ロシアが5月4日、岸田首相ら63人の日本人をロシアへの入国を無期限に禁止すると発表した。中心は政権幹部や自民党外交防衛関係者、衆参の「沖縄・北方特別委員会」メンバーだ。官僚も同様だ。メディア関係も政府寄りの人々が並んでいる。その中で異質なのが共産党志位委員長だ。ちょっとした話題になっている。志位委員長はこの間何度も厳しいロシア批判をおこなっている。
世間では日本共産党はロシアの仲間だと勘違いしている人がけっこういるから、驚きもしただろう。テレビで世界のありとあらゆる事象を知ったかぶりで解説している池上彰さんでさえ「そもそも日本共産党は北極星ではなく、ソ連という恒星のまわりを回る惑星でしかなかった。今の日本共産党は、惑星にもなれずに宇宙を漂っているようにも見えます」という「見解」を「朝日新聞」4月9日付けの特集記事で開陳している。池上さんの謬論にはあとで触れるとして、日本共産党はソ連・ロシアの親戚か仲間だと思っている人がいるのは事実だ。
志位委員長と日本政府とのロシアのウクライナ侵略批判の立脚点に違いがある。志位委員長は徹頭徹尾、国連憲章違反、国際法違反の立場から批判を展開している。ロシアも常任理事国として曲がりなりにも承認している国連憲章・国際人道法を正面に掲げて追及されると正面からは反論できない。共産党の井上参院議員のNHKテレビ討論でのロシア批判にいきり立ったガルージン駐日ロシア大使は井上議員に会談を申し込んだ。駐日大使が日本の国会議員に会談を申し込んだ例を知らないが、そこでもロシアとの共通の土台の国連憲章・国際人道法からの批判に抗弁できずに本国に伝えると引き下がらずを得なかった。
これにたいし、政府や日本政府の主であるアメリカ政府は、西側陣営の価値観からの批判が一番効き目があると信じている。政府はもう30年以上前に国連第一主義を投げすて、日米軍事同盟(安保条約さえも乗り越えた)第一主義をかかげ、価値観外交をすすめてきた。ロシアに対して国連憲章・国際人道法を押し出して批判する態度をとっていない。北方領土問題でも国際法に基づく議論をしまいままきたのでロシアに手玉に取られてきた。安倍氏に至っては27回もお食事をして「ウラジミール。君と僕は同じ未来を見ている。行きましょう、ゴールまで、ウラジミール」などと気味の悪いことばまで吐いて、結局打ち捨てられた。
主人のアメリカも岸田氏もなぜ国連憲章をかかげてロシア批判をしないのか。アメリカが国連憲章を踏みにじってアフガニスタン・イラク侵略をしてきたからだ。いまさらロシアに国連憲章を守れとは言えない。だから西側の価値観で批判となるのだ。
ロシアは、西側の価値観で批判されてもなんとも思わない。これに対しては大ロシア主義の価値観をふりかざす。ウクライナもベラルーシもロシアも同じ民族だ、ウクライナ政府はネオナチだと根拠もなしに反ナチを持ち出せばなんでも正当化できると思い込んでいる。
ロシアは日本政府及びこれに近い反ロシアと見た人々を入国禁止にした。人選をした駐日ロシア大使館は、やり込められても反論できない日本共産党も入れなければ憤懣が収まらないのだろう。
日本共産党は30年以上前の旧ソ連時代から、ソ連は社会主義ではなく覇権主義、大国主義でしかないと批判してきた。私などは若い時代からソ連とは精神的に縁を切ってきた。北朝鮮には1972年からもうこれはダメだと断を下した。
「朝日」の特集記事の池上さんの長いインタヴュー記事には、いささか信用してきた人物だけに、乱暴な意見にがっかりした。
日本共産党は、日本の代表的思想家・鶴見俊輔氏によって1945年までの時代、日本の知識人にとって自分がどれだけ時流に流されたか、どれだけダメな人間になったかを知る北極星の役割を果していたと評された。(久野収、鶴見俊輔『現代日本の思想』、1956年、岩波新書)
ところが池上氏は、そもそも北極星ではなく、ソ連のまわりを回る惑星にすぎず、今は惑星どころか宇宙を漂っているだけだと評する。だが、ソ連は日本共産党を自己の支配下に置こうと覇権主義的干渉をつづけたが、日本共産党は自主独立を貫きつづけた。ソ連のチェコスロバキア侵略(1968年)、アフガニスタン侵略(1979年)に対しては徹底批判し、即時撤退を要求した。1991年ソ連共産党は解散し、ソ連も解体した。日本共産党はこれに対し「大国主義・覇権主義の党と30余年にわたってたたかってきた日本共産党としては、巨悪の党の終焉をもろ手をあげて歓迎する」と長大な声明を発した。これをどうしてソ連の惑星といえるのか。
ソ連共産党もソ連も姿を消したが、覇権主義と大国主義はおさまらず、いまやプーチンは19世紀的ロシア帝国の復興に必死になっている。ソ連という恒星が亡くなったから惑星は行き場を失って漂っているという例え話は、歴史事実との整合性が全くない。池上氏の妄想でしかない。
ロシアが志位委員長を入国禁止にしたことで、日本共産党がロシアの親戚でも仲間でもないことが証明された。