山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

橋下氏の子どもにギャンブル発言に抗議する 知事辞職を要求する

2010年10月29日 23時06分51秒 | Weblog
 友人から橋下知事が、子どもを小さい時からギャンブルさせるべきだととんでもないことをテレビで言っていたと聞いたのだが、今日の(2010・10・29)『朝日新聞』に「橋下知事『小さい頃からギャンブル、勝負師に」という見出しの記事があった。
 こんなことを国会議員を相手にしゃべった。「ギャンブルを遠ざける故、坊ちゃんの国になった。小さい頃からギャンブルをしっかり積み重ね、全国民を勝負師にするためにも、カジノ法案を通してください」と。さらに「増税よりもカジノ。収益の一部は教育、福祉、医療に回す。隣の兵庫県知事が反対しても無視。わいざつなものは全部大阪が引き受ける」とも。
 日本ほどギャンブルの溢れた国はないと思うのだが、ただカジノというギャンブルが合法化されていないというだけだ。ギャンブルは遠ざけられていない。パチンコや賭けマージャンは子どもの生活の隣にあるのは全国民周知のことではないか。橋下の言説は声が大きいだけでウソばっかり。
 小さい頃からギャンブルをしっかり積み重ね勝負師にするという。なんという暴言。違法発言。弁護士資格なし。知事の職にはふさわしくない。やめるべきだ。さんざん教育にくちばしを突っ込んできたがやめろといいたい。
 小さい頃からギャンブルを積み重ねることを知事が要求することはゆるされないことだ。この一言で知事の資格はない。こんな人物を放置しておくならマスコミも府民もその見識が問われる。
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あまりにひどい ホームレスを追い詰める「空き缶持ち去り禁止条例」

2010年10月29日 07時30分42秒 | Weblog
 昨日(2010・10・28)、京都市議会で家庭から出された空き缶を持ち去ることを禁止する条例が可決された。全国的にこの条例が広がる様相だ。28日『朝日』が夕刊トップで大々的にこの問題を取り上げている。禁止条例をつくった理由は、「業者らしき車が大量に菅を持ち去った」「市指定の有料ゴミ袋で出す意味がない」という苦情が寄せられていたということだ。
 私が朝出勤する時に見るのは、自転車の荷台に、菅を入れたビニール袋をくくりつけたり、ぶら下げたりして運んでいるホームレスの人やホームレスでなくても生活ができなくて困っている人たちだ。いまだ一度もトラックで回収して回っているのを見たことがない。そういう業者がいることは事実なのだろう。でも回収しているのはほとんどすべて生活に困った人たちだ。
 反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんは、「野宿者が生活の糧とする空き缶回収の禁止は時代に逆行する動き」だと批判している。わたしも同感だ。ホームレスの人々の生活が追い込まれるのは誰でもわかる。だのになぜそんなことをするのか。その神経がわからない。そこまでいじめなくてもいいだろう。なぜ広い心を持てないのか。ほんとに情けない。ホームレスの人々は今日はこの町、明日はあの町と自転車をこいで、汗を流しながら働いている。わたしの家の裏の小さな運動公園の道で毎日カンカンと音がする。缶を集めた人がつぶして小さくしているのだ。そんな毎日の労働と生活を妨害し、禁止する。そんなことをしていい世の中になるのか。
 今日(10・29)の『しんぶん赤旗』の関西のページに、この今日都市議会の条例可決のことが載っていた。共産党はこの「廃棄物処理条例」=空き缶持ち去り禁止条例から缶持ち去りを削除する修正案を出し、反対討論を行ったそうだ。弱い立場の人の足をひっぱるような冷酷な社会はまっぴらだ。
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熊もたいへん

2010年10月26日 13時41分26秒 | Weblog
 昨日の『朝日新聞』の社説(2010・10・25)に「クマ大量出没 人と動物、共生の回復を」があった。今年すでに約2400頭が捕まり、うち2100頭がころされたという。にわかには信じがたい数字だ。約100人の人が負傷している。人の被害者に比して熊の被害が多すぎるように思う。熊をみたという情報があったら、とにかく殺すためにさがすのだろうか。よくわからない。06年はなんと4600頭が捕殺されたらしい。
 社説の中の「欧米諸国は近代に多くの動物を絶滅させてしまった。動物とすみ分けた日本の自然は私たちの財産でもある。」というのはそうだと思う。ヨーロッパはほんとうに草原の国だ。森を征服しつくした。「ヘンゼルとグレーテル」、「赤ずきん」の世界はずっと昔のはなしだ。
 日本の森はそのほとんどが高い山だったことも幸いした。だが人間のテリトリーである里山が放棄され崩壊したため、緩衝地帯が失われた。突然熊と人間が鉢合わせをするという不幸がおそうようになった。人間にとっても熊にとっても不幸だ。里山の再生も必要だし、針葉樹の単純化された森に多様な樹種の茂る森に復元することも必要だ。どんぐりの苗木を植えることもいいのではないか。10~20年で立派な木に成長する。20年なんてあっという間だ。
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独裁者の政策決定の裏舞台

2010年10月26日 08時22分38秒 | Weblog
 橋下知事は、職員の人件費をひきつづき減らすことで270億円を捻出する「財政構造改革プラン」を出した。ところが特定の施策を拡大するために職員の賃金をさらに80億円けずる計360億円賃下げという提案を労働組合に提案するという。
 副知事と少数の部長(全員ではない)とで行う戦略本部会議で、総務部長の道理のある主張をむしして、80億円の追加賃下げ案をごり押しした。特定の施策のために人件費をけずるというのは、人件費を施策の調整弁にするものだ。いつでも手をつっこんで取ることができる貯金箱とでも思っているのか。しかし人件費は、当該労働者の生活費なのだ。
 以下に示すのは、労働組合の新聞にのった、戦略本部会議の議事録だ。

戦略本部会議での議事概要から
【知事】
・「要対応額」はH23~25年度で各600億円。中学校3年の子供達の進路選択の自由を与えようという、僕が力を入れたいという政策については平均23年度予算に反映したいという思いがあり、プランでは人件費は270億円のカットを目指すとなっているが、職員団体との交渉自体は現行の人件費の削減額を前提にお願いしたいと思っている。
【総務部長】
・人件費の削減は、我々当局として収支見通しをもとにいろいろな財源確保の努力をしたうえで、残りのところの緊急避難としてお願いをしているのもであり、今知事から話があったような特定の施策のために人件費を削減するというのは、いままでにないこと。これには、いくつか問題があると思う。
・一つは財源確保というのは、まず我々当局が責任をもってやった上で、残り分をお願いするという性格のものであり、その努力がまだなされていない状態で人件費のカットをお願いすることの問題はあると思う。
・また人件費と施策は比較考慮できないものと思う。施策の議論をするときには、「どちらを優先するか」という議論は財源の枠があるのではじめて出来る。もっと言えば、人件費以外の行政効果がないとすれば、350億円を職員が飲まなければ施策が実現しないことになり、施策の実現の成否を職員に追わせるということになってしまう。そういった点でも新たな施策と人件費を天秤にかけて議論していくというのは、私は本来はすべきではないと思っている。
【知事】
・現象面では人件費と施策がパラレルになっているように見えるが、私の感覚では問題ないと思う。端的に言えば「自分達の人件費を行革で稼いでくれ」ということ。

 知事は昨年4月部長の大半を降格させ、気に入った人間をすえつけて自分の意に沿う執行体制を築いた。その部長の中核である総務部長から、予算にかかわる根幹に付いて道理をつくして説明があった。ところがそれに対して、知事は、「私の感覚では問題ないと思う」というのだ。ひどい議論だ。論理と道理に対して感覚でもんだいないからと押し切る。これでは議論は意味がない。なんのことはない、正真正銘の独裁者ではないか。
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朝日訴訟に思う

2010年10月24日 22時11分44秒 | Weblog
 重症の結核患者の朝日茂さんが起こした朝日訴訟は、人間裁判と呼ばれ、日本の社会保障裁判と運動の金字塔だ。現代社会の授業の生存権のテーマでは、必ず朝日訴訟を教材としてとりあげてきた。朝日訴訟を抜きにして日本の社会保障を語ることはできないと考えるからだ。
 裁判に関する文献と特に数年前に復刊された『人間裁判』が朝日訴訟を勉強するのに役立った。これは朝日さんの手記を中心に、復刊に際して研究者の論文もつけくわえられ朝日裁判の歴史的意義もよく理解できるよう編集されている。
 ところが最近、『しんぶん赤旗』に「朝日訴訟一審判決から50年」という連載記事が10月13日から掲載され、今もつづいている。
 その記事に朝日訴訟東京地裁判決を起案した小中信幸氏(79)が登場した。浅沼裁判長の名判決とは知っていたが、小中氏が起案し、浅沼氏が丹念に書き込みをし、重要な点は3人の裁判官で議論して判決文を仕上げていったと書かれている。小中氏は裁判長が加筆した部分を何度も読み返したという。まったく知らなかったことだ。法廷を岡山療養所に移しての現地検証での記憶も小中氏から聞き取っている。若かった新井章弁護士が「人間裁判」と名づけたこともはじめて知った。
 朝日茂さん死亡のあと、裁判を引き継ぐために養子となって献身した朝日健二・君子夫妻も登場し、運動を振り返っている。朝日健二・君子夫妻の現在の写真も掲載されている。朝日さんは亡くなる直前、養子縁組の書類をを握ったまま離さなかった。支援者が2人がかりでやっと朝日さんの指を1本1本ほどいたという。
 朝日さんがなくなったあと、解剖がおこなわれたが、左肺は溶けてなくなり、膿の袋になり、右肺には大きな結核の病巣。腸には10ヶ所もの穴が開いていた。初めて知る解剖所見だった。
 この連載は、朝日訴訟について、いままで知らなかったいろんな事実を教えてくれた。認識を深めさせてくれた。ありがたい。みなさんにも一読をすすめたい。
 

 
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オバマ大統領に抗議する 未臨界核実験

2010年10月15日 12時55分56秒 | Weblog
 アメリカ政府が9月15日にネバダ州の核実験場で未臨界核実験をしていたことがわかった。ブッシュ政権下の2006年8月以来のことだそうだ。
 未臨界核実験とは、核分裂の連続反応を伴わない、その前段階までの実験だ。放射能をださない。だからいいというわけではない。アメリカはすでに核分裂を伴わなくても実験データを収集して目的を達することができるところまでいっている。
 オバマ大統領は核のない世界にむけて努力することを表明し、ノーベル平和賞もうけた。わたしも期待した。でもそれを裏切る行為だ。広島の、長崎の被爆者の願いを踏みにじる行為だ。
 日本政府は相変わらずこれに抗議しない。菅民主党内閣は、自民党内閣とまったく同じになってしまった。核抑止力を賛美する菅首相は、核実験にも期待を寄せるのだろうか。
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オバマ大統領に抗議! 未臨界核実験

2010年10月15日 12時37分08秒 | Weblog
 アメリカ政府が9月15日に未臨界核実験を行っていたことがわかった。2006年8月以来の未臨界核実験だそうだ。未臨界核実験とは、核分裂が連続的に起きる前の段階までの実験だ。核分裂反応がすすめば放射能をだす。そうでなければいいというものではない。アメリカはもう数限りなくあらゆる核実験をやっていて、核分裂をともなわない実験でも十分実験データを収集できるまでになっている。
 オバマ大統領は、核のない世界への努力を表明し、ノーベル平和賞も受賞した。今回の核実験はそれを裏切る行為で、広島の長崎の被爆者の願いをふみにじるものだ。今年5月の、NPT(核不拡散条約)再検討会議での前進的な最終文書の採択=核保有国に廃絶にむけた明確な約束を課す、にもさからうものだ。
 核抑止力に固執する菅内閣は、オバマ政権に抗議しようともしない。完全に自民党内閣のアメリカべったりと同じになった。
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試験問題できて一安心

2010年10月13日 23時02分06秒 | Weblog
 今日、二つ目の試験問題ができ、印刷もおえた。一つ目は先週できていて、今日が試験の日だった。ふたつ目は昨日95%はできた!見通し万全!ということで、六甲の山並みに赤い夕日が沈むのを眺めながら学校をあとにした。
 今日は試験監督を二時間した後、問題の仕上げにかかったが、印刷まで含めるとさらに二時間かかった。問題作りは順調にいって7時間かかる。同僚の先生は昨日ほぼできていたのに、今日、フロッピーを入れても開くことができないという、とんでもないアクシデントにみまわれ、どうしようもなく記憶に頼って一から入力し始めた。わたしは、一つ目の試験の採点を3分の1くらいすませて、夕方帰るときに覗くと出来上がったような感じだったので、ああよかったと胸をなでおろして、今日も夕日の中を家路についた。今日は北斎の赤富士のだいぶん薄くした感じの雲がたなびいていた。
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修学旅行の付き添い勤務をすると2万円取られる

2010年10月12日 22時14分45秒 | Weblog
 今日聞いた話しだ。そろそろ修学旅行の季節だ。3泊4日の修学旅行の付き添いをする予定の人によれば、3泊4日の食事代2万円をあとで払ってほしいといわれたということだ。修学旅行の付き添いという仕事は実にハードだ。生徒はいたって元気。この数日間にエネルギーを爆発させる。付き添い教員はそれに付き合わなければならない。旅行の行動予定を順調にすすめるために、また問題行動を起こさせないように、生徒と同じか、いやそれよりも長時間起きていなければならない。だからへとへとになる。異常な長時間勤務になる。だが教員には残業手当がでない。とはいえ宿泊を伴う勤務には若干の手当が付く。
 問題は、橋下知事さんになってから、この生徒の宿泊行事の付き添い勤務の食事代を「食べた本人が出せ!」といわれる。こんどの修学旅行では食事代が2万円ほどらしい。食べた代金は自分で払うのは当たり前と思う人がいるだろう。だが、もともと出張の食事代は食卓費として一定額出ていた。それを橋下さんはなしにして、自腹にした。これが正しいとするなら、食事の時間は勤務時間であってはいけない。また、何を食べても自由、カップラーメンでも、コンビニのパンでもいいということでないと筋が通らない。
 ところが、修学旅行をはじめとする宿泊行事の食事の時間は勤務時間からはずす、生徒と同席しなくて結構、同じものを食べなくてもいいです、と管理者からいわれてはいない。逆に食事時間も含めて眠りに付く数時間(経験では1、2時間の場合もあった)以外はすべて役割分担が決まっている。ホテルから出て街の安いラーメンで夕食をすますことはできない。もし、付き添い教員が全員、食事時間はフリーの時間だとしてホテルからでていったら生徒指導はどうなるか。実際は、そんなことはしない。全員真面目に勤務についている。とすると生徒と同じホテルの食事をとることになる。それが2万円なのだ。2万円の食事をとることを含めた職務命令が出ていることになるのだ。だったら、自腹にするのはおかしい。出張費でまかなうべきだ。
 へとへとになって仕事をしたら、あとで2万円を取られる。損をするのだ。それなら付き添いに行きませんという人が出ても不思議ではない。でも先生はみんな真面目だから断わったりしない。そこにつけこむ。これが橋下政治の実態だ。
 橋下さんは自分も出張のときの食事代は自分で払うと言った。職員にそうさせるのだから当たり前だ。でも外国出張でパーティなどの場合値段が張ると思うが、それも自分で出しているのだろうか。ヒマができたら調べてみたいという気持ちが頭をもたげてきた。
 去年の修学旅行では、インフルエンザ大流行のため、養護教員は生徒をしょっちゅう病院へ連れて行った。そのため朝食は食べることができず、帰ってきたら冷たい夕食が残されていたそうだ。あまり食べる気が起こらなかったそうだ。でもあとで食事代はきっちり払わされたという。
 付き添いをする人は、「私は普段、4日間で2万円もの食事はしない。あまりたくさん食べたくはない。それなのに2万円というのは納得がいかない」といっていた。そのとおりだ。橋下政治には納得がいかない。
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レンホウ大臣のパフォーマンスもきわまれり

2010年10月10日 07時45分50秒 | Weblog
 民主党のレンホウ大臣が、国会内でファッション雑誌の写真撮影をしたという。1着数十万円、計270万円の服をつぎつき着替えて写真撮影におよんだ。真っ白い服の襟をわざと立てて、カメラを意識してうつる普段のレンホウ大臣の振る舞いにも違和感を覚えていたが、ついにここまで来たかという感じだ。第一、何十万円もするものを着る感覚がわからない。なにが仕分けだ。莫大な政党助成金(何に使ってもいい)をもらっているのだから、まわりまわってこの衣装代にも税金がにじみ込んでいることだろう。政党助成金を100億単位でもらいながら、民主政権党は国会議員をへらして助成金の何分の一かの経費をへらすと、パフォーマンスをする。いやパフォーマンスにとどまらずに民主主義の破壊行為だ。
 レンホウ大臣は「オレが、オレが」というパフォーマンスが鼻に付いて好きになれなかった。政権政党(旧政権党も)の議員は一般にそうなのだが、レンホウさんは特にだ。
 国会での写真撮影は、議員活動にかかわるものはOKだが、私的な宣伝、営利目的に当たるような行為は許可されないそうだ。雑誌には値段も載っているらしい。レンホウさんの行為は、この禁止事項両方にそのままあてはまる。
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鈴木・根岸両氏のノーベル賞にかかわって国立大学の疲弊を憂う

2010年10月10日 07時15分32秒 | Weblog
 鈴木・根岸両氏のノーベル賞はおめでたいことだが、受賞対象の研究は1070年代の業績だ。益川・小林両氏も70年代のものだった。思うに、いま国立大学は毎年大学の運営経費を削減され、法人化以後、6年間で計750億円も減っている。研究施設設備の更新どころか、教員を減らすところまですすんでいる。外部資金を導入できる目先の応用研究にしか力がはいらず、ノーベル賞級の基礎研究はすたれてしまう構造に切り替えられた。このままでは、20年、30年後に花開く研究はつづかない。各大学、とくに地方国立大学の疲弊はひどいらしい。過日の赤旗新聞に載っていた記事では、福井大学では学長先頭にJR福井駅で経費削減に反対する宣伝行動をおこなった。
 麻生内閣の時、景気対策の第2次補正予算で先端研究に与えるということで2700億円を特定の大学の研究計画にばらまいた。そのときも思った。これを削った運営経費の穴埋めにまわせ!と。でも特定のところに大盤振る舞いはしても、国立大学全体を締め上げる、とくに地方大学はつぶれてもいいという姿勢は変わらない。このままでは学費の大幅値上げを各大学がやらざるをえないところに追い込まれる。
 大阪でも、橋下知事が大阪府立大学はいらん!とばかりに脅しをかけた。府立大の学長らトップは屈服して、文科系学部は廃止、理系のみの大学に縮小するという方針を決めた。知事も知事なら、学長も学長だ。福井大学学長の爪の垢でも飲ませたい。
 市場原理主義者からすれば、基礎研究や文系学部とくに文学部などは何の金儲けにもつながらない無駄とうつるのだろう。これでは30年後日本は滅びる。
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鈴木さん根岸さんノーベル賞おめでとう

2010年10月09日 06時56分00秒 | Weblog
 2010年のノーベル化学賞が鈴木章さんと根岸英一さんに贈られた。すばらしい。
 思い返せば、2008年のノーベル物理学賞の益川さんと小林さんの受賞は、「きっと『小林益川理論」』で今年あたり受賞するんじゃないですか」と学校で言ったそのとおりになった。『北野定時制72年史』を書いていた怒涛の日々で、教頭先生が物理の専門なのでそんな話をしていたらぴったりになって、よけいにうれしかったことをおぼえている。
 こつこつと独創的な学問をしてきた結果なんですね。わたしももの忘れがはげしくなった頭をしった激励して、テーマをきめ、学問にとりくみたいです。
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橋下・サラ金特区構想と一体の中小企業融資打ち切り

2010年10月05日 10時43分57秒 | Weblog
 橋下知事が7月に金融特区構想(サラ金特区)をぶちあげた。上限金利を29・2にもどす、年収の3分の1までと定められた貸付限度額をゆるめるというものだった。さすが元サラ金顧問弁護士という声も上った。これが認められれば、サラ金各社は大阪に本社を移し、橋下サラ金特区に沸き返ることになるだろう。
 特区をぶちあげたこととつじつまがあう政策が大阪府から提案されている。「財政構造改革プラン」では、中小企業向け融資制度を今年度末で打ち切るというのだ。保護的な中小企業支援策から、頑張る中小企業ほど優遇される仕組みへと転換するという。中小零細企業を切りすて、国際競争力強化の名の下で進出する企業には税免除の特区をつくり優遇する。
 サラ金特区で貸付限度をゆるめて、府の融資を打ち切られて困った業者をそちらへ持っていこうというのだ。見事に符節があう。
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研修報告

2010年10月03日 07時29分40秒 | Weblog
 夏の研修報告を出した。5日分の自主研修の報告だ。内容を詳細に書き、それを裏付ける資料も添付しなければならない。
 今は教員の研修は、教育委員会主催のものしか基本的には認めない。自主研修に厳しい制限をもうけている。法律(教育公務員特例法)で授業や職員会議などに支障がないかぎり、勤務場所をはなれての研修を奨励している。だがもうそれも過去の話だ。
 長期休暇中こそ、日々の授業に直結するようなものをはなれて、それぞれの問題関心を深める勉強が可能なときだ。教員ひとりひとりが自分で土壌を深く耕すことが必要なのだが、刈り取りばかりに気を取られているような昨今だ。
 長期休暇中といっても休む場合は休暇願いによるのはもちろんだ。有給休暇と夏季休暇さらに休日出勤の振り替えなどがある。
 8月も20日頃にはもう授業がはじまる。部活動や合宿もあって夏といえども忙しい。問題は自主研修へのしめつけだ。府教委の文書は詳しく制限をもうけている。自宅での研修はみとめない。図書館は原則禁止、英語教員の英会話教室も同様。私が参加した全国民主主義教育研究会の大会などは20年前なら公費出張で参加できた。民間研究団体の全民研は教育委員会の研修にくらべてはっきりいってレベルが高い。いまは自費で5万円もつぎ込んで勉強に行くのに休暇を取れというのが教育委員会の態度だ。
 各高校では自主研修を取っているのはゼロかせいぜい一人、二人だ。それもたった数日。そこまで押さえ込んでいる。禁止禁止で道をふさがれ、研修報告作成に休日を使い果たすのではあほらしいということで、だれも研修を取らなくなってしまった。休暇をとってのんびり遊ぶ方が楽しい。
 でもわたしは自主研修を取ること自体が教員の仕事のありかたとして大切なことだという思いから、日数は減ってきたが毎年取っている。研究会の大会に研修で参加し、大阪市立中央図書館、東京の国立公文書館、国立教育研究所図書館で研修した。勉強には金がかかる。教員にどういう勉強をしているのか、学問的見識を問うというのが本来のあり方ではないか。でも現実はテキパキとものごとを処理する能力を歓迎する。
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尖閣諸島問題を冷静に

2010年10月02日 06時34分45秒 | Weblog
 尖閣諸島問題は船長の釈放でぬきさしならない事態を回避した。弱腰ではないかという意見もあるが、わたしは冷静に対話をする方向に進む可能性がでたという意味で賛成だ。
 衝突事件以来、日本政府は「中国との間に領土問題は存在しない。国内法によって粛々と処理するだけだ」とくりかえしてきだ。このいいかたは、相手からすれば、問答無用の冷たい態度とうつり、起訴、公判と粛々とすすめば後戻りできないと思ったのだろう。
 でも、中国の態度は理不尽きわまるものだった。かつての中国外交にあった大人の態度は消えうせ、中国との友好運動をすすめる人たちの気持ちさえも踏みにじるものがあった。
 尖閣諸島は、歴史的にも国際法的にも日本の領土であることは明白だ。ただ日本政府があとで領有を主張してきた中国に対し、歴史的・法的正当性を道理をつくして説明するという外交努力をまったくしてこなかったということが、わたしには理解できない。決着がついているのだから、外交問題にもなりえないというのだが、あらぬ摩擦をつくらず、相手を納得させるための手立てをつくすことこそ外交ではないのか。いまからでも遅くない。道理を尽くして説明する、相手の言い分に道理がないことも冷静に説明する、この機会をもつことが求められる。
 歴史的な事実で興味深い話が昨日の『しんぶん赤旗』の1面コラム「潮流」にのっていたので紹介したい。

 26日付に、尖閣諸島を開拓した古賀辰四郎について書きました。きょうは、後日談をひとつ▼尖閣でアホウドリの羽根の加工やかつお節づくりを始めた辰四郎氏は、1918年に亡くなります。息子の古賀善次氏が事業をついで、あくる19年。中国の福建省の漁船が、嵐にあって尖閣諸島の沖合いで難破、漂流します。発見し、助けたのが善次氏たちでした▼彼は、難破船と乗組員31人を石垣島へ連れてゆきます。石垣島民も、彼らを手厚くもてなします。やがて船が直り、彼らは無事に中国へ帰ってゆきました。翌20年、善次氏や石垣の人たちに、中国政府の感謝状がおくられてきます。▼そこには、中華民国の註長崎領事の署名がありました。漁船が遭難した場所を、「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島内…」と記していました。善次氏はのちに、当時は中国も尖閣諸島を日本領土と認めていた、といい残しています▼1920年という時期にも注目したい。中国では当時、激しい反日運動が起きていました。第1次大戦後、日本が中国に”山東半島をよこせ”と求めたからです。1919年5月4日の学生デモをきっかけに、日本商品の不買運動が全国に広がります▼21年に訪中した作家芥川龍之介は、女学生たちが不便にたえながら文房具も日用品も日本製を一切拒む姿に、驚き感動しています。そんな折の、東シナ海を舞台にした日中庶民の交流。当然のように、尖閣を日本領とみなした中国。いま振り返っていい、歴史のひとこまでしょう。
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