の気持ち』を貫いてっぞ(笑)
『カーペ・ディエム』今をちゃんと楽しんでっぞ!
めんごだ。(=可愛いおぼこだ)
俺な、そういうシズコがめんこい。」
そう言ってけでるよね?
今日もよトイレの掃除したとき
ほんてん、気もち良いっけのも本当
だけど
トイレ掃除のブラシがやぁ・・・
泣くんだよ(涙)

「なして、シズコはトイレばそだい手ぇまでつっこんできれいに掃除してけんのに!?
俺ばきれいにしてけねのや?
俺が居っから、トイレはきれいになんなだぞ?
俺ばもきれいにしてケロ!
俺悲しいや~

(「どうして、シズコは、トイレにはそんなに手を突っ込んでまできれいに掃除してあげてるのに?
俺をきれいにはしてくれないの?
俺が居るから、トイレはきれいにいなるんだぞ?
俺をも、きれいにしてくれよ!
俺は悲しいよ~」)

って
ブラシの泣く声が聴こえんのよ(涙)
だって、本当に聴こえたんだもん。
だから、私
100円ショップで買ったトイレのブラシも
ホームセンターのブラシと間違えるくらいに
洗剤使って、ブラシと歯ブラシと、雑巾とスポンジ使って
ぴっかぴかに磨いたよ
ブラシ君、なんだか喜んでいたっけ(笑)
あたしもな?
そのとき

「あー父ちゃんがいつあたしの家に来てくれても
恥ずかしくない。
トイレのブラシまできれいに掃除したモン!」

って思えた

今とっくに紅白始まってるけど
審査員になでしこジャパンの山形出身の佐々木監督来てるかもわかんないけど
時間は限られてるし
あたしはこのブログ書きたかったの
だから書いてる
明日は礼拝で、「正餐式」もあるから
どうしても行きたい
今日、親友のMさんと電話で祈って約束したんだ
「明日一緒に礼拝出ようね」って
だから、父ちゃん
今日はうんと見たい紅白だけど
もっとしたい自分のこと優先する
そして後悔しないようにする
だって明日は元旦礼拝兼初めての新年礼拝だから
明日は絶対に礼拝に招いてね、父ちゃん
あたし、この絵描いてて好美先生の言葉思い出した
「何かね、事を始めて、完成させようと思うじゃない?
でも、最後の一筆は、神さまが塗って下さるんだよね
そして、神さまにゆだねて、塗って頂くから大丈夫だと思うの」って
ちょっと間違ってたら
父ちゃん、好美先生ごめんなさい。
だけど、そう思った
昨日からたくさんの美しい絵画を見た
で、最後に初めて今日
生まれて初めて画像にお絵かきしてみた
シズコの写真だからちょっと恥ずかしくて
昨日はそのまま出せなかったの
でもね、今日は
みんなに見てもらいたいし
思い切って見てもらう!
父ちゃん、だから
最後の一筆
塗ってね!
みーんな有名な画家の絵も
今日見た奇跡のように美しく撮れた今年最後の夕焼けも
父ちゃんが最後の一筆を塗ってくれたんでしょ?
だから
お願い
今日の私の一日も
父ちゃんが最後の一筆を塗って
しあげてください
お願いします
このお祈りを
大好きなわたしの父ちゃん
主イエス・キリストの
お名前によってお祈りします。アーメン。


昨日雑誌から見ていたいろんな画家の有名な絵。
今PHSの待ち受け画像にしている大好きなボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」
優しくて恥じらいのある表情と流れる長い髪
そして、まろやかな肩の線が大好き
胸を隠している恥じらいも日本の女性のようで好き









これはちょっとびっくりした!ダ・ヴィンチが描いた「洗礼者(バプテスマの)ヨハネ」だって!こんなセクシーな表情のヨハネなんて信じられる!?びっくり!?
なんかサタンみたいにセンシュアルだよね?わお!









同じダ・ヴィンチが描いた「ほつれ髪の女」。
私は正直この絵、昨日見るまで知らなかったのです。
でも見たら一発で無防備なほど優しい女性の表情と淡いブラウンの色彩とタッチに魅かれました。
正直な今の感想は「モナリザ」より、好ましいです。慈愛に満ちた女性なら誰でも持っている「内なる母」の表情のように思われませんか?






中間報告!

今ね、お母ちゃんが「シズコ~!佐々木監督審査員で出ったよ~」と教えてくれた!
ええっ!っすっ飛んでいったら、チラッとだけ見えた!バンザーイ!」
父ちゃん、佐々木監督のカッコいいスーツ姿の審査員姿!PHSで撮らせて~
このお祈りを御名によって祈ります。アーメン!

あと、このパソコンでもラジオ放送、聴けるんだね。今森進一さん聴いてます。
ちょこっと、好きな椎名林檎さんの「カーネーション」聴いてきまっしゅ!

椎名林檎さん、とても素敵でした。「カーネーション」の歌も良かったけれど、もう一曲目の曲が凄くキュートで可愛かったな。二番目の歌がわかる方、どうぞ教えて下さいね。


閑話休題。元の画の画像に戻ります。

これはティティアーノの描いた「マグダラのマリア」
モンゴメリの有名な小説「赤毛のアン」が「あのチチアン(=ティティアーノ)の髪の女性は誰ですか?」とアンが聞かれるシーンがあるのだけれど、このティティアーノ描く「マグダラのマリア」の絵を見ると、その理由がわかる気がします。アンの憧れていた、でもアンの髪の毛にかなり近い、褐色系のブロンドの髪をしている「マグダラのマリア」。
乳房があらわに見え、ちょっとドキッとしたのも本当ですが、娼婦というマグダラのマリアの職業と、そのことと、主イエスに対する真剣な愛と敬慕の情を隠さないマグダラのマリアの真摯な眼差し、そして堂々としたマリアの姿は、毅然として、美しいと思いました。私もこんな風に、ありのままの自分を主の前にさらけだしたい・・・。





トイレ掃除が終わって、手を綺麗に洗って一息つき、ポストを見たら、仙台のカトリックの姉妹から「クリスマスプレゼント」が届いてました!

なんと!女子パウロ会のミニカレンダー!


なんて慎ましい、日本的なカレンダーでしょう!

そして、心こもったお便りと、クリスマスカード、そして、小さなマリア様のミニカード!

M・P・M姉、本当にありがとうございました!
特にお掃除が終わったばかりだったので、神さまからのご褒美みたいに嬉しかったです。

主の平和!(これはカトリックの兄弟姉妹方の挨拶だそうです。)

やっと昼食を取り、お化粧をし、少し落ち着いてから、買い忘れた買い物をしに行きました。そのとき見つけた「可愛い~♪」カルピスウォーター!







すみまっしぇん!後ろが生活感あふれててごめんね!

で、この柄が良いでしょん?
わたし、このクリスマスっぽい可愛い雪だるまと、言葉に一目ぼれ
「この先もずっと笑顔で行こう」ホントだね!私にもこんな恋人?素敵な配偶者(雪だるまじゃなくて、「人間の男性」にしてね!)

父ちゃん、与えてね


駐車場に車を停めて、帰宅する前に見た、そして奇跡のようにPHSで撮れた今年最後、私の駐車場から見えた夕暮れ。How beautiful!



帰宅したら、母がすっかり茶の間、仏壇の掃除をしてくれていました。
私はお供え餅に、買ってきたちっちゃなミカンを飾って床の間に飾ったよ。これがそう。
じゃじゃーん!純!日本のお正月!って感じでしょ?


ちなみに、床の間のお花は母が活けた。母は池坊の教授免許も実は持っているの。
前にあるのが、私が飾った鏡餅。やっぱこれがあるとね?日本のお正月って感じがするでしょ?




となりが我が家の仏壇。


そして、その脇には神棚。


2002年に初めて我が家に来てくれた韓国のクリスチャンの兄弟姉妹がこれを見てびっくりしてたよ。そして聞かれたもの・・・。「シズコはクリスチャンなのに、シズコの家はなぜ仏壇と神棚が一緒にあるの?これは日本家屋では当たり前なのか?」って。

私答えた。「私はクリスチャンだけれど、我が家の代々の宗教は仏教の曹洞宗(そうとうしゅう)だし、私の家族は私のほかは皆、クリスチャンは誰もいないから。そして特に決まった宗教に帰依しているわけではないから。多分、フツーの日本の家は、仏壇も神棚も置いてある家は多いんじゃないかな?」って。

Anyway、シズコの家では、仏教も神道もキリスト教も仲良く暮らしています。

これは、私にとって、とても重要で大事なことだと思っています。(真面目)

本当だよ。そして、素晴らしいことだと私は思ってるよ
今の私にとってはこれが自然なんだよ・・・。

その後、私も部屋をちょことだけ片付けた。やっぱりね、お年越しだから。

今二階に引っ越して一ヶ月たったかな?ぐちゃぐちゃだけど、ひとつ新しいドレッサーが先週入ったの。これでーす!これは搬入された直後の写真ね。





特価品で、定価の半額!理由は展示されてたから、あちこちに傷があったの。でも、私この木目がとても気に入ったし、傷よりそっちの「欲しい」っていう気持ちを優先させました。






ほら、傷マークのシールをはがしたら、ぜんぜん気にならないでしょ?

ね?





私の部屋は和室だし(畳のあの感触が好き♪)そして、もともと勉強机も本棚も、全部木目や、亡くなった父の手作りなんです。

この勉強机は、私が小学校入学の時、父が購入してくれました。だから45-7=33年前に購入したの。今はこの机の下に、本が一杯入っている段ボール箱がデン!と置いてあるから、机の役割果たせなくて申し訳ないんだけど・・・その上の本棚の下にある木枠の台は、私が中学生のとき父が作ってくれたものです。もともと父は工業高校出身だから、こういうのが凄くうまい。だって、今住んでいる父が建てた二件目!のこの家の設計図も自分でひいたくらいだから・・・。





その脇の本棚の中に、この間エスパルでやってた「リカちゃんファクトリー展示場で購入した新しい服を着た、キャリアウーマン風リカちゃんが居ます。このパンツルック&メガネ、カチューシャは全部私の見立て。リカちゃんも小学生のときの母からのプレゼントだから、ずっと33年一緒に居るんだよね。

ちょっと片付いて無いけれど・・・・移動して今調整中の、本棚の上の時計など。
基本はやはり木目のあたたかさ。


その脇にある、これも小4の時買ってもらって弾いているピアノ。今は物置と化して、まだ弾けません。今年中にはなんとかしたいです。ピアノカバーは私が選んだ、トルコブルーの敷物。気に入ってます。







その脇の本棚にももう本がびっしり!なんとかしなくちゃ!でも捨てないのは捨てない。
結局売ってしまっても、その後買い戻してる本がほとんどだから。。。。



その前に、今、定位置が無くて、布を張った板に貼ってある、マザー・テレサのカレンダー、そして、チャーチ・オブ・ゴッドの姉妹が描かれた聖句の絵と文字。そして、頂いた聖句&ポストカードカレンダーから取った好きな詩篇の言葉のポストカード。

マザーテレサのカレンダーは仙台の聖パウロ書店から思い切って購入。300円と言うお手軽な値段と、マザーの言葉と、コルカタでのマザーと人びとの交流の写真が気に入ったから。






今日急いで、写真用にちゃちゃちゃっと直したドレッサー。
机の代わりになってるので、ごちゃごちゃ置いてある。あたたかい赤いブランケットは今の寒さをしのぐ必需品。


ドレッサーは今は机と化している。


これは私のネイルコレクション。精神科入院のとき、これで安いコップに絵を描くことを覚えて、いろいろ集めて居たんだ。
今年はピンクのネイルをつけたかったけれど、今日は時間が無くて無理みたい・・・。

でも可愛いでしょ?



で・・・思い切りました。



そして・・・・ちょっと恥ずかしいけど、見てください。
私が始めてブログの画像にお絵かきした画像です。どっかな?






自分では、初めてにしては、なかなか可愛く、私らしく出来た気がしたんだけど・・・。

今年ハレルヤコーラスの前に、教会で撮ってもらった写真に、自分でメッセージや絵を入れて描いて見ました。
この表情は、母が「今年一番優しくて良いみたい」と言ってくれた数枚の?写真から私が気に入っている写真にお絵かき描き描きしてみました。

今年のシズコはこんな笑顔で、こんな冒険?もできるようになったんだよ~♪

じゃあ、もう午後10時過ぎたから、急いで部屋あたためて、足湯に入ってお風呂入って、行く年来る年見ながら、弟が茹でてくれる年越し蕎麦を頂くために、準備しますっ!(我が家は亡くなった父から代々、男性が年越し蕎麦を茹でるのが習慣なの!良い習慣でしょ?

では、本当にまもなく、2011年が過ぎてゆきます。

本当に、皆様、今年も最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

皆様に神さまの限りない祝福がありますように。

そして、一日も一瞬でも早く、東日本大震災の復興を主が導いて下さいますように。

私たち生かされているもの、宗教も、人種も、国も、年齢も、全て違う私たち、みながキリスト教では「愛」と呼ばれる、すなわち「ご大切(ごたいせつ)」の心を与えられ、互いに話し合い、理解しあい、仕えあい、相手と自分を尊び、限られた命を大切に大切に、天に召されるまで「生かされて」いけますように。

心からお祈りして、今年最後の、本当に最後のブログをアップいたします。

主よ、この祈りを御名(みな)によって祈ります。アーメン。


本当にみなさん、今年一年ありがとうございました。


来年もどうぞ、「シズコの縁側」に遊びに来てな~

待っとるでぇ~(←「カーネーション」糸子さん風


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安かれ、そして私、シズコは今を生きる~2011年シズコ最後のありがとう風呂具♪

2011年12月30日 | 日記
安かれ。
ヨハネ福音書20章19節
(明日のシズコの日めくりカレンダー31日分の聖句)







「今を生きる。カーぺ・ディエム!
今を楽しめ 青春を謳歌せよ! 自分の人生を素晴らしいものにするのだ。 」
映画「今をいきる」のちょっと見は破天狂?
または生きる人間の魅力が溢れ出す教師、ジョン・キースティングの言葉
            




なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは立法の行いではなく、信仰によると考えるからです。
新約聖書:ローマの信徒への手紙3章28節(新共同訳)


↑の聖句と全く同じ箇所の次のケセン語訳と是非読み比べてみてください。




つまり、俺達(おら)ァ考えでァ、人ァ神さまに、ああ此奴(こいづ)ァいい奴だ、可愛(めんこ)い奴(やづ)だど思って頂くのァ、掟ェギッチど守るがらでなくて、神さまァどごォ心(こゴろ)から力に思い、頼りにして、何ァあんべども(何があろうとも)身も心(こゴろ)もお任せして働ぐがらだ。

ローマ人への手紙3章28節(ケセン語訳)「イエスの言葉~ケセン語訳」(山浦玄嗣著、文集新書出版)・104ページ「かみさまのめんこ」より






2011年3月11日。大津波が東北の太平洋岸を襲い、万をもって数える人びとが亡くなったり行方不明になりました。
わたしのふるさと(岩手県気仙地方)も甚大な被害を受け、陸前高田市は市街の全域が壊滅し、大船渡市も市街地の半分が流されました。・・・・・
でも、われわれの魂までは流されません。
日本中のふるさとの仲間にイエスのことばをつたえようという望みは
ひとときもきえることはありません。

われわれの魂までは流されない~「イエスの言葉~ケセン語訳」(山浦玄嗣著、文集新書出版)帯裏より




今2011年12月30日午後12時22分をまわったところです。
私は一昨日からひどい風邪をひきました。けれども、昨日どうしても観たかった映画「ゲーテの恋~『君に捧ぐ若きウェルテルの悩み』」を観て、凄く良かったし、帰り道今まで詠んでみようともしなかった「若きウエルテルの悩み」を買って帰り、今日はますます風邪がひどくなりましたが(苦笑)お陰様で朝食を家族ととり、今年最後のラジオ中国語講座を聴いたあと、こたつにあたりゆっくりDVD「今をいきる」を見ながら今最後のブログアップをさせてもらっているところです。

2011年は本当に激動の年でした。日本にとっても私にとっても。

けれど、最後はこのタイトルで締めくくって今年最後のブログとさせていただきます。

「安かれ、そして私、シズコは今を生きる。
イエス父ちゃんと、全てのみなさんへありがとう!」


まだ風邪をひどくなっていようがいまいが、うつ状態が続いていようが、昨日私は映画を見られたし、ふとしたことで知った「イエスの言葉~ケセン語訳」の文庫もポイントをためてたおかげで300円前後で購入できた。だから今日は風邪をひいていても、どんなシズコであっても、生きている。

生きていられる限り、可能性はなくならない。

そして、私は、イエス父ちゃんにがっちり大事に大事にされている「神様のめんこ(=可愛い子)」。

だから父ちゃんの言うとおり

「安かれ」(=「安心してろ」)。

そして、今年最後の映画になったDVD「今をいきる」より

「今を楽しめ 青春を謳歌せよ! 自分の人生を素晴らしいものにするのだ。」

この言葉を、INNNER CHILDの17才のシズコに語りかけて今年をありのままに生き、来年を迎えたいと思いました。

今年2011年もたくさんの方からのあたたかいコメント、そしてお祈りをありがとうございました。

最後に、今年貼り残して?どうしても今年中に見て頂きたい画像をどんどん貼らせて頂きます。順はめちゃくちゃですし、詳しい解説は載せませんが、共通項は、私の心に残った画像です。
以前貼らせて頂いたのも入っています。

どうぞ最後までお楽しみ下さい。

2012年が、たおやかでゆったりした新年になりますように。

心からの感謝と祈りを申し上げ、今年最後のブログと致します。










































































































































一句献呈


夢描き
   祈りて結ぶ
     (良?)縁(えにし)かな
       シズコ









ありがとうございました。Thank you so much. 非常感謝(ふぇいちゃんがんしえ)!
God Be With You.

また新年2012年にみなさまとここでお目にかかれますように。

またね。



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良いお年越しが出来そう♪/(^0^)/

2011年12月28日 | 日記
一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一粒のままである。
しかしもし死んだなら、
豊かに実を結ぶようになる。

新約聖書:ヨハネ福音書12章24節
(シズコの今日の日めくりカレンダーの聖句より)



昨日は起きて8時だったので、ぎりぎり朝の中国語を聞いて、ダッシュでご飯を食べて歯医者に行こうとしたら、マイカーDuetちゃんに、こんなに「とっぷり」「こんもり」雪が積もっていました。ひゃ~!まいったよ~!二日間外出しなかったもんな。長靴履いて出てよかった~。なんとか20分近く遅れで(歯医者さんすみません!)雪ガッパガッパかいて、歯医者へGO!


もう11年もともに行動をしているマイカー「Duetちゃん」(女の子)です。

雪がすごいっしょ?


正面から見ても・・・・顔が見えん・・・可愛そうに。急いで雪かきして、きれいきれいにしてあげました。
車も美人にならないとねっ?(え?)


歯医者さんに行って、今度は歯の大掃除をしてもらいました。スッキリー!

お手洗いに入ったら、こんな可愛い薔薇が、思わず、パチリ!

ちゃんと後で、許可もらいました。へへっ!・・・。

受付で支払いをしたら、もう来年のお正月の準備が・・・「撮影させて頂いてよいですか?とお尋ねしたら「どうぞどうぞ」との快いお返事が。「やったあ~!」と撮影させて頂きました。縁起の良い獅子舞じゃ~!






その時にね、お手洗いの薔薇の事も言っちゃった・・・受付の方はにっこり微笑んで「薔薇きれいですよね。私も大好きで時々撮るんですよ」と優しいお言葉。
S下歯科さん、ありがとうございました!来年も宜しくお願いします!


もう12時過ぎてたので、大急ぎでガソリンつめ、銀行周りなどしてたら、あっという間に午後1時!帰宅したら母「弟と二人でラーメン食べちゃったよん♪」
「わー私も食べたかったよう!」と言ったら、「あるある」と言って出してくれたのが、朝の残りご飯!BUT!この豪華さを見て見て~♪

「わーい!残りものには福があるんだ~♪」と思わず叫んでしまった私でした。

やっぱり「家ご飯は美味しいよ~」

じゃじゃん!

ねね?残り物に見えないでしょ?

私はご飯が好き!ご飯には大好きな海苔があると幸せ。お歳暮で頂いた梅のり&オンヌリ教会のメンバーから頂いた「ふりかけ(だった!)」これをダブルで頂いちゃった!
オンヌリ教会の兄姉から頂いたふりかけは、辛くなくて、むしろ自然の甘さが美味しくて、我が家ではみんなに大好評!ご飯や味噌汁にかけて、美味しく頂いてます。
オンヌリ教会の皆さん、ご馳走様でした~





こうして、ご飯にかけると、美味しい~

欠点?は美味しすぎて、ご飯を何杯もお代わりしたくなることっ!う、美味いよう~




ここに、あたたかいザッパ汁(ざっぱじる=魚のアラの部分を味噌で煮る山形の冬の味覚!)があって、家ご飯ポイント一気にアップ~




デザートにはふかし芋とシルバーベル。あ、食べすぎちゃった!








なんだか今年、最後になっていいお年越しをさせてもらえそうです。
年賀状も今日刷り上ったよう!弟よ!ありがと~!

母から「ご飯じまい(=「ご飯の支度」の山形弁)だよ~」と声がかかったので、
では、失礼しますっ!

お祈りありがとうございました。少しずつ、明るく元気にならせて頂いてますっ!

皆さん、ありがとうございました。


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山形市内に「とっぷり」と雪が降った日

2011年12月26日 | 日記
ラザロよ、出てきなさい。

新約聖書:ヨハネ福音書11章43節

(シズコの日めくりカレンダー明日の27日の聖句より



昨日から今日にかけて、山形市内は雪が降り続け、今朝入浴を済ませお昼に起きたとき、雪が「とっぷりと」積もっていた。
この「とっぷりと」は「たっぷりと」とは少々感じが違う。
「たっぷり」ではなく、うまく言葉ではお伝えできないのがもどかしいが、「とっぷり」は「寒い冷たい雪なのにあたたかみがあり」また「厚みがあって積もって居る」そして
「静かに優しく積もった雪」を表す言葉だ。
そんな感覚の違いである。
今朝この言葉を思い出せたとき、とても嬉しかった。



今朝の6時半に入浴をすませ、私は導眠剤を飲んで、コトンと寝てしまった。
今のドクターに診て頂くようになって4年、導眠剤は5つから2つに減った。感謝。

今日の午後12時からBSプレミアムで大好きな「太地喜和子特集」があったので、よほど目覚ましをかけて寝ようかと思ったが「やあめた!」っと寝てしまった。
そしたらちょうど12時2分前に起きた。
(お手洗いに行きたくなったのよ。だから起きちゃったの。)

だけど寒いし、灯油切れかけてたから、ゆっくりお布団の中でぐずぐぐしてたら、あっという間に12時半になった。「途中からでも良いや」って思って見たのが、この「太地喜和子特集」見て良かった。この人も私の大好きな女性(ひと)で、石橋蓮司さんと同じで大学の時に、雑誌から切り抜いたページがファイルに大切に保存されている。
(私は物持ちが良いんだぞっ!)と、ちょっといばってみる。
子どもみたいなわたし・・・。いや、子どもだわ。

これが一番、太地喜和子さんらしいなと思う。イメージの中の太地喜和子さん。
粋で艶っぽく、素敵だ。
この方も水死したのが、10月12日だと言っていた。
10月が私の誕生日なので、近い人が死んだ日でも親近感を持ってしまう。






この顔が良いなと思って、今の待ち受けにしている。
濃いマスカラと、口紅の色が良く似合っていて可愛い。




今「ウィキペディア」で調べたら太地喜和子さんは、なんと三浦綾子さん原作のテレビドラマ「積木の箱」にも出演なさっていた、キャストは何を演じられたかわからなかったら、私は直感的に「佐々林の愛人の奈美絵役だろう」と思った。彼女にはその役しか考えられない。
見てみたかった。今でも見てみたい。これが映像化されたビデオがあるのを、私は一本だけ知っている。(まだ見ては居ないが。)
緒方拳さんが主人公の真面目な教師役の杉浦悠二を(ちょっと意外だった。私はてっきり佐々林役かと思っていたから・・・・緒方拳さん、ゴメンナサイ。)、そして佐々林に若い頃、「手ごめにされ」(=今の言葉で言ったら「一方的に犯され」「レイプされ」て妊り(みごもり)、悩んだ挙句「堕胎は命を殺すことだ。私には出来ない」と佐々林の子・愛くるしい男の子に育った和夫(かずお)を未婚で産んだ川上久代役を若尾文子さんが演じておられる「積木の箱」のビデオを一回見たことがある。
これも可能なら購入して見てみたい

若尾文子さんも良い意味で「怖い女優さんだ」と映画「氷点」夏枝役で再認識させられた女優さんだから・・・・。


これが先日千葉の友人のM姉が送ってくれた嬉しいクリスマスプレゼント。BSで見損ねた番組「早過ぎた人・世紀の伊達男・加藤和彦DVDoriginal」。






地デジになり、もう我が家ではテレビは録画出来ないので、残念がっていたら「私録画したよ。DVDに焼いて送ってあげる」と、こんなに素敵な盤面をオリジナルに作ってくださった。私は見た瞬間、うっとりして、即二時間をあっという間に見てしまった。M姉からはよくお便りを頂くのだが、切手の選び方にしても、折に触れ送ってくださるカードの選び方にしても、抜群のセンスをお持ちだと思う。そして彼女の字を見ただけで「あ、Mさんだ!」と私はわかり、とても嬉しくなる。Mさん、本当にありがとう。



このDVDで見た画像が次からの画像、どんどん貼っていきます。

イムジン河が発売の前の日に中止になったいきさつを語る加藤和彦さん。私は彼の白いセーターとえんじ(に見えた)スカーフの使い方にうっとりしてしまった。





母と見入っていたのだが、多分セーターはコットンで編んだセーターじゃないだろうか。






編み目を見ているとそんな感じがしてならない。この質感は毛糸では出せないと思う。




本音を言うと、私はこの彼の肩のライン



そしてこの手の動きに、魅せられてしまった。

なんて美しい長い指なんだろう。。。。私もこの指で弾かれてみたい。

イムジン河発売中止になり、空前の大ヒット「あのすばらしい愛をもう一度」が出る直前の加藤和彦さん。





そして、彼の生涯で最後で最初の最愛の公私のパートナーで、妻の安井かずみさんとの出逢い。

私は次の画像に「世紀の伊達男・加藤和彦~intermission4」と名づけている。人は皆人生の中に「intermission(幕間、休憩)が必要だ。しかし、この「intermission」の単語には「中絶、中止」と言う意味もある。
加藤和彦さんの場合は後者では無かったか。最愛の女性(ひと)安井かずみ姉(この二人はクリスチャンなので、あえて兄姉と、呼ばせていただく。)を失った時点で、もう加藤和彦兄は自分の人生に「中止」のピリオドを打った。そんな気がしてならなかった。

二人が御国で、主イエスに抱かれ、このように今も永遠に「夫と妻」として、永遠の眠りについたことを信じたい。そして、そのように祈りたい。




これは私の目標とする夫婦、三浦光世・綾子夫妻の画像。これも古書を安く手に入れた「綾子・光世~愛つむいで」の中から撮った画像。
生涯この紅いユーカラ織のジャケットを愛用したと言う綾子さんの笑顔、そして、きりっと背筋の伸びた光世さんの姿は、清潔で美しい。この画像も時折、私はPHSの待ちうけ画像に使っている。夢ばかり見て夢を食んで(はんで)いる夢見る夢子サンの私には、この画像を削除せず、常に持っていることが、現実生活との接点であり、また、主イエスに約束し、祈っているこの祈り「三浦光世さんのような清潔でユーモアがあり、音楽が大好きなクリスチャンの生涯の夫を与えてください」を忘れないようにするためだ。

このブログを読んで下さっている皆様も、私に三浦光世さんのような清潔でユーモアがあり、そして歌のうまい、私と一緒に賛美歌を歌ってくださる男性を配偶者として50歳まで与えられるように、どうぞお祈り下さい。私もそしてそのような男性にふさわしい女性になれますように、どうぞお祈り下さい。





これも同じ本「綾子・光世~愛つむいで」の中から撮った画像。珍しく居酒屋のようなところで、綾子さん光世さんがご飯を召し上がっている写真。




これは「私が、毎日ご飯をしっかり頂いて、よく寝て、よく働けるように」との自戒と祈りを込めて、やはりPHSの待ちうけ画面にするように、絶対に削除しないようにとしているお気に入りの一枚。

人間はやはり、食べることをおろそかにしては、いけないと思う。
私は今、母と弟と、毎日あたたかい家で、あたたかい食卓を囲み、山海の珍味とは言えないが、本当に母と弟の心尽くしの美味しいご飯を頂けて、なんと幸せなんだろう、思う。
この思いを忘れたくない。忘れてはならない。

今日はまだ、ぎりぎり夜の11時13分をまわるところです。
今から、今日中に入浴し、ぐっすり寝たいと思います。

どうぞそのように、主がお導きくださいますようお祈り下さい。

皆様の12月16日の夜が、身も心も温かくお休みになれますように。
お祈りしてブログアップいたします。アーメン。オヤスミナサイ。



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イエスさまを身近に感じたクリスマスイブ礼拝、そして、クリスマス夕拝(i_i)\(^_^)

2011年12月26日 | 祈りの課題
この病気は死でおわるものではない。
神の栄光のためである。

新約聖書:ヨハネの福音書11章4節
(シズコの今日の「日めくりカレンダー」の聖句より)


今日・・・・も・・・・日付変更線を超えてしまいました。

祈りの課題から行きます。どうぞお祈り下さい。

①パソコンも私も壊れたままです。
パソコンはインターネットがネットもメールも使えるようになりますように。
そして私も自分を平安に保つことが出来ますように。
いえ、まず「私が」癒されますように。



実はパソコンのインターネットもまだ完全に復旧していないことが今日わかりました
メールと先日は申し上げたのですが、実はこのネット(「グーグルクローム」を使ってます。)が、普段使っているメールは全く不通(フリーメールはなんとか利用できてます。)で、かなり困ってます。
何が一番困るかって言うと、イライラしてしまい、そこからまた自傷行為が始まってしまうとこです。今日は髪をまたひっぱりそうになっちゃったので、代わりに目の前にあった鉛筆一本をバキッ!と手で折ってしまいました。(結構力あるんですね、私・・・)
かなり、自分で落ち込み・・・・傷つきました。
自分で自分を責める→自傷行為に及ぶか、他人を攻撃したくなる→どちらになっても自己嫌悪で、強迫神経症的になってしまい、体も心も固まってしまいます。
どうぞパソコンも私も癒されますように。そして朝起きて夜は寝ると言う生活に戻れますようにお祈り下さい。

②私ができるだけ、2011年の新年があけるまで
また「朝に起きて、夜は寝る」と言う生活に戻れますように。



私の生活のサイクルがおかしくなってます。今深夜の2時40分をまわるところです。
まだ、仕事が終わらず、お風呂にも入っていません。
今、自分の生活と自然の現実の生活とのサイクルの接点を見出そうと、必死になっているところです。
私ができるだけ、2011年の新年があけるまで、また朝起きて夜寝ると言う生活に戻れますように。

③「私個人」の新しいデジカメが与えられますように。
最低条件「手ぶれ防止付」「簡単な操作」で使えるデジカメ。
イエスさまが「私にとって」「最高のデジカメ」を与えて下さいまように。
もし、自分で買わなければならないとしたら
「今年の年末か、初売り」で「1万円以内」で買えますように。


4年前にある方からお譲り頂いたデジカメですが、もう、セロテープで補修しないと電池が入れられない状態であること。またとてもいいデジカメをお譲り頂いたのですが、当時のデジカメなので、まだ手ぶれ機能が無く、大事な写真を撮影させて頂く時に、私の技術が未熟なため、手ぶれ写真が多くなりそれでイライラして、また自傷行為に及んでしまいます。ですので、自分個人のデジカメを持ちたいと思いました。
しかし私はお金がありません。けれど自分自身で購入したいと思い、なんとか1万円の予算を確保しました。どうぞ新しい「個人所有のデジカメ」が与えられ、私が何の束縛も無く、自由にデジカメで思う存分大好きな写真を撮影できますように。


④このブログを続けることが主の御心(みこころ)に叶っているか、イエスさまがはっきり示してくださるように。
示されたら素直に、そのイエスさまの命令に従えますように。


これは最近、とても悩んでいる大きな祈りの課題です。

2007年からはじめさせていただいたこのブログですが、最近自分のプライヴァシー、すなわち私の心、魂の部分で、傷を負うことが多く、自分自身もとてもネットの利便性とその反面危険を感じてきているので、とても迷っております。
ネットサーフィンにつながる危険性も今のようにあります。

私、シズコは、このブログを書き始めるときに、こう書かせていただきました。

「このブログをイエスさまにささげます」と。

そして、私、シズコは、イエスさまの僕(しもべ)です。
イエス父ちゃんが「シズコ、続けろ」と言って下さったら、続けさせていただきます。
しかし「シズコ、もうやめろは(=もう、やめなさい)」と仰ったら、素直に従いたいと思います。

今でもこのブログを、毎日平均150人の方が見てくださっています。
たくさんの方が読んで下さるのは、やはり嬉しいと言う気持ちは隠せません。
しかし、私はイエス父ちゃんの娘です。
父ちゃんの言うことに従いたいのです。
だって、父ちゃんは、私のためをいつも思ってくれるのがわかるから・・・。(i_i)\(^_^)


どうぞこのブログについて、何をイエスさまが望んでおられるのか。
続けることか、やめることか、どちらなのか。
イエスさまが、私にはっきり示してくださいますように。
どうぞお祈り下さい。

画像は今年のクリスマスイブ礼拝の写真と、その時に韓国から来て下さった、オンヌリ教会の兄弟姉妹方8人から頂いたクリスマスプレゼントの写真です。

これが、イブ礼拝のときの玄関の写真。イルミネーションとキャンドルで美しく、幻想的に飾られて、それはそれは美しかったのですが、その写真にキャンドルの飾りつけの作業している方々まで一緒に写してしまったので、今はアップできません。
ですので、この玄関だけの写真だけアップさせて頂きます。お許し下さいね。







これが、オンヌリ教会の皆さんからの心こもったオリジナルプレゼント。カムサハムニダ~







左がオリジナルファイルと・・・・?右は海苔?「ふりかけ」かなあ?(今度食べようっと♪)手前の小さなお菓子は、イブ礼拝の後、残っていた韓国のお土産の菓子から、私が大好きなお菓子を頂いてきたものです。

今日の夕拝では、いつも頂く小さなマグネットの最新版を頂きました。嬉しかったです。

今年のイブ礼拝、クリスマス礼拝・・・は起きられず(昼まで起きられず寝てました多分、今日もそうなるんじゃないかな・・・まだ今日出さなければいけない手紙が書き終えてないんです。今年中に絶対に出さなければいけない手紙です。)

まだ入浴も済んでないしね・・・今もう3時を過ぎました。

でも、どうぞ、祈りの課題に今の課題の、ほんの一部ですが、大事な事を書かせて頂きましたので、どうぞお祈り下さい。

寒いです。本当に寒いです。もう雪が積もって、お洒落なブーツははけない。長靴になった。

山形市は昨日の25日のクリスマスはずっと氷点下でした。車のドアは凍ってるし、雪は積もってるし、道は凍ってるし・・・怖かったです。
運転も守られるように、祈ってくださいね。

一応もう、パソコンはやめ、手紙を書きます。

オヤスミナサイ。イエスさまが私と同じ、泣けずに辛い思いをしている私とあなたと共に
居て、私たちを優しくその御手で抱きしめて、眠らせてくださいますように。

お祈りしてブログアップ致します。

あと、残り少ない2011年、お互い平和に暮らせますように。

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大津波を生き残ったケセン語聖書、そしてパソコンも私も一時休養中

2011年12月22日 | 日記
シャローム(=ヘブライ語で「平安がありますように」の意味)


お久しぶりです。
コメントして下さったブックマーク「山形夢横丁」のブログ管理人者「辰っつあん」のお返事にも書いたのですが、ハレルヤコーラス終了後の日曜日の翌日、パソコンが壊れました。
ついでに私も心身ともども壊れました。
今日やっと、パソコンも私も、回復しつつあります。
なんとかこの部ログは見られました。
が、だいたいの使っている機能は、もう一度すべてログインしなおして使わなければいけないようでした。とりあえずこのgoo風呂具だけログインして入りました。
未だにパソコンのメール機能は全く使えない状態です。
私自身も、まだ心身ともに疲れから回復していない状態です。
ですので、メール、ブログコメントなどすぐのお返事はできませんので、ご了解下さい。

ただ、辰っつあんにコメントを書かせていただいている間に、どうしてもこの画像だけはごらん頂きたくて今アップ致しました。

カトリッククリスチャンでドクターの山浦玄嗣(やまうら・はるつぐ)先生が10年かけてケセン語(=大船渡弁)の文字、発音記号をご自分で作り出し、聖書の四福音書「マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ」の福音書を、ケセン語に翻訳され、文字お越しから10年かけて自費出版に至り、前の法王ヨハネ・パウロ二世に献上されたケセン語の「四大福音書・(山浦玄嗣先生の朗読CD付)」が、この度の大津波で全部水に浸かりました。
そのことを、「山形夢横丁」の辰っつあんがブログで教えてくれ、私は急いで出版元のイーピックス出版のHPを見たら、イーピックス出版社は大津波で会社は全壊、ケセン語の聖書も全部浸水してしまったこと、しかし、CDが箱入りだったため、津波に耐えた聖書を会社の方が見つけ出し、根気良く本を乾かし、一冊一冊確かめて、箱抜きでHPで販売したところ、あっという間に完売し、残っているのは「ルカの福音書」のみでした。
しかし、箱が無いだけで定価の6090円が、格安の3500円で販売されていました。
私が洗礼を受けようと決めたきっかけは「ルカの福音書」に書いてある「徴税人(ちょうぜいにん)ザアカイ」の箇所だったので「これは神様からの特別のプレゼントかもしれない!」と思い、迷った末注文しました。
注文した後、いろんな経緯があり、直接出版社のイーピックスさんにお電話をし、いろいろお尋ねしたら、「マタイ、マルコもCDだけなら・・・聞くだけで結構だとおっしゃるなら、残っています」との言葉。「おいくらですか?」とうかがったら「各1000円です」とのこと。即座に購入を決めました。「マタイ、マルコの本は無いのですか?」とお尋ねしたら「いえ・・・もう、ボロボロで・・・お売りできる状態の本はありません」とのこと。「ボロボロでも良いんです。もしお譲りして頂けるのなら?・・・社長さんにお尋ねして頂けませんか?いくらでお譲りして頂けるのか?もし値段がわかったら私に教えて下さい」と。「お気持ち、よくわかりました。社長に伝えます」と電話は切れました。
お金の工面をして、購入の意思を連絡したところ、2日後、私のところにこの画像の一式が届いたのです。






箱を開いて、この本とCDを見たとき「大津波に洗礼を受け、生き残った貴重なケセン語の聖書が、私のような者に与えられた。」その感動に私はうち震えて、夜中ですが、聖書を箱から出して広げ、写真に収めておかずにおられず、並べて撮ってしまいました。

貴重なケセン語の聖書をお譲り下さったイーピックス出版の皆様、まだきちんとしたお礼のお便りも出せずに、本当に申し訳なく思っております。
もう少し、体調が整うまでどうぞお待ち下さい。そして私の失礼を許してください。

大変失礼とは存じますが、この場を借りて、イーピックス出版の皆様のあたたかいご配慮と対応に、心からもう一度お礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
イーピックス出版の皆様のご健康と御社の一日も早い復建を心からお祈り申し上げます。

疲れました。今日はここまでにさせて頂きます。


ひとつお祈りのリクエストをお願いします。

ずっとY姉と快癒を祈らせて頂いている、テノール歌手の本田武久さんの「胞巣状軟部肉腫(ほうそうじょうなんぶにくしゅ)」の快癒のためにどうぞお祈り下さい。義足を作り変えられ、下に癌が転移されたことまでは存じておりましたが、久しぶりに今2011年12月15日のブログを拝見し「。15日の夜には、また、激しい咳き込みの時に血痰と共に出血したこともあり、さすがに全公演の出演は無理かな・・・、と思いましたが」の文を拝読し、祈り続けさせて頂こうと新たに決意いたしました。どうぞ本田武久さんの「胞巣状軟部肉腫(ほうそうじょうなんぶにくしゅ)」快癒のためにお祈り下さい。本田さんの2011年12月13日のブログに「その他に、大船渡市の支援のためのチャリティーコンサート(茅ヶ崎市)、病院コンサートなどのスケジュールを入れました。随時、ブログで紹介していきたいと思います。」とあり、まんざら今日書かせていただいたケセン語の聖書と主がつながりを持たせてくださった気がいたしましたので。どうぞ本田さんのテノール歌手活動のためにもお祈り下さい。

イーピックス社、本田武久さんのブログはコメント欄に再度貼らせて頂きます。

ブログをずっと読み、祈って下さる皆様、本当にありがとうございました。

神様が皆様にあたたかいご愛と平和なクリスマスの日々をお送りくださいますようお祈り申し上げ、このブログをアップいたします。アーメン。



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クリスマス礼拝&ハレルヤコーラス無事終了、他

2011年12月18日 | 辛いけれど、あなたに伝えたい言葉
<人間関係>

イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。
(新約聖書:ルカの福音書23章34節 新改訳)

キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。
(新約聖書:ピリピ人への手紙2章5節 口語訳)





クリスチャン詩人の八木重吉はこう詩い(うたい)ました。

私は、床の間に基督の磔(はりつけ)の図をかけておく
その前では人を憎みとおせない
人と人のあいだを 美しく見よう
わたしと人のあいだをうつくしくみよう
疲れてはならない
このさびしさを誰れに告ぐべきか
神に告ぐべし





シズコが毎日車の中で運転前に使っているディボーション(霊想)誌
「台所の祈り~366日の霊話」(藤井康雄、編著)の12月18日、今日の箇所をそのまま転載しました。



基本的に安息日(=あんそくび)である「日曜日」には、ブログアップしないことにしているのですが、今日はどうしてもお伝えしたい言葉があって書かせて頂いています。
毎日車を運転する前に読んでいる霊想誌「台所の祈り」の12月18日、今日の箇所です。
この詩を、初雪が積もっている車の雪をかきながら、寒い車の中で朝読んだ時と、今日のクリスマス礼拝と祝会(しゅくかい=皆で持ち寄りのご飯を食べて、いろんな出し物をしたり、讃美歌を歌ったり、プレゼント交換をしたりする午後の会のこと)が終わった後、一人また帰宅する時に読んだ時では「自分に迫ってくる中身」がまるで違うのがわかりました。

朝はこう思いました。

八木重吉と言う人は、どうしてこんな怖いキリストの磔の絵を自分の目につくところなどに掛けておくのか?
私には到底無理な気がするけれど
この事で「人を憎む心」が捨て去る事が可能なら、私もチャレンジしてみようか?」
 


と。

しかし
「ハレルヤコーラスをしたい」と言う思いが与えられた11月の初めから、ずっと奏楽者(そうがくしゃ=礼拝でのピアニストまたはオルガニスト)が与えられず、パートの人数も少なく、
加えて私自身の指揮と練習の指導方法のまずさに、自分でも苛々しながら
「今年ほど辛いクリスマス礼拝は無い」と思いつつ過ごし、やっと二週間前にピアニストが与えられ、
本日来てくださったAさん、そしてソプラノにも入ってくださったBさんを前に、最後の10分の練習をさせて頂き、
終わった後、そしてその後の礼拝。その後の祝会で楽しさと疲れでへとへとになって帰ってきてこの頁を繰ったとき、この箇所が迫ってきました。


人と人のあいだを 美しく見よう
わたしと人のあいだをうつくしくみよう
疲れてはならない


「人と人のあいだを美しく見る」ことすら難しい私・・・。

さらに「わたしと人のあいだをうつくしくみよう」と、詩われる八木重吉さん・・・。

そのことに「疲れてはならない」と、続けて語られる八木重吉さん・・・。

私には辛い。とても難しい問いです。





だから八木重吉さんはこう続けられたのでしょうね・・・。





このさびしさを誰れに告ぐべきか

神に告ぐべし


神さまにしか、言えない
神さまだから、言える
神さまにしか、わかって頂けない
誰かにわかって頂こうなどという思いは「甘え」ではないのか?
だからこそ
神さまにしか、言えないことなのだ

そんな風に、私には思えました。

お陰様でハレルヤコーラス、素晴らしいピアニストとソプラノが与えられ、本番の有志クワイヤーのハレルヤは、今までで一番真っ直ぐ、私がお願いしたように「小技を使うことなく」賛美なさる皆様の主への賛美が物凄い声となって、指揮を降らせて頂いた私に迫ってきました。特に男声に圧倒されました。ベースがしっかりしていると、もうソプラノは安心して生き生きと歌えるのです。一番おどおどして、指揮を途中四つ振りできなくなって禁じ手の「小技を使って」四つ振りを「いかにも振ったように見せた」のは、実は「指揮者の私」でした。皆さん、ゴメンナサイ。

でも、小技を使ってでも、なんとか指揮者と言う大役を今年もさせて頂いて、とても安心しました。

祝会の各会の出し物は・・・・これは個人的な感想なのですが、お笑い系が多い(用に思える)山形南部教会の出し物にしては、今年は真摯に心を打つ、ホサナの子ども賛美や、ティーンズの自主制作の賛美、青年会の朗読。壮年会の英語での賛美「ホワイト・クリスマス」(特に伴奏をして下さった小国フォルケのT先生のピアノはジャズを聴いているようなアレンジで、ジャズコンサートを聴いているようでした。また婦人会の「ノエル・ノエル」の美しい賛美。T先生ご夫妻の'GOD BLESS YOU'のお二人の声の美しいこと、またご夫妻で支えあって賛美なさる姿の麗しいこと。
岩沼ボランティアキャンプに今年まで常駐して下さった、K先生ご夫妻の「いつくしみ深き」の「日本語」「スペイン語」「琉球語」の賛美の美しいこと。またご夫妻で支えあって賛美される姿の麗しいこと。

同じ表現しか出来ない私の乏しい文をお許しください。
特に、二人の奥様の声の本当に美しいことに、私は圧倒されました。
久し振りに聴かせて頂いた、美しい声楽の発声で歌われました。

私は自分が指揮をしながら地声で歌っているアルトが、恥ずかしくなりました。
(地声に聴こえないように、なるべくハモるように努力しているのですが、実は大学のOB合唱団に戻ると「シズコ!地声!」と一番注意されるのは私なのです。

賛美ってなんだろう?

合唱とどこが違うんだろう?

洗礼を受けてからずっと悩んでいた問いが、今年は指揮をさせて頂きながら、有志クワイヤーの皆さんの歌う姿と声を拝聴していて、少しは解けた気がしたのです。
けれど、T先生ご夫妻、K先生ご夫妻の賛美を聴いて、また私は、自分の声が、賛美が恥ずかしくなりました。

私もT先生ご夫妻や、K先生ご夫妻のような賛美をしたい。

まじめに、そう思いました。

お陰様で、今年のハレルヤコーラスは無事終了しました。ありがとうございました。
また、私自身の今年最大の目標であった「教員免許再更新講習確認証明書」が先週金曜日、無事自宅に届きました。
つまり「教員免許の更新が認められ、あと10年は教員として働ける」ことになりました。肩の荷が降りた気持ちです。

今年初めからずっと祈ってくださった皆様、本当にありがとうございました。

私も今週は、少し休養に重点を置き、心身ともに休み、充電を図りたいと思います。

山形市は初降雪となりました。寒いです。
軽い風邪をひきかけているので、外出後のうがい手洗い。そして葛根湯と足湯は欠かせないです。

今日の画像は、祝会で、壮年会がやったビンゴで頂いた「赤い手袋」と、プレゼント交換で頂いた、「レターセットとボールペン」です。









赤の手袋は私の大好きな色と柄だったし、レターセットを開けた瞬間「わーシズコさんらしい!」と隣の青年会の姉妹が言ってくれ、私もそう思ったので本当に嬉しかった・・・。
・・・暫く・・・レターセットは100円ショップでしか買えなかったもんな~・・・全然文房具店とでは値段も便箋の量も違うんだもの。

手袋も、丁度毛糸のベージュの手袋がほつれてきたところだったので、新しい赤い手袋、頂けて嬉しかったです。ありがとうございました。


皆様の今週のクリスマスが、静かで平安なものとなりますように。
私も今年一杯は、静かに過ごせますように・・・。
お祈りしてブログアップいたします。


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主よ、私をクリスマス礼拝のために聖めて整えて下さい~「アッシジのフランシスコの祈り」

2011年12月16日 | 祈りの課題
わたしを あなたの平和の道具として

お使い下さい

憎しみのあるところに愛を

いさかいのあるところにゆるしを

分裂のあるところに一致を

疑惑のあるところに信仰を

あやまっているところに真理を

絶望のあるところに希望を

闇に光を

悲しみのあるところに

喜びをもたらすものと
     してください

慰めるよりは
   慰めることを

理解されるよりは
   理解することを

愛されるよりは
   愛することを

わたしが求めますように
   
わたしたちは与えるから受け

ゆるすからゆるされ
   
自分を捨てて死に

永遠の命をいただくのですから

アッシジのフランシスコの「平和を求める祈り」より


主よ、いよいよあさってクリスマス礼拝です。
あなたのご降誕(=ごこうたん)、あなたがこの世に
ちっちゃな、弱い、赤ちゃんとして
一番貧しい、馬小屋の飼い葉おけの中に
生まれてくださったことを
お祝いする日です。
主よ、私は
あなたがお生まれになった
飼い葉おけというものを知りません
ただ、その場所がなんとなく
頭でだけですが
私がもし、世の中で一番みじめな、貧しい、何もないところにいても
いいえ、父ちゃん
天のシズコの、わたしの父ちゃん
あなたはきっと、こう語ってくださいますよね?

(ここからイエス父ちゃんが山形弁でシズコに語ってくれた言葉)


「おれは、そごで生まれたんだじぇえ?そこはおれの揺りかごなんだ!(笑)
だから、シズコォ!(笑)
今、お前がそんな気持ちでいるなら
お前がそんなところに、いる心持ちでも
安心すろ!(笑)
そこには、おれがいるんだじぇ?
んだから、安心しろ。
大丈夫だ!何びくびくしてる?(笑)
おれは、いっつも、シズコの側さいるぞ!
だから、大丈夫なんだ!(笑)
おっかねえのが?
雪のしのし降ってっからが?(笑)ないだて!?(笑)
きんなはあだいカッコ良いごど書いったっけげっど
かっこつけで、書いてたんだな?(笑)
そのごどば、恥ずかしいって、思てるんだべ?(笑)
何いまさらゆてる?
隠さんたって、さしかいねえ!(笑)
俺さは、とっくに、ちゃあんと、わがってるんだじぇえ?(笑)
シズコォ、俺さ、甘えろ!(笑)
俺さはなんぼ甘えでも泣いでも、吠えでも
さしかいねえ!
俺はお前の父ちゃんだ!


(=私は、飼い葉おけの中で生まれたんだよ。飼い葉おけは私の揺りかごなんだ。
だから、シズコ!
今、お前がそんな気持ちでいるなら
お前が飼い葉おけみたいな、貧しい惨めな心でいるとしても
安心しなさい。
そこには、私がいるんだよ。
だから、安心しろ。
大丈夫だ!何びくびくしてる?
おれは、いつだって、シズコの側についてるぞ。
だから、大丈夫なんだ。
怖いのか?
雪静かに一杯降ってっから怖いのか?(笑)何だってそんな事で
怖がっていたのか!?
昨日はあんなに格好良いごど書いてたけれども
シズコは本当は、格好をつけて、昨日は書いてたんだな?
その事を「恥ずかしい!」って、思っているんだろう?
何を今更言ってるんだ?
隠さなくたって大丈夫だぞ。
シズコ~、俺に、甘えろ!
私にはどんなに甘えても、泣いでも、叫んでも
大丈夫なんだ!
私はお前を絶対捨てない!)




カッコつけねで、父ちゃん、おっかねえよお!
きんなあんまりすんばらしいステージ聴いて来て
その上、プロの演奏者の人だちと写真まで一緒に撮らせてもらったがら
舞い上がってしまって、今日何にもでぎねくて
おっかねえ!恥ずかしい!って
言え!


(=格好付けないで、天のお父様、怖いよう!
昨日、あんまり素晴らしいステージ聴いて来て
その上、プロの演奏者の方たちと、写真まで一緒に撮らせてもらったから
興奮して舞い上がってしまって、今日何も出来なくて
怖いよう!私、恥ずかしい!って
言え!)



ほしたら、俺が助けてやる!
何にも怖くねえ!
安心して、俺さ言え!
俺はお前の父ちゃんだぞ!
俺の誕生日、喜んで祝ってケロな!(笑)
今日、シズコ、何にもクリスマスの準備、でぎねくて
今おじげでだっとも
さしかいね!
俺さ頼れ!俺が守る
シズコはめんごいおぼこだ(笑)
俺の俺が思ったとおりのめんごいおぼこなんだじぇえっ!(笑)


(=そうしたら、私が必ず助けてやるから
何も怖いことは無い。
安心して、私に言いなさい。
私はお前の父親なんだぞ。
私の誕生日を、喜んで祝ってくれよな!(笑)
今日、シズコは、何もクリスマスの準備できなくて
今びくびくしていたとしても
大丈夫だ
私に頼りなさい。私が守る。
シズコは私の愛する子。
私の心に適う者。)

安心して今日は風呂さ入って寝ろな
心配すんな(笑)
俺が見守ってでやる!(笑)
めごくてめごくてしょないんだぞ!?シズコォ!
よっくど安心してあたがぐして眠れな!
大丈夫だ
俺はずっとシズコの
側さいる。


(=安心して入浴して休みなさい。
心配するな。
私が守る
私はお前が命より大切なんだぞ!?シズコ?わかるか?
だから十分に安心して温かくして休みなさい。
大丈夫だ。
私は世の終わりまで
シズコと共にいる。)

皆さん、私はイエス父ちゃんに、こんなに愛されています。

どうぞイエスさまが語ってくださったように、これから主に全部お委ねして
今日は寝られるようにどうぞ祈ってください。

そして、明日最後のクリスマス礼拝の準備を致します。
どうぞ、準備が全て守られるようにお祈り下さい。
18日のクリスマス礼拝、どうぞおいで下さい。
そして、どうぞご一緒にクリスマスをお祝いして下さったら嬉しいです。
ハレルヤコーラスも、どうぞ聴きにいらしてください。
それだけでも私は、嬉しいです。
世界中のクリスマス、皆でお祝いできますように。
誰も淋しい思いをしないように。
特に被災地の方々が、体も心もあたたかくお過ごしになれますように。
私と一緒に祈って下さい。
このお祈りを、主、イエス・キリストのお名前を通してお祈りいたします。アーメン。



これは4年前の2007年に、仲良しのMちゃん、Yちゃんに、私からクリスマスプレゼントで、プレゼントさせて頂いた手編みのポシェットです。







私の毛糸のピアノ鍵盤セーターとお揃い♪
今ではもう4年生、3年生になったMちゃんとYちゃん。大好きなお友達です。
MちゃんとYちゃん、世界中の全ての子供達に主の愛と慈しみが注がれますように。
そして私たち大人も、一人残らずこの2011年のクリスマス
主の平和と愛に満たされ、過ごすことが出来ますように。
もう一度私の、天の父ちゃん、イエス父ちゃんに祈ってブログアップします。

シャローム!(=ヘブライ語で「主の平安がありますように」の意味です。)

お休みなさい。




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初雪またはVirgin snow for me from the Heaven~ トリオ・アラモーレ・クリスマスコンサートに行って

2011年12月16日 | 

最近よく思う。私の命は自分のためにあるのではなく、人に「愛」をささげるためにある、と。


「イングリット・フジコ・へミング 私が歩いた道、パリ」(イングリット・フジコ・ヘミング著、ぴあ出版社)より


自分の人生をふり返って、
その受けた試練は、 宝玉のようなものだと感じている。
もしも今まで、只の一度も試練に遭わず、
つまり愛する人との死別にも生別にも遭わず病む事を知らず、
思いのままになる人生であったとしたら、 私は涙と言うものを知らない人間になったであろう。

「人間の原点~苦難を希望に変える言葉」(三浦綾子著、PHP研究所)より



マリアは言った。 「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」 そこで天使は去っていった。

新約聖書:ルカによる福音書1章38節(新共同訳)



「メメント・モリ」 Memento mori、ラテン語で「人間は死すべきものである」の意味。 言修道院の挨拶でも使われる。言責byシズコ







今、2011年12月16日(金)深夜。 昨日になってしまったが、トリオアラモーレ・クリスマスコンサートに行って来れました。


久し振りに、クラシックライブコンサートに酔ってしまったので頭がぼおっとします。

プロの音楽家が、自分の存在をかけてソプラノを歌う、チェロを奏でる、ピアノを弾く なんと物凄い演奏会を目の当たりに見てしまったのだろう?


完全に私は、アラモーレの音楽に酔ってしまった 否 淫してしまったのかも知れない 。



「淫する」と言う言葉を読んで あなたはどう言うイメージが湧くか? 最初の私のように、姦淫の「淫する」を思い出す方が多いのではないかと思う。

けれど 「淫する」の一番目の意味は 「度をすごして物事に熱中する。 耽溺する。 おぼれる。」(「国語辞書・大辞林」より) らしいのだ つまり「度を越して、熱中してしまうこと」。


私は今夜の7時20分の後半のステージから アラモーレの演奏に完全にノックアウトされて「淫して」しまった。

後半ステージ第一曲目「坂の上の雲」のテーマ 'Stand alone'(日本語歌詞付きバージョン)を聴いた時 音が生きている、つまり音が生まれつつあるのを目の当たりにして その感動と官能に背筋がぞっとする程、 毛穴が開くほど、つまり、音に打たれて
私はあっという間に官能の波に飲まれてしまった。

官能は、音楽で心打たれる、重要なの要素の一つだ、と私は思う 、
(それは実は、私にとっては、誘惑と紙一重なので怖い)


特に、ソプラノのMさんの歌声に本当に感動した 私は森麻季さんの歌を初めて聴いた時、涙が出た。

それほど、この曲に思い入れがあったので アラモーレの皆さんがこの曲をどう演奏されるのかが一番怖かった 。

でも昨日の夜、アラモーレの皆さんは、この曲を、自分達の曲として、自分達の演奏として演奏なさった。

演奏しながら、自分達の手の中に収めようとしている・・・。
そんな三人の魂をかけて、演奏する姿に、私は打たれ、魅せられてしまった。
「見事だった」と思う。

少なくとも 「ああ、トリオ・アラモーレのステージになった」 と思った 正直「アラモーレの演奏として進行形だな」と思えたので、逆に言えば聴きながら、次の音が、演奏が全く予期できないし、わからない。
そして 次の音と演奏で、私は予想もしない音楽の官能の波に飲まれてしまう。

特にソプラノのMさんの意思的な声に感嘆した。
森麻季さんの歌い方に引きずられず 完全にMさんの「こう、歌いたいのよ」 その断固たる意志的なソプラノと。
それに負けずに自分の演奏をぶつけ、互いに調和しようとして奏でている DさんのチェロとE先輩のピアノ 聴いてて、震えた。

これが私が感じる音楽の官能。

トリオ・アラモーレはソプラノ、チェロ、ピアノと言う 異色の室内アンサンブルだと私は思っている。
だから今回1200人収容されるホールでの演奏を聴くのが楽しみと同時に 私は聴くのが怖かった。
室内アンサンブルの音とホールの音はまるで違う。
最初はやはり違和感を感じた。私は二列目に座っているのに 音が近く感じない!?


音が「ずん!」と生で伝わってこない。
ライブなのに?
最初はなんだか ピアノのE先輩も、チェロのDさんも
そのことに途惑って、必死にご自分の音を 探し当てようとしている。そんな気がした。
しかし、今思うと ソプラノのMさんには最初から あまりそれが無かったように感じる。 「城ヶ島の雨」の後半から「?」と やっと、しかし突然の夕立のように 音がぐん!と躰全身に響いてきて ステージと客席の私の距離が近くなった。
「あーもともとのアラモーレの音だ」と思ったのはこの瞬間から 。

次の「仁~JIN」は初めて聴いた曲だったけれど、E先輩は完全にご自分の音にされて弾いていた 思わず先輩のピアノを弾く手を凝視した。私は演奏者の手が好き。

だから、必ず手が見える位置に座る。 そしてなるべくなら近く、または 演奏者の演奏がびんびんと躰で感じられる距離の席に座る。

ライブだから演奏者を見ながら聴けば良いのだけれど、 昨夜のように魂をかけて演奏された演奏を久し振りに聴かせて頂くと、こちらも圧倒され、全身で聴かないと、魂で音を受け止めきれない。
だから目を閉じる。
頭を垂れる。
祈りの姿勢になってしまう。

けれどそれが一番音を堪能できる 音と音の「間」を感じられる。

アラモーレの皆さんの一つの絶妙な、天からのギフトは、この 「間」にあると私は思う 。
「間」の取り方が、実に「官能的」だ。
「官能の歓びで震える」ほど巧い(うまい)と思う。

だから、私はアラモーレの皆さんの演奏が好きだ、と同時に魅せられて入り込んで「淫してしまうので」少し怖い。(苦笑)

怖いけれど、欲張りなのでコンサートは全身で堪能したいから 自分にとって、一番良い席を 納得いくまで探して座る。
そして開演のベルが鳴ると 舌なめずりして魚を待つ猫のように、先輩達が出演するのを食い入るように、しかし黙って ステージを見る。

ああ、私は欲張りなんだと つくづく思った。


そして何度も何度も聴かせて頂いた映画「おくりびとのテーマ」。


これはもう、チェロとピアノの演奏自体がワインのように 発酵の段階に来ていると感じた。
なんで映画の「おくりびと」と 、アラモーレのお二人の演奏が違うか 今日、少しだけ解った気がした。

そのことを、ステージが終わったあと、私は気持ちはおずおずと、躊躇いながら、でもピアノのE先輩と チェロのDさんにお伝えしてしまった!

私は中学までしか音楽を勉強してない、ド素人なのに~!?
わー!どないしよ?
なんて大胆なことをやっちゃったんだろう?
おまけに一緒にまた写真撮影までさせて頂いた私のデジカメは「手ぶれ防止付ではない」ので、官能の音楽に飲まれたため?
それとも、プロの演奏家の先輩達と写真を撮らせて頂いたから?
どちらもだろうと思う。
手ぶれで、ボケボケの写真が一杯!

あーあ まいったなあ 。



でも、外に出たら、今年初めて触れた雪。


天の神さまが、私の音楽への興奮を帰宅するまで覚まし、興奮を抑えて目を覚ますように 天から安定剤代わりに降らして下さったのかもしれない。

そう思うような美しい雪だった。
そんなふうにして家に帰ってきて一日の最後の仕事をし、パソコンに写真を取り込み ブログに留めておこうと思ったが やはり酔ってしまったらしい。
興奮が冷めやらない。
けれど、今年初めて降る雪は美しかった、私の汚れを洗い聖めて下さるように。


冷たく、優しく私に触れた 天からの恵み。 主の恩寵。

「ヒソプの枝で私を聖めて下さい」と 旧約聖書の詩編にあるように 雪は黙って降り続いている。

静かな雪は積もる 明日は初めての、山形市内は積雪だろうか? もう目がショボショボだ。
だから今から急いで足湯に入り、お風呂に入ったらすぐ休もう。

明日はゆっくり頭を休めよう。
音符と音、華やかなステージドレスと粋なタキシード姿。
そういうものが頭にぱんぱんつまって抑えていないとこぼれそうだ(苦笑)
そんなに凄い演奏を聴かせて下さって 父ちゃん、ありがとう。
でも、久し振りの天童からの帰り道で、私は、深夜国道に線を引いて深夜作業をしている 土木工事の方の姿を見てしまった。

亡くなった私の父もそうだったから 。
工事中の脇を車で通るのが、申し訳なかった。


明日が最後の今週の金曜日。

いよいよ明後日のクリスマス礼拝にむけて 主よ、天の父ちゃん 私を整えてください。
これから足湯、入浴をしますが 風呂場で先日のように寝てしまいそうなら 思い切って足湯をやめてお風呂に入れてくださいね。
明日、少し休ませてください。
父ちゃん、シズコの天の父なる神様
助けて下さいね
このお祈りを御名によって祈ります。アーメン。



追伸:トリオアラモーレの皆様へ 本当に「官能的な」「いつもチャレンジ精神旺盛」のステージを、本当にありがとうございました。
特にアンコールの「ふるさと」。 私の後ろの男性は涙ぐんで聴いておられました。
ソプラノの美しい声で歌われるMさんの瞳も、気持ちなしか、うるんでいるように見えました 震災は、私たちも、音楽も変えてしまった。 そんな気がしました。
けれど 主が、ソプラノのMさん
チェリストのDさん
そして、ピアノ兼、編曲者のE先輩
このお三方を祝福し 今日の演奏に大いに報いてください。
そして、私に素晴らしいクリスマスコンサートを 聴かせて下さってありがとう。
今日今から、深い眠りにつかせてください 主に一切をお委ねします このお祈りを、御名によって祈ります。アーメン。





着いてすぐに闇の中に立ててあったコンサートの看板。 雪に濡れないようにビニールをかけてある配慮がなされていた。





演奏中は写真撮影はしないけれど、開演間での短い間、そおっとステージを撮影させて頂いた。その写真の一部。




その後、先輩方の写真を撮らせて頂いたばかりではなく、 私までも一緒に写して頂いたが 今はお目にかけることはできません。 許可を頂くまでは、このブログに私は載せられません。 ご了解ください。




最後に天からの恩寵のように降ってきた初雪のひとひら。







ふと、被災地大船渡を思い出した。
昨日、大津波から守られた ケセン誤訳「マタイ、マルコ、ルカの福音書」を送ってくださった イーピックス出版のある大船渡の会社は全壊。


けれど社員の方は皆無事だと言う。
神さまありがとう。

被災地の冬が凍らないようにしてください。
特に躰と、心が凍らないようにしてください


 


眠いよ・・・


寝ます。


オヤスミナサイ。


 


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私は「泥のように」眠りたい

2011年12月13日 | 祈りの課題
今、身を裂いて悲しめ、戦うべき娘シオンよ。
敵は我々を包囲した。
彼らはイスラエルを治める者の頬を杖で打つ。
旧約聖書:ミカ書4章14節(新共同訳)



今日の歯医者から帰る時、突然パニック状態になり、運転が困難になったので、いつもお世話になっている吉田カメラ松見町店さんのところに駐車させて頂き、まず、血糖値が下がった事が考えられるので、ブドウ糖を飲みました。
その後、体調が悪くなった旨、吉田カメラさんに伝え「しばらく、店の脇に車を停めさせて頂いて休ませて頂きたい」とお願いしたら快諾して頂きました。ありがたかったし、お腹も空いたので、吉田カメラさん特製の「ビスコッティ」を食べながら、私は暫く車の中で震えていました。
まず第一に母に電話をかけ、これ以上がんばれないこと、そして岡先生、好美先生に結局お二人に電話をかけ、無事帰宅できるよう祈って頂きました。それでも落ち着かず、ビスコッティを昼食代わりに食べながら(動けないのです。パニック状態と強迫神経症が両方起きたのだと思います)親友のMさんと40分くらい馬鹿話をして、やっと運転することが出来ました。しかしまた自宅近くで「帰りたくない!」「もう家事は嫌だ!」「休みたい!」と言う思いになり、暫く自分の駐車場で休んでいました。その後、本屋に行き、気晴らしをするつもりが、また動けなくなり、近くの友達の家に遊びに行き、頓服を二錠飲みましたが、やはり落ち着かず、「こんな時運転はやめよう。中国語も英会話も今日は休もう」と覚悟を決め、友達の家で3時間近く話をし、泣き、帰宅しました。
帰宅後、またパニック状態と強迫神経症が出ました。
ご飯は頂きましたが「二階で着替えてきます」と言って自室に行くと、動けなくなり、声すら出なくなってしまうのです。
全員から責められているような気がします。
夕食後、婦人会のある姉妹に電話で祈ってもらおうとしたら、途中から興奮状態になってしまい、その後自分で自分をどうすることもできず「ああああ!」と声をあげて「おかあさーーーーーん!」と母を呼び、受話器を母に託しました。
母からその姉妹へのお詫びを言ってもらい「何をしてほしい?」と聴かれたので、「明日精神科に一緒に行って点滴を受けさせて欲しい。一人では絶対行けない。(運転が自信ありません)付き添って欲しい」と頼み、一人にしてほしい、と言い、午後8時半頃からここに座っているのですが、今までほとんど何も出来ませんでした。
明日は連鎖祈祷と、祈祷会がありますが、休みます。
明後日はコンサートがありますので、それは聴きたいので行きます。
けれども、もう無理をしたくないです。
と言うか、何もしたくない。。。。。
クリスマス礼拝が終わったら、もう静かに少し冬眠しようと思います。
私には今は、震災への義捐金も出せないし、ボランティアも出来ません。
働けないし、家事も出来ません。教会のご奉仕も何も出来ません。(ハレルヤ意外は)
今、私には死んだように安心して眠る事が必要だと思えます。
なので、これから後、少したったら温かくして寝ます。

聖書通読も今は出来ません。
祈れません。
でも
眠りたいです。泣きたいです。(涙)
思いっきり誰か安心できる「人間」に話して話して話したい。
そう・・・トットちゃんがトモエ学園に行って、四時間校長先生とお話したように。
もう、気を遣うのも嫌。出来ない。
出来ません。

どうぞ私が、夢も見ずにゆっくり眠れるようにお祈りください。

でないと、私はやっぱり、真剣に壊れてしまいそうです。精神が。

心は見えない、魂も、精神も見えません。
けれど、ちゃんとあるし、壊れたりするのです。
一回壊れたら、戻るまでに時間がかかります。

明日は点滴に行く意外、もう何もしない。
家事も聖書通読も祈りも、他人に気を遣うこともしない。
自分だけに優しくしたいです。(涙)今まで出来なかった分を。

だから今回はコメントは受け付けません。
メールを頂いた方にも、仕事関係意外はお返事を差し上げられません。
私の神経状態をお察し下さり、どうぞお許しください。

この「カーネーション」の糸子さんのように眠りたい。(涙)
だって、シズコはこの世に一人しかいない「大切な特別な存在」なんだもの。
そうでしょう?父ちゃん?

オヤスミナサイ。


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