池さんで働くおばさんの日記

デイサービス池さんを通して、夢の持てる地域づくりに情熱を傾けているおばさんのブログです。

責任の所在

2017-06-27 23:48:51 | デイサービス池さん

梅雨らしい天候になってきました。
雨が静かに降る夜です。

ツバメたちは完全に巣立ちをしたわけではないようで家の近くを飛び回っていますが、夜しか巣へ帰らないらしく、昼間は近所を飛び回っているツバメのうちどれが池さん育ちのツバメかよくわかりません。

でももうすぐ紛れもなくここで生まれたツバメたちが、旅立ってゆくのだと思うと感慨ひとしおです。

池さんを選んでくれて、池さんで生まれてくれて、そして大陸を渡る壮大な旅を経験して、いつかまたここへ帰ってくれることを心から願いたい気持ちでいっぱいです。

どうか無事に「旅立つ時」を迎えることができますように。

 

そして私たちも「気を充実させる時」が目前に迫っています。

7月。いろんなことを考えていく時。

少しだけ目の前の霧が晴れたような気がして引いた昨日のカード。

「Ready Set Go!]

なんと、やっと瞑想の時が過ぎ去った・・・感じ。

停滞していた6月を終え、1か月ぶりに前へ進めそうです。

 

それでもあれこれ考え続けていた間に、いろんな出来事がありました。腹立たしいことや理解できないことが多くて、最近の世の中の出来事や事実についてちょっと考えてみたいと思います。

まず最初に「責任」について。

1人の老人がいる。
混乱が激しく、荒々しくて暴れてどうにもならない(と言われた)老人。

いろんな施設にデイやショートや入所を申し込んだ。

でも暴言や暴力や徘徊や混乱を理由に、どこも断られてしまう。

それでもなんとか施設を探し入所でき、家族の肩の荷は降りたように思っていた矢先、突然退所の話。

「介護困難につき、これ以上ここではお預かりできません」

家族は困り果てる。

 

介護保険制度とは一体なんだろう。

国策としての介護保険はどこへ向かうのかという疑問をずっと抱えてきたけれど、こうして本当の意味で介護が必要な老人たちは、「介護困難」というレッテルを貼られ、介護の現場から追い出される。

介護しやすい人を集めて介護し、ケアに労力のいる老人を平気で断る介護の現場。

こうしてあちこちの介護施設を渡り歩くしかない不幸な老人は、山のようにいる。

老人は安定した質の良い介護を受けることもできず、家族は施設から断られるたびに途方に暮れる。

施設が選ぶのは、介護度ではない。

その施設の介護に当てはめることができるかどうかが、受け入れるかどうかの基準になるのだろう。

大人数のデイでは対応ができないからと断られる場合が多いが、国が推し進める大きな規模のデイで対応ができないのだとしたら、そもそもその施策自体に欠陥が生じているとしか思えない。

小さな規模のデイなどは地域密着型と謳われてはいるが、こうした困難な状況を抱える老人は遠く離れていても預かってくれる施設を探してくるわけだから、送迎の距離は遠くなり地域に密着も何もあったものではない。

それでも流れる汗を拭きながら一生懸命送迎し、ケアを考えている職員を見ると、困難な事例を安易に切り捨てる介護の現場に憤りを覚える。

老人は商品ではない。

ケアはサービスではないはず。いえいえ、文書には「居宅サービス」という文字。

介護保険が介護サービス制度だというのなら、ならばそのサービスに対する「責任」はどこにあるのだろう。

サービスだと言うのなら責任を持ってほしい。お客に対して「あなたは困難な人ですからうちでは無理です」などと言わず、お客が納得できるように考えてほしい。

国策に関係なく、こうした介護困難と言われている老人の笑顔を根拠に、エネルギーを整えて頑張っていきたいものだと改めて思う。
最期まで責任を全うし、見捨てることや諦めることなく、考え続けていきたいものだと思っている。

 

 

 

 

 

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ツバメ考

2017-06-24 23:40:51 | デイサービス池さん

今週水曜日が24節気の夏至。

日照時間が一番長い日。

太陽の強いエネルギーが満ち溢れる気がする日。

池さんもいろいろと変化の時を迎えています。

私自身は、はっきりとした将来像が描けずにまだまだ悩み多い日々ですが、こういう時こそ足元をきちんと見て過ごしてゆきたいと思っています。どうすればよいのか、どこへ向かうのがよいのか、悩んだ時に引くカードは、今まで見たこともなかったカードが出てきます。

「ゆっくりリラックスした時間を過ごせ」

しかも毎日カードを引くのだけれど、なぜかいつも同じカード。このカードしか出ないのが本当に不思議です。

人生の中には、考えても考えてもどうにも答えが見つからない時が、確かにあると思いつつ・・・いつかきっと良い方向へ導かれていくに違いないと思って過ごす今日この頃、どうやら今の私にとっては、夏至の太陽の光は少々強すぎる気がします。

 

というわけで月日の経つのは本当に早くて、池さんの玄関に巣を作ったツバメたちは、無事に巣立ちの時を迎えています。

6羽の雛のうち、5羽は夏至の日に巣から飛び立ちました。

近くの電線まで飛んですぐまた巣へと戻るということを繰り返していましたが、どうやら無事に餌を捕れるようになったようで、昼間は結構遠出するようになりました。

一番小さかった雛も一羽だけ巣の中に残っていましたが、兄弟たちに2日遅れて飛べるようになりました。でもまだ餌を捕ることはできないようで、親ツバメは電線に停まっている雛に、今までと同じようにせっせと餌を運んでいます。

夜になると身体が一回り大きくなった6羽の子どもたちは巣に帰り、ぎゅうぎゅうのおしくら饅頭状態で眠っています。

完全に巣立つ時ももうすぐでしょう。

 

今年初めて池さんに来てくれて、皆に楽しみな時間を与えてくれたツバメの親子。

考えてみると池さんができて12年め、この家ができて30年めに初めて育ったツバメの雛です。

ツバメが巣を作る家は安全な家で繁栄するといわれていますが、でもそれだけではないような・・・やっとツバメが池さんを認めてくれて、しかもツバメたちは池さんへの何かのメッセージを送ってくれているのかもしれない・・・と思っていた昨日。

朝一番で大頭から送られてきた写メを見てびっくり。

井上夫婦の遺影の額の上に、ペアのツバメが10分近くじっと動かず写真の上にとまっていたらしいのです。

その写メを見たときに、やっぱりツバメたちはきっと何かのメッセージを送ってくれているに違いないと確信したのだけれど・・・果たしてそれが何のメッセージなのか、残念なことに今の私にはまだわかりません。

何しろこういうスピリチュアルな感覚を大切にしている池さんなものですから、きっと近い将来ツバメたちからのメッセージは、あ~このことだったのかと府に落ちる感覚を持つことができるのではないかと、私は根拠のない希望を感じています。

 

小さなツバメの親子の暮らしは、厳しい自然の中で生きるものたちの本能と知恵に包まれた命の営みそのものでした。

しっかり五感を働かせて必死に生きてみろと言われているようで、今一度自分自身の内面に向かって自分の心に真摯に問いかけてみたいと思う、愛しい小さきものとの時間でした。

 

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本店から

2017-06-20 23:42:21 | デイサービス池さん

雨の降らない梅雨・・・と思っていたら、久しぶりに雨が降り始めました。

これで梅雨らしくなるのでしょうか。

田植えの最中の農家にとっても、水不足だった各地にとっても、恵みの雨となってほしいものです。

 

さて、ツバメ一家の近況報告です。

池さんの玄関先の住人、6羽のツバメたちはすっかり大きく成長しました。

ふわふわの産毛がかわいらしかったけど、今では真っ黒い毛が生えそろい、黄色かったくちばしも白く変わってきています。

羽根も長く伸びて巣が狭くなりました。

6羽のひなのうち、5羽が大きく成長し巣のふちに身を乗り出して時に落ちそうになっています。

今日は初めて羽ばたく練習を始めました。

ちょっとだけ巣から離れ、そしてまた急いで巣に帰っていく様子に可愛さは倍増しています。

いつも端っこでおしくらまんじゅう状態の兄弟たちにつぶされそうになっている一番小さい6羽目のひなは、まだ少し黄色いくちばしをしています。

それでも親鳥が帰ってくると一生懸命ぴよぴよと口を開けてアピールしていますが、大きな兄弟たちに先を越され、やっぱり今日もなかなか餌にありつけないようで気になります。

6羽のひなは、もうすぐ巣立ちの時を迎えます。

その日まで、ばあちゃんたちと一緒に見守りたいと思っています。

 

さて先月の「ど~でや」でお伝えしました本店の今後について、ご心配をしてくださっている方もおられるので、少しお伝えしたいと思います。

池さん本店がオープンして1年半が経ちました。

ここは皆が集まる場所「つどい場」として位置づけています。

近所の人が遊びに来たり、おしゃべりに来たり、デイに来る人がお茶を飲みに来たり、子どもたちが学校帰りに寄ったりという曖昧な空間にしたいな。そして介護のことや子育てのことや、暮らしの相談やいろんなことを話すことができる場にできたらいいなと。

その次は暮らしを支えるために、必要な人にお弁当を届けたいなと。家族が忙しかったり遠方だったりするお年寄りに(ただの宅配弁当ではなく)ちょっとおしゃべりしてお弁当を手渡したいなと。

それから近所の人や知り合いに、安全な食材を使った安心して食べれる池さんの美味しいご飯をお弁当やオードブルにして届けたいなと。手作りで安心して食べれる昔ながらのご飯を提供したいなと。

そうして1年半。

本当にたくさんの方にご利用頂いていましたが、本来の地域のつどい場としての機能をもう一度考えてみたいというわけで7月から昼のお弁当など一部をお休みすることを決心しました。

初心に帰ろうかなと。

というわけで、移行期間の間いろいろとご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。

なお暮らしの相談や介護や子育て相談や各種イベント、会合、宴会などは今まで以上に充実させる予定です。

池さん本店という場所でこれからもいろんな人が繋がっていけたら、いろんな人が家のリビングの代わりに本店をつかってくれたら、いろんな集まりに使ってくれたらうれしいなと思います。

そんなわけでご心配頂いた皆様、どうもすみません。

これからもよろしく。またおしゃべりしに来てください。お待ちしています。

 

 

 

 

 

 

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ホタルとツバメ

2017-06-13 23:00:04 | デイサービス池さん

皆様ご無沙汰いたしました。

本日ワタクシ、10日ぶりの大頭のお泊りです。

麦にやられて鼻水とくしゃみが出ていたと思ったら、どうやらそれだけではなかったようでして、いろんな出来事でちょっと気弱になっていたワタクシ。

心の弱みに付け込まれたようで、何年ぶりかと思うくらいの風邪をひいてしまいました。

どんな時も元気者だと自分で思っておりましたが、寄る年波には勝てそうもないということを自覚いたしましたので、今後自らの年齢など考慮しながらぼちぼちとやっていきたいと思っております。

というわけでまだ本調子ではありませんが、久しぶりの大頭の夜を楽しみたいと思っています。

 

敷地の隣の水路には今年もホタルが生まれました。

水量も少なくて、どうやって育ったのかわからないような状況でも、それでも毎年の初夏の夜の楽しみを今年も味わうことができました。

例年より少なく感じますが、今夜もきれいに光っています。

もっと環境を整えてあげたいところですが、小さな虫なのに逞しいものです。

 

そして池さんの玄関には、初めてツバメが巣を作りました。

あの家ができて30年。

一度も巣を作ったことのないツバメが今年は2か所も同時に巣を作り始め、結局1組のペアが巣を完成させ卵を産みました。

今6羽のひながかわいい顔を見せています。

人の出入りも多く、車の出入りも多く、おまけに我が家には猫もいるし、カラスもスズメもいっぱいいる最悪の環境にも関わらず親ツバメはなぜか池さんを選んでくれました。

毎日毎日ばあちゃんたちと「顔が見えた」と楽しみな時間を過ごしています。

6羽のひなたちは親鳥が餌を運んでくると、巣の中から一斉に首を伸ばして餌をねだります。

巣の中から黒い頭とふわふわの毛が見え隠れします。

そのかわいいこと。

誰も教えないのにちゃんと餌を運ぶ親、そして誰にも教わらないのにちゃんとふんをし、エサをねだるひなたち。

巡る季節と共に、育ちゆく自然の中の生き物たちは、謙虚で本当に逞しくて命の輝きそのものです。

 

ひるがえって人間の世界を思う時、なんと傲慢でわがままなことか。

自然の命の営みをもっともっと謙虚に感じていたいと思うのですが。

ホタルやツバメや花や鳥や雲や季節に、四季の移り変わりに心を躍らせることができる豊かな心を、ずっと忘れずに持っていたいと思います。

昔は当たり前だったこんな光景が、今でも身近にあるという恵まれた環境の中で暮らせる幸せに、心から感謝したいと思います。

 

ふわふわの毛がまるで漫画のように巣の淵から見えるひなたちも、もう少しすると黒くてきれいなツバメに成長するのでしょう。

6羽のひなが、どうか無事に過ごせますように。

 

というわけで池さんにお越しの方は、

頭上を確認しながら、フンに気をつけて玄関をお通りくださいませね

なお落下してくるフンには現在段ボールで対応しておりますので、足元にもご注意いただきますようお願いしますね

皆、上を見ながら玄関を通過するものですから「転倒注意報発令中」です

くれぐれもお気をつけてお越しください。

 

 

 

 

 

 

 

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最期を看る

2017-05-29 23:17:17 | デイサービス池さん

そしてまた、大切な人の最期を自宅で看ると決めた家族がいる。

不安に違いない。

心配に違いない。

けれども大切な人を前にして、「救急車で運ばれたり、管に繋がれて最期を迎えてほしくない。この人らしく尊厳をもって旅立ってほしい。」と決心した家族がいる。

主治医はいつものブラックジャック。

なので先生のホットラインを告げられたと聞いて、残りの命の短さを知ることとなった。

ご飯を食べなくなった。

「お風呂に入れることができなくて髪も汚れてきた、奇麗好きの人だったからお風呂に入れてほしい」と言われ、お迎えに。

入浴し身体が温まったら、ご飯を食べた。

プリンも高カロリー食品も、デザートも。

スタッフは時間をかけて、食事を続ける。

夕方その人は言った。「お世話になります」

声も出る。

笑顔も。

送りの時、朝の表情とは全く違う状態に家族が驚いた。

「髪もサラサラで、元気そうになった」

それから2日間、今までと同じようにご飯を食べたそうだ。

今までと同じようにお通じもあって、よく眠ったらしい。

本日も明るい表情で帰宅した。

そして「お世話になりました」と丁寧にご挨拶して下さった。

 

もうだめかと思った時から比べて、決して回復しているわけではないけれど、それでも少しでも食べてくれて笑顔を見せてくれたら、きっと家族の心は軽くなるに違いない。

このまま元気になるはずなどないとわかっていても、それでも一緒に過ごす時間に希望が持てたとしたら、きっとそれでいいのだと思う。

死へと向かう時間は、決してまっしぐらに絶望に向かうものではないということを数多く体験してきた。

体調や食事量の変化に一喜一憂し、もうちょっと、ちょっとでも、もう少し、もう少し・・・と思いながら、緩やかに歩んでゆく坂道のようなもの。

少しづつ諦めながら、少しづつ覚悟をしながら、ゆっくりと時を重ねていった先に別れが訪れるからこそ、人は最期まで投げ出さずに看てゆけるのかもしれないと思う。

覚悟を決めた家族がきちんと看取ることができるよう、悔いのない最期を悔いなく過ごせるように、できる限り支えていきたい。

その人を支えるということは、家族を支えていくこと。

家族が不安になることなく迷うことなく、しっかりと介護ができるように支えてゆきたいと。

介護をするのは、その人の家族。

その人を心から愛し、愛おしむ人たち。

その人たちの力になることが、私たちの役目。

介護保険をつかったサービスなどではない、人と人の信頼関係とお互いの強い想いがそこには存在していると思っている。

どうか、少しでも食べることを続けてほしいと願う。

まだ、生きることを諦めないでほしいと思う。

帰り際、細い指を差し出してくれたその人は、きっと今晩も優しい家族が作った食事を食べていることだろう。

「ありがとう」「美味しかったよ」とお礼の言葉を伝えながら。

お互いを思いやることができる優しい家族にとって、別れまでの時間が満ち足りた暖かい時間であるように、

心から祈りたいと思う三日月の美しい夜です。

麦の刈り入れも終盤。

目のかゆみと鼻水に苦しみながら、また新しい一週間が始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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