山上俊夫・日本と世界あちこち

大阪・日本・世界をきままに横断、食べもの・教育・文化・政治・歴史をふらふら渡りあるく・・・

『週刊新潮』の橋下知事特集について

2011年10月27日 03時31分28秒 | Weblog
 昨日(2011・10・27)発売の『週刊新潮』の橋下徹特集を興味深く読んだ。
 ただ、橋下氏の父親や親戚がどうだとかこうだとかいうことの尻馬に乗るつもりはない。またどこに住んでいたということも、どうでもいいことだ。そもそも本人の責任に属しないことで人を評価すべきではない。
 だが記事ではそれ以外は重要な情報が満載だった。同和予算だけは聖域にしたことは共産党が厳しく批判したとおりだ。記事にもあったが、橋下氏は府立高校の教務補助・実験実習補助の非正規職員350人全員(文字通りひとり残らず)を首にした。わすが100万余の賃金だ。他のアルバイトもして子どもを育てていたシングルマザーが何人もいた。悲鳴に近い声があがったが、橋下氏の姿勢は冷酷無比だった。これ以外にも教育予算を20%減らした。福祉関係予算も見事に削った。教育・福祉・文化関係の人で橋下政治を評価する人はゼロに近いだろう。
 橋下氏が弁護士時代に売春業者の紛争処理をしていたことは今回初めて知った。弁護士登録した橋下氏が最初に樺島弁護士のところに勤務した時代のことは、かつて産経新聞がくわしく書いたが、弁護士としての修行よりも、カネ、カネ、カネに執着していた。今回知ったことは、橋下氏が独立して以後、雇った弁護士を取立て業務などにこき使っていたこと、そのため3日や1週間で弁護士がやめたことだ。
 一番の注目は、橋下氏の秘書が10月1日、ミナミのラブホテルの最上階で乱痴気パーティをしたことだ。雇われた?モデル嬢が「彼女をよろしく」と秘書に差し出されそうになったので、恐ろしくなって逃げ出したという顛末が書かれている。「大人のおもちゃを手にする前に、秘書氏はまず大人の常識を学ぶが良かろう」と。もっともだ。
 その他維新の会に関する情報も興味深い。
 大阪では、橋下氏を批判することはタブーにされるくらい持ち上げぶりはひどかった。テレビ・新聞のへつらう姿は哀れでさえあった。マスメディアを従えた独裁政治の本質を見抜けない人は単純に熱狂する。わたしは橋下登場以来、厳しく批判してきた。具体的な事実を追及した(教育問題、休日公用車解禁、保育園誹謗中傷、府幹部職員自殺はじめいろいろ)。右翼的な人から随分いちゃもんをつけられたりした。いちゃもんにはできるだけ丁寧に答えてきた。こちらが名前を明らかにして発言しているのに、「姿をかくして知事を批判するお前みたいなやつがいるから教育がだめになるのだ」という匿名の書き込みもあった。
 だが、橋下・維新が決定打として出してきた「教育基本条例」「職員基本条例」のあまりの独裁ぶりに、これまで協力者だった教育委員や府の部長さえもが離反する事態となった。橋下批判が公然と出てきた。こんな条例が通れば、教育は破壊されるし、職員組織は自律性を失い硬直する。北朝鮮ようになること請け合い。なんとしても葬らないといけない。




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テレビで和泉高校・中原校長が暴言

2011年10月25日 11時51分33秒 | Weblog
 2011年10月26日、ABCテレビの夕方のワイドショー「キャスト」において、橋下徹氏の友人で民間人校長として去年から府立和泉高校校長をつとめている中原徹氏が出演していた。教育基本条例について、陰山英男氏と議論をたたかわせた。もちろん中原氏は推進で、橋下氏と瓜二つの意見だった。
 そこで看過できないことをいった。教員をSABCDに相対評価して、Dは5%で2年続けば免職の対象にされるということだが、中原氏は、「和泉高校は60人いるから、5%だと3人、Dは3人いますよ」と断言した。条例は案であって、決まっていない。にもかかわらす、平然と「和泉高校にはDが3人いる」と関西全域にむけて公言したのだ。この条例が実施されれば、有無をいわさず5%がDにされるが、いまの人事評価は絶対評価だ。現時点でDが3人いると断言したことは放置できない。
 さらに暴言をはいた。中原氏は、「すべての学校にかならず5%はDがいる」といった。彼は1年余りしか校長をしていない。しかも1校だけ。なぜ、どんな根拠で、「すべての学校でかならず」Dが5%いると断言できるのか。全府立高校に対する、全教職員に対する名誉毀損だ。人格を疑う。まったくの政治的狙いにもとづいた発言だ。
 そもそも、中原氏は弁護士だが、民間人校長に応募するときに、兼職をしていいのかと橋下知事の特別秘書をつうじて府教委に問い合わせをした。わたしはそんなことも知らずによく応募したな、と当時思った。もし、教員採用試験をうける人がそんなことも知らなかったら、そのひとは100%落ちるだろう。教育法規も試験科目にあるからだ。ところがびっくり、こんどの教育基本条例案では、兼職を認めているのだ。弁護士事務所を経営しながら、会社を経営しながら学校の校長をする、これが教育基本条例の姿だ。中原氏の思いがかなうのだ。でも別の仕事をしながら片手間で校長をする人を学校は信用しない。
 中原氏については、もうひとつ忘れられないことがある。それは去年の夏休みに入るときに大阪の全高校生に配られた「高校生活」という新聞のことだ。高校生活指導研究会がが編集し、配っている。その1面全面をつかって中原氏の発言と写真がのった。わたしは、写真をみて腰を抜かしそうになった。中原校長の写真と、学生時代の中原氏の写真が別人かとおもうほどに違うのだ。年の違いではない。学生時代の眉毛はすごく太いのに、校長の写真は見事に眉を剃って細くしているのだ。なんとチャラチャラした人物かと驚いた。眉を細く剃った校長がはたして生徒指導ができるのか疑問だ。いや、和泉高校は泉州の方では1,2を争う進学校だから生徒指導で校長が苦労するなんてことはないだろう。もしこれが困難校だったら、見抜かれて指導は成り立たないだろう。だが民間人校長はみんな生徒指導という点では楽な学校ばかりに配置されている。
 今日、テレビで中原氏が大写しになったとき、わたしはテレビに近寄って確認した。デジタル放送ということもあり、中原氏の眉毛は目尻に向けて見事に細くなっているのが確認できた。眉を細くしている校長は初めてだ。
 わたしは、朝日放送に電話をした。なぜ校長の意見を聴くのに、橋下氏の友人の中原氏を招くのか、人選がおかしいと意見をいった。160人以上いる校長のなかでなぜ中原氏なのかと。校長の全体の意向とかけはなれた意見をまちがって校長たちの意見と受け取られる可能性がある。おそらく条例案にはっきり賛成推進するのは中原氏ひとりだろう。知事にもっとも近かった教育委員諸氏も白紙撤回以外にないと表明しているのだから、現場の人そのものである校長は教育委員以上に怒っている。朝日放送も、もうそろそろ橋下氏を毎日持ち上げるのをやめてもらいたい。



























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巨額の損失を府民に与えた橋下氏に住民監査請求

2011年10月21日 04時39分32秒 | Weblog
 フリージャーナリストの西谷文和さん、大阪市民ネットワークの藤永のぶよさんらが中心になって、2011年10月19日、WTC購入・移転費用・耐震工事等で巨額の損失を府民に与えた橋下知事の責任を問う住民監査請求をおこなった。
 WTC咲洲庁舎は、耐震構造上の問題が再三指摘されていたにもかかわらず購入し、すでに2000人の職員部局を移転させている。購入費用85億円、移転関係費用11億4千万円に加え、さらに震災による耐震工事で34億円以上の経費負担がかかる。そもそも耐震性の調査もせずに購入したことが不法・不当である。橋下知事は「東日本大震災で事態が変わった」というが、大阪の数あるビルはなんら被害を受けていないのに、WTCだけが甚大な被害を受け、府民に損害を与えた責任は大きい。この予測は購入時点で専門家から、さらに府議会でも共産党などからさんざん指摘されていたことで、それを無視して強行した責任は放置できない。
 支出が違法だとなれば、橋下氏に全額返還させる段階へすすむ。
 翌20日、西谷さんらの呼びかけで、エル大阪で集会が開かれた。私も参加した。その場で私も監査請求書に署名捺印して出した。28日まで監査請求を出そうとよびかけている。
 その集会で西谷さんとは別のジャーナリストの方が、面白いことを紹介してくれた。関西のワイドショーにコメンテーターとして長年でていた方が、橋下批判を展開したら、局の上層部に呼ばれてクビにされたというのだ。なるほど。橋下批判を封じ、橋下茶坊主体制が関西のテレビ局あげて作られていたのだ。これほど徹底した橋下礼賛がつづけば「ハシズム=橋下のファシズム」という状況ができるのもあたりまえだ。






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大阪・池田市の小中一貫校の不見識

2011年10月18日 16時34分31秒 | Weblog
 池田市では6月の議会で小中一貫校の校舎の設計予算を可決するという暴挙をした。小中一貫校を実施するという教育委員会議での決定がないのに、市長の横暴で強行した。共産党が反対し、一部議員が退席した。あと市長を応援する会派は賛成。市長は橋下知事と親密にプレーをしてきた倉田薫氏。去年は、府立園芸高校を池田北高校と合併させて、園芸高校の土地を巨大ショッピングモールやマンション・住宅用地にして開発事業をしようと画策した。反教育的な妄想をゴリ押ししようとし、学校関係者・市民から猛烈な反発をうけひっこめた。しかしその途中では橋下知事がまともにこれに付き合い、府の正規の会議で取り上げるという茶番もあった。普通は、まともに取り上げることをしないしろものだ。
 今年は、池田市の小中学校を順次整理統合し、小中一貫校にするというのだ。そのため
耐震補強も最低レベルのまま放置している。そもそも小中学校を一体にする教育学的根拠は何もない。推進の本心は、二つの小学校をひとつにし中学校と同一敷地・同一校舎にすれば、小学校一つが余る。売れば大きい利益がでる。なんのことはない、統廃合が目的だ。ごまかすために教育的な理由を付けようとする。いわく、中一ギャップを解消する、これが一番のうりだ。中学入学の不適合を解消しようと。しかし、それは事前に交流すれば十分だし、中学への入学が新たな世界に入ることで小学校の問題を払拭するプラスの効果もずいぶん大きい。あとは、適正規模とかなんとかいうが、小中一貫で1000人以上、千数百人の大規模になる弊害が大きい。
 なによりも、教育が無茶苦茶になる。小学1年生と中学3年生が同一の学校でやっていけるのか、安全は確保できるのか?運動場は放課後中学生の部活動(いまでも過密)をやっているところで小学生が遊んだり活動ができるのか?体育館が1年生から9年生までの授業をできるのか?小学生と中学生は運動施設・用具は同じ大きさでいいのか?プールはいまでも児童が多い学校は水につかる時間が短いが、いっしょではもっとひどくなるのではないか?小学校低学年と中学生とでプールの深さは同じでいいのか?低学年は溺れないか?浅ければ中学生は頭を打たないか?理科や音楽などの特別教室は小学生と中学生の二種類の椅子を用意するのか?一つの特別教室で9学年の授業に対応できるのか?運動会は小学生と中学生が一緒でできるのか?別の日に二回に分けてやるのか?45分授業の小学校と50分授業の中学校チャイムはどうするのか?教育委員会事務局はチャイムのない学校もあると説明会で答えたようだが、チャイムにとらわれずに授業するための試みとしてやられているのであって、全ての学校でチャイムを廃止してやっていけるのか?時間はどんどんずれて、休み時間に遊ぶ児童生徒絶えずいて、うるさい。それでやっていけるのか?喫煙など問題行動が中学生には目に付くのが現実だが、小学生に悪い影響はないのか?体格がちがう小学低学年の子どもの安全に問題はないのか?これまでは小学6年生はリーダー学年としての自覚をうながす教育的意義が大きかったが、それがなくなることの損失はあまりに大きいのではないか?
 教育的利点はほとんど聞かない。教育学者からは反対論が出ている。胡散臭いものを取繕おうとしても底が割れている。










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とてもわかりやすい教育基本条例

2011年10月14日 02時08分12秒 | Weblog
 教育基本条例のとてもわかりやすい解説が、立案にたずさわった人からなされた。『朝日』2011・10・10付けの「教育基本条例を問う」という3回シリーズの最初だ。解説した人は維新の会の坂井良和氏。
 本心をあからさまに語っている。教育に新自由主義を徹底するという宣言だ。「エリート育成のために格差は辞さず」というのが見出しになっている。「私は格差を生んでよいと思っている。税制や社会保障など、是正の制度は別にある。まずは格差を受け入れてでも、秀でた者を育てる必要がある」という。
 驚くべき発言だ。教育ではなく反教育の宣言だ。彼が格差を生んでよいといっているのは、社会や経済のことではない。教育に格差を生んでよいと言っているのだ。社会に格差があるのは日本の歴史始まって以来ずっとだ。戦後教育は社会に格差・不平等があっても、教育・学校には、格差・不平等を持ち込まないよう努力し、さらに教育に社会の格差・不平等を正す力を期待した。社会の格差は小泉改革以来ひどくなっている。その格差を教育の制度に持ち込もうというのだ。すでに教育制度の複線化が高校ではすすんでいる。それを極限まで、小中学校から徹底しようというのだ。格差教育すなわち差別教育をするというのはもはや教育の議論ではない。橋下知事に協力してきた教育委員会が公然と批判に転じたのは、これはもはや教育ではないからだ。学校現場の教員は、校長も含めて(橋下氏の友達で民間人校長にしてもらった人をのぞいて)猛烈に反発している。それは教員が一番大事にしてきたことを根こそぎひっくり返そうとしているからだ。
 坂井氏は、「日本のような資源のない国は人材活用しかないのに『国内で仲良く』という育て方で競争力を失った」ともいう。日本経済の不振は90年代のバブル崩壊からだ。その責任を教育に負わせるのはあまりに荒唐無稽だ。坂井氏はゆとり教育も攻撃する。80年代に小学校から始まり一定期間続いたのがゆとり教育だ。その教育を受けた子どもたちが90年代以降の日本経済を取り仕切ったのか。いい加減な話はやめてほしい。
 維新の会は、人の能力差を認め義務教育を7年にすることも考えている。学校を自由に選ぶ、高校の学区を撤廃する、小中学校の校区もなくし学校選択制を取り入れる、学力テストの成績を学校別に公表する。これらの「改革」で自分の子どもの夢を実現できると勘違いする親が一定数いるだろう。なにしろ新自由主義・格差社会に賛成して小泉改革を後押しした国民が多くいたのだから。でもこれで得をする、すくい上げられるのは、ごくごく一部だけなのだ。ほとんどは切り捨てられる。勘違いしてはいけない。やろうというのは格差教育=差別教育だ。すべての生徒にしっかりした学力を、人格の完成をという普遍的原理を投げ捨てるのだ。











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教育基本条例を問う―内田樹さん

2011年10月13日 04時41分09秒 | Weblog
 『朝日新聞』2011・10・13付けの内田樹さんの発言は、『朝日』でははじめてのスカっとした記事だった。「競争原理むしろ学力下がる」そのとおりだ。内田さん自身も大学の教員としての実体験から、多様なタイプの教師との出会いが学生の知的脱皮のために不可欠だという。小中高校でもこれは当てはまる。昔からの教育の原理的なことだ。
 教育を新自由主義的に商品化したこと、市場原理・競争原理を激しくしたことが、今日の教育の失敗の主因だと。それを極限まで徹底しようというのが橋下・維新。恐ろしい世界だ。
 内田さんの教育に関するエッセーには以前から注目していた。今回の発言は、かみ合っていてしかも正面批判なのでパンチが効いている。
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教育基本条例を問う―内田樹さん

2011年10月13日 04時41分09秒 | Weblog
 『朝日新聞』2011・10・13付けの内田樹さんの発言は、『朝日』でははじめてのスカっとした記事だった。「競争原理むしろ学力下がる」そのとおりだ。内田さん自身も大学の教員としての実体験から、多様なタイプの教師との出会いが学生の知的脱皮のために不可欠だという。小中高校でもこれは当てはまる。昔からの教育の原理的なことだ。
 教育を新自由主義的に商品化したこと、市場原理・競争原理を激しくしたことが、今日の教育の失敗の主因だと。それを極限まで徹底しようというのが橋下・維新。恐ろしい世界だ。
 内田さんの教育に関するエッセーには以前から注目していた。今回の発言は、かみ合っていてしかも正面批判なのでパンチが効いている。
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サンマの刺身改良版

2011年10月08日 18時26分56秒 | Weblog
 このブログの9月20日付けでサンマの刺身を紹介した。今日はそれの改良阪を。
 ①サンマを大名おろしで3枚におろす。
 ②腹骨をすきとる。 
 ③皮を頭から引く。
 ④身をそれぞれ4つに切る。
 ⑤中骨を、身を切り分けてしまわない程度にV字に包丁を入れて取る。
 ⑥おろしショウガとポン酢で食す。
 ※斜め切りよりも、ぶつ切りの方が身の厚みを感じて食べることができて美味しい。
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人間的価値をもたない軍隊と橋下・教育基本条例を見比べる

2011年10月08日 00時17分13秒 | Weblog
 私は暇を見つけて、戦争末期の学校の兵営化、軍の学校占拠のことを勉強している。そこでは驚くべき実態があった。学校を占拠し駐屯している兵たちは、教室の壁をぶち破って隣の教室との通路をつくったり、夏は机や椅子を持ち出して夕涼みの縁台にし、寒くなるとそれらを燃やして暖をとった。百人単位で駐屯しているところでは、朝、一応授業があった中学1,2年生が登校してくると、便所周辺の廊下はうんこが並んでいた。やがて教室にも垂れ流すようになった。
 空襲のとき、教職員生徒は必死に学校防衛の消化作業をしているのに、兵隊たちは、上官の指示がないのをいいことに手伝いもせず傍観していた。宿泊所として提供してもらった建物が燃えているのに。さらにある学校では、2階から毛布を投げ、飯盒などの生活道具といっしょに持って蜘蛛の子を散らすように逃げた。
 軍規の弛緩は覆いがたかった。でも軍規があろうがなかろうが、社会常識は守らなければならないし、火が燃えていれば消すのが当たり前だがそうではなかった。
 そもそも軍隊は人を殺す訓練をし、それを実行することを目的・任務とする組織だ。命・人権・人としての尊厳などは軍隊の価値序列にはない。普遍的・人間的価値で自発的に動く組織ではないが故の現象だ。
 ひるがえって大阪の橋下・維新の教育基本条例を見比べるとおもしろい。
 橋下条例は、人間的価値が語られない、子どもの姿が浮かんでこない。グローバル社会のリーダーを育てることを教育の目標にするのだ。では全員がリーダーになれるのか。ありえない。ごく一部のエリートを育てることを狙っている。犠牲になる子どもがたくさん出るのは格差として受け入れてもらうしかないと維新は明言している。
 このような非人間的な教育をすすめるために学校組織のつくりかえと邪魔になる教員の排除をねらっている。学校組織をすべて知事の決めた目標を実行する兵隊ののごとき組織につくりかえようとしている。普遍的人間的価値にもとづいて教育をするいまの教員の行動規範が橋下知事は我慢がならない。命令だけでうごく組織にしたいのだ。だが教育は多様な生徒に多様な場面で、グローバルリーダー育成のためではなく、人間的成長のために、命令にかかわりなく教育するのが本来の教育だ。
 軍隊のごとき組織につくりかえるために、5%を毎年Dにランクに格付けして2年で首にする。これをくりかえす。ユーゴスラビア内戦での民族浄化のようだ。Dにつづいてその予備軍として15%のCもつくられる。残ろうと思うと橋下・維新の忠実な兵隊になる道を選ばせられる。人間的価値・教育の普遍的原理にもとづいて自律的に判断し行動する教員はいなくなる。ファシストにはうっとりするような光景だが、人の心を持つものには耐えがたい。
 戦争末期の軍隊は、もともと持っている人間の原理にあわないものを、もっとも醜い姿で露呈させてしまった。橋下・維新の政治の行く末と重なってしまう。










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自転車のチェーンが切れた

2011年10月07日 03時21分13秒 | Weblog
 昨日はひきつづき、大阪市立中央図書館に行って戦争末期の軍による学校占拠をしらべた。戦争中警備警察をしていた方が焼却せずに保管し伝えられた極秘文書を目にすることができた。収穫があったと思って、自転車をこいで帰途についた。途中、ゆるやかな坂で立ちこぎにうつる体制でこいでいたら、バチーンとチャーンが切れた。足は空回りし、体は前に吹き飛んだ。膝をしたたか打った。幸いにも顔は打たなかった。近所の女性が出てきて慰めてくれた。ありがたかった。足をひきずって帰った。自転車は途中で放置した。一番肝心のチェーンが切れるボロ自転車。
 家の近所の整形医に行った。膝の皮が擦り切れていた。消毒してガーゼをあててもらった。その時は痛くはなかったが、あとで内出血してきて膝がポンポンに腫れあがった。今朝みると巨大な赤黒いリンゴのようになっていた。夜中も痛かった。歩くのも痛い。
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生徒の教育に格差をもちこむのは当然という「維新の会」

2011年10月04日 03時37分20秒 | Weblog
 10月2日の『朝日』2面に「教育基本条例案」の記事があった。橋下側の言い分と現場の意見をのせた、まあまあの記事だ。
 記事の最後に核心部分があった。条例案は「グローバル社会に十分に対応できる人材育成を実現する」とうたい、徹底した成果主義で教育委員、校長、教員をしめあげることを狙っている。だが現実は格差社会の進行の中で、生活上の困難が学力向上のおおきな障害になっていることは教員は誰でも知っている。ところがすべての生徒の底上げ、すべての児童生徒にひとしく学力をつけることをわきにおいて、グローバル人材育成を目標にかかげる。多くの子どもを粗末にする。
 条例案の草案を書いたという人物が、「格差は税制などで是正できる。国際競争力を取り戻すためには、いったんは格差を受け入れてでも秀でた者を育てるのが大切だ」といっている。ここに教育基本条例の基本精神がある。
 馬鹿にするなと言いたい。非正規労働は大阪では45%くらいまで増え、格差・貧困の広がりはおおいがたい。税制で格差是正がやられていますか。ウソつくなといいたい。庶民増税の一方で、金持ち減税はすごいじゃないですか。何億もの収入の人の実効税率は十数%にまで下がっている。弱肉強食の社会にあって、学校と教育だけは格差・差別を持ち込んではいけない。教員はそのことに心をくだいてきた。そこに教育の本質的役割がある。社会の防波堤になるため。
 ところが「維新」は、いったんは格差を学校が受け入れて、すなわち格差教育を実行して、グローバル人材を育てるというのだ。さまざまな困難を抱えている生徒には目がいかない。ひとにぎりの「人材」をつくるために集中するというのだ。
 もはやこれは学校ではない。昔から差別的な社会にあっても、学校にだけは差別を持ち込ませないよう教師は努力し、等しく生きていける学力をどの子どもにもつけようと頑張ってきた。これが日本の学校であり、教師の姿だった。だが、底辺の子どもをすくい上げようと努力する教師は、これからは橋下や維新の目のかたきにされる。グローバル人材育成にどれだけ忠誠をつくすかが問われる。
 教育を破壊する橋下・維新には退場していただくしかない。




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