プラチナ世代のマラソン旅行

時悠人chosan流処世術

★募る政策不信

2021-05-31 08:32:25 | 日記・エッセイ・コラム
 新型コロナ対策で、国民がストレスを感じる最大の原因は、政策の「曖昧さ」や「後追い」にある。

 政府が、客観的なデータを示して、対策の合理性を説いていたなら、もっと違う展開になっていたと切歯扼腕している。

 安倍元総理が『日本モデル』と称した施策の正体は、「自粛要請」ではなく、「自粛強要」だった。
★「日本モデル」=「自粛強要」
 安倍総理が、世界に誇れる卓越した模範となったと豪語する「日本モデル」って、何なのかと考えた。 政府の対策は、科学的根拠やデータを示さず、事業者に補償なしで営業の自粛を要請し、......
次回更新は、6月3日の予定。

★1年前に収束宣言!

2021-05-30 07:20:49 | 日記・エッセイ・コラム
 菅総理は、31日までの9都道府県の「緊急事態宣言」を、6月20日まで延長することを決定した。

 一年前、安倍前総理は、「わずか1カ月半で、流行をほぼ収束させることができた。『日本モデ/ル』で成功した」として、「緊急事態宣言」を解除した。

 当時の感染者数は、20,000人に達していなかったが、功を焦り、経済再生に軸足を移し、「GO TOトラベル」を当初予定より、繰り上げ実施してしまった。

 その後、断続的にキャンペーンを繰り返したばかりに、今や感染者数が730,000人を突破した。「人流」を創出した政府が、「人流が悪さをしている」と真逆のことを平然と言い放つ無責任さに言葉を失う。
★アフター・コロナ社会(番外編2):心のより所
 安倍総理は、わずか1カ月半で、流行をほぼ収束させることができた。「日本モデル」で成功したと胸を張ったが、巷間の反応は、慎重な意見が多いようだ。 小規模事業者が次々に倒産や閉鎖......
 これからは、「心の欲するままに従えども、のりをこえず」に徹したいと思っている。

★「みだれ髪」でも、、、。

2021-05-29 07:54:47 | 日記・エッセイ・コラム
 今日は、「白桜忌」。歌人与謝野晶子の命日だと知っている人は、文学好き。私は、美空ひばりの「みだれ髪」を思い浮かべる。

 「みだれ髪」は、ひばりが、闘病生活から復帰した時、「星野・船村」の名コンビが手掛けた曲で、聴くたびに心が疼く。

 特に、「春は二重に巻いた帯 三重に巻いても余る秋」のくだりは、ひばりのやつれた姿とダブり、痛々しいが、「詩は出だしの二フレーズで決まる」を信念とした星野哲郎の面目躍如といったところだ。

 「歌は世につれ 世は歌につれ」といわれるが、星野は、「流行(はやり)歌は、水に浮かべるとすぐに溶けて沈んでゆく『紙の舟』に似てはかないもの」と表現した。

 若い世代のダンス&ボーカルグループではなく、独りの歌手が、全身全霊を傾けて歌う演歌は、人の世の無常を象徴しているような気分に誘われる。


 

★名作の書き出し

2021-05-28 08:10:43 | 日記・エッセイ・コラム
 島崎藤村の「小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ」の続きの記憶があやふやになったが、懐古園や千曲川の情景が思い浮かぶ。

 宮沢賢治の「雨にも負けず風にも負けず」は、冒頭のフレーズにインパクトがあり、心に深く刻まれ、人生訓としても引用される。

 川端康成の小説は、冒頭の文章の巧みさで、読者を惹きつける。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」で始まる「雪国」は、私が住む環境と重なり、忘れようがない。

 また、「伊豆の踊子」では、「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。」と続くと、下田街道が難所だと容易にイメージできる。

 詩であれ、小説であれ、名作と評されるものに共通するのは、冒頭の表現にあるようだ。
 

★犀星のこころ

2021-05-27 08:57:40 | 日記・エッセイ・コラム
 室生犀星の詩「ふるさとは遠きにありて想うもの そして悲しくうたうもの」は、私が27歳で、初めて、金沢を離れ、東京に転勤した時の心の支えだった。

 「よしやうらぶれて 異土の乞食となるとても 帰るところにあるまじや」の部分は、見ず知らずの大都会で、知り合いもいない心細い生活の中で、苦しくても頑張ろうという気持ちにさせてくれた。

 さて、私は、今までこの詩は、室生犀星が、東京に住んでいる当時、金沢を想い詠んだものだと理解していたが、実は、金沢で書いたものだった。

 誤解の原因は、後段の「ひとり都の夕暮れにふるさと想い涙ぐむ その心もて遠きみやこに帰らばや」の「都」と「みやこ」を取り違えていた。

 犀星が、金沢へ帰った時、受け入れて貰えず、東京へ戻る時の心情を綴ったものだが、どこの地で詠んだものでも、万人の心に迫りくる名作だと思う。