山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

橋下カジノ構想に反対!

2010年07月26日 16時44分05秒 | Weblog
 橋下知事がWTC周辺=ベイエリアを賭博を禁止する法律の適用を受けない特別地域にする特別法をつくって一大カジノをひらこうとさわいでいる。テレビにも出演して主張を繰り返している。テレビの面々は同調する。
 カジノはルーレットとスロットマシンを中心にしたれっきとした賭博だ。大相撲の野球賭博が大問題になり、テレビ中継もやめる騒ぎとなっている。相撲関係者の一定数が賭博にかかわったからだ。
 一方では、大阪府が賭場を開こうというのだ。暴力団がかかわっていない、知事が開いた賭場だからいいというのか。野球賭博はいけないが、カジノはいいというのはどういう理由によるのか。
 橋下さんは、「カジノであがったお金は、教育、福祉、医療にまわす」といっている。野球賭博からもめしあげて、教育にまわすというのはどうか。私は、地方自治体が賭場を開くのは断固反対だ。かつて岸和田の府営競馬を廃止する公約で当選した黒田知事が公約をまもって廃止した経緯もある。賭博のてら銭で教育や福祉をやろうという主張は気分が悪い。教育・福祉を削っていることを認めたわけだが。
 カジノを合法にしなくても、日本はパチンコという一大賭博産業がある。そこにいけばスロットマシンがある。男性ばかりか女性もパチンコ中毒になって家庭紛争を起こしている社会問題がある。パチンコにまけて、サラ金から借りて、またつぎ込むという悲劇がいっぱいある。橋下さんはサラ金も元に戻せ、借りている人が困るやないかともいっている。日本はすでに世界有数の賭博国家だ。賭博に浸る被害者を少なくすることこそ福祉だ。賭博で福祉などちゃんちゃらおかしい。
 
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映画「コーヴ」を観る

2010年07月26日 14時21分14秒 | Weblog
 先日、いろいろと物議をかもしてきた映画・コーヴを観た。感動はまったくなかった。
 太地町のイルカ漁は長年にわたって続けられてきた漁民の生業だ。幅30メートルくらいの入り江にむけてイルカの追い込み漁をしている。映画の終わりの方で、その狭い入り江にイルカを追い込み、一部はイルカショー用につかまえ、他はつきん棒で食肉用に殺す場面が映し出される。そのとき入り江は真っ赤に染まる。確かにイルカが殺され、海が真っ赤に染まるのは気持ちがいいものではない。隠し撮りで撮ったものだ。
 イルカを食用にすることだけでなく、ショーに使うことも犯罪視する立場からの映画だ。イルカはかわいい。人をこわがらず、船に伴走をして愛嬌をふりまいてくれる。そんなイルカを殺すのは許せないということだ。
 この映画をつくった人の立場は、イルカおよび鯨の生命を問題にする。海洋生物のなかの哺乳類だけが問題なのだろう。しかもこれが野生だからなのだろう。哺乳類全般は問題にならないのか。野生でなく人工飼育されている動物を食用にすることはいいのか。
 太地で1年間に殺すイルカの頭数を問題にしている。でも牛や豚などの哺乳類の膨大な数の命が奪われているのにはひとこともふれない。牛や豚を殺す際にも血が流れる。大変な量の血が流れている。われわれはその命をいただいて命を永らえている。菜食主義でないかぎり。
 すべての哺乳類の命を奪うことに反対しているならば、それはそれで筋が通っている。でもどうなんだ、この映画の立場は?などと考えながら観た。
 最後に一言。右翼保守勢力が暴力をにおわして上映を妨害しているが、情けない行動だ。
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治安維持法に対する各党の態度

2010年07月22日 09時24分21秒 | Weblog
 治安維持法は、戦前・戦中、反戦平和・民主主義の運動を弾圧した悪法だ。日本政府は、民主主義の復活・人権の擁護を約束したポツダム宣言を受諾したにもかかわらず、戦後も、天皇制にたてつく者は治安維持法でどんどん検挙するといった。でっちあげ治安維持法事件の横浜事件の裁判は8月30日から開始し、即決裁判でどんどん有罪にしていった。戦後も治安維持法は生きていた。哲学者の三木清も9月26日、不衛生の獄舎(豊多摩拘置所)で疥癬に冒された皮膚をかきむしりながら亡くなった。
 これはいけないとGHQは、10月4日、政治犯の釈放・治安維持法などの撤廃を命ずる自由の指令をだした。ところが東久邇宮内閣は、これを実行することはできないとして総辞職した。ポツダム宣言をまったく理解していないし、宣言を実行する気がない。ようやく10月10日政治犯は釈放された。3000人近くといわれるが、うち2千数百は予防拘禁所からあるいは保護観察から自由になった。1941年の治安維持法の再改定で、刑期を終えても引き続き予防拘禁所に捕らえ続けるということになっていた。
 日本の政治は、治安維持法体制に最終的にけじめをつけないかぎり、民主主義国家になったとはいえない。それは、今もだ。日本政府は、今も治安維持法犠牲者に公式謝罪をしていないし、国家賠償もしていない。
 「治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟」の機関誌『不屈』2010・7・15号には、今年の国会請願の紹介議員がのせられている。722人の議員のうち519人に訪問・要請をした結果、72人(13・5%)が請願の紹介議員になってくれた。
 要請に対する承諾率を引用しよう。民主党12・2%、自民党0%、公明党0%、共産党100%、社民党81・8%、国民新党0%、みんなの党0%、無所属ほか18・8%である。人権と民主主義への態度を示していると思う。1941年の改定で宗教者・自由主義者への弾圧も本格化した。獄に囚われていたのは共産主義者だけではなかった。三木清もそうだ。宗教者も囚われていた。
 治安維持法犠牲者の名誉を回復し、その事績を顕彰するか否かは、日本の民主主義のレベルをしめすリトマス試験紙だ。
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経済団体が入居しないことに知事のいい分

2010年07月22日 08時53分31秒 | Weblog
 府庁の一部分となるWTCに経済3団体が入居を拒否したことについて、橋下知事が7月21日発言した(『朝日』2010・7・22)。「経済3団体の事務所がきたところで、別に何の効果もない。(目的は)アジアに開かれた拠点、中継都市になること。3団体の事務所が来たからといって、ばんばか企業が来る訳じゃないですしね。」
 ああいえばこういうという見本。アジアに開かれた拠点をめざすなら、拠点になりうるならば、利に聡い経済団体がまっ先にここに進出するだろうし、その旗振りをしていた団体なのだから進出して目的達成のために働くべきなのに、拒否したのだ。アジアの拠点・中継都市に大阪市内からさえ移転しないのに、遠いアジア各地から移転してくれるのか。論理的につじつまがあわない。
 同じ記者会見で、平松大阪市長に対する口汚いことばもつらねられている。橋下・平松のいい合いは、8対2くらいで圧倒的に橋下氏のことばが報じられる。平松氏も同じような調子でののしったら6対4くらいまでいくのだが。
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経済団体はWTCに入居しないという判断の教えるもの

2010年07月18日 09時14分54秒 | Weblog
 WTCへの府庁移転を求めていた経済団体が、自らの事務所をWTCに移転するようにという大阪府・市の要請には、冷たく断わっていたことが報じられていた(2010・7・17『毎日』)。関西経済連合会は「解決困難な様々な課題がある」、大阪商工会議所は「利便を考えると移転は困難」と回答したそうだ。
 大阪府は、橋下知事の脅しに屈した自民・民主などの府会議員の議決によって、WTC買収を決定した。10の部局を11月から移転させるということだ。莫大な買収費用にくわえて、引越し費用もたいそうかかることだろう。職員の定期代もアップする。府議開会中は、毎日職員はWTCから大手前の府議会議場まで通うことになる。費用も時間の無駄もはなはだしい。これまでは遠くても歩いて数分の庁舎に待機して対応していたのに。
 橋下知事は、WTCを大阪の、関西の起爆剤に!WTCの展望台からはアジアが見える!などとぶちあげてきた。起爆剤論のいかがわしさについては、このブログで何度か書いてきた。バブルのさなかに起爆剤をぶち込んでもうまくいかなかったのに、何をいまさらということだ。2周遅れの開発行政だ。
 その点、経済団体はしっかりしている。行政に要求はしっかりやって実を取り、自分にお鉢が回ってきたら、堅実に判断をする。関経連の困難な課題の中身はわからないが、商工会議所の利便性論はよく理解できる。不便だし、金もかかる。損をしてまで協力はできないということだ。この論理は、府庁自身にもあてはまることだ。
 知事といっしょに起爆剤に点火してくれるはずの財界がこれでは、爆発はムリだ。ましてアジアの企業が舞洲・咲洲に進出してくれるなど夢のまた夢だ。
 地方公共団体は、住民の安全と福祉が本来の仕事だ。このたびの財界の態度表明は、行政は起爆や開発などと浮ついたことをやめて、基本に立ちかえれということを問わず語りに教えてくれたように思う。また合理的な判断が大切だということを教えてくれた。
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強きを助け、弱きをくじく  消費税の構造

2010年07月10日 07時20分24秒 | Weblog
 消費税は、古くは福祉のためといわれてきた。今は財政再建のためなら増税も必要という人が結構多い。民主党の、また自民党の消費税政策では、財政再建にぐいぐい効き目を発揮するのだろうか。
 でも、民主党も自民党も租税政策として、消費税増税と法人税減税をかかげている。新聞の消費税特集記事をみても、消費税のことしかとりあげず、法人税減税は論議の対象外としている。でもそれでは、ことの全体像はみえない。
 消費税の逆進性については菅首相も認めた。低所得者ほど負担率が高い。一方、黒字大企業の法人税を下げるのは大企業寄りの自民・民主の本質を示すものだ。三菱UFJなど巨大銀行が10年以上も法人税を1円も払っていないのだから、大企業優遇も相当なものだ。日本の法人実効税率は40%で高いから、15%下げるのが財界・2大政党の共通認識だ。新聞などもそんな立場だ。でも実際は様々な優遇税制で、実効税率はすでに30%になっている。実にごまかしの議論が多い。テレビはもとより、新聞もちょうちん持ちだ。証券優遇税制もすごい。株でもうけた利益には10%の税率、ところが庶民の預金の利子にかかる税率は20%。日本の大企業・大金持ち優遇は極まれりだ。強きを助け、弱きをくじく。日本のよき伝統は、弱きを助け、強きをくじくだったのに、なんということだ。
 菅首相が、消費税増税の正当性を主張するために新たに持ち出したのが、このままでは日本はギリシャのようになる!という脅しだ。ギリシャのように破綻したら大変だと誰しも思う。でも、共産党の志位さんが、これに猛烈に反論した。ギリシアではこの10年間で、消費税を18%から23%に引き上げたが、一方で法人税を40%から24%まで下げ、税収に大穴をあけた。これが財政破綻の原因だといった。民主党がいう、また自民党がいう、そして震源地の日本経団連がいう消費税増税と法人税減税のセット税制は、日本をギリシアしてしまうというのだ。これについては、よく調べたものだと拍手を送りたい。ギリシアの財政破綻問題は新聞でもよく取り上げているが、こういうところまで踏み込んで報道したものにはお目にかかっていない。
 消費税は社会保障・福祉のため、あるいは財政再建のためという、人をだます議論にはとどめを刺さなければならない。消費税増税と法人税減税がセットだということをすべての国民が理解したうえで、多くの人がそれでいいというのであればいい。だが、実際は、だましたままで、財政再建のためならしょうがないと思わせて引きずっていくのは許せない。
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政治家が身を削るといって民主主義を破壊するすり替え

2010年07月09日 07時05分31秒 | Weblog
 民主党は「まず、政治家自らが身を削ることで、国民の信頼を取り戻します」といっている。具体的には、参院定数の40削減と、衆院比例定数80削減だ。すぐにでも法案を作って通すという。こういった考えは、大政党、マスメディアにあふれている。
 だが、この言説にはすり替えがある。政治家の身を削ることすなわち国会議員定数の削減だとし、国会議員定数を財産、持ち物と考えているのだ。とんでもない考え違いだ。国会議員の定数問題そして比例を何議席にするかという問題は、議会制の民主主義の制度の根本だ。身を削るといって、比例定数を削減して大政党に有利な制度に引きずり込もうという悪意がみえみえだ。議会制民主主義は、民意がどれだけ正しく議会に反映されるかが基本だ。日本の国会議員の数は、ヨーロッパに比べて人口比でみれば少ない。民意を反映するという点で見れば減らす理由はない。
 ところが公務員攻撃とセットで国会議員が自らの身を削るといえば人気が取れるとふんでのすり替え議論なのだ。すり替えと悪意(民主主義破壊)が重なっているからたちが悪い。新聞くらいは立ち止まって冷静に批判してくれることを望むが、さっぱりだ。
 身を削るというのは税金が投入されているからだ。民主主義の制度に税金を投入して機能させるのは当たり前だ。民主主義制度ではなく、身に付ける金、ポケットに入れる金については厳しく議論する必要がある。政党助成金320億円はつかみ金だ。共産党は受け取らないから、共産党議席分を各党があとでまた山分けする。実にいじきたない。少なくとも、受け取らないという分は国庫に返すべきだ。
 改革といえば民営化のこの御時節。国の仕事がどんどん民営に変えられている。民営は効率的だというふれこみだ。ところが政党はその逆を行っている。事業仕分け人で名をはせたレンホウさんはこの金で300万もする車を買っている。なぜ彼女は自らの身を削らないのか。事業仕分けの対象にしないのか。あまりにずるい。議員定数の制度は、自分の身でも財産でもない。身を削るといって民主主義の制度を破壊するのは許されない。自分の身に付いた金を返すべきだ。政党は民営化すべきだ。本来の姿に戻すべきだ。国会議員が多くて税金の無駄遣いだという人たちは、その金額の政党助成金を削るべきだ。40プラス80の議席分を削っても、それでも助成金の大半は残る。議員定数で身を削るという議論に対して政党助成金を削れというのは、共産党だけだ。だが、テレビなどは、これを議題にとりあげようとしない。言いっぱなしにさせて、論点化しない。こんな無駄遣いはないのに。
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若松孝二監督、寺島しのぶ主演の「キャタピラー」を見る

2010年07月02日 08時29分39秒 | Weblog
 6月25日金曜、中之島公会堂で、若松孝二監督・寺島しのぶ主演の映画「キャタピラー」の先行上映をみた。満員だった。前から3列目に空席がありすわった。ベルリン映画祭で銀熊賞(主演女優賞)をもらった作品だ。2月からロードショウをやれば興行的にいちばんいいのに、監督は、沖縄戦末期の6月19日に沖縄でと決めていたそうで、数ヶ月遅れではじまった。一般公開は8月12日から、第七芸術劇場などで始まる。
 重たい映画だった。監督も寺島さんも舞台あいさつのために会場に来ているにもかかわらず、上映が終わったとき拍手はまったく起こらなかった。深い感動があったが、じっと沈んでいた。
 戦争の本質を、侵略戦争の本質をえぐった映画だ。夫・黒川久蔵(大西志満)は中国戦線で四肢を失い、聴力も失いしゃべることもできない体で帰って来た。夫を迎えた妻・黒川シゲ子(寺島しのぶ)の表情は強烈だった。夫は天皇から金鵄(きんし)勲章をさずけられ、軍神ともちあげられた。村人は軍神様と表面だけはあがめるが、しかし日々の生活は想像を絶するものだ。出生前は子どもを産めない女として夫にさんざん殴られた妻は、いまは軍神の妻として新たな忍従を強いられる。夫は食欲と性欲のみの存在となった。下の世話も大変だ。農作業もある。寺島しのぶはモンペと農作業が似合う。
 妻は、毎日夫に軍服を着せ、リヤカーに乗せて村を回る。村人は軍神に手を合わせる。だが夫はさらし者にされるのをいやがる。夫はやがて、中国の農村で女性を強姦し、家を焼いたトラウマに悩まされるようになる。妻には夫への不満、戦争への不満がつのってくる。ある日の巡回のとき、村人から貴重な玉子を4つもらった。だが夜、妻は卵を食べろ!全部食べろ!と、夫の口と顔に生卵を押し付ける。軍神への反逆だ。
 8月15日。戦争中赤い着物をきていた知恵おくれの男・クマ(篠原勝之)は戦争がおわったとたん、「万歳!バンザーイ!」をさけんで走り回る。野良にいたシゲ子もおもわず「万歳!」をさけぶ。
 その頃、夫は、縁側から庭へころげおちて、芋虫のごとく池へ向かってすすんでいく。キャタピラーは芋虫のことだ。
 戦争を描いた映画にもいろいろある。中国東北部への侵略を真正面から描いた山本薩夫監督の「戦争と人間」は骨太の映画だ。「人間の条件」もある。「キャタピラー」は、軍神ともちあげられた傷痍軍人とその妻の生活から戦争を描いた。
 寺島しのぶさんの演技は、ただものではなかった。テレビ映画の、とりつくろった、演技をしているといわんばかりのものとは質がちがう。シゲ子の表情は内面から出てきた、やむにやまれぬ軍神の妻のそれであった。演じたものではない。寺島しのぶはノーメイクだ。ノーメイクといえば、小栗康平監督「死の棘」の松坂慶子くらいしか思い浮かばない。映画を見ていて、寺島しのぶが銀熊賞を受けたのに納得した。
 舞台あいさつで、銀熊の本物を寺島さんは見せてくれた。手のひらで持てる大きさで立ち上がった熊さんだ。家では本棚に飾っているそうだ。
 8月の全国ロードショウでは、多くの人に見てほしい。戦争の本質を描いたほんものの映画だ。
 帰り道に、反戦抵抗の川柳作家・鶴彬(つるあきら)を思った。「高粱(こうりゃん)の実りへ戦車と靴の鋲」「屍のいないニュース映画で勇ましい」「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」「手と足をもいだ丸太にしてかへし」
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