yuuの夢物語

夢の数々をここに語り綴りたい

麗老の華 3.4

2011-02-10 20:45:22 | 創作の小部屋
老いを生きる。


麗老(3) 
六十歳の誕生日と、年度末で退職する制度があるらしいが、雄吉は年度末で退職した。                       半農半漁の村がコンビナートに飲み込まれ雄吉は漁師を辞めて自動車会社に入ったのだった。流れの速い潮にもまれたこの地方の魚は美味しく評判がよかった。遠浅の海が広がり足下で魚が跳ねエビや貝が手で捕まえられた。そんな海は工場の下になっていた。村の近くへ家を建てそこで生きたのだった。時折り思い出したように 船を出して釣りをするくらいで趣味というべき物はなかった。 堤防に立つと潮風が快く吹き付けその風は春が来たことを告げていた。目の前には工場の煙突が林立し黙々と煙を吐き出していた。背後の山肌が老いた人の頭のように所々白くなっていた。山桜が蕾を開き染めているのであった。 定年退職を祝って息子たちが席を設けてくれた。「どうするの、これから」 言葉といえばそれにつきた。「まだまだ元気なのだから、下請けにでも行けばよかったのに」「孫の守をする歳ではないよ」「少しのんびりして何かをするさ」「呆けないでよ」「そうしたいと思うが・・・」 そんな会話が続いたが、雄吉は話しに乗れなかった。孫たちが次々と膝に乗ってきて戯れていた。 雄吉はどちらかというと寡黙だった。会社ではラインから検査を担当しそこで終わっていた。検査の技術で下請けへということがあったが、一息つきたかった。今までいろいろあったことと、車の駐車の件が引っかかっていた。体力的には後五年はどうにか勤められると思うが、ここで身も心もリフレッシュしてこれからの道を快適にと考えたのだった。 サッシを開けると、日差しが波のように押し寄せた。その中を雄吉は泳いだ。 これが生きていることなのかと思った。
麗老(4)
「あれからどうしている」「気が抜けたビールのよう」「毎日」「泡もなくなった」「そろそろだな」「なによ」「捨て頃」「ようやく自分で立てるようになった」「俺もそうだった」「そう、空ばかり見てるんだ」「あれ厭かないな。いろいろな形があって」「雲のことなの」「話変わるけど、車買った」「車買ったの」「赤いクラウン」「そう」「嫁さん乗せて買い物」「カート押してるんだ」「義務感と満足感」「勿体なくない」「なによ、文句ある」「ないけど、車のこと」「高速飛ばせっていうわけ」「でもないけど」「パチンコとカラオケに行くために買ったんだもの」「目立たない」「寂しい心を癒してくれるから」「そんなものなの」「車買ってあの空虚感から解放されたもの」「そう」「君も買ったら、車を磨いていたら何も考えなくていいもの」「侘びしくない」「俺、充実してるもの」「先のこと考えたいんだ」「何かを期待してた」 雄吉は退職した先輩と居酒屋で話していた。何か寂しさが心に広がっていた。

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