(photo: 新大陸のコロンブス像、Santo Domingo, R. of Dominica © M.E.)
どんな仕事にも交渉ごとは付いてまわりますよね。営利会社であれば金銭をともなう交渉が日常ですが、国家間の交渉となれば金銭・損得だけの話ではありません。たちまちに国益、国民益に関わります。国民として無関心ではおれませんね。
筆者も会社務めをしていた頃は毎年毎月いろいろな交渉に関わりました。交渉相手は日本国内はもとより外国からやつてきたり、こちらから出向いたりすることも頻繁でした。特に某国に駐在中は契約交渉が多く、日本の本社からの担当者を伴って交渉相手と対面しました。そんな時に気付かされたのは、本社からやつてくる社員には「ニゴシエ―タ」が多いということです。
「ニゴシエ―タ」という用語は会社の先輩から教えてもらった造語ですが、交渉する人(Negotiator)ではなく、話を濁してそのままに放置する人(Nigoshi-ator)のことです。こんな連中がやってくると後始末が大変です。この背景には日本語のあいまいさがあるとする見解もありますが、筆者には組織に安住するタイプの人の精神構造にあるように思われました。一言で言えば、「上司の意向、組織の慣例に沿って、身に面倒が降りかかるような言説を発しない」ということです。
これを放置すると、最終的には相手側に譲歩する事態に陥ることになりますから、交渉相手よりもニゴシエ―タとの話し合いに労力を割く羽目になります。すなわち「内輪揉め」です。相手に知れると交渉は不利になります。遠隔地にいる者の力の限界で、最終的には支社よりは本社、本社内ではより高いポジションにあるもの主張が通ります。こんなことが続くとネゴシエータは去り、ニゴシエ―タが残ります。そのような会社組織をたくさん見てきました。
残念ながら、歴代の日本の首相がまさに「ニゴシエ―タ」ですね。
このブログは特定の個人や団体について言及することはつとめて避けているのですが、時には触れざるを得ません。
先日のハワイでのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)に出席して帰ってきた野田首相は国会でTPP(環太平洋連繋協定)についての自分の発言を追及されると、以下のように答弁しました。
「ネガティヴ・リストを提示したら交渉にならない。それは心の内に持っている」
新聞各紙に掲載されたのを読んだのですが、テレビで中継を見た方も多いと思います。
交渉とは双方がネガティヴ・リストを持ち寄りテーブルに乗せて行うものです。もちろんすべてを見せる必要はありませんが、譲れないところは早く相手に示しておくことが肝要です。相手にとって都合の悪い情報は心に秘めておいて交渉に臨むということでは交渉になりません。その逆で、相手にとってオイシイ話、呑みそうな話しこそ胸の内に秘めておいて交渉を有利に導く材料とするのですがね。
今回の日米首脳協議ではアメリカ側が「野田首相がすべての物品・サービスを関税撤廃の対象とすることを認めた」とアピールし、日本の外務省は「そのような発言をした事実はない」と抗議したが、米側は副報道官が「発言を訂正する予定はない」と云っているようです。こちら側も反論を「アピール」として公表しておくべきですが、結局うやむやのまま進行していくことになるでしょう。
このような状況が続けばどうなるのか、およそ結果は推測できます。今必要なことは、国益を守る、というならそれなりの意思表示を明確に行うことですよね。TPPの論点とは結局のところ新大陸(オセアニアを含む)と旧大陸(アジア)が本当に協調できるかということのように感じられます。
英和辞典を引いてみると、”negotiate” には「1. 交渉する、2. うまくやり遂げる、3. 切り抜ける」などの意味があります。そういう点では、英語圏の人々の「ネゴシエータ」にも時に応じて「ニゴシエーション」を行うものがいても不思議ではありません。先の副報道官もその一人かも知れないですね。
(歴山)
野田総理の言葉を信じるしかない農家の一人としては、しっかりとしたネゴシエーターでアメリカと対等に意見を述べ、交渉できる首相であることを祈るばかりです。
私は、昨晩は大学の近くで旧友と杯を交わし、朝の飛行機で東京を離れ、鹿児島の空港で飛行機を待っています。また、お会いできます日を楽しみにしております。
有難うございました。
昨日は、大学近くで友人と夜を過ごし、本日