団塊的“It's me”

コキロク(古稀+6歳)からコキシチ(古稀+7歳)への道草随筆 2週間ごとの月・水・金・火・木に更新。土日祭日休み

誤嚥と手搾りスイカジュース

2017年06月14日 | Weblog

①    スイカ

②    ザクロ

③    紫蘇

①    珍しく妻が「何かジュースあったかな」と私にきいた。液体は酒か濃いコーヒーか渋いお茶しか飲まない妻の口から予想もしないジュースという言葉が出た。ジュースとは不思議なものである。例えばスイカ。私が一番好きなのは自分で搾ったスイカのジュースである。スイカならジュースにしなくても、切ったスイカを食べればいいではないかと思う。私が思うにジュースはおそらく高貴な方々が、楽に果物を体に入れるために、面倒なことをすべて召使にやらせたのが起源に違いない。妻はもしかして自分を高貴な存在と思い始め、私を・・・。いやいや、そんなはずはない。

 真夏カンカン照りの中、腰に手を置き、冷たい飲み物を一気にゴクゴク、ゴクンゴクンと飲む。しかし、古希を目前にした私にそれは遠い昔の思い出でしかない。この数年誤嚥に警戒しなければならなくなっている。それでも時々誤嚥を起こし、むせて苦しい思いを繰り返す。統計では肺炎で亡くなる7割が誤嚥性肺炎だという。そういえば、新聞などの「お悔み欄」に「肺炎のため・・・」とよく書かれている。誤嚥は、老化に伴う反射神経と筋肉の衰えで起こる。飲み込んだ飲み物や食べ物が本来、食道を通って胃に入る。ところが食道の途中に気管支への入り口がある。気管支は肺に通じる。呼吸は飲み物や食べ物と違い四六時中されている。若かった時は、鉄道の分岐点での線路切り替えのように食道、気管支と切り替えがキビキビとできていた。よほどあわてて食べ物や飲み物を飲み込まない限り、気管支に入ってむせることなどない。だから子供の頃、喉が渇くと他人の家の外にある水道や公共水道で蛇口の下に顔を入れ、空を見上げながらしこたま水を飲めた。一緒に遊んだ鉄ちゃんという友達は、水道の蛇口の下に長い間、口を開いて飲み、膨れたお腹を揺らしてポチャンポチャンと音を立てる名人だった。夏の太陽をテカテカの坊主頭に浴びて光らせ、豪快に水を飲む鉄ちゃんを思い出す。もうその鉄ちゃんもこの世にいない。

②    ジュースは、私が子供の頃、一クラス上の高級な飲み物だった。母親にジュースをねだると「水を飲みなさい」と言った。父親は子どもに甘く、母と喧嘩してでもジュースを買ってくれた。私が子供時代にした経験を海外でもよく目にした。世界の最貧国と言われる国々で暮らした。着色されて砂糖が入っているだけのなんちゃってジュースがはびこっていた。それさえ買えない、清潔な飲料水さえ口にできない大勢の人々もいた。チュニジアは、失業率が高い国だった。農業が盛んで果物が豊富に採れた。現地の友人の家には、貧しい子どもが安い賃金で働いていた。私たち夫婦はよくその友人宅に招かれた。そこで生まれて初めてザクロの搾りたてのジュースを飲んだ。雇われていた丁稚小僧のような少年が手で搾ったジュースだった。美味かった。ジュースと言えば市販の飲料会社のものが主流である。手搾りの100%果汁のジュースは贅沢である。日本には多種多様な果物がある。手間がかかり後片付けも大変だがジュースは手で搾るようにしている。

③    ジュースと言えるか分からないが、貧しい子ども時代、母親が竹の皮に梅漬けに使った赤い紫蘇を入れてくれた。折りたたんだ竹の皮にできる隙間から赤い樹液を吸った。ただの水でなく赤い色がついているだけで私にはジュースだった。

日本は豊かな国になった。もう誰も私にジュース何て贅沢、水を飲みなさいとは言わない。ジュースも多種多様。市販されているジュースは驚くほど種類豊富である。それでも私は誤嚥に気を付け自分で搾るスイカジュースを飲む。ジュースを飲む時も薬を飲むときも、脳に「これから飲むジュースは気管支でなく胃へお願いします。くれぐれも気管支の入り口の筋肉を緩めないでください。間違って反射神経を作動させないでください」とゆっくり時間をかけて懇願する。そして誤嚥も起こさず飲みきる。美味い。至福の時。

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