ビギナークリスチャン♪シズコの縁側

クリスチャン歴17年、うつ状態歴26年をむかえたけど未熟or発展途上?悩み満載!生かされて感謝♪クリスチャンブログ。

大好きな山交バス♪

2018年11月29日 | 日記
主よ、あなたはわたしの希望
主よ、わたしは若いときからあなたにより頼み
母の胎にあるときから
あなたに依りすがって来ました。
あなたは母の腹から
わたしを取り上げてくださいました。
わたしは常にあなたを賛美します。
多くの人はわたしに驚きます。
あなたはわたしの避けどころ、わたしの砦
わたしの口は賛美に満ち
絶えることなくあなたの輝きをたたえます。

旧約聖書:詩編71編5~8節(新共同訳)


世は人をつまづかせるから不幸だ。つまづきは避けられない。
だがつまづきをもたらす者は不幸である。

新約聖書:マタイ17章7節(新共同訳)






お久しぶりです。これは火曜日の出来事です。

とっても嬉しいことがありました!^_^

家の前の道路を走行する、山形交通バスの写真を撮らせて頂いたのです!

私は可愛い赤とピンクの山交バスが大好き
\(^o^)/



山交バスのこのデザインは、実は全国のバスのデザインで一位を取ってます!
家の前の一時間に一本しか通らないのですが、このバスを見るたび私は嬉しくて「おお!会えた。お帰りなさい〜」とか、心で声をかけてます。


路線の郵便局に居たら、バスが終点に行くところでした。




終点は近くの小高い山の上のヒルズサンビアと言うところです。
「今日は時間があるし、今追いかけて行ったら、写真を撮らせてもらえるチャンスかも!?しかし、こんなおばさんが撮りたいと言うのは恥ずかしい。孫が好きなので、と言う言い訳をして撮らせてもらおう!神様、許してくださるのなら撮らせて下さい!アーメン!」と車で祈って、山の上まで追いかけました。





バスがいた〜\(^o^)/





運転手さんに断ろうとしたら、見当たらなかったので、迷いつつ写真を2枚撮りました。














そしたら運転手さんが出て来られたので、焦りつつも挨拶をして「孫が好きなので、写真を撮らせて下さい」と言ってしまった!(゜ロ゜) 




「いいよ」と快諾。「何しったのがど(何をしてたのかと)思った」と仰った。


「孫のために」の理由にサービスして頂き、停車して消えていたバスの行き先の表示をつけて下さいました。

















運転手さんとちょっとお喋りをしてから、お礼を言って帰って来ました。



あ〜恥ずかしかったけど、長年の夢が叶って嬉しかったです(^o^)


ここで告白します。
運転手さん、ごめんなさい。m(_ _)m
孫じゃなくて、私が大好きなんです。
私には子どもも孫もいません。
嘘ついてごめんなさい。
教会の孫?たちに見せます。


本当にありがとうございました。 



これからはバスに会ったら、安全運転を神様に祈ります。 



神様、夢を叶えて下さってありがとうございました。\(^o^)/



お願い♪

ブログタイトル「ビギナークリスチャン」をそろそろ更新したいと思っています。
お陰様でクリスチャンにならせて頂き17年。
ビギナーはさすがにもう付けらんねがな(付けられないかな)?

どなたか新しいアイディアがあったら教えてください。





ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント

新年のご挨拶に代えて

2018年01月06日 | 日記
昼、主は命じて慈しみをわたしに送り  
夜、主の歌がわたしと共にある            
わたしの命の神への祈りが。         

旧約聖書:詩編42編9節(新共同訳)




新年明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願い致します。


と、あっという間に今年は新年を迎えた気がする。
元旦礼拝の後で教会の方々に二回も「良いお年をお迎え下さい」と挨拶して笑われたのは私です。(苦笑)


去年のクリスマス前から今年の年明けまでは、本当に目が回るほど忙しかった。去年のクリスマス礼拝で一つショックな事があった。それは長年愛用してきたデジカメを壊してしまった。今年は新しくなった白山チャペルに、山形学院高校のハンドベル部の方々をお迎えして演奏を聴いたのだが、撮影中に手を滑らせてカメラを落としてしまったのである。撮影中だったので、デジカメがズーム状態になっていたまま落とし、そのままうんともすんとも動かなくなった。なので私の手元にはクリスマス礼拝の写真が無い。写真係りとして申し訳ないことをしてしまったと思う。カメラ屋さんに持って行ったら「修理代だけで1万円以上かかります。それなら新しいのをお求めになったほうが」とアドバイスされ、泣く泣く新しいのを、12月30日、なんと!「初売り前倒しセール」と言うのでゲットしました。ただ予算をオーバーしたのと、前のデジカメのルミックスは淡いメタリックピンクだったのですが、今度のパワーショットは大人っぽいワインカラーでした。私は暖色系の色が好きなので、初売りまでお店はシルバー系のデジカメしかなく、暖色系は無かったので良かったんだけれども、まだどうも馴染めなくています。でも、自分でも祈り、牧師先生にも祈って新しいカメラが与えられたので、ギリギリ30日の午後、白山チャペルで行なわれた「年末に聴くバッハ」コンサートまでは間に合い、このコンサートは撮影する事が出来ました。

年賀状を頂いて、その中で毎年年賀状にブログを見ていてくれて、安否を気遣ってくれる友達がいる。去年は数えるほどしかブログアップしなかったので彼女は心配してくれた。岐阜のMちゃん(あえてここで書きます。)本当にありがとう。年賀状も遅れてごめんなさいね。実は年末年始も寝込んでました。後は実は今はフェイスブックとツイッターを始めるようになって、そっちがメインになってしまって、ブログはなかなか書けないと言うのもありました。でも毎年頂くMちゃんからの年賀状、とても楽しみにしてるんです。Mちゃん、フェイスブックやってないかな?と探したけれど、見つけられなかった!もしメアド教えてくださるのなら、コメント欄に教えてください。今管理人承認制なので、私だけが見るので大丈夫です。申し訳ないので、シズコの去年の秋の免許更新の時撮影した画像送ります。今こんな感じです。








去年の8月の母の入院、そして私の入院から、滅茶苦茶忙しくなった気がする。
そして、体調も崩れがちになった。なるべく心がけている事は「体調がおかしい」と思った時は、すぐ休むようになったことである。無理をしなくなった。と言うか、出来なくなった。辛くなったら外出しているときは、帰宅するようになった。薬もすぐ飲むようになった。家にいるときはとにかく部屋を暗くして、一人でいる時間を長く取るようにしている。先に書いたけれども、実はフェイスブックとツイッターは毎日している。何故ブログは更新できないのにフェイスブックとツイッターは毎日しているかというと、スマホからしているからだ。あれ程不慣れだったスマホが、今は手放せなくなった。逆にこのパソコンから更新しているブログが、物凄く億劫になっている。ツイッターはつい数ヶ月前までほとんど使えなかったのだけれど、友達に教えてもらったら出来るようになって、これが実は物凄い今のストレス発散になっている。あんなに難しく思ったハッシュタグの使い方も覚えた。フェイスブックでは体調の不調や、信仰の落ち込みの時に、物凄くたくさんのアドバイスや祈りを頂いている。フェイスブックの友達は前にも書いたように、実際お付き合いしている方と、フェイスブック上でしか知らない方と混在しているのだが、信仰面では実は実際お会いした事も無い方に、物凄く祈って慰めてもらっています。私のSNSに対する考えや向き合い方が変わってきたのだなと思います。一番びっくりしたのは、このブログのコメントを下さる方が、フェイスブックで私を探して!(良く探して下さったな、と未だにびっくりです!)フェイスブックでのリアルなお友達になったことです。フェイスブックもツイッターもラインも、慣れないうちはとても怖かったのですが、今は一つのツールとして気軽に使っています。ブログ更新はこれからもっと間遠になるかもしれませんが、今年一年、どうぞよろしくお願い致します。


トップ画像のこれは、今我が家の常備菜になっているきのことワカメのおひたしです。

だって!・・・今物凄く野菜がお高いんですもん!野菜を欠かせない我が家としては本当に涙、涙です。ですので、カットワカメときのこ類を駆使して、おひたしにしてタッパーに入れて食べています。これに時々もやしが入ります。今年くらい野菜が高騰した冬は初めてじゃないかな?茹でたてで撮ったので、湯気が入ってすみません。








冒頭の詩編の句は、スマホメモ帳に載せていた句です。今は神様に申し訳ないけれど、聖書を余り読めません。代わりにヘンリ・ナウエンの本を読み返しています。
ヘンリ・ナウエンの伝記の絶版本「傷ついた預言者―ヘンリ・ナウエンの肖像」。これ、もうどこにも無くて、アマゾンでは1万円以上になっちゃって、一生読めないかと思っていたのですが、年明けすぐに、ひょっこり6000円ちょいでアマゾンで出品されていました。定価のほぼ倍額ですが、お財布と相談してギリギリの値段だったので「えーい!」と思い切って購入しました。明日到着の予定です。
今年はカメさんではなく、かたつむりの歩みで進む予定です。そして穏やかにひっそりと過ごしたいと思います。






ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント

ありがとう、美畑チャペル、よろしくね、白山ノアチャペル♪

2017年10月03日 | 日記
その日、人々はエルサレムに向かって言う。                 
「シオンよ、恐れるな。           
力なく手を垂れるな。        
お前の主なる神はお前のただ中におられ                    
勇士であって勝利を与えられる。      
主はお前のゆえに喜び楽しみ        
愛によってお前を新たにし        
お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。」


旧約聖書:ゼファニヤ書3章16~17節(新共同訳)



あっという間に10月になった。
この記事は9月にアップしようと思ってたんだけど、アップする時間が無くて、今日アップしています。

9月の末に私が16年お世話になった、山形南部教会が美畑(みはた)町から、もう少し南部にある白山(はくさん)と言う土地に引っ越しました。
引越しは参加できる人皆でしました。私は今、力仕事ができないので、今度献堂式(けんどうしき=この教会堂を「神様にお捧げします」と言う表明の式。教会の御披露目の式。シズコ注)に、お客様にお渡しする引き出物(教会員の手作り♪中身はまだ内緒です。^-^)を作らせてもらっていました。あと、今回は白山のご近所の方々に、教会のチラシを配って、引越しのご挨拶まわりを、青年会のKちゃんと一緒にさせてもらいました。二人で祈って、一軒一軒ドアベルを押して「こんにちは、今度引っ越してきた山形南部教会のものですが、ご挨拶に伺いました」とご挨拶をさせて頂きに行きました。挨拶回りの日は、あいにくの雨だったのですが、嬉しかったのは、ご挨拶させて頂いた方々が、皆さん快く挨拶を受けてくださったことです。私は「教会って申し上げたら、『結構です』と断られてしまう家もあるんじゃないかな?」と、実はびくびくものだったのですが、それは杞憂に終わりました。二軒だけ「チラシは結構です」と仰られた家の方も、わざわざ丁寧に笑顔でご挨拶に出てくださり、もう一軒の方は「ちょっとドアは開けられません」と仰いましたが、私が「チラシだけ置かせて頂いてもよろしいでしょうか?」と申し上げたら「良いですよ」と快諾して下さいました。Kちゃんも私も教会に時計もスマホも置きっぱなしで来てしまったので「チラシあるだけご挨拶に行こう」と決め、チラシがなくなるまでご挨拶まわりに伺い、白山チャペルの教会に帰ったら、なんと!二時間二人でご挨拶回りしてました!二時間も歩いたのなんて、本当に久しぶりだったので二人で吃驚しました。でも、「本当に気持ちよく皆さん出てくださったね♪」と二人で嬉しくて、チラシが終わった家の前の道で、二人で感謝の祈りを捧げました。その後教会に帰ってから、外の自販機で(今度の白山ノアチャペルには、教会の入り口に二台の自販機があって便利です。)コーヒーとジュースで乾杯しました。

来週の月曜日、体育の日の祝日が、献堂式(けんどうしき)です。今週の日曜日の礼拝後、食事を済ませ、残れる人が集まって、最後の当日の打ち合わせをしました。来週の日曜日、最後のリハーサルをします。私は献堂式って、塩釜ともしびチャペルの献堂式に、15年前行かせてもらったことがあるのですが、自分の教会の献堂式は勿論初めてです。
教会が引っ越して、新しい会堂に入る、と言うことは、一生に一度あるかないかのことだと思うので、今準備で岡先生、好美先生はじめ、教会員全員がフル回転ですが、きっと一生心に残る、そして南部教会の歴史の中でも、歴史に大きく刻まれるお式になることと思います。当日までまだいろいろな準備がありますが、教会員で皆分担して、祈りながら一生懸命準備をしております。良い献堂式になるように祈ります。またこの記事を読んでくださった方は、どうぞお祈り下さい。

私が16年お世話になった美畑チャペルで最後の祈祷会をした時の、美畑チャペルで唯一の座敷の写真です。この日は二人の赤ちゃんと一人の子どもがぐっすり眠っていました。
私も具合が悪くなった時によく横になった大好きな、安らげる場所です。











二人ともぐっすり。















H君、カメラを向けたら起きていました。今の南部教会で一番若い「生後5ヶ月」です。H君、元気に大きくなってね。














美畑チャペル、本当にありがとう。そして新しく入った「白山ノアチャペル」(こう言う呼び名が付きました)どうぞよろしくね。



今日のゼファニア書の聖句は、大好きなエミー・カーマイケルの本「やみを照らすともしび―エミー・カーマイケルの手紙 」から取りました。


      
主はお前のゆえに喜び楽しみ        
愛によってお前を新たにし        
お前のゆえに喜びの歌をもって楽しまれる。




神様が私のことが嬉しくて楽しんでくださるって読んだ時「こんな嬉しいことはあるだろうか?」と思いました。この聖句は記憶が無くて、初めて読んだような気がしたのですが、とても嬉しくて、スマホのメモ帳に書き留めました。しかも



お前の主なる神はお前のただ中におられ                    
勇士であって勝利を与えられる。




私の中に主が居て下さり、勝利を下さる、これも嬉しい御言葉(みことば、クリスチャン用語で、聖句のこと)です。


教会の一大イベントの引越しで、生活に張りが出てきたせいか、最近ずっと心身ともに調子が良くなっています。

一昨日はとても疲れて、久しぶりにマッサージを受けてきました。実は施術者の方が初めての方だったのですが、とても波長のあう方で、とても気持ちよくなりました。
何とかあと一週間、リラックスして過ごせそうです。



今週私は51歳の誕生日と、16回の洗礼記念日を迎えます。献堂式に夢中で、今年は忘れそうでした。でも私の大切な記念日です。恒例の栗ご飯は余裕が無くて、今年はちょっと作れそうに無いけれど、去年の誕生日のブログを見ながら、思い出してみようかなと思います。

明日は一ヶ月ぶりの内科検診です。食事指導も受けてくる予定です。お陰様で血糖値が順調に減っています。体重も実は二ヶ月前から5キロ減りました。とても嬉しいです。
血糖値管理がうまく出来ていて、体重も減っていくのは、とても嬉しいです。

では皆さま、秋晴れの良い日を共に過ごしましょう。/(^-^)/(←この顔文字のイメージは、二週間前の山形聖化校友会で見た、ゴスペルフラダンスのイメージです。チャーチオブゴッド酒田キリスト教会の婦人の皆様が踊って下さっ、とても素敵で、私も踊りたくなりました。




ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント

ブログ更新が出来なかった理由

2017年09月07日 | 病気・鬱・糖尿病など
彼らに言いなさい。わたしは生きている、と主なる神は言われる。わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。

旧約聖書:エゼキエル33章11節(新共同訳)




お久しぶりです。こんにちは。

7月からずっとブログ更新が出来ませんでした。

実は私の血糖値が悪化して、8月8日に総合病院を紹介されて受診したところ、突然教育入院が決まりました。それだけでも驚いたのに、その2日後8月10日に、今度は母が具合が悪くなって、救急車でやはり総合病院に運ばれました。幸い、CT、MRIなど取ったところ、脳系統には何も異常が無く、耳鼻科系のめまいで起き上がれなくなったり、吐き気がしたということがわかり、5日間入院しました。退院後まもなくして、今度は私の入院が始まりました。お陰様で入院中の治療の過程で、血糖値は下がったのですが、精神的においつめられてパニックになり、入院中の総合病院には精神科が無かったので、退院してもとの精神科に通院してます。入退院した家族が二人になったので、家族一同、母も私も弟も、毎日助け合って過ごしていくのが精一杯の毎日です。そんな状況で、とても8月はブログを書く余裕が無く、必死で毎日を過ごしていました。

毎日100人くらいの方がそれでもここにお立ち寄り下さり、本当にありがとうございます。ご心配をかけました。


私は今週は日曜礼拝に久しぶりに行き、聖餐式に与ることが出来て嬉しかったです。けれどとても疲れています。月曜は母の突然のお友達の弔問に付き添い、火曜日、水曜日は内科、精神科に通院でした。精神的に不安な日々が続くので、昨日精神科に行って点滴をしてきたら、ぐったりと疲れが出てきて、昨日の午後からはゆっくり寝ていました。今日も山形は雨です。気候の変動か、起きているのがとても辛く、今日も布団に包まって一日を過ごして来ました。先ほど目が覚めて、「今だったらブログを書けるかもしれない」と思い、久しぶりにパソコンを開きました。

そんな事情でしたので、ブログをこれからも更新するのは希になると思いますが、どうぞご理解下さい。そして私と母の癒し、私と母と弟家族全員が、共倒れにならないように、どうぞお祈り下さい。


今日の聖句は、入院後に与えられた聖句です。入院中、退院後、祈ることが多くて、たくさん聖句を与えられましたが、このエゼキエルの聖句が私にはとても身近に感じられました。病気は決して悪いことではないけれど、神様から「シズコ、病気に負けるな、元気になれ、私はシズコが元気になるのを待っているよ」と語りかけられているようで、とても慰められたので、この聖句を挙げました。


写真は教会の母の日に頂いたミニ薔薇です。母が手入れをしてくれて、美しく咲きました。





















冒頭のコリラックマは、今の私の抱き枕です。これは病院で撮りました。病院で眠る時も、私を慰めてくれました。









引き続き、これからも応援、お祈り、どうぞよろしくお願い致します。



山形は今日は雨です。めっきり肌寒くなりました。これから家族全員で今日のご飯の餃子を包みます。

しっかり食べて元気になりたいと思います。


皆さまのご健康と祝福をお祈り致します。






ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント

アイロンかけ

2017年06月27日 | 日記
ゆっくりと入浴後に
ストールにアイロンをかけました。
仙台のアフリークソレイユの出店で植木市で買った品物です。
グレーのカットソーに明るい空色が映えます。
夏のお気に入りのアイテムです。














ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント (4)

友達と野菜の肉巻き♪

2017年06月26日 | 日記
悪い言葉を一切口にしてはなりません。
ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。


新約聖書:エフェソの信徒への手紙 4章29節




今日の聖句は、「ブログを書こうかな~。聖句は何にしよう?」と思った時に思い浮かんだものです。

この聖句はなかなか厳しいですね。教会の友達と読みあって話すとき「これは難しいよね~」といつもなる聖句です。

クリスチャンになったから、すぐ聖人君子になれるはずもありません。むしろ、洗礼を受けて15年たった今、毎年ごとに自分の醜さ、汚さが、神様から洗われるように見えるようになった気がします。特にこの「悪い言葉を一切口にしてはなりません。」と言う聖句を守るのは、ほとんど無理なんじゃないか?(と書くと)身も蓋も無いのですが、私にとってはそうです。悪い言葉を口にして、その後「あ、言っちゃった!」と思った時には、「神様ごめんなさい。許してください」と素直に思って祈れるときはまだ良い方。酷い時だと「悪口言っちゃ駄目だってわかってるけど、絶対私は悪く無いと思うもん!」と頑なになってしまいます。どっちかって言ったら正直その方が多いかな?日々悔い改めと反省です。


でも、今日偶然食事中に見てたBS「笑点」を見てて思ったんだけど、「大喜利」で、出演者の落語家の皆様が、「すみませんでした」と、頭を下げるシーンがあったのですが、それがとても美しかったのですね。それを見て「ああ、やっぱり人が謙(へりくだ)ると言うことは、こんなに美しいんだ」と改めて思いました。神様に憐れんでもらって、謙虚に減りくだる者とならせて頂きたいです。


今日、ブログを書く予定は無かったのです。土曜日から具合が悪くなってしまい、礼拝にも行けず、今日も起きたのはお昼過ぎでした。

けれど、午後から外出して久しぶりに会った友達から、「見てるよ~ブログ、最近更新なってないじゃん?」と言われ「あー見ててくれてるんだ。ありがとう!」と話しました。「更新してなくても、見ててくれてるんだなあ。ありがたいなあ。」と、とても嬉しく思い、今日は書きたいなあ、と思ったのでした。


アップする時、画像があるとやはり楽しいので、今日は夕ご飯に作った野菜の肉巻き画像を貼らして頂きま~す♪


レシピは小林カツ代さんのです。本当は牛肉で巻くって書いてあるのですが、我が家は予算の関係上豚肉で巻いてます。

インゲンは筋をむきます。インゲンの長さと太さに合わせて、ゴボウと人参を切ります。ゴボウ、人参、インゲンを少し固めに茹でます。水にゴボウを入れたら沸騰するまで火にかけ、沸騰したら人参を二分、最後にインゲンを二分茹でてお湯を切ります。このやり方だと、1鍋で茹でるので簡単。

茹でた野菜を豚肉の薄切りで巻きます。脂の多いばら肉系が美味しいよ。





巻き終ったら、巻き終わりがくっつくように、フライパンの下にして並べます。こんな感じ。









フライパンを中火にかけて、蓋をして焼きます。蓋をあけてこんな感じになったら、ひっくり返します。












裏側もこのくらいの焦げ目が着くまで焼いて、まんべん無く焼きます。











醤油、酒、みりんを各大匙3ずつ入れて味を付けます。肉巻きを箸で転がして味をしもわせます。
最後に隠し味で、ごま油をくるっと回しかけます。そうするとテリが付くの♪










肉巻きだけフライパンから取って、斜め切りに半分にして、大皿に並べます。














最後にフライパンに残ったたれを煮詰めて、肉巻きの上に回しかけて出来上がりです。













今日はこの肉巻きに、わかめとキュウリの酢の物。かぶのお味噌汁で頂きました。美味しかったです。




ずーっと何かあったときしか、朝起きられなかったのですが、明日は頑張って朝起きて見ます。


このところ血糖値が高いんです。ずっと朝ごはんが食べられなかったので、少し努力してみようかなと思います。


野菜も不足してたので、適度な運動をして、生活も少しずつ立て直して生きたいです。


今日の夕ご飯は、久しぶりにうつにかかる前の元気な時のように、先先を見越して、料理が出来たので、嬉しかったです。

また、ずっと約束していた友達のために、牛乳寒天も作ることが出来ました。明日友達のところへ持って行きます。(^-^)v



私のためにお祈りいただければ幸いです。







ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント

初めてのおんぶ

2017年06月01日 | 日記
だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。

新約聖書:マタイによる福音書6章25節(新共同訳)





早くて6月になりました。

5月は本当に心身ともにダウンしてました。一番大切な精神科へも行けなくなり、後半は顔半分がぶくっと腫上がって皮膚科に2日続けて通ったりと、何かと病院にかかりがちでした。昨日から久しぶりに筋トレを初めて、少し気持ちがアップしてきたかな、と思ったら今山形は物凄い豪雨が降って来ました。やっぱり6月だな~。


50才にして私、初めておんぶさせてもらいました。Rちゃんです。生後5ヶ月。







抱っこはずっとさせてもらってきたけど、おんぶって実は一回もしたことがなくて、Rちゃんのお母さんのAちゃんに頼んだら、快諾してもらえ、この日は一時間くらいずーっとRちゃんをおんぶさせてもらい、とても幸せでした。

Rちゃん、ちょっと落ちかけています。にわか母さん、とても嬉しい。おんぶしてると、赤ちゃんって凄い動くんですね。私の背中で一生懸命動いてました。その温かさを感じながら教会の引越し作業をさせてもらってました。Rちゃん、Aちゃん、ありがとう。


今日の聖句は「あまり考え込まないようにしよう」と思って引用しました。

何かするときに、余り構えてしまうと、何も出来ないなあと思い、思い切ってやりたいと思ったことはやってみようと思いました。
今日は筋トレする前に、初めて牛乳寒天を作りました。バナナを入れて、砂糖を少し減らしてみたのですが、まだ固まりません。
美味しく出来るといいな。


これは生後2日目のRちゃん。随分大きくなりました。すぐハイハイも始めるだろうな~。











ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント (4)

明日は明日でなってぐんだべな

2017年05月05日 | 
今日(正確にはもう5日)はほんてんくたびった。
天童から山形まで往復して、ラ・カーサさ行って、岩波さ、山吹見に行って
カメラ屋で写真現像して、リサイクルショップも行って、疲れーて帰宅した
帰宅してから、庭さ水撒いた
ご飯は休みの弟が作ってくれたから
後片付けは私がした
お風呂にもゆっくり目に入って、よっく洗った
明日は教会の写真の仕事があるから
また早く起きる
プレイズタイムはあるのだろうか?
なんだか追い詰められてる感じ。
追い詰められて、辛かったらやめようね、シズコ
今日も結構長かったし、くたびれたから
神経とがってるから
やっと1時過ぎて、少しぼーっとしてきたから
久しぶりの顎の矯正のテンプレートも入れて快調だから
今日はそのままで寝っべは~
疲ったは!
疲ったは!
疲ったは!

今年明けに「うつの自殺傾向」の本を買ってもらった私は、とても疲れている
ちょっとした配慮とケアを怠ると
あっという間に「死」の願望は私によってくる


だから


無理しない
無理しない
無理しなくていいんだよ、って

優しく自分に話す

土曜日は筋トレとウォーキング出来たらいいね
日曜日は、美畑チャペル最後の聖餐式に出られたら良いね。
写真にその姿をもおさめたいね。
写真はシズコは上手だね
やっぱり、献堂式は、シズコかな?写真かかり?
わかんねーーーー

疲れた

眠る時、暑いのか寒いのかわかんねー


わかんねえよ・・・


ただ疲れた

眠ろう



父ちゃん、オヤスミナサイ





ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント (6)

嬉しい春の日々

2017年04月25日 | 日記
これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。愛は、すべてを完成させるきずなです。


新約聖書 コロサイの信徒への手紙 3章14節(新共同訳)



春になった。

今年は桜をとても楽しんだ。一昨日、伯母の法事があった。その時、東京から来た従姉に山形市内を流れている馬見ヶ崎(まみがさき)と言う川の側に、桜並木があって桜のトンネルになっているところを車で案内した。夢のように見事な風景だったので、是非従姉に見せたかったのである。見終わってから従姉が「最初は桜なんてどこだって同じだろうと思っていたけど、見に行った甲斐があったわ。」と言ってくれたのでとても嬉しかった。
また、初めて咲き初めの桜を母と見に行ったとき、母がとても喜んで、「見ろ!見ろ!綺麗だねえ」と、上ずったような声で叫んだのが印象的で、私は自分が見るより、母がとても喜んだと言うのがとても嬉しかった。

また、精神科に通院した帰り、近くのシベールによってパンを買っていくときがある。そこにAちゃんという私の教え子が働いている。彼女がまたとても優しい。そのシベールではパンを買ったお客に、コーヒーを一杯サービスしてくれるのだが、いつもパンを買うと「コーヒーはいかがですか?」と親切にすすめてくれる。先日行った時はなんとなく今日は飲まなくてもいいかなあと思ったので「今日は結構です」と言ったら、脇に居たAちゃんが「なして~?先生、コーヒー飲んで行け~。(=どうして?先生、コーヒー飲んでいって)」と笑顔で話しかけてくれたので、「んだら、ごっつぉおなって行くかな(=そしたら、ご馳走になっていくかな)」と答えて、笑ってコーヒーカップを受け取り、笑顔で別れた。

Aちゃんがすすめてくれたコーヒーは格別美味しく、Aちゃんの心遣いがしみた。


この時期は余り体調がよくなく、また今月4月は毎週ごとに用事が出来て忙しいが、そんな毎日の嬉しい出来事で癒されている。


今週は母が同窓会に行くと言うので、送迎と、今日は買い物に一緒に行った。母は子供のように同窓会を楽しみにしている。

そんな母を見ているのもまた、楽しみだ。


神と人の優しさに、生かされている日々です。



Aちゃんが勤務しているシベール。Aちゃんいつもありがとう。











ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント (4)

皇室について思うこと

2017年03月20日 | 日記
自分の願う人と結婚する自由があります。ただ主にあってのみ、そうなのです。

新約聖書:コリント人への手紙 Ⅰ 7章6節(新改訳)




今日、母と買い物に行った帰りコンビニに寄ろうとして右折する時、前方不注意で、対向車が来るのに右折してしまった。幸い、すんでのところでブレーキをかけられたので、事故からは守られ、謝罪してコンビニに入った。母に買い物を頼んで、今日運転する前に読まなかった霊想書「台所の祈り」を読んだら、この聖書箇所でした。ちょっと全部引用させて下さい。




3月20日 クリスチャンの結婚


自分の願う人と結婚する自由があります。ただ主にあってのみ、そうなのです。

新約聖書:コリント人への手紙 Ⅰ 7章6節

フィリップ・ヘンリーは、結婚について子を戒めて言いました。
「まず、神様を喜ばせなさい。そののち自分自身を喜ばせなさい。そうするならばおまえの天の父は、それを見て喜びます」
また、こうも言いました。
「他の人々はおまえたちの結婚の時、幸福を願うだろうけれども、私は、おまえたちの聖潔を求めます。なぜなら、おまえたちが聖潔を保つならば、おのずから、幸福になれるからです。」



このページを引用しました。この本もかなりくたびれて来ましたが、まだまだ読むつもりです。









先週の前半はわりと体調が良くて毎日動いていたが、仙台に行った木曜日以後(もし「仙台ダイアリー」書けたら書きます。是非読んでください。)から体調を崩した。礼拝も行けなかった。私の通っている山形南部教会は、4月一杯で今の美畑(みはた)チャペルから新しい白山(はくさん)チャペルに引っ越すので、懐かしい美畑チャペルにできるだけ行きたいと思うのだが、なかなか叶わない。どうぞお祈り下さい。

休んでいる間、皇室の雅子妃の事を書いてある本を読んだ。どうしようもない環境に置かれた雅子様を本当にお気の毒に思った。
またこんな本を今読んでいる。


「愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか~女性皇太子の誕生」 田中卓(たなか たけし)著 幻冬舎新書








これがなかなか難しく、また興味深い。

私は今の皇太子様と雅子様が結婚なさった前年に、前の夫との結婚をした。そして皇太子様、雅子様のご成婚は、姑にあたる人と一緒にテレビで見た世代である。
正直、次代の皇太子妃に雅子様が決まった時、私はたまげた。「皇室もとうとうここまで来たか」と感無量だった。ご存知の通り、今までの皇太子妃で結婚までに、社会に出て勤務経験がある女性は一人も居ない。オックスフォード出身で外務省勤務の才色兼備の小和田雅子さんが皇太子妃に決まった時私は「これから日本は今までに無い素晴らしい皇后を戴くだろう」と、驚嘆の面持ちで見ていた。と、同時に、正直「もったいない」と思ったのも事実である。ここまで優秀なキャリアウーマンが皇室に入って、皇室はどんな風に変わっていくのだろう、と驚きながらも、とても楽しみだった。

しかし、たった一点「男子が授からない」と言うだけで、雅子様は心身を壊された。まことにお気の毒である。
私は自分も同じ道を辿って、私の場合は離婚となったので、今皇太子様が婚約の時、「僕が雅子さんを全力でお守りします」と言った言葉を誠実に守って、どんな困難やバッシングからも雅子様をお守りし、また授かった一粒種の愛子様を育てておられる皇太子様のお姿を見ると、涙が出そうになり、ますます応援して行くぞと思っている。ネットを見ていると酷い人間が世の中にいるもので、皇太子様、雅子様、愛子様に対する一種のバッシングは物凄い。酷いものになると「離婚せよ」とか「皇族であることをやめよ」と言う人間までいる。


私は昭和生まれで、ずっと皇室を見てきて感じるのは「皇室と言うのは人間らしさが奪われる場所なんだなあ」と言う事である。今の天皇皇后が皇太子、皇太子妃であった時代私は、「この方々が『皇室は大変なので皇族であることを辞める』と言ったら、日本の外交の為には皇族で居て頂きたいけれども、普通の人間になりたいのなら、私は受け容れるなあ」と思ったことがあった。今でもそのスタンスは変わらない。正直外交の為には、イギリスには王室、日本には皇室があってくれた方が良いのだろうと思う。その反面、その人間性を否定される故に、一人の人間としての人格を損なわれるとしたら、私は皇室など無くても良いと思っている。そんな感じだ。

だから、正直、雅子様にお子が授からず、長い間お悩みになられて流産を体験し、今の愛子様が授かった時、本当に嬉しかった。現行法では、男の子でなければ、皇太子にはなれないのでそれだけが残念だったが、日本の社会が変わり、世の中が「女性天皇」の動きになった時も「愛子さまが天皇になれたら、雅子様のお悩みも無くなる」と思い、とても期待をした一人だ。だが結果は依然として、日本は天皇は男子継承のみしか許されず、歯がゆい思いをしている。

そんな時「愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか~女性皇太子の誕生」を読んで、久しぶりにほっとした、と言うか、当たり前の人間味のあるこの著書の文に触れた時「そうだよ、そうだよ、そうなんだよなあ」と息をつけたような気がした。引用する。



男子を生まない女性は、皇太子妃の資格なしと言うのか


もし、今後も「男系男子」に固執すれば、やがて皇后となられる皇太子妃は、どれほど優れたお方でも、その家系永続のためには、お子さまが女子では駄目、必ず男子を生まないと失格となるわけだから、___________男女にかかわらず、まったくお子さまが生まれなければ、皇室典範に定められた継承順位に従い、次のお方に譲られるのは当然だが、__________そのような、人格と生理とを無視した、非情ともいうべきリスクの大きいポストに、進んで自ら就任される覚悟のお妃選びは、おそらく至難となり、昔のように、親の権威で娘に結婚を強いることも許されない現今、むしろこの点から、”皇統断絶”の危機が生ずるであろう。
女帝反対論者の一部には、男子を生めない皇妃は退下してもらい。______つまり離婚_________代わりの方を選べばよいと放言する者もいるらしいが、事実としては、それこそ不遜極まる暴言であろう。また万一にも、そのような事態が起これば、聡明で責任感のお強い皇太子殿下はどうされるか、申すまでもあるまい。




私は昨日、皇太子様、小和田雅子さんの婚約の会見をネットでずっと見ていた。リアルタイムでも見たが、正直なところ、今まで颯爽としたキャリアウーマンのスタイルを貫かれた雅子さんが、突然「皇族」らしい黄色の帽子、スーツで会見に臨んだ時、その窮屈そうな感じと、失礼を承知で申し上げるが、「馬鹿」がつくほど、まっ正直な言葉、そして始終嬉しそうで、絶対にこの女性を守る、と言う気概が見えた皇太子様共々、「このお二人は真面目だ」と感じた。リアルタイムで見た時も、昨日見た時も変わらない。皇室と言う異質な世界に入ろうと決断した、小和田雅子と言う女性を絶対に守っていくと言う気持ちが、皇太子様からありありと感じたからだ。そしてその言葉を誠実に守っている皇太子様を本当に尊敬する。そして、この皇太子様という夫を持ったからこそ、皇室と言う籠の中で、才気煥発な雅子様と言う皇太子妃が生き残れたのだろうと思う。適応障害と言う心の病にかかり、またその事を「怠け病」「さぼり」などと言う言葉で傷付けられ、妻をかばうべくしてかばった皇太子様は「いつまでマイホームなんだ。いつも雅子、雅子とばかり言って国民の事を考えているのか。」と責められている事実に、怒りがこみ上げる。私自身は正直、「妻でさえ守れない皇太子、天皇が、国民など守れるものか」と思っているので、上記の田中卓さんの本の言葉に、うんうん、と、うなづけるのである。

仮に、愛子さまが生まれた時点で、皇室典範が「女性天皇も可」となっていたら、皇太子様、雅子様はどれだけ安心なさったかと思うし、雅子様の病気からのご回復も早かったと思う。もっと早く、宮内庁が皇太子様雅子様のご成婚の時にそうなっていて、かつ、外務省で雅子様が生かされたキャリアを生かして、皇室に入られた後でも、外国への公務が多かったら、籠の中に幽閉された鳥のように、ストレスをためられた雅子様には、もっと多くの懐妊の機会を却って与えたのかもしれない。

また田中卓さんは、同著で、次のようなことも書いている。



いや、実をいえば、現在、世間ではあまり気づかれていないが、秋篠宮家におかれても、悠仁殿下が皇統に移られる日がくると、残るお子様は女王殿下お二人であるから、現状のままであれば、秋篠宮家そのものが、早晩なくなってしまうことになる。
 つまり、悠仁天皇の御世には、皇族の宮家はすべてなくなり、天皇のご家族だけが孤立し、その後一過に、もし「男子」がお生まれにならなければ、これで日本の皇統は、完全に断絶することになるわけである。




この事実には私は気がつかなかったが、なるほど!目からウロコだった。確かに愛子様ご誕生以降、秋篠宮家に親王が生まれ、皇統は皇太子様、秋篠宮、親王と言う風に男子が続き、安心したように見えるが、実は上記は全くの事実だ。こう考えると、もう復活しないのかもしれないが、皇太子様、雅子様の血を引き継ぐ愛子様が女性天皇になった方が、ずっと良かったのではないかと思われる。


また、休んでいる間偶然、皇太子様が7歳の時、お付の浜尾実さんと共に二泊三日の旅行に行かれたニュースを見た。正直、皇太子様の立ち居振る舞いに感嘆した。生まれながら天皇になる方は、やはり幼少時の教育からして違うのだと今更ながら思われた。
私は正直、秋篠宮家に皇統が移るのは賛成しない。秋篠宮自体が皇太子様の弟宮として成長しているため、天皇としての素質が培われているように思えないからだ。秋篠宮の息子も同然。天皇になるための教育と言うのは、やはりしかるべきときに受けている方がなるべきだと思う。そしていい加減、皇室も宮内庁も、あれだけ生き生きとして優秀である雅子様と言う女性を、こんなに重い病に追いやってしまった「皇統は男子のみ」と言う考えを改める時期に来ていると思う。愛子様は唯一の内親王と言う事で、しかるべき教育を受けているお子であると思う。私個人は今でも、愛子様の女性天皇になれば、皇室も日本も、どんなに開放され楽だろうかと思う。悠仁と言う男児が次代の皇統を受け継ぐものとして的確なのか、情報が無さ過ぎる。もし、秋篠宮、その息子に皇統を継がせるのだとしたら、今の時期からそれなりの帝王学が必要だろう。仮に愛子様が受け継ぐにしても全く同様だと思う。

私は皇太子ご一家が本当においたわしい。愛子様は痩身で、ご両親の皇太子様、雅子様がどんなにご心配かと思う。卑近な言い方をしたら、妻は精神的病、娘はやせ細ってしまい、今までの皇太子の中で、今の徳仁皇太子様はどれだけご苦労かと思う。けれど、決して不幸なだけでは無いと信じる。

そのわけは、私が良く知っている。ご苦労されただけ、苦しみにあっただけ、次代の徳仁天皇、雅子皇后は、人の痛みを知った優しい、忍耐強い、弱者にあたたかいエンペラー、エンプレスになられると確信しているからだ。

人は弱くて愚かだ。確かに今の皇室典範から見たら、男子を生めなかった雅子様は皇太子妃として不適格だと言う人もいるかもしれない。しかし私はその言葉を聞く度に、「それなら男子を生めればそれで的確か?」と怒りを持って叫びたくなる。田中卓さんの書いたとおり、男子出産で皇太子妃適任とするのは、余りにも非情だからだ。天皇、皇太子が側室をたくさん持てた時代と現代は違う。一夫一婦制の時代だ。時代に逆行する事はできない。
私は余りにも惜しい。あれだけ比類ない才気煥発の美女である雅子様が皇太子妃となったばかりに、翼をもがれた鳥のようになってしまわれたのは本当に惜しい。仮に宮内庁と皇室が、雅子様を、皇太子を生むだけの存在ではなく、もともとの才能を皇室外交に生かすような配慮をしていたら、徳仁皇太子様、雅子様は新しい皇室を作られ、お子様ももっと授かっていたかもしれない、と思う。

仮に____________もしこんなことは絶対にあって欲しくは無いけれど、皇太子様、雅子様、愛子様が皇室から離れる、皇族を辞められるとしたら、私は日本の大きな損失だと思う。おそらくその時は私も、今持っている皇室への興味も関心も全く失われるだろう。

今日の冒頭の聖句をもう一度書いてみる。


自分の願う人と結婚する自由があります。ただ主にあってのみ、そうなのです。


皇太子様、雅子様はお二人の意志で結婚された。愛子様と言う可愛らしく利発な内親王も授かった。
お三方の行く末はこれからも厳しいものかもしれない。しかし、「子が授からなかった」と言う点で、雅子様にかなり近い苦しみを味わったので、私はこれからも、皇太子様、雅子様、愛子様の祝福と平安を祈りたい。





ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへにほんブログ村


にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へにほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ -->
コメント (2)