語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
読書
大岡昇平+社会問題・社会保障

【佐藤優】戦艦「信濃」を知っているか」 ~戦争こそ必須の教養~

2016年09月29日 | ●佐藤優
佐藤優/立花さん、(『ぼくらの頭脳の鍛え方』のブックリスト2に)軍事モノを多く入れていらっしゃいますね。
立花隆/ええ。日本では割と軍事の知識を軽く見る人が多いんですが、歴史を見る上で軍事の知識は欠かせません。すごく面白かったのは、『「信濃!」--日本秘密空母の沈没』(J・F・エンライト、J・W・ライアン/光人社NF文庫/立花113)です。
佐藤/「信濃」は、戦艦「大和」「武蔵」に続く、三番艦ですね。
立花/そうです。戦艦として信濃の建造が始まりましたが、戦局が変化したために航空母艦に作り替えられた。戦艦としての時代は終わりを告げ、パールハーバーとともに航空戦の時代が幕をあけたことがはっきりしたからです。
佐藤/信濃は当時、世界最大の空母でした。
立花/横須賀で建造されていたんですが、空襲を避けるため、完成しないうちに呉へ向けて出航した。呉海軍工廠で、艤装(原動機や各種装備の取りつけ工程)や兵装(機銃などの兵器の取りつけ工程)をすることになっていた。
佐藤/その途中に沈没した。
立花/伊豆半島の南側です。そのあたりはアメリカの潜水艦がウヨウヨしていたから、昼間は通れない。夜に回航するんですが、発見されて、魚雷を4発喰らって沈没した。
佐藤/私は子供のころ、当時発売されたばかりの信濃のプラモデルを買いました。ところが本を買うと言ってもらったお金でそれを買ったものだから、母親にずいぶん怒られた(笑)。
立花/へえ、そんなプラモデルがあったんですね。
佐藤/1970年前後、私の子供時代はちょうどプラモデル全盛期だったんですよ。
立花/信濃の沈没後、若干名いた生存者はすぐ病院に収容されて外部と接触できないようにされたんです。設計図とか関係書類もすべて廃棄された。だから戦争が終わるまで一般の日本人に信濃の存在は知られていませんでした。
 信濃を沈めたアメリカの潜水艦の乗り組み員が、潜望鏡で見た巨大な船を日本の艦船カタログで調べるんですが、信濃は載っていない。とてつもなく巨大な空母だったということしかわからなかった。結局、事実関係が明らかになったのは戦争が終わってから。戦争の実態は、同時代の人間にはなかなかわからない、ということがこれを読むとよくわかります。信濃を撃沈させた潜水艦の艦長だったアメリカ人が、戦争が終わってから、あの船はいったい何だったのだろうと不思議に思って、調べて調べて資料を集めて書いた本なんです。
佐藤/そのおかげでプラモデルも作られたんでしょうね。信濃を護衛していたのが、駆逐艦「雪風」。雪風は、大和や武蔵も護衛していた。ところが、雪風と一緒だった大きな戦艦、すべて沈没している。死に神駆逐艦なんです(笑)。豊田穣『雪風ハ沈マズ--強運駆逐艦 栄光の生涯』(光人社NF文庫)に詳しいです。「駆逐艦雪風」という映画もありました。
立花/光人社は軍事モノのいい本をたくさん出していますよね。
佐藤/光人社の本、私も山ほど持っていますよ(笑)。軍事モノとしては、文春文庫の『双発戦闘機「屠龍」--一撃必殺の重爆キラー』(渡辺洋二著/佐藤133)を入れました。私の父は、陸軍の隼航空隊という部隊に配属されていたから、父はよく戦闘機の話をしていました。その中でも、日本の戦闘機で唯一B29と対抗できる「屠龍」の話は何度も聞きました。足は遅い代わりに、大きな機関砲が装備されていて破壊力が強く、旋回性にも優れている。なおかつ、搭乗員を守る防御態勢も整っている。B29を意識して設計されているんです。B29と対抗すると屠龍の分が悪いですが、B24やB17相手だったら確実に勝つ。知られざる強い戦闘機だったんです。
立花/信濃も、もし戦場に投入されていれば相当の力を発揮したにちがいないんですが、空母に載せる肝心の航空機が、もうほとんど残っていなかった。それで特攻機「桜花」を載せただけでなく、特攻艇「震洋」というボートまで載せた。
佐藤/沖縄集団自決で問題になっている陸軍の海上挺身隊の赤松隊のボートも同じつくりでしたね。
立花/作家の島尾敏雄が訓練を受けていたのも震洋でした。世界最大の航空母艦信濃に、わざわざボートを載せなければならないほど、日本は追いつめられていた。
佐藤/日本は非常に厳しい状況に置かれていました。力に圧倒的な差がある、必ずしも勝てない敵に対して、どこまで抵抗できるか。私が重要だと思うのは、そういう所与の条件の中で、当時の科学技術の粋を尽くして「屠龍」のような道具を作るという発想なんです。
立花/太平洋戦争の開戦後、日米の空軍力に大きな力の差があることが、マリアナ沖海戦で決定的になった。『激闘マリアナ沖海戦 日米戦争・最後の大海空戦』(江戸雄介著/光人社NF文庫/立花112)を読むとよくわかります。

□立花隆×佐藤優『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』(文春新書、2009)の「第2章 20世紀とは何だったのか --戦争論、アメリカの無知、スターリンの粛正」のうち項目「戦艦「信濃」を知っているか」を引用
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 【参考】
【佐藤優】歴史の転換点に立つ日本人のための読書ガイド ~『ぼくらの頭脳の鍛え方』~
【本】現実社会を生きぬくための読書 ~『世界と闘う「読書術」』~


 

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【戦争】歴史を発掘する ~クルスク戦車戦~

2016年09月28日 | 歴史
 
 <本書にはまた、特定の目的もある。それは新たに利用できるようになったこの戦いに関する大量の細部(公式的、戦術的、個人的な細部)を構造化し、明確にすることである。クルスクはあくまでもまず戦闘であった。それゆえに、誰が誰に対して、何を、いつ、どこで、何を使って、そしてなかんずく、《なぜ》【注】行ったのかを知ることに価値がある。そのために必要になるのは、公式的および個人的な報告を照合し、比較し、批評することであり、少数の読者以外には不案内な地理の中でそれらに脈絡をつけることである。その上で、その結果を読者が無理をしなくても理解できる形にして提出することである。>

 【注】《》内は原文では傍点。

□デニス・ショウォルター(松本幸重・訳)『クルスクの戦い1943 独ソ「史上最大の戦車戦」の実相』(白水社、2015)の「はしがき」から一部引用
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【佐藤優】書誌

2016年09月28日 | ●佐藤優
 ※2016年9月28日現在。なお、「●」は所持するもの。

 《追加分》
●『現代に生きる信仰告白 改革派教会の伝統と神学』(キリスト新聞社、2016)
●『資本論の核心 純粋な資本主義を考える』(角川新書、2016)

(1)著書
●『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社、2005 →増補版:新潮文庫、2007《解説:川上弘美》)
  ※第59回毎日出版文化賞特別賞
●『自壊する帝国』(新潮社、2006 →新潮文庫、2008《解説:恩田陸》)
  ※第5回新潮ドキュメント賞および第38回大宅壮一ノンフィクション賞
●『日米開戦の真実 大川周明著「米英東亜侵略史」を読み解く』(小学館、2006 →小学館文庫、2011)
●『獄中記』(岩波書店、2006年 →改訂版:岩波現代文庫、2009)
●『国家と神とマルクス 「自由主義的保守主義者」かく語りき』(太陽企画出版、2007 →角川文庫 2008)
●『地球を斬る』(角川学芸出版、2007 →角川文庫 2009)
●『国家の謀略』(小学館、2007)
●『野蛮人のテーブルマナー ビジネスを勝ち抜く情報戦術』(講談社、2007 →講談社+α文庫、2009)
●『野蛮人のテーブルマナー 「諜報的生活」の技術』(講談社、2009)
●『私のマルクス』(文藝春秋、2007 →文春文庫 2010)
●『インテリジェンス人間論』(新潮社、2007 →新潮文庫 2010)
●『国家論 日本社会をどう強化するか』(NHKブックス、2007)
●『世界認識のための情報術』(週刊金曜日、2008)
●『交渉術』(文藝春秋、2009 →文春文庫、2011)
●『テロリズムの罠 右巻 忍び寄るファシズムの魅力』(角川ワンテーマ21、2009)
●『テロリズムの罠 左巻 新自由主義社会の行方』(角川ワンテーマ21、2009)
●『外務省ハレンチ物語』(徳間書店、2009 →徳間文庫、2011)
●『神学部とは何か 非キリスト教徒にとっての神学入門』(新教出版社、2009)
●『「諜報的(インテリジェンス)生活」の技術 野蛮人のテーブルマナー』(講談社、2009)
●『甦る怪物 私のマルクス ロシア篇』(文藝春秋、2009)
●『功利主義者の読書術』(新潮社、2009 →新潮文庫、2012)
●『沖縄・久米島から日本国家を読み解く』(小学館、2009)
●『はじめての宗教論 右巻 見えない世界の逆襲』(NHK出版新書、2009)
●『はじめての宗教論 左巻 ナショナリズムと神学』(NHK出版新書、2011)
●『日本国家の神髄 禁書「国体の本義」を読み解く』(扶桑社、2009)
●『この国を動かす者へ』(徳間書店、2010)
『3・11クライシス!』(マガジンハウス、2011)
『予兆とインテリジェンス』(産経新聞出版、2011)
●『人たらしの流儀』(PHP研究所、2011)
●『佐藤優のウチナー評論』(琉球新報社、2011)
●『この国を壊す者へ』(徳間書店、2011)
『世界インテリジェンス事件史 祖国日本よ、新・帝国主義時代を生き残れ!』(双葉社、2011)
●『インテリジェンス人生相談 復興編』(扶桑社、2011)
『共産主義を読みとく いまこそ廣松渉を読み直す『エンゲルス論』ノート 廣松渉エンゲルス論との対座』(世界書院 2011)
●『外務省に告ぐ』(新潮社 2011 →新潮文庫、2014)
●『野蛮人の図書室』(講談社、2011)
●『国家の「罪と罰」』(小学館 2011)
●『新・帝国主義の時代 左巻 情勢分析論篇』(中央公論者、2013)
●『新・帝国主義の時代 右巻 日本の進路篇』(中央公論者、2013)
●『神学の履歴書 ~初学者のための神学書ガイド~』(新教出版社、2014)
●『紳士協定 私のイギリス物語』(新潮社、2012/新潮文庫、2014)
●『帝国の時代をどう生きるか 知識を教養へ、教養を叡智へ』(角川oneテーマ21、2012)
●『読書の技法 誰でも本物の知識が身につく熟読術・速読術「超」入門』(東洋経済新報社、2012)
●『人間の叡智』(文春新書、2012)
●『同志社大学神学部』(光文社、2012)
●『人に強くなる極意』(青春新書インテリジェンス、2013)
●『知の武装: 救国のインテリジェンス』(新潮新書、2013)
●『国境のインテリジェンス』(徳間書店、2013 →徳間文庫、2015)
●『地球時代の哲学 池田・トインビー対談を読み解く』(潮出版社、2014)
●『元外務省主任分析官・佐田勇の告白: 小説・北方領土交渉』(徳間書店、2014)
●『先生と私』(幻冬舎、2014/後に幻冬舎文庫、2016)
●『佐藤優の沖縄評論』(光文社知恵の森文庫、2014)
●『「知的野蛮人」になるための本棚 (PHP文庫、2014)
『野蛮人のテーブルマナー 完全版』(講談社、2014)
●『宗教改革の物語 近代、民族、国家の起源』(KADOKAWA、2014)
●『いま生きる「資本論」』(新潮社、2014)
●『修羅場の極意』(中公新書ラクレ、2014)
●『逆境を乗り越える技術』(ワニブックス、2014)
●『「知」の読書術 』(集英社(知のトレッキング叢書)、2014)
●『私の「情報分析術」超入門 仕事に効く世界の捉え方』(徳間書店、2014)
●『創価学会と平和主義』(朝日新書、2014)
●『私が最も尊敬する外交官 ナチス・ドイツの崩壊を目撃した吉野文六』(講談社、2014)
●『佐藤優の10分で読む未来 キーワードで即理解 新帝国主義編』(講談社、2014)
●『日本国家の神髄 ~禁書『国体の本義』を読み解く~』 (扶桑社新書、2014)
●『「ズルさ」のすすめ』(青春新書インテリジェンス、2014)
●『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』(「文藝春秋」2015年2月臨時増刊号)
●『世界史の極意』(NHK出版新書、2015)
●『神学の思考 キリスト教とは何か』(平凡社、2015)
●『危機を克服する教養』(角川書店、2015)
●『人生の極意』(扶桑社新書、2015)
●『プラハの憂鬱』(新潮社、2015)
●『国家の攻防/興亡』(角川新書、2015)
●『希望の資本論』(朝日新聞出版、2015)/共著:池上彰
●『危機を克服する教養 ~知の実践講義「歴史とは何か」~』(KADOKAWA、2015)
●『超したたか勉強術』(朝日新書、2015)
●『知性とは何か』(祥伝社新書、2015)
『国境のインテリジェンス』(徳間文庫カレッジ、2015)
●『ケンカの流儀 -修羅場の達人に学べ』(中公新書ラクレ、2015)
●『いま生きる階級論』(新潮社、2015)
●『イスラエルとユダヤ人に関するノート』(ミルトス、2015)
●『知の教室 ~教養は最強の武器である~』(文春文庫、2015)・・・・『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』再構成したもの。
●『お金に強くなる生き方』(青春新書インテリジェンス、201)
●『同志社大学神学部 私はいかに学び、考え、議論したか』(光文社新書、2015)
●『官僚階級論 ~霞が関(リヴァイアサン)といかに闘うか』(モナド新書、2015)
●『この国が戦争に導かれる時 超訳:小説・日米戦争』(徳間文庫、2015) 
『「池田大作 大学講演」を読み解く 世界宗教の条件』(潮出版社、2015)
●『佐藤優の「地政学リスク講座2016」 日本でテロが起きる日』(時事通信出版局、2015)
●『外務省犯罪黒書』(講談社エディトリアル、2015)
●『資本主義の極意 明治維新から世界恐慌へ』(NHK出版新書、2016)
●『危機を覆す情報分析 ~知の実戦講義「インテリジェンスとは何か」~』(KADOKAWA、2016)
●『組織の掟』(新潮新書、2016)
●『動因を探せ 中東発世界危機と日本の分断』(徳間書店、2016)
●『自分を動かす名言』(青春出版社、2016)
●『使える地政学 日本の大問題を読み解く』(朝日新聞出版、2016)
●『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)
●『世界インテリジェンス事件史』(光文社文庫、2016)
●『現代の地政学』(晶文社、2016)

(2)共著(対談)
●『国家の自縛』(産経新聞出版、2005 →扶桑社文庫、2010)/聞き手:斎藤勉(産経新聞元モスクワ支局長)
●『国家の崩壊』(にんげん出版、2006)/聞き手:宮崎学
●『北方領土「特命交渉」』(講談社、2006 →講談社+α文庫、2007)/共著:鈴木宗男
●『インテリジェンス―武器なき戦争』(幻冬舎新書、2006)/共著:手嶋龍一
●『ナショナリズムという迷宮 -ラスプーチンかく語りき』(朝日新聞社、2006 →朝日文庫、2010)/対談:魚住昭
『アメリカの日本改造計画』(イースト・プレス、2006)/共著:関岡英之・小林よしのり・西部邁ら
『反省 私たちはなぜ失敗したのか?』(アスコム、2007)/共著:鈴木宗男
『国家情報戦略』(講談社、2007)/共著:高永哲
『中国の黒いワナ』(宝島社、2007)/共著:青木直人・西尾幹二
『佐藤優 国家を斬る』(同時代社、2007)/コーディネーター:宮崎学、連帯運動・編
●『国家と人生 寛容と多元主義が世界を変える』(太陽企画出版、2007 →角川文庫、2008)/対談:竹村健一
●『正義の正体』(集英社インターナショナル、2008)/共著:田中森一
●『大和ごころ入門』(扶桑社、2008)/共著:村上正邦
●『ロシア闇と魂の国家』( 文春新書、2008)/対談:亀山郁夫
『情報力―情報戦を勝ち抜く“知の技法”』(イースト・プレス、2008)/共著:鈴木琢磨
『政治を語る言葉』(七つ森書館、2008)/山口二郎・編
●『暴走する国家 恐慌化する世界―迫り来る新統制経済体制(ネオ・コーポラティズム)の罠』(日本文芸社、2008)/共著:副島隆彦、
『第三次世界大戦 左巻 新・帝国主義でこうなる!』(アスコム、2008)/共著:田原総一朗
『第三次世界大戦 右巻 新・世界恐慌でこうなる!』(アスコム、2008)/共著:田原総一朗
●『テロルとクーデターの予感-ラスプーチンかく語りき2』(朝日新聞出版、2009)/対談:魚住昭
●『インテリジェンス人生相談 社会編』、『同 個人編』(扶桑社、2009)
●『知の超人対談 岡本行夫・佐藤優の「世界を斬る」』(産経新聞出版、2009)/ 共著:岡本行夫
●『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』(文春新書、2009)/共著:立花隆
『徹底討論沖縄の未来』(芙蓉書房出版、2010)/共著:大田昌秀、沖縄大学地域研究所・編
●『猛毒国家に囲まれた日本 ロシア・中国・北朝鮮』(海竜社、2010)/共著:宮崎正弘
『小沢革命政権で日本を救え 国家の主人は官僚ではない』(日本文芸社、2010)/共著:副島隆彦
『週刊とりあたまニュース 最強コンビ結成!編』(新潮社、2011)/共著:西原理恵子
『国家の危機』(KKベストセラーズ、2011)/共著:的場昭弘
●『聖書を語る 宗教は震災後の日本を救えるか』(文藝春秋、2011 →文春文庫、2013)/共著:中村うさぎ
『沈黙より軽い言葉を発するなかれ』(創出版、2012)/対談:柳美里
●『はじめてのマルクス』(週刊金曜日、2013)/共著:鎌倉孝夫
●『世界と闘う「読書術」 思想を鍛える1000冊』 (集英社新書、2013)/共著:佐高信
●『知の武装 救国のインテリジェンス』(新潮新書、2013)/共著:手嶋龍一
『新・帝国主義時代を生き抜くインテリジェンス勉強法』(講談社、2014)/共著:荒井和夫
●『聖書を読む』(文藝春秋、2013)/共著:中村うさぎ
●『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』(文春新書、2014)/共著:池上彰
●『喧嘩の勝ち方 喧嘩に負けないための5つのルール 』(光文社、2014)/共著:佐高信
●『賢者の戦略』(新潮新書、2014)/共著:手嶋龍一
●『死を笑う うさぎとまさると生と死と』(毎日新聞社、2015)/共著:中村うさぎ
●『希望の資本論』(朝日新聞出版、2015)/共著:池上彰
●『反知性主義とファシズム』(金曜日、2015)/共著:斎藤環
●『崩れゆく世界 生き延びる知恵』(キャップス、2015)/共著:副島隆彦
●『「殺しあう」世界の読み方 (田原総一朗責任編集 オフレコ!BOOKS)』(アスコム、2015)/共著:田原総一朗・宮崎学
●『とりあたま大学: 世界一ブラックな授業!編』(新潮社、2015)/共著:西原理恵子
●『イスラエルとユダヤ人に関するノート』(ミルトス、2015)
●『国家のエゴ』(朝日新書、2015)/共著:姜尚中
●『異端の人間学』(幻冬舎新書、2015)/共著:五木寛之
●『インテリジェンスの最強テキスト』(東京堂出版、2015)/共著:手嶋龍一
●ニッポン放送「高嶋ひでたけのあさラジ!」編『90分でわかる日本の危機』(扶桑社新書、2015)
●『政治って何だ!? - いまこそ、マックス・ウェーバー『職業としての政治』に学ぶ-』(ワニブックスPLUS新書、2015)/共著:石川知裕
●『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』(文春新書、2015)/共著:池上彰
●『あぶない一神教』(小学館新書、2015)/共著:橋爪大三郎
●『インテリジェンスの最強テキスト』(東京堂出版、2015)/共著:手嶋龍一
●『第3次世界大戦の罠 -新たな国際秩序と地政学を読み解く』(徳間書店、2015)/共著:山内昌之
●『平和なき時代の世界地図 戦争と革命と暴力 単行本』(祥伝社、2015)/共著:宮崎学
●田原総一朗・責任編集『「殺し合う」世界の読み方』(文化放送、2015)/共著:宮崎学
●『マルクスと日本人 社会運動からみた戦後日本論』(明石書店、2015)/共著:山崎耕一郎
●『創価学会を語る』(第三文明社、2015)/共著:松岡幹夫
●『小学校社会科の教科書で、政治の知識をいっきに身につける』(東洋経済新報、2015)/共著:井戸まさえ
●『新・地政学 ~「第三次世界大戦」を読み解く』(中公新書ラクレ、2016)/共著:山内昌之
●『佐藤優さん、神は本当に存在するのですか?』(文藝春秋、2016)/共著:竹内久美子
●『復権するマルクス 戦争と恐慌の時代に』(角川新書、2016)/共著:的場昭弘
『竹中先生、これからの「世界経済」について本音を話していいですか』(ワニブックス、2016)/共著:竹中平蔵
『いっきに学び直す日本史 近代・現代 実用編』(東洋経済新報社、2016)/共著:山岸良二
『いっきに学び直す日本史 古代・中世・近世 教養編』(東洋経済新報社、2016)/共著:山岸良二
『いま、公明党が考えていること』(潮新書、2016)/共著:山口那津男
●『21世紀の戦争論 昭和史から考える』(文春新書、2016)/共著:半藤一利
●『世界史の大転換 常識が通じない時代の読み方』(PHP新書、2016)/共著:宮家邦彦
●『右肩下がりの君たちへ』(ぴあ、2016)/共著:津田大介、ほか
●『資本論の核心 純粋な資本主義を考える』(角川新書、2016)
●『現代に生きる信仰告白 改革派教会の伝統と神学』(キリスト新聞社、2016)

(3)訳書
 ゲンナジー・ジュガーノフ(佐藤優/黒岩幸子・共訳)『ロシアと現代世界 汎ユーラシア主義の戦略』(自由国民社、1996)
●J.L.フロマートカ(Josef Lukl Hromadka、日本ではロマドカの名称でも知られる)『なぜ私は生きているか J.L.フロマートカ自伝』(新教出版社、1997)
 アレクサンドル・レベジ(工藤精一郎/工藤正広/黒岩幸子・共訳)『憂国』(徳間書店、1997)
●ヨゼフ・ルクル・フロマートカ (平野 清美・訳/佐藤優・監訳・解説)『神学入門 ~プロテスタント神学の転換点』(新教出版社、2012)
 ヨゼフ・ルクル・フロマートカ (平野 清美・訳/佐藤優・監訳)『人間への途上にある福音 キリスト教信仰論』(新教出版社、2014)
●アモス・ギルボア/エフライム・ラピッド・編(佐藤優・監訳/河合洋一郎・訳)『イスラエル情報戦史』(並木書房、2015)
●『この国が戦争に導かれる時 超訳:小説・日米戦争』(徳間文庫、2015) 
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 【参考】
【佐藤優】の仕事早わかり ~略歴と書誌~
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【戦争】負ける側の論理 ~ノルマンディ戦車戦~

2016年09月28日 | 歴史
 
 戦争は勝った側が着目されがちだ。しかし、実のところ、負けた側のほうから学ぶものが多いと思う。戦争とは違うが、野球について、負けた試合のほうから学ぶものが多い、と野村克也・日本体育大学客員教授も言っていた。
 前大戦について、今の日本人は、米国をはじめとする勝った連合国の側から映画を見、ゲームを見ているかもしれない。だから、国連は勝った連合国がつくりだしたものと言われてもピンとこない。だが、負けた日本、ドイツの観点からすると、まったくといってよいほど違った局面が見えてくる。
 『ノルマンディー戦車戦』はレニングラード、ウクライナ、ノルマンディー、イタリアの4地域における独軍の壊滅を記す。なぜ負けるべくして負けたか、そのへんも指摘している。例えば・・・・

 1944年6月6日払暁、連合軍が上陸したノルマンディーの海岸に、最も近く位置していた戦車部隊は第21機甲師団だ、オルヌ川の東に位置していた。師団長(フォイヒティンガー少将)も第22連隊長(オッペルン大佐)も第1大隊長(フォン・フォットベルク大尉)も警報を知っていた。4時には出動準備が完了した。
 戦区では、第21機甲師団は第761歩兵師団の指揮下に入ることになっていた。リヒター師団長は出撃を命じたが、フォイヒティンガーは動けなかった。彼は一方で、国防軍最高司令部の同意なくして行動しないよう命令されていたのである。かくて貴重な時間が、刻一刻失われていった。
 6時30分、フォイヒティンガー少将はついに決断した。自分の責任で部隊を動かすことにしたのだ。
 8時、第22戦車連隊第1大隊、出動。
 9時、第2大隊も出動。
 しかし、彼らがめざした敵は、見当違いの敵だった。海岸ではすでに連合軍の上陸がはじまっていたのに、いまさら敵空挺部隊を攻撃しようとしていたのだ。
 部隊の迷走は続いた。
 燃え上がるカーンの町の脇を通り過ぎたところで、オッペルン大佐の下に「引き返せ」という新たな命令が届いた。部隊は、オルヌ川東方のイギリス軍空挺部隊に一発の砲弾も発射しないうちにカーンに戻ることになった。かくしてオルヌ川当方には第1大隊第4中隊だけのこし、その他の部隊はしんがりを先頭にして回れ右した。
 なぜか。ようやく第84軍団が第21機甲師団の指揮権を得たのだ。第84軍団のマルクス将軍は、第21機甲師団を海岸のイギリス軍撃滅のために使うことにしたのだ。
 第1大隊は爆撃で崩れたカーンの町を抜けた。第2大隊はコロンベルを経由しなければならず、時間がかかった。このため、部隊はばらばらになってしまった。カーンの北の出撃準備陣地に2個大隊が集結したのは、昼過ぎになってしまった。
 すでに敵の上陸後8時間が経っていた。この間にイギリス軍は、着々と海岸堡をひろげ、シャーマン戦車、17ポンド対戦車砲、M10駆逐戦車を揚陸していた。上陸直後なら踏みつぶすこともできた上陸部隊は、いまや防備をかためてドイツ軍を待ち受けていた。
 第22戦車連隊は、イギリス軍の防御陣地に突き当たり、最初の2、3分でⅣ号戦車5両が破壊された。歩兵も砲兵もいない戦車だけの突破など、とても不可能だった。オッペルン大佐は、後退を命じるほかなかった。
 かくして、ノルマンディー海岸の敵海岸堡を撃滅する唯一のチャンスは失われたのであった。

□斎木伸生『ノルマンディー戦車戦 --タンクバトル〈5〉』( 光人社NF文庫、2015)
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【食】の安全に疑問 ~ゲノム編集技術を使う食品開発の活発化~

2016年09月28日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)ゲノム編集技術を用いた食品の開発が活発になっている。すでに市場化された作物は、
  (a)除草剤耐性ナタネ・・・・ベンチャー企業「サイバス」社(米国カルフォニア州)が開発した。スルホニルウレア系除草剤に耐性を持たせたもので、同社は穀物メジャー「カーギル」社と組んで、売り込みを図っている。
  (b)マーガリンなどに加工した際にトランス脂肪酸を含まない大豆・・・・ベンチャー企業「ケイリクスト」社(米国ミネソタ州)が開発した。
  (c)変色しないマッシュルーム・・・・ペンシルベニア大学の研究チームが開発した。
  (d)芽に含まれる有害物質のソラニンを減らしたり、加熱した際に生じる発癌物質アクリルアミドを低減させたジャガイモ・・・・理化学研究所など。

 (2)ゲノム編集技術とは、制限酵素を用いてピンポイントで目的とする位置でDNAを切断し、遺伝子の働きを壊す技術のことだ。制限酵素とは、DNAを切断する酵素のことで、目的とする場所に誘導する技術と、その制限酵素の組み合わせで成り立っている。
 ゲノム編集技術を応用して種子独占を狙っているのが、モンサント、デュポンなど。開発合戦が展開されている。特にデュポンは、最新技術の「クリスパー・キャスナイン(CRISPR Cas9)」の特許独占を狙っている。すでに対乾燥トウモロコシ、収量増小麦を試験栽培中だとみられている。
 動物での開発も盛んだ。特に進んでいるのが、ミオスタチン遺伝子(筋肉量を制御)を壊す操作だ。筋肉量を制御できなくなった動物は、筋肉質になるとともに、成長が早く巨大化していく。その結果、筋肉量の多い牛や、成長の早いトラフグなどが誕生している。耐病性の豚、角のない乳牛、卵アレルギーを引き起こさない鶏なども開発されている。

 (3)政府内閣府も、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の中で、「次世代農林水産業創造技術(アグリイノベーション創出)」の取り組みを進めている。その柱となる「新たな育種技術の確立」として進めているのが、ゲノム編集技術などの新技術開発だ。
 そのうち特に力を入れて取り組むテーマとして、高機能稲、高機能トマト、おとなしいマグロの3つのモデルを設定している。高機能作物とは、トマトを例にとると、日持ちして栄養価が高いなど、複数の機能を併せ持つ作物をさす。

 (4)一方、多くの科学者がゲノム編集技術の危険性を指摘し、慎重さを求めている。
 〈例〉この技術では「安全神話」がふりまかれているが、それは神話にすぎず、特に問題なのは間違いを起こしてターゲットでない箇所でDNAを切断してしまうことだ。【注1】
 〈例〉遺伝子の働きは複雑で、この操作が他の遺伝子の働きや、遺伝子間の相互作用に影響を及ぼす可能性は高い。そのことが毒性を増幅するなど、食の安全性に悪影響をもたらしたり、栄養分を低下させたり、新たなアレルゲンをもたらす可能性がある。【注2】
 〈例〉痕跡が残らないことへの懸念、軍事技術への転用の容易さ。【注3】

 【注1】2016年4月25日付け「インデペンデント・サイエンス・ニュース」
 【注2】2016年1月13日付け「エコロジスト」
 【注3】米国アカデミー、2016年6月8日

□天笠啓祐「ゲノム編集技術を使い、食品の開発が進む/食の安全は大丈夫なのか?」(「週刊金曜日」2016年9月23日号)
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【大阪】の「デフレゾーン」 ~異様に安い物価~

2016年09月27日 | 社会
 大阪の通天閣周辺にある商店街「新世界」は、串カツ人気やアジアからの観光客増加もあって活況を呈している。
 しかし、有名串カツ店を除けば、このあたりの物価水準は異様に低い(どんな肉、野菜なのかは不明)。梅田駅周辺と比較すると、別世界の感を与える。
 〈例〉立ち食いそば店では「かけうどん160円」。ゲームセンターでは「テレビゲーム」が50円。居酒屋では、「生マグロ300円、八宝菜200円」。人の流れからやや外れた場所の串カツ店では「1本30円から」。
 理髪店もすごい。よく知られた前稿チェーン店の1,080円という価格も安いが、通天閣周辺には通常カット700円という店がある。

□加藤出(東短リサーチ代表取締役社長)「散髪代「700円vs21ドル」/意外な日米インフレ差の象徴」(「週刊ダイヤモンド」 2016年10月1日号)
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【藻谷浩介】株を保有していない大多数の人々にアベノミクスのメリットはない ~里山資本主義からの批判~

2016年09月27日 | 批評・思想
 (1)8月23日、藻谷浩介・日本総研主席研究員【注1】が外国人特派員協会で講演した。
 「新経済対策とアベノミクスの今後」と銘打つ報道昼食会には、白井さゆり・前日本銀行政策委員会審議委員、白川浩道・クレディ・スイス証券株式会社チーフ・エコノミストとともに参加。3人が15分程度のプレゼンテーションをするなか、藻谷氏が示したのは、「株価上昇はアベノミクスの成功の証」という安倍政権の主張が虚構にすぎないことを物語るグラフだった。

 (2)全国各地を飛び回って講演を年間に300回以上こなす藻谷氏は、一つのグラフに日本経済の実態を表す統計を盛り込む。
 第二次安倍政権が誕生した2012年12月以降、
   ①マネタリーベース【注2】が急増した傾向・・・・棒グラフ
   ②「株式の時価総額」が過去30年間(1985~2015年)で乱高下した推移・・・・折れ線グラフ
で表した。二つのグラフはアベノミクスの特徴を端的に物語っている。
 <異次元金融緩和でマネタリーベースが2.5倍以上に増えると同時に、株価が2倍近くにまで跳ね上がった。日本円を刷りまくって、為替相場を円安に誘導するアベノミクスによって、輸出産業の業績は改善して株価上昇をもたらした>
 ・・・・ということを統計データで示したのだ。
 「株価上昇をもたらしたアベノミクスは大成功」という実態を示した上で、藻谷氏は、このグラフにほぼ横ばい状態を続ける「GDP」と「家計最終消費支出」の折れ線グラフを上書きした。すると、
   「異次元金融緩和で株価上昇をしても、実体経済に与える影響は皆無に近い」
という現実が一目でわかる。

 (3)質疑応答で、アベノミクスについて問われた藻谷氏は、こう例えた。
 <お祭りで「ワッショイ、ワッショイ」と騒いでいるようなもので、何もインパクトを与えない。「アブラカダブラ」【注3】と唱えているのにも似ています>
 「株価上昇でアベノミクスは大成功」という安倍政権の“大本営発表”に対して、藻谷氏は「日本人は数字(データ)をチェックする習慣をつけるべき」と言いつつ、「アベノミクスの効果のなさは過去のデータからも容易に予測可能」という指摘をした。
 株価の乱高下は、程度の違いはあるものの、過去5回起きていた(1989年、1994年、1996年、2000年、2007年)。これに対して、二大経済指標である「GDP」も「家計最終消費支出」も、緩やかな上昇傾向から横ばいになるだけで、一度も株価の乱高下に連動することはなかったのだ。藻谷氏が「株価が上がっても下がっても日本経済全体にはほとんど関係がない」というのは、過去30年間のデータを見据えた上での結論であった。
 連動しない理由について、藻谷氏は別途述べている。
 <株が上がって儲けた人がどんどん使えばいいのですが、彼らは金融商品を買うばかりで、国内でモノを買わない。海外にビルが建つだけ。「飢えている人の横で、食べ物を冷蔵庫にしまい込んで腐らせている金持ち」というような行動です>
 株を運用する富裕層を除く国民の大半にとっては、アベノミクスの恩恵は皆無に近い。景気回復の実感がないのは、至極当然の帰結だ。

 (4)経済を建て直すどころか、“お祭り騒ぎ”をしている間に国民に膨大な損失を与えたのが年金積立金管理運用独立法人(GPIF)による年金の巨額損失だ。
 2015年10月29日、藻谷氏は毎日新聞主催の講演会「漂流するアベノミクスと、いま本当に必要なこと」で、今回と同じグラフをパワーポイントで示した。藻谷氏が焦点を当てたのは、乱高下を繰り返した「株式の時価総額」の推移だった。
 <「時価総額」はピークとなった後に下落するもの。「家計最終消費支出(小売総額)」と同レベルになったところで底を打ち、再び上昇に転じる。これは“藻谷の法則”と呼べるかもしれない>
 企業の実態以上に株価は上がっても、バブルが弾けて、実力相応の額に落ち着く。
 と同時に、「安倍政権誕生以降の株価上昇(二倍弱)もいずれバブルが弾けて、政権誕生前のレベルに下がるのは確実」と予想できる。
 このグラフは、データを直視しようとしない安倍政権の怖さを示す。安倍政権になって国民が積み立てた年金の4分の1を株に投資する運用へ変更したことで、年金の巨額損失の恐れがあることは、藻谷氏のグラフを見れば一目瞭然なのだ。
 <年金を株に投資するのはおかしいと思っても(安倍政権の関係者は)誰も口にしない。戦争は止めた方がいいと思っていても原爆が落ちるまで止めなかった戦前の日本と似ています。恐ろしいことです>
 藻谷氏の警告どおり、GPIFは2016年7月、2015年度の実績として5兆円超の運用損失を計上した。

 (5)藻谷氏は、年間300回以上の講演をこなしながら、マネー資本主義を地で行くアベノミクスの代替補完システム「里山資本主義」こそ、地方再生の切り札と訴え続けている。
 50万部を突破した『デフレの正体』では、デフレの主原因が人口減少であることをデータで示し、金融緩和と円安誘導によるデフレ脱却策は「日本経済を壊す危険がある」と政権発足前から主張し、高橋洋一氏ら金融緩和論者(リフレ派)を批判してきた。当然、総理の経済ブレーンであるリフレ派から目の敵にされてきた。
 しかし、現実は藻谷氏が指摘したとおりに動いている。しゃにむに円安誘導してきた安倍政権に対し、藻谷氏は述べている。
 <円安になれば、日本は経常収支赤字国になってしまう。新規国債の消化に支障が出て金利が上昇し、ハイパーインフレや金融セクターの崩壊を招く恐れもあります>
 安倍政権は見向きもしなかったが、藻谷氏の予測どおり、国民は物価高に苦しむことになった。

 【注1】『デフレの正体 ~経済は「人口の波」で動く~』(角川新書(角川oneテーマ21)、2010)、『里山資本主義 ~日本経済は「安心の原理」で動く~』(角川新書(角川oneテーマ21)、2013)。
 【注2】市中に出回るお金の量。
 【注3】むかしの疫病治療の呪文。現在は世界の手品師の掛け声。

□横田一「株を保有していない大多数の人々にアベノミクスの恩恵は皆無 ~「成功」という“大本営発表”を藻谷浩介氏が徹底批判」(「週刊金曜日」2016年9月23日号)
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【佐藤優】数学嫌いのための数学入門、西欧的思考にわかりやすい浄土思想解釈、非共産主義的なロシア帝国

2016年09月26日 | ●佐藤優
    
 ①芳沢光雄『生き抜くための高校数学 高校数学の全範囲の基礎が完璧にわかる本』(日本図書センター 2,400円)
 ②鈴木大拙『浄土系思想論』(岩波文庫 970円)
 ③チャールズ・クローヴァー(越智道雄・訳)『ユーラシアニズム ロシア新ナショナリズムの台頭』(NHK出版 3,300円)

 (1)①は、数学にかなり強い苦手意識がある人でもやり通すことができる親切な構成になっている。〈例〉最大値/最小値と極大値/極小値の違いについて、次のように説明する。
 <世の中にはジャンルや地域を問わずに最も有名な人がいるものですが、特定のジャンルや地域を限定すると、その中だけで最も有名な人もいます。それと同じで、関数についても、定義域の全範囲における最大値や最小値は考えられますが、それとは別に定義域を局地的に限定すると、その範囲での最大値や最小値を考えることができます。そこで登場するのが、極大値や極小値という用語です>
 用語を正確に理解しながら、着実に数学力を向上させることができる。数学嫌いの高校生、大学生であっても本書を使えば、確実に知識の欠損を埋めることができるだろう。

 (2)②は、西洋哲学の訓練を受けた人に理解可能な言語で浄土思想の解釈に努めた名著だ。
 <真宗では、すべての機構が弥陀を中心にして、彼から放射出するのみならず、かく放射出せられたものが、また彼の上に回帰するのである。それ故、弥陀のはたらきは遠心力と求心力との複合性から成立している。そしてそれが往還的回互性をもっているので、遠心が求心で、求心が遠心である>
 浄土真宗にとどまらず、近代仏教の教学(理論)を整備する過程で、鈴木氏が及ぼした影響は、プラス、マイナスの両面でとても大きい。

 (3)③は、現下ロシアの国家戦略を知るために最適の書だ。著者は、次のように指摘する。
 <ストルーヴェ教授は旧体制、サヴィツキーは新興の前衛勢力を代表していたが、後者の勢力はロシアは過去を振り返るのではなく、未来をめざせという主張を掲げていた。ボリシェヴィキ革命は事実であり、それが起きなかったかのように過去を復古するのはばかげているというのである。サヴィツキーは、明らかにボリシェヴィキの実績をある程度は賞讃していた--共産主義は別として、迅速に政権を糾合し、彼に言わせれば「ロシアを外国勢力の干渉から守った」ことは評価していたのである。そしてその思いを1921年末に恩師に書き送った。それが両者決裂の最初で、以後、サヴィツキーはトルベツコイと組んで、ユーラシアニズムに邁進することになる>
 サヴィツキーの思想は、ユーラシアの地政学に基づいて「非協賛主義的な帝国」にソ連を再編成することだ。まさにこの戦略を21世紀のロシアでプーチン大統領が実現しているのだ。

□佐藤優「数学嫌いのための数学入門 ~知を磨く読書 第14回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年10月1日号)
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 【参考】
【佐藤優】ウラジオストク日本人居留民、辺野古移設反対を掲げる公明党沖縄県本部、偶然歴史に登場した労働力の商品化
【佐藤優】「21世紀の優生学」の危険、闇金ウシジマくんvs.ホリエモン、仔猫の救い方
【佐藤優】大学にも外務省にもいる「サンカク人間」 ~『文学部唯野教授』~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次
【佐藤優】「イスラム国」をつくった米大統領、強制収容所文学、「空気」による支配を脱構築
【佐藤優】トランプの対外観、米国のインターネット戦略、中国流の華夷秩序
【佐藤優】元モサド長官回想録、舌禍の原因、灘高生との対話
【佐藤優】孤立主義の米国外交、少子化対策における産まない自由、健康食品のウソ・ホント
【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟
【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~
【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系
【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方
【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~
【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人
【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密
【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム
【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下
【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~
【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書
【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説
【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム
【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
【佐藤優】英才教育という神話
【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落
【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺
【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~
【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書
【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~





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【旅】藤田嗣治展 ~生誕130周年記念~

2016年09月25日 | □旅
 (1)会場 兵庫県立美術館
 (2)会期 2016年7月16日~9月22日
 (3)主な作品
 藤田嗣治「闘う猫」
 

 藤田嗣治「五人の裸婦(五感)」
 

 藤田嗣治「裸婦像 長い髪のユキ」
 

 藤田嗣治「エレーヌ・フランクの肖像」
 

 藤田嗣治「猫を抱く少女」
 

 藤田嗣治「アッツ島玉砕」・・・・藤田の14点ある戦争絵画のうち最高傑作とされる。
 

 藤田嗣治は、戦後、戦争絵画をめぐるいざこざに幻滅し、渡仏してフランス国籍を取得。カトリックに帰依してその地に没した。

 藤田嗣治「夢」
 

 藤田嗣治「天国と地獄」
  
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【旅】デトロイト美術館展 ~大西洋を渡ったヨーロッパの名画たち~

2016年09月25日 | □旅
(1)会場 大阪市立美術館
(2)会期 2016年7月9日(土)~9月25日(日)
(3)主な作品
  オスカー・ココシュカ「ドレスデン近郊のエルベ河」
 

  クロード・モネ「アルジャントゥユ」
 

  フィンセント・ファン・ゴッホ「オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて」
 

 記事「独特のうねるタッチ」(産経新聞夕刊 2016年7月27日)
 

(4)ポスター
 

(5)大阪市立美術館の会場
 

(6)デトロイト美術館
 

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【食】大根はおろして何分後が最も辛いか?

2016年09月25日 | 生活
 生の大根は、細切りにした大根サラダでは辛くないが、大根おろしにすると辛くなる。
 おろすことによって大根の細胞がこわされ、酵素が出てくるからだ。
 辛みの成分は、おろす前は糖と結合して配糖体という化合物になっている。この状態では辛く感じることはない。おろしたときに出てくる酵素が、糖との結合を切ることによって、初めて辛くなる。ワサビをおろすと辛くなるのも、同じような原理による。
 おろした直後より、糖との結合が十分に切れた7~8分後が一番辛くなる。
 大根の辛味の成分は気化しやすく、おろしてから20分も経つと抜けてしまう。
 だから、辛味がほしいと思ったら、食べる7~8分前におろすのがベストなのだ。

□竹内均(東大名誉教授)・編『時間を忘れるほど面白い 雑学の本』(三笠書房(知的生き方文庫)、2011)の「ダイコンは、なぜおろした途端に辛くなるの?」
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【佐藤優】『貧乏物語』の解説とあとがき ~問題解決の方策~

2016年09月25日 | ●佐藤優
(1)性悪説のピケティと性善説の河上肇
 ①河上肇『貧乏物語』も②トマ・ピケティ『21世紀の資本論』も、「絶対的貧困」を再分配(富裕層に集中する富を貧困層に移すこと)によって解決しようとしている点で共通している。
 違う点がある。①は性善説に立ち、自覚した富裕層が良心に従い再分配を行う主体となるとした。
 ②は性悪説に立つ。資本家が自発的な再分配を行うとは考えず、分配の主体を国家(官僚)とした。累進的な所得税、相続税に加え、資本税の導入も唱える。さらにグローバル化に対応するために、超国家的な徴税機関の創設も視野に入れる。
 ②の議論に従えば、強力な国家と多大な権限を持った官僚群が資本家を抑えるという、イタリアのファシズムに親和的なモデルになる。国家が加速度をつけて肥大していく可能性が高い。

(2)働いても貧乏から脱出できない--『貧乏物語』(上編)解説
 テーマは、どれほど貧乏があるか、貧乏はなぜよくないか、だ。「貧乏」には三つの意味がある。
  ①他の誰かよりも貧乏な人。
  ②生活保護などの公的扶助を受けている人。
  ③身体を自然に発達させ維持するのに必要なものすらも十分に得られない人。
 『貧乏物語』でいう貧乏は、基本的には③を指す(絶対評価の貧乏)。ただ、ほんとうは「身体」を維持できるだけの所得では足りないと考えている。現代の生存権の思想につながる。
 その上で「貧乏線」を定義する。一人の人間が生きていくのに必要な栄養を摂取できる最低限の食費に、被服費、住居費、燃料費、その他の雑費を計算して合計したものだ。貧乏人とは、次の二つを合わせたものだ。
  (a)貧乏線より下にある人
  (b)貧乏線の真上に乗っている人
 (b)は、ふだんはどうにか生活が回っているように見えても「溜め」がまったくないので、身体の健康を維持する以外の出費があったりすると、すぐさま真っ逆さまに(a)に落ちてしまう。<例>親の介護などをきっかけに離職してしまうと、貧乏の連鎖からなかなか抜け出せない。
 ちなみに、現在、相対的貧困率を出す指標として用いられる貧困線(Poverty Line)は、等価可分所得の中央値の半分の額とされる。2012年の貧困線は122万円、相対的貧困率は16.1%。これ以下の層は、婚姻、子育てが難しい。
 『貧乏物語』は、イギリスを例にとる。全人口の65%にあたる「最貧者」がイギリス全体のわずか1.7%の富しか有していないという統計を紹介する。ヨーク市のデータでは、全体の半数以上が毎日規則正しく働いているにもかかわらず、貧乏線以下、身体の健康を維持するだけの衣食すら得られない暮らしをしていることを示している。
 貧乏を精神論で何とかせよという議論は、現在に至るまでよく見かけるが、パンが先だと『貧乏物語』は論じる。
 そして、伝統的に自力救済をよしとするイギリスにおいてすら、学校給食法や養老年金がつくられている、と例を紹介している。日本においては、慈善事業でもいいから、早くこうした給食施設ができるのを切望しているという。
 ちなみに、現代ではフードバンクや「子ども食堂」の試みが広がっている。

(3)貧乏の原因は何か--『貧乏物語』(中編)解説
 テーマは、貧乏の根本的な原因だ。
 動物社会からジャワ原人を経て、人間が人間として生きられるようになったのは道具のおかげだ。近代になって道具がさらに発展して機械となった。産業革命を経て、便利な機械がたくさん発明され、生産性が何千倍にも高まった。
 マルサス『人口論』は生産の増加は人口の増加にかなわないと説いた。貧乏の原因は、生産可能な物量が足りないからだと。
 これは『貧乏物語』の立場ではない。ではなぜ、いまだに貧乏が存在するのか。それは機械などの生産力を十分に活用できていないからだ。つまり、貧乏の問題は、生産(物量)の問題としてはすでに解決の道筋が見えている。あとは、もっぱら分配の問題だ。マルサスの議論では、人間全体が貧乏しなければならないことの説明はできる。しかし、ある者はテーブルに山ほど料理をならべ、別のある者はひどく粗末な食べ物すら手にできない、ということの説明はできない。
 『貧乏物語』でいう分配は、マルクス『資本論』で展開する資本家と地主間、資本家間の利潤の分配とはまったく異なる概念だ。分配には
  ①どのような商品をどれくらい生産するかという分配
  ②生産された商品を人びとにどのように分配するかという分配
の二つがあり、『貧乏物語』でいう分配は(a)、つまり生産計画の問題だ。一部の富裕層が「贅沢品」を求めるあまり、多くの機械が「贅沢品」の生産に奪い去られているために、生活必需品が十分に生産されていないと。①にこだわったところが、『貧乏物語』の特徴なのだ。
 このように、『貧乏物語』には抜け落ちている議論がある。「労働力の商品化」だ。なぜ多数の人びとが貧乏しているか、という本質を掴むに至っていない。これはピケティ『21世紀の資本論』においても同じだ。

(4)貧乏をなくす三つの方法--『貧乏物語』(下編)解説
 貧乏の根治策を提示する。
  ①贅沢の抑制。
  ②所得再分配。
  ③産業の国有化。
 ③は、物の生産を私人の営利事業に一任するのではなく、直接国家の力で経営する「経済上の国家主義」というべきものだ。その後の歴史が選択したのは③だったが、『貧乏物語』は経済体制の改造は貧乏退治の根本対策にならないとしている。組織や制度を変えても、運用する人間そのものが変わらなければ解決にならないと記す。
 ということで、『貧乏物語』は②、③を否定して①に回帰する。江戸時代の贅沢禁止のお触れがあるように、突飛な考えではない。しかし、明治維新からまだ50年ほどしか経っていないという時代背景も大きかったと推定される。下級武士、農民から這い上がって富裕層に至った人が多かった。スマイルズ『自助論』を中村正直が訳したベストセラー『西国立志編』や福沢諭吉『学問のすゝめ』の延長線上に彼らはいた。

(5)善意の帝国主義者--ロイド・ジョージ論
 ロイド・ジョージは、1916年(第一次世界大戦中)に首相に就いた。貧困問題を国内で解決しようとすれば生産性を上げねばならない。労働者の視点に立てば、より搾取されてしまう状況が生まれる。そこで彼は、外に解決を求めた。内部の問題を外部で解決する帝国主義の道だ。
 これは米国などの域内においては新自由主義的政策を取るが、それ以外の「外部」に対しては帝国主義的な手法で利益をえるという、現在のTPPの論理と似ている。
 ロイド・ジョージを賞讃する『貧乏物語』は、帝国主義的側面がないとは言えない。しかし、それは当時の左翼に共通する傾向だった。現在では左翼といえば植民地反対を唱えるものと決まっているが、当時においてはそうではなかった。

(6)ふたたび貧困は社会問題になった
 『貧乏物語』は1947年に岩波文庫に入った。解題で大内兵衛(労農派マルクス主義者)は書いた。「日本の社会問題はもはや『貧乏物語』ではない」と。
 『貧乏物語』が刊行された第一次世界大戦のさなか、「貧乏」はまさに社会問題だった。貧乏が日本の問題であることを最初に示したのは『貧乏物語』だった。日本に資本主義が生まれてまだ時間が経っていないころ、「貧乏」が喫緊の課題だった。しかし、河上肇自身が『貧乏物語』を絶版にしたように、その後、マルクス経済学は『貧乏物語』を過去のものとして扱った。
 だが、大内発言を終戦直後という時代環境に照らしてみると、違った側面が見えてくる。
 1940年に成立した国家総動員体制は、厚生省を創設し、社会保険制度を生み、借り手を保護する借地法、借家法の改正につながった。貧困を根絶し、格差を是正するというベクトルが働いたのだ。しかし、それは資本主義が勝利したからでも、労働運動の力があったからでもなかった。国家によって上から総力戦体制が構築されたからだ。戦争をすることで格差が是正されるというピケティの主張は、この点で正しい。
 その後もしばらくは貧困は社会問題にならなかった。東西冷戦があったからだ。貧困が深刻になれば共産主義革命が起きるという恐れがあった。そのため、国家が介入することによって再分配をして福祉国家をつくる。日本では田中派政治がそれに当てはまる。公共事業(土建)を通じたかたちで富は再分配された。
 しかし、東西冷戦が終結すると、状況は変化した。共産主義の脅威を気にする必要がなくなると、再分配政策は捨てられた。冷戦後に新自由主義的な政策が世界的規模で拡大したのは、そのような背景がある。そして、貧乏はふたたび深刻な社会問題になった。
 いま『貧乏物語』を読む意味は、そこにある。

(7)教育の無償化という貧困対策
 現在、貧困、特に子どもの貧困が深刻になっている。政府も保育園の待機児童対策や大学生への給付型奨学金の導入など、教育問題に取り組むようになっている。しかし、野党の主張を含めて、事態の深刻さを理解していない場当たり的な対処に過ぎないように見える。
 太平洋戦争中のレイテ戦のような、戦力の逐次投入をすべきではない。抜本的解決を図るべきで、その方策のひとつは教育の原則無償化だ。ゼロ歳から22歳まで、国公立の機関が行う保育、教育は原則として無償にするのだ。
 この事業に要する費用は3兆円くらい。こういう事業の財源こそ、消費税に求めるべきだ。制度設計さえきちんとできていれば、1%もあれば財源は確保できるはずだ。
 重要なのは富裕層も対象として、社会の分断をつくらないようにすること。
 東西冷戦下においては、こういう再配分をしなければ共産主義の脅威が迫ってくるということで、富裕層も納得していた面がある。しかし、共産主義の脅威のない現在、社会全体が利益を被る政策を採るときは、富裕層を納得させ、富裕層も巻き込むことが必要になる。
 富裕層とは、純金融資産保有額が1億円以上の世帯を言い、2013年現在、日本に100万世帯あるという(野村総合研究所)。全体の2%だ。彼らの子どもの教育費を無償にしたところで、支出はたいしたことはない。彼らにまわさなければ、海外に出てしまうリスクがある。
 富裕層は経済成長によって利益を被る。子どもの貧困問題を解決するということは、労働力の質が向上することを意味する。将来、公的扶助を受ける人の数が減ってくる。子どもが育てば税収も増える。
 してみれば、子どもの貧困対策こそ、成長戦略だ。
 現在、国民は老後の不安とならんで教育の不安を抱えている。そのために貯蓄している家庭が少なくない。教育の不安がなくなれば、親世代がお金を使い始める経済的効果が見込まれる。
 「子どもの貧困対策」を政策とするなら、「人の成長戦略」として教育の無償化に目を向けるべきだ。

(8)人間関係の商品化
 以上、貧困問題を社会科学的アプローチ、論理性、実証性を重視して見てきた。しかし、それだけでは抜け落ちてしまう部分が残る。人間の心情だ。
 人間の心情については、評伝、伝記、良質の小説を読むことが重要だ。

(9)資本主義の矛盾を解決する二つの方法
 資本主義は格差をもたらす。資本主義の構造的矛盾を解決する処方箋は、おそらく二つに限られる。
  ①『貧乏物語』が唱える社会、特に自覚した富裕層による再分配だ。資本主義の競争に勝利した者が、自分の富の一部を自発的に社会的弱者に提供する「贈与」だ。<例>フードバンク。
  ②知人同士、友人同士の「相互扶助」だ。組織の内外で競争が激しくなっていく中、人間関係はますます希薄になっている。人間関係そのものが商品化されるのが資本主義だとすれば、商品経済とは異なる関係を築くことが必要だ。社員が会社の利益に貢献する限りにおいては、会社は互助組織として役立つ。NPOでも何でもいい。組織に属していること、組織にしがみつくこと。組織がセーフティネットであるのは間違いない。
 社会問題という言葉は、しばらく死語になっていた。しかし現在、貧困、教育格差、限界集落、移民など社会問題が復活している。
 1,980万人もの非正規社員の処遇をいかに改善するかが問題になっている。正規社員の1年間の平均給与が478万円であるのに対し、非正規社員は170万円だ【国税庁「民間給与実態統計調査」(2014年)】。これでは婚姻、子育てはできない。『貧乏物語』は日本に資本主義が成立してから間もないことに貧困と向かい合ったが、日本資本主義体制の危機が訪れている現在、絶対的な貧困をなくし、構造的な弱者である若年層の状態を改善することが求められている。

□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「おわりに 貧困と資本主義」
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 【参考】
【佐藤優】の考える、貧乏をなくす方策  ~『貧乏物語』解説(3)~
【佐藤優】河上肇の、貧乏をなくす方策  ~『貧乏物語』解説(2)~
【佐藤優】貧乏とは何か、貧乏の原因は何か  ~『貧乏物語』解説(1)~
【佐藤優】河上肇の思考実験を引き継ぐ
【佐藤優】貧富の格差が拡大した100年前と現代
【佐藤優】いくら働いても貧乏から脱出できない
【佐藤優】教育の右肩下がりの時代
【佐藤優】トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~
【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次

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【佐藤優】『貧乏物語』と現代 ~『貧乏物語』を読む前に~

2016年09月25日 | ●佐藤優
(1)「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~
 (a)貧困という妖怪が世界を徘徊している。新聞やテレビなどでも、現在の深刻な状況はさまざまなかたちで報じられている。
 しかし、今日に至るまで貧困の本質にまで迫るような論考はさほど多くない。その数少ない一つが河上肇『貧乏物語』だ。100年前に出た本だが、まったく古びていない。むしろ今こそ読まれなければならない。なぜ今こそ読まれなければならないか、順を追って説明しよう。

 (b)2016年4月3日、「南ドイツ新聞」(本社:ミュンヘン)と国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ/本部:ワシントン)が「パナマ文書」に関する報道を行った【注1】。「パナマ文書」とは、タックスヘイブンでの企業の設立支援を得意分野とする法律事務所「モサック・フォンセカ」(パナマ)が持つ秘密文書だ。世界の富裕層が税金逃れをしていた、と世界中に衝撃を与えている。
 タックスヘイブンを利用して蓄財した一人、グンロイグソン・アイルランド首相は引責辞任した。ほかにも、キャメロン・イギリス首相(当時)、プーチン・ロシア大統領の親友セルゲイ・ロルドゥギン氏、ペトロ・ポロシェンコ・ウクライナ大統領など、国際社会の大物の名前が多数出ている。

 (c)タックスヘイブンの利用自体は違法ではない。そもそも資本の目的は利潤を増やすことにある。政府は、タックスヘイブンを介した取引への規制を強化しようとしているが、自国政府のいうことを全面的に聞く必要はないというのが、資本の論理を体現した多国籍企業や富裕層の言い分だ。
 しかし、国家から完全に独立して、資本が自由に動くことはできない。
 <金融資本が、明らかに国家を彼らの自由に動かし、その財政を食いものにしている。外見的にこれは、巨大なカネの力による強力な支配として現れる。しかし、財政・税制から金融政策まで、国家を動かすように見えながら、それはその強さ--根拠に立脚した強さによるのではなく、依存し寄生しなければ存立しえないという弱さを示すものなのである>【注2】
 タックスヘイブンを利用している多国籍企業や富裕層も、自らの利益を増大させるために、国家を最大限に利用している。にもかかわらず、必要な税金を払わずに「ただ乗り」している。
 従来は容認されていたタックスヘイブン経由の取引に対し、諸国家の姿勢は厳しくなっている。違法行為ではないにせよ、法の間隙を利用して、脱法的に納税を回避する行為が多国籍企業や富裕層の間で常態化すれば、各国の税収が減り、財政収入が減少し、結果として、多くの普通の国民や真面目に納税している企業にツケが回ってくるからだ。タックスヘイブンを利用する富裕層と一般国民のあいだの格差が広がると、一般国民の納税制度への信頼を失わせる。その結果、国家を弱体化させる。よって、今後、国家はタックスヘイブンにt害する規制に取り組むことになろう。
  
 (d)「パナマ文書」問題が指し示している重要な点は、そもそも資本主義は必ず格差を生み出す、という事実だ。
 会社は営利の追求を目的とする。会社が二倍、三倍儲かろうとも、社員の賃金が二倍、三倍と上がるわけではない。サインの賃金を超える価値は、資本家の利潤になる。それが資本主義の論理だ。
 資本主義によって生まれる経済格差は、国家によっても、もはや制御しがたいのが現実だ。
 かつては「共産主義という妖怪」が、資本主義諸国における経済格差の拡大抑制に一定の役割を果たしていた。東西冷戦下、共産主義の脅威を目前に差し迫った危機としてとらえていた西側陣営においては、貧困層に分配しなければ革命が起きてしまう、という言説が説得力を持っていたからだ。
 妖怪を信じる者がいなくなったいま、資本主義の力はとどまるところを知らない。

 【注1】「【メディア】調査報道がジャーナリズムを変革する ~チャールズ・ルイス/ICIJ創設者~
 【注2】鎌倉孝夫『帝国主義支配を平和だという倒錯』(社会評論社、2015)p.262

(2)トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~
 (a)2016年の国際社会のもう一つの大きな話題は、米国大統領選挙だ。共和党ではドナルド・トランプ、民主党ではバーニー・サンダースが台頭した。
 女性、ラテン系、イスラム教徒、外国人などのマイノリティを標的としたヘイトスピーチを売りものにするトランプ。「共和党をぶっこわす」ということで支持を得ている点、小泉純一郎・元首相と重なるものがある。
 最低賃金15ドルや公立大学の無償化など、大胆な所得再分配政策を主張するサンダース。日本では社会主義者、社会民主主義者などと言われることもあるが、彼は1980年代に第四インターナショナル加盟政党の社会主義労働者党の活動に参加している。米国の社会主義労働者党はトロッキスト、つまり共産党より左の思想を持つ政党だ。どちらも、従来であれば泡沫候補として片付けられていたタイプだ。

 (b)共和党主流派が推していたテッド・クルーズ(5月3日に撤退を表明)も、政策など何もない、トランプ以上のポピュリストだ。
 彼が選挙用に作成したプロモーション動画に「マシンガンのベーコン」と題するものがある。テキサス州のスーパーマーケットでベーコンを購入する。「テキサスでは焼き方がちょっと違うよ」などといって、ベーコンをマシンガンに巻き付け、その上にアルミホイルを被せて、射撃場で銃を乱射する。その熱によってこんがりと焼けたベーコンをフォークでつまんで口に入れる。「マシンガン・ベーコン!」と口にする。ただそれだけだ。
 米国の問題は、むしろ、共和党主流派がクルーズのような人物を推さざるをえないところにある。

 (c)なぜトランプ、サンダースが事前の予想を裏切って支持を集めたのか。
 トランプに対する支持基盤は、知識人、イスラム教徒、黒人、アジア系以外のあいだでは意外と厚い。「本来の米国人の権利を取り戻す」というトランプの基本戦略は、グローバル化や情報化の恩恵にあずかれず、競争のしわ寄せだけを受けた人びとの心に強く訴えかける力を持っている。彼らが「トランプはオレたちの代表だ」と支持し、求心力が生まれている。
 サンダースの典型的な支持層は、20~30代の若年層だ。「強い米国」を知らず、レーガノミクスによる格差拡大と、リーマン・ショックの不況のあおりをもrに受けた世代だ。職に就けず、就いたとしても不安定で賃金が低い。親世代より生活水準が低くなる、いわば「右肩下がり」の世代ともいうべき彼らは、働けど楽にならざる暮らしに苛立ち、既存の政治家を信用していない。

 (d)左右の両極端にある彼らへの支持は、経済格差の拡大、社会的流動性の低下、庶民の生活レベルの低下という、共通の土壌から生まれたものだ。上位1%の所得シェアは、1980年では10%だったのが、2008年には21%に増加した。これは米国の大恐慌の前の1920年代と同レベルだ。さらにエリート層が世襲化している。
 米国では、結局はエリート層が富のほとんどを独占してくというしくみは、教育にもあられている。東京大学をトップで卒業し、財務省に勤めた後に弁護士になり、現在ハーバード大学に留学中の山口真由氏によれば、授業料が10ヵ月で7万ドル(800万円)、(800万円)かかる。ロースクール卒業まで6年かかるとすれば、授業料だけで4,800万円かかることになる。
 これでは超富裕層の子どもしか入ることができない。普通の家庭の子どもにしてみれば、例外的な幸福に恵まれ奨学金が得られるのでなければ、とうてい支払うことのできない額だ。米国大学への留学サイト(「アメリカ留学の大学選び」栄陽子留学研究所)などでも紹介されるように、ハーバード大学と同じような授業料を設定している一流大学は珍しくない。格差を逆転する希望を抱くことすら難しいのが現実だ。

 (e)米国の経済は決して悪いわけではない。少なくとも横ばいといえる。しかし、階級は固定化し、「格差」という言葉ではもはやカバーできない、「Povertry」すなわち絶対貧困というべき状況が米国を覆っている。これは日本のそう遠くない近未来の姿でもある。 

(3)教育の右肩下がりの時代
 (a)日本においても、近年、貧困は身近な問題となっている。1980年代前半、「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)では明石家さんまらが「貧乏」をネタにすることができた。しかし、いま、テレビで「あなた貧乏人?」と突っ込むのは禁句に近い。それだけ貧困が現実に身近なものとして受け止められているのだ。
 中世の神学で、「神は細部に宿り給う」という。子どもの貧困、教育の格差に目を向けてみれば、その深刻さがみえてくる。

 (b)2016年4月に国際児童基金(ユニセフ)がまとめた報告書によれば、子どもがいる世帯の所得格差は、日本は先進41ヵ国中34位で、悪い方から8番目だった。日本では子どもがいる最貧困層の世帯の所得は、標準的的な世帯の4割にも満たない【朝日新聞デジタル 2016年4月14日】。
 また、次のような記事がある【朝日新聞デジタル 2015年4月12日】。
 <18歳未満の子どもの貧困率は過去最悪の水準だ。大人ひとりで子育てする世帯の貧困率は2012年で54.6%となり、高水準が続いている。特に、母親が家計を支える母子世帯の場合、全世帯の平均所得の半額以下となる年間243万円しかない。
 生活が苦しく、学用品や給食の費用などの「就学援助」を受けている児童や生徒は、12年度で155万人。公立学校の児童・生徒数のおよそ6人に1人の割合だ。10年前とくらべて3割強増えている。民間の取り組みだけでは解消できない厳しい現実がある。
 裕福な家庭は、子どもを塾に通わせるなどしてお金をかけて学力の向上に取り組みやすい。文部科学省の全国学力・学習状況調査をもとにした研究では、親の収入が高いほど子どもの正答率は上がる傾向にある。>

 (c)大学教育においても、貧困の問題は深刻だ。2014年の日本学生支援機構の調査では、大学の学部生(昼間部)の51.3パーセントが奨学金を受給している。最近問題になっている貸与型の奨学金を満額借りれば、学部を卒業するときにすでに250万円の借金を抱えることになる。これでは、家に経済的な余裕がないかぎり、大学院に進むことはできない。

 (d)他方、子ども服メーカーのfamiliar(ファミリア)が東京の白金台に開設した、1ヵ月の保育料が20万円を超えるような保育園もある。いわゆるお受験教育ではなく、実践的な内容を教えている。集中して机に向かう訓練をおこない、勤勉性を身につけ、モンテッソーリ教育を取り入れて人としての優しさも身につけることをめざしている。20万円と聞くとずいぶん高く感じるが、このプレスクールは暴利をむさぼっているわけではなく、小さい子にそのような充実した教育をおこなうとすれば、それくらいはかかる、ということだ。幼稚園、小学校からエスカレータ式に大学まで、そして就職も保証されるような私立の学校もある。

 (e)2015年に刊行されて話題となった中室牧子『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015)は、著者が新自由主義を促進させる意図を有しているわけではないが、その著書が描き出すのは、人間を投資の対象として見る世界だ。富裕層の子弟ほど良好な教育を受ける可能性が高いという実態が見えてくるのだ。実際、東大生の親の世帯年収は、950万円以上が半数を超えるという調査もある【2014年東京大学学生生活生活実態調査】。

 (f)かつて教育は、階級を流動化させる要素を持っていた。いまはそれが失われ、階級の再生産装置としての要素が強まっている。経済的なことを理由に子どもに進学を断念させる。その結果、社会に出るにあたって、能力に見合っただけの収入を得られないという貧困のサーキュレーション(循環)が生じる。教育を受ける機会を逃してしまうと、その家族から貧困が再生産されていく。

 (g)佐藤優の世代は、父母の世代よりも、教育水準が高いのが一般的だ。これまでは子どもが親の学力を超えてきたが、いま起きているのはまったく逆の現象だ。子どもの世代に、佐藤優たちが受けてきたのと同じレベルの教育を、経済的理由から授けられない。明治維新以降はじめて、「教育の右肩下がり」を経験しているのだ。
 格差が固定し、新自由主義のもとでは、カネがなければ、よい教育を受けることも、貧困から這い上がることもできない。努力をしても報われない。セイフティーネットが足りない現代社会において、「貧困」は今こそ取り組まねばならない問題だ。

(4)いくら働いても貧乏から脱出できない
 (a)100年前の日本にも、まさに同じように考え、貧困問題と真剣に向かい合い、本質に迫ろうとした人がいた。河上肇である。河上は、『貧乏物語』のなかで、「貧乏神退治の大戦争」は「世界大戦以上の大戦争」だと述べている。
 『貧乏物語』は、今からちょうど100年前の1916年9月から12月にかけて「大阪朝日新聞」に連載された。1917年に出版されるや、一大ブームを巻き起こし、30版を重ねた。文庫は40万部以上売れたといわれる。

 (b)河上肇は、誠実な人、悲劇の人だ。『貧乏物語』を連載する前年(1915年)に京都帝国大学の教授になっていた。戦前の大学教授は、現在と違って高収入だった。にもかかわらず、貧しい大衆に対して人間としての共感を持ち続けていた。
 河上は、1979(明治12)年、山口県の現在の岩国市にて旧・岩国藩士の家に生まれた。山口高等学校文科を卒業し、東京帝国大学法科大学政治科に入学。キリスト教や仏教から強い影響を受けた。卒業後、いくつかの大学で講師をしながら、読売新聞に経済記事を執筆した。1908(明治41)年、後に京都帝大初代経済学部長となった田島錦治の招きにより、京都帝大の講師に就いた。1913(大正2)年から2年間、欧州に留学し、ブリュッセル、パリ、ロンドンなどに滞在。『貧乏物語』には、留学で得た知見が盛り込まれている。

 (c)『貧乏物語』は、一生懸命働いても人並みの生活を送ることができない貧困を考察の対象とした。
 <世間にはいまだに一種の誤解があって、「働かないと貧乏するぞという制度にしておかないと、人間はとにかく怠けてしかたがない。だから、貧乏は人間を働かせるために必要なものだ」というような議論があります。しかし、少なくとも今日の西洋における貧乏は、決してそういう性質のものではありません。いくら働いても貧乏から逃れることができない、「絶望的な貧乏」なのです。>【注1】

 (d)河上は、豊かであるとされる先進国において、なぜこれほど貧乏に困っている人がいるのかという問題を、真正面からとりあげる。一生懸命に働いても、生活に必要なお金を確保できない人【注2】がたくさんいる。彼らは怠けているから貧乏なのではな決してなく、いくら働いても貧乏から脱出できない。絶望的な貧乏なのだ、と強調する。
 いわゆるワーキングプアの問題だ。
 そして、このような構造的な貧困の根本原因がどこにあるか、を探っていくのだ。 

 【注1】『貧乏物語 現代語訳』pp.49~50
 【注2】河上肇の言葉でいえば「貧乏線以下」の人。

(5)貧富の格差が拡大した100年前と現代
 (a)河上が『貧乏物語』を「大阪朝日新聞」に連載した1916年は、1914年に始まった第一次世界大戦を受けて、日本の産業界が戦時景気に湧いている時期だった。第一次世界大戦で欧州諸国に被害が生じるなか、戦禍を免れていた日本の商品輸出が急増した。
 <投資熱はあらゆる分野に及んだが、とくに造船・製鉄業の発展はめざましく、海運業も著しく進展した。繊維産業でも、ヨーロッパ諸国のアジア市場からの後退によって、日本の綿糸・綿布はイギリスに代わって中国市場をほぼ席巻し、南アフリカ・南アメリカにまで進出していった。日本の主要輸出品だった生糸は、ヨーロッパ市場を失って暴落したが、日本と同様な立場にあって好況を現出したアメリカに輸出され、以後、アメリカ市場に全面的に依存するようになった。こうして、1915年に入超から出超に転じ、1914年には約11億円の債務国だった日本は、1920(大正9)年には約27億円の債権国に変わっていた。>【注1】

 (b)好況によって成金が生まれた。成金が百円札を燃やして「どうだ明るくなったろう」などという画まで登場した。船成金で有名な山本唯三郎は、1917年に朝鮮半島に虎刈りに出かけ、帝国ホテルを借り切って虎肉の晩餐会を催し、話題になった。
 こうした信仰の成金のみならず、三井、三菱などの大財閥は資本の集中をよりいっそう進めた。第一次世界大戦は、寡占資本家を発展させたのだ。
 一方1916年前後は、物価も激しく上昇していた。物価に見合った賃金が得られず、生活に困る労働者が増えた。賃金や俸給は物価に合わせて上昇したわけではなかったので、多くの労働者は生活が苦しくなり、その日の食にも事欠く人が続出した。
 <労働者の実質賃金は、1914年を100とすると、1918年には92.3に低下した。また、当時、一般生計費は一人当たり年2,000円程度が必要だったが、その該当者は人口のわずか2%で、約93%は500円以下の収入だった。>【注2】

 (c)1918年に富山から始まった米騒動には、インフレによる生活難という背景があった。「トリクルダウン」【注3】は、この時代にもなかったのだ。
 このように、資本家と労働者のあいだの格差が拡大し、資本主義が猛威をふるうという事態は、現代と酷似する。企業の業績は好調だが、社員の賃上げにはつながらない現在の状況と重なっている。
 だからこそ、そうしたなか、河上がどのように貧困と知的格闘を繰り広げたかを知ることは、現代を生きる人にとって意味がある。 

 【注1】安藤達朗・著/佐藤優・企画・編集・解説/山岸良二・監修『いっきに学び直す日本史 近代・現代 実用編』pp.163~164
 【注2】前掲書p.167
 【注3】富裕層に続いて貧困層にも富が行き渡ること。
【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~

(6)河上の思考実験を引き継ぐ
 (a)今回、現代語訳というかたちで100年前のベストセラー『貧乏物語』を甦らせるのは、この本から現代の貧困に係る処方箋を導くことができるからだ。
 河上は貧乏根絶策の第一に「贅沢の禁止」を挙げた。
 河上がもし現代に生きていれば関心を示したであろう「相互扶助」を、「贅沢の禁止」と併せて今日の問題と関連づけ、別途「おわりに 貧困と資本主義」で示した。
 河上は、『貧乏物語』のなかで、構造的な貧困がなぜ生じ、それを克服するにはどうすればよいか、という問題を正面から受け止め、格闘した。その思考の軌跡は、現在の私たちが読んでもまったく古びていない。それどころか、今こそ広く読まれなければならない。

 (b)じつは『貧乏物語』は刊行後、資本主義体制を前提とする貧困対策を説いている点をマルクス主義者から批判され、河上自ら絶版にしたという経緯がある。
 『貧乏物語』以後の河上は、本格的に『資本論』はじめマルクス経済学関連の文献に没頭し、マルクス経済学者としての道を歩み始める。そして、教職をなげうち、当時非合法だった共産党に縫う党した。
 1933(昭和8)年に思想犯として特高に検挙され、豊多摩刑務所(東京都中野区)に収容された。その後、市ヶ谷刑務所を経て小菅刑務所(現・東京拘置所/葛飾区)で服役。収容中に河上は、自らの共産党活動を敗北と総括し、今後共産主義とはまったく関係を断つと転向声明を公表した。拘留をふくめ4年半の刑期を務め上げた。出所後も、戦争がいっそう深刻になり、物質が乏しくなっていくなか、研究を断念し、原稿料の収入も失った河上は質素な生活を強いられた。1946年1月、発禁処分になっていた自著や、戦争中に営々と書き続けていた『自叙伝』の出版を見ることなく永眠した。

 (c)『貧乏物語』は、従来、河上の助走期というべき時代に書かれた著作で、その後正しいマルクス主義に変身を遂げた、という見方が一般的だった。
 しかし、『貧乏物語』こそ、スターリン主義(ソ連型共産主義)から虚値をとった河上肇の原型だ。
 河上が生きた時代、スターリン主義の猛威が吹き荒れていた。共産党の運動は、国際共産党(コミンテルン)インターナショナルの運動にしたがうことによってのみ問題は解決する・・・・というドグマが支配的な時代だった。このようななか、当時の知識人は共産党に引き寄せられた【注】。
 『貧乏物語』以後の河上は、こうした戦前の知識人と同じように、自ら考えることを放棄してしまった、という側面もある。

 【注】たとえば松田道雄『日本知識人の思想』(筑摩書房、1965)が証言する。

□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「はじめに 『貧乏物語』と現代」
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 【参考】
【佐藤優】河上肇の思考実験を引き継ぐ
【佐藤優】貧富の格差が拡大した100年前と現代
【佐藤優】いくら働いても貧乏から脱出できない
【佐藤優】教育の右肩下がりの時代
【佐藤優】トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~
【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次

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【酒井啓子】誰が「正しい」かを競う戦い ~9・11から中東の宗派対立へ~

2016年09月25日 | 批評・思想
(1)9・11が開けたパンドラの箱
 9・11から15年。9・11とその後の国際政治の展開は、あまりにも多くのパンドラの箱を開けすぎて、もはや何が変わり、何が当たり前のことだったのかすら、わからなくなってしまった。
 たとえば、テロの増大。2004年以降、中東でのテロ件数が右肩上がりのまま下がらなくなった。
 あるいは、暴力が宗教性を纏うと同時に、「宗派対立」もまた、当たり前のように語られるようになった。
  (a)2003年のイラク戦争以降、スンナ派とシーア派に大別されるイスラームの宗派が、暴力的衝突の原因として前面に出てくる。
  (b)2006年2月、イラク中北部にあるシーア派の聖地サマッラーの聖廟が爆破されたことを契機に、イラクではどの宗派に属するかを巡って殺しあいが始まった。
 強権政治による抑圧があったとはいえ、イラク戦争以前のフセイン政権のものとでは、宗派を理由にイラク人同士が戦い合うことはほとんどなかった。それが一挙に内戦ともいえる宗派抗争へと発展したことに、一番衝撃を受けたのは当のイラク人たちだ。
 次々に宗派テロが発生した。極めつけが「イスラム国」だシーア派を「異端」として徹底した殺戮を是とするIS。ISの侵略から祖国防衛を謳いつつ、「シーア派性」を前面に押し出す対IS掃討舞台。
 かくしてイラクでは、内戦開始から10年の月日を経て、今や宗派的対立は当たり前のものとみなされ、それを前提に政治が組み立てられるようになった。
 テロ、宗教的暴力、宗派対立。これらはイラク戦争、アフガニスタン戦争、さらにはイラクとシリアでの内戦とISの出現によって加速度的に増大したものだ。イラク戦争がなければISは出現しなかったし、イラクでフセイン政権が倒れてシーア派イスラーム主義政党が政権をとらなければ、シリア内戦がイラン、イラクとサウディアラビア、トルコなど周辺国の間での代理戦争と化すこともなかった。
 だが、その出発点にあるのは9・11である。9・11がなければ、イラク戦争もアフガニスタン戦争もなかった。9・11とその後の戦争こそが、現在に至るまでの中東での内戦とテロの増大と拡散を生んだ。底が抜けたような暴力のエスカレートは、ヨーロッパや東南アジアへと、世界全体を巻き込んで広がった。それが、9・11が開けたパンドラの箱だ。

(2)これは宗派対立なのか? ~中東における暴力的衝突~
 9・11はさまざまな問題を惹起した。その一つが、宗派的対立とみなされる今の中東における暴力的衝突だ。
 2006年からほぼ2年間イラクで繰り広げられた内戦では、名前を名乗っただけで出身宗派を推測されて拉致、殺害されたり、他宗派の民兵から立ち退きを強要する脅迫状を受け取ったりといった出来事は日常茶飯事であった。
  (a)2011年に発生したバハレーン版「アラブの春」では、反政府抗議運動として始まったデモは、シーア派による反王政活動とみなされてシーア派活動家の弾圧に繋がった。
  (b)連動して活動を活発化させたサウディアラビア東部のシーア派社会に対して、サウディ政府はその中心的宗教指導者ニムル・アルニムル師を2016年1月に処刑した。
  (c)2011年から始まったシリア内戦では、アサド政権の強権的支配はいつの間にかアラウィー派=シーア派の少数支配と読み替えられ、政権側にイラン、イラクが支援し、反政府側にはトルコ、サウディアラビアなどの湾岸諸国が支援する「中東の新冷戦」(グレゴリー・ゴーズ)ともいうべき事態に至っている。
 なぜ「宗派」は突然対立の火種になったのだろうか? それは本当に宗派対立なのだろうか?
 湾岸戦争後、英米に結集した反政府勢力が仮に設定した
   「イラク政治を構成する三要素=①アラブ人スンナ派、②アラブ人シーア派、③クルド民族」
という三区分の枠組みがある。湾岸戦争後に国際社会がポスト・フセイン体制を模索し始めたとき、アイデアとして提示されたのが宗派別に政治代表制を分ける方式だった。
 宗派をベースにした権力構造は、今や、戦後イラク政治のなかにしっかりと定着してしまった。
 戦後のイラクに駐留した米軍のなかには、むしろ本質は宗派的対立ではない、と見抜く識者が登場した。内戦の最前線、シーア派イスラーム主義武装勢力のマフディ軍が首都東部で陣地拡大を繰り広げる過程を経験し、研究対象とした研究者に、ニコラス・クロフリーがいる。彼は、2015年に出版した『マフディ軍の死』(未邦訳)で、シーア派イスラーム主義政党が人びとに支持され勢力を拡大するのは宗派の問題ではない。中央・地方間の格差の問題だ、と指摘する。
 イラクや中東で対立はあってもその本質は宗派ではなく社会格差、階層間の対立なのだ、との主張だ。
 確かに従来から、イラクやレバノン、湾岸諸国で宗派的差別はあり、政治社会的マイノリティとされたシーア派社会は、いずれの国でも社会経済的に劣位に置かれてきた。しかし、それは宗派としての差別というより、宗派社会を取り巻く政治経済的環境によって、歴史的に積み重ねられてきた結果であった。
 その結果、イラクでは南部と都市においてシーア派貧困層が生まれた。食い詰めた南部の農村を捨て、都市に流れ込んでスラムを形成したシーア派住民が今のサドル潮流のベースにある。歴代の政権は貧しいシーア派の若者の異議申し立てを、シーア派としての反発というより持たざる者としての反発とみなし、教育政策や社会経済政策で対処してきた。そこでは富裕層への羨望や下層社会への蔑視が宗派対立に見える衝突を生むことはあったが、その対立を説明し政治へと結びつけるのは宗教政党ではなく、左翼政党だった。現在サドル潮流の支持基盤の核となっているサドル・シティ(旧サウラ地区)は、1970年代後半までイラク共産党の牙城だった。
 問題は、このような対立を生む「宗派」以外の要素が、対立を分析するうえですっかり抜け落ちてしまい、宗派を前提とした対策しか講じられないことだ。本来、雇用や生活水準の向上などを通じて社会経済的平等を図ることが求められているのに、宗派や民族のポスト配分でしか対処方法を考えられない。イラク人識者の多くが「宗派対立は欧米が持ち込んだ」と主張するが、それをより正確に換言すれば、宗派以外の要素を捨象して、すべて宗派や民族などのわかりやすい対立へと矮小化したのが欧米流だったということだ。
 そのことは、湾岸戦争後、英米在住の亡命イラク人たちが確立した「①アラブ人スンナ派、②アラブ人シーア派、③クルド民族という三区分の枠組み」が、当時とイラク戦争後でいかに変質したかを見れば明らかだ。
 1990年代前半から亡命イラク人の間で、フセイン政権後は①、②、③の集団指導体制でやっていくしかないという認識が生まれていた。しかし、そこで実際に選ばれた「宗派・民族」代表には、別の側面もあった。②のムハンマド・バハルウルームが宗教界を、③のマスウード・バルザーニがクルド民族運動を代表する一方で、①のハサン・ナキーブは元バアス党反主流派で軍将校だった。つまり、各「宗派・民族」代表という意味とは別に、
   「①世俗的ナショナリスト軍人、②宗教界、③自治を求める民族マイノリティ」
という、イラク近現代史を彩っていた主要な政治潮流がこの三人に代表されたのだ。
 しかし、9・11後、イラクへの戦争を急ぐ米政権の発想から「三つの区分」に政治潮流を代表させるという要素が消えた。米国は、フセイン後のイラクの青写真を十分描かないうちに、イラクの軍事攻撃を決断した。戦後の準備のない軍事攻撃は、旧軍、旧与党たる世俗ナショナリスト勢力の追放につながり、戦後イラクの「三つの区分」に含まれるはずだった「世俗ナショナリスト軍人」の要素が消えた。その結果、「スンナ派だったら誰でもいい」的な、宗教的要素を形だけ維持した「宗派・民族区分」が独り歩きしてしまったのだ。

(3)蔓延する「わかりやすい二項対立」
 階層や不平等や格差といった対立の本質を捨象して、なぜ対立軸が「宗派」という形としてだけ残ったのか。そこには、シンボルに引きずられた9・11以降の政治の新しさがある。9・11後、「敵」と「味方」に世界を分断する「分かりやすい二項対立」が蔓延した。
 ブッシュ大統領の宣言、「我々につくか、やつらにつくか」。
 攻撃される自由世界の人びとと、攻撃する非民主的なテロリスト。犯人たちの属性である「イスラーム教徒」は十把一絡げに後者に分類された。
 実際には、歴史的に破壊と攻撃の被害者であり続けてきた中東の住民たちは、むしろ「これで米国も私たちの不安、恐怖を共通するのでは」と、米国社会との共振を期待した。にもかかわらず、中東の人びとが自分たちの「悲劇の象徴」を提示したところで、9・11と同列に扱ってもらうことができないばかりか、9・11の悲劇性に挑戦するものとみなされてしまった。
 同じことは2015年のパリでも起きた。「私はシャルリ」のハッシュタグ(1月)、トリコロールへの連帯表明(11月)は、似たような悲劇を経験しながら「シャルリ」や「トリコロール」を共有しないものを、連帯の広がりから排除した。共闘と団結を象徴するようなイメージ、画像、スローガンは「我々」と「他者」を切り分ける。9・11を契機に始まった「対テロ戦争」という二項対立の図式は、米国のみならず世界中で敵と味方を分け続けることになった。
 SNSなどネットによって簡単に世界中に広げる技術の進歩が、15年前のブッシュ発言とは比べものにならない勢いで、世界中に敵と味方を判別するラベルを溢れさせる。
 その中には宗教的なシンボルも含まれる。イラク戦争後、イラクでは社会経済的に劣位に置かれていたシーア派社会が一気にその宗派的アイデンティティを復活させ、シーア派の宗教儀礼や行事を復活させた。フセイン政権の転覆により、これまでの「持たざる者」の地位から抜け出し、新しい人生を歩むことができるんだ、という解放感が、シーア派儀礼の実践というアイデンティティの発露につながった。掲げられなかった旗、集まれなかった集会の復活に、数百万の人びとが集まった。
 だが、この掲げられる解放の象徴がシーア派にとってのみのイメージやスローガンや画像だったとき、非シーア派のスンナ派やキリスト教徒の人びとにとっては、統合や共感や連帯ではなく排除のシンボルとなる。それが最も鮮烈だったのが、2014年以降イラクで展開されたIS掃討作戦だった。
 2014年6月、イラクのモースルを制圧したISは、そこで国防にあたっていたイラク国軍のシーア派兵士を殺害した。ISは、シーア派は異端、イスラームに反するものとして死に値すると考える。そう断罪されたシーア派にとって、ISは断固撃滅されなければならないものとなる。ティクリートやアンバール県など、ISに制圧された地域に対してイラク軍が軍事作戦を展開する際、動員されたシーア派中心の部隊(人民動員組織)は、シーア派儀礼で繰り返されるイマーム賛美の掛け声「ヤー、アリー」などを叫びながら突入した。その露骨な宗派性は、非シーア派にとっては「祖国防衛」を共有するものではなく、むしろあからさまな「他者」の表明だった。

(4)シンボルの増殖
 シンボルは増殖する。シーア派的シンボルの圧力に圧倒されたスンナ派社会がシンボルとしたのは、ファッルージャという対米抵抗運動の街だった。
 イラク西部の都市ファッルージャでは住民のほとんどがスンナ派だが、フセイン政権時代に特段優遇されていたわけではなく、イラク戦争で敗北してもフセインと連座するという認識はほとんどなかった。
 しかし、イラク社会を宗派と民族で分けて考えるのが当たり前とする欧米の認識では、この街を親フセイン、反米の街とみなし、戦争直後から警戒心を抱いていた。その結果、いくつかの不幸な衝突、事故が積み重なり、駐留米軍に対する激しい抵抗運動の拠点と化したのだ。2004年に日本人5名が拉致された事件は、そうした流れの中で発生した。
 米軍の占領統治の失敗によって反米化し、繰り返し激しい掃討戦の対象となりながら、シーア派など他の地域住民からは同情を得られず、むしろ外国から流入した国際テロ組織によって抵抗運動が過激で暴力的な方向へと歪められていく。
 宗派的シンボルを前面に押し出すシーア派に対して、スンナ派の間にはイラク戦争、米軍統治の被害者というシンボルが生まれた。イラク戦後、一貫して素朴な抵抗運動が弾圧と無理解に苦しめられてきた、というイメージがファッルージャという街に付きまとっていった。さらにファッルージャがイラク建国前夜の1920年に南部に発生した反英独立暴動に参加したという史実から、反英=反米=独立の志士というイメージがファッルージャに加わった。
 かくして、宗派的シンボルを前面に押し出す①シーア派に対して、②スンナ派の間にはイラク戦争、米軍統治の被害者というシンボルが生まれたのだ。
 ここで重要なのは、①シーア派も②スンニ派も、自らの尊厳や権利や価値を主張する際の原点となるのが、自分たちがいかに犠牲になってきたか、犠牲の度合いということだ。①も②もいずれも自分たちのほうがいかに「イラク」という祖国を守るのに犠牲を重ねてきたかを競うのだ。
 ①シーア派社会・・・・7世紀にウマイヤ朝軍に殲滅された記憶を再生産してきた。フセイン政権下でいかに被害を受けてきたか、その犠牲者としての立場をシーア派の歴史に重ね合わせて、宗派的シンボルを惜しげもなく自己主張に使用する。
 ②スンナ派社会・・・・外国支配、植民地統治に抗するナショナリストとしての犠牲の大きさを語る。

(5)湾岸地域内のパワーバランスの変化
 9・11後、ペルシャ湾岸地域内のパワーバランスが変化した。これが中東の「宗派対立」に決定的影響を与えた。
 米国の対中東政策は9・11までサウディなど親米湾岸アラブ産油国と協力して、イラン、イラクの両勢力を域内で封じ込めるというものだった。
 ところが9・11後、バランスが大きく変化する。アフガニスタン戦争でもイラク戦争でも、近隣の地域大国たるイランの役割が重要となった。イラク戦争後、イラクの政権がイランの影響の強いシーア派イスラーム主義政党に担われるようになり、内戦や対IS対策で治安上シーア派民兵の活動に依存せざるを得なくなると、ますます背後にあるイランを無視することができなくなった。
 逆に米国との関係がぎくしゃくしたのがサウディアラビアだ。ビンラーディン自身や9・11の実行犯の多くがサウディ国籍だったこと、湾岸アラブ産油国出身のISやアルカーイダとの資金的つながり、さらにはサウディの非民主的体制にもかかわらず米政権が協力関係を維持していることに疑問を抱く米世論などから、9・11以降の米・サウディ関係は緊張感を含んだものとなった。
 <例1>形式的であれ「アラブの春」の民主化を支持するオバマ政権は、バハレーンの反政府デモに介入したサウディなどGCC諸国に対して好意的な反応はしなかった。
 <例2>その2年後、シリア内戦においてシリア政府軍を攻撃する、といったん手を挙げながら軍事介入を取りやめた。シリア反政府勢力を支援してきた湾岸アラブ諸国には、オバマの心変わりは衝撃であった。
 特にサウディの神経を逆なでしているのが、米政権のイランとの接近だ。
 9・11後の湾岸地域の域内勢力のバランスの変化と、米国の中東政策の変化によって、サウディアラビアはイランとのむき出しの対立関係に晒されることになった。それが「宗派対立」の本質にある。つまり「宗派」というよりは、サウディアラビアとイランの域内覇権抗争、「中東新冷戦」が根幹にあるのだ。
 だが、冷戦が域内全体を巻き込むには、それぞれ自派の立場を正当化する論理が必要だ。そこで持ち出されるのが宗派だ。相手の宗派がいかに非愛国的で、対外従属的で、社会の連帯を破壊するものであり、秩序を乱すものか、を強調する。シーア派のイラン、イラクは、ISなどスンナ派の武装勢力を「タクフィール主義者」(他者を異端扱いする排外主義者)と非難する。一方でスンナ派諸国は、イランやイラクなどのシーア派政治家を「ターイフィーヤ」(宗派主義者)と非難する。
 換言すれば、シーア派はスンナ派を、自分たちを排除するものとみなし、スンナ派はシーア派を、共同体から分派して出ていこうとしているものとみなしている。双方とも相手をイスラーム共同体を破壊するものとみているのだ。
 つまり、シーア派対スンナ派という宗教的対立構造は、9・11以降大きく崩れた湾岸、ひいては中東全体の「共同体」をどちらが「正しく」代表しているかを競い合う、その正当化のために持ち出された論理だ。イランもサウディアラビアも、どちらも「正しさ」を打ち出すために宗派性を持ち出しているのだ。

(6)国際社会の最大の失敗とは何か
 9・11が残した最大の遺恨は、誰が「正しいか」を巡って命を賭ける殺人が是である、という認識ではあるまいか。その「正しさ」のなかでも「犠牲を受けた者だからこそ掲げることのできる正しさ」が、圧倒的な説得力を持って軍事行動を容認することになった。
  (a)9・11を実行した犯人とその組織の攻撃の犠牲になった米国は、絶対に「正しい」。だから、それらをかくまうアフガニスタンやイスラーム社会全体に対して、何をやってもよい。
  (b)フセイン政権下で犠牲になり続けてきたシーア派社会は絶対に「正しい」。だから、宗派色満載のシンボルが祖国を埋め尽くしても、かまわない。
  (c)シリア内戦でアサド政府軍やロシア軍の破壊的な攻撃の犠牲となるスンナ派の住民たちは、絶対的に「正しい」。だからジハードに身を投じてまでも、全世界のイスラーム教徒がISに馳せ参じる。
 9・11後の国際社会の最大の失敗は、その「正しさ」の横行に歯止めをかけられなかったことだ。「正しさ」の主張が乱立すること、「正しさ」が裏切られたときにそれを絶望のまま放置したことが、この15年間の国際社会の混迷を生んでいる。
 なぜアルカーイダが、ビンラーディンが、タリバーンが、9・11を「正しい」と主張するに至ったのか、なぜ彼らの「正しさ」が9・11に至るまでの過程で他の「正しさ」と折り合いをつけることができなかったのか。そうした根本的な問題は、15年経てもなお解明されていない。解明されていないから、それが再発することを予防する手立てを得られていない。
 その間に、「正しさ」を裏切られた人びとが、新たに自分たちだけの「正しさ」を見つけては、戦いを繰り広げていく。それを解きほぐす糸口はまだ見えない。

□酒井啓子(千葉大学教授)「誰が「正しい」かを競う戦い 9・11から中東の宗派対立へ」(「世界」2016年10月号)
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 【参考】
【酒井啓子】国際社会の最大の失敗とは何か ~中東・宗派対立の起源(6)~
【酒井啓子】湾岸地域内のパワーバランスの変化 ~中東・宗派対立の起源(5)~
【酒井啓子】対立のシンボルの増殖 ~中東・宗派対立の起源(4)~
【酒井啓子】蔓延する「わかりやすい二項対立」 ~中東・宗派対立の起源(3)~
【酒井啓子】宗派ではなく社会格差・階層間の対立 ~中東・宗派対立の起源(2)~
【酒井啓子】9・11が開けたパンドラの箱 ~中東・宗派対立の起源(1)~
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【保健】茶カテキンは絶対避けるべきサプリ成分 ~米国消費者団体~

2016年09月24日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)健康食品やサプリメントは、特定の成分を通常食事で摂る量の何倍もの量を長期間にわたって摂り続けさせる。この場合、逆に健康への悪影響が起こるのではないか?
 日本ではあまり問題にされていないが、海外でこうした健康影響が懸念されている成分の一つとして、高濃度茶カテキン(緑茶抽出物)が注目されている。ノルウェー政府がサプリメントとしての上限値を設定した【注】が、これに続き米国最大の消費者団体機関紙「コンシューマーレポート」が、7月28日ウェブ版でサプリメント成分で「常に避けるべき15成分」を発表。その中に「緑茶抽出物」が入っていた。
 これら15成分は、専門家の意見をもとに、市販のサプリメントの成分の中で、肝臓、腎臓、心臓などの臓器障害に係る発癌性が指摘されている、死亡例が報告されている、などのチェックリストにより選定された。
 15成分の中には日本では、医薬品の成分としてしか使えないもの(トリカブト、フキタンポポ、カバ、ロベリアソウ、ヨヒンベなど)、健康被害が報告され販売禁止措置が採られたもの(コンフリーなど)がある。そうした有害成分と一緒に「緑茶抽出物」が重要視されている。

 (2)それならば、緑茶を毎日のように消費している日本で健康被害が起こらないのはおかしい、という意見も出てくる。
 たしかに緑茶抽出物を使ったサプリメントでは、散発的に肝臓障害などの健康被害事例が報告されているが、そのすべては海外での事例。日本国内での症例はまだ報告されていない。
 その理由として、緑茶として飲む場合と違い、サプリメントは一度に大量摂取することが原因だとも推定されている。動物実験では、空腹時に大量に摂取し続けた場合、食事などと一緒に飲んだ場合に比べて肝臓への毒性が10倍になることがわかっているからだ。
 新たな情報として、緑茶抽出物を使った34件の臨床試験の結果を再評価(システマティックレビュー)論文(2016年発表)では、発生率は患者総数1,405人中7人(0.5%/200人に1人)だという。その結果、「緑茶抽出物による肝臓障害は稀な事例である」と記述されている。
 しかし、200人に1人という発生率は、2万人とすれば100人。サプリメントとして広く利用されることを前提とすれば、決して稀なケースとして済ませてよい発生率ではない。

 (3)日本人間ドック学会発行の「人間ドックの現況」では肝機能異常が近年増加傾向にあり、2014年には受診者の33.7%だ。肥満、高血圧、高コレステロールなどの他の生活習慣病を抑え、トップになっている。肝機能異常の原因はアルコールや肥満などの他の要因の方が大きいだろうが、サプリメント成分による肝障害も否定できない。伝統的な飲食経験のある緑茶はよいとして、高濃度に加工した飲料やサプリメントのような商品には要注意だ。

 【注】「【保健】茶カテキンによる肝障害でノルウェーがサプリメント含有量規制へ

□植田武智「茶カテキンは「絶対避けるべきサプリ成分」とアメリカの消費者団体が指摘」(「週刊金曜日」2016年9月2日号)
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