まほろばの泉

亜細亜人、孫景文の交遊録にある酔譚、清談、独語、粋話など、人の吐息が感じられる無名でかつ有力な残像集です

小泉進次郎の育て方 2013. 11. あの頃は

2019-09-19 06:07:00 | Weblog

 

2013  11 の頃の彼の印象ですが・・・・

以前の稿に「小泉進次郎と新聞配達」のことを書いた。    
そして、彼が心底で笑い、悦べるのは、新聞配達でわが身に浸透体験させた、不特定多数の人々の貧しくとも安心する笑いを見たとき、彼は童心に戻って笑い悦べる、と書いた。今はそのように見える。

彼とて人の子、不特定の中には邪な欲望を抱くものや、他人のことなどお構いなしに行動するもの、あるいは一過性の狭い価値にのめり込み大勢を扇動する者もいることも知っている。また、一方に立って対抗し醜い言動を吐くものがいることを承知している。
だだ、俯瞰すれば大多数はこの国に棲む「国民」である。ましてや、あの国会。

その国会での環境とでも言おうか、いくら世襲でもあの陋習に慣れるまでは難儀するだろう。なかには狡くなり口先ばかりを巧みにするものも出てくる。とくに若者が議員特権の役得を手にすると、もともとがワリカン世代ゆえ横領紛いの蓄積や、チヤホヤされ暇もあるせいか合コンや不倫にうつつを抜かすものも出てくる。


ときに連帯の結びつきをなくし、調和することも忘れて衆を恃み、どのような方法でも大多数を形成すれば社会の将来を思うままにできるという特殊な群れの中で、いかに冒頭に記した悦びを確保できるか。かつ、深夜に走り回った横須賀の小径でみた働く人、小動物の生態に何を思い、長じて何を悟り覚えたのか、読者にも少なからずあるであろう独想回顧として同感していただきたい。そして、この稿をすすめたい。

彼の動きには下座観があるように見える。国民の声には、大きな声、かすかな声、あるいは吐息がある。悲痛な叫びや歓喜もあろう。その多くは形式的信頼に慣らされた依頼心でもあるが、逆に憤りや怨嗟もあろう。

筆者の師は「世の中の患いごとは総て己に帰す」と云った。
陛下は不特定の国民の安寧をおもい「祷り」を捧げている。
処世の哲人は「神は天にもなく、地にもなく、心の心宮にある」という。

彼は現実政治の中で欲望の交差点にいる。なかには立ちつくしている者や、強引に雑踏を整理する者もいる。信号はときおり狂ったように時間差で場面を変える。
よく、海外では我が身は自己責任ということで赤でも渡る。問題なければ法を破る。いや「超える」と考えるべきだろう。日本では一番近くにある面前権力は信号だという。
閑散として車も通らない夜の横須賀の大通りはどうだろうか。酔った米軍兵士は平然と渡るが、日本人はここぞとばかり青になるまで待っている。大忙しの新聞配達はどうだったろうか。

よく権力への信頼性を信号に見るという。しかし、権力は安全性と整理の有効性のためにいたる所に信号や標識を設置する。そのために渋滞したり、機動性を失うこともある。
つまり、権力の有効性と利用者の利便性が齟齬をきたす場面だが、これが大きな政策だとしたらどうだろうか。
良かれと思う政策でも、自由な躍動と能力の発揮がなくなれば、いくら予算を投下したり、猫の目のような時限対策をしても人間の心が動かなければ愚策の労でしかない。
とくに、前記した「かすかな声」や「吐息」には連動することはない。







ならば、その「声」や「息」は何を望んでいるのだろうか。
 個別でいえば税や政策だろうが、何パーセントだろうが、原発の「反」や「推進」の行程ではなく、いかに信頼する人間の言動なのかを見定めているようだ。たとえば平身低頭や哀願して運よく当選し、党派で総理を推戴しても、先の震災や原発問題になると種々の声や事業者、はたまた指揮下にある省庁官吏のご都合で対応すらままならない状態に陥る。
 そこに反対や賛成の大声が混じれば現場は混乱し、被災者はあてどもなく苦渋する。
だが、その状況にある「声」や「息」はどこかでそれを見通している。だが、往々にして多くの若手議員はパフォーマンスが巧みだ。まして、どんな映像や話題が欲しがったいるのか日々狡知を働かせているから始末が悪い。つまり、"お上手な坊や"になる。


権力にも土壇場権力と平時権力がある。アカデミックな政治学には人間学など一顧にもされないが、平時は信号ら頼る整理も、土壇場では信号無視もまかり通り、今まで信号に安住していた群れも、より安逸できる群れを探して右往左往するようになる。
政治でいえば、寄らば大樹の譬えで国民までが群行群止する。

要は、落ち着かせることである。
だいぶ以前、陛下はインタビューで「普段は目立たない存在で、何かの時に思い出す存在でありたい」との意味のお言葉を述べられた。
そして、このたびの震災でその通りの行動を具体的に表現された。
そして、「ささやかな声」と「吐息」に応えられた。

何度行ったか、何をしたか、などの浮俗評価ではない。国民はそのお姿の素となることを学ぶべきだろう。どのような学びをされたか、どのような覚悟をいだかれているのか、何を願い祷りを捧げているのか。
収斂すれば忠恕と大御心だが、国民の感動はいまどきの官制教科や説明責任などという軽薄な半知の理解では届くこともない。


筆者は、あえて具現されたお姿の所以を我が身に問いかけ、探究することへの促しのように思えるのだ。
新聞配達の同僚は言う。「小学校から数年やっていた。いくら親父から体験だからと言われてもあそこまでは頑張れない。何十歳も年下だが頭が下がる。なにか心に期すことがあったのだろう。ほかの子とは違うことができるという独立の喜びもあったに違いない」

いまどきは苦行ともいうべき配達は大きな発見があったろう。独立心の英気も養った。逆に世間からは変わり者と思われる評価を得た。しかも童の無邪気さが残る年代の大人社会への体験は、厳しさと優しさが裏表にあることも知っただろう。いまどきの「易しい雄の児」なく、真の「人」を「憂う」「優しい男子」の在り様も身についた。邪なものに辛辣になり、孤塁さえ恐れない精神と、頑固とも思われる矜持も養っただろう。
それは、親父の言に踏み絵を踏まされるようなことも、独立した意志で平然としていることにも観える。






筆者も同じころ親から離され祖父母と暮らした。悪い癖は親を客観的にみることだった。甘えるようなこともなかった。それは冷酷にも映ることだった。甘さを制したのは世間だった。救ったのは少ない友であり、異性の潤いだった。縁あって邂逅した師からは「無名で有力であれ」と説かれ、その縁師からは「一人でも少なしといえず、千人でも多しといえず」と陽明の要旨を学び、「他と異なることを恐れない意志を養いない」と、痛烈な訓導を享けた。

それは醇にして威ある元日本人がいる台湾に、惨禍の影響に苦渋する東北にも自ずと足が向いた。それは自身の浅学を憂い補う行程であり、まだ見えぬ真の自分を探す止まれぬ躍動でもあった。そして、縁あって棲み処にしたこの国はどうなるのだろうと。

彼に望むのは、現実政治に没頭して政策言辞を述べたり、切れの良い反論ではない。
また、世俗のガス抜きの期待や大物代議士への誘惑ではない。
「仕方がない」と現状追認して群れを乱す姿でもない。
それは、随所に一灯を献ずることの継続性であり、情緒の更新だ。
その潜在する国力の源である「声」と「吐息」はムーブメントとして、貴方の理想とする国家像のバックボーンになるはずだ。

忠恕心、大御心は陛下だけではなく、大御宝の倣うべき情緒なのだ。
 
※ 大御宝・・・陛下は国民をそのように称する

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