母娘ながら会わないでいた時間が長い
陽秀は新聞などで母の姿を見ることはあったが 実保子は尼となってからの陽秀を見たことはない
着ていくものに迷ったが 普通の洋服で出かけることにした
髪は短くはしているが剃髪はしていないから ごく普通の人間に見えるはず
一方 実保子はじりじりしながら娘を待っていた
産みたくなかった娘 あの男の子供
それでも器として体を使えるとならば 産んでおいてよかったのか
何一つ思い通りにならなかった娘
白塗りの厚化粧 濃く塗られた口紅は赤を通り越して茶色に見える
ヴェール付きの帽子を被っていた
本人は知ってか知らずか 彼女を嫌う人間はこっそりと「不気味婆さん」と呼んでいる
かつてほどの力は実保子には無かった
今まで利用してきた闇からさえ 冷たくあしらわれている
娘の体を乗っ取ることで 少し若くなることで 「力をふるえる立場」その座にしがみつこうとしている
怨と欲と虚栄の人生
どれほどの人間を苦しめ死においやってきたか それでもまだ満足しない
巴弥都真太郎とその血縁者達の命を奪い続けてきた
皆 死んでしまえと
これまでは闇を利用してきた
その味がわすれられずにいる
案内されて陽子が近づいてくる
「お母様ー参りましたわ」
「けっこう おばさんになったわね」
「もう50ですもの」
そうだ 親が決めた許婚者(いいなづけ)の巴弥都真太郎が 自分を捨ててマツエと駆け落ちしてから
半世紀
真太郎とマツエの一族を根絶やしにするのだ
まだ生き残っている者がいる
「たまには親孝行しておくれでないかい」
実保子としては下心があるだけに 下出に出たつもりの言葉をかける
「どうしろと」
「ああ いやだね このコは何を身構えているんだか ただ買い物に付き合ってほしいだけさ
母娘で一緒の買い物すらしたことが無かったなと思ってさ
車を待たせているのさ
何か見たてさせておくれよ」
母と一緒の車ーぞっとしない話だった
運ばれてきた紅茶に口をつける
その紅茶は おかしな味がした
母親が何か話している
でも聞こえない やたら周囲が揺れる
揺れるー
向かい合った席に座る陽子の体がテーブルにつっぷすと 実保子はにやりと笑った
おもむろに「連れが具合が悪くなったようだから車まで連れて行きたい」-と言い出す
この店も実保子の持ち物だった
ー家出した娘を連れて帰るーが実保子の言い分
従業員たちは店の外まで陽子を運んだ
と 一人の女性が立っていた「友人を返していただくわ」
にっこりして従業員達から 陽子の体を取り戻す
ほっそりした女性なのに どうやったのか
「お返し!人の娘を!」
実保子が怒りの声を上げた
「陽秀さんは帰りたくないと言ってました 私は頼まれていたのです もしもおかしなことがあった場合はーと
自分の母親に会うのに用心しないといけない娘って そんな心配をしなければならないなんて悲しいものですね」
「お おだまり この子は勘違いをしているのよ」
「先ほどからのなさりようを見ては 勘違いとは思えません」
女性は実保子をじっと見て それからため息をついた「やはり そうですか あなたは老いぼれた自分の体を捨てて 陽秀さんの体を奪おうとしたのですね
闇の力を借りて
あなた そんなことが本当にできると思い込んでいるのですか」
「おまえなどに言われる筋合いはないわ 」
「ふん」女性は笑った 「たかが半世紀以上も昔の失恋に拘泥し 悪事を重ねてきた人間に言われたくありません
私は あまり似ていませんが わかりませんか? 私が」
「?」
「私は当代の巴弥都家の巫女です」と加佐矢優希は言った
巴弥都ーという言葉を聞いただけで 実保子の表情が変わる
優希はきぬえから本当の巫女の座を儀式をして譲られていた
優希は言葉を続ける「そして巴弥都マツエの娘でもあります」
母親の実保子の罪ほろぼしをしたい陽子は 一番に巴弥都真太郎に連絡を取った
優希を紹介され 今では親友の一人となっている
二人は年齢も近く 共通する話題も多かった
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