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「戦争」が生んだ絵、奪った絵 (新潮社 とんぼの本)

2010年12月29日 22時58分45秒 | つれづれ読書録
 雑誌社としての新潮社はあまり好きにはなれないのだが、文芸出版社としての新潮社はほんとうにすばらしい存在だと常々感じている。どんな地方の小さな書店に立ち寄っても、漱石や藤村やヘッセといったどの新潮文庫はかならず置いてある。そのことが、日本の文学や文化をどれくらい支えてきているか、きちんと評価すべきだと思うのだ。

 「とんぼの本」は、手軽に読める判型の、写真を多用したシリーズで、美術関係の書目もたくさんある。
 この本の構成は、香月泰男、浜田知明といった、第2次世界大戦やシベリア抑留が画業を大きく転換させた画家の紹介を前半に置き(第一部「戦争」が生んだ絵)、後半には、主に「無言館」に作品が収められている戦歿画学生たちの作品や人となりを集めている(第二部「戦争」が奪った絵)。
 後半は、1990年代後半に「芸術新潮」に掲載された特集記事の再録が中心。戦場に散った画家やその卵たちの遺作を守り続けてきた遺族たちも登場する。

 前半は、ほかに高山良策、山下菊二、靉光の計5人。
 おお、高山といえば、ウルトラマンではないか!
 もっとも、この本には「セミ人間を制作する晩年の高山良策」という写真が載っているだけだが。

 無言館は、このブログの読者はご存じと思うが、作家の窪島誠一郎氏が私財を投じて、先の戦争で亡くなった画学生たちの絵を集めて長野県に建てた美術館。
 窪島さんは何冊も本を出しているが、次のような文章を読むと、やはり年月はたっているのだなという感を新たにする。

 戦後六十余年の風雪をこえて、必死に画学生たちの絵を守りぬいた「第一保護者」の人々が、次々とこの世を去るけしきは何とも心細くてやるせない。
 戦地で亡くなった画学生についての情報も、このところめっきりと少なくなっている。(中略)このところ全国から寄せられる知らせもしだいにか細く、、、なり、年間せいぜい画学生一人か二人という状況になっているのである。
(130ページ)


 なお、本書で作品が紹介されている戦歿画学生は計31人だが、そのうちのひとり、大江正美(1913~43年)は、北海道出身。
 「白い家」「人物」の2点のカラー図版が掲載されている。
 略歴には「札幌市近郊」とあるが、江別であろう(というか、札幌のプラニスホールで昨年開かれた無言館展では、そのように紹介されていたと記憶する)。

 画学生だから惜しまれる死だとか、そういうことではもちろんない。
 多くの分野の有為な若者をたくさん失わせたのが戦争なのである。

 ところで、「とんぼの本」からはことし「画家たちの「戦争」」というのも出版されたそうだから、これもぜひ手に入れて読んでみたい。


「戦争」が生んだ絵、奪った絵
野見山暁治、橋秀文、窪島誠一郎著
新潮社 とんぼの本
143ページ、1680円


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