波と狛のつれづれ日記

日本スピッツ波と狛と、ときどき箔

浜松まつり傍観

2021-05-29 02:08:43 | その他

こんばんは、白黒茶々です。

今年の梅雨は1ヵ月ほど早く、それに伴って皆さんの気分は夏に向かっていることと思いますけど、波狛日記はようやくGWに入ったところです。 今年のGWは、昨年のような海岸の駐車場や公営施設が封鎖されるようなことはなかったものの、コロナに気を配らなければならない状態は続いていました。 そういうこともあって、私はその期間は近場で過ごすことにしました。

私の地元の(隣の)浜松市では、毎年GWには浜松まつりがおこなわれていました。それは初子の誕生を祝って、地域が一体となって巨大な凧を揚げたり、豪華絢爛な御殿屋台を引き回したり、大勢で練り歩いたり、押しくらまんじゅうのような激練りをしたり、……… と、かなり賑やかでパワフルなイベントであります。 しかし、密を主体としていたこともあって、昨年は中止に。 今年も厳しい状況だったのですけど、条件付きで凧揚げのみおこなわれることになりました。

その条件とは……… 各町内はお互いに距離をとって、時間帯も分散して凧を揚げることに。 また密集を避けるために、凧の糸切り合戦も禁止されました。それから、凧揚げ会場では水分補給以外の飲食は禁止に。 さらに一般の客の立ち入りを禁止し、関係者のみ入れるようにしました。 例年浜松まつりには174もの町内が参加していたのですけど、厳しい状況や条件の中で辞退するところが続出し、今年は97にまで減りました。 今まで、私はたつぴとともに、親戚のつてを頼って萩丘というところで、まつりの士気を高めるラッパ隊として参加していました。しかし、飛沫を防ぐためにラッパは禁止され、私たちの出番はなくなってしまいました。 それよりも、今年の萩丘はどちら側になるのでしょうか? そのことをその町内のラッパ隊の隊長に聞いてみたら、参加する方向で準備を進めているという返事がありました。 それならば………

5月3日の朝、私はを伴って浜松まつりの凧揚げ会場となる中田島の遠州灘海浜公園に向かっていました。 その周辺は、まつりの開催期間中は地元民と関係者以外の車の乗入れは禁止されていたので、1.5kmほど離れたところから歩いていかなければなりませんでした。

さらに私たちは、海岸に沿うように造られた防潮堤に登っていきました。 その上を、東に向かっていったら………

凧揚げ会場が見えてきました。 そうです 私たちは会場を一望できるこの防潮堤の高台から、浜松まつりを観ることにしたのでした。 その会場では、凧より先にテレビ局や新聞社のヘリコプターが飛んでいて、開会式の前の独特の雰囲気が漂っていました。

なんとなく予想していたのですけど、そこにはすでに私と同じことを考えていた方たちがたくさん押しかけていました。 それから間もなくして………

浜松市長による開会宣言を合図にして、一斉に大凧が上がりました。 完全ではなかったのですけど、久しぶりにその光景を見てグッときました。

そういえば、我らが萩丘の凧は……… この時点では見つかりませんでした。 それはさておき、この日はちょうどいい感じで風が吹いていて、凧はかなり高いところまで上がっていきました。

そうしたら、今度は凧揚げ会場の地上の様子を観察してみましょう すぐ手前では、凧を揚げる準備をしていますね。ちなみに「ひ」の凧印は広沢という町内で、向こうに見える天狗の団扇もみじの葉は三組町のものにございます。

そうしているうちに、山下町が練りを始めました。 お互いの距離を取りつつ、声のボリュームも控えめにしていますね。 なかにはラッパや太鼓の演奏をあらかじめ録音してきて、スピーカーで流すという、ハイテクな町内もありました。

それらの様子は眺めているだけでも楽しいので、ずっとここにいたいです。 しかし、大会初日となるこの日は午前と午後にそれぞれ2時間ほどおこない、残りの2日は午前のみの短縮した開催となっていました。それに、私たちには次に行くところがあるので、そろそろ会場(を見渡すことができる防潮堤の上)から退散しなければなりません。 しかし、そのまま帰るのもナンなので………

地上レベルで、ギリギリ近付けるところまで迫ってみました。 このあたりは例年なら各町内の陣屋がひしめき合っているところなのですけど、何もないとだだっ広く感じてしまいます。 その向こうでは、凧の準備がおこなわれていますね。

浜松まつりの今回の開催には賛否両論あり、感染の予防策が徹底されている中でおこなわれて、「そうまでしてやる意味があるのか?」という意見もあったのですけど、私はやってよかったと思っています。 まつりには地域が一体となって一つのことを成し遂げる要素もあり、それには老若男女の垣根はありません。それに私たちのような市外からの参加希望者も、温かく受け入れてくれますし。 あと、凧揚げの技術や士気も受け継いでいかなければなりませんし。
本来のまつりの姿には程遠いのですけど、これからコロナが終息していって、来年は今年以上、再来年は……… と、少しずつでも復活していき、私たちラッパ隊の出番が再び来ることを願っています。


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蓬莱橋はどこまでも続くよ

2021-05-26 02:21:35 | お出かけ

こんばんは、白黒茶々です。

昔の大井川には橋が架けられていなくて、旅人などに厳しい試練を与えていました。 その代わり、川岸の宿屋や川越人足はその恩恵(?)を受けて儲けていましたけど。 そんな東海道の難所となっていた大井川に、明治12年(1979年)になって………

「蓬莱橋」という名の木の橋が架けられました。

大井川の下流域ということもあって川幅はかなり広くなっていて、橋の長さは897.4mにもなりました。 あまりにも長過ぎて、対岸に向かって伸びている先が見えませんね。

蓬莱橋は平成9年(1997年)12月に「世界一長い木造歩道橋」ということで、ギネスに認定されました。 橋の入口には、そのことを記念してモニュメントが設置されました。

さらに平成30年(2018年)3月には、勝海舟の銅像も立てられました。 明治に入ってから、蓬莱橋の出現などの影響から、武士と川越人足は職を失いました。 そんな彼らのために海舟は私財を投じて、大井川の対岸の牧之原台地を開墾し、茶畑の造成に貢献しました。彼らは茶の生産に勤しみ、それは静岡県の重要な産業となったのでした。
そんな勝先生の功績はもちろんのこと、風貌やポーズにもグッときますね。

そうしたら、いよいよ蓬莱橋を渡りますよ こちらの橋は世界に誇る名所なのに、通行料はたったの100円なのですよ さらに、ワンコと一緒に歩いて渡ることもできるのですよ ちなみに私とは6年ぶりで、は今回が初めてとなります。 それからまもなくして………

私たちは、補修したばかりのところに差し掛かりました。 蓬莱橋は大きな台風などで川が増水したりすると、流されることがあります。 そもそも木の橋はメンテナンスが大変で、朽ちたり劣化したりしたら新たな部材と交換しなければならないので、明治時代からの遺構はもう残っていないと思われます。 私たちが安全かつ快適に渡れるように日々点検や補修をしている方たちに思いを馳せながら進んでいったのですけど………

この日は風が強いうえに川風まで加わって、歩くのが大変でした。 波と狛の輪郭も変わっていますし。 それよりも、私はメガネが飛ばされそうになったので、外して行かざるを得ませんでした。 さらにマスクも危うかったのですけど、こちらは必須アイテムなのでなんとか堪えました。 そうしているうちに対岸が………

見えてきたと言いたかったのですけど、なかなか行き着きません。 897.4mのギネス記録は侮れません。それでも、波と狛は文句も言わずに(言ったらコワイですけど )私に付いてきてくれました。

先ほどの「なかなか行き着きません」と発した地点から5分ほど歩いていったら、対岸にたどり着きました。 この世界一の橋はただその長さを実感するだけかと思いきや、その行った先には鳴らして愛を誓う「愛知の鐘」や長寿を願う「長寿の鐘」といった縁起物の仕掛けが用意されていました。せっかくなので、それらを叩いておきましょう

さらに、蓬莱橋の全景を臨める高台には、このような撮影スポットが設けられていました。 ちなみに丸太のフレームは、橋の廃材を活用したそうです。

それらのアトラクションを堪能したら、歩いてきた道を引き返しますよ

ところが、そこで突然狛が歩行拒否をしだしたのです 行きは普通に付いてきていたのに……… やむを得ず、その恥ずかしい姿を撮ってから、私が彼を抱っこして歩いていくことにしました。 とはいっても、897.4mもの距離を10kgは超えているに違いないワンコを抱えて……… って、ウソでしょ

一方の波は、私たちに付いてきていました。

「もう限界………
私は途中で苦しくなり、狛を降ろしました。 すると、彼は普通に歩きだしたではありませんか どうやら横風や橋の微妙な揺れが怖くなったというワケではなく、ただ単にズルをしたかっただけみたいです。 そのような抗争もありましたけど、私たちは無事に帰還することができました。

ギネス記録の橋の実施レポートを振り返ってみると、困難なことばかりが印象に残っているようですけど、木造ということもあって、歩いた感触はよかったです。 それに、開放的な風景を眺めながら進んでいき、達成感のようなものを味わうこともできましたし。 それから「897.4mの長い木橋」は「厄無しの長生き橋」とも変換できるので、歩いて渡ったら何かいいことが起こるような気がします。
………という縁起のいい雰囲気のまま、今回の藤枝・島田方面の探訪シリーズを締めさせていただきます。皆さま、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。



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大井川の渡り方、お教えします。

2021-05-22 02:38:40 | その他

こんばんは、白黒茶々です。

前回の日記の予告通り、私はとともに旧東海道の藤枝宿をスルーして、島田宿だったところにやって来ました。 こちらは大井川の東側に位置していて………

その町並みの跡が残っているところに建物の一部が復元され、「島田宿大井川川越(かわごし)遺跡」として公開されています。 なかには実際に住んでいる家もあるのですけど………

入口が開け放たれているところは入っても怒られないというか、土間までは自由に見学できるので、さっそく潜入してみましょう

そういえば、ファミコンでサン電子が出した「水戸黄門」では、助さんや格さんが町屋に飛び込んで事件の情報や手がかりを掴んだりしましたね。 また、KONAMI「がんばれゴエモン!からくり道中」になると、町屋の中がお店だったり、宿屋だったり、迷路だったり、………
つい、ファミコン談義に花を咲かせてしまいましたけど、いよいよ町屋の中に入りますよ とはいっても、正確にはこの建物ではなかったのですけど、ダマっていればバレない……… いやいや、どの町屋も似たような造りなので、敢えて出させていただきました。 そうしたら………

この日は4月18日で、端午の節句が近いということもあって、五月人形が飾られていました。 さらにもう一軒の町屋に入ってみたら………

うわっ 血色の悪い人がいるっ しかも、露出度も高いですし。………なんて、ヒトの家に勝手に入りこんでその言い様は、失礼ですよね。 実はこちらの建物は川越人足が待機していた番宿で、こちらの方の職業は川越人足。彼は、大井川の川越しの仕事に携わっていたのですよ。
さらに、その通りのちょっと奥まったところには………

安政3年(1856年)に建てられ、昭和45年(1970年)に移築復元された、川会所の建物があります。 防御上の理由などから、江戸時代の大井川には橋は架けられていませんでした。 なので、旅人は川越人足に肩車をしてもらったり、輦台(れんだい)という神輿のような道具に乗せてもらったりして川を渡りました。こちらの建物は日中は無料で開放されているので、内部を見させてもらいましょう

中はけっこう広いですね。 1人(のマネキン)は柱がかぶって申し訳ないのですけど、川会所には川の深さなどを測って川越しの料金を決めたり、川札(かわふだ=切符)の販売に加えて、川留めや川開けなどを取り仕切った川役人がいました。

さらにその建物内には、本物の輦台も展示してありました。 この輦台に乗ってみたくなったという方もいるかも知れませんけど、大丈夫です。 島田市博物館の前には………

石化した川越人足と輦台の像が設けられています。 それだけではなく、それらは撮影スポットとなっていて、台の上に乗って写真を撮ることもできるのですよ そうしたらせっかくなので、この状態で川を渡った場合の料金を算出してみます。 波と狛が乗っているのは手すりのない平輦台なので台札1枚(川札2枚ぶん)。さらに2人乗りの場合は担ぎ手が6人要るので、別に川札6枚も買わなければなりません。 それから、その川札は水の深さによっても値段が変わり、この場合は帯上通(ヘソの上あたり)なので、川札1枚につき六十八文(現代の価格で約2040円)ということに。 そうしたら、合計16320円にもなりましたよ

その料金を払って渡れたらまだいいのですけど、大井川が増水した場合は「川留め」といって、旅人は安全に渡れるようになるまでは宿屋に滞在しなければなりませんでした。 それは長いときは3週間前後にも及び、宿屋のほうはホクホクなのですけど、旅人の財布は痩せ細っていきました。 「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」とはよく言ったものです。昔の大井川は、東海道の中でも難所だったのです。
そんな江戸時代までの交通史に思いを馳せながら、次回は近代的な方法でギネス認定のところから大井川を渡っていきます。


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岡部宿に現れた狛郎兵衛と波八

2021-05-19 02:04:05 | お出かけ

こんばんは、白黒茶々です。

藤枝市の蓮華寺池公園をあとにした私・の白黒茶々家の1人と2頭は、そこから北東の山側に入っていき………

同じ市内の旧岡部町にやってきました。 こちらはかつて東海道の21番目の宿場町だったところで……… といっても、地元の方には失礼ですけど分かりにくいかも。 そう、とろろ汁で有名な丸子(鞠子)宿からひと山(宇津ノ谷峠)越えたところに位置しています。 それから岡部町といえば、ゴン中山こと中山雅史さんと彼のお父さんの儀助さんの出身地でもありました。 ちなみに波と狛がいるのは、参勤交代の際などに大名の宿泊施設となる本陣というところで………

外側の門構えは復元されたのですけどその内側は跡地のままで、表面の表示というか、だだっ広い広場となっていました。 そう東海道といえば、歌川広重がすべての宿場の風景を描いた「東海道五十三次」が有名ですよね。それと、十返舎一九弥次さん(弥次郎兵衛)喜多さん(喜多八)の珍道中の様子を記した「東海道中膝栗毛」を加えた東海道の旅が、昨年日本遺産に指定されました。 そのうちの「東海道中膝栗毛」は旅のガイドブックの走りとなり、江戸時代に旅ブームを巻き起こしたそうです。
そのことを記念して、弥次さん喜多さんの書き割りが設けられていたので………

顔を突っ込んでおきました そんな彼らを「狛郎兵衛さん」「波八さん」とお呼びくださいませ。 それから、その岡部宿には………

江戸時代後期に建てられ現存している旅籠の建物を活用した、大旅籠柏屋(かしばや)があります。

そうしたらせっかくなので、波と狛には駐車場の車の中で待機していてもらって、私が代表してその内部を見学いたしましょう 電子マネーにも対応しているみたいですけど、入場料の300円を払っていざ宿の中へ

そうしたらいきなり、宿に到着したばかりの弥次さんと喜多さん(のマネキン)が足を洗っているところに出くわしました。 その奥にある台所では………

配膳の準備がされていました。 一般の旅人が通される部屋は、旅籠の土間を挟んだ北側で、そちらに敷かれた畳は縁がないうえに質素な材質でした。 一般人向けの客室は2階にもあって………

そちらには、晩酌をしている弥次さんと喜多さんがいました。 しかもセンサーが仕込んであるみたいで、私が通りかかったら彼らの楽しそうな会話が聴こえてきました。 それらの平民宿泊ゾーンを見終わったら………

土間の南側にある、侍を対象にした部屋を見学しますよ こちらは格式がグンと上がっていて、縁付きの畳と欄間、さらには床の間まで設けられていました。 しかも部屋は広くて、日当たり抜群。 さらには、庭に面しているときたもんだ その庭の向こうには………

明治時代(左)と江戸時代(右)に建てられた倉が並んでいました。 ちなみに明治の倉は「ギャラリーなまこ壁」という名で………

この日は大量の髭天神(?)が飾られていました。 一方の江戸の倉は、「倉cafe & dining coconomi」という名の地場産品を食材にした、創作料理店となっていました。 いわゆる古民家カフェのような感じで、古い建物の柱や梁が現代風の改造とうまくマッチしていて、そのようなお洒落なところで料理をいただくことに。こちらは繁盛していて、予約もいっぱいになっているそうです。

大旅籠柏屋専用の駐車場がほぼ満車になっていたので、「日本遺産効果で旅籠に見学者が殺到しているのか?」と思っていたのですけど、ほとんどの方はcoconomiさん目当てだったみたいです。 私が行ったほうはガラ空き……… いや、静かに自分のペースで見学できる環境となっていました。 さらにスタッフの方が親切丁寧に案内&解説してくださったおかげで、そのありがたみは増しました。

岡部宿の次は藤枝宿となるのですけど、そこは朝ラーメンと蓮華寺池公園の周回を済ませてきたので、すっ飛ばかして、そのまた次の島田宿まで進ませていただきます。



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藤枝の蓮華寺池公園の藤

2021-05-15 02:13:27 | お出かけ

こんばんは、白黒茶々です。

前回の日記のラストで、私はとともに藤枝市の蓮華寺池公園に降り立ちました。 私と波にとってこちらの公園は約3年ぶりなのですけど、狛は初めてということに。 それから藤の花の時季に訪れるのは、みんなして初めてとなります。

まずは撮影スポット(?)となる、公園名が刻まれた石碑の前でポーズを決めたら………

園内の散策に繰り出しますよ ちなみに池の向こうに見える赤茶色の建物は、藤枝市郷土資料館にございます。 「前回のラストでは、その建物がスタート地点になっていたような………」という記憶力のいい方もいるかも知れませんけど、話の展開上こうしたかったので、そのあたりはどうかスルーしてくださいませ。 その蓮華寺池のいたるところには………

藤まつりの真っ只中ということもあって、露店が出ていました。 ただし、コロナの感染を避けるために、買った物はその場で食べずに持ち帰らなければならないとのことです。 そこからしばらく歩いていったら………

特設の検問所というか、検温所に行き当たりました。 さらにその先に進みたかったら、こちらで検温と手指の消毒をしていってくださいませ。 それから、このチェックポイントを通過したら、蓮華寺池を一方通行の反時計回りに歩いていかなければなりませんでした。

そこから少し進んだところにある藤棚の下で写真を撮ろうとした際に、私は駐車場の車の中に忘れ物をしてきたことに気付きました。 それはデジカメなのですけど、コースを逆戻りすることはできませんし、1周1470mもある池の外をもう1周するのはイヤですし……… 結局、ブログ用の写真はスマホに納めることにしました。

そうしたら、気を取り直して園内の散策を続けましょう。

池の畔の日本庭園では、おばちゃんたちに注目され………

ちょっと離れたところにある藤の里広場では、藤のすぐ近くで写真を撮ることができました。 できることならそこからさらに坂を登っていって、富士見平展望台まで行きたい……… いや、時間と体力を消耗するので、行きたくない、というか、今回は見送らせていただきます。

再び池側に戻ったら、その池を跨ぐようにして鯉のぼりが泳いでいました。

藤枝の市の花は藤で、蓮華寺池公園は藤の名所ということもあって、園内のあちこちに藤棚がありました。 しかも、それらからはマスクをしていてもいい香りが入ってきましたよ。

池沿いにも、ワンコの高さレベルの藤がありました。

あと、せっかくなので池をバックにした写真も撮っておきましょう。 ちょうどパンダの足こぎボートが入ってきましたけど、その他にもスワンやコアラもあるそうです。

藤の鑑賞は、毎年崎公園五万石藤のほうでお仲間を集めてやっていたのですけど、今年はコロナの影響もあって、単独で静岡県内の蓮華寺池公園に行ってヨシにしました。 それでも、予想していた以上に綺麗で見応えがあり、来年はどちらに行くか迷ってしまいそうです。 この勢いに乗って池をもう1周したいところなのですけど、私たちには次の目的地があって、駐車空きを待っている方もたくさんいるので、ここで撤収することにします。 というここで、次回は旧東海道の岡部宿で歴史散策をいたします。


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初めての藤枝朝ラー

2021-05-12 01:24:14 | 美味情報

こんばんは、白黒茶々です。

今年も早いもので、気付いたらGWを過ぎていました。 皆さんはそのGWはどのようにして過ごされたでしょうか? 私は近場の渚園で犬キャ……… おおっと、ここでその話をしたら、それまでの間にあったことに触れる機会を逃してしまいますよ。 なので、それは後ほど改めてということで、順を追って今回は4月18日の日曜日にあったことを語らせていただきます。

私はその日はを伴って、朝早くから朝食もとらずに家を出て、東のほうに向かいました。 まずは道の駅掛川に立ち寄り、その様子を写真に撮ろうとしたのですけど、いつものごとく波と狛はなかなかこちらを向いてくれませんでした。 そのうち、彼女らの注意を引くために私が怪しい行動に入りかけていました。 が、まさにその時に通りかかった女性の方がその状況を察し「ワンちゃん、こっちこっち 」と声と手振りで協力してくださいました。おかげでいい感じで撮れましたよ とても助かりました、ありがとうございました。
それから30分ほど後には………

私たちは藤枝市内に入っていました。向こうに見えるインパクトありありのとんがり屋根の建物は、旧藤枝製茶貿易商館にございます。

明治35年(1901年)に建てられたのですけど、今年度中に近くの蓮華寺池公園内に一部を移築し、「旧藤枝製茶貿易商館を活用した茶文化発信・観光交流拠点整備事業」を実施しする計画があるそうです。
その建物を仰ぎ見ながら………

私たちは、高校サッカーで有名な藤枝東高校の真ん前にある、志那そばしげもとさんというラーメン屋にやって来ました。 こんな早い時間からというよりは、このお店は朝の7時からやっているのですよ
朝から営業のお店、空腹の私、「朝ラー」のタイトルが揃ったら、もうおわかりですよね?そうです 今回私はこのお店で、朝ラーメンを食べていこうというのですよ

正確には「志那そば」となっているのですけど、しげもとさんには赤と白のスープの麺があって、さらにそれらには温かいのと冷やしのジャンルも選べるようになっています。 それらの中で、私が注文したのは………

志那そば赤の温かいほう(税込み550円)にございます。 「朝からラーメンなんて、胃がもたれるのでは?」と思われた方もいらっしゃるかも知れませんけど、ご心配には及びません。 こちらのラーメンは魚から出汁を取っていて、スープもあっさりしているので、朝からでもいけるようになっているのですよ。 ラーメンのスープというよりはむしろ、うどんやそばの汁に近いような感じでした。 実はこれだけではなく………

間もなくして、一緒に頼んだ志那そば白の冷やし(小・税込み450円)も運ばれてきました。 聞いた話によると、通は朝ラーメンの温かいのと冷やしの両方を食べるというので、初心者の私もそれに則ってみました。 ただし、朝からラーメン2杯はキツいと思い、冷やしのほうは小盛りにしておきました。
それから、付いてきた柚子わさびは効き目が強いので、入れ過ぎにご注意くださいませ。 はい、私はつい調子に乗って、涙ぐみながら食べるハメになってしまいました。

それはさておき、茶どころの志太藤枝地区では、早朝から茶農家や茶の取り引きなどの茶業に携わっている人たちの要望に応えて、朝ラーメンを出す店が増えていったそうです。 それらのお店が開く時間は次第に早くなっていって……… (志太だけに、次第にって )朝ラーメンは定着していきました。

そして、モーニング好きな私が藤枝朝ラーを食べてみた感想は……… モーニングといえば、トーストやおにぎり、お粥の類は受け入れられるのですけど、ラーメンはアリかナシかと聞かれたら、う~ん……… といったトコです。これはあくまでも個人的な好みなのですけど、朝ラーの話題を膨らませておいて、このような締め方はないだろうと思われた方もいらっしゃるかも知れません。 いや、朝ラーは習慣化されているものなので、1回食べただけで可否を問うのは邪道なのかも。なので、朝ラーを極めるためにも、また挑戦してみます あ、でもモーニングコーヒーはどうしてもハズせないので、今回と同じように次回も朝ラーを食べた後にはコンビニに寄らせていただきます。

そのコンビニコーヒーを調達した私は、次の目的地となる蓮華寺池公園に向かいました。 ところが、ちょうどその日は藤まつりがおこなわれていることもあって、公園に至る道は大渋滞となっていました。 気が遠くなるほどの混み方だったのですけど………

30分もしないうちに、私たちは公園に繰り出すことができました。 目の前にある汽車はやけに小さいのですけど………

モデルとなった実物は、公園の郷土資料館の前にありました。 この汽車は、私たちが袋井市側から軌道跡を歩いていった駿遠線を実際に走っていたものであります 軽便のサイズなので、ミニミニ列車ではあるのですけど、重厚感や存在感はありありでした。
蓮華寺池公園に無事に着いたということで、次回はコロナ感染防止対策が敷かれた藤まつり真っ只中のその公園を散策した様子をお伝えします。



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狂犬病予防接種で波と狛は………

2021-05-08 02:03:17 | 年間行事

こんばんは、白黒茶々です。

前回まで、は久しぶりの遠征でたくさんの白ふわ仲間と逢い、皆さんにちやほやされて、いい思いをしていました。 しかし、その3日後に飼い犬にとっては避けては通れない厳しい義務が待ち受けていたのです。 それは何かといいますと……… って、すでに日記のタイトルに出ているので、バレバレですよね。はい、狂犬病の予防接種にございます。

3月初旬頃に、その招待状が市から届きました。 白黒茶々家は毎年、市内各所でおこなわれる集団接種を受けているのですけど………

なんか昨年までと比べて、受ける場所や回数が激減しているような。 それから、毎年箔母さんがパートを休んだり早退したりして、波狛の接種を請け負っていたのですけど、今回は曜日の都合で厳しいとのこと。 そこで、私が自分の方の職場にお願いして、その時間帯は抜けさせてもらうことになりました。
そうすると、今回は私が波と狛を初めて連れていくということに 果たして、集団接種の会場では、彼女らはどのようなリアクションをするのでしょうか?私がしかと見届けますよ

そして、ウチの近所で集団接種がおこなわれる4月14日となりました。 とりあえず接種前の姿を撮ってから………

いざ接種の会場となる、地域の集会所(正確には集落センター)へ 波と狛はその事情を知らないのでしょうか?何の疑いもなく、いつもの散歩の時のようなノリで歩いていきました。 間もなくして、私たちは目的地に到着。
そこはたくさんのワンコ連れで賑わっていました。 私たちのように直接歩いてきた子もいれば、軽トラックの荷台に乗せられてきた子も。 そんな彼らは地面に降ろされることもなく、そのままブスッと注射されていました。

それらのワンコたちを目の当たりにして、波と狛は大興奮 白衣の獣医さんがいても、萎縮するようなことはありませんでした。 「スキあり 」と心の中で仰ったかどうかわかりませんけど、その直後に波と狛はお尻に注射を喰らい、あっという間に儀式というか、飼い犬のお務めを終えました。
順番が逆になってしまいましたけど、そのあとに接種の手続きと代金の支払いを済ませ、今年の狂犬病予防接種は滞りなく終わりました。

毎年箔母さんから、波と狛の接種の様子を聞いていたので、大体のことはわかっていたのですけど……… 彼女らは怖がったり痛がったりすることもなく、注射を受けていました。 ワンコがその会場の空気を察して萎縮し、注射したら悲痛な声で「ヒャン 」と泣くのは、過去の話になってしまったのでしょうか?事がスムーズに進むに越したことはないのですけど……… そこには、波と狛の恥ずかしい姿を期待していてガッカリしている、悪いほうの私がいました。


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スピ協展からの帰還(日本スピッツ協会展覧会その3)

2021-05-05 02:20:31 | ワンコイベントの類

こんばんは、白黒茶々です。

前々回の日記の終盤から、私・の白黒茶々家の1人と2頭は、日本スピッツ協会の展覧会(本部展)の会場となる新左近川親水公園に来ています。 そこは一見、どこにでもあるような原っぱに見えるのですけど………

東京スカイツリーを臨むことができる、正真正銘の江戸川区の公園の多目的広場にございます。 その空間では………

展覧会の審査がおこなわれていました。 しかし場内アナウンスはなく、私の手元にプログラムのようなものもなかったので、どのあたりまで進んでいるのかわかりませんでした。

その一方で、私たちの交流の輪は広がっていました。 ………と言いつつも、このイケスピ君の名前をド忘れしてしまいました。 だからといって、載せないのはあまりに惜しいですし。モヤモヤしつつも、次にいかせていただきます。

再びちくわぶ君と行き逢った私たちは、これはチャンス!とばかりに3ショットを撮らせていただきました。

展覧会は出陳犬が少ないこともあって前倒しに進んでいき、どうやらチャンピオンが決まったみたいです。 それをもって撤収が始まり………

出陳組も見学組も徐々に帰っていきました。 この時点で14時ちょっと前って、早過ぎません? それよりも、波と狛の後方に見えるのは、クララファミリーでしょうか?今回はあまり写真を撮れなかったのですけど、クラファミママさんとはゆっくりお話することができました。 そのような中で………

このような光景を見ることができました。 なんか、波ちゃが男衆にモテモテのようになっていますね。 ちなみに彼女に最接近しているのは、生後3ヶ月のフェアノ君にございます。

楽しい時間はあっという間に過ぎ、私たちも帰路に就くこととなりました。 葛西臨海公園駅まではシロダヌキ家が送ってくださったので、とても助かりました。 そのホームからは、夢の国のお城や火山が見えますね。 東京駅では、京葉線ホームからの乗り換えの難関を経て………

帰りは新幹線は使わず、在来線のグリーン車に乗っていきました。 その車両には、見晴らしがよくて優越感に浸れる2階席、半地下で地を這う気分を味わえる1階席の他に、何の変哲もない平屋の部分もあります。 それらの中から、私は大きな荷物を抱えていることもあって、多少不人気……… いや、ある程度空いている平屋席を選びました。
本来なら、そこで晩御飯となる駅弁を食べるところなのですけど、今回は時間が早過ぎて中途半端なので迷いました。

そうしているうちに、私たちはグリーン車付き在来線の終点となる熱海駅に到着。こちらの立ち食いそば屋でトッピングの全部のせという手段も考えたのですけど、私はまた新たな決断をしました。 それを遂行するには、11分で次の列車に乗り換えなければなりません。
そのわずかな間に私は駅の外に出て、波と狛に外の空気を吸わせ、記念撮影をしてから彼女らに再びキャリーに入ってもらい、猛ダッシュでホームへ!その結果、無事に予定の列車に乗ることができました。 それから3時間20分ほどかけて………

朝に始発列車に乗ったA町駅前の小公園まで戻ってきました。 ちょっとわかりにくいのですけど、波と狛の後方には手筒を抱えた若い衆のモニュメントが立っています。 在来線で静岡県の端から端まで移動したのでかなりの時間を要し、関東圏も含めると6時間ほどかかったのですけど、私たちはほとんど寝ていたのであまり苦にならないというよりは、楽でした。
時刻は21時9分。私はまだ晩御飯を食べてないので、空腹にございます。そのような状態で向かったのは………

同じ市内にある、炭焼きレストランさわやかでした。 すでにご存知の方もいると思いますけど、こちらは静岡県内のみにあるファミレスにございます。

営業時間は23時までなのですけど、ラストオーダーは22時。席待ちがあったものの、その時間になんとか間に合いましたよ そのさわやかでは………

毎月中旬頃に「げんこつ おにぎりフェア」というキャンペーンをやっていて、人気メニューのげんこつハンバーグか、やや小さめのおにぎりハンバーグの単品の値段で、ライス or パン、野菜スープ、ドリンクが付いてくるのですよ さらにそのドリンクをホットコーヒーにすると、おかわり自由になるときたもんだ
ちなみに私が注文したのはおにぎり倶楽部(おにぎりハンバーグのセット)で、税込み1100円にございます。 それから、コーヒーは食前、お食事中、食後の3杯いただきました。

さわやかはすぐ近くにあり、いつも混んでいるのでなかなか行かないのですけど、遠く離れた首都圏から勢いをつけて来たら、いつも以上にありがたく感じました。 さらに、お腹も空いていましたし。
東京都では、日本スピッツ協会展覧会の翌日から蔓延防止等重点措置が敷かれ、それはやがて緊急事態宣言にまで発展しました。 さらに、都内だけでも1日の感染者が1000人を超す事態となり、いろいろと心配ですけど、その驚異が少しでも治まり、秋には安心して次の協会展に行けるようになることを願っています。



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スピ協展の会場での出逢いや触れ合い(日本スピッツ協会展覧会その2)

2021-05-01 03:24:03 | ワンコイベントの類

こんばんは、白黒茶々です。

前回からの続きで、私はとともに日本スピッツ協会展覧会(本部展)の会場となる、東京の江戸川区にある新左近川親水公園に来ています。 そこでたくさんの白ふわたちが集まる風景を目にして、浮き足立っていたのですけど………

そのような中でも、少しずつ挨拶してまわりました。 こちらの子は前回もお逢いした、ちくわぶ君です。 犬見知りするとのことですけど、そのようには見えませんでした。

Ninaちゃんとは、横浜のスピッツクラブのほうの展覧会でよく逢っていました。 久しぶりの再会ということで、一緒に写真を撮ったりしました。

それからインスタで知り合っていながらも、前回ニアミスだったスピカちゃんご一家とようやく正式にご挨拶することができました。

スピカちゃんのママさんが可愛がってくださって、狛はすっかり甘えていました。 ………って、波まで なんか面白い絵となったので、こっそり撮って公表してしまいました

スピカちゃんと、さらに行き逢った毛糸ちゃんも引っくるめて、4頭で撮ったりもしました。

陽(ひかり)さんとも逢うことができたのですけど、彼のママさんのyuk@さんがうっかり午後からトリミングの予約を入れてしまい、すぐに退散しなければならないとのこと。 そんな彼を取り逃がさないで、一緒に写真に納まることができてよかったです。

こちらのイケメンは空(くう)君 次回もお逢いできたら、3ショットで撮らせてくださいませ。

永遠(とわ)ちゃんとは、たぶん今回が初対面です。 カメラに目線をくださり、ありがとうございます。

前回に続いて、ちぃ。ちゃんとも逢うことができました。 3ショットに応じてくれて、嬉しかったです。

私たちの隣に陣取っていたのは、こゆきちゃんみぞれちゃんのご一家。実はあともう1頭、ポメラニアンの風吹ちゃんがカートに乗っていました。

左端の麿助君とは、前回もお逢いしたのですけど、波とはスピッツクラブの展覧会があった時から面識があります。 というよりは私は、彼のいるシロダヌキ家とは十ン年もの付き合いになります。始めて出逢ったのもスピ協展のこの会場で、当時は双方ともスピッツが2代も前でした。 ちなみにシロダヌキさん家の初代はゆうたん、2代目は麻呂君、3代目が麿助君となります。 確認のために白黒茶々家のほうも言っておくと、初代は。以下、2代目のと3代目のは健在です。

そうしているうちに、私たちが会場に到着した頃から続いていたインターバルは終わり、午後の部の最初のスケジュールとして出陳組も見学組も引っくるめて、集合写真を撮ることになりました。 前回はその直前にシロダヌキ家が席を外していたこともあって、私は単独でその撮影に応じたのですけど………

今回は彼女の旦那さんの「先生」に協力していただきました。 彼に私のカメラを託して、私たちは被写体に徹することができました。 その時はカメラのほうを見ていて気付かなかったのですけど、かなりの数の白ふわが集まっていますよ

先生はズームしたのも撮ってくださりました。 麿助君は、私たちの隣にいますね。 最前列はまだいいのですけど、抱っこしていると徐々に腕がキツくなり、ワンコの集中力が途切れて口喧嘩(?)も起こるので、できるだけ早く済ませていただけると助かります。
ここにきてようやく展覧会が動き出したのですけど、波狛日記の中ではちょうどキリがいいので、いったん仕切らせていただきます。 今回は、私たちも含めた見学組のいる外野席がメインだったのですけど、次回の完結編ではグラウンドのほう(?)でおこなわれていた審査の様子も加えて、少しでも会場の様子をお伝えできたらと思っています。


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