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斜里のマチと又三郎公園 オホーツク小さな旅(113)

2020年07月26日 11時08分30秒 | 街角と道端のアート
(承前)

 「北のアルプ美術館」を辞して、知床斜里駅への帰路をぶらぶらと歩きます。道順は、往路とほぼ同じです。

 冒頭画像は、中心街にあった大きな衣料品店の廃墟。
 この手の店は「マイカー + 郊外型衣料品店チェーン」の組み合わせの滲透にくわえ、通信販売の普及により、道内の多くの街で立ちゆかなくなっているように感じます。

(2枚目はあまり関係のない斜里町内の画像)

 さてこういうときに、タクシーを呼ぶという発想がないあたりが、貧乏性の自分らしいと思います。

 昔はそれでも良かったのですが、さすがに老いてきた身には疲れが身にしみ、途中にあった本屋さんには寄らずじまい。
 以前なら文庫本の一冊でも買っていたことでしょう。

 その書店のとなりに、小さな公園がありました。
 どうやら宮澤賢治には関係ないようです。
 こちらのサイト(知床スローワークス)によると

「明治13年(1880年)から3年間、斜里郡初代戸長を務めた川端又三郎の子孫(4代目)が斜里町中心市街地域活性化の区画整備事業に伴い、敷地の有効活用を考え設置したものです。」

とあります。

 2009年の完成で、当時の北海道新聞によると

「町中心部の道道拡張に伴う区画整理工事で、川端さんが土地を貸していた眼鏡店が経営者の高齢化のため閉店。「商店街の一角にぽっかり空き地ができて寂しい」と考えた和子さんが、治子さんや知人のアサヒ住建社長、河面正吾さん(61)に相談し、公園の構想を練った。昨秋着工し、このほど完成した。」

とのことです。

 又三郎は青森県の出身で、北海道開拓使から戸長を任ぜられました。

 しかしせっかく作られた小さな公園の中は、草ボウボウです。

 それでも、中へと入っていくと、奥にフクロウの置物が柱の上に鎮座していました。

 どうやら焼き物のようで、野外彫刻というのをためらわれます。
 高さは40センチほどでしょうか。陶芸では大きい方でしょうが、彫刻として見ると、むしろ小さめだと思います。
 周囲に銘板のたぐいは一切なく、作品名、作者名、設置のいきさつなどはわかりませんでした。

 縄文土器か野焼きのような野趣が感じられます。
 どっしりとした造形で、ずいぶんと太って貫禄のある姿です。
 釉薬ゆうやくは使っていないように見受けられます。

 下の方から突き出た小枝にも、小さなフクロウが設置してあります。

 裏手に回ると、おしりのあたりに落款らしきものが見えますが、判読できませんでした。

(漢字1文字ではなく、右から「ゆう」「吉」だと読むのだとすれば、町内で陶芸に携わる横田勇吉さんの可能性はありますが、なんともいえないところです)








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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ゆう吉窯のふくろう (Unknown)
2021-10-16 14:27:32
ゆう吉窯の落款、横田勇吉の作品で間違いないでしょう。横田勇吉は2021年10月7日に亡くなりました。
Unknown (ねむいヤナイ@北海道美術ネット)
2021-10-17 12:08:34
ありがとうございます。この記事をアップしたときにはご健在だったのですね。

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