山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

東本願寺の「非戦・平和展」に行ってきました

2010年04月29日 10時33分47秒 | Weblog
 4月25日、JR京都駅から近い東本願寺でおこなわれていた「第11回 非戦・平和展」(4・26まで)を見学しました。
 「開催にあたって」ということばが、簡潔に理念を教えてくれていますので、以下に紹介します。

 今年は、「韓国併合」、そして「大逆事件」から100年を迎えます。
 100年前、日露戦争の戦勝に沸き立つ底に、貧しさに苦しむ者、苦界を強いられた女性たちの現実がありました。その世にあって、戦争に反対し、差別を問うた人々がいました。彼らは「社会主義者」とされ、国家の計った思想弾圧事件である「大逆事件」に連座することとなりました。その一人が大谷派僧侶・高木顕明師です。事実より思想がとわれ、罪が課せられた時代でありました。
 その時代から100年を経た今日、まさしく末法の世を感ぜしめる様相を呈しています。世界では、民族や宗教の違いを利用した政治的な対立による戦争は止むことがありません。
 このようなただ中にあって、浄土真宗を顕(あきら)かにされた宗祖親鸞聖人にあらためて出遭う大切さを思います。
 私たちの宗門は、明治期以降、宗祖親鸞聖人の仰(おお)せにてなきことを仰せとして語り、戦争に協力してまいりました。侵略戦争を「聖戦」と呼び、仏法の名のもとに、多くの青年たちを戦場へと送り出したのです。そして、遺族のみならず、アジア諸国、とりわけ中国、朝鮮半島の人々に、計り知れない苦痛と悲しみを強いてきました。
 さらに、安穏なる世を願い、四海同胞(しかいどうほう)への慈しみを説いたために、非国民とされた僧侶を見捨ててきたという歴史をもちます。
 1995年、このことに対する懺悔の思念を旨として、「人間のいのちを軽んじ、他を抹殺して愧じることのない、すべての戦闘行為を否定し、さらに賜った信心の智慧をもって、宗門が犯した罪責を検証し、これらの惨事を未然に防止する努力を惜しまない」(「不戦決議」)という誓いを表明いたしました。
 本年の全戦没者追弔法要会は、「往生をねがうしるし 世をいとうしるし―歴史の闇に人を訪ねて―」をテーマにお勤めいたします。
 「世をいとう」とは、現実社会の否定ではなく、そこからの逃避でもありません。どこまでも現実社会に生きる自らを問い見つめ、他と共に生きる世界を求めるということでしょう。
 これまでの100年はどういう時代だったのでしょうか。そして私たちは、これからどういう100年を迎えようとするのでしょうか。
 宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を明年にひかえ、このたびの法要においては、これまでの宗門の歴史を真摯に尋ね、非戦の誓いをあらためて確認するとともに、自身の「世をいとう」姿勢を問い直していく大切な機会を共にいただきたいと思います。
 2010年3月
                         真宗大谷派宗務総長  安原 晃

 展示では、高木顕明師、竹中彰元師、河野法雲師、植木徹誠師らの反戦非戦の事績が紹介されていました。
 私が、東本願寺がえらいと思うのは、「親鸞聖人の仰せになきことを仰せとして」戦勝祈願をし、戦争動員に協力してきたことを反省し、その罪責を告白したことです。しかもそれを一時の言葉とせず、「不戦決議」にもとづいて実践をしていることです。有事法制にも、イラク戦争に対しても明確な声明をだしました。東本願寺の実践に目をむけてほしいと思います。
コメント (11)
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沖縄の問いかけに各党は?新党は?

2010年04月27日 11時27分06秒 | Weblog
 9万人の沖縄県民大会での県民の意志にふれて思うことがある。それは各党の普天間基地撤去についての態度だ。
 自民党の谷垣総裁が鳩山首相との党首討論で、はげしく攻め立てた。5月末までに決まらなかったらどうするのか、責任をとって辞職する気はあるのかなどだ。だが、谷垣氏が鳩山さんを攻める立脚点はいったい何なのか。自民党は辺野古に新基地を提供するという立場だというだろうが、それは県民の苦境を考えないものだ。今の県民意志は、自民党が辺野古移設を決めた当時とは完全に違う。限界点を越えている。谷垣氏の討論は、沖縄県民の立場には念頭にない。
 新党のなかで人気がでているといわれるみんなの党のこの問題への態度は、じつにふざけたものだ。人気が出たということでテレビで招かれた時の渡辺氏の発言に唖然としたことを覚えている。渡辺氏は、普天間問題へのみんなの党の見解を問われて、みずからがどう取り組むのかということをいわずに、鳩山首相のお手並みは意見だということをいくつかののテレビで繰り返した。沖縄県民の苦しみをひとごと扱いし、国政にたずさわる政党としての資格を問われるような無責任なものだ。
 25日の県民大会に、どの党首が参加したかに私は注目した。普天間問題に主体的に取り組もうとするなら、党首みずからが現地に行き、大会にも参加して県民の気持ちに触れることが不可欠だと思う。結局、参加したのは、共産党の志位委員長のみだった。売り出し中の新党党首もふくめ、志位委員長以外には行動した人はいなかった。
 問題は立脚点をどこにもとめるかだ。
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県民大会に9万人、沖縄の意志

2010年04月27日 10時06分29秒 | Weblog
 海兵隊の普天間基地の返還、県内移設反対の沖縄県民大会が、読谷村(よみたんそん)で開かれた(2010・4・25)。9万人の参加だ。歴史の節目として記録されるだろう。
 大会では、高校生代表もあいさつをした。岡本かなさん、志喜屋成海さんの二人だ。岡本さんのあいさつを紹介しよう。

 厚さ6センチの窓。その窓いっぱいに見える飛行機の胴体。これが私たち普天間高校の日常の光景です。
 私は2年前、あこがれの普天間高校に入学しました。とても、わくわくして投稿したことをいまでも覚えています。しかし、グラウンドに出れば、騒音とともにやってくる低く黒い影。授業中でも、テスト中でも、容赦なくすべてを中断させる音。低空飛行する機体に向かって思わず「うるさい」と叫んだこともあります。学校までの通学路は、どこまでも長い基地のフェンスが続きます。早朝講座の始まるころには、基地から上る星条旗がみえます。「あれ、ここって日本だよね、いったいフェンスで囲まれているのは、基地なの、私たちなの?」。一瞬、考えてしまいました。日本にある米軍基地の75%が、ここ沖縄に存在していることをあらためて実感しました。
 そんな不安と違和感を覚えた1年目でした。入学から2年たち、私は自分が変化していることに気がつきました。そして怖くなったのです。ヘリコプターは相変わらず、頭上を飛び、騒音は鳴り続けます。「でもしょうがない」「いつものこと」と思う自分がいたのです。
 軍用機がいつ、自分の上から落ちるかわからない日常。訓練が民間地域のすぐ横で行われている日常。基地や訓練がなんのためにあるのか忘れた日常。危険を危険とも感じなくなる怖さ。普天間高校で過ごす間に、この状況があまりに日常になって、私の感覚はにぶくなっていたのです。
 生活のなかに基地があること、この問題をしかたがないから、と考えるのをやめていないか。私を含めて、いま一度多くの方に考えてほしい。みんなが、それぞれの立場で、もう一度基地問題に向き合ってほしいと思います。私たち一人ひとりが考えれば、なにかがかわる―そう信じて、私はここに立っています。

 岡本さんが訴えたように、全国民が基地問題に向き合うことが求められている。
 だが、政府はこの県民大会の余波が広がらないようにという瞬間をねらって、辺野古沖に桟橋方式の基地建設を流し始めた。新聞は、大会の報道はしているが、大会の意味をじっくり考えるという姿勢に乏しく、「辺野古修正案」報道にかたむいている。
 最新鋭基地を提供することと引き換えでないと普天間返還を言えないという立場では県民の声にこたえられない。イラクに派兵しつづけてきた海兵隊の訓練基地をなぜ提供しなければいけないのか。普天間から引き上げてもらっても、まだ米軍はいっぱい居座っているではないか。無条件返還をためらう必要はまったくない。
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新党ラッシュ・日本創新党

2010年04月25日 10時14分13秒 | Weblog
 竹の子の季節だ。新党も雨後の竹の子のように、にょきにょき出ている。政党助成金をもらえるかどうかをその最低線として準備している。
 日本創新党の「私たちのめざす日本の国家像」は、「自由で力強い日本」うたい、その下に基本目標として「国家の自立」「地方の自立」「国民の自立」をかかげる。説明文はなくこれだけだ。だがこれは、言い方をかえればこうなる。「市場原理主義・弱肉強食の日本」「「日米軍事同盟の強化」「地方の切捨て」「自立自助・福祉切捨て」。
 立党宣言では、わが国は税制や規制の改革は中途半端におわった、このことが足を引っ張っている、いまこそ自由で力強い日本をめざすべきだという。小さい政府、自由で健全な市場の確立をいう。国民の依存心を高める政治から、国民の自立心を高める政治への転換をいう。
 簡単にいえば、小泉・竹中構造改革が中途半端で終わったからいけない、徹底してやるということだ。中途半端だというが、たとえ中途であっても、社会を分断破壊し、格差構造、貧困蓄積の社会へと大転換させたのが小泉改革だった。これを最後までやりぬこうというのがこの党の中心理念だということははっきりしている。
 この党にかぎらず、みんなの党、たちあげれ日本、新党改革、いずれも構造改革の貫徹、すなわち格差社会の完結、自己責任社会の確立、福祉切捨てが基本理念である。
 しかし警戒が必要だ。自公政府の格差拡大政治に対する批判がつよまり、これが当面民主党政権樹立へと動いたが、民主党政権への幻滅も出てきている今、みんなの党に支持があつまっている。だが構造改革、格差社会を強めるべきだと考えて支持率が動いているのなら、なにもいわないが、どうも民主党に期待をかけたのが裏切られそうだからと、みんなの党をはじめとする新党に流れるだけなら、それは思慮が足りないと思う。
 労働者保護、弱者保護をとりはらって、丸裸の自己責任社会へと向かうのか、いや日本国憲法25条の生存権保障の社会へもう一度かじを切りなおすのかを、国民は大議論をしていかなければならない。
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水了軒の倒産 残念

2010年04月25日 09時26分49秒 | Weblog
 駅弁の老舗の水了軒が倒産した。鉄道で旅する時、よく買っていただけに寂しい。売り上げが90年頃にくらべ大きく落ちていたという。駅弁を買うことは確かに減っている。しかも新大阪あるいは東京駅のように、駅の中に各種の手軽なレストランがひしめいている。
 水了軒ではなんといっても八角弁当が有名で、おいしかった。揚げ物がいっさい入っていない。えびフライのひとつも入れたいところを抑えて、煮物、焼き物で通した。八幡巻などが楽しみだった。弁当の形も八角形で粋だった。
 田舎へ帰った復路では、金沢の金城楼の弁当を食べ、富山のます寿しを土産に買う。往路はやはり、水了軒の弁当だった。
 組合の大会でも、2年に1度は八角弁当だった。しかも、赤飯に入れ替えてもらっていた。赤飯は値が張るので、白いご飯より量は少なめだったが、八角弁当はいつも好評だった。
 定時制の女性徒も大阪駅の水了軒の販売店で売り子をしていた。大阪駅に確か2つ店があった。売り切れそうになって、もう一方の店に走っていくつか取りにいったという話をしていたのを思い出す。
 何十年も楽しんできた弁当がなくなって寂しい。おいしい弁当をつくってくれたみなさんありがとう。
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橋下知事の行動について

2010年04月23日 21時07分41秒 | Weblog
 菱下知事が「大阪維新の会」の代表に就任した。氏にとっては念願の目標を射程に入れたといえよう。
 これまで知事の発言は、府の条例にのっとった公務の範囲を超えて、橋下氏の政治信念の表明としての行動が多かった。知事の職務をこえた政治活動がもっぱらマスコミをにぎわしてきた。なんの批判もなく垂れ流し報道をすることによって、橋下人気=ふわっとした民意なるものが形づくられてきた。橋下氏を取り上げ、出演させることを視聴率を取る策として重用し、記者会見を詳報することを各新聞が競う。これほど政治家に見事にすりよった例を私は知らない。小泉首相の例もひどかったが、それに劣らない。小泉郵政選挙については、マスコミ各社は後に若干反省的態度をしめしたが、まったく教訓とされてはいない。
 これまでの知事発言の多くが、府条例にもとづくものではなく、みずからの政治的野望にもとづいたものであった。将来の政治的目標の地ならしとしてのものであった。府市合併、関西州など。それは、こんどの政党結成と代表就任ではっきりした。
 これからは、きっちり線をひいてもらいたい。知事としての発言・行動は府条例にもとずいたものに限定してもらいたい。それ以上のものは特定政党の党首としての政治行動としてやってもらいたい。これはむずかしいことをいっているわけではない。しごく当たり前のことだ。
 それから、公用車の使用についてもきっちりしてもらいたい。維新の会関係は使わないといってるようだが、スポーツジムや政治活動用についてもやめるべきだ。歴代知事の公用車使用規定を変更して、「警護」という名目をつけて私用に流用してきた。その際、休日にタクシーばかり使うと費用がかかると、彼は本音をもらしていた。私は、このとき、厳しく批判した。すると、右派の諸君が名もない私のブログに押しかけて、突如ランキングに乗る事態となった。ある人はタクシーは造りがやわだから、これに警官が乗っても警護はできないとまでいったが、タクシーはやわな造りだとはトヨタなどに失礼だし、府庁自身が公用車も他の車と同じだと明言してくれた。とにかく、公用車私用は、維新の会はもちろんその他の候補者支援などの政治活動についても、私用はやめるべきだ。橋下知事は一般公務員には厳しい人なのだから、この際みずからも。
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新聞・テレビへの警告!

2010年04月23日 20時43分55秒 | Weblog
 橋下徹知事が党首となった「大阪維新の会」が誕生した。橋下氏は知事であるとともに特定政党の党首である。これまでの彼の発言および行動からおしはかると、彼の発言のほとんどすべてが、特定政党の活動としての意味を持つ。
 問題のひとつは、新聞やテレビが、これまで橋下氏にすりより、へつらい、もちあげてきたことだ。いやそんなことはないというかもしれないが、民主主義的な政治感覚を持つ人からは手厳しい意見を私は聞いてきた。橋下知事の「ふわっとした民意」なるもの、すなわち「人気」の実態がマスコミによって作られたものだったから。
 だが、これからは許されない。これからは、新聞・テレビの姿勢が厳しく問われる。橋下氏を特別扱いするなら、他の政党も同等の時間をつかって扱うべきである。でないと、マスコミが特定政党の支持活動をしたことになる。いや橋下氏は人気があるから、それに応じて時間を配分したというなら、それは民主政治の原則を破壊することになる。主権者がどう判断したかは投票箱を開けてみないことには分からないのだから。それに先立って判断するなら民主政治、選挙の制度を破壊することになる。
 橋下知事が登場して以後、マスコミのあり方はあまりに偏向していた。これからは、状況が一変したのだから、しかるべき対応をとることをのぞむ。
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米軍基地はいらない!徳之島住民の意思

2010年04月20日 12時49分47秒 | Weblog
 米軍普天間基地のヘリ部隊の移転候補地とされた鹿児島県の徳之島で、18日(2010・4・18)、米軍基地はいらないと1万5千人が決起した。2万6千人の人口の6割にのぼる。徳之島への基地移転はきっぱりやめるべきだ。
 私が注目したのは、集会で採択された決議文だ。

  徳之島集会の決議文
 徳之島への米軍基地移設に反対するために、本日ここに島内の老若男女1万人が集いました。
 徳之島内外から、熱い思いで結集された皆さん、この美しい自然と、島ん人の「結いの心」共同体を、米軍基地は消し去るのです。私たちは基地の移設に断固反対して政府が断念するまで闘います。奄美の祖国復帰運動にも勝る、島を守る「民族危機」の叫びです。
 徳之島及び国内への基地の分散は、軍拡であり、軍縮という世界平和の流れに逆行するものです。
 「地域振興に米軍基地が有効」という声がありますが、この10年間、振興策として600億円も投入されてきた名護市では、逆に市債残高が増加し、失業率の増加、法人税の減収など市の経済は困難をきたしています。
 島の自然も文化も、太古の昔から、先祖からの預かりもの、傷つけず未来に子どもたちに届けなくてはなりません。
 徳之島は世界的にも貴重な希少動物の保護活動を推進し、世界自然遺産登録を目指しています。
 「長寿、子宝、癒しの島に米軍基地はいらない!」
 私たちは徳之島への移設を断固として反対します。
 大会スローガン
 1、徳之島への米軍基地、訓練基地移設に断固反対する。
 2、徳之島は豊かな自然に恵まれている。私たちは希少動植物の保護活動を積極的に推進し、世界自然遺産登録を目指す。
 3、私たちは農業を中心とした、観光振興を目指す、そのために振興策に名を借りた環境破壊を許さない。
 以上、決議する。

 基地の分散は軍拡であり、軍縮の流れに反すると指摘し、地域振興策というアメに対してこれを断固拒否した。基地と引き換えの振興策の本質とその結果も見抜いている。農業と自然を生かした観光が島の産業だと言い切った。
 
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温室効果ガス減少?!

2010年04月20日 11時30分08秒 | Weblog
 環境省は15日(2010・4)、2008年度の温室効果ガスの国内排出量の確定値を発表した。京都議定書の基準年となる1990年比で、1・6%増、前年比で6・4%減である。1997年の京都議定書では、08~12年度に90年度比6%の削減を義務付けている。
 日本は、本格的な温暖化ガス削減策をとっていないため、6%削減どころか逆に大幅増加させてきた。07年には90年比8・7%増だった。
 しかし、08年秋からの急激な景気後退によってエネルギー需要が減少し、前年度にくらべ産業部門をはじめ各部門の排出量が減った。
 景気後退によって前年度比6・4%減はおどろきだ。その後も景気低迷が続いているから、排出量の減少は続いているだろう。それでも、京都議定書の目標達成ということにはならない。景気が回復すれば再び大幅増になるだろう。日本政府として抜本的な対策をとっていないのだから。景気と排出量が連動しているのではなんにもならない。
 鳩山政権は、昨年の気候変動枠組条約の第15回締約国会議(COP15)で25%削減を表明した。自民党政権のひどい対応にくらべれば、みちがえるような態度表明だった。私も鳩山首相に拍手をおくった。だが、その後具体化がすすんでいない。積極的な対策で削減がすすむようにしなければ。
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橋下会見2010・4・14

2010年04月17日 09時56分07秒 | Weblog
 『朝日』は橋下会見という欄を設けて、詳細に報じる。しゃべったことはなんでも載せる。ちょっとへつらいすぎではないか。『毎日』はなんでもかんでもそのまま載せるのではなく、必要なものだけ記事にしている。どちらがいいか。
 『朝日』によれば、参議院大阪選挙区で民主党が女性タレントを出すという小沢幹事長の動きに、橋下知事は権力者小沢信奉者らしい発言をしていた。
 また、実験都市、特区など、「リスクがある大阪が嫌だったら別のところに住んでくださいね。リスク覚悟でリターンを求める人は大阪にきてくださいね」とも言っている。去年、私学助成を減らさないでと頼んだ高校生に、嫌なら政治家になって自分でやるか、日本から出て行けなどといった、あの考えと同じで、いやな感じだ。
 カジノについても記者から聞かれ、米カジノ大手の会長が日本はもう十分なカジノ国家だといったと紹介しながら、でも「カジノは絶対必要だと思いますけどね」というのだ。私は常々、日本ほどのギャンブル国家はないなと思っているのだが、カジノの親分が日本のほうが一人当たりのスロットマシンの数が多いとお墨付きを与えてくれたのだから、もうこれ以上ギャンブルは増やさない方がいい。パチンコ中毒になっている主婦の社会問題までもちあがっているのだから。政治家は社会政策的なまともな考えを持って欲しいと切に願う。
 
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JR採用差別問題の解決をよろこぶ

2010年04月10日 11時55分39秒 | Weblog
 今から23年前、1987年の国鉄分割民営化の際に、国労や全動労などに所属していることで1047人の労働者がJR不採用になった。中曽根首相は、国会で「1人の職員も路頭に迷わせない」と言明したが、完全に裏切った。つづく自民党政権も同様だ。
 自民党政権は、旧国鉄の労働組合をつぶすことを第一の目標に、国鉄の国民共有の財産を財界に譲り渡すことを第二の目標に、分割民営化を押し切った。1047人の労働者は、路頭に迷い、人権侵害を受け続けた。国家的な不当労働行為だった。この長い年月、解決しようとしなかった自民党政権の罪は重い。政権から退く理由はこれだけでも十分だ。
 民主党政権は派遣労働の問題でも、老人医療の問題、沖縄普天間の基地撤去の問題でも期待を裏切っているが、この1047人のことでは役割を果たした。
 政府は、昨年3月の東京高裁判決の賠償金一人当たり1189万円を配る、和解金全体では一人当たり2200万円相当となる解決案を示し、関係労働団体がこれを受け入れることを表明した。JRへの雇用では、冷酷なJRは協力的とはいえず、政府の責任で「路頭に迷わせない」という約束を実行させることがこれから重要だ。
 大阪では、大矢さん、中島さんが首を切られ、苦しい年月を過ごしてきた。アルバイトで最低限の生活資金をえながら、不当な首切りを許さない運動を続けてきた。大矢さんは自らの問題よりも、大阪の労働者全体の幸せのために運動してきた。多くの人が、その大きな声と明るい性格に励まされてきた。
 長い年月本当にお疲れ様でした。
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勉強につまづいた子供たちを救う・NHKの報道

2010年04月10日 10時16分52秒 | Weblog
 今(2010・4・10)、NHKの「ふるさと発 引退教師達の学習会」を見ている。大阪・門真市の退職教職員がボランティアでやっている「門真っ子」の1年間の密着取材だ。
 廃園になった幼稚園跡を利用して、小学生100人ほどを集めて土曜日に教えている。ひとつの教室に教員5,6人配置している。全員に個人指導ができる。算数につまづいているある3年生に女の先生がつきっきりで指導している。なんでつまづいているかもわかる。国語では、大きい声で朗読することに集中している。これはいいと思う。学校では朗読に重点をおくというわけにはいかない。
 無料で年間を通して、個人指導までしてくれる、こんな場所が広がることが必要だ。非行や逸脱のもとは、勉強についていけないことが大きい。小学校中学年からの抽象的な操作でつまづいたら、あとあと尾をひく。ここでこのようにきめ細かな支えをしてあげることの意義は大きい。
 私は以前、橋下知事が東京の塾産業などをひきいれた「夜スペ」を発足させるというとき、門真では退職教員が自主的にやっている、こんなことこそ応援すべきだということをこのブログで書いた。橋下知事は教育委員会をおしのけて教育行政を取り仕切っている。だがそれは、教育予算を減らした上で学校と教員をしめあげる、競争をしくむということにつきる。門真のこの取り組みは多くのことを教えてくれる。
 この取り組みに着目し、1年にわたって密着取材をしたNHK大阪放送局にエールを送りたい。
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橋下新党をどうみるか

2010年04月10日 09時25分27秒 | Weblog
 橋下知事が代表につく予定の「大阪維新の会」という地方政党が動き出している。自民府会議員の一定数がこれに鞍替えしている。人気のある知事にくっついた方が得だという若手を中心に一大勢力になっている。だが、大阪市会議員にはその動きはない。知事に屈服することによる利益がないからだ。
 住民としてこの地方政党をどうみるかが問題だ。中心の政策は、大阪府と大阪市の再編統合だ。これは本格的に論じなければならない。
 今日は、この橋下党の本質を暴露するひとつの政策に注目しよう。
 それは、大阪市営地下鉄を民営化するという政策だ。地下鉄は大きい利益を毎年上げている。これを民間に渡すのだ。「今は黒字かもしれないが、民営にしないとやがて赤字になってしまう」ということをきっと言い出すにちがいない。かつて大阪市の顧問で、いまは大阪府の特別顧問となっている上山慶応大学教授の持論だ。さすが大阪市では、関市長が一時動揺したが、このばかな政策は取り入れなかった。だが橋下党は大阪府市解体が目標だから、痛みを感じない。
 地下鉄の民営化は、第一に、大阪市民の共有財産を資本に譲り渡すもので、第二に、市民の交通権(民主党が最近提起した権利概念)、移動権を奪う人権侵害だということだ。財界本位の反市民的な政策だ。
 市営地下鉄は、市営バス、市営赤バスと一体経営をしている。地下鉄の黒字でバスの赤字をおぎなって、全体として市民の移動の自由を保障している。バスが赤字になるのは仕方ない。客の多い路線が地下鉄とされ、地下鉄をおぎなう路線がバスで担われているのだ。利益の上るところだけ食いちぎるとうのは猛獣の論理だ。地下鉄を分離すれば、赤字のバスだけが市民の税金負担となり、値上げと路線廃止で市民の、とくに老人の自由を制限するのは明らかだ。病院にいくこともままならなくなる。
 こういう反市民的な政策を公然とかかげる「政党」が、代表の人気だけでその本質が覆い隠されるのは、我慢できない。
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強者のための道州制

2010年04月06日 13時35分44秒 | Weblog
 切抜きを整理していて、2010・2・25『朝日』のオピニオンのページの福井県知事・西川一誠さんの文章がひきちぎってあるのがみつかった。あらためてハサミできちんと切りそろえた。
 「地方知事ネット 9人でふるさとの知結集」という題の投稿だ。青森、山形、山梨、長野、奈良、島根、高知、熊本、福井の9県知事で作ったそうだ。都市と地方という関係にひきずられているのを解き放って、ローカル・アンド・ローカルという新しい連携の形をつくろうというのだ。坂本竜馬をはじめ昔は、地方の人物が地方の間を行き来して日本を動かしていたという。そのとおりだ。
 特に「道州制のような都市を中心に勢力範囲を広げる拡張的思想ではなく、地方の個性の尊重と互いの交流による相乗効果」という見解に注目した。道州制の震源地は日本財界だから、地方に住む人々のための構想ではありえない。だが表向きは地方分権を看板にかかげる。この地方分権、地域分権が、実ははくせものだ。眉につばをして聞かなければならない。
 西川知事が、道州制を「都市を中心に勢力範囲を広げる拡張的思想」と定義したのは、道州制の客体となる地方からの定義だけに注目していい。
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道端のコケ

2010年04月06日 13時10分43秒 | Weblog
 夕方、家の裏の専用ジョギングコースを走っていたときのことだ。専用といっても所有しているわけではない。1周1キロのほぼ四角い道路を勝手に専用コースと呼んでいるだけだ。
 乾いた大阪市内の道路にもコケがはえている。どこでもというわけではない。日照り、日陰が交互にくる場所に生えるようだ。歩道のアスファルトと縁石のすき間のところに、小さいながらこんもりと生えている。
 ところがあちこちでコケがひっくり返されているではないか。「あー、こんなことするなよ、これだけになるのにどれだけ時間がかかったことか」と思った。大きいのを元のところに並べて戻した。
 2周目になると、小さいコケも気になって、すわりこんで並べ戻した。さらに走っていると、こんどは車道の方に落ちているコケにも気付いた。これもすわりこんで戻した。立ち上がるとき、ちょっと貧血気味にフッとなった。
 乾燥した大阪にも、砂や土の吹きだまりのところに草が生える。小さなすき間に溜まった水をすってコケが生える。何年もかかってのことだろうが、自然の力を感じる。家の小さな庭にもコケがある。広がるように雑草を抜いたりして見守っている。
 道路のコケは、家のコケ、有名な苔寺のコケとは種類がちがう。緑が濃くてビロードのようにきめ細かい。すこし調べたが種類はわからなかった。
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