脳出血で無職になった親父のブログ

脳出血を経験してスピリチャルに目覚めたオッさんのブログ

高次脳機能障害の検査

2014年06月30日 13時37分07秒 | 裁判
三月に入り暖かくなり始めたせいか血圧は110-75前後へと安定しだしました。弁護士の推薦もあって大阪市にあるK医療センターへ妻と行くことにしました。JR天王寺に着くと、まもなくオープン間近の近鉄ハルカスが、そびえたち天王寺駅もリニューアル、近くにはキューズモールやMIO・・昔からあるアポロビル・・少し前まではキタ(梅田)かミナミ(難波・心斎橋)が定番の大阪でしたが天王寺が様変わりし若者の姿が増え、動物園に浮浪者の多い天王寺のイメージが払拭されつつありました。ほんの数年前まではバスターミナル周辺や近くの雑居ビルの軒下にはホームレスが、あふれ冬のなると、どこから持ってきたのか毛布や布団を体に巻いてダンボールを敷き寝そべっている浮浪者たち・・・もう、そのような人達は、見なくなり街が明るく賑わっています。K医療センターは天王寺からバスで15分くらいのところにあるのですが左半身麻痺の私には、とにかく・・・キツイ・・妻が横に居て支えてくれるのですが・・いつもフウフウ言いながら杖をつき歩いていました。電車やバスは空席がなくても必ずと言っていいくらい席を譲って下さる方がおられたので(大阪の人の人情・やさしさは健在やなぁ)と思い感謝しつつ公共交通機関を利用させて頂いてます。K医療センターに着くと、その規模に驚かされ・・受付に行きました。労災の用紙は届いており、そのままリハビリ科へ誘導され・・病院の廊下を、かなり奥まで歩きリハビリ科に着きました・・照明を落としているため辺りは薄暗く『お父さん・・なんか辛気臭いとこやね・・』と妻・・受付で名前を名乗ると看護師が『血圧を測ってから前の席でお待ちください』と事務的な対応になぜかムッとしながら血圧測定器の前に座りスイッチをオン・・・110-70台で問題なし・・受付の前にて待つこと10分、名前を呼ばれ妻と共に診察室へ・・中に入ると50代くらいの医師が背中を向けながら『どうぞ・・そこに座ってください』と指示され椅子に座ると『脳出血・・肢体不自由・・左側ね・・ちょっと、こっち向いて・・そうチカラ入れてみて・・握力測っとこうか・・』握力計を握る・・『右45・・左7かぁ』と独り言のように医師が言う・・ここから問診と今後のことで約1時間・・(長ッ!!)医師より『来月、週に1度、こっち来てもらって検査です。3回ほどやから・・5月に結果と診察するから精神障害手帳の申請書と脳の写真持ってきてくれる?』高次脳機能障害は予めネットで調べてあるので概略は理解してたのですが・・精神障害手帳とは正直のところショックでした。医師のM氏はには弁護士の件には触れず、このまま帰宅しました。1回に約3時間の検査・・・帰宅し弁護士へ経過報告のメールをしておくと翌日に返信が届き医師のM先生には慰謝料や弁護士を通じ裁判することを伝えても良いと文章も付け加えられ、とにかく、まずは身体的と精神的の機能障害をハッキリさせる必要があるようです。『何かと忙しくなるね。お父さんも大変やけど頑張ろうね。』と妻。これも訴訟準備のうち・・と言い聞かせ、その日は就寝したのでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

次女の退学Ⅱ

2014年06月29日 12時51分51秒 | 
次女が高校1年生の夏休みに入ったころから次女の心は、ますます荒れ荒んでいきました。妻もどうすることもできず・・私は回復期病棟に入院中・・そんな夏休みの、ある日・・次女からラインが入り『今日・・そっち行ってもいい?』とあったので勿論、『いいよ。夕方5時以降ならリハビリないから・・』と返すと『おけ!』とだけ・・OKのことなのでしょう。当日の18時ころ病院で夕飯を食べ始めたとき次女がベッド前のカーテン越しから『来たで・・カーテンあけるよ。』といいつつ手には何やらお土産らしきものをもって『一応・・見舞いやし・・プリン買ってきた♪ご飯終わったら食べてネ♪』と機嫌は良好の様子・・私が病院のごはんを口に運んでいようと、いまいと・・・おかまいなしに学校のことや仲の良くない同級生の批判ばかり・・・正直、病院の美味しくない食事が余計にマズく感じていたのですが、ここは我慢・・我慢・・(+o+)と言い聞かせ娘の話に耳を傾けていると『お父さんは学校の規則・・厳しいと思わへん?守ってられるかいな・・』と、かなり感情が高ぶり始めたので『規則は学校だけやないで。社会全体が規則で動いてるんや』と言うも『別にスカートやカバンのアクセサリーつけることなんか悪いことちゃうやん・・』さらに『いちいち先生も小さいことに煩いねん!!ホンマ、ウザイッ』とこの日は愚痴るだけ愚痴らせると『ちょっとスッキリしたから帰るワ』と言い帰った時間は面会時間ギリギリの20時でした。(よっぽどストレス持ってるやろうな)とこのときの私は次女の本当の心を知るよしもなかったのです。長女は何度か大阪から見舞いに来てくれたのですが次女は、この日だけでした・・・そして2学期が始まり11月の上旬のある日・・次女からライン電話が入りました『今日、友達のとこ泊まるいうたら、お母さんが狂ったように怒るねん!!意味不明や!!お父さんは ええって言ってくれるやんな!!』と突然の話に正直、戸惑いましたが高校1年生の女の子に外泊を許可できる訳がありません。私は一言『アカン』とだけ言うと『お父さんも、お母さんと同じなん??ウチの事、信じてないねやろ?』というので『信じるとか信じないとかとちゃう・・16歳の女の子が外泊することに問題がある・・許す親なんか、おらへん!!』というも娘は泣きながら『さんざん、ウチのこと、ほったらかしにして、こんな時だけ親ってか??頭、涌いてるやろ・・もうええワ』と言い勝手にきられました。言葉遣いも変わり・・病気の私は感情的になることもできず怒りを、押し殺し電話を切りましたが、その夜の11時ころ妻からメールが届き『E香が友達とこ行く言うて出ていった・・もう、どうしたらええかわからへん。』私は妻に『明日、かえってきても怒らず何もなかったようにしておけよ。くれぐれも説教はアカンで』と返信しました。妻からの返信はありませんでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

次女の退学Ⅰ

2014年06月28日 12時40分40秒 | 
私が脳出欠で倒れてから『最近、E香が私の言うこと、きかへんねん・・夜、遅く帰ってくるし・・注意しても"うざい"って反抗するし・・お父さん、おれへんし、もう好き放題・・部屋も散らかし放題・・どないしょう・・(困)』病院に来た妻が、よく次女の愚痴をこぼすようになっていました。私は妻に『E香が何か言ってき時だけ聞いてあげたらええ。今は説教とか叱責は逆効果や。部屋もお母さんがかたずける必要はあらへん。かたずけたら・・たぶん心を閉ざすと思う。』そう言っても妻は『なんでやのん?親やから注意して当たり前やし、まともになって欲しいから叱るんやんか!!』妻の言い分は正論でした・・しかし長女が拒食症になったのも高校の時・・専門の精神科の先生が『良い子ほどリストカットや拒食症になるケースが多いのです。』といってカウセリングを受けたのは長女でなく私たちでした。その時に幾つかの気づきがあったのですが一番大切なことは『娘の話を聞くこと、そしてアドバイスや親の考えや感想は娘が求めたときだけ・・出来れば共鳴すること』それが私の気づきでした。思い起こせば入学して、まなしにクラスメートや学校の批判ばかりするので私も注意したこともあったのですが、主に校則の厳しさに不満でスカートの丈や髪の色・・何かと問題もあって、ある日の休息時間・・学校の廊下で友人と歩いていると学年主任の先生に呼び止められスカートの丈が短いとで皆の見てる前で『○○!!お前は・・スカートが短い!!今すぐ帰って直してから再登校せぇ!!』と言われたようです。娘は帰宅せず午後の授業を受けたようでしたが、これを機に学校への不満や先生の態度に強い反発を持ったようでした。確かに校則違反は良くありませんが娘の言い分としては2年・3年は校則違反がたくさん居てるのに『なんで1年ばっかり・・』と・・当然のごとく2学期から成績は大きく落ち込み〚赤点〛もいくつか取ってくる始末・・その時、次女は一生懸命に話をしてくれてたのですが・・私たち次女の話に耳を傾けていなかったのです。そして私が倒れたときは、さすがに次女も病院で泣き崩れたようです。。中学のころ・・長女の拒食症で私たちだけでなく次女も悩み苦しんで心を病んでしまいましたが、それを乗り越えての受験で合格した学校を・・退学するとは・・この時点では夢にも思いませんでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新しいパソコンが来た♪

2014年06月21日 16時46分55秒 | 買ったど~
6月20日新しいパソコンが来ました♪ずっと我慢して使っていたN社製PCは古く、レスポンスも悪くストレスだらけ(´・ω・`) OSもビスタからウインドウズ8.1です。ついでにネット回線もeo光から変える予定です。なぜなら・・身体障碍者は半額になるので3000円で1ギガの光回線が使え、おまけにau携帯のスマートバリューも継続♪光電話は、固定電話からau携帯に電話すれば通話料はタダ!!我が家は全員auなので絶対に、お得とあって9月から開始できるよう手続きをしました。パソコンは快適極まりなく大満足で~す。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

1週間の苦悩Ⅳ

2014年06月18日 15時16分58秒 | 
久しぶりに帰ってきた長女が『大學を辞める・・』理由は家の経済的事情から・・『何を言ってるん?やめんかてエエッ!!お金は、あるから!!』と妻が言うと『まだ1年生やし、別にレベルも大したことないし・・それに3年になって就職活動しても大した会社に行けるわけでもなく・・もともとOLなんてするつもり、あらへん。』長女は高校3年の春から拒食症が酷くなり命の危険もあった程に痩せてしまい出席日数ギリギリと何とかAO入試で入学したのです。もし2年生のままの成績なら、そこそこの大學には行けたのですが・・・病気のため授業にも出られず何とか担任の支援もあって卒業できたような状態でした。『なんだ、かんだ言っても高卒と大學卒業では・・違いは出るし気にせず大學に行け』と私も言ったのですが本人の意思は固く『お父さん、後悔はせえへん・・妹のこともあるし・・な・・ウチは大丈夫やから・・』と何度も娘を説得しようとしましたが結局、長女の退学に同意したのです。『すまん・・』この一言が精いっぱい・・『お父さんも辛かったやん・・これからの事もあるやろ?ウチは女やし結婚したら学歴なんか関係ないやん。ええ人みつけて普通の家庭を持てたらええねん。』今では何とか体重も戻り始め少しずつ食べられるモノも増えていっているようですが2年前・・家族は地獄を見ました・・長女の病気は『私が悪いねん』と自責の念に悩んだ妻・・次女にも変化が・・・もう無茶苦茶でした・・やっと落ち着きかけたころ私が倒れ・・(俺さえ脳出血で倒れなければ・・)せめて娘二人が結婚する時には親として何かしてあげたい・・子供たちのことを思い、また、この身体の状態を思うと情けなく寂しくもあり・・妻と二人だけなら住宅ローンも無く生活はしていける・・しかし・・・長女も決断を出すまで相当に考えたであろうと・・心が痛くなり自然と涙が出たのです。『お父さん・・・ホンマ・・いいねん。』と少しさびしそうに言う長女に対し返す言葉も出なかった。その夜、実家に泊り翌日はアルバイトのため朝早くに家を出た長女からラインが来ました『お父さん!!E香も心が壊れかかってるから・・高校辞めたいって言ってた。話を聞いてあげてね。』と・・(次女まで??)と・・妻に、このことを話すと、みるみるうちに表情が変わり『なんでやのん??あの子・・あんなに頑張って受験勉強して入学した学校やん??お父さん・・今日にでも学校帰ってきたら聞いて!!(泣)辞めたら中卒やん・・A香が大學辞めて妹が・・』もう家族全員が絶叫マシンに乗り急こう配を凄まじいスピードで下る思いになりました。『わかった。それとお母さん・・弁護士への依頼の件やけど・・・決めた・・代理人として依頼しようと思う・・今・・今・・決断した。』と伝えると『うん・・わかった。こんなにお父さんも娘達も辛い思いしてるんやから・・ええと思う。社長や専務に何と思われようが、この病気は病気になった者と家族にしか絶対にわからへんッ・・だから慰謝料でも損害賠償でもおこして裁判所の判断も必要や・・会社は絶対に悪くないとしか思わないやろうけど仕事に無理があったのは確かやん・・私もハラ括った!!』妻の決心も聞きパソコンの前に座った私はメールボックスを開き右手で文面を入力・・法律事務所 W弁護士宛てに送信しました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加