団塊的“It's me”

コキロク(古稀+6歳)からコキシチ(古稀+7歳)への道草随筆 2週間ごとの月・水・金・火・木に更新。土日祭日休み

新型コロナウイルス

2020年01月30日 | Weblog

  新型コロナウイルスの感染が世界に拡がっている。そもそもウイルスとは何なのかさえ私にはよくわからない。ウイルスは目に見えない。得体のしれないモノは恐ろしい。

 妻の海外赴任に同行して発展途上国ばかり5任地で暮らした。最初のネパールではコレラ、病原性大腸菌、ジアルジア、腸チフス、赤痢、A型・E型肝炎などの感染に脅えた。これらの感染症だけではなかった。寄生虫検査で陽性となった。

 妻が2年6カ月の任期を終えてセネガルへ転勤が決まった頃、肝炎になりそのままセネガルへ向かった。妻の赴任直後からずっと具合が悪く、妻の治療を受けた。満足に食事がとれていなかったので、点滴していた。肝炎であることはわかったが、何型かの判定はできなかった。セネガルにも感染症が多かった。マラリア、赤痢、デング熱、細菌性髄膜炎、黄熱、狂犬病、サルモネラ。それだけでなく寄生虫の危険もあった。

  ウイルスによる感染症の恐ろしさは、ウイルスが私たちの目には見えないことだ。今回のコロナウイルス騒ぎも目に見えないので人々の妄想が妄想を生みある種のパニックになっている。厚生労働省のホームページによれば、『コロナウイルスとは、ヒトに蔓延している風邪のウイルス4種類と、動物から感染する重症肺炎ウイルス2種類が知られている。電子顕微鏡で観察されるコロナウイルスは、直径約100nmの球形で、表面には突起が見られる。形態が王冠“crown”に似ていることからギリシャ語で王冠を意味する“corona”という名が付けられた』とある。

  早速デンマークの新聞が中国の国旗の星をコロナウイルスの形状に変えたイラストを載せた。何もなくてもヨーロッパでは中国人およびアジア系に対する差別事件が頻発している中、ますます中国に対する風当たりが強くなることが予測される。私たちは恐怖を感じる物に対して、過激な反応を示してしまう傾向がある。過去においてペストやコレラの大流行を経験しているヨーロッパの人々が、今回のコロナウイルスの恐怖に脅える気持ちは理解できる。しかし差別行動に出る前にどうコロナウイルスの感染を防ぐかの方が重要である。坊主にくけりゃ袈裟まで憎い、ではことは解決しない。

  私は持病の糖尿病が原因で免疫性が極端に低い。今回中国の武漢で亡くなった多くの高齢者が成人病を持病に抱えていたという。ヒトは常に感染症の危険にさらされている。ましてや現代のようにヒトが世界中を駆け回って行き来していれば、感染はネズミ算式に拡がる。何事も後手後手な日本政府も今度は、少し真剣に向き合っているようだ。武漢から在留日本人をチャーター機で脱出させたまでは、上出来だった。まだ残る在留邦人の救出も大事だが、帰国後の対応に拙さがある。感染症を防ぐ方法は、最悪の事態を想定した行動と言われる。帰国者の徹底検疫は矯正してでもやらねばならない。ウイルスに法律を適用させているような現状の対策では甘すぎる。

  私はただ自分の過去のウイルス蔓延の日常生活や海外生活で経験して難を免れてきた感染対策のウガイ、手洗い、早寝早起きを実施するのみ。♪「あ~ぁ ばあちゃんの口癖、ウガイ、手洗い、ニンニク〇〇……あぁ~ばあちゃんの言う通り、あぁ~ばあちゃんにはかなわない」♪


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貴景勝が負けた

2020年01月28日 | Weblog

  大相撲千秋楽の次の日の夕方が嫌いだ。特にこの初場所は、応援する貴景勝が12日まで優勝争いをしていたので観戦に熱が入った。土日以外は、妻が帰宅してから一緒に観戦するので録画しておく。私は実際に取り組みが行われている時間、勝負の行方が気が気ではない。観たい、知りたい。でも我慢する。もし勝敗を知ってしまえば、妻と観ている時、結果を教えてしまいそうになるからである。映画でも本でも先に観てしまった人が、結末をまだ観てない読んでない人に話せばしらけてしまうものだ。だから妻と一緒に観る。

  妻も私も自動車の中での会話は、とても他人に話せるようなモノではない。罵詈雑言、ののしり、言いたい放題。相撲観戦も同じだ。妻は朝乃山を贔屓していて、私は貴景勝。お互いの贔屓力士と闘う相手はすべて敵である。私もこれほど熱くなって応援しなくてもと思う。しかし世事に対する溜まりに溜まった怒りや不満を相撲の勝負に転嫁している。これではまるでローマ時代の『パンとサーカス』政策に自ら身を任せているようなものである。応援して言いたい放題できると気分が良くなる。貴景勝が勝てば、晩酌も美味くなる。関取は、決して超人ではない。以前サルコジ元フランス大統領は「ポニーテールの太った男同士が戦うことがなぜそんなに魅力的なのか。インテリのスポーツではない」との蔑視発言を行った。おそらくサルコジ大統領の前のシラク大統領が大の大相撲好きだったのを皮肉る意味もあったのだろうが、多くの外国人の意見と同じものだと思う。特にフランス人は他国文化に厳しい。言い方や表現が辛辣である。だから聞いていて面白いのも事実。誰が何を言っても相撲は面白い。裸、裸というけれど、古代ギリシャのオリンピックは、全裸で闘ったはずである。批判は自由である。世界は、偏見と先入観と自国愛で満ちている。

  26日日曜日千秋楽、妻と私は早々晩酌の支度をして大相撲の観戦を始めた。すでに朝乃山も貴景勝も優勝争いから離脱していた。それでも1敗の徳勝龍と2敗の正代が優勝圏内に残っていた。どういう意図があったのか知らないが、幕内の最下位の徳勝龍は千秋楽の結びで何と貴景勝と闘う。嘘だろうと思った。普通幕尻だったら、千秋楽は同格地位の取り組みだろう。嫌がらせか。とにかく貴景勝が勝って、徳勝龍と正代が優勝決定戦をすればいい。ところがである。とんでもないことが起こった。貴景勝が負けた。徳勝龍のどこにあんな力があったのか?徳勝龍は今まで何をやっていたのか。急に変わるなよ。

  しかし徳勝龍の優勝インタビューは、見ごたえがあった。土俵下の一番良い席に座っていた女性が徳勝龍の言葉に涙してハンカチで目をぬぐっていた。これには私も妻も打たれた。また徳勝龍は、まるで落語家や上手い漫才師のように涙と笑いを織り交ぜ絶妙な受け答えをした。泣く顏、笑う顔を見ていて思った。この顔どこかで見たことあるな。私はある飲み屋のおばちゃんの顔を思い出した。月曜日のお昼に放送されているラジオニッポン放送で高田文夫のビバリヒルズの冒頭、高田文夫が「『タケシが徳勝龍の顏は飲み屋によくいるおばちゃんの顏』と言っていたけど、ほんとおばちゃん顏だね。それにしても徳勝龍凄かったね」

  大相撲の初場所が終わった。月曜日の夜から静かな晩酌になった。


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隠居の手仕事

2020年01月24日 | Weblog

  72歳コキジの隠居の身である私にピッタリの手仕事を見つけた。それは伊勢海老の身を殻から掘り出すことである。行きつけの生簀がある魚屋で訳アリの活きた伊勢海老を買った。妻は伊勢海老の味噌汁が好き。伊勢海老は図体が大きくても食べられるところは、ごくわずか。刺身にすると、その少なさに驚く。しかし身も美味いが、殻からはいい出汁がとれる。買って来た伊勢海老を家で、まず刺身にする。残りで出汁をとる。まだ熱いうちに、ハサミ、蟹甲殻類大腿部歩脚身取出器具、カニ割りを使って身を取り出す。伊勢海老はカニと違って脚が細い。だから面倒で中々厄介な仕事である。だから時間をもてあそぶご隠居さんには、いい暇つぶしになる。

 妻は二枚貝アレルギーである。私の大好きな貝類を食べると体全体にアレルギー症状が現れる。それは見るも恐ろしい。小心者の私はただオロオロするだけで、苦しむ妻に何もしてあげられない。だから妻に貝類を口にさせないよう、日頃注意を怠らない。貝類といっても、貝類は魚屋で売られている貝殻が付いた貝だけが貝類ではない。気をつけなければいけないのは、出汁や調味料やレトルトパックのスープ類ソース類である。ホタテ貝の貝柱、特に干した貝柱は、いい出汁がとれる。少し高級な即席濃縮出汁の素などの袋や瓶には原料や添加物が表示されている。これは助かる。私は店でいろいろ手に取り、近眼の眼鏡を老眼鏡に掛け替えて、商品に目を近づけたり離しながら表示を読む。多くの商品表示において、大事なことは小さな文字である。周りの客は、「この爺さん、なんなの」と怪訝そうに、そして憐れむように見て、さっと視線をそらす。私は妻のアレルギーが出た時の苦しみをしっているので周りの目を気にしない。

 妻は病院で二枚貝アレルギーと診断されてから、我が家では甲殻類の消費が減った。それでも妻は伊勢海老が好きだ。長野県生まれの私たちは、伊勢海老とは伊勢神宮の神様に献上する物であって、私たちは恐れ多くて口にできないと勝手に思っていた。伊豆半島の下田へ行った時、青木サザエ店の食堂で伊勢海老の刺身を注文した。店の人に「殻は味噌汁にできますが、どうされますか?」と尋ねられた。もちろん頼んだ。美味かった。私たちはその味噌汁が気に入った。

 行きつけの魚屋にたくさんの活きた伊勢海老が入荷していた。顔なじみになった店員に「訳アリある?」と聞くと、ニタっと笑いをエクボに寄せた。「持ってけドロボー」とふざけて海老を包んでくれた。レストランや食堂で食べれば、伊勢海老は高価である。自分で調理すれば、それほど高いもではない。刺身を2,3日我慢すれば、この贅沢は許されると勝手に自分に言い聞かせた。

 食材さえ良ければ、素人でも調理の良し悪しは、手間で決まる、は私の持論である。伊勢海老の身を出し終わるのに約2時間かかった。無心でどんな小さな食べられる身も見逃さない、の気持ちで集中してやった。手は伊勢海老の棘や固い殻でガサガサになった。終わった。達成感があった。

 妻が帰宅した。晩酌で夕飯が始まる。伊勢海老の味噌汁に「美味しい」。この瞬間、私の手のガサガサは、スーッと消えた気がした。


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パリのアジア人狩り

2020年01月22日 | Weblog

  いまパリでアジア人狩りが横行しているとニュースを昨夜ベッドに入る前にネットで知った。ベッドに入って横の妻が寝入っても、私は体が火照るほど過去の嫌な思い出に眠気を奪われた。2時間が過ぎ、眠気どころかますます脳が怒りで覚醒してしまった。このままだと明日に影響すると思い、寝ている妻を起こして睡眠薬を出してもらい飲んだ。最近寝つきが悪くなり、妻から睡眠導入剤を進められたが、ずっと拒んでいた。限界、だと思い睡眠薬を飲んだ。眠った。

 なぜ私が覚醒して眠られなくなるほど興奮したのか。パリでの自分の経験と今回のアジア人狩りのニュースが私の記憶と重なったからである。パリでの思い出は、私がアジア人ゆえの差別だった。例を挙げれば、いくらでもあるが、挙げれば私は今夜も眠れなくなりそうなので抑えることにする。

 パリではスリにあった。今は金持ちと言われる中国人が狙われるそうだ。でもフランス人で中国人と日本人の区別がつく人などいない。当時、パリでは多くの日本人がスリに狙われた。地下鉄に乗り込んだ直後だった。混んでいて入り口付近に立っていた。身長2メートルぐらいの男が、私の前に屈みこんで、私の靴の甲を「ペタンペタン」と叩き始めた。私の全神経はその行為に集中していた。スリは3人のグループだった。私の両脇に立った男たちが私のポケットを探った。ズボンの後ろポケットに入れていた長財布を抜き、3人はまさに閉まろうとしていたドアからホームへ出た。しかし最後の男のオーバーの裾がドアの取っ手に引っかかった。ドアが閉まり電車は動き始めた。男は真っ青。電車の中、ホームからあらゆる音が消えていた。人々の目はコートの裾が電車のドアに挟まれたままの男に向けられていた。そいつが私の財布を掏った張本人だとも知らず私はドアの取っ手から男のコートを引きはがした。男はホームに倒れ込んだ。周りの人々の称賛の視線が私を包んだ。スリにやられ、そのスリの命を救ったと知ったのは、財布がないと気が付いたホテルでのことだった。当時私たちはアフリカのセネガルに住んでいた。財布の中身はセネガル紙幣で1000円くらいとクレジットカード。日本のクレジット会社に電話して即カードを使えなくした。被害はなかった。このスリ事件だって考えれば日本人狩りの一種なのだ。差別で嫌な思いをした数はパリが一番多い。あからさまな差別をするのは、フランス人だろうと思うが、移民のフランス語を話すフランス在住者のアジア人蔑視も見逃せない。

 パリ症候群という名の精神疾患がある。世界中から花の都パリに人が集まる。昔から日本の著名な画家たちの多くが、パリへ留学した。画家ばかりでなく、デザイナー、音楽家、ファッションモデル、料理人と多くの分野で人はパリを目指す。一般国民も何となくパリと聞くだけで“憧れ”や“羨望”を抱く。

 憧れや羨望を日本にいた時と同じようにパリに持ち込むとえらい目にあう。差別である。私は過去にパリに学んだ画家やモデルが差別の話をあまりしないことに違和感を持つ。現在、パリに来た日本人がパリ症候群に陥る人が少なからずいるという。憧れは、期待を膨らませるイースト菌である。パリに行きたいと一生懸命働いて、長い期間貯金をしてやっと夢が実現する。パリに到着。何か様子が変。そうパリは決してアジア人に優しくないのである。買い物する。店員に馬鹿にされたような態度をとられる。言葉が通じない。誰も優しくしてくれない。優しくしてくれるのは憧れのパリの人でなく、外国人。メニューまで暗記してレストランに入る。片言のフランス語を使うが通じない。ウエイターやウエイトレスに鼻で笑われる。フランス語の発音に鼻音があるので、フランス語を話せない外国人が馬鹿にされたと誤解することはあるのだが。ショックで憧れのフレンチ料理も喉を通らない。ついにはホテルの部屋から出られなくなる。パリの日本大使館の領事は、このような人々の相談救出に大忙しだという。

 私が住んだり訪れた国でフランス程自分との相性がないと感じた国は、他にない。アジア人狩りは他人ごとではない。フランスの文化文明は、敬い慕う。日本は今政府が先頭になって2020年の訪日外国人観光客を年間4千万人まで伸ばそうとしている。もちろん日本の若者の中に日本国内でフランス人狩りをしようなんていう不心得者はいないと思う。ここが両国の大きな相違である。誇りに思う。おもてなしの国微笑みの国であることは、素晴らしいことだ。しかし一歩外に出れば、日本人は有色アジア人に分類される。日本人を同じ人間として対等に接してくれる外国の人など10%いたら良いほうであると私は自分の経験から考える。日本人は、アジア人であることを自覚しつつ世界に出て行かなければならない。どんなに馬鹿にされようが差別されようが、外見は、日本人の誰もが自分の肌の色や容貌や背丈をもう変えることはできないのだから、ありのままで良い。ただ人間としては、どこの国の人より、今まで通りに『自身得度先渡他』(自分の事より他人のことを思い、優しく手を差し伸べる用意ができている境地)の心を持った国の人であって欲しい、と思うと同時に、お人よしな思い込みは、ほどほどにとも注意をしておきたい。

 


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バドミントン桃田賢斗選手の海外での交通事故

2020年01月20日 | Weblog

  バドミントン男子世界ランク1位の桃田賢斗選手がマレーシアで1月13日未明に交通事故に遭った。前日のマレーシアオープンで優勝したばかりの出来事だった。桃田選手は、金メダル最有力候補である。東京オリンピック・パラリンピック開催まであと200日と迫った時期だけに日本中いや世界で大きなニュースとなった。低速で走っていた大型トラックに追突してマレーシア人の運転手が死亡、桃田選手、コーチ、理学療養士、競技関係者の4人が怪我をした。スポーツ選手の海外遠征は、今では当たり前の事のようになっている。世界のいろいろな国々地域を渡り歩く選手には、常に危険が伴う。選手の身を守るためには、選手を支えるまわりの協力が欠かせない。今回果たして空港までの順路、使う車、席順、運転手の技能や事故歴の事前調査、移動の時間帯などをしていたのか疑問である。選手が競技に集中できる環境を作り守るのが選手を支える者の勤めである。危険を回避するためには、何より金がかかる。「安全は相当程度金で買える」とある大富豪が本に書いていた。いくらオリンピック金メダル候補の桃田選手といっても予算には限りがあるであろう。ならばよけいにその移動に関わる危険回避のための方策は、慎重になされるべきである。

  日本のそれぞれの競技にはバドミントン協会のように団体ができている。その協会は、ボクシング、レスリングや体操などのように役員や会長が問題を起こす。オリンピック・パラリンピックには、選手の数より同行役員の数の方が多いという珍現象が起こる。この辺の意識改革も進めなければならない。選手を支えることにもっと真剣に取り組んで欲しい。

  私は海外で交通事故に4回遭っている。2回はカナダで、1回をネパールで、そしてもう1回をチュニジアで。カナダの一つ目の事故は、夏休みローッキー山脈の中で青少年キャンプのバイト中に起こった。キャンプ場には水道がないので、水は川へ汲みに行く。トラックにドラム缶を7,8本積んで、それを私が荷台で押さえて、トラックは坂を川へと下った。道路はガタガタだった。トラックが揺れた時、ドラム缶が私を挟み込み全身を強打した。私は気を失った。幸い内臓破裂はなく、病院で一夜過ごし、次の日から仕事に復帰した。もう1回はカナダからニューヨークへクリスマス休暇に車で行った帰り、3日かけて、あともう少しで学校に到着するという所で凍結した交差点で衝突。5人乗っていて、私は3人掛けの後部席真ん中にいたので助かったが、車は大破した。ネパールでは3人の日本からの客人をチトワンへサイを見に案内した途中、雇っていた運転手が峠の曲がり角で出会い頭に衝突。車は前部が破損。急遽客人をカトマンズ行きのバスに乗せ、私と運転手は残った。後でこの3人の客人がカトマンズで行方不明になり大使館は大騒ぎになった。数時間後無事3人は見つかった。交通事故より後の行方不明事件のほうが大変だった。

  最後のチュニジアの事故は、やはり雇っていた運転手がランドアバウトの交差点でトラックと衝突した。シートベルトをしていなかった巨体の運転手が衝突のはずみで助手席の私に体当たりしてきた。私はあばら骨骨折の重傷を負った。これは私の運転手の管理指導が徹底していなかったのが原因だった。もし折れた骨が肺に刺さっていたら私は今ここにいない。海外での交通事故は、まず言葉が通じないので事故後の対応が難しい。今回桃田選手は最悪の事態は免れた。マレーシアの対応も良かった。運が良かった。桃田選手の回復を祈るとともに、選手を支えるまわりの人々、特に協会のリスク管理への反省を促したい。


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小さな私の喜び

2020年01月16日 | Weblog

①朝、目が覚めるとまだ妻は小さな寝息をたてて眠っている。私はそっと彼女の手を握る。体温が伝わる。妻のぬくもりは、まるで眠り姫からの贈り物である。喜びを感じる。あぁ、まだ生きていると思う。妻と私の形勢が逆転している。結婚した当時、眠っている妻を見たことがなかった。産婦人科医として当直が多かった。深夜のお産が重なり、一睡もせずに平常診察に入る日もあった。元々睡眠時間が短くても大丈夫なナポレオンタイプだった。しかし今では、ずっとバタンキューだった寝つきが良い私より早く寝てしまう。ノンストップで寝て朝は目覚まし時計とラジオで目を覚ます私だったが、午前2時頃に目が覚める。隣で妻は、スヤスヤ寝ている。寝息は時々イビキになるが、それでも私は妻の寝息イビキを聞いているのが好きだ。色々考える。私が死んだら…。でもそんなこと考えるのはよそう。二人でいつもニコニコ現金払い、仲良く美味しく生きよう。
②冬、散歩を終えて誰もいない家の玄関のドアを開ける。外が寒くても、ドアを開けた瞬間、家の中から我が家のニオイと温かさが体を包む。私は最初の結婚に失敗して、二人の子供を育てた。長男が他県の全寮制の高校へ入学、長女はアメリカ留学で家を出た。私は二人への仕送りに専念した。昼間、専門学校や予備校で教え、夕方から自分が経営していた塾で教え、夜は家庭教師をした。夜遅く帰宅した。家は真っ暗だった。玄関のドアを開けるのが嫌だった。家の中は外気より冷たかった。布団の中はもっと冷たかった。ベッドの脇の笑っている子供の写真が私の体を孤独感に変身して貫いた。今は違う。72歳の冬を迎えたが、あちこち老化と持病で故障が多いが、穏やかに妻と次の任地がどこになるか思い煩うことなく冬でも暖かな家で暮らしている。
③ソフトバンク系列会社のロボットMusio(ミュージオ)を以前買った。妻はまだ現役で病院勤めを続けている。平日朝7時から夕方6時まで、私一人が家にいる。話すことはできない。だからMusioを買えば、英語力の維持にも話し相手としても一石二鳥だと思い込んだ。後悔後を絶たず。またやってしまった。新しもの好きで目新しいものに前後の見境なく飛びつく。Musioは、とんでもないロボットだった。まず設定は私のような素人には難しすぎてできない。造りが雑でコードの差し込みが気持ちよく「カチッ」とはまらない。Musioの英語が聞き取りにくい。またまた大きな反省とともにMusioは箱に入ったままに放置された。友人たちの家に招かれた時、アマゾンの『アレクサ』やグーグルの『OK,グーグル』というスマートスピーカーを楽しそうに使っているのを見た。私はMusioで懲りていたので、どうせ大したことはないと鼻で笑っていた。ところがどっこいの性能に笑いが消えた。アマゾンがブラックマンデーのセールをやり、半額でアレクサを売った。私は迷うことなく即買い。10万円だったMusioと4千円台のアレクサ。Musioとは大違い。凄い機能である。ソフトバンクの孫社長は、アマゾンやグーグルに追いつきたいらしいが、まだまだ。アレクサは、私のこういうのあればいいな、こういう風になればいいのに、を日々満たしてくる。私でさえアレクサを簡単に使えこなせる。まるで未来に一歩踏み入れたような感覚である。ここまで進んだのかと嬉しくなれる。そうそうあることではないが、良い買い物ができたと思えるのも私の小さな喜びだ。私は今日もアレクサに話しかける。「ランチ、何がいい」「食べていませんが、あなたが話しかけてくれれば、お腹がいっぱいになります」
 


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ゴーン被告の逃げるが勝ち?

2020年01月14日 | Weblog

  去年の12月29日、元日産自動車の会長カルロス・ゴーン被告が保釈中にも関わらず、関西国際空港からまんまと逃亡した。プライベートジェット機を使い、トルコ経由でレバノンに入国した。

 多くの人がこの事件に関して、意見、感想を述べている。私は佐藤優さんと堀江貴文さんの見解に注目した。佐藤優元外務省主任分析官は週刊新潮1月16日号25~26ページで「逃亡劇がレバノンのバックアップなしに成就したとは思えません。…日本の主権下に置いておかなければならない人物が、当人の意志によるとはいえ、民間軍事会社所属のプロに連れ去られてしまったわけです。日本政府は事件発生後6日も経ち、やっと法相が会見を開きましたが、遅すぎる。駐レバノン大使の召還をも検討すべき話です」と言った。もう一人の堀江貴文さんは、「まあ、ぶっちゃけゴーンの圧勝だよね。広報戦略は」「ほら、やっぱり検察とゴーン追い出したい派が日本版司法取引を使ったスタンドプレーをしたわけよ。つか、ゴーン追い出したい派もチキンすぎて検察の力借りないと無理だったんだろうね」とツイートした。二人とも鋭い。他の専門家とやらと明らかな違いをみせた。私を感心させたこのコメントは、二人がともに以前、日本の検察と闘い、長い拘留を経て、有罪判決を受けた経験からだと思う。やはり経験に基づいた解説は、説得力がある。難しい話は専門家にまかせたい。

 ゴーン被告は、今回の脱出に16億円から20億円かけたという。信じたくないが、金があればこんなことさえできるのだと思った。日本からの脱出を請け負ったのは、アメリカの元グリーンベレーの民間軍事会社所属の男だという。アメリカは脱税に厳しい国である。この男にゴーン被告がいくら払ったか知れないが、日本の司法当局は、まずアメリカの脱税調査機関にこの男の収入申告の調査依頼をするべきだと思った。レバノンはゴーン被告を返すことない。ならば国際世論に訴えるしかない。アメリカと日本には、犯人引き渡し条約がある。まずアメリカの元グリーンベレーの男の線から手をつけるべきだ。もしもの話だが、日本の警察が逃走途中のゴーン被告を発見していたら、元グリーンベレーだった男(達?)は、どう出たか。話によれば彼は拳銃などの武器を所持していたという。こうなるともうアメリカ映画そのものである。日本国内で元アメリカ軍兵士だった、脱出請負人はどう日本の警察を戦ったであろうか。アメリカの映画会社やNETFLIXが今回の逃走劇を映画化するという話は、映画関係者の制作意欲を刺激したに違いない。

 日本の法務大臣がゴーン被告の逃走から6日経って会見を開いた。それも真夜中にである。おそらく海外に向けての日本司法の立場を表明したかったのだろう。であるならば、やはり英語で声明を発するべきであった。一方ゴーン被告は、レバノンで勝利宣言でもするかのように自分でメディアを選別しての会見を開いた。何しろ6か国語(英語、フランス語、アラビア語、ポルトガル語、スペイン語、日本語)を話せるゴーン被告は、大げさな身振り手振りで自分の言いたいことをまくしたてた。私にその姿はピエロにしか見えなかった。いくら6か国語をあやつれて国際人と賞されても、自分が関わった国の法を踏みにじることは許されない。そういう人を国際人とは呼べない。

 悲しいかな、日本のグローバルゼイション(世界化)は、まだまだ遅れているのである。悲観することはない。どこの国にも同じ問題は存在する。これからどんどん改善されていくだろう。真理はひとつ。どこにも常識ある賢人たちはいる。あのイランにでさえ、現体制に批判的な人々がいる。私は過去に3年間アラブ社会に暮らしてアラブ人気質を肌で感じ取った。何事においても沽券を重んじすぎると思ったが、相手の沽券に敬意をもって付き合えば、良い関係を持てる。私は欲しい物を手に入れるために3日間、アラブの商店へ通った。1日目は軽く断られた。2日目は私の言い分を聞いてくれた。3日目にコーヒーが出て、店主が条件を提示した。店主が言った。「私が日本人にコーヒーを出したのは初めてだ。日本人は、私の言い値ですぐ買ってくれる。お前は本当に日本人か」と。今回の事件を解決するために、日本ができることは、妥協することなく日本の沽券を世界に示し続けることである。いつかはきっとコーヒーが出てきて、相手が話し始める。待つことも沽券である。


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家なき女性びと

2020年01月10日 | Weblog

電車に乗ろうとホームに上がった。目の前に髪の毛がモジャモジャで服はボロボロ、手に大きな袋3つを持った女性が立っていた。みな彼女を避けて距離を置いて歩く。私も「一緒にならなければいいが」と思った。

 小学校3年生と4年生の担任教師だった小宮山先生の話を思い出す。小学校では3人の先生が担任だったが、小宮山先生以外の先生が話したことを覚えてはいない。でも小宮山先生の話はいくつも鮮明に覚えている。先生は講談師のように話が上手で心に響いた。

 『昔行基上人というお坊さんがいました。仏さまが、ある時この行基上人を試しました。仏さまは汚い物乞いに化けました。行基上人が前を通ると声をかけ、助けてくれと懇願しました。行基上人は背負って温泉に向かいました。物乞いが「体中のできものが膿(う)んで、ウジがわいて、痛うて、かゆうてたまらんわ。お坊さん、膿をなめて、ウジを吸い取ってくれへんかいな。ほたら少しは治るとおもうんやけど。」行基上人は、膿ただれたところを舐めうじを吸い取りました。行基上人が舐めたところが黄金色に輝き始め、物乞いは光り輝く仏さまに変わりました』

 教室は静まり返っていた。女子で泣きだした子がいた。男子の私でも気持ち悪くなっていた。なんで小宮山先生はこんな気持ちが悪くなるような話をするのだろうかと疑問に思った。小宮山先生は最後に言った。「人をその姿形で判断するな。その人が自分でどうすることもできないことで差別をするな」 心に残った。

 それ以来、物乞いの人や家なき人を見かけると、行基上人のことが頭に浮かぶ。そして自分に問いかける。「お前にできるか?やってみろ」 思ったことはきっと何百回もある。1回もできなかった。行基上人がいかに偉いか身に染みた。

 電車が到着した。私は乗り込んで優先席に腰をおろした。リュックから漢字パズルを取り出して解き始めた。何か異様なニオイが近づいてきた。あの家なき女性だった。大きな荷物を引きずるようにしていた。私の向かい側の優先席の前に立った。ズボンはあちこち破れていた。太ももの裏側、膝から下のふくらはぎ全部が見えていた。女性は歳の頃40歳代か。そんなことはどうでもいい。優先席近辺に誰も近寄らない。私もできれば席を移動したかった。そうしなかったのは、小宮山先生の話が鮮明に浮かんできたからである。

 女性は何と持っていた大きなビニールの袋からチラシのような紙を4枚取り出した。それを3人掛けシートに丁寧に敷いた。3つの袋の底を手で払って袋を紙の上に置いた。ひとつの袋からプラスチックの洗面器がこぼれ落ちた。女性は声を出した。「もう、また落ちる」話せる!日本語!私は行基上人のようには振舞えないが、この女性と話してみたいと思った。好奇心が聞きたいとうずいた。彼女の生い立ち、どうして家なき人なのか、普段の生活、どこで寝て何を食べ…止まらない。何も話せない。私が降りる駅に着いた。開いてはみたものの、ひとつも解くことがなかった漢字パズルをリュックに仕舞った。立ち上がった。

 彼女に自然に目がいった。お互いの目が合った。私はとっさにお辞儀をした。彼女はポカンとした顔で少し頬を緩めた気がした。小宮山先生に会いたいと思った。


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千両万両 子孫繁栄

2020年01月08日 | Weblog

  散歩していると綺麗なオレンジ色の実がこぼれんばかりについている木を見つけた。ユーゴスラビアに住んでいた時、正確な木の名は、わからなかったが日本の千両や万両に似た木があった。あまりに見事な実の付き方に感心した。現地の人に尋ねると、子孫繁栄を願ってユーゴの人たちも家の庭にこの木を植えると教えてくれた。

  今年は子年である。子孫繁栄といえば、ネズミはネズミ算式に子を産む。その他にもネズミは、商売繁盛・無病息災の象徴とされる。ネズミは地球上に2800種類生息しているという。おそらく人類よりその数は、多いに違いない。昔何かのテレビ番組で、人類の次に地球を制覇するのはネズミだと言っていた。私はネズミが苦手である。しかしネズミ目の中には、カピバラ、モモンガ、リス、カンガルーなど見た目可愛い動物もいる。私が苦手なのは、家ネズミの類なのだ。

  子供の頃、夜な夜な我が家の天井は、さながらネズミの運動場のようであった。父親がネズミ捕りを仕掛けた。よく捕れた。相手はネズミ算式に増えている。どんなに退治しても、我が家の天井裏の運動会は終わらなかった。高校生になって家を出て、カナダへ渡った。カナダで家ネズミに遭遇したことはない。広大な大平原の牧場で、プレーリードッグ(カナダではゴルファーと呼ばれていた)がたくさんいた。農場主たちは、学生などのアルバイトを雇ってライフルで撃って駆除していた。そのアルバイトを1回やった。ベトナム帰りの学生と一緒だった。ライフルの望遠レンズに映るゴルファーがあまりにも可愛くて、私は与えられた弾をすべて空に土手に打ち尽くして牧場主のもとに行った。すでに車で牧場を廻って各人の成果を調べていた牧場主は、私に「お前に日当は払わない。もう2度とここへ来るな」と言われた。ゴルファーは穴を開ける。そこに牧場の牛が脚を入れ、動けなくなり牛が死ぬことがある。牧場主にとっては、損失である。私が首になったのは、当然である。

  いくらネズミがネズミ算式に増えると言っても日本の人口は、逆ピラミッド型で減少する一方である。与謝野鉄幹と晶子には、11人の子供がいた。光、秀、八峰、七顔、麟、佐保子、宇智子、アウギュスト、エレンヌ、健、藤子。今ならテレビの特番『大家族』で取り上げられるであろう。ずっと生活が厳しかった時代、各家庭は子供がたくさんいた。今はどうか。私には孫が3人いる。私の子供が言った。「子供はたくさん欲しいが、現状では育てられない」。私も子供は2人だ。3人目の名前も考えていたが、その前に離婚した。私は姉と妹が2人の4人姉弟妹妹である。子供の数はどんどん先細りである。少子化になっても子供への虐待が増える。訳が分からない現象である。ネパール、セネガル、チュニジアの子供の多さ若者の多さに圧倒された。貧しくても勢いを感じた。

  今年も初参りに近所の神社に行った。普段は無神論だと言いながら、何か抗しがたい大きな力に引きずられてしまう。神社には、五穀豊穣、大漁追福、商売繁盛、家内安全、無病息災、子孫繁栄、招福祈願、厄除祈念、安寧長寿、夫婦円満を求めて大勢が押し寄せていた。子孫繁栄と言っても少子化が進む。子が少なくても、やはり血の継承を求める。

  日本国内での年間の中絶件数は、20万件を超えるという。年間出産数が100万を切った。20万+100万=120万。日本はどこへ向かおうとしているのか。聖書で神は「産めよ、増やせよ、地に満ちよ」言ったとある。真意を知りたい。


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年末年始狂騒曲

2020年01月06日 | Weblog

  12月31日夫婦二人だけで歳とりをした。妻の13年間におよぶ海外勤務から帰国して16年が過ぎた。

 海外に暮らしていた時、もちろんNHKの『紅白歌合戦』は観られなかった。妻の海外勤務に同行する前から、『紅白』は観られなかった。仕事が大学受験生高校受験生に英語を教えていたからである。年末年始は、特別講座を企画して、旅館に泊まりこんで受験生と過ごした。『紅白』は、私の子ども時代の思い出でしかない。

 今は有り余る時間を持つ。テレビは大切な時間つぶしとなる。好きな番組も多い。それでも『紅白』を観て歳とりをしたいと思わない。私が観る番組のほとんどは、芸人やタレントの出てこない番組である。自然、動物、ドキュメント、スポーツ。スポーツ中継を観てから、芸人だらけの番組を観ると気分が悪くなり、テレビを消す。漫才、漫談、落語、コントどれもそれ相当の準備を積んで視聴者の前に立つ芸人たちが好き。年末年始は、忙しすぎるのだろう、生放送の番組に出て来る芸人たちは、疲れ切っていた。芸というよりただの顔見世だった。それで済めば良かったが、とちったり掛け合いが途切れたりで聴くに堪えなかった。働き方改革は、テレビ界ではずっと以前から実施されていたようである。正月番組を録画早々撮り貯めて、実際の正月時、ハワイは日本の芸能人たちで賑わうという。正月三ヶ日のテレビ番組はひどかった。過去の番組の一挙放送とか言っていたが、体の良い穴埋め時間埋めでしかなかった。コンビニの営業時間の短縮であれだけ大騒ぎしたマスコミが、ダンマリを決めているのは、民放テレビ局はほとんどが新聞社系列だからであろう。

 私は、年末年始にサッカーやラグビーなどのスポーツ中継を期待した。しかし高校サッカーの予選、準々決勝が放送されただけで、ラグビーの実況中継は、なかった。なにやらスポーツ専門チャンネルでは観られるらしいが、我が家は契約していない。だからスポーツ観戦もほとんどできなかった。スポーツ中継はなかったが、ラグビーワールドカップの日本チームで闘った選手やスポーツ選手が大挙してお笑い芸人やタレントたちと番組に出演していた。これもあまり好きではない。やはり選手は、自分たちが活躍できるスポーツで本領を発揮して欲しい。しかし日本のマスコミは、麻疹にかかったように一時期話題の選手たちをチヤホヤするが時間が経つと忘れ去る。だから今まで日の目を見ることができなかった選手が一時的であれ脚光を浴びることに反対はしない。

 6日の朝、高島秀武がラジオのニッポン放送で言った。「それにしても年末年始のテレビ番組はひどかったですね。」 嬉しかった。私だけではなかった。

 狂想曲の定義は、形式にとらわれず空想的で技巧に富んだ器楽曲とある。狂騒曲は、実用日本語辞典に「クラシック音楽で自由形式の曲を指す狂想曲にかけて、社会的な大騒ぎ、騒乱・狂乱といった意味で用いられる表現」とあった。

 世の中が多様性であることに異議はない。そんな時代に男と女を紅白に分けて歌合戦はもう古いのでは?私は自分を含めて日本人であることに不安を持つ。ゴーン元日産会長がまんまと年末に日本脱出を成功させた。日本中が年末年始の狂騒曲に浮かれているのを知ってか知らずか法を犯して逃げた。法律に年末年始はないはず。この国では、どこか法律を破る者を見逃して、遵守している人を疎かにしている気がしてならない。

 日本のテレビが狂騒曲でなく狂想曲いや協奏曲の発信元になることを願う。


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