脳出血で無職になった親父のブログ

脳出血を経験してスピリチャルに目覚めたオッさんのブログ

マスターナンバー(^^)苦労困難なんのその(^^)

2017年03月20日 12時11分56秒 | 今思えば33
数秘術は、その昔、アルキメデスやプラトンが見つけたの?そんな賢い方達が単に占いで終わらせるわけじゃなし(^^)
大宇宙の法則は幾つもあって人が地球へと誕生するとき背番号みたいなものを神様から賜るのが誕生日。生まれる前に人生のシナリオを書いて多くの人達と打ち合わせをして、そして自分の人生ドラマに多くの人達の協力でキャスティング(^^)
シナリオを神様に見せて『愛の実践をします。』と約束をすると神様から背番号をもらう。それがソウルナンバー(^^)そしてゾロ目のマスターナンバーを頂いた魂には苦難困難勢揃いのシナリオを与えられる。なんとなく(^^)なんとなく(^^)
苦難困難を経験し魂を目覚めさせるとマスターナンバーの本来の役割に目覚めるのかな。
人生振り返ると。
結構、厳しかったのかな?
そのとき、そのときは
苦労とか、困難とか
そんな意識があるのか?ないのか。
ただただ今の現状を受け入れて頑張ってきたとしか思えないのです。
ビンボーな家庭に生まれ物心ついたときは四畳半のアパート(^^)
親は寿司職人。母は内職ばかり。
中学で新聞配達をしクラブの道具や自転車は自分で稼ぎ
高校はバイト。親は学費とご飯くらい。
欲しいものは買ってくれませんでした。
大学はFランクのとこですが一応、合格したのに?何故か行かなかったのです。
このまま四年、学生しててもなぁ。
父親が、せめて専門学校くらいと経理学校に進学して簿記二級を取得(^^)
でも、簿記は自分に合ってないとすぐにわかったので専門学校推薦の企業には応募しなくて
専門学校を出て喫茶店のフリーター。
なんかなぁ。違うなぁ。としごとを探し入社した会社は今でいうブラック企業。
飛び込み訪問販売の営業(^^)
ステレオラジオカセットのマイクを持って、歩くあるく。
何かなぁ。でもせめて一回くらいノルマ達成してから辞めようと。そう思った翌月ノルマ達成(^^)
営業は辛かったぁ。
そこから転々と仕事を変えて23歳で落ち着きましたが。
27歳で離婚。
これは辛かった。本当。離婚の後
目に見える景色が違うんですよね。
ご飯も食べられなくて。
浮気されても愛してたんだなぁ。

でも、平成元年によりを戻したんです(^^)
でも、やっぱり別れる運命だったのです。
平成3年春に再び離婚。
2回はキツイ。さすがに。
でも1回目より何故か楽だったんです(^^)
その年の秋。
今の奥さんと出逢いが。
これは、シナリオなの?

暫くは順風満帆(^^)
でも、そこから、またまた荒波が
47歳。リストラ
その後に長女が拒食症 、次女のリストカット
53歳で脳出血、
そして56歳のとき義母が認知症。

なんかねぇ。
私の人生、結構、大変だったのかなぁ。
脳出血をしてから
漸く、何かに気づき始めました(^^)
そして、なんとなくわかるんです。
何が?と聞かれても言葉では表現出来ません。
ただ、わかるとだけ。
そして数秘術では滅多に出現しない
マスターナンバー。
11が妻、33が私、そして、本当に珍しい44
は次女なんです。
偶然にしては凄くないですか?
妻も次女も声を揃えて
『なんとなく、人が何を思ってるのか、わかる。常にじゃないけど。』
私も最近は同じ。
だから次女や妻が、何かを考えてたら私は
例えば心の中で、それはしない方がいいのになぁと思っていると
『あ、いま、お父さん、しない方がいいと思ったやろ?』と返されることも少なくありません。
もしかしたら想念での会話???
あまりに頻繁なので(^^)

私の人生で苦難困難を経験したから少しづつ目覚めてきたのかなぁ。
ブログも、そんな気持ちから始めて1000日を超えましたが少しづつ、ご訪問頂く方々が増えてきています。このプログは、もしかして?
マスターナンバー33の役割かなぁ。
とおもう今日この頃です(^^)
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組織の一員は苦手(^^;;

2016年05月09日 09時59分03秒 | 今思えば33
私は高校卒業後、大学進学をせず京都にあった経理専門学校を卒業しました。特に就職活動もしないまま喫茶店でバイトをしていたのですが『これでええのか?』なんとなく心に自問自答していたのです(^^;;とにかく中学生の頃から会社員にはなりたくなかったのです(^^;;理由は会社と言う組織で生きていくのに抵抗があり、そもそも学校が好きでなく集団で行動することが、とにかく嫌でした。グループ活動やクラブ活動?もう息苦しくてたまりませんでしたね(^^;;だから会社と言う組織を知らない私でも毎日スーツにネクタイを着用する?イコール集団に合わせるということに繋がり会社員だけにはなりたくない!すると父親が『公務員は?どうや?親方日の丸で安定してるぞ!』父親は私の事を心配して言ってくれてるので、そうやな(^^;;と流しておきました。だから専門学校に在学中でも就職活動は全くしていなかったのですが喫茶店でバイトをし毎日、安い給料で将来に不安を感じ始めたのが学校を卒業して半年くらい経ってからの事でした。当時、仲の良い仲間数人で飲食店の共同経営しようや!みたいな話もしていまさしたが19歳の若僧に経営のノウハウどころか先立つものが全くないので夢のまた夢となり日々の生活や将来の事を考えると『やっぱり会社勤めをせなあかんわ(^^;;』となり新聞の求人広告で探し始めたのです。マスターナンバー33はマイペースで集団行動は苦手とありましたが、今思えば(^^;;
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