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■杉山留美子展―光満ちるとき (2016年10月22日~12月11日、倶知安) バスと列車で後志地方の4館を巡る(9)

2016年11月30日 21時23分33秒 | 展覧会の紹介-絵画、版画、イラスト
(承前)

 2013年、71歳で亡くなった札幌の画家の個展。
 北海道の前衛美術運動の第一線で活動してきた杉山留美子さんですが、これまで筆者が見た範囲では、近作の発表がメインで、今回のように1970年代から最晩年までをカバーした個展は初めてではないかと思います。その意味で、点数は22点と決して多くはないのですが、非常に意義深いものでした。

 ただ、70~80年代の作品を見ると、あらためて、90年代半ば以降の、純粋な色面による作品のすばらしさを実感します。
 以前、同じように絵の具をカンバスにしみこませて制作するモーリス・ルイス(米抽象表現主義の画家)の作品をまとめて見たことがありますが、杉山作品のほうが美しいということは、断言したいです。
 ブログ「Sightsong」では「仰天した。まるでマーク・ロスコではないか」と書かれています。
 ロスコが西洋的な暗さと深遠さをたたえているとするならば、杉山さんの絵は東洋的、仏教的な光の世界に通じているといえるでしょう。
 彼女がロスコを超えたかどうかはわかりません。ただ、同じ地平で語ってもなんらさしつかえない画家であると、筆者は思います。
(それに比べると、今回出品されたなかでいちばん古い「崩壊感覚」などは、良く描けているという程度の作にすぎないといえるでしょう)

 会場の小川原脩記念美術館には展示室が二つあり、杉山さんの絵画展は、大きいほうの部屋で開催しています。通常、主役である小川原さんの所蔵品展は、小さい部屋に移っており、これはめずらしいことです。
 どうして後志出身でもない杉山さんの個展を開いているのか。1983年夏、小川原さんが約2週間、インドの秘境ラダックに旅した際、彼女が同行していたというのです。これは知りませんでした。
 ラダックはチベット文化圏であり、後年の小川原さんの画業でも主要な題材となっているのはご存じの方も多いでしょう。
 この頃彼女が記した文章の一節が館内に展示されていました。

月面をおもわせる荒涼とした礫岩れきがん砂漠に点在するチベット仏教寺院、無彩色の外界から寺院内部に一歩踏みこむとそこは赤、黄、青、緑、白、黒の極彩色の世界がひろがる。壁面を埋め尽くす仏尊像、曼荼羅まんだら。この森厳なる空間の色彩の謎。異なる色相は、多層構造をもつ無意識のそれぞれの層に働きかけ、意識の変容を促すのではないか…。
(ルビは筆者が付しました) 


 75年の「常」など、70年代後半に描かれた正方形の抽象画は、この文脈でいうと、曼荼羅への関心に発しているのだろうと思います。ただ、道立近代美術館で初めてこの系列の作品を筆者が見たときは、知的な構成の幾何学的抽象画だという感覚を得たものの、東洋的な背景にまでは思いもよらなかったのでした。


 その後、80年代のストロークを生かした3点が会場奥の壁に掛けられ、いよいよ90年代半ば以降の色面による作品に入ります。
 当初、今回の出品作「WORK9408-11」などにみられるように、鮮やかな赤を主体としつつも、青や緑、黄色などの矩形や帯が入っていて、なお「抽象画の構図をつくる」という意識が残っているようです。しかし、97年の「WORK 9704/9705」では、バーネット・ニューマンの絵からジップを抜いたような赤一色のキャンバス二つからなる作品となり、ほとんど色だけからなる作品へと変わっていきます。
 さらに2000年の「From All Thoughts Everywhere -A-」にみられるように、青の濃淡だけからなる、正方形のキャンバス4点をつないで並べた作品をへて、同年の「HERE-NOW あるいは無碍光 -B-」に代表されるような、さまざまな色が茫漠と光る作風へと移行していきます。このあたりは、発表当時、筆者はリアルタイムで見ていますが、とにかく、見ることの法悦といいますか、涅槃の光、あるいは極楽浄土の色というのはこういうものなのかと思わせる、美しい作品群です。

 最後に「HERE-NOW あるいは難思光」のA、D、Fの3点(2011)が並んでいます。
 色は薄れて、白一色の光へと、作品世界は近接しています。
 これをもって作者自身が極楽浄土へ旅立ち、創作世界の円環を完結させた―というのは、後からいえることであって、やはり、この後の展開が作者の死によって絶たれたのは、残念でなりません。

 会場には次のような彼女の言葉もパネルに貼られていました。

・今度は、光に満ちた宇宙そのものを体験できるような絵画ができないかなと、今、とんでもなく欲張りなことを考えています

・要するに、光に満ちた世界をどうやったらつくり出せるのか、それを今、一生懸命研究している最中です

・ここで私が描こうとしてのは、光なのです。太陽光線のように物理的なものではなく、人間の精神、あるいは魂が放つ光を描くことを意図してきたのです

 実際に展示されている作品は、その言葉どおりのものになっているように感じました。


 最後に、彼女の言葉の中に出てくる「意識の変容」というタームが気になります。
 これは「1968年」前後、新しいロックミュージックやLSDといった時代の急展開の中で頻出した言葉だからです。
 杉山さんの教養には仏典があり、さらにはタルコフスキー監督「惑星ソラリス」が大好きだったという話も聞いています。
 彼女のバックボーンにどのようなものがあったのか。そのあたりの探究はまだこれからの作業だということができそうです。
 


2016年10月22日(土)~12月11日(日)午前9時~午後5時(入館は4時半まで)、火曜休み
小川原脩記念美術館(後志管内俱知安町北6東7)

一般500円(JAF会員は400円)、高校生300円、小中学生100円


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・JR倶知安駅から約2.3キロ、徒歩30分

・ニセコバス「倶知安役場前」から約1.1キロ、徒歩14分
・道南バス「喜茂別」「伊達駅前」行きで「白樺団地」降車、約400メートル、徒歩5分
※いずれもJR倶知安駅前から乗れます




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