池さんで働くおばさんの日記

デイサービス池さんを通して、夢の持てる地域づくりに情熱を傾けているおばさんのブログです。

呼吸を合わせる

2017-04-25 22:52:29 | デイサービス池さん

年寄りと自分との呼吸。

けっして独りよがりではならない。

タイミングを見ながら、同じ呼吸で動く。

年寄りが動く呼吸に合わせてみると、たぶん自然に動くことができるだろう。

立つ時、座る時、食べる時、しゃべる時・・・

相手を見ながら、相手を感じながら、呼吸を合わせる。

介助の場面で自然に思える動作は、同じ呼吸をしている時。

同じ呼吸をしていない時の介助は、無理やり「されている」感じ。

立たされる・座らされる・食べさせられる・・・

介護されてますよ~という介護は、池さんではNOね。

あくまで自然に、その人の力を使って、その人が動くように。

呼吸を合わせてやってみてね。

 

 

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新緑と麦

2017-04-21 23:09:53 | デイサービス池さん

ワタクシ、杉の花粉はまったく問題ないのですが、麦はいかんです!

今の季節、山が近いこの地域は新緑が本当に綺麗なのですが、麦がいかんです!

ここらあたりではほとんどの農家で、お米の裏作で麦を作っているので、麦がいかんです!

麦が伸びて、花が咲き実をつけはじめると、麦の穂からぴんぴんと伸びた針のような(なんて呼ぶのかわからないけど)あれが、なんだか身体にチクチク突き刺さる感覚に襲われてしまって、目や鼻や顔のあたりがムズムズしてしまうんです。

いえいえ、決して気のせいというわけではなく目が痛くてたまらないことやくしゃみや鼻水は、きっとたぶん麦のアレルギーなのだとおもうわけで。

麦・麦・麦・・・

と考えているうちに、なんだかビールが飲みたくなったりした訳のわからない今宵。

 

最近、曜日の感覚と日にちの感覚が少々鈍くなっていて・・・そんなことってありませんか?

水曜日のあたりで、頭の中はもう金曜・・・見たいな感覚。明日が土曜でとかなんとか考えていいたら、まだ火曜日だったあ~見たいな感じ。

あ~またまた、どうでもいい話ばかりで、まことにすみません。

 

あたふたしているうちに早や4月も半ばを過ぎていてやっぱりドタバタと過ごしている毎日でありますが・・・最近の様子を少しだけ。

池さんは新しいメンバーが結構増えてます。

足腰の丈夫な(と本人は思っている)人たちが増え、自由気ままにどこへでも動くので危なくてしょうがないとブツブツ言いながら、皆の後についてドタバタとやっとります。

ずっと以前に利用してくれていた方が、もうすぐ帰ってきます。時間の移り変わりを実感しながら、これからの時間を大切にしてゆきたいと思っています。

目に見えるものだけに振り回されてしまいがちだけれど、本当に大切なものは目には見えないものなのだよ(by 星の王子様)と改めて感じる出来事があったり。

それでも食欲の落ちて元気のなかったリンちゃんが、今夜久しぶりに歌を歌っているのが聞こえてきて、いつもなら「うるさ~い」と思うのに、今日はなぜだか嬉しくなってしまうワタクシです。

何日ぶりでしょう。こうして夜中に大声を張り上げて、やたらめったらキレの良い声で「あの故郷へかえろかな~~~」とかなんとか歌ったのを聞いて、嬉しくなったのは。

手押し車をドアにドンドンぶつけるのを聞いて、嬉しくなったのは。

歩いて部屋から出てくるリンちゃんを見て、嬉しくなったのは。

いろんな状況を生きながら、いろんな感情を抱えながら、今日もお泊まりの夜がはじまります。

新緑の美しい季節です。

池さんの家の庭も、桜が終わりモッコウバラが咲き始めました。

季節の移り変わりと共に、私たちの生きる時間も、見えないけれど確かに過ぎているのだと思う夜です。

 

 

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人を想う(ある夫婦の話)

2017-04-17 23:37:40 | デイサービス池さん

一時期、池さんを利用していた夫婦。

老夫婦単独世帯。奥さんが認知症。

お子さんたちは、市内に住む長女、松山に住む次女、広島に住む長男の3人。

最初認知症状の進んだ奥さんだけが、デイを利用していた。

旦那さんは高齢ではあったものの、まだ元気で自転車に乗って近くの畑へ出かけることもできた。

日常の生活全般を旦那さんが主となって担い、2人は暮らしていた。

3人の子どもさんたちはとても優しい方たちで、2人を心配して交代で介護に通っていたけれど、それでも毎日のこととなるといろんな問題が生じ、長い時間の間に、2人だけで暮らすにはいろいろ不都合が出てくるようになった。

耳の遠い奥さんがテレビを見る時、大音量で聞くため、旦那さんは疲れ果てた。

奥さんは時々、思いつくままに外出して、旦那さんを心配させた。

夜中に入浴するのを心配して、旦那さんは奥さんがお風呂から出るまで見守らなければならなかった。

入浴はしているものの、朝にはパンツが汚れている奥さんを、旦那さんはどうすることもできなかった。

ヘルパー利用だけでは大変になり、デイの利用が始まったが、奥さんは、ヘルパーさんにも更衣をさせなかったので、デイに来て朝一番で入浴を行い着替えを行うようにした。

晩ご飯に困るので、奥さんがデイに来る時、旦那さん用の夕食のお弁当を持って帰るようにした。

奥さんの状態に合わせて、デイの回数は増えていった。

そうしてしばらくの間、2人は家での暮らしを今までと同じように続けることができていたが、旦那さんが体調を壊した頃から、少しづつ生活は変わり始めた。

旦那さんが病気だろうとなんだろうと、奥さんにはそのことが理解できない。

ずっと元気だった旦那さんは、98歳になった頃から急に足腰が弱り歩くのが大変になり始めたけれど、もちろん奥さんにはわからない。

いつもと同じように奥さんは暮らしていた。

「じいちゃんは2階で寝とる。」という記憶と共に、奥さんは暮らす。

旦那さんは急に血圧が低下することが増え、特に便秘症のため常用していた薬の管理ができなくなり排泄面の問題が生じてきたが、どんなに苦しんでいたとしても奥さんにはその状況を認識することは困難だった。

ある夜、旦那さんは足が立たなくなり廊下に座り込んだままで、翌日ヘルパーさんに発見された。

怪我や疾患によるものというより、加齢による血圧の変動と筋力低下という診断だったが、それ以来歩行時の痛みを訴えるようになり、今までと同じ日常生活に支障を生じるようになってしまう。

奥さんがショートに行くようになり、旦那さんの負担は減ったものの自身の体調も悪く、食事や衛生面、排泄の手伝いなど遠方の家族には困難な問題もあり、緊急で私たちは旦那さんを大頭で預かることにした。

奥さんは何ヵ所かのショートをつないで暮らす。

夫婦は、バラバラに暮らすことになった。

 

現在、旦那さんは見違えるように元気を取り戻している。

奥さんと離れて暮らすことで、98歳という年齢に見合う自分本来のペースで日常を過ごすことができるようになった。

加齢による足腰の痛みへの対応と、下剤の管理を行い週1回の排便のコントロールがきちんとできたことで食欲も増し、体力も回復し、睡眠も十分にとれ98歳とは思えないくらい自由に暮らしている。

もちろん年相応の混乱やボケはあるものの、それは当たり前のことだから気にしてはいない。

ショートをつなぎながら暮らしていた奥さんは、新しくできたグループホームに入居できることになった。

奥さんは、旦那さんのことは気にしてはいない。きっと今でも記憶の中では、じいちゃんは2階で寝ていることになっているのかもしれないと思う。

旦那さんは、2週間に一回くらい奥さんのことを話題にする。「ばあちゃんは、公民館に行っとるんか?」と。

でも、「元気にしとるよ。」と娘さんが伝えると、それで安心する。

2人は別々の場所で暮らしているけれど、決して会えないわけでもなく、かといって会うわけでもなく、毎日を生きている。

夫が2階で暮らしているという記憶の中で生きる奥さんと、奥さんは元気だと言う言葉で安心する旦那さん。

 

「人を想う」

ということは、一緒に過ごすことだけではないと思う夫婦のあり方。

みよちゃん夫婦のように、ずっといつも一緒にいることを望む夫婦もあるだろう。

じいちゃんの顔が見えないと淋しくてたまらないといったみよちゃんのように、何も分からなくなってもみよちゃんのことはちゃんと認識できたじいちゃんのように、つれあいを想い続ける夫婦も一つの形。

今私たちが関わっている夫婦は、みよちゃんたちとは違う形の夫婦。

お互いに必要な支援が異なる。

夫婦だから一緒に生活することが幸せに違いないという安易な思いこみや、安っぽい正義感で考えてしまうと、きっといつかどこかに無理がくる。

今の状態なら、2人にとってどうすることが最もよいのかを考えていくことが私たちの役目。

 

人を想う

夫婦を想う

 

夫婦を想うためには、夫婦を知ることが必要になる。

人を想うためには、人を知らなければならない。

 

人を知らずして人を想えるとしたら、それはただ単なる自分勝手な思い込みでしかない。

きっとこうだろう、こうに違いないという自分サイドからの視点でしかない。

 

人を想うということは、自分自身の想いや経験や価値観とは別に、自分とは別の人間やその生活を知り、そこへどれだけ敬意を払えるか、どれだけそこへ想いを馳せることができるのかということではないかと思っている。

ある夫婦の場合、私たちにできることは何か。

夫婦という単位ではなく、2人にとって、最善の方向への道を考えてゆくことではないかと思う。

たとえその結果2人が別々の場所で生きることになったとしても、私はそれでよかったと思っている。

お互いが、それぞれの場所でそれぞれの時間を安心して生きることができる、それを望む子どもさんたちがいる、今はそれがベターな方法。

今後どう変わってゆくかはわからないけれど、その時々を折り合いをつけながら、よりベターな方向へ考えてゆけたらと、いつもいつも考えている。

ある夫婦の話。

決して特別ではない夫婦の話。

 

 

 

 

 

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人を想う(ある人の話)

2017-04-12 22:16:11 | デイサービス池さん

おばあさんではない。

わずか59歳。

若年性アルツハイマー。

最初この人にあった時、それだけで、ただそれだけで、私は胸が締め付けられた。

ご主人と見学にやってきたその人が、話の内容が理解できずに不安そうに椅子に座っているのを見て、庭を見ようと奥の部屋へと誘って一緒にソファーに座った時、背中に手をあてて「大丈夫よ」と言いながら、涙が流れた自分がいた。

私と同い年の人がそこにいた。

どれほど不安だろう。

どんなに苦しんだことだろう。

結婚前の息子さんが3人。

私と同じ年、59歳。

まだまだいろんな楽しいこともあるだろうに、息子さんの結婚式も楽しみだろうし、これから生まれるだろう孫のお守りもしたかっただろうに。

まだまだ社会で働ける年齢なのに・・・

介護職としてではなく、デイサービスの経営者としてでもなく、ただ同じ年の人として、わが身を顧みて、ただただ涙がこぼれてきた。

日常生活も指示がなければできないし、指示の意味を理解することも困難になってきているため、自宅でひきこもった生活をしてきたけれど、旦那さんも仕事をしなければならないし、(でも一人で置いておけないので、仕事はパート勤務にしたそうだ。)できるだけ人の中で過ごしてほしいと初めてのデイ利用となった。

会話も短い言葉は理解できるが、長文は理解できない。

トイレもタイミングを見て不安そうな顔を察知し、的確な誘導が必要になる。

皆と過ごしていても、理解できないことがあると不安な表情になる。

困った顔にならないよう、不安な表情にならないよう、いろんな配慮が欠かせない。

介護度は1。

生活の全てに介護が必要であったとしても、一人では生きてゆけないとしても、身体が動くので、介護度は1。

 

何も変わらない。

私自身と。

外見は、何も変わらない。

その人と。

まったく変わらない。

2人とも同じ年。

 

デイに来るようになって、花見も行って、仲良しもできて、大きな声で笑ったりするようになって、

笑って楽しそうに家に着いた時、旦那さんが「こんなに明るい顔を見るのは久しぶり」と言ってくれたり、その人が「また明日ね。」と手を振ってくれたりするのをみるのは本当は嬉しいのだけれど、

そして来るたびに元気を取り戻してゆくのは嬉しいことなのだけれど、

それでも、なぜかそのたびに苦しくなる。

 

同じ年のその人。

その人の心の中を想う時、

これからの人生を想う時、

まだまだ先の長い介護の日々を想う時、

ご家族のことを想う時、

その人の不安な気持ちを想う時、

ケアという枠組みを超えて、

その人の心を想える自分でいたいと思うけれど。

 

その心に想いを馳せる私と、

その人は同い年。

 

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人を想う(あるおばあさんのお話)

2017-04-05 23:54:19 | デイサービス池さん

おばあさんは息子さんと2人暮らしです。

おばあさんは多くの事情を抱えて、おそらく縁のない土地で小さな住宅でひっそり暮らしています。

息子さんには知的障がいがあり、精神疾患もあるため仕事をすることができません。

2人は生活保護費で暮らしています。

洋服も満足に買えず、冬でもおばあさんは男物の下着の上に汚れてすりきれそうなジャンバーだけを着てデイに来ています。着替えももちろんありません。

おばあさんにもたくさんの疾患があります。

統合失調症や背骨や腕の骨折後の不自由と痛み、白内障や緑内障、その他にも沢山の病気を抱えています。

貧しい生活の中で、なんとか2人で生きてきたと思われますが、骨折をしたり徘徊が始まったりしたため、2人の暮らしはより不自由になってしまいました。

一番困るのが、食事が満足に作れなくなってしまったことです。

2人はふりかけをかけたご飯だけや、水をかけたご飯を食べたり、冷凍食品を分けて食べたりしています。

おばあさんは再度の骨折のため、トイレまでの移動が今までより大変になりました。

さっさと歩けないので、洋服を濡らすことも多くなりました。

狭い部屋の中で、冷蔵庫の横に布団をひいてコタツで暖をとり、2人は夜を過ごします。

夏は暑い部屋で、やっぱり冷蔵庫にくっつくように座って過ごしています。

おばあさんは、いつも暗い顔をしていました。

息子さんも暗い顔をしていました。

近所の人との付き合いもなく、出かけるのは病院へ行く時だけという毎日の中で、2人はテレビだけを見て暮らしています。

2人とも沢山の病気があるため、沢山の薬を飲んでいます。

薬の効き目や副作用、加齢と共に効きすぎてしまったりという症状について、はっきりと意識ができず、更に医師に伝えることができないという悪循環が余計に体調を悪くしているのかもしれません。

家ではいつもボーッとした感じでおばあさんは過ごしていますが、デイに来ている時は目をキラキラとさせて楽しそうに話をしてくれます。

少しなまりのある言葉で、スローテンポですがよくしゃべりよく笑います。

歩くのは介助が必要ですが、車に乗って花見も行けます。

家できちんとした食事を摂れないので、デイの食事はしっかり食べてもらいたいと思います。

しっかり食べてもらうと同時に、いつも静かに食べているおばあさんに、賑やかな食事の時間を楽しんでほしいと思っています。

体重を気にしながら、それでも皆と過ごす時間を思いっきり楽しんでほしいと思います。

気持ちの良いお風呂に入ってほしいと思います。

家で暮らすことを2人が望んでいるのなら、少しでも長い間2人が家で暮らすことができるように考えていくことがきっと大事なことなのでしょう。

 

「年寄り」は、みんなが同じなのではありません。

「年寄り」という言葉で一括りにできるほど、あるいは「認知症」という言葉で一括りにできるほど単純ではありません。

家族が大事に想って、いろいろと尽くしてくれる人もいるでしょう。

お金が十分にあって、家族に頼らなくても好きな場所で希望通りに生きて行ける人もいるでしょう。

反対におばあさんと息子さんのようにお金もなくて、訪れる人もなく、ただひっそりと生きてゆくしかない人もいるでしょう。

介護の現場は「介護サービス」という市場原理に基づいてはいるものの、私は介護の仕事をサービスを提供するだけの一元的なものだとは思っていません。

一人の人と出会い、その人のために、どう考えてゆけばよいのか、どうすればその気持ちに添えるのか、人と人との複雑で煩雑な関係の上に作られる心理的で哲学的なものだと考えてきました。

おばあさんが家で暮らしたいと思うなら、どうすればこの2人が家で暮らしてゆけるのかを考えていたいと思います。

2人の生きる環境はとても厳しいものですが、決して2人だけが苦しいわけではなく、きっと世の中では多くの人たちもそれなりに厳しい環境で、生きているのだと思うのです。

どの人も、様々な生き方や(それが自分の生きた証だとしても)環境の中で生き(望むと思わざるに関わらず)、いろんな家族(相容れない家族であっても)と共に過ごし、多くの問題を抱えた中で生きているのです。

誰一人、問題を抱えない人などいないと思っています。

それでも、生きてゆくしかないのが人間なのだと、いつも思います。

かつて、湯浪のじいちゃんが教えてくれたように、「人間、生きるしかない」のだと。

悲しみや苦しさを抱えて、無力でも、それでも生きてゆくしかないのが人間だと思うのです。

私は苦しみ続けて生きたいと思います。

ジタバタと迷いながら、あれこれと思い続けながら、これでいいのだろうか、これでよかったのだろうか・・・と。

おばあさんのことを想いながら、社会の中で生きることができない息子さんのことを想いながら。

一筋の光がたとえ見えないとしても、どうすることもできないとしても、ただ2人を想いながらいたいと思います。

きっといつか、おばあさんは自宅で暮らせなくなる日がくるでしょう。

その日まで、できる限り悩み続けていたいと思います。

 

大頭の桜も咲き始めました。

週末までの雨の予報に少々がっかりですが、来週に期待したいと思います。

おばあさんたちと一緒に、春の日差しと春のエネルギーを蓄えたいと心から思っています。

 

 

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