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市根井孝悦の世界 写真展 大雪山四季の彩り

2006年05月03日 21時54分25秒 | 展覧会の紹介-写真
 函館の、道内山岳写真の第一人者で、山と渓谷社から写真集を多数出している市根井孝悦さんの大雪山の写真60点を展示しています。山や写真にさして興味のない人でもきっと感動すると思います。おすすめです。
 市根井さんの写真って、たしかにすばらしいんですが、とくべつ奇抜な光景をとらえているわけではないのです。「どうだ、すごいだろう」と、感動を押し付けてくるような写真ではない。もちろん、決定的な一瞬を撮るために、重い機材を背負い(中判カメラでしょうから)、何時間も待ち…といった苦労は重ねているのでしょうけど、そういう苦労みたいなものはあまり画面からは感じられないような気がします。もっと、素直に、良い風景と向かい合っているような印象を受けるのです。風景写真にも人柄がにじみ出るのでしょうか。

 筆者が会場をおとずれたとき、ちょうど市根井さんご本人がギャラリートークをしていたので、そこで聞いた話も交えて、記すことにします。

 道内の方はご存知だと思いますが、大雪山は、ひとつの山ではなく、北海道の中央部にある2000メートル級の山の総称です。火山、高原、湖沼などで、道内の山好きには人気が高く、一帯は国立公園に指定されています。
 北海道では最も標高の高いところのため、夏まで雪があり、9月には紅葉がピークをむかえ、初雪がふります。

 まず「ユウトムラウシ川の源頭」に、ビビビっとくるものがありました。
 筆者は、こういう自然の小川が大好きなのです。
 となりにならんだ作品「エゾコザクラの群落」「北辺のナキウサギ」もトムラウシ方面。
「このへんは、イワウメ、キバナシャクナゲ、チングルマ、エゾキスゲと、1週間ごとに咲く花が変わり、花のカレンダーをめくっているようです。いくらいても飽きません。晴れていても、ガスっていても(=霧がかかっていても)美しいです」

 残雪を岸辺に残す空沼は、青い水の色がきれい(同名の沼が札幌近郊にありますが、こちらは平ヶ岳の近く)。
 市根井さんは、このあたりで、ある大学登山部のメンバーが一時行方不明になったときに捜索に加わったエピソードをまじえ、山の怖さを語っていました。

 それでも、夏は1カ月半、冬は1カ月は山の中に入っているそうです。
 ただ、3週間ぐらいたつと、あまり撮れなくなる。心の中に感じるものがなくなってくるのだそうです。
 心が枯れるのを防ぐには、音楽や文学がいい。さいきんは「万葉集」をよんでいるのだそうです。 

 「いやー、沼ノ原はいいですねえ。シカの群れに会うこともあります。エゾユキウサギもいます」
 上ホロカメットク山の花の写真は、昼、霧、夕日、朝日…と、撮る時間帯・条件を変えて撮影したのだそうです。朝日の写真は「朝日に咲くチングルマ」。
 「キバナシャクナゲは、前の日に見たときはぜんぶつぼみでした。咲くときは1日で咲くんですね。十勝岳は、大雪よりも花が早いですね。だから、十勝岳は花が少なくてつまらないなんていう人がときどきいますが、見に行ったときには終わってるだけなんですね。ただ、ことしは異常気象で、雪が多いからどうなるか。3月に入ったときは、例年の1月とおなじだけ雪がありました」

 「もしクマにあったらよろこんでください。赤飯を炊いてください。大雪はめったにクマとあわないし、出ても人を襲いません。日高はちがいます。日高では1日7頭あったこともあるし、襲われる危険もある。騒いだり逃げたりせず、こちらが風になったように静かに無視してその場を立ち去ることです」

 「大雪の秋は8月中旬に始まります。下旬にはウラシマツツジが真っ赤に染まります。黒岳周辺がいちばんきれいですね」

 「銀泉台から雌阿寒、雄阿寒がこんなに近くに見えるんです。この写真もそうですが、撮りたいものを真ん中にもってこないのがコツです」
(ヤナイ註:銀泉台は、赤岳の登山口。雲海の撮影スポットとして有名。大雪山系のなかでは、もっとも奥まで車が入れる場所のひとつ)

 あまりに赤が鮮烈なのでおどろく「銀泉台 原色の山肌」は9月中旬の撮影。
 しかし、市根井さんはフィルターは、レンズ保護用のもの以外はつかわないそうです。

 「ときどき、コンクールで優勝したとかえばっている人がいますが、ばかくさいですね。神様がつくった景色を切り取っているだけで、その人がなにも偉いわけじゃないのにね」

 果てしない樹海のつづく「秋色のトムラウシ山」は、山小屋裏のトイレ附近から撮った1枚とのこと。
 「こんなすごい自然があるのだから、とても北海道から出て写真を撮ろうという気にならない」

 「アイヌの人の自然観に目を向けなくてはいけないと思う。このことに気づいた自分は、これからはほんとうの写真家になれるかもしれません」

 ユーモアたっぷりの口調に、飾らない人柄がしのばれました。
 しかし、「これから」って、市根井さんはもう70歳近いはずなんですが…。


五番舘赤れんがホール(中央区北4西3、札幌西武ロフト7階 地図A)
4月26日(水)-5月8日(月) 10:00-20:00(最終日-18:00、いずれも入場は30分前まで)

(参考) □函館美術館での個展(「道南の精鋭」シリーズ)のページ


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6 コメント

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平凡の非凡 (sue)
2006-05-03 23:23:42
市根井さんの写真は大好きです。その前に立つと、まるでそこにいるように自然に画面の中に入っていけるようです。もちろん技術も相当なものです。以前から大型カメラのリンホフを使っていたと思いますが、仕上げも良いのでバイテン(8×10インチ版のこと)で撮っているような質感が見事に再現されています。足元から遠景までぴったり合ったピントは、大型カメラのティルトというアオリで可能になるもので、撮影後のデジタル処理では出来ないものです。そうした再現性の良い映像を残すことに神経を使っていらっしゃるあたりが立派だなあと思います。一見平凡な様でいて、非凡な映像だと思います。それはさておき、私も山に登りますが、市根井さんは写真家である前に山屋なのだとつくづく思います。山を単に形象として捉えずに愛する対象としていることが良く伝わってきます。これは風景写真とくくられる写真の中での山岳写真の特異性を物語ることかもしれません。ひょっとして日本の山岳写真家に特有のことかもしれないと思ったこともありましたが、アンセル・アダムスやビットリオ・セラなど、欧米の写真家にも同じような感覚があります。やはり自分の足で登った山は特別な思い入れがあるんだろうと思います。空撮で山を撮る写真家もいますが、この人たちが山に抱く気持ちは市根井さんたちとは違っているかもしれません。同じ白でも最近は空撮が多い白川義員さんと、足で稼ぐ白旗史郎さんではだいぶ山に対する感覚が違っています。山岳写真の分野はたとえば杉本誠さんが総括的な仕事をされていますし、7年程前には東京都写真美術館で「山を愛する写真家たち 日本山岳写真の系譜」という特別展をひらいていて、とても参考になりました。
確かに (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2006-05-04 00:30:02
sueさん、いつも的確なコメントありがとうございます。

「一見平凡な様でいて、非凡な映像だと思います」

まさにそのとおりだと感じました。



山を愛していないと1ヵ月半も入ってられないでしょうね。

ベースキャンプ (川上@道都書房)
2006-05-04 17:00:49
>山を愛していないと1ヵ月半も入ってられないでしょうね。



ハイ。まず食べ物が少ないですよね。

フランスパンにピーナッツバターを2日で食い、餅入りインスタントラーメンを食い、たまのごちそうはレトルトカレー。だんだん生野菜が食いたい。

ヤチブキ(エゾノリュウキンカ)を食えと言われてもそんな事したら叱られますし。

大雪の天井は本当に食うものがありまへん。

そうでなくても機材の重さに食料が乾燥ものばかりになります。(昔はフリーズドライものが高かった)

白雲、赤岳は銀泉台に車を置いておき、5日に一度食料(米と缶詰)と燃料を取りに降りるという事をしていると思います。



日の出前の雲海は本当に神秘的なものです。

川上さんも (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2006-05-05 05:28:03
山登り派ですか。

食べ物もたいへんだし、ふろにも入れませんね。でも、そういう不便など忘れさせるよさがあるんでしょうね。(私はインドア派)
ストア学派 (川上@道都書房)
2006-05-06 02:37:18
Low inpact out doorという考え方がアメリカから20年くらい前に入ってきまして、これは非常に厳しいものですね。

靴底までビブラムは駄目だとか石けんは使うな、歯磨きも水だけというようなストイックなまでに限定しちゃうんです。

いっそ、山に入らないのが自然保護のためには良いと言っているようなものだと感じました。



でも、白雲岳などは結構重量物を持ってこられるので天ぷらやジンギスカンなどをやっている人もたまには居て、ストア派からは白い目で見られていたのですがご招待を受ける熊観察の人達も居たり、色々入り乱れていたようですね。

まあ、銀泉台まで車が入れるということは大雪縦貫道の計画があった証拠で、さすがにこれは中止となったわけですがその代わりと言っては誤解されますが忠別ダムや大雪ダムが出来たのだと思います。



でも、私個人としては金のかからない銀泉台をベースキャンプに出来る程度の「開発」は仕方がないのかなと思っております。

そして、横路知事時代に日高横断道を認める変わりに大雪は銀泉台より上は開発を認めなかった訳です。これは英断だったと今でも思っております。

結果的に横断道路は堀知事時代の「時のアセス」で中止となりましたが。

先を読むということはこういう事を言うのだと思います。



山の上での入浴は本州では出来るようです。立派な「旅館」があるので、機材を相当持ち込めるのだそうです。

だいたい (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2006-05-06 05:10:18
川上さん、長文どうもありがとうございます。

だいたい、国道39号が、わたしに言わせれば、大雪横断道みたいなもんですからね。

洞爺丸颱風の風倒木処理がなければあんな国道はなかったはずで…。いまでも北見へ行く車は遠軽を回っていたでしょう。



ところで、山小屋の装備は本州と北海道ではだいぶ違うらしいですね。アルプスあたりだと、風呂や食堂は当たり前だと聞きました。

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