半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

春の畑

2017年03月24日 | 農的体験・生活
3月下旬になると、春の三寒四温と言いますが、寒い日もあれば温かい日もあり、しかし確実に平均気温は上がってきます。

特に日中はポカポカになり、「春」がうごめいているのがわかります。

冬は、地面の下など根っこが動き始めていたり、木であれば水分を吸い上げたり、草木花は花芽をつけたり、ということで、あまり変化が見えませんが、春になると花芽がつぼみから「開花」という目に見える現象が現れます。

お花が咲くとどうなるか?

すると冬眠していた虫たちが一斉に動き出し、羽虫が飛び始めます。

そしていつの間にかテントウムシちゃんが畑にあらわれたり、卵だったものがかえって幼虫がうごめいています。

今年一番のテントウムシの成虫や幼虫を見つけて「あ~、いよいよ今シーズンも始まりだな~」と思うわけです


冬の寒さで生育しなかった遅まきのホウレン草もいつの間にか大きくなり、これから1日で1㎝ぐらい大きくなります。
今の時期のホウレン草はぐんぐん伸びるので、冬のように「なんじゃこりゃ」という甘さや美味しさは減ってきて大味になってきますが、その分、あっさりとした感じで柔らかく、美味しくなるんですよ~



にんにくも寒さで凍えるようになっていたのが、元気に葉っぱを育て始めます
もうこなると追肥はよくないといいます。追肥をすると首が太くなったり、収穫後の保存があまり効かないにんにくになると言われています。


こちらはソラマメ。昨年、だいぶ鳥に食べられたので今年はもう数株しか残っていません。
まあ1回とったら終わりですね



そしてなんといっても、今の畑は草をとるだけでなく、スナップエンドウのネットを張らなくてはいけません。
ツルを絡ませるためなのですが、毎年、後手後手になって、ツルが「ひっかかるものがないよ~」とお互いに絡みあったのを「ごめんよ」と言いながらほどきながらネットに絡ませるということをやっているのですが、今年はちょっと頑張ってこの時期に手が打てました



しかし、パオパオという保温するための不織布をかけたところは、もうこんなに大きくなっているので「あぁ、ちょっと遅かったかな」と反省するわけです。


一方で、パオパオが無い、そのまんまのものは冬の寒さでいじけていたので、まだこのぐらいの大きさで、ネット張りにはまだ遅くない状態です。


どっちがいいかというと、これは好みなんですが、パオパオをやると生育が早く、実なりが早くなります。
ただ、遅霜が来ると寒さで鍛えられていないので、やられる可能性があります。

パオパオが無いのは自然のまんまなので遅霜にも強いのですが、後半は虫にやられやすくなります。

ということで、今年は両方やってみてバランスをとってみたわけです

しかし、これから一気に草が伸びるので、毎年思うのですが「早く草をとらねば。。。」と。

この時期のスタートが遅いと、「もう手が間に合わない」となって、5月は草を刈りながら夏野菜を育てるといういたちごっこになるんですね

ということで、今年は早め早めを心がけたいと思います(と毎年思いながら、結局後手後手になるんですが
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ハッピーバースデー♪

2017年03月23日 | 素敵な家族・子供との時間
今日は愛する次男の誕生日

3月生まれなのでまだまだ小さく、素直で可愛くて仕方ありません

そんな次男も去年は節目の7歳になりました。

7歳は「魂がきちんと体に入り、神様の子から人間の子になる」と、縄文時代から思われていたそうで、またドイツのシュタイナー教育の中でモ7歳は節目の年。

そして今年の8歳の誕生日は、1~2年と同じクラスだった仲間と明日でサヨナラ、という前日です。

また、お兄ちゃんもお世話になった担任の先生も明日をもって定年退職ということで、まさに「節目」といった誕生日です。


小学校では、「お誕生日の子は給食の牛乳で乾杯」という習慣があるようで、うちの子はいつも「3学期最後の給食」で乾杯をしてもらいます。

今回は、「2年間いっしょだった仲間も最後」ということで、うちの子がそういったことを言ったら、「そうですね」と先生も言ってくれて、あちこちで乾杯があったそう。

そんなことを嬉しそうに報告してくれる我が子が、すくすくここまで大きくなったことが、何よりも嬉しいです

私の最大の願い事は、「子供が元気にすくすく大きくなること」。

それがかなっているのだから、これ以上の幸せはありません

ちなみに、今回お願いした5,000円近くのケーキは、フルーツニャンがいっぱいのケーキ。

ちょっと前まではパテシェエが手で絵を描いていたのですが、最近、機械を買ったらしく、持っていった本そのものを写したものが乗っていました。
最近のケーキは凄いですね~
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食と命の教室「土の世界を知る」

2017年03月19日 | 農的体験・生活
今年2回目の「食と命の教室」がやってまいりました

今年はなぜかお申込みが多く、すでに満員御礼で席に余裕が無いほど。

時代がより求めているのですかね~。

さて、今回のテーマは「土の世界を知る」です。
まずはいつもの通り、朝にご挨拶とちょっとしたお話をした後、農場の近況を知るために、ちょっとした散策です

こちらは、おかげさま農場の出荷場。高柳さんがちょっと用事があったようで、立ち寄ったのですが、みなさん初めて出荷場をみて「へ~、ここから出荷されているんですね~」と興味津々


その後に道すがら、通ったのが小麦畑。
高柳さんから小麦の説明がありました。
「以前、小麦のことを調べていたら、流通している小麦の代替が残留農薬があるということを知ったんです。でもそれは基準内だから良い、ということになっているんですね。でもそれじゃだめだろ、ということで、しばらく作っていなかった小麦を再開するようにして、そからここ10数年は毎年小麦を自分で作って、小麦粉も自給しています。昔は小麦や落花生を必ず作物の間に育てていたんですよ。小麦は土をリセットするといいますが、吸い込む力が強いんです。それで色々な要素をいったん吸わせることで、連作障害などが防げるんです。もう1つは、科本科といって、稲科は根がぐわっと地中に潜り込むんです。1mぐらいは行きます。そういった根が地中で腐ると栄養になるでしょ?そういう意味でも小麦を定期的に植えるとその畑は良くなっていくんです」


さて、小麦畑を通って到着したのが今回の「土の世界を知る」の1つ目の学び、野ざらしにした馬糞堆肥の見学です。
ホトケノザがびっしりと生えています


触ってみるとサラサラで、みんな「全くにおわないんですね 」とびっくりしていました
高柳さんいわく「堆肥が本当に良いか悪いかは種を蒔いてみればわかります。発芽して育つようならばきちんとした堆肥、いわば土になっている。そうじゃないのは命を育てられないまだ未熟なものだな」と、わかりやすいですね~。


こちらはおかげさま農場で使っている肥料の説明。
昔は米ぬか、石灰、鶏糞といったものを順番に撒いてから畑を耕していたのですが、それが手間になってきたので、肥料屋さんに「おかげさま農場の肥料」を指定した材料とブレンド比率で作ってもらったそうです。


こちはら田んぼの準備の一環で、水に浸けている種もみ。
もみ殻がついている状態でお米を水につけて、飽水させることで、発芽を促しています。
これから芽が出てくるころに育苗箱に蒔いて、今度は苗作りが始まります。


お次は先月に蒔いたミニトマトやナスの見学。
実はハウスの換気に失敗して、中が40℃ぐらいになって、一部焼けてしまったそうです
「まいったよ。半分ぐらいかな」と高柳さんもお困りの様子


こんな感じで真ん中の方が芽が出ていません。外側は外気に近いから冷えているのですが、内部は熱がこもっちゃったんですね。。。


最後に母屋の前の水桶。
これは山に湧き出ている清水をパイプを通してひっぱってきているんですよ
山に何かあったらわかる、ということや、震災の時などにもこれで水を補給したそうで、近所の人ももらいにきたことがあったそうです。
薪があり、水があれば、電気が止まっても生きていける、ということなんですよね


みんな「飲んでみたい」ということで試飲。美味しかった


そして、小屋に戻って土の世界の映像を観よう、と思ったら、初参加の方が「ギターがあるんですね」と言ったものだから、高柳さんは「聞くか?」と言って、いきなりギターが始まりました


そんなこんなでちょっとした演奏を聞いた後に、今回のテーマである「土の世界」を顕微鏡で覗いた映像をみんなで視聴しました。

土は窒素・リン酸・カリが主要元素と言われていますが、実際は生き物の住処であり、その生き物がいなくなれば「死んだ土」です。

例えば、土をスコップいっぱいすくって、電気をあてると、その熱や乾燥をきらって、ヤツデ、みみず、カメムシ、ムカデなどがうじゃうじゃと出てきます。

それは我々の目に見える範囲。

小さじいっぱいの土をすくって、これを電子顕微鏡などでみると、そこには1億もの小動物や微生物がいるんです。

ダニやワラジムシの赤ちゃんから、それらの死骸を食べるカビ、バクテリアなどなど。

みみずのウンチの中をみると、そこには小宇宙が広がっていて、生態系が出来上がっているんです。

ダニなどの死骸を食べる虫、その死骸を食べるバクテリア、そのバクテリアなどが何百、何千種類といるんです。

そのような生態系の中で、植物は根をのばし、その根に寄生するバクテリアに栄養をあげつつ、バクテリアからも栄養をもらう。

単なる化学物質の世界とは違うんですよね~

みんな真剣に。例えばこれは毛根の映像。


時間が経つと、そこからさらに目に見えない毛細根が広がっていきます。


根っこの中に微生物がうごめく映像。


みんな初めてみる「土の世界」に感動を覚えていました。

さてさて、映像の最後の方には既にお母さんが作ってくれたお昼ご飯が運ばれてきていたので、みんな待ちに待っていたお昼ご飯です


素敵なランチプレートですね


前回もそうだったのですが、今回も「どうやったらこんなに美味しくなるんですか?」という質問が飛び交い、高柳さんが電話して、お母さんを呼び、みんなであれやこれやら、芋の煮かた、味付け、大根の漬物のレシピなど、根掘り葉掘り30分ぐらい聞いていました。
ちょっとしたお料理教室でしたが、まあ、本当に美味しい野菜を美味しく作ると、肉などがなくても子供もパクパク食べるんですよね~



さて、お腹いっぱいになったあとは、みんなで畑で種を蒔きます。

まずは、鶏糞を撒きます。匂うので、逃げる女子もいましたが、「やりたいです」といって参加する女子もいて、いろいろですね~


トラクター姿は特に男の子は「格好いい」と大人気


さあ、みんなで1粒1粒蒔いていきます。


その後、不織布といって、霜よけの布をかけて、裾に土を載せて風で飛ばされないようにします。
鍬を使ったことが無い方もいたので、高柳さんからレクチャー


作業が終わった後は、お土産の収獲です

まずは、サニーレタス


次はかぶ


中には自生しているふきのとうを収穫した人も


そして、お昼に出た菜花を摘みました。


きれいですね~


中には、カモミールを根からひっがえしてお土産にする方も。


色々お土産を手にした後は、みんなで色々な感想を言い合いました。

高柳さんも色々話しましたが、「土の世界には小さじ1杯で何億もの生き物が生きている。そこで初めて健康な野菜が育つわけです。人間も腸に100兆の微生物がいることで、初めて健康な命が保たれる。両方とも同じだと私は思うのですが、生命力あふれるというか、健康な命が育つところというのは、そういったたくさんの無数の生き物が生きているところなんだと思うんです」という言葉に、みんな同感していました。

そんなこんなで今回も深く楽しく学んだ「食と命の教室」。

今年度は既に満席ですが、このメンバーで楽しく深く学びあっていきたいと思います
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「新嘗のこころ」

2017年03月18日 | 素敵な本
一昨年、何回か参加させた頂いた「古事記のこころ」の小野先生の今年の講座「新嘗のこころ」に参加させて頂きました。

家の中の軋轢があると、この講座にはよく救われたものです

小野先生というのは湯島神宮で神職をされている先生なのですが、その教えは熱くとてもシンプル。

というより「神道」というものが何なのか、その根源的なものはシンプルであり、それを熱く熱く教えて下さる先生なのです。

簡単に言ってしまえば、「人はかみさまと同じであり、魂は1つであり、宇宙と1つである」ということ。

これを「体で感じる」ことが昔の日本人は出来ていた、ということ。

「かみさまの命を受け継いできてご先祖様があり、ご先祖様の命を受け継いできて自分がいる。つまり、自分の中にご先祖様がいて、かみさまがいる。そのかみさまを大事にしなくてはいけないよ、自分の異心(傲慢、妬み、嫉妬などなど)で覆ってしまってはいけないよ、見えなくなったら祓わなくちゃいけないよ」

ということです。

「祈り、祓い、かみさまの命と自分の命が1つのものということが分かれば、この世は感激・感謝の世界であることがわかる」

というのです。


 まあ、凡人の私にはなかなかそうはいきませんが

 とにかく、小野先生の教えてくれる内容とは、終始一貫、このことなのです。

 古事記も「物語そのものが重要ではなく、その中にある教えを理解すれば、1つ1つの物語ではその物語が繰り返し示されているということがわかる」というのです。

 確かに古来の神話などはその物語が大事なのではなく、その歴史というか伝承の中で今の自分たちがある、ということを感じ入ることが大切なのでしょう。

 もっといえば、「神話」という言葉は明治に出来たそうで、古事記などは「古来伝承」といういい方をしていたそうです。



 そんな小野先生の勉強会ですが、昨年は参加しなかったのですが、1年半ぶりに参加した今年は「新嘗のこころ」という本を使ってのお勉強でした。

「古事記のこころ」の時は、古事記そのものが私には難しかったのですが、それに比べると「新嘗のこころ」は小野先生の講演をもとに本にされていたのと、そもそもの「新嘗祭とは何なのか?」ということを伝えるための本なので、とてもわかりやすく、新嘗祭とは何なのか?とか、天皇と国民と神事の関係などが非常にすっきりとしました。

 特に、1番「お~」と思ったのが、小泉八雲の話が出てくるところです。

小泉八雲というのは、明治時代に日本人女性と結婚し、日本人になった西洋人の英語教師なんですが、その小泉八雲がこれから出征する教え子と対話した内容が挿入されていて、それが「なるほど~」と思ったのです。

 教え子は、「自分はご先祖さまや父や母と共にいるし、もし自分が死んでも家族が供養してくれるから、死がすべて無になるとは全く思わない」と言います。

 小泉八雲は「昔のローマ人は、確かに今の日本人と同じように魂は残ると信じていたということを知識としては知っている。でもそれは遠い昔のことで、今の西洋人の私達からは、死は現実の世界から完全に離れることを意味する。死んでもなお魂は残るという感情は、先祖や親から伝承してこないと伝わらないものだろうから、私にはわからないな」と答えるのです。

 これを読んで、「なるほどな~」と思いました。

 小さい頃に、おばあちゃん家や、お寺でもいいのですが、ご先祖様に手をあわせ、お祈りをしている大人の姿を何となくでも見て、ものまねをしたりしながら、何となく「その感情」を小さいうちにもったことがあるか、ないか、で、その後の「魂が何となくそこにあるかもしれない」という感情があるかないかが決まるんだな~、と。

 そんな話をしながら、天照大神から皇祖に委託された「瑞穂の国や国民の幸せをひたすら祈ること」ということを、今も代々、終始一貫されてきた天皇、あるいは新嘗祭の意義、意味を学びました。

 そして、それは「どの家庭も戦前までは当たり前にやってきた」という事実です。
 
 私の知っている範囲では、農家の高柳さんが、今も神嘗祭の時、新嘗祭の時には甘酒を作ってお供えしています。
 「昔はどこの家庭もやっていたけど、最近はうちぐらいかな」と言います。

 また、神崎町の神山酒店の店主から以前聞いたのは、「50年ぐらい前は、みんな11月23日はお供えをするために甘酒の注文があって、どこの酒屋も忙しかったんだよ。まあ酒屋でいえばかき入れ時みたいな感じだったんだ。まあ本当に昔のことだけどね」という言葉が思い出されます。

 新嘗祭はお米の国の日本にとっては一番大切な行事ですが、それと対になって2月に行う「今年1年の豊作や国の平和を祈る行事」もあったそうです。

 それは決して天皇のものではなく、各地域、各村、各部落、各家庭で戦前まではずっと行われてきたこと。

 そんなことを近代まで国をあげてやっていた国は世界中探しても無いそうです。

 確かに、そうですよね。

 国主を頂点に、国民のほとんどが五穀豊穣を祈り、地域の平和を祈るということを同じ日にやってきた、というだけで、確かに西洋人からみれば「アメージング」なわけです。

 「それは天皇のものだけではなく、1人1人のこころなんです。そのこころを取り戻し、1人1人が国の平和、世界の平和を祈りながら自分の異心を祓い、清らかに暮らしていくことが、日本に求められていることなんです」

と、小野先生からの熱いメッセージでした

 そして、主催者のKさんの手作りおはぎもお土産に

 お昼は近くの蕎麦居酒屋で美味しく頂き、素敵な1日になりました


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新しいシーズン

2017年03月16日 | 自分の時間
あっという間に3月も中旬です。

本来、3月は比較的余裕があるのですが、家のごたごた、5月以降のオンシーズンに向けての受付対応などで、なんだかんだ言って月日は流れていきます。

農家の方々も、田植えのために代掻き、畔塗り、種もみの温湯消毒などの仕事が入ってきて、気が焦っている感じです。

人間の気持ちだと、4月が春で、仕事も学校も4月が新しい期のスタートというイメージです。

私の中では5月が新しい期のスタートということで、まあ準備も考えると4月から新たな気持ちで、ということになるはずです。

ところが、どうしてか、なんだかんだいって色々雑用や仕事が多いんですよね~


逆に思えば、2月下旬ぐらいから季節は一気に春めいてきていて、朝起きても「あれ、まだこんな早い時間なんだ?」と思うほどお日様が上るのが早くなってきました。

自然の中では2月下旬ぐらいからが新しい期というのでしょうが、生命が一斉に動き出す時期な気がします。

地面の上に虫がうごめきだし、みみずが顔を出したり。

羽虫が飛び始めたり。

菜花が一斉に咲き始めたり。

「春だな~」と思うのですが、人間も自然の一部と思えば、今の時期が「新しい期のスタート」というのも当たり前なのかもしれませんね
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ゴボウ茶

2017年03月13日 | 食べもの
最近、家に貯め込んだお茶系を飲んでいます。

いつも緑茶ばかり飲んでいたのですが、過去、色々作ったものがあるのです

その中の1つが「ゴボウ茶」。

一昨年、おかげさま農場の生産者からいただいた無農薬栽培のゴボウで、あまりに多く、使いきれないままにしなびてきたので、洗って輪切りにして天日干しにしたのがコレ

去年もちょっと飲みましたが、さて1年経ってどうかふたを開けてみたら、カビなど生えていませんでした


これを普通にお茶のように、お湯を注ぐと、5分ぐらいでこのぐらいになります。
でも完全に戻すには10分ぐらいかかるので、本当はポットに入れるより煮出した方が良いのでしょうね。


こんな色のお茶になります
ゴボウの香りがかなり香ばしくて、ゴボウが嫌いじゃなければとてもいいお茶です
ゴボウは胃腸にとてもよく、水溶性の繊維も多く、腸内細菌にもとても良いエサになると言います。
せっかく作ったので、ちょくちょく飲んでいます
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また、3.11がやって参りました

2017年03月11日 | 自分の時間
また、3.11がやって参りました。

ラジオやテレビなど、3.11を忘れず繰り返し繰り返し放送をしてくれるのは、とても良いことだと思います。

阪神・淡路大震災や新潟中越地震などは、東日本大震災ほど繰り返し放送はしませんでした。

1つはキー局が東京にあるということ、そして何よりも被害が最大級だったから、ということだからでしょう。

特にNHKは、3.11という日付を問わず、1年を通じて「復興番組」を放映し続けています。

そこは私は「凄いな~」と思っています。

そして、このラジオやテレビで放映してくれるおかげで、私達も記憶の風化が起きず「あの日」の事を思い出します。


そして我が家は恒例の「夜ご飯は電気を消してロウソクで」を実行しました。

妻は、気分が乗った去年ぐらいしか賛同してくれませんが、やらないよりやった方がいいです。

子ども達は小さいうちは「何だかきれいだね~、誕生日みたい」なんていっていました

でも、最近はきちんと会話が出来ること、小学校でも前日の金曜日に「黙とう」をしているので、何となく意味がわかっている感じです。

「あの日」の事を話すことで、子供たちも「何となく」ですが、記憶がよみがえるようです。

トラウマほどの大被害が起きなかった我が家は、「何となく」ですが、それでもいいと思います。

大きくなった時に、そういったことを積み重ねてきていることで、何か「あ~、あんなことしていたな」と彼らなりに少しでも役に立つことを願って。

そして、未だに大きな心に傷や物理的被害、あるいは家族がずたずたにされてしまった方々、大きく人生が変わった方々の事を思い、自分がすべきことをきちんとしていきたい、と思う3.11でした。
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菜花の季節

2017年03月10日 | 農的体験・生活
 3月に入りました。今はちょうど端境期(はざかいき)です。冬野菜が終わりに近づき春野菜が出る前のちょうど間で、野菜の種類が不足する時期です。
 そのため、トンネルやハウスを使って何とか野菜を作ります。
 長ネギは路地ですが、大根やカブはトンネルですし、葉物も小松菜など路地ものもありますが、そろそろ菜花が咲いてきますので、ハウスものなどが多くなってきています。
 そういえば我が家の畑で先週から菜花が穫れ始めました
 特に、私は秋に小松菜の種を沢山撒いておき、あえてこの時期に菜花を収穫するのが習慣になっています。


 菜花はアブラナ科のつぼみ、あるいは花のことで、小松菜がとても味が濃くて美味しいです。

 一方で山東菜や白菜の菜花は、葉っぱの味のとおりたんぱくで淡い感じというか、優しい味です。

 十字の形の花を咲かすルッコラの菜花は、味も葉っぱと同じピリ辛です。

 大根もアブラナ科で菜花を咲かしますが、これまた生で食べると大根おろしを食べているようで辛いんですよ。

 私のように路地の畑しかないと、食べるものが冬越しのほうれん草ぐらいしか無くなってきます。
 しかし、その分、菜花が入れ食いになります

 自然は良く出来ているもので、冬から春にかけて気温も変わり、体調も変わる時期に、菜花などつぼみのものを食べると冬に体に貯め込んだ毒素を排出してくれると言います。しばらくは菜花尽くしで春野菜が出てくるまで、体の中も冬から春モードへ切り替えていきたいと思います
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今年度最後の放課後子ども教室

2017年03月09日 | 自分の時間
2016年度の「放課後子ども教室」が終了しました。


「放課後子ども教室」は国や県や市が連動している「子どもの居場所作り事業」の一環で、地域の大人と子供が関わることが、子供の成長や子供の防犯に必要ということで、始められたものです。

2015年から始め、今年で2年目が終わりました。

毎月2回、体育館でちょっとしたゲームをしたり、鬼ごっこをしたり、昔遊びをしたり、外遊びをしたり、はたまたスライム作りやプラバン作り、クリスマスケーキを作ったりと、まあ楽しく過ごしてきました

うちの学校は3年生と4年生が対象なのですが、2年生の小さな子が準備の時に覗きに来て「いいな~、私もやりたいな~」ということもあったりしました

それもそのはず、お母さんスタッフがまあ凄いこと凄いこと

子ども達を楽しませたい、喜ばせたい、という思いがつまっているので、準備にものすごく時間をかけてくれるのです。

そのおかげで、子供たちも毎回楽しみにしていてくれて、学校とはいえ、放課後であるからこその解放感というか、子供たちは普段の素の状態で思いっきり楽しんでくれました

そして、何より立ち上げから2年間携わってくれた中心的なお母さんスタッフも、自分の子が卒業ということにあわせ、これで卒業ということで、私もちょっぴり感傷的になりました

特に、今年度から参加してくれたお母さんスタッフから、2年間務めて来た先輩スタッフに「ありがとうございました」というサプライズプレゼントもあり、先輩スタッフも涙がちらりという場面も

私も楽しませて頂いただけでなく、色々な子どもを知ることができ、また色々な親子関係を知ることも出来、とても勉強になりました

学校にはPTAやおやじの会などがありますが、それ以外にも朝読書ボランティアがあったり、この放課後子ども教室があったりと、様々な形で学校とかかわりながら子供たちと関われるのはとても良いな~と思います。

特に幼稚園と違い、なかなか学校には足を踏み入れる用事がないため、学校や先生との関係は薄くなってしまいます。
しかし、この放課後子ども教室のおかげで、子供たちがお世話になっている学校に足を運ばせて頂くことができ、先生たちのことも多少なりとも知ることが出来、そんな中で育てて頂いてる子供達のありがたさや感謝の念も強くなっていきました。

子どもは地域が育てるもの、そして結局は親次第なのですが、大きな影響を与える学校、たくさんの時間を過ごす学校や先生方に対して親が理解をし、感謝の念を持って預けることは、より子供たちにとっても良いことだと思いました。

いずれにしろこれにて2016年度の教室は終了です。

そして、また来年度も新しい子供たちとお母さん達に会えるのが楽しみです
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中国で大気汚染で100万人死んでいるんですよ

2017年03月03日 | 自分の時間
1カ月前ぐらいのNHKスペシャルで中国の大気汚染について放映していました。

2014年~2016年の間、反対運動をしている方や政府の対応を追った番組なのですが、知ってびっくり

「大気汚染の影響で毎年100万人が死んでいる」んだそうです。

年間100万人ですよ

昨日、おかげさま農場のスタッフとも話したのですが、年間100万人ですからね。異常ですよね。

「なんでこれほどのことなのに、世界中が騒がないんだろう?」と私は言ったのですが、そのスタッフもそれほど反応をしていませんでした。

この100万人という数字は、世界トップクラスの青華大学の調べで発表しているんです。

「年間100万人が大気汚染の影響で死んでいる」ということを、青華大学の名で発表するまで中国は変わったのか、また日本のメディアがこんなことを放映しても大丈夫になったのか、という驚きもありました。

青華大学といえば、中国の東大みたいなところです。

そこが発表しているという事ですが、別の番組で以前から効いていたのは、中央政府の中国共産党が「大気汚染が深刻しすぎて反乱がおきていて、このままだと瓦解しかねない」という危機感を強く持っているからだそうです。

今まではある意味、中国共産党の力で抑え込めてきた色々な問題が、もはや抑えきれないほどになってきたそうなんです。

「へ~」程度しか思っていませんでしたが、今回の番組を見て「そりゃそうだ、っていうかトンデモナイ状態じゃないか」と私は衝撃を受けたのです。

そもそも、国立の大学が発表している時点で、多少は数字を減らしているでしょうから、実態は年間200万人かもしれません。

普通は数字を低く発表しますからね。

日本の原発と同じで、「死因の直接の原因とはいえない」というのどこの政府もやることです。

つまり、中国はずっとそういったことで「大気汚染のせいではない」と言って来たわけです。

それが、もはやどうにも抑えきらないので、大学調べで発表した数字が「年間100万人が大気汚染が原因で死んでいる」ということなのです。

つまり、本当はもっといるわけですよね。

改めてですが、年間100万人ですよ

シリア難民も大変ですが、年間100万人が死亡している、ということは、AIDS、SARS、エボラ出血熱といった世界中に「危機的状況」といった病気や事故をはるかに超越している数字です。

年間100万人が難民になっているわけではなく、人口14億の中国とはいえ、そのうち、100万人が毎年死んでいるなんていうのは、シャレにならない。

これほどの人間が起こした環境汚染・人口災害は歴史上無かったわけです。

50~60年前の日本のチッソ、水俣などの風景はこんな感じだったんだろうな、という思うのですが、規模や数字が全く違うのです。

内政干渉となるし経済市場として大きい中国に対し、世界は騒がないのでしょうが、本来なら国連などが「人道的危機に瀕している状況」として、シリア以上に、あるいは北朝鮮の核開発以上の「地球規模の大問題」としなければいけない、と思うのは私だけでしょうか?

番組では、1人息子を亡くした母親や病気になる子供を持ちながら戦っている母親の姿を追っているのですが、その姿はどこの母も同じなんだ、ということを知らされます。

しかし、それ以上に「100万人」という数字を識者はどう考えているのでしょうか?

あり得ない数字ですよね。

繰り返しですが「年間100万人が大気汚染で死んでいる」という国が、日本の隣にあるんですよ。


http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20170205
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