半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

東京滞在記①~被災地のお話編~

2011年06月11日 | 自分の時間
先週は(金)(土)(日)と東京に2泊3日で行って来ました

有り難いことに、以前住んでいたところのお友達家族のところに泊まらせてもらい、たくさんの人と交流が出来ましたよ

まず、初日は夜におじゃましたので、友人家族と、色々お話をしました。
特に震災のお話。マンションの15Fに住んでいる友人の家ですが、3月11日の震災で、棟と棟の間をつないでいる通路が落ちたとのこと

まあ、マンションがそもそもそういう作りらしいのですが、その話を聞いて、「高いところ、怖い。。。」としばらく緊張して過ごしてしまいました。。。

さて、お泊りさせて頂いたお友達家族の奥さんの妹さんは、岩手県の釜石市にお住まいで、まさに被災地でした。幸いなことに、その妹さんの家は被害を免れていました。

その後は、学生達のボランティアに寝泊り場所として家の2Fを提供されていました。
私も少しですがお野菜をお送りしたのですが、お友達夫妻は実際に行ってきたそうです。
特に旦那さんは、医学療法士でリハビリを教えることができるのですが、知り合いのマッサージのプロにマッサージのやり方を教えてもらった上で、リハビリではなくマッサージのボランティアに行ったそうです。


そこで色々聞いてきたお話をご紹介しますと。。。

・津波で海岸線沿いにはたっくさん死体があって、手がつけられない状態だった
・警察も手がつけられない状態で、自衛隊のみなさんが本当に頑張っている
・でも、家の中で死んでしまった人達の遺体は、警察に届け出ないと動かせないので、そういったところは大体後々まで放置されてしまっている
 →法律や規制のための連携の難しさなどが感じられたそうです。

・岩手めんこいTVが、ボランティアを泊めている私のお友達の妹さん家を取材しようとして、断ったのにも関わらず、「絵になる映像」が欲しく、別のところから人を呼んで来てやらせ的な映像をとっていった。かつ、「映像のため」であって、ボランティアなど頑張っている人への気遣いは一切無く非常に横柄な態度だった
 →メディアが信用なら無い、とつくづく感じたそうです。

・避難所は実は大きなところが大変で、小さなところは食事も連携もある程度行き渡っている。というのも、大きなところでは炊き出しや物資の配給に「公平」を期すために「人数分」のものが無いと判断されたら全て後回しになってしまう。だから、小さいところは炊き出しが結構あるが、大きなところは、菓子パンや冷たいおにぎり、といった状態が未だに続いているところも多い
 
 など。現地の話は現地で始めてわかるということが色々ありました。

 私の家の近所に住んでいる個人塾を経営していたおじさんは、3月末に塾を閉めて、4月から今までずっと奥さんを家に置いて単身被災地にボランティアにずっといっています。
 いつ帰ってくるかわからないのですが、本当に凄い人だと思います。

 私も、しばらくしてから行って来たいと思います。そしたら、現地の人が欲しがっているものをブログに書くので、みなさん、是非送ってくださいね。

 子供達がいるところだと、お絵かき帳やシール、クレヨン、とかそういった遊び道具だけでも嬉しいようです。

 
 話は変わりますが、私の以前勤めていた会社のお取引先で、工場が流されてしまったところが2社あります。今なら「東北の被災地の会社のものです」と言えばお客さんは買ってくれるそうですが、この「支援熱」が覚めてしまった後のことも考えて、今から色々な仕組みを前職にみんなは考えていました。
 例えば、1年間継続して買い続けることを登録する、といった制度など。

 こちらも、私も紹介していこうと思いますので、そのときはみなさん、宜しくお願い致します。


 そんなこんな話をしながら、スカイツリーがみえるマンション15Fの家から、夜中まで色々お話をした初日となりました。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« あさり釣り | トップ | 東京滞在記②~最近、どうよ編~ »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

自分の時間」カテゴリの最新記事