団塊的“It's me”

コキロク(古稀+6歳)からコキシチ(古稀+7歳)への道草随筆 2週間ごとの月・水・金・火・木に更新。土日祭日休み

床上浸水

2024年05月01日 | Weblog

  洗面所のシンクの排水が以前のように勢いよく流れなくなった。パイプの通りを良くする薬品を使ってみた。改善しなかった。そこで以前やってうまくいった方法をすることにした。それは洗面台のシンクに水を貯めて、一気に栓を抜いて流すというものだ。蛇口から水を出して貯まるのを待つことにした。その時、たとえ少し遅れて洗面所に戻っても、シンクには、オーバーフロウ口があるので溢れることはないだろうと思った。書斎に戻って、パソコンで調べ物をした。私は、物忘れの天才である。夢中でパソコンに向かっているうちに、洗面所のことは忘れていた。

  書斎のドアを開けて、リビングに足を踏み入れた。リビングの3分の1の床の色が違っていた。どこかから浸水!どこ?洗濯機か。トイレか。ベランダの水道から水が出ないと妻が言っていた。まさか。思い出した。洗面所の水道を流したままであることを。でもオーバーフロウ口がついているのだから、洗面から水が溢れるはずがない。無音室にいるように音が消えた。静寂。洗面所に行こうとするも、水浸しで歩けない。室内履きを脱いだ。靴下も脱いだ。水の深さは1センチほど。リビングと洗面所の間には、木製の引き戸とドアがある。引き戸が開かない。木が水分を吸って膨張してしまった。力まかせに押してこじ開けた。洗面所のドアを開けた。洗面台が一面水で被われていた。シンクと台の上から水が洗面台の下の物入れの戸を伝って流れ落ちていた。

  ただ呆然とするばかり。とにかく一番先に水を止めなければ。蛇口のハンドルを押し下げて水を止めた。妻の怒る顔が浮かんだ。幼い頃から、失敗を隠すのに長けていた。どうやってこの事態を妻に隠せるか考えた。きれいに片付けて、水が溢れた痕跡を残さなければいい。まず水を拭き取ることだ。バスタオルを次々に水の上に置いた。バスタオルは、水を吸い、すぐに相当な重さになった。頭に浮かんだのは、洗濯機の脱水を使ったらの考え。でも普段洗濯は、妻の担当で、私は洗濯機の操作をしたことがない。ずっしり重いバスタオル4枚をまず洗濯機に入れた。何とか脱水機能を使うことができた。拭き取りと脱水を4回繰り返して、やっと水を拭き取った。

  東日本大震災、熊本地震、能登半島地震と大きな地震の津波や洪水の後、テレビ画面に映る倒壊した建物や住宅を見て、胸が詰まる。そしてもっと悲しくなるのは、津波で家の中が水浸しになっている光景だ。畳、家財道具、本箱、家電製品など水に浸かれば、使い物にならない。それを片付ける人々の苦労悲しみやるさなさを、私は、ほんの少し感じた。水は生活になければならないものだ。しかしその水、まかり間違えば、災害となって降りかかる。

 コキロウ(古稀+6歳)は、妻からきついお達しをもらっている。①鍋を火にかけたら、絶対にはなれない。②刃物は、使ったらすぐ洗って片付ける。③玄関に人が来てチャイムが鳴っても、すぐに開錠しない。失敗したことがあるから、妻が心配するのである。鍋をいくつ焦がしたか。包丁で指先を切り落とした。玄関チャイムを聞いて、宗教勧誘者や静岡銀行の顧客開拓者を招き入れてしまった。

 今回、私は、正直に妻に告白した。妻は、怒るどころか優しい言葉をかけてくれた。最近妻は、介護福祉士のように私に接してくれる。嬉しいが切ない。でも頼りにしている。

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