まったり無職の親父のブログ

脳出血を経験してスピリチャルに目覚めたオッさんのブログ

心の葛藤・・妻、義母、長女の苦悩

2014年11月29日 11時03分52秒 | 拒食症との戦い
妻は長女が家を飛び出した時に実家へ長女の生活費と身支度の費用も含め10万円を現金書留で送金したのですが、それを長女がみつけ『これ・・ウチがもらっとくワ!!』と言い現金書留ごと持ち出そうとする長女に義母は『これは、あんたの、お母さんが私に送ってきた、お金や。。こっち来たら何かと、あんんたの身支度整えるんに必要やからって・・』と言ったそうで『そやから何が必要か、ウチが決める!!』そう言い強引に持ち出そうとしたそうです。その時、義母が長女の腕を掴むと『何すんねん!!』と言って義母を突き倒したのです。床に倒れた義母は起き上がり長女が握っていた現金書留を掴もうとした時・・再度、突き倒し、挙句に拳で前かがみで倒れた義母の背中を"ドン"と叩いたそうです・・この事は義母も暫く妻に黙っていたようでしたが再び・・暴力を振るわれ言葉を荒げて義母に『ボケてるんちゃうか!!』と罵倒したのです・・孫に暴力を振るわれ罵倒された義母は泣きながら妻に電話してきたとき・・私たちの家から飛び出た直後の出来事を話してくれたのです。義母は『ガリガリで普段はしんどそうにしてるのに・・この時のチカラは凄かった・・』と静かに言ったそうです。
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心の葛藤・・妻、義母、長女の苦悩

2014年11月28日 10時15分12秒 | 拒食症との戦い
長女が家を飛び出し妻の実家で暮らすことに。妻は実家へ少しではあるが自分が働いた給与から送金をしていました。そんな・・ある日のこと。『おばあちゃん、泣いてる・・』妻の目には涙であふれそうになっていました。送金の方法は本来、銀行振込か現金書留で行いますが・・妻は普通の封筒に3万円を毎月、送っていたのです。もちろん、送金したあと連絡をしていたそうですが・・・義母が、ある場所に開封して中身を出さず保管していたはずの場所に、あるはずの封筒数枚が無くなっていたそうです・・そのことを、それとなく義母は長女に聞くと『あ、あれ?お母さんから、おばあちゃんに送ってるんやろうけど、あれってウチの生活費やろ?そやからもらった・・』と言ったそうです。長女は盗ったという意識でなく自分のモノという意識で・・そして義母も、その言い方は勿論、考え方に憤りを感じて、長女を叱ると、なんと長女は義母に暴力を振るったというのです。
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友の肺がん・・お見舞いⅣ

2014年11月27日 14時43分48秒 | 日記
昨日、友のお見舞いに行きました・・2回目です。メールでは手ぶらで・・と言われていたのですが我が妻は納得いかず『手ぶらは・・アカン!!Kさんはテブラって言ったからと言って・・』しかし友は自分のことよりも相手を気遣うタイプなので妻に言ったら『じゃあ・・』とばかりに近くのショッピングセンターに行き小さなカステラとラスクのセットを購入して『奥さんに、どうかな?自宅にKさんが戻ったとき夫婦で静かな時間・・紅茶でも飲みながら思い出話のお共に、いいと思うねん。これくらいやったら気を使わないやろ?』私もテブラとはいかずショルダーバッグには入院中にと"文庫本"を3冊忍ばせていました・・私が通院している大阪のK医療センターで診察を終えて地下鉄谷町線 天王寺駅から東梅田へ・・阪急電車に乗り更にバス・・結構、体力を使いました♪妻は病院1階ロビーで『心置きなく昔話してきたら?私、ここで待ってる。』エレベータで6階へと向かう・・詰所で受付を済ませ病室に行くと抗がん剤治療中???と思えないほど、元気な笑顔で迎えてくれたので来る時の疲れも、どこかへ吹っ飛び・・友はベッドの横にある冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し『あっち行こうか♪』談話室でテーブルを挟むと『遠いのに・・身体は大丈夫なん?・』やはり自分の事より私の身体を気遣てくれたのです。抗がん剤の治療は年明けまで続き一旦、検査をして状況によって次の治療方針が決まるとのこと・・『いやぁ~・・太ってしまって・・何か抗がん剤にステロイドを付け加えたら太るらしい・・』笑いながら少し出っ張ったお腹をさすって『お前・・痩せたなぁ・・ちゃんと食ってる??』ホンマ、相手のことばかり・・『来年、一旦、抗がん剤治療、終わったら・・メシでも食いに行かへんか?Tも誘って・・酒はお互い無理やけど・・梅田で、どや?』私は誘ってみました。『ええなぁ~。行こうや。』そんな会話をしつつ壁にかかってある時計に目を向けると17時を過ぎようとしていた・・『俺・・ぼちぼち帰るワ・・ほんでコレ・・』カステラに本・・手紙を添えて渡すと『え??いらんって言うたやろ?ホンマ、気ぃ使わんと・・ところで今日は一人なん?』笑顔で受け取る友に『いや、嫁ハンと一緒や。診察帰りやからな・・精神科で家での状況を嫁に医師が何かと質問しよるから・・』『え?奥さん来てるんか?』1階のロビーで待っている事を伝えると『挨拶に行きたいけど、ええか?』もちろん、快諾して二人でロビーに行くと待合席で、うたた寝していた妻に声をかけると驚いて目を覚ましたとたんに目の前に坊主頭の友がいるのを更に驚いて『いつも、主人が御世話になっています!』妻と友が合うのは私の母の葬儀以来だったんです・・少し会話を交わしてから『ほな・・帰るわ・・』ちょっと寂しい思いをお互いに残しつつ病院の出口まで見送ってくれてる友には、あえて振り返らず病院をあとにしました・・外は既に暗く小雨がぱらついてる中を久しぶりに相合傘でバス停を目指していくのでした。
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義母から相談・・土地売りたいねん♪・・ちょっと怪しい不動産屋

2014年11月25日 11時33分24秒 | 日記
先週、大阪に住んでいる妻の母から妻の携帯に連絡があって『ウチの、どうにもならん不動産、買いたいっていう人いるらしくて●●日に来て説明したいって言うねんけど私、何もワカランし来てくれへん?』78歳の義母の頼みとあって妻の軽自動車で大阪まで行ってきました。私自身、金融関係に永く勤めていて宅建主任の勉強も少しはかじっていたので、まぁ・・どんな会社かと興味も持ちました。一方的に社名も名乗らず京都のとある場所で地目も"山林"約50坪でガス・電気・水道も通ってない僻地の土地を正直、誰が・・・と。昔、義父が大きく儲けたときに買ったらしく・・義母も『今、思ったら何で、あんな場所、買ったんやろ・・』と後悔していて150万で昭和54年に購入したそうです。不動産会社との約束の日・・午後1時に義母の家に来るため12時30分頃より待機して待っていると・・12時40分頃・・玄関のチャイムが鳴り義母が出ると『先日、電話させてもうたMです~。ちょっと早いですけど・・』と居間に通した義母。待っていた男性の年のころは50代後半というところか・・ネクタイもしておらず『失礼します。』と場なれた風にズカズカ入り、いきなり"あぐら"をかいて私の正面に座った。キッチンに居た妻が御茶を持ってきて男の左手方にお茶を差し出した。男は無言で義母を見ると義母が『娘婿ですねん・・私、不動産のこと難しいし・・来てもらいましてん。』男はお茶を一口すするように飲んだあと『そうですのん・・ま、よろしいわ』と言い鞄から資料を出すと・・義母に、説明を始めた。『あの・・名刺を頂けませんか?』説明途中に私が訪ねると『あー忘れてましたワ・・』(はぁ?忘れてましたぁ?)第一印象も御上手でも良いとは言い難く自分の身分も明かさない・・まず、信用出来ないと判断したのですが、どんな営業??手口?なのかを知りたくなり名刺をもらったあと男の説明に耳を傾けていました。『おかあさん、京都の、この土地、昭和54年に買ってはりまんなぁ・・この頃はバブルでねぇ』(はぁ?バブルは昭和60年以降に兆候が出始め平成元年11月が土地の高値のピークだったはず)バブル当時、不動産会社に仕事の関係で出入りしていたので、よく覚えているんです。男も予め登記簿を閲覧し準備しているけど経済には弱い・・しかし高齢者に??である。男の話だと義母の所有する土地相場は6万~8万であると言う。今なら買いたいという人が2~3名いるとのこと。説明を聞いていると驚いたのは売買の調印と金銭の受け渡しがホテルのロビーと言い、この会社は仲介手数料ではなく義母の土地を買った買主が倉庫なりログハウスなり建てる・・また周辺の土地も買い占める法人が太陽光システムを建設するらしく、その時の建築・設備に携わる業者からキックバックしてもらうという・・名刺を見ると大阪市内に事務所があるが都道府県知事の許可番号等、一切なく●●株式会社 係長 M・・とある。『建物、建てるんですか?ガス・電気・・来てませんけど?』私が言うと『うちね、ここと提携してますねん。』男は私の目の前おいてあった名刺を裏返し人差し指でさす場所に目をやると某シロアリ駆除の会社が記載されてある。(へ?俺の質問の意味、わかってない?)そう思ったので『倉庫とか建てるんですか?』と聞くとYesと言う・・そのあと義母に向かって『お義母さん・・こういう土地はね金持ちが買いますねん・・この前もね・・』と前例を話すが、その内容もゴルフに行っていた3人が、そのカントリークラブ周辺でログハウス建てて、またゴルフに来る時の宿泊用で3人がお金を出し合って・・という。(そやから水道もガスも来てない言うてるやろ!ん?金持ちがゴルフに行って翌日もラウンドするんやったらホテルに泊まるワ!!金持ちやったら宿泊施設も近くにないような処でラウンドすか!?)そう思いながら聞いてると『ウチは仲介業ちゃうんで物件案内は地主さんにしてもうてます、せやからお義母さんでんな。物件案内で場所を見せるだけで交渉はせんどってくださいや』とまた、おかしな事を言う・・ここは聞いたことにして『義母も年も年やし車酔いするので案内は無理です』と私が言うと『・・・これ特別なんですけど案内でけへん方については当社がします・・けどね大阪から京都の山奥や・・経費かかりまんねん、ウチも商売なんで代行費用で35万円に消費税払ってくれはったら、やりまっせ!』(はは~ん・・これか。)不動産売買が目的でなく代行費用と称して高額を請求する・・『その場合、もちろん契約書あるんですよね?』質問した私に対し、待ってましたとばかり『これ業務委託契約書と委任状ですわ』『委任状??』と聞くと『お義母さんの土地に入る許可証んみたいなモンですわ。いや以前ね地主さんの土地を事前に複数で見に行ったら近所の人に警察へ通報されましてん・・ほんで警官に委任状見せたら納得してもらいましてん』(はぁ?物件調査にしろ案内にしろ近所の人が警察に通報するような身形や雰囲気持ってることじたい変やろ!!)そう思いながら『Mさん委細、理解しました。この後、家族会議しますので後日、連絡し返事させてください。』と言うと少し焦った表情で『返事、いつもらえます?お客さん、あんまり待たせるわけ出来ませんしうる気無いんやったら早よ言うてください!』なんで、せっつかれなアカンねん!と思いつつ『明日中にはご連絡します。』と言うと間髪入れず『明日?明日のいつもらえます?』(はぁ?こっちは客やろ?あんたが勝手に電話してききて話させてくれちゅうから、こっちも聞いてやったのに・・)気持ちはむかむかしてましたが『では明日」、午前中に・・』そう約束し御帰り頂いたのですが・・ふと居間に義兄が入ってきたのです。『お義兄さん・・来てはったんですか?』『ま・・ちょっとね・・』たぶん義母が呼んでいたのでしょう13時には来てたらしく来たとき既に私が対応していたので、あえて入らず様子に応じて介入するつもりやったのかな?と思いながら、そのまま家族会議をし、あえて結論は、その場では出しませんでした。なぜなら義母は出来れば売りたい気持ちでいっぱいだし・・亡くなった義父が買った気持ちも考えると、その場で『お義母さん・・これは高齢者から高額請求するための材料で騙されるから止めましょう』とは言えませんでした。『京都の●●市の都市計画に問い合わせします・・それとネットで、この会社見て・・』義母に説明すると『返事は任せるワ』義兄にどうするか聞くと『俺・・不動産って分からんし・・母がこういうから頼みます。』ということで義母の自宅をあとにしました。帰りに高速道路を走行中、妻が『断るんやろ?』とボソッと聞くので『お義母さんの虎の子守らなな・・これでOKしたら、また新手の奴が来る・・あいつら横の繋がりあるから・・下手したらお義母さんの家も取られるかもしれんしな。』そういうと『お父さんも病気あって長い事、会話できへんのに・・・ごめん・・』外の風景は既に暗くなってきて阪神高速の環状にさしかかると梅田や本町周辺のネオンやビルの明かりが妙にまぶしく感じるのでした。
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変化・・天国言葉と掃除

2014年11月23日 12時51分01秒 | 日記
えてして親というものは子供に説教したり指図したり・・親の思い通りにならないと怒ったり・・決まり文句は『お前の"ため"を思って言ってるのに・・』病気する前の私は正にそのマンマの父親であったと思います。だから長女は拒食症になり、次女もリストカットしたり・・素行も悪くなりました・・・。脳出血をして看護師さんと会話してるうちに(俺は間違ってたんや。)看護師の多くは女性ですが入院中、何かとお世話をしてくれる看護師さんとの会話の中から多くのことを学び人のために役立つことの喜びが、どれだけ心の栄養になるのかを教えてくれたような気がします。優しく温かみのあるトーンと言葉は入院中の私にとって大きな励みにもなりました。言葉・・言霊とは、こういうことかなぁ~と心が"ポッ"と温かくなるんです。退院して自宅で療養するととたんに人様との接点が減ります。しばらくは本を読んだり、パソコンでネットや動画を見たりしていましたが、どうも寂しさは減りません・・(そや、まず今の自分にできることをやってみよう!動けばリハビリにもなるし♪)そう心で言い始めたのが家の中の掃除でした。物置や押入れ・・タンスの上の段ボール・・整理と掃除を続けていくうちに妻も次女も少しづつ私の行動に気づいてくれて『あ!ここ綺麗にしてくれたん?ありがとう!』普段、パートに出ている妻も細かいところへの掃除や整理は出来ないのです・・決して"ありがとう"」と言ってもらいたくて掃除をしてるわけではありません。掃除や整理をすれば気持ちイイ・・何か心の曇りも取れていくような・・そんな晴れ晴れしい気持ちが、せっせと掃除をするようになっただけです。ある日『ウチの部屋の姿見・・お父さんが綺麗にしてくれたん?』と次女に言われ『鏡は綺麗にしたら綺麗なE香が映るやろ?』そう言い返すと『そら言える(笑)』こんな会話から少しづつ次女は心を開いてくれるようになってきたのです。長女の拒食に始まり私の脳卒中・・次女の素行不良にリストカット・・良くない出来事が続いたのには相応の理由があるのでしょう・・ただ現状を悲観し不幸だ不幸だと言っていても決して幸せは来ないのだと。不幸で愚痴ばかり言ってるとさらなる不幸を呼んでしまう・・そんなことを思い始め、まずは心の整理・・その第一歩が家の掃除だったのです。
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