―趣味で仏像彫りに果敢に挑戦中のK嬢に捧げます―
二作目にてこずっている筈の柿原麻理衣(かきはら まりい)が 「次は千手観音を彫るわ!」と決然として言った時 そのうちに気が変わるだろうと思った
しかし彼女は会社も売りに出し 仏像彫り教室の先生の自宅を乗っ取るようにして 寝食忘れ―一年で彫り上げた
当初予定した1mの3分の1の大きさになってしまったけれど
見事にほぼ1尺の仏像らしきモノを彫り上げたのだ
仏像教室の先生は お気の毒に極度の精神と肉体疲労から入院中
流石に千本の腕は作れず 百本の腕を日輪のように背負った仏像には顔が三つついていて それだけなら阿修羅像にも見える・・・のだが 横の顔二つには鼻も口もなく目がいっぱい彫り込んであった
更に胸と腰は 見る者を誘惑するような あえかな曲線を描いていたのだ
「まりい これはよく彫れているけど 一体 何なの」
じゃじゃ~~~んと お披露目されたソレを見て アタシが大きな疑問を持ったのは ごく普通の反応だと思う
あ まりいは とっても美人だ
すれ違った百人中 九十九人までは振り返って後ろ姿に見惚れるほどの
着ている服がまた 何を着ても目立つ 美人だから目立つのか
今日も「ベルサイユのバラ」のオスカルのようなフリルのブラウスに ロング丈の巻きスカート
少し肌寒いからとラメ入りの七色に変化して見えるストールをまとっている
胸元には大ぶりのロングネックレス
「今日は 自宅だから地味なのよ
恥ずかしいわ」と アタシを出迎えた彼女は言った
―そうか これが地味なのか―ひきつり笑顔になりながら アタシは手土産のケーキを渡した
「キャラメルミルフィーユと マロンプリンと オレンジチーズケーキと生チョコババロアは2個とも私のよ」とまりいが宣言する
それではドライアイスしか残らない
まりいが楽しくケーキを優雅に頬張る横で アタシは紅茶を抱え 不思議な仏像に呆然としていた
「夢の中に降りてきたのよ」
まりいは平然としている
「あれはお父様の お墓参りに行った帰り 疲れて昼寝していたら 千手観音のように見えるのが 火事で失われた姿を取り戻したい
姿を作ってくれたら金銀財宝 思いのまま
と約束してくれたの」
だから か
思いっきり納得した
まりいには目標の為なら それ以外は見えなくなるところがある
本人は全くの常識人と思いこんでいるが それは大きな誤解というものだ
アタシも昔 彼女には痛い思いをさせられている
それでいて許してしまうのは 彼女には全く悪意が無いからだ
人を傷付けようなんて思ってもいない
「一番に見て欲しかったのよ
指がぼろぼろになったんだから」
「ま 正夢になるといいわね」
「なるわよ ならいでか
ならんかったら」
「ならんかったら?」
「どうしよう せっかく作ったのに壊すのは嫌だわ
でも何か仕返ししたい」
と悩んでしまった
{ふっふん 金銀財宝はな 入るかもしれん 分からんわ て 言うたんや}
奇妙な声が聞こえて まりいとアタシは 見た
変な仏像が笑うのを
「すごいわ まりい 仏像でなく 化け物彫ったのね テレビ局に売る?」
{わしはな~前に仏師が彫りなから悩んでしもうたんや 木の中に仏像様が見える天才仏師やったんやぞ
そいつには こう見えたんや
それが焼けてな わし困ってたんや
暇な奴てなかなかいてへんし
ねえさん見つかって ほんま助かったわ}
「つまり金銀財宝は無いのね」
まりいは いつの間にか金槌を振り上げていた
{な 何すんねん あんさん ほれ 助けてんか}と今度はアタシを見る
金銀財宝が夢と消えた まりいは怒り狂っていた
「助けたら御利益はある?」
{けったいな人らやな 仏像が口きいたら驚かんかいな}
そう言えば まりいもアタシも驚いてなかった
最初にその姿に唖然としていたから 何があっても不思議と思えなかったのよ
「捕まえてネットオークションに出してやる」
息巻くまりいに逃げながら仏像は言う
{そりゃ無理でんな
あんたらにしか わてが動いてるん見えませんわ
声かて聞こえまへん
わて あんたら以外には無害な ただの仏像でんねん}
アタシはちょこまか動く仏像に狙い定めて帽子を被せた
「事情がありそうじゃないの
まりいにしか狙いつけられなかった
白状なさい
でないと後ろから変わったの突っ込まれて悶え喜ぶ中東の金持ちへの夜の友用プレゼントにするわよ」
手の中で仏像は沈黙し 震え始めた
{女ならええけど男はいやや}
「仏像が好き嫌いしちゃあ駄目よ」
「ツマコ すごいわ」
{しゃあないな おとろしい人らや
そこのねえさんの父親な ねえさんの母親と一緒になる前 まだ若い時分に恋人がいてな
しょうもない喧嘩して別れはったんやけど 相手の女性のお腹に赤ちゃんいてん
その赤ちゃんは男で先日一緒になったんが寺の一人娘
そこには古くなったせいか 話したり動いたり 人を選んでな ついていったりする芸達者な仏像がぎょうさんいてるねん
ただ寺の関係者か 将来そうなる人間やないとあかんのやけどな
あんさんの兄さんが寺の跡取りにおさまったんで あんさんにも資格ができたんや
めでたいわぁ}
「そりゃお父様は私に似て美形だったけど いい加減なこと言うんじゃないのよ
何処のなんていう寺の話よ それ」
アタシ達はS駅の近くにあるその寺を知っていた
S駅近くにある骨董屋金主堂の奇妙な格好でも有名な息子が 遊び仲間とあちこちの神社仏閣や旅館から 金目と思える品を盗んだり 泥棒に入ったのがバレそうになって火をつけて逃げたりしていたのが 寺の娘千早とその恋人 新田一志の活躍で 逮捕されたのだった
{わてをいじめたらナナちゃん ミロちゃん センちゃん 阿弥陀如来にも言うてやる}
「ま いいけど 仏像であるからには 名前 あるんでしょうね」と尋ねてみた
{千手千眼官能観念仏像と言う}
仏像は威張って言ったが そんな名前の仏像は聞いた事がない
思いっきりうさん臭い
まりいを見ると いつの間にかケーキを完食していた
「これ その寺に持っていかない
心をこめて彫ったので寺に納めて欲しいとか言えば 兄さんかもしれない相手にも会えるかもしれないわよ」
流石にショックなのか まりいは黙ったままだ
暫くして 「ああ苦しかった ケーキひっかかったわ
ツマコ 男で来て 」
まりいは言った「男で一緒に来てくれるなら 行ってあげてもいいわ」
アタシ 戸籍上は男なのよね
学生時代 まりいと付き合ってもいた
なのに まりいてば父親の勧める十も年上の男と結婚して三か月で離婚したのよ
次に結婚したのは 見てくれだけいい女大好きジゴロだった
得意なのは借金作ることだけだったっけ
アタシはその頃人気あったゲイ・バ―の世界に飛び込み 少し前 引退するママから店の権利を買ったんだわ
アタシがこの世界に入っても 普通に友人でい続けたのは まりいだけだったわね
「分かったわ 」
「じゃ 買い物に行きましょう」決然とまりいは立ち上がり どどっと二階の寝室へ向かい 一時間後 降りてきた
舌噛みそうなブランドの袋が店に入るたびに増えていく
嫁に行けるほどの服が揃うと 漸く終わった
美容院で髪形をいじられ ついでに買った服に着替えさせられ
アタシの姿をチェックした まりいはズズイと近付いてきた
きゅっとネクタイの結び目の形を整える
「ツマコ 知ってる? 私の夢は―卒業―だったのよ」
気紛れなまりい
真に受けると大火傷をする