yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

「麗老の華 13.14.15

2011-02-15 21:37:09 | 創作の小部屋
「雪の華」オルゴール曲 キャンドル・夏


麗老(13) 
田植えも無事に済んだ。雨の長く続く季節だった。 雄吉は幸せに包まれながら鹿脅しの音を聞き雨の庭を見詰めていた。今まで何とも思わなかった風景が約束されたもののように思えた。眼の前にあるものの総ては雄吉のために誰かが作り施してくれているような感覚に陥っていた。生活の一瞬一瞬が前もって誰かの手で準備されているのだという錯覚を持つのだった。自分と同じ現実を生きている人があることを不思議に思った。 雄吉と妙子は引き合う磁石だった。「昨日は落ちた」「落としたの、私が・・・」「青空を泳ぎ柔らかな草原へ・・・」「奈落の底がこんなにいいものだとは・・・」「ストンと舞台から消えて・・・こんな事初めて・・・」「忘れていたものだったよ」「生きていて良かった」「そうだね」「何度か死のう思った」「そんなことあったの」「弱かった、躓いたことを後悔した」「・・・」「父と二人の生活に耐えられなかった」」「・・・」「認知症の父と・・・壮絶な戦いだった」「・・・」「それもあなたへの道のりだった」「・・・」「ご免なさい・・・今が幸せだから言えた」 雄吉はじっと妙子の言葉を聞いていた。 妙子は時として感傷的になった。そんな妙子をいじらしいと雄吉は思った。日々の生活の中で新しい妙子を発見することに新鮮さを感じた。「愛したことがない。愛されたことがなかった」「心の中に君が広がっているよ」「いいの」「いいよ」「こんないいことあった。あなたを愛して・・・」 雄吉は歳のことを忘れていた。若かった頃のひたむきに生きた情熱が返ってきたような思いがしていた。寡黙で朴訥な雄吉を詩人にさせていた。
麗老(14) 
妙子のお腹は少しずつ大きくなっていた。悪阻もそんなに酷くなく変わらぬ生活が出来ていた。 雄吉は時たま田んぼに出て水の張り具合を見て歩いた。「除草剤を撒いてくれた」「いいや」「あんたらしい」「自然農法がいい」「作るより買った方が安いし」「どうなの」「なに」「調子」「大丈夫」「暑くなるから大変」「あなたが・・・」「この家は涼しいから・・・」「私本当に母になるんだ」 妙子は穏やかな顔になっていた。自信が現れているように思えた。女は母になることで初めて完成する。せり出したお腹を突き出して歩く姿にそれは見えた。そんな妙子に愛おしさが増す勇吉だった。「なに」「女らしくなった」「だって、女だもの」「まだ夢を見ているようだ」「幸せだわ」「そう」「残念ね、私のこの気持ちがわからなくて・・・」「女でないから・・・」「濡れた」「えっ!」「女の幸せ」 妙子は勇吉の手を取っておなかに持って行った。「ここにあなたがいる・・・誰でもいいと思っていたけどあなたで良かった」「本当に・・・」「ええ、あなたじゃなくては嫌」 お腹が熱くなっていた。そこは新しい命が息づいている様に思えた。
麗老(15) 
妙子はマタイニードレスが似合っていた。本家普請の家は風の通りが良く涼しかった。雄吉は田圃の水を見に行き水がなければポンプを回すと言う以外に外に出ることはなかった。庭に藤棚を作り、畑に花を咲かせるくらいだった。 家にいて妙子の立ち振る舞う姿を見ているだけで仕合わせだった。妙子も外に出ようは言わなかった。出るのは食品の買い出しくらいで、嬉しそうにお腹をせり出して歩いた。こども宿す女の自信が美しくしているのか妙子はその様に見えた。買い物の時でも妙子は雄吉にきちんとした服装をしろと喧しかった。外見を保つことが自信を生み出し一つ一つの仕草を優雅にすると言うのであった。見られているのだから見せることを演出しろと言うのであった。確かに普段着とは違って緊張感が生まれた。引きずる歩き方は出来なく足を上げなくてはならなかった。家の中にいるときでもLEEのジーパンをはかされた。食べ物にも気をつける様に、腹八分目を強制した。バランスが大切だと野菜料理を何種類か食卓にのせた。「パパになるのだからね」「何も言ってないよ」「長持ちして貰わないと」「長持ちね・・・・」「平凡だけど、生まれた子を抱いてあなたと宮参り・・・ 」「そんな夢があったの」「お宮さんの前を通るたび思った」 妙子の瞳が滲んでいた。そんな妙子を見るのは初めてであった。 男の様な言葉を使い割り切ったようなことを言っているが女の優しさと感情は持っているのだと雄吉は思った。一つの命がそうさせたのかそれは分からなかったが・・・。「来年の春にはできるよ」「待ちどうしい」「待ちどうしいね」 雄吉は先のことを考えないようにしていた。今を精一杯に生きる事にしていた。これから何がおきるか分からない、その定めを流れようと思っていた。 ガラス戸を通して差し込んだ陽射しが畳の上で日だまりを作り遊んでいた。夏の陽射しが和らぎ夕焼けの中を赤トンボが舞う秋が向かえに来ている頃だった。 人は還暦を過ぎてから死の準備をするのなら後の二十年を綺麗に生きようと考えるだろう。肉体の死があっても魂は存在し、その魂をつれて中有の旅へ出るのならば魂を綺麗にするのがその二十年か・・・。雄吉は死を考えないがこの後の生き方を何か今までと変わった生き方にしょうと考えるのだ。自堕落な生き方は辞めて体を清潔にし身繕いを正してと思うのだ。そのように生きるという指針があって他に何かが起こるとしたらそれを従順に受け止めなくてはならないと思った。仏門へはいることを考えたがそれだけの勇気はなかった。 托鉢の僧になけなしの金を差し出しお腹が空いたら食べてくださいと言うこと、遍路の人たちに宿を貸す人たち、その総ては魂を清浄にする行為なのであった。そんな生き方に憧れることもあった。若い頃はなぜという疑問があったが今にしてそれを理解出来るのであった。 庭や家の中の掃除から取り掛かった。それは死の準備でなく定めをながれるためだった。 雄吉は身の回りをこざっぱりさせた。何かが壊れ新しい自分が表れた様だった。自由を生きると言うことは難しいがそれを生きると決意した。自由に生きるためには自制心が必要であることを知った。雄吉はお日様と一緒に暮らすことを自分に課した。それが定めだという風に受けとめた。 この数日雄吉は憑かれように自己変革を行った。悟りを開くというのではなく煩悩の中で定めを生きようとしたのだ。綺麗に生き素直に歩こうとしたのだった。それは老いの知恵だったのかも知れない。好奇も探求も追求するのではなく流れの中で解決しようとするものだった。好奇心も探求心も若かった頃と比べ薄れていくのが魂の浄化であった。 日が落ちてその静寂の中に心の安らぎを知った。雨の音に命の鼓動を知った。風のざわめきに慈しみを知った。自然の中に人間の心があることを知ったのだった。綺麗に老いると言うことは自然のままに暮らすことだったのだ。雄吉は明日来る朝焼けに胸を張った。

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