2015年11月16日(月)
弁天の森キャンプ場分岐より
弁天の森キャンプ場分岐 直進
左手の施設は防火用水
小ピークへ ウォーキングに相応しい道を、西から東へと歩き続けます。
小ピーク
小ピーク 指導標 浄発願寺奥の院1.8Km ⇔ 日向薬師1.1Km
少しばかり下ると
平坦で歩きやすい尾根道が直線的に続きます。
鹿柵に沿って
尾根道がやや左方向へ下降に転じるところで指導標が見えてきました。
前掲写真の指導標がこれです。
指導標(右) 「天神平0.3Km ⇔ 三ノ沢・鍵掛2Km」
指導標(左) 「←日向薬師・弁天の森分岐0.18Km」
指導標(右)にある地名・場所を知らなかった事に加えて、二つの指導標が同じ方向を示していたので、一瞬アレ?と思ってしまいました。 といっても、自分が進む方向は分かっているし、地形図や周囲の状況をみればそれほど悩む所ではないのですが・・・指導標(右)の「天神平」の向きに問題があるような気がしますが? 右手を覗いてみるとルートがあったので、これと関係があるのでしょうか?
直進して更に標高を下げて行きます
下方に尾根筋のルートと直交するように交わるルートがはっきりと見えてきました。
四辻 〇〇峠というような名前が付いていてもおかしくない所ですね
四辻の指導標
直進、日向山0.5Km ⇔ 手前、梅の木尾根0.18Km
左、弁天の森キャンプ場1.03Km ⇔ 右、薬師林道0.37Km・日向薬師0.47Km
これを見ると梅の木尾根は先ほどの指導標の辺りで終わっているようです。
四辻から左方向を見たもの
四辻から右方向を見たもの(ルートがほとんど写っていませんが)
正面の日向山に向かって直進すると
丸太の階段道が終わった後も同じ勾配の山道が続きます
左手(北側)が厚木市七沢、右手(南側)が伊勢原市日向
山頂かな?と思ったらもう少し先でした。
日向山山頂 その1 尾根の東端に位置する山頂に到達し、遮るものが無くなったせいか正面から光が差し込んできます。
日向山山頂 その2 「日向薬師の森案内図」と指導標
この案内図を見て、天神平、三ノ沢、鍵掛の位置関係が大凡分かりました。 でもこの案内図を最初に見た時は、日向薬師へのルートが消されている事に気がつきませんでした。相変わらずです。
指導標 弁天の森分岐0.5Km、梅の木尾根0.7Km、薬師林道0.87Km、日向薬師0.97Km すべて同じ方向になっています。これに従うと、日向薬師に行きたければ今きた道を戻れという事になってしまいます。 本当にそのようになるとは(苦笑)
日向山山頂 その3 山頂標識と石祠
日向山山頂 その4 山頂標識 「日向山山頂」 「ここは日向山という標高404mの山の頂上で、伊勢原市と厚木市の境界になっています。この山頂にある石祠には天明八年(1788)と刻まれており、弁天さまが祀られていました」
日向山山頂 その5 三角点
日向山山頂 その6 四等三角点
日向山山頂 その7 相模湾方面
さて、この山頂から日向薬師に向かおうとしたのですが・・・
日向山山頂 その8 南側はこんな指導標と共にロープが張ってありました。
指導標 七沢温泉・広沢寺温泉方面 ⇔ 「私有地につき通行禁止」
かつて広沢寺温泉方面から日向山・見城山をピストンした事があるので、今回は日向山から日向薬師へ降りる計画を立てていました。 どうしてこんな事になってしまったのでしょうね。残念なことです。
日向山山頂 その9 進入禁止のロープ
日向山山頂 その10 山頂部から歩いてきた方向を見ています
案内図をもう一度見直したり(ここでルートが消されていた事に気づく)、あれこれ考えたのですが、結局四辻に戻ることにしました。
四辻 左、日向薬師へ
歩きやすい下りの道が続きます。
左へ
指導標 広沢寺温泉3.1Km 弁天の森キャンプ場1.3Km 日向山1.0Km ⇔ 日向薬師0.2Km
右手に案内板らしきものが
「日向薬師の森周辺案内図」 薬師林道から入山するハイカーのための案内板のようです。 これも日向山山頂に直接向かうルートは消されていました。
梅林
薬師林道(林道薬師線)へ 前方、坊中方面 手前、七沢温泉方面
指導標1 日向薬師0.1Km ←《かんとうふれあいの道》→ 巡礼峠5.0Km
指導標2 日向薬師0.1Km ←《おおやまめぐりルート》→ 亀石1.6Km
宝城坊日向薬師へ
大看板に「重要文化財 宝城坊本堂保存修理工事」 (通称 平成の大修理)
日向山宝城坊日向薬師について HPによれば、奈良時代の初頭、僧行基により日向山霊山寺(ひなたさんりょうせんじ)として開山されたと伝えられている。
※本尊は薬師如来像(国重文)で、霊山寺の別当坊であった宝城坊が寺籍を継いだことからこの寺号を称するようになったそうです。(日本三大薬師の一つに数えられている)
少しばかり内部を見学できるようになっているところ
張り紙に書いてある工事期間は「平成22年11月~平成28年9月」となっていました。 神社仏閣の保存修理は長い時間を要するものですね。
本堂右手方向に進むと、すぐに二本の杉の巨木が目に入ります。
その後方は旧日向山霊山寺の鐘堂で、国重文の暦応三年(1340)の銘文をもつ銅鐘をつるす。(伊勢原市指定重文)
「県指定天然記念物 宝城坊の二本杉」
足利基氏が幡をかけ、平和と幸せ、五穀の豊かな実りを祈った「幡かけの杉」として親しまれている。かながわの名木100選にも選ばれている。
樹高33mと35m 胸高周囲6.3mと7.8m 樹齢約800年(推定)
宝城坊の二本杉と鐘堂
宝城坊の二本杉
二本杉の奥へ進むと 虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)
大樹の洞に安置された虚空蔵菩薩
表参道を下ります
山門
山門の仁王像(吽形像)
仁王像(阿形像)
石段を降りた所に「いしば(衣裳場)」の説明板
源頼朝が日向薬師参詣(娘の病気全快を祈るため)の時、ここで旅装を脱ぎ白装束に衣裳を着替えたので「衣裳場」(いしょうば)といわれ、現在は訛って「いしば」と呼ばれているそうです。
指導標 日向薬師バス停0.2Km ←《関東ふれあいの道》→ 日向薬師0.3Km
「関東ふれあいの道」のNo.11「巡礼峠のみち」案内図 日向薬師はS・Gとなる要所
この門を出て右へ50mほど進めば「日向薬師」バス停(終点)
No.476
弁天の森キャンプ場分岐より
弁天の森キャンプ場分岐 直進
左手の施設は防火用水
小ピークへ ウォーキングに相応しい道を、西から東へと歩き続けます。
小ピーク
小ピーク 指導標 浄発願寺奥の院1.8Km ⇔ 日向薬師1.1Km
少しばかり下ると
平坦で歩きやすい尾根道が直線的に続きます。
鹿柵に沿って
尾根道がやや左方向へ下降に転じるところで指導標が見えてきました。
前掲写真の指導標がこれです。
指導標(右) 「天神平0.3Km ⇔ 三ノ沢・鍵掛2Km」
指導標(左) 「←日向薬師・弁天の森分岐0.18Km」
指導標(右)にある地名・場所を知らなかった事に加えて、二つの指導標が同じ方向を示していたので、一瞬アレ?と思ってしまいました。 といっても、自分が進む方向は分かっているし、地形図や周囲の状況をみればそれほど悩む所ではないのですが・・・指導標(右)の「天神平」の向きに問題があるような気がしますが? 右手を覗いてみるとルートがあったので、これと関係があるのでしょうか?
直進して更に標高を下げて行きます
下方に尾根筋のルートと直交するように交わるルートがはっきりと見えてきました。
四辻 〇〇峠というような名前が付いていてもおかしくない所ですね
四辻の指導標
直進、日向山0.5Km ⇔ 手前、梅の木尾根0.18Km
左、弁天の森キャンプ場1.03Km ⇔ 右、薬師林道0.37Km・日向薬師0.47Km
これを見ると梅の木尾根は先ほどの指導標の辺りで終わっているようです。
四辻から左方向を見たもの
四辻から右方向を見たもの(ルートがほとんど写っていませんが)
正面の日向山に向かって直進すると
丸太の階段道が終わった後も同じ勾配の山道が続きます
左手(北側)が厚木市七沢、右手(南側)が伊勢原市日向
山頂かな?と思ったらもう少し先でした。
日向山山頂 その1 尾根の東端に位置する山頂に到達し、遮るものが無くなったせいか正面から光が差し込んできます。
日向山山頂 その2 「日向薬師の森案内図」と指導標
この案内図を見て、天神平、三ノ沢、鍵掛の位置関係が大凡分かりました。 でもこの案内図を最初に見た時は、日向薬師へのルートが消されている事に気がつきませんでした。相変わらずです。
指導標 弁天の森分岐0.5Km、梅の木尾根0.7Km、薬師林道0.87Km、日向薬師0.97Km すべて同じ方向になっています。これに従うと、日向薬師に行きたければ今きた道を戻れという事になってしまいます。 本当にそのようになるとは(苦笑)
日向山山頂 その3 山頂標識と石祠
日向山山頂 その4 山頂標識 「日向山山頂」 「ここは日向山という標高404mの山の頂上で、伊勢原市と厚木市の境界になっています。この山頂にある石祠には天明八年(1788)と刻まれており、弁天さまが祀られていました」
日向山山頂 その5 三角点
日向山山頂 その6 四等三角点
日向山山頂 その7 相模湾方面
さて、この山頂から日向薬師に向かおうとしたのですが・・・
日向山山頂 その8 南側はこんな指導標と共にロープが張ってありました。
指導標 七沢温泉・広沢寺温泉方面 ⇔ 「私有地につき通行禁止」
かつて広沢寺温泉方面から日向山・見城山をピストンした事があるので、今回は日向山から日向薬師へ降りる計画を立てていました。 どうしてこんな事になってしまったのでしょうね。残念なことです。
日向山山頂 その9 進入禁止のロープ
日向山山頂 その10 山頂部から歩いてきた方向を見ています
案内図をもう一度見直したり(ここでルートが消されていた事に気づく)、あれこれ考えたのですが、結局四辻に戻ることにしました。
四辻 左、日向薬師へ
歩きやすい下りの道が続きます。
左へ
指導標 広沢寺温泉3.1Km 弁天の森キャンプ場1.3Km 日向山1.0Km ⇔ 日向薬師0.2Km
右手に案内板らしきものが
「日向薬師の森周辺案内図」 薬師林道から入山するハイカーのための案内板のようです。 これも日向山山頂に直接向かうルートは消されていました。
梅林
薬師林道(林道薬師線)へ 前方、坊中方面 手前、七沢温泉方面
指導標1 日向薬師0.1Km ←《かんとうふれあいの道》→ 巡礼峠5.0Km
指導標2 日向薬師0.1Km ←《おおやまめぐりルート》→ 亀石1.6Km
宝城坊日向薬師へ
大看板に「重要文化財 宝城坊本堂保存修理工事」 (通称 平成の大修理)
日向山宝城坊日向薬師について HPによれば、奈良時代の初頭、僧行基により日向山霊山寺(ひなたさんりょうせんじ)として開山されたと伝えられている。
※本尊は薬師如来像(国重文)で、霊山寺の別当坊であった宝城坊が寺籍を継いだことからこの寺号を称するようになったそうです。(日本三大薬師の一つに数えられている)
少しばかり内部を見学できるようになっているところ
張り紙に書いてある工事期間は「平成22年11月~平成28年9月」となっていました。 神社仏閣の保存修理は長い時間を要するものですね。
本堂右手方向に進むと、すぐに二本の杉の巨木が目に入ります。
その後方は旧日向山霊山寺の鐘堂で、国重文の暦応三年(1340)の銘文をもつ銅鐘をつるす。(伊勢原市指定重文)
「県指定天然記念物 宝城坊の二本杉」
足利基氏が幡をかけ、平和と幸せ、五穀の豊かな実りを祈った「幡かけの杉」として親しまれている。かながわの名木100選にも選ばれている。
樹高33mと35m 胸高周囲6.3mと7.8m 樹齢約800年(推定)
宝城坊の二本杉と鐘堂
宝城坊の二本杉
二本杉の奥へ進むと 虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)
大樹の洞に安置された虚空蔵菩薩
表参道を下ります
山門
山門の仁王像(吽形像)
仁王像(阿形像)
石段を降りた所に「いしば(衣裳場)」の説明板
源頼朝が日向薬師参詣(娘の病気全快を祈るため)の時、ここで旅装を脱ぎ白装束に衣裳を着替えたので「衣裳場」(いしょうば)といわれ、現在は訛って「いしば」と呼ばれているそうです。
指導標 日向薬師バス停0.2Km ←《関東ふれあいの道》→ 日向薬師0.3Km
「関東ふれあいの道」のNo.11「巡礼峠のみち」案内図 日向薬師はS・Gとなる要所
この門を出て右へ50mほど進めば「日向薬師」バス停(終点)
No.476