池さんで働くおばさんの日記

デイサービス「池さん」の大ちゃんママのブログです。

同じ時間を

2018-10-30 22:11:04 | デイサービス池さん

おかげさまで「ふぁぶ~る」の掲載以降(とはいってもこの1年、池さんものがたりの抜粋を目次のページにずっと掲載していたんですよ。今回は特集ということで表紙に掲載されて、気づいてもらえたようです。)いろんなことがあった。

見学の方も来られたし、問い合わせも頂いたし、じいちゃんの家族も喜んでくれた。「こういうところへじいちゃんがおると思ったら、子どもも安心するじゃろ。遠くの娘に送ってやろうと思う。」

そして改めて気づくことができる。(みかちゃんが池さん的日記にも書いてるけど)

表紙の写真に映ってるのは3人。そして平ちゃんと大ちゃん・まこちゃん・ワタクシ。ほのぼのとしたいい写真だけど、でも実はこの時間を作るために(この瞬間を作るために)写真には写っていないけれど、同じ時間を過ごした人たちがいた。

沢山の人と同じ空間で過ごすことができないみほこさんはあきなちゃんとドライブに出かけ、同じくまさおさんはさつきちゃんとお風呂場で時間を過ごし、ベットで過ごしていた人や、取材には興味あるけど外へは出られない人や、わけがわからない人や、いろんな人がいて、同じ時間を過ごしていて、その横には同じ時間を過ごすスタッフがいて、「大丈夫よ」という人がいて、それぞれの人へ想いをかけながら、その時の気持ちに寄り添っていて、その時に必要なケアを行いながら、心でカメラを見ながら・・・その中で写した写真。

ある意味、裏側なのかもしれないけれど、決して裏側ではない池さんの世界。

それぞれの時間は、それぞれ違っても、池さんという場で同じ時間を生きていることには違いないのだから。

すべての人が主役。

池さんの主役。

私たちスタッフも含めて、一人一人を大切に想いたいと思う。

愛おしいと思える時間を一緒に生きたいと思う。

 

10月も末日。あっという間の一か月。

笑っても嘆いても、10月も終わり。

悔いることなく新しい月を迎えたいものです。

成長するための試練は、いつも近くにあるのです。

困難だと逃げるか、試練だと覚悟するか、壁だとあきらめるか、自分次第。

 

やっと扇風機を片付けて、冬の支度を急ぎます。

ひざ掛けや靴下カバーを用意して、ホカホカ湯気の立つあったかいお汁を用意して、気持ちよいお風呂を沸かして、美味しいお茶とおやつを用意して、明日もじいさんやばあさんたちにこき使われるのを楽しみにしたいと思います。

 

 

 

 

 

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堂々と

2018-10-23 22:51:33 | デイサービス池さん

朝晩冷え込むようになりましたが、皆さま風邪大丈夫ですか?

用心してないと、気温差にやられかねない気がする今日この頃です。

天気や季節など関係ない、勝手気ままなじいさんやばあさんたちと毎日過ごしていると、自分が風邪を引いたのかどうかさえも分からなくなってしまって、一体全体どうなのかがわからなくなる気がするワタクシです。

ボケているのかもしれないと心配になりつつ、でもまだ大丈夫よねと余裕のあるふりをしても、結局のところヒヤヒヤしながら生きているワタクシは、もうそれだけで堂々と生きている年寄りたちに負けてるような気がしてなりません。

勝つか負けるか・・・という勝負を年寄りたちとしているわけではないけれど、心ならずも毎日のように繰り広げられる地味な戦いは、座席・食事・風呂・おやつ・トイレ・ドライブ・タオル干し・子どものお守り・・・と、あらゆる所で発生します。

たった今ドライブから帰っても「今日はどこっちゃ連れて行ってくれんが~!こんなんなら家におったほうがましじゃ!」とデカい声で文句を言われたりするのはいつものこと。

いろんなものを集めるのが大好きなじいさまは、お座りができるようになった赤ちゃんと本の奪い合いでヒートアップ。「離してね。駄目ですよ。」と口調は優しいけれど本気の勝負。

午前中ソファー席がいっぱいでテーブル席で我慢を続けたじいさまは、食事が終わると同時に転がるように席をとるためにソファーへと向かう。

食事前のトイレと食後のトイレは順番を考えて時間差をつけてるのに、早い者勝ちと思っているばあさんもいたり、そんな時に限って長いことトイレに籠る人もいて、とにもかくにも大騒動。

タオル干しをしていたら、「手伝おうか」というばあさまが3人もやってきて、全員がたこ足洗濯ハンガーの下に潜り込んでしまい、何が何だかわからん、一人が干せば一人は頭にタオルかぶった状態。一人が引っ張れば、一人は手が届かず右往左往のドタバタ状態。

それでも毎日、「あ~楽しかった」と言って帰ってゆく。

まったくもって何でこんなに堂々と生きてゆけるのか、不思議でたまらない。

ばあさんたちのあまりのわがままに耐え切れず腹を立ててみたものの、「もうボケました。」と調子のいい時だけボケたのなんのと理由をつける人たちに、「聞こえません。」と都合のいい時だけ聞こえない人たちに、スタッフ皆が完敗です。

なんとかかんとか毎日やってるけど、どうすればいいのか一生懸命に考えてるけど、てんてこまいで頑張ってるけど、必死で想いを寄せてるけど・・・

「年寄りたちは生きてます」

皆が目をキラキラさせてます。

「あ~生きてるな~」と感じます。

どんなにわからんようになっても平気です。

わからんことを忘れるし、わかることも忘れるし、聞いたこともしたこともほとんど覚えていないのに、ワタクシよりもずっと堂々としていて、本当にすごいです。

いやいや本当に頭が下がりっぱなしで、ほとんど床についてますがな。

どうか、これからもそのまま堂々とみなさまに生きてほしいと思うのですが、たまにはスタッフもいたわってやってほしいと思うのです。

ほどほどに、そこのところ、ほどほどで、よろしくお願いしますね。

 

今日は24節季の「霜降」

霜が降り始める頃。山々が紅葉に染まる頃。

桜の木も梅の木も葉を落としかけています。

もう晩秋。

部屋に差し込む日差しも長さを変えています。

暖かいお風呂や布団が恋しい季節になりました。

冬はもうすぐです。

 

 

 

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タイミング

2018-10-19 23:14:47 | デイサービス池さん

人生にはいろんなタイミングみたいなものがある。

例えば男女のことに例えたら、5年前にこの人に会っていたら絶対好きにならなかっただろう、とか、今だから好きになったみたいな・・・

今だからこう思うとか、今出会ったからこの道を進むとか・・・

私自身も、あの時に池さんをはじめてなかったら・・・きっと5年後だったら、たぶん起業もデイサービスとも縁がなかっただろうと思うことが幾度かあった。

物事の一番いいタイミングは、きっと一番良い道へと進むための一番いい時なのだと思ったりするわけ。

 

いろんなことが目白押しの昨今。

何故にこのタイミング?と思うことが多々あって、めげそうにもなるけれど、でも・・・

でも、わたしこのまちがすきです~みたいな・・・(おっとこれはちがうか)


「今、ここ、」

このタイミングが、きっと、なにかに繋がっていくような、そんな気がしてる。

そうして過ぎていった時、あ~あの時、こんなかったなあ~と思える時がきっとくる。

そうやって、ひとつずつ大事なタイミングを、今まで掴みとってきたのだから。

意識してなくても、ずっとそうだったと。


早すぎる時間の流れの中で、

見失いがちな出来事や気づかなかったかもしれない誰かの心の動きの中に、

ひょっとして大事なタイミングが隠れていたかもしれないと思ったりして、

喜んでみたり、悔やんでみたり、

いろんな感情に支配されつつ、

そのタイミングがもたらしてくれる大切なものを、

心の重しや支えにして、

ずっと忘れずに生きていけば、

それでいいのだと疲れた自分に言い聞かす。


お祭りが終わり、静かになった小さな町。

燃焼しつくした1週間。

いろんな変化を目の当たりにするたびに、

タイミングの意味を問い直す。

今更ながら。

 

 

 

 

 

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漫才か落語か

2018-10-15 22:08:24 | デイサービス池さん

今宵の「池さんの家」

山で生きてきた人の寝言が半端ない!

A:大将がまだ登りよるちゅうにお前は何しよんぞ~!
B:すんません
A:そんことが許されると思っとんか~!
B:そんでもの~
A:そんでもも、こんでももあるかい!くらわすぞ~!
B:そんでもの~
A:県から偉いはんがくるんぞ~
B:ほやけん頑張っとるんじゃがね
A:頑張っとるもなにもあるかい!挨拶の仕方を勉強せんかいうとんぞ!
B:挨拶は勉強しとるんじゃが。
A:ほんならどういうか言うてみい!
B:どう言うたらええかわからんが。
A:このくそばかが!ほやけんように聞いとけ言うたろうが!
B:ほうか。
A:本日は大勢の方にお集まり頂きまして~とか何とかいうて○○君が言うとりますが、○○君は非常に気が短いので、腹を立てたら頭ぶち割られるぞと言うとります。

ちなみに、AとBは声色も違うし、話し言葉も全く違う。

A君は気が荒くて言葉も荒くて、そして声がデカい。非常にうるさい。とにかくうるさい。

B君は声が小さくて、おっとり話す。

まるで本当に2人いるような調子。

漫才か!はたまた多重人格か!と突っ込みたくなる。

とまあ、かれこれ3時間続く漫才か落語寄席状態の池さんの家。

30分ほどの休憩をはさみ、まだまだ延々と2人で話をしている。

そしていきなり始まる祝詞。

A:はらいたまえ、きよめたまえ、かしこみ、かしこみ、申す~~~!
B:ほうですか
A:新しい溶接が無事にできますように~~~かしこみ、かしこみ~

続いて始まる般若心経。

はんにゃ~は~ら~み~た~

いつまで続くか、この嵐。

寝言を侮ることなかれ!!!

大声は部屋の空気を動かし続け、耳の聞こえない河渕じいちゃんも眠れず度々部屋から現れる。

そしていつもはでかい声でしゃべるのに、今夜は小声で訴える。

「河渕ですが、ここへおっても構わんのかいの~」

いつもは怒る私も優しく答える。

「かまわんよ。ごめんよ。うるさいね~」

聞こえているはずのない声が、空気を揺らす。

そのうち、またまた始まる「たまがはら」

かしこみ、かしこみ~~~。

それから続く落語の小話風寝言。

時折機嫌のよいAが出現し、「あ~そりゃそうですわ!ガハハ」と大声で笑っている。

Bももちろん一緒に笑う。

隣の部屋ではうまく呼吸ができず、息が止まりそうな人もいる。

私は手をにぎり胸をさすりながら、無駄にデカい声の落語を聞いている。

仕方がないので、私も笑うことにする。

このうるさい中でもスヤスヤ眠る人もいる。

昼間と同じ雑多だけれど、昼間とは全く違う不思議な空間。

 

月は上弦。

リンちゃんを送った後、池さんの家を変化させる決心をした。

どうしても必要な緊急のお泊り優先にと思ってきたが、今夜のように偶然にもいろんな人が重なって、しかもバラバラでどうしようもない夜ももちろんあるのだと自分に言い聞かせてみる。

ということなど考えていると、いろんなところからドアが開いて、いろんな人が顔を出す。

みなさん、いま、よるです!

ま、朝まで時間はたっぷりとあるので、今夜は寝るのは諦めて、イライラするので書類仕事も諦めて、しっかり想いを巡らせてみることにしよう。

ということを想っていると、再び始まる般若心経。

そして続く落語の世界。

疾患なのか、ボケなのか、はたまた性格なのか・・・

 

山、最強です。

 

 

 

 

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日々の暮らし

2018-10-10 23:56:51 | デイサービス池さん

池さんを作ってもう13年になる。

繰り返される毎日の小さな営みの中に、喜びや悲しみや葛藤など、計り知れないドラマが生まれ続けている。

一つ一つのドラマに大きな思い出が存在する。

その経緯やその時の感情までもが鮮やかに心によみがえる。

そのどれもが、今の私自身にとって、大切でかけがえのないものばかり。

日々の暮らしの中で、ともすれば忘れそうになったりどこかに置き忘れてしまいそうになる出来事も多いけれど、ここで暮らした中で生まれたエピソードは、どんな小さなことも心の奥深くにちゃんと刻まれたものばかり。

時折、何かの拍子に心の中の深い所にしまった感情や思い出が、ふと心の表面付近に現れ、心を乱されたり、反対に心を落ち着けたりしてくれる。

なぜか、見送った人たちのことを思い出してしまう。

みよちゃんの右手、じいちゃんの身体、ヒイちゃんの寝姿、ゆみこさんの傷、フミちゃんのふくふくとした手、まあちゃんの甲高い声、リンちゃんの寝言、キミ子さんの叫び声、タツエさんの指、さよさんの鯛、としこさんの赤い服、ヨッシーの笑い声・・・

懐かしくて暖かくて、どうしようもない。

命を使い切って迎える死は、どれも感謝と平穏をもたらしてくれた。

みちおさんを探したこと、湯波のじいちゃんがベットに繋がれていたこと、伊藤さんが空虚な目をしていたこと・・・

悲しくて切ない事実。

いろんな人を見送り、暖かい死があることを感じた。

同時に人の力ではどうにもならない事実があることも知った。

老いた人たちと生きるということは、そういう全てを含め、「共にいる」ということだと思った。

 

知り合いの葬儀が行われ、出席する。

13年よりももっとずっと以前からの知り合い。

いつも笑顔で握手を求めてくれた人。

池さんで看取った人たちとは違う別れに、心のどこかにやりきれない思いがこみ上げてくる。

年を重ねた結果、自然に老い、自然に自らを受け入れ、そして死を迎える人とは異なり、予期せずある日突然に訪れる死は、周囲の人たちを困惑させ、大きな喪失感に包まれ、心が痛みを訴える。

急に終えなければならない命は多くの心残りや気がかりを残し、残される人もまた諦める時間もないままに生き続けなければならないだろう。

どうにもならないけれども、これが事実。

 

どうにもならない事実は、常に目の前に立ちはだかり、心の深い所を抉るように襲い掛かってくる。

頭ではわかっていても、心の中で消化するには時間が必要になる。

日々の営みは暖かくて穏やかな出来事だけでなく、涙をふり絞るような、そんな出来事も抱えつつ、小さなエピソードを綴ってくれる。

生きてゆくということは、そういうことなのかもしれない。

心の揺れを感じつつも、

日々の暮らしを生きてゆきたいと思う夜。

 

 

 

 

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気温

2018-10-06 22:31:44 | デイサービス池さん

台風25号は日本から少し外れたため、なんとか被害が多くでることなく通り過ぎてくれてヤレヤレです。

隣国は大きな被害が出た模様で、今はどの国も危険なりですね。

孫の通う小学校は、やっと明日が運動会。今回も台風で延期かと気をもんでいたので、お天気になった空を見上げてホッとしていますが、何しろ突風は吹きまくっていますので、明日までに収まってくれることを祈りたい気分の夜を過ごしております。

寒いかと思えば暑くて汗かくし(今日は33度まで気温が上がりエアコンつけましたがな)、雨だと思って洗濯物持ってコインランドリーへ走っているとお日様ギラギラしてきたり、半袖なのかヒートテックなのか、扇風機なのかこたつなのか、毛布なのか夏布団なのか、イヌかネコか・・・これは違うか・・・まあ、とにもかくにも、何もかもわけのわからない今日この頃です。

金木犀の香りがどこからか漂ってきます。

そしてもうすぐ始まるお祭りの太鼓の音。

時の移り変わりを、気温や天気だけでなく、季節の行事や音や匂いで感じることができることは本当に幸せなことだと思います。

太鼓の音に秋を感じるのが西条の人。

私は岡山生まれだけど、もうかれこれ40年もここで暮らしていたら、すっかり西条の人になってしまいました。

なので、太鼓の音に秋を感じる一人です。

じいさんもばあさんも、皆が楽しみにしている地方祭はもうすぐです。

 

 

 

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またまた台風

2018-10-01 22:20:14 | デイサービス池さん

でっかい台風24号が再び日本列島を通り抜けた朝。

皆様の所は被害はなかったでしょうか?

大頭では近くの川は濁流が溢れかえり、道路は冠水し、夕方には避難勧告が発令される状況に。

で、大雨の中、早速「大頭の池さん」から「池さん」に避難開始!

何事もなく無事に朝を迎えることができ、本当に良かったです。

が、近くのお友達の会社も浸水し、デイに来てくれているばあちゃんの所のハウスも浸水して機械が動かなくなって困っていたり、田んぼが冠水してしまったり、じゅりちゃんちのキュウリも風で倒れたし、いろんな被害を見るたびに、自然災害の恐ろしさを改めて思います。

世界中を襲い続ける災害は、まさに世紀末なのかもしれないと思う次第。

しばらくぶりにお泊りの夜を過ごす大頭の家は、寒いくらいの気持ちの良い秋の風が吹いています。

少し前まで虫の声が賑やかでしたが、今夜は秋の虫たちも静かです。

うるさいほど鳴いていた池さんの30匹のスズムシたちも、子孫を残し、全てが命を終えました。

扇風機と毛布・・・みたいな、季節の変わり目がなくなったように思う昨今ですが、それでも確かに季節は変わり、命が移りゆく時間をそれぞれが送っているのだと改めて思います。

羽音を聞かせてくれていたスズムシのオスたちは、子孫を残すために生き、交尾が終わると急激に老化し命を終えます。

羽音が綺麗だった頃から見ると一回りも二回りも小さくなって、羽根もボロボロになって、あっというまに産卵間近のメスたちに食べられてしまいます。

お腹がパンパンに膨らんで、必死にナスを食べていたメスたちも、産卵を終えるといつの間にか小さくなって、命を終えてしまいます。

小さな生き物の命の営みは、粛々と時に残酷で、時に優しく、いつも心に響きます。

どの命も、ずっとずっと昔から延々と引き継がれてきた大切なものであることを改めて感じます。

 

スズムシの数が、これからどれだけ増えようと(1匹のメスは150から200個の卵を産むらしい)・・・絶対に見殺しにはできない・・・大切な命なのだから・・・こわや~こわや~、スズムシの卵がどれだけ孵化するのかと考えただけで、こわや~こわや~・・・池さんの中、スズムシだらけってか・・・こわや~こわや~・・・

ま、とりあえず、土が乾かないように、気を付けてやってみることにします。


もう10月。

今月はお祭りの月。

お祭りの太鼓の音に心を揺さぶられる一月が始まります。

 

 

 

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