よのなか研究所

多価値共存世界を考える

ピューリタンの潔癖症   

2012-07-16 07:16:49 | 歴史

                                               photo(オールド・メンズ・バンド、ニューオルリンズ)

ロンドン五輪の米選手団のユニホ―ムが中国製であることが明らかになり、米議会の議員らが「米国の製造業の雇用が中国に奪われている」と猛反発していると報じられている(7月15日朝日新聞ほか)。民主党の上院院内総務ハリー・リード氏は12日、記者会見で「五輪委員会は恥を知れ。彼等は全てのユニホームを集めて燃やし、やり直すべきだ」とまくしたてた。この会見はテレビ・ニュースでも流された。

アメリカという国は大国であって一側面を見て全体を論じることは無理がある。しかし、その地下水脈にピューリタンの潔癖症が流れ、そのもたらすヒステリックな一面があることは疑いがない。それを証明する事例がその歴史に山とある。最たるものは二十世紀初めの「禁酒法(Prohibition)」だろう。曲折はあったが、全土で盛り上がった禁酒運動により上院が提出した憲法修正法第18条が四分の三以上の州で批准され、憲法修正条項が成立した。これにより消費のためのアルコールの製造、販売、輸送が禁止された。1920年1月に施行され、1933年まで続いた。当然のごとく、密輸・密売・密造が隆盛し犯罪の温床となる。後から考えると「中学生の正義感」みたいなものだが、当時は社会全体が大まじめだったのである。「高貴な実験(the Noble Experiment)」と揶揄されたが、その後も同様な自己中心的な、子供だましのような「正義感」は時々でてくる。

戦後になって、「マッカーシズム」と呼ばれた「レッド・パージ(Red Purge)」が始まった。日本語の「赤狩り」の用語は日本国内でも威力を発揮したし、今日にもその残滓がある。1950年2月、米上院で共和党のマッカーシー上院議員が「中央省庁に共産主義者が職員として多数勤務している」と告発したのを機に、ハリウッド映画界などでも「ブラックリスト」が出回り、メディアを巻き込んでの騒動に発展した事件である。「偽リスト」が乱発され、取締りには自白や密告が強要された。当時、中国の内戦で中国共産党が国民党に勝利し、ソビエト連邦が核実験に成功し核の独占が打ち破られた時期にあたる。漠然とした不安感を利用して政治的メッセージをもって大衆を動かそうとする人物が出てくるのはいつの世にも変わりはない。

余談ながら、いまだ日本で評判の高いジョン・ケネディ元大統領も議員時代にはマッカーシーを支持し、また後に彼ら対する問責決議が提出された時には、これに抗議して投票を棄権している。また、多くの映画関係者がパージを推進した非米活動委員会を憲法違反として反対運動に加わる中、後に大統領となるロナルド・レーガンはウォルト・ディズニーやゲイリー・クーパーらとともに告発者として委員会に協力したことで良く知られていた。この経歴が後に共和党の大統領候補として浮上してくることに繋がったとされている。

「潔癖症」は「独善」「一人よがり」になりがちである。また、他者を異物として排除しようとする力が付いて回る。日系人だけを収容所に送り隔離したのはその典型である。もともとそこに居た住民(Native Americans)の多くは居留区(Reservation)と呼ばれる指定された場所に押し込められている。それはまた核兵器の独占を狙い、他国がそれを保有することを禁ずる考えとなり、かつては自国が最大のクジラ捕獲の国でありながら、一旦反捕鯨を唱え始めるとそれを無条件に世界に強いる考えであり、近年の禁煙運動などにもピューリタンの思考が見え隠れしている。これらは皮肉にも中世旧教下での魔女狩りや異端審問に通じるものがある。世界の裏側まで自国の軍隊を送り込んでも「正義」を、「自由」を、「公正」を、広めようとする行為は、仮にそれが正しい行いであるとしても本当そこまで追求するのは潔癖症か、あるいは特定の宗教か、はたまた邪な政治思想をもったものにしか出来ない行いであろう。ともかくご苦労なことである。「ヒステリック・アメリカ」の声が登場する背景はこんなところにある。

われわれの年代は小学校で「アメリカはピューリタンを中心とするピルグリム・ファーザースが建国した国である」と教えられて育った。ピューリタン、すなわち「厳正な人」が転じて「清教徒」になっているわけだから、上記の現象はそれほど不思議なことでもない、ともいえる。今もアメリカ人の一部のこころの拠りどころとなっているのだろうか。

オリンピックのユニホーム問題はほんの一断片にすぎない。愛国心が関わるとそこに居合わせた者はだれも「大人げない」などとは言い出せない。今回のユニホームをデザインしたラルフ・ローレン氏は13日、2014年のソチ冬季オリンピックのユニホームは米国製にする、と発表したそうだ(上記紙)。これで騒ぎが収まるものかどうか、アメリカの政治家やメディアの「大人度」を測る一つの尺度となるだろう。

(歴山)