脳出血で無職になった親父のブログ

脳出血を経験してスピリチャルに目覚めたオッさんのブログ

労災障害保障給付の審査が長い★

2015年07月31日 10時30分58秒 | 過重労働
厚生障害年金通知が届いたら、その写しを労基署へ郵送しなければなりません。おそらく労災も年金に該当すると思われますので厚生障害年金と併給しうけることとなりますが、その際に労災年金は支給調整の上、減額されるのです。(0.73×)昨日、労基署へ厚生障害年金の通知書写しが届いたか否かを問い合わせ7すべくスマートフォンを手に取りました。本音は、それは建て前の理由で本当のところは審査経過について担当者から聞きたかったのです。スマホの波面をタップし着信音数回が鳴りました。『はい●●労働基準監督署です。』私は氏名を伝えると『担当のKに変わります。』あいかわらず事務的な対応である。『はい。あ1○○さん!届いてました!年金通知書!ありがとうございます。』担当は労基署の係長であるが年齢は30歳後半というところか・・以前、自宅に来ているので対応は事務的ではない。『障害補償給付の審査、どんな感じです??』私が訪ねると・・『いや~・・すみませんね。お待たせしてましてぇ~。大阪のK医療センターに医療カルテの請求してるんですが・・未だ届かないンです。何度も連絡してるんですが・・いやね、書面で督促も検討しようかと思ってるんです。』どうやら審査に大阪のK医療センターのカルテが必要らしい。そのため審査が中断されてるようである。『そうなんですか・・・わかりました。』電話を切り心の中で(何をチマチマ病院はしとんねん!)私は再び携帯を手に取りK医療センターへ電話した。交換が出たので『事務関係のところへつないでください。』3分ほど待って漸く『すみません・・事務が混んでおりまして一旦、こちらで受けますのでご用件をおっしゃってください。』私は労基署からカルテ開示請求に対して遅く、経過を知りたいと伝えると『あ、今、事務担当が空きましたので変わります』といって更に4分またされる。おそらく私の問い合わせ内容を伝えているのであろう・・漸く『お電話変わりました。ご用件について詳細を確認しますので・・』生年月日と氏名を聞かれたので答えると『労働基準監督署へはカルテの開示について数か月必要とお答えしておりますが・・』私は唖然となった。(は??)そう心に呟いた後『数か月??そんな曖昧な回答をされたのですか?3か月も数か月なら10か月も数か月でしょ?こちらは労災年金の審査を待っていて、その間、収入が無いンです!!以前、私個人がカルテを請求したときは2か月と具体的に言ってくださったのに・・労基署へは数か月??とにかく、いつ頃・・でも結構なので開示郵送できる時期をお知らせ願えませんか!』私は少し感情が高ぶった。感情が高ぶると脳出血で倒れた当時を思い出しパニックになり脈は速くなり気が遠のく何とも言えない・・精神状態になってしまう・・一つの恐怖感にみまわれるのです。『とにかく折り返し電話をくさだい』それだけ言うのが精いっぱいでした。そして30分後・・大阪K医療センターから連絡が入り・・『来月10日頃までには労働基準監督署へ郵送できそうです。』私は了承し『ではお手数ですが貴方様から労基署担当者へ連絡してくれませんか?』そう依頼し電話を切ったのです。労基署へ障害補償給付を申請したのが今年2月下旬・・そろそろ半年が経過しようとしています。思えば2年前、脳出血で倒れ労災申請(休業補償給付・療養補償給付)して認定されたのも7か月かかりました。労基署担当者に言わせると脳疾患は審査に時間がかかるとのことですが本当に長い!!この日のことを妻に話すと『遅くてもお金が頂けるンやったら、それでええやん♪生活は大丈夫やから。』これまで節約し家計を行ってきた妻のお陰で本当に助かっています。使うときは使う。不要なものは買わない。贅沢はしない妻。『とにかく待とうね♪厚生障害年金は、もうすぐ頂けるんやから労災も気長に行こうヨ』妻の言葉に救われつつ心の中では(9月ころには労災障害補償給付が認定されるかな・・)と思う私でした
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認知症 家族会議の準備

2015年07月30日 09時04分30秒 | 日記
義母は脳萎縮による軽度のアルツハイマー認知症と診断されした。現在、既に後期高齢者とさして要支援2ですが今後、進行が進むにつれ要介護へと移行することは間違いありません。地域包括センターではケアマネージャーを選んでもらうよう依頼はしてあります。義母には持病の目眩があって、これまで救急搬送も度々ありましたので訪問看護と買物などのサービスを検討しています。『これから進行していくのを見るのが辛い』妻は独り言を呟きました。本当に仲のよい母と娘。『お父さん、来月の、お盆あたりに兄と話し合わないとあかんな』妻は兄嫁とは話し合いはしたくないので『どこで話しよう?実家は絶対にあかんやん』そうなんです。実家には義母がいますし、兄宅で行えば兄嫁がいます。私の家でもいいのですが兵庫に住む兄からは遠く、なかなか呼び出すのも、どうかな?って感じです。かといってカフェやファミレスも大切な話し合いですから、まず無理。さてさて、どうするか。どこかのホテルのロビーか、カフェ?悩みます。
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認知症の告知・・義母には加齢のせいと・・

2015年07月29日 10時37分22秒 | 日記
豊中市の地域包括センター(服部緑地)へ行き職員の方と約1時間、今後について話し合いました。ひとまずケアマネージャーを選ぶこと、デイサービスと訪問看護を希望し来月、詳細の打ち合わせとなりました。一旦、妻の実家へ移動中、私の携帯がなりました。画面には長女の名前が・・スピーカー状態にし出ると、いきなり『お父さん!どうやった?おばあちゃん・・』私は長女に軽度アルツハイマーであることは言わず『大丈夫やったよ。加齢による記憶障害やて。でも、何度も同じこと言うてくるから・・それを指摘したり感情的にイラついたりして会話すると認知症が発症するから対応を気を付けるように言われたよ。』長女は安心したように『そうなんや・・よかった。』私は詳細を言わず電話を切ると『ありがと』ハンドルを握っている妻が小声で言いました。実家に到着すると『もう!お腹すいた!!』和室でゴロンと寝っ転がっている次女が大きな声で『どこ行ってたん?』次女にも長女同様、詳細は言わず『ちょっと、手続きにね・・』義母が近くにいたせいか次女は、それ以上、聞こうとしません。次女は長女と違い、とにかく空気が読める子なので、そこは助かります。『おばあちゃん!お寿司に行く?』妻が元気な声で義母を誘いました。『行く!行く!』答えたのは・・次女。支度をして妻の車で回転ずしを食べにでかけました。私も妻も心中は複雑・・認知症でないと信じている義母。安心しきっている、その笑顔を見るたびに複雑な思いが募るのでした。
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義母の認知症診断結果

2015年07月28日 10時22分33秒 | 日記
朝早く起きた妻は朝食の準備をしていた。キッチンからオープントースターからパンの焼ける匂いが、ほんのりしている。『おはよう(^^)早いね』リビングに目をやるとテレビを見ながら林檎とヨーグルトを食べている次女がいた。(そっか、夏休みなんや)この年頃は何かとコミュニケーションが難しい。すると『今日、おばあちゃんン家に行くんやろ?ウチも乗せてってってお母さんに頼んでん。バイト、梅田でするから、お姉ちゃんの家で来月まで、やっかいなるし、(^^)』次女は姉の家までの交通費を浮かそうと妻に頼んだらしい。朝から慌ただしく用意した。14時に義母の認知症診断結果を予約している。この日は9時に私の膝の装具を近所の整形外科にも行かないといけないので、とにかく落ち着かない。なんとか自宅を出たのが昼前。3人で出かけ愛犬は留守番。いつもの道を走り高速道路へ。昼食を済ませ義母宅に着いたのが1時半。次女は義母宅に留守番させ豊中市内の病院には3人で向かいました。ほんの10分ほどで行けるのですが、とにかく、当日の大阪の暑さは半端なく照りつける日差しも眩しいせいか車の中は不快。そして病院は弱冷房(・・;)待合で待つ事5分ほどすると看護師がやってきた。『お母さんには先に血圧とか測りますのでご家族の方が診察室にお入りください』義母は既に軽度認知症と診断されているがアルツハイマーか?それとも、その他の原因かは画像からでないと判断できない。その診断結果を義母に知らせることは出来ないので病院の配慮から義母には 血圧など簡単な検査をしてもらい私達が、その間に診断結果を聞くこととなった。看護師に案内され診察室に妻と入ると女医が既にデスクに座っていた。私達夫婦は女医に向かい合うように座った。そう30歳半ばくらいの先生で薬指にはリングがあった。『今日は遠いところ申し訳ありません』女医は言葉を発し説明をされた。血液検査は肝機能など全く問題はないとのこと。次にMRℹ︎の画像をバソコンに表示させ、幾つかの断面図を見せてくれながら『ここの少し白い部分。それと、ここですね。側頭葉にあり。海馬との、さかい辺りです。』また画像を変えた。『この黒い部分、わかりますか?この部分が萎縮しています。先程の側頭葉の部分と、この萎縮から観てアルツハイマー性認知症と診断します。』予め、覚悟をしていたとは言え改めて宣言されると頭の中は真っ白となららました。妻の心の中は大きなショックを受けているのは、その表情から十分に伝わったのです。医師より認知症についての説明、処方箋の説明、かかりつけ医との連携について話をされ義母には認知症告知はせず、加齢による記憶障害と伝えるとのことでした。看護師からは行政の包括センター及び、かかりつけ医への連絡を本日するとのこととなり、あらためて義母を診察室に迎え入れました。義母は丁寧に医師と看護師に挨拶をし椅子に腰掛けました。『おばあちゃん、今回、検査、大変でしたね?大丈夫でしたか?それでね、検査の結果ですけど、年齢のせいかな?ちょっと物忘れの症状がありますね(^^)でも、これはね年を重ねると誰でもあることですからね。』女医の言葉に安心したのか、それまで緊張していた義母は笑みを浮かべ『あー、良かった、もし認知症やったら、どないしょって思ってました(^^)』思わず妻と私は顔を、見合わせました。『そうですよ。それだね、その認知症にならないために予防が必要ですから、かかりつけ医の先生から、お薬と、あとデイサービスっていうサービスを受けてくれますか?』義母は安心しているせいか快く承諾したのです。そして看護師から『介護保険は、、持ってはりますか?』義母は、ゴソゴソと自分の鞄から保険証を取り出し看護師に差し出した。『あら!要支援2ですね。もう手続済んでるようですね(^^)そしたらデイサービスは、すぐに受けられます。』その後、看護師から市の包括センターの担当へと連絡してもらい私達は一旦。義母を自宅に送り届け降りてもらい私達は服部緑地にある地域包括センターへと向かいました。
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長女の誕生日

2015年07月26日 15時54分23秒 | 日記
長女の誕生日は明後日です。少し早いのですが今日、食事を兼ねて誕生日のプレゼントをしました。大阪で一人住まいなので心配はしますが、もう成人してますので、とにかく自己責任をと思い見守っています。思えば3年前に拒食症になり大変でしたが今では完治とは言えないまでも野菜に魚、鶏肉は食べられるようになり身体と骨が浮いていたのも普通の状態です。死にたいと口癖のように言っていたのが友達も沢山出来て人生を楽しんでいるムスメに安堵しています。最近、彼氏候補が出現したようで、つい先月、半ぐれオトコの悩んでいたとは思えないくらい明るく、その男の子のことを話すのです。京都の大学に通い今は就活中とのこと。真面目が一番、そんな男の子らしく父親として安心できました。
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